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【8部 罠】 8-1 見舞客

 翌日。


「それじゃ、リト、お大事に」


 弓が心配そうにそう言って部屋を後にする。

 リトは黙って天井を見ていたが、勢いよく寝返りをうつ。


――あーっ、もう、情けないっ!


 そしてベットの脇に置かれた体温計の表示を見る。 

 37.9度

 正直、すっごく微妙な熱である。 無理もできそうだし、でも無理をしたら後が怖いような。

 しかし、遭難明けのリトに大丈夫だろうの太鼓判を押す人間なんか一人もいる訳がなく。

 リトはもう一度勢いよく寝返りをうった。


――少し前にも、こんな事があったなぁ。 あれは、確か……


 リトはちょっと考えて、苦い顔をする。


――翼族の歴史の本を読んだ次の日の事じゃん


 あの時も内容がショッキングだったので熱が出た――ような気がするものの、まさか今回もとは。


――あの本には呪いか何かかけられていて、読んだら熱でも出るんじゃないでしょうね?


 リトは一瞬そんな事を考えて、青くなる。 しかし、もうラムールの居室に返してきたのだから、なとなく呪いがあっても平気だと根拠のない自信で気持ちを納得させる。


 それにしても、新世さんの死因が翼族調査委員会の人による殺滅だった、なんて。


 リトは瞼を閉じて、先日ラムールに殺滅されかかった時の事を思いだした。

 殺滅許可証はその名のとおり、滅することを許された証。 一夢さんと新世さんが一緒に死んでいたというのならば、疑うまでもない。 一夢さんも調査委員会メンバーに殺滅されたのだろう。


――これってどうすればいいんだろう


 リトは考えた。

 この事実を弓や羽織やアリド達に話すべきなのか。

 でも、話したら、彼らは「仇をうつ」と言い出すのではないか。


――だからラムール様は二人がどうして死んだのかって教えなかったんだわ


 リトは一人でうなずく。




 

 同じ頃。 行動室ではトシが翼族の名簿を見てため息をついていた。

「新世って奴を調べたら何か手はあるかなと思ったんだけどな……殺滅か。 しかもゴールドメンバー」


 トシは名簿をめくり、軽く驚く。


「おっ。 ここにもいた。 g-∞……。 こっちも殺滅か。 これは危険な兆候が見られた、か。 おっ、こっもちだ。 殺滅だらけだな。 こいつの仕事は」


 更に名簿をめくり、同じように【翼族の歴史】の本と【翼族の生態】を見比べる。

 するとポツリポツリ、そのマークがある。


「報告は∞で、殺滅はg-∞で、か。 かなりあちこちの土地で活動してるな……。 旅行派だろうな。 かなり前の記録から書いているから少なくとも年は30か40か、いやそれ以上か……」


 トシは一度、椅子の背もたれにもたれて煙草に火をつける。

 そして吐き出した紫煙をみつめながら呟く。


「これだけ殺滅好きってことは……相当翼族が嫌いとみた。 とすると、翼族しかここには載らないけどハーフだって簡単に殺してるだろうな。 こいつを巳白に会わせたら……」


 トシは吸いかけの煙草をぎゅっと握りつぶした。 ジュッ、と微かな音がトシの拳の中ではじける。

 トシは名簿を手にしてまじまじと見ながら叫んだ。


「――おい! シンディ! ちょっと来てくれ。 このゴールドメンバーについてもっと詳しく……」 


 トシの言葉が止まる。


「シンディ?」


 トシはシンディの返事がないので不思議に思い、立ち上がってシンディの部屋に行く。


「おい――シンデ――」


 ノックをせずに開けた扉の向こうには、雑然とした資料をそのままにして誰の姿も無かった。


「どこに行ったんだ? あいつ」


 トシは行動室のモニターを切り替える。 行動室のあちこちの部屋が映し出されるがシンディの姿はどこにも見あたらない。


「まさか?」


 トシは慌てて「狂った翼族」を隔離している部屋を映し出す。 狂った翼族は相変わらず何かの肉塊をビシャビシャと音をたてて舐めている。 シンディが入った様子はない。

 ふぅ、と安堵のため息をつき、トシはしばらくの間じっと「狂った翼族」を見つめた。

 その瞳はどんどん冷めていく。 憎悪にも似た感情を奥にじっと秘めながら、冷めていく。

 そしてその唇から微かな呟きがこぼれる。


「俺は……あいつを許さない。 絶対に生まれてきた事を後悔させてやる」


 そしてトシはモニターの電源を切ると自分の部屋に行く。

 部屋の中には、大きな辞典2冊分位の小さな金属製の箱があった。

 トシはそっと箱に手を触れた。 そして箱の隣に転がっている、色とりどりの糸で作られた手の平大の毬に視線を向けた。 そしてもう一度、箱に視線を移し、唇の端で、笑った。

 




 

 トントントン

 白の館のリトの部屋の扉がノックされた。


「ふぇ?」


 なんだかんだいっても、黙ってベットに横になっていたらウトウトしていたリトは寝ぼけた声を出した。

 白の館は学びの最中なので静かだ。 


 いったい誰だろう?


 トントントン

 再度、ノックされる。

 リトは目をこすりながら返事をした。


「ふぁい? どうぞ」


 すると一呼吸おいて、ドアノブが回され、その人が部屋に入ってくる。

 その人は肩まで伸びた栗色のウエーブがかかった髪の――リトは絶句した。


「お邪魔するわね」


 その人はにっこり笑った。 

 そう、シンディだった。





 いきなり堂々と翼族調査委員会メンバーのシンディが部屋に入ってきたのでリトは声を失う。 そして慌てて身体を起こしてベットの端に下がる。

 シンディがゆっくり近づいてくる。

 ベットのシーツをぎゅっと握ったリトの手が汗ばむ。


――どうして? どうしてこの人がここにいるの? 検査?


 ところが緊張するリトと正反対に、シンディは穏やかなため息をついて言った。


「安心なさいな。 別に何もしないから」


 そしてリトの勉強机の側にあった椅子を勝手に引き寄せて座り、何かを確かめるような目でリトを見る。

 数秒、沈黙が流れる。

 リトはあれこれ考えたが、黙っていても仕方がないので


「――検査に来たんですか?」


 と尋ねた。

 シンディはそれを聞いて首を横に振りながら穏やかに笑った。


「やっぱり記憶は消されていないみたいね」

「記憶?」


 リトが首をかしげる。


「私が誰か分かる?」


 シンディが問う。


「誰って――翼族調査委員会のナンバー何トカのシンディさん」


 リトの返事にシンディが笑う。


「あはは。 ナンバー何トカって。 うふふ。 そこまで覚えきれないわよね」


 その姿を見るに、なんだか危害を加えにた来たような雰囲気は無かった。

 リトの緊張がほんの少し弱まる。 


「安心なさいな。 危害は加えないってば。 というか貴女に手をだすとラムール教育係が怖いからね、出せないの」


 シンディはそう言って足を組む。


「今日はあなたのお見舞い」

「お見舞い?」


 にわかに信じがたかった。


「――というか、忠告ね」


 シンディは腕組みをしながら椅子にもたれる。


「はあ、忠告」


 リトは繰り返した。

 シンディは頷いた。


「まず、どうして私が堂々とここに入れたか分かる? 門兵や女官長とも話して許可はもらったのよ。 軍隊長ともすれ違ったかしら」

「ええ?」


 リトは驚いた。 昨日の今日である。 軍隊長も女官長も何も言わずこの人を一人で白の館に入れるなんて! 

 と、そこまで考えてリトの脳裏に清流が浮かぶ。


「――って、もしかして、【肩書きの意識】を変えたとか?」


 それを聞いて今度は逆にシンディが軽く驚いた。


「あら! やっぱり専属の髪結いだからかしら。 よく教えてもらってるわね。 私達は同一別人と呼んでいるけどね」


 専属の髪結いでも、ラムールに教わった訳でもないのだが、とちょっと複雑だった。

 シンディが続ける。


「いくらか訓練してコツを覚えれば誰でもできるけどね。 でも、ならなぜあなたには通じなかったと思う? 私が意識を変えていたなら、あなたにとっては初対面の人になっていたはずよ」


 いや、それは分からない。


 リトの返事が期待できないとみるやシンディは告げた。


「貴女は私の記憶を共有した。 だから貴女は私。 自分を自分で欺くことなんかできないでしょう?」


――あ。


「――という事は、あなたは本当に私の記憶を体験しちゃったってことね」


 シンディは残念そうに息を吐く。


――この人、私が「記憶が見えた」と言ったから確かめに来たんだ


 リトはそれに気づき、再びいつでも逃げられるように身体に力を入れる。


「本当なら今すぐにでもその記憶を消去――ああ、もう、お嬢ちゃん。 言ったでしょ? 手は出せないの、って。 少しは落ち着いて話を聞きなさい」


 シンディが真っ青になったリトを見て、呆れながらなだめる。


「記憶の消去ってのは面倒なのよ。 私の記憶だけチョイスして消すには時間も手間もかかるわ。 まとめて消しちゃうって手もあるけど、それじゃ教育係にばれちゃうし。 ただの記憶を理由に殺滅されたくは無いからね。 私も」


 殺滅、と聞いてリトの表情が強張る。 リトはg-∞の事を思い出していたが、シンディは違う解釈をしたようだった。


「何? あなたまさか、ラムール教育係が殺滅権を持ってるって知らないの?」

「あっ、いえ、そうじゃなくて、どうして御存知なんですか?」


 リトはとっさにごまかす。 


「え? どうしてって、国連軍のデータベースに載ってるからに決まってるじゃない」


 シンディは、何を当たり前の事を、とばかりに言う。

 ところがリトにとっては初耳だ。 目を丸くした事でシンディにもそれが分かったのだろう。 シンディは肩をすくめて呆れる。


「呆れた。 どうしてこうも何も知らない子が専属女官なのかしら。 それとも知らないからこそ抜擢されたのかしらね」


――元々は、デイ王子をチカンと間違って洗面器を投げつけただけなんてとてもじゃないけど言えない。


「ちょっと待ちなさい」


 シンディは胸元のポケットから手帳みたいなものを取り出してペンでページをタッチする。


「ほら。 このページ。 国連軍公式データベース。 ラムール教育係の事が載ってるわ」

   

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