1-10 刺すような眼差し
「離してよ来意!」
清流は来意の腕を振りほどこうと必死だ。
「……ごめんね、清流」
弓がぽつりと呟く。
「何度言わせる気? ごめんじゃすまないよ、弓! 弓ちゃんが忘れ物さえしなければこんな事にはならなかったんだろう?!」
清流が怒りをあらわにして言う。
「清流。 弓も悪気があった訳じゃないんだからさ、あんまり言うなよ。」
「羽織は黙っていてくれないかな?! 兄さんが捕まったのに、弓ちゃんはさっさとこの村に来たわけ? そしてリトちゃんと楽しく遊んで、ぼく達が来てもそのことを教えもしないで、隠して……」
そこで清流の視線がリトに向いた。
片眼で真っ直ぐ、刺すような眼差し。
「……ごめんなさい……」
リトもそう一言謝ることしかできなかった。
「ごめんじゃ……!!」
怒鳴ろうとする清流とリトの間にアリドが割り込んだ。
アリドは、すっと手を伸ばすと清流の頭をポン、と軽く叩いた。
「清流。 ここでワメいても仕方ねーだろ? 村長さん達に一言御礼を言ってからスン村に行こーや?」
アリドの口調は不思議と穏やかだった。 清流の目が少しだけ冷静さをとりもどした。
「……そう、そうだね、アリドの言うとおり、だね」
少し伏し目がちにそう答える。
それを聞いたアリドは羽織達に言った。
「んじゃおめーら、さっさと挨拶して行くぞ? 弓、リトんちに挨拶してこい。 リト、おめーはどうする、ついてくるか?」
リトは頷いた。
「そんじゃー3分待つ。 ほら、またいつ会えるか分からないんだから挨拶して来いよ?」
リト達はまだ朝食を作っている母親達に挨拶をすると荷物を持って外に出た。
リトと弓の態度から、何か訳があると感じたのだろう。 誰も訳は聞かなかった。
「またおいでくださいませ」
リトのおばあちゃんが弓にそう言った。 弓は「ありがとうございます」と礼をして二人は軽く抱き合った。
家を出るともう村の入り口付近でアリド達が待っていた。
「じゃあ、ぼく、先に行くから」
清流はそう言うと返事も待たずに一人駆け出す。
「リト、弓。 荷物は僕に」
来意が手を差し出した。 弓が迷わずリトの分も一緒に預ける。
来意はそれを受け取ると清流の後を追って走っていく。
「弓。 おいで」
羽織が言った。
弓が何も言わず引き寄せられるように羽織に近づくと、羽織は弓を両手でふわりと抱き上げた。
「つかまって」
弓は頷き、まるで二人は一つであるかのように両手を羽織の首に回してしっかりと抱きついた。
羽織はそのまま来意達の後を追って走り出す。
「え、えっと……」
リトは今、目の前で行われた少し大胆な行動について理解できずにうろたえる。
「さ、行くぞリト」
するとアリドが、当然とでもいわんばかりにリトを軽々と抱き上げる。
「ひゃ?」
色気のない反応を示したリトだが、次の瞬間、アリドにしがみつくこととなった。
リトを抱いたままアリドが駆け出す。 ものすごく早い。 リトが全速力で走るよりももっと早いだろう。 しかも先を進んでいた来意が途中で道を外れて森の中へと入っていく。 そこは獣道、いや、森そのものである。 獣道すら無いようなただの森の中。
しかし羽織もアリドもただひたすらに来意の後をついていく。 いや、来意の動く通りに突き進んで行く。 来意が跳ねるとその場所で羽織達も跳ねた。 来意が枝を飛び越えるとアリド達も飛び越えた。
おおい茂った葉の間を突き抜けたり、通り過ぎた後に朽ち木が倒れてきたり、リトは薄目をあけて見るのが精一杯だった。
「リト、目は閉じてろ。 ヤバイとこにさしかかる度にオマエの体が硬直してたんじゃー走りにくい」
まっすぐ来意の姿しか追っていないのにアリドがささやく。
リトはしっかりと目を閉じた。
そしてどの位進んだだろう。 リトはアリドとともに空中をくるくると回転すると地面に着陸した。
同時にリトをしっかりと抱きしめていたアリドの手がゆるみ、リトは地面に降ろされる。 ずっと目を閉じていたせいか平衡感覚が無くなって、リトはしりもちをついて目を開けた。
「リト」
羽織に抱かれていた弓が軽やかに地面に降り立ち、リトの側に駆けてくる。
リトはくらくらする頭を振りながら辺りを見回す。
そこは見慣れた景色。 ――スン村。