7-10 チョコミント
リトは自分の部屋に戻った。
見ると確かに部屋の中の色々なモノの位置が微妙にずれている。
そして机の上には弓から「今日は一度帰るね」のメッセージ
――そういえば、陽炎の館のみんなにも心配かけたなぁ。 謝りにいかなきゃ
リトは時計を見る。 扉を使って帰ったはずだから、もう館にみんなついているだろう。
そうリトが思った時、扉を五回、ノックされ、「リト、いる?」と弓の声がした。
「あっ、うん」
リトは慌てて扉を開ける。
扉の向こう側には弓が笑顔で立っていた。
「夕食前に軽くお茶でもしない? 清流が特製ハーブケーキ作ってくれてたの」
弓の部屋には良い香りが階下から漂ってくる。
「あっ、すぐ行く!」
リトは慌てて弓の部屋の中に入り扉を閉める。
「この良い香りが白の館まで流れて来ちゃったら、ユアがうるさそう」
「ふふふ」
リトと弓は笑いながら部屋を出る。 早く、とばかりに弓がリトの手を握る。
一瞬リトはまた記憶が流れ込んでくるような気がしたが、もう何ともない。 弓もなんともなさそうだ。
1階ではみんながテーブルについていた。 アリドはおろか、デイまでがいる。 そしてそれぞれの席の前に皿と紅茶が置かれ、清流がケーキを切り分けていた。
「わ〜い♪ チョコだ、チョコだっ♪」
義軍が無邪気に歌を歌う。
「ざんねん、チョコミント」
清流が一言告げると義軍の歌が「チョッコミント♪」に変わる。 みんな微笑む。
「ぃよう♪ リト、大変だったな」
アリドが軽く手を挙げた。
リトは嬉しくて笑顔になりかけて――ラムールがみんなの前で言った言葉を思い出す。
その一瞬の表情でアリドは悟ったらしく、
「巳白から聞いたけどな、オレ、全然そんな話したこと無いから。 でっちあげだから」
と告げる。
そしてアリドの視線が気づかれないように清流を見る。
――この話はここまで、ってことね。
いくらリトでも調査委員会とのやりとりをここで話せば清流が激怒し面倒だ位は察する。
「ごめんね。 もっと早く俺が探し出せれば良かったんだろうけど」
羽織が謝った。
「いや、あの暗さじゃー、どー考えてもダメだろ」
リトの代わりにアリドが答える。
「でも無事に助かって良かったぜ」
世尊が義軍をあやしながら言う。
「ずーっとデイが居座るから面倒だったんだぜ〜」
「えー? 世尊、嘘だろぉ?」
わざと拗ねてみせるデイを見て、あはは、と笑う。
ケーキをみんなで食べはじめる。
チョコとミントの混ざり具合というか、とにかく絶妙!!!
「すっごい、おいしい」
リトは感心する。 清流が誇らしげな笑みを浮かべる。
「草使わせたら清流はダントツだからな」
ケーキをまじまじと眺めながらアリドが言う。
「草……草って何だよ。 ハーブだって」
眉をひそめて清流が反論する。
「清流にいちゃんのはーぶ入りは弓ちゃんが作るのより、おいしいんだよね♪」
義軍の言葉に羽織が頷く。
「あっ、でも、俺は弓の作ったものなら何でも美味しいから」
よく分からないフォローが入る。 弓が苦笑する。
「羽織様。 気にしないで。 清流の作り方は分量を守れば出来るってものじゃないのよ。 その時のハーブの質や気温や色んなもので微妙に変えてるもの。 私には真似できないわ」
それを聞いた清流が満足げに頷く。
「来意じゃないけど、勘で分かるんだよ。 ハーブの声が聞こえるっていうのかな。 こうしたらいい、って」
――ああ、だから子供の頃から薬草作りがずば抜けて上手いんだぁ
リトはケーキを味わいながら思う。 確かに、真似できないほど美味しかった。
「ねぇ、そういや、りーちゃん。 せんせーはまだ事務室にいるの?」
一番最初に食べ終えたデイが尋ねた。
「なんだかんだで全然会ってないんだけど」
なんとなく、不満そうだ。
「えっと、何だか、また出かけるって。 どことか、どの位とか聞かなかったけど」
リトの返事にデイは「えーっ」と明らかに不満そうだ。
「なぁ、来意ぃ。 せんせー、どこに行ってるのか、勘で分からない?」
「あ、無理無理。 僕、ラムールさんに関して勘を働かすと調子狂っちゃうんだよね」
来意がこともなげに言う。
デイがフォークを手でいじる。 それを見ていたアリドが茶化す。
「なんだデイ、お前、寂しいのか?」
デイはちょっと不満そうな顔をした。
「そーじゃないよ。 ただ、今までと違うかなーっと。 ……どっか行っちゃうような」
「それは無いだろうぜ。 陽炎の館もあるし、お前の教育もあるんだぜ。 どこにも行きようはないぜ」
世尊が義軍にケーキを分けながら言う。
「そーなんだけどさー……」
デイはため息をついた。
「お前、それ、寂しいんだぜ。 確かに最近、デイがいくらここに居座っても昔みたいに連れ戻しに来ないもんな」
「あぁ、幼児帰りってヤツか?」
世尊達の言葉にデイがムッとして答える。
「ちがーうしっ! まー、別にどーって事、ないんだけどさ」
でもリトは、デイの不安な気持ちが理解できた。
その後、みんなが片づけやら何やらで席を立つと、まずデイがこっそり近づいてきた。
「えっとさ、りーちゃん」
その表情、声の小ささから、リトも小声で返事をする。
「何?」
「りーちゃんとも結構会ってなかったんで、忘れてるかもしれないけどさ、あの――本、2冊。 もう返してもらってもいいかなぁ?」
――あの本? ……ああ、あの本か。
「うん。 じゃあどうやって返せばいい?」
「借りた時と同じで。 明日の夕方には取りに行くからそれまでに。 そうだ、あの人達には見つからないように、ね」
――あの人達? ああ、あの人達か。
リトは頷く。
するとデイはホッと安心したかのような息をつくと、小さく手を振ってその場を去る。
「あのさ、リトちゃん」
デイがいなくなるのを待っていたかのように、次に近づいてきたのは清流だった。
こちらも目立たぬように話しかけてきた。
「【喜びの新芽】、兄さんは何粒食べたの?」
予想してなかった問いだ。
「えーっと。 たしか……1粒」
「1粒? 残ってはないの?」
リトは頷いた。 洞窟内に居たときのことを計算してみたが、リト2粒、ひーる君2粒、巳白が1粒だったから。
「なんて遠慮無しに」
清流が呟いたが、それは清流に言われたくない。 すると、
「……じゃあ、これ」
清流がそっとリトの手に差し出したのは一粒の【喜びの新芽】だった。
「兄さんの空腹を助けたのは、リトちゃんのじゃない。 ぼくのだから」
清流はそう言ってその場を離れる。
リトは一粒の【喜びの新芽】を眺める。
――受け取るしかないみたい
リトはそれをポケットにそっと入れて周囲を見回す。
アリドと羽織が床に何か紙を広げて話していた。
「うーん。 裏ハンターっていってもきちんとした組織って訳じゃないって?」
「いや、カモフラージュかもしんねぇなって思ってるけどさ。 この名簿もただのラクガキだって言われりゃそれまでだし……」
どうやら二人は共通の仇、ジン=ウォッカについて話しているようだった。
――名簿っていえば……明日返すのなら、試してみなきゃ
リトは、あることを思い出した。
リトはその夜、自室を片づけながら、例の本「世界甘味百科」を取り出した。
――みんなは部屋のあちこちを探したって言ってたけど
リトがそっと本を開く。 本の中には物が入れられる空間があって、そこに「翼族の歴史」と「翼族の生態」二冊の本が入っている。
――これは、中に入れた人しか見つけきれないんだよねぇ
いや、実際には金庫と同じで、きっとやれる人がやればどうにかして取り出す事も出来るのだろうけど、とりあえずみんなには無理。
リトは本を取り出し、それを二冊きちんと重ねる。
「ええっと、あの人達、どうしてたっけ」
リトはシンディ達が最初に白の館に来た時の事を思いだした。
シンディがバックから取り出した本。 翼族の名簿を調べた本。 あれは多分、この二冊。
リトは重ねた2冊の本をじっと見つめる。
――自動巻オルゴールの時みたいに凸凹を組み合わせたりするのかなぁ
リトは何ら変化のないそれを見てため息をつき、本をこすりあわせたり叩いたりしてみる。
しかし何の変化も見あたらない。
――ここの間に出てくる名簿が見たいんだよねー
リトは本同士の背表紙同士を合わせる。
――ラムール様ならこの出し方知っていないかなぁ。
その時。 本が微かに震えた。
「へ?」
リトが一声出した次の瞬間、本と本の間からまるで湧き出すかのように紙が増えていく。 本と本の間にあっという間に「その部分」が完成する。
「やっちゃったぁ」
リトは自分に感心しながらそれを見つめた。