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7-9 面倒は終了♪

 その頃大浴場では「その話」について女官達が盛り上がっていた。


「だーかーらー、本当にそんな人知らないんだってば」


 リトが何度目かの否定の言葉を口にする。


「本当?」

「だって”懇意にしている”女医よ? 女医って言ったら女よ?!」


 当たり前だ。


「あのラムール様が初めて匂わせた女の影よ。 これって超一大事だわよ!」

「ああもう知りたい知りたい知りたい! どうして知らないのよ! リト!」


 どーしてって言われても。

 挙げ句の果てには。


「いっその事、その人に立ち会いお願いしちゃえば何処の誰だか分かったのにね」


 なんて言葉まで出る始末。


「そんなのダメよ!」


 と、言い出したのは、意外にラン。


「そんなのダメに決まってるじゃない! 立ち会いなんて大事なお役目、その懇意女医にさせてごらんなさいよ! ラムール様の中でその人の株が余計上がって余計危ないわ!」


 そっちかい。


 リトは苦笑しながら――は、と気づく。


「株が上がって――って、言った?」


 つまり、みんなは、この立ち会いをする事で株が上がるから、立ち会いした、ってこと?

 そこまでは口にできなかったリトだが、マーヴェが堂々とリトに向かって言った。


「リトにしてはなかなか早く気づきましたわね。 でも、少し違いますわ。 リトは女医を拒否したでしょう? そこで私達が申し出なかったとしたら、あなた、誰が半ば無理矢理にでも立ち会ったとお思い?」


――それは、おそらくラムールしかいまい。


「そこですわ」


 リトの返事を待たずにマーヴェが続ける。


「あのラムール様がやむにやまれぬ理由とはいえ、あなたの検査に立ち会ってしまったら、あの方はすべての責任を背負うはずですわ」

「責任?」


 リトが首を傾げた。


「委員会から検査を受けたという事実は公然の秘密だから、それは今後の女としての人生において大きなハンデだからって」


 ランが少し腹ただし気に口を出した。


「それだけの理由でリトにラムール様の妻になられちゃ、たまったもんじゃないわ」


――そっちかぁっ!!!!


 目を丸くしたリトを見てもランは堂々とふてくされている。


「――でも、お嬢ちゃん、それでもなかなか出来る事じゃなくてよ」


 そこにいきなりシンディが口を出す。

 全員が一瞬にして我に返り、シンディを見る。

 シンディは少女達の視線を一身に浴びて、なぜか楽しそうに見つめ返し、立ち上がる。 シンディの均整の取れた女らしい体つきが露わになる。 


「肉体検査を受けたって事は記録に残れば今後の就職や結婚でマイナスになる事はあってもプラスにはならないわ。 この国だけじゃなくて、どこの国に行ってもね。 それが分かっていながらこの場にいるって事は相当勇気がいる事なのよ。 感謝なさい」


 シンディはそう言って微笑む。

 確かにシンディの言う通りだった。 リトはみんなに申し訳なく思った。

 女官長が湯船につかったまま、シンディに問う。


「それで、検査は終了されましたの?」


 シンディは微笑んだまま返事をした。


「検査は終了してないわ」


 その言葉を聞いて全員に緊張が走る。 彼女はこれから何をするつもりなのか。

 しかし、シンディの言葉は意外なものだった。


「だって、検査なんてしていないのだから、終了しようがないでしょう?」


 えっ、と、言葉の意味が分からないようで、女官長が眉をひそめる。

 シンディは全員を見回す。


「勘違いしないでもらいたいわ。 私は翼族に関係していないなら強攻策を取るつもりはないのよ。 お嬢ちゃんの腕についていた跡も洗えばきれいに落ちてるし、見た目に変なところもないみたいだし、お嬢ちゃんが特別に翼族の男と親しい訳でもないみたいだしね。 どうもあなた達の会話を聞いているとここの女官は翼族の為にじゃなくてただ無鉄砲に突き進んでいるだけみたいだし」


 女官長がお恥ずかしいとばかりに俯く。

 シンディは堂々と告げる。


「そんな無鉄砲なお嬢ちゃん達を調べても翼族に関しては何も出てこないでしょう? なら、調べたり報告書を作るだけ時間の無駄だわ。 私もそこまで暇じゃないの。 だからあなた達さえ良ければ、女同士の少し屈折した友情を讃えてあげる」


 そして湯船を出て脱衣所へと向かう。

 その時、マーヴェが負けじと立ち上がって言った。


「検査はしなかった、記録には残さない、との事でよろしいですか?」


 シンディが半分振り返り、意味ありげに微笑んだ。


「私はただ一緒にお風呂を頂いただけ、だわ」


 マーヴェが頭を下げた。


「寛大なお心遣い、感謝致しますわ」

「いいえ。 忠告させてもらうなら、気軽に翼族に近づかないことね。 むやみに仲良くすると次はこれだけでは済まないわよ」


 シンディはそう言って大浴場を後にした。

 扉がぴしゃん、と閉められると、女官達はみんなで歓声をあげた。


「良かったぁ〜! もうお嫁にいけなくなったらどうしようかって思ってたの!」

「私も、もし目をつけられたらって思ったら怖かったのぉ!」


 少女達は口々に不安と安堵を口にする。

 リトはそれを見て彼女らの理由はどうあれ、彼女らの勇気に感謝した。


「さあって、これで貸し借り無しよね♪」


 ユアが突然言った。


「貸し借り?」


 リトは首を傾げた。 どう考えても自分の貸しだけて、借りがあったとは思えないのだが。


「えっとね、リト……」


 言いにくそうに弓が口を開く。


「その、ハルザ婦人がね、【喜びの新芽】をリトの部屋で見つけたらリトは無事に帰ってくるかどうか分かるって言うから……」

「うん」


 弓が両手を合わせて頭を下げた。


「ごめんね! リトの部屋、隅から隅まで探させてもらったの!」

「ああ、うん、そうなの――って、 そ ぉ な の っ ?」


 リトは驚いた。

 するとみんなが手を合わせる。


「ゴメンっ! リトのチョコのありか、見つけちゃった!」


――ああ。


「ごめんねっ! リトのすっごく下手な編みかけのマフラー、見つけちゃった!」


――ああ……


「ごめぇん! リトの自作の詩、見つけちゃった!」


――ああ゛っ!


「……ゴ、ゴメン……。 ここではとても言えないようなモノ、見つけちゃった……」


――あああああっ!


 リトは慌ててみんなを見回す。 手を合わせていないのはマーヴェと女官長だけだ。


「マーヴェ……」


 あなたは何も見つけなかったのね、と一瞬考えたが、そんな事があるはずがなく。

 マーヴェは視線を逸らして外を見た。


「私はただ木の実を探しただけですわ。 他に記憶はございません」


 しかしその唇の端がヒクヒクと笑いをこらえている。


――マーヴェは何を見つけたぁぁぁぁ!


 女官長が伏し目がちに言った。


「リト、行方不明にならないように気をつけましょうね……」

「ええ、もう、ホントにっ!!!」


 リトが顔を真っ赤にして言ったのでみんなが笑った。

 リトもつられて笑った。


 なにはともあれ、面倒は終了!!!







 風呂から上がった女官達は、時間になったのでそれぞれが働きに白の館を後にした。

 リトはまず、女官長室で待っていた両親と祖母と面会した。 なにしろ事情が事情だったから相当心配させてしまったようで、リトはとても反省した。

 こんなに真剣に怒って、不安そうで、泣きはらした両親の顔なんて初めてだったから。

 村に帰る前に一言ラムールに挨拶をしたいというので、リトは3人を事務室へと連れて行った。

 そこには上半身裸になって、ラムールに怪我の程度を記録されている最中の巳白と、テーブルの上にカードを広げて、難しい顔をして一枚のカードをじっと見つめている来意がいた。


「ああ、リト」


 ラムールはリトが部屋に入ってくると作業の手を止めて歩み寄ってきた。 巳白は近くにあったタオルを肩にかける。

 リトはラムールに頭を下げた。


「お手数かけてスミマセンでした」


 ラムールは優しく微笑んで首を横に振る。

 リトの母も祖母も同じように頭を下げる。 しかし父親は違った。

 何も言わずラムールのすぐ側まで行くと、こともあろうか拳骨でラムールの頬を一発殴った。

 父親の渾身のパンチはラムールの身体を一瞬よろめかせる。 


「お父さん!」

「あんた!」

「シュウ! おまえ、ラムール様に何するんじゃ!」


 祖母達が慌てて声を荒げたが、父親は怒りの形相で言い放つ。


「うるさい! どんだけ偉い人かは知らんけど、お前はうちのリトをみんなの前で非処女だと言って辱めたんだ! 俺は男親としてそれだけは許せん!」


 父の唇はヒクヒクと震え、拳は握ったままだ。

 ラムールが、ゆっくりと向き直り、頭を深々と下げた。


「仰る通りです。 申し訳ありませんでした」


 父はラムールをただ、睨んでいた。


「あんた……ラムール様は悪気があっておっしゃった訳じゃないんよ」


 母が父に告げる。 父は「わかっとる」とポツリと呟く。

 だけど、父として、どうしようもなかったのだと、震える拳が伝えていた。


「巳白さん――だったか?」


 父は巳白の方を向いた。 巳白が神妙な顔でこちらを向く。


「あんたが行方不明にならなければうちの娘も行方不明になんてならなかった」


 父がそう口を開く。 リトは慌てて父の言葉を制しようと父の服を引っ張る。


――お願い! ひーる君の親みたいに、悲しい事を言わないで!


 リトはぎゅっと目を閉じた。


「だけど――暗い洞窟の中で、リトはあんたが一緒にいてくれてさぞ心強かったと思う。 感謝しとる」


 巳白が予想外の言葉に驚いた顔をした。

 父の声は穏やかだった。


「それじゃあ、リト、お父さん達は村に帰る。 でもいいか、いつでも村に帰ってきていいからな? 学校なんて行かなくても村で生き――」


 リトは父の言葉を最後まで言わせず、抱きついた。


「リト――」

「お父さん。 私、大丈夫だから。 ここの生活って、楽しいのよ? だから帰らない」


 リトは父を諭すように、慰めるように言った。

 父達は「それでは失礼します」と一礼すると、事務室を後にした。

 リト達が部屋を出て行くまで、ずっとラムールは頭を下げたままだった。

 リトはそんなラムールが気になりつつ、白の館の門のところまで見送った。



 

「ラムール様っ!」

 リトが再度事務室に飛び込んだ時は、ラムールはさすがに頭を下げたままではなかった。

 巳白の調査を再会し、机の上の書類に数字を書き込んでいる。


「よし、終了だよ。 巳白。 お疲れさま」


 ラムールが巳白の肩をポンと軽く叩く。 巳白が軽く会釈をする。

 ラムールは立ったまま下を向き、リトを見ずに書類をまとめる。 頬が赤く腫れ、唇の端ににじんだ血を拭いた跡がある。

 来意が立ち上がった。


「それじゃあ、ラムールさん、僕たちは弓と巳白と三人で、陽炎の館まで帰ります。 みんな、首を長くして僕の帰りを待ってる思うから」


 ラムールが顔を上げる。 どことなく、無表情で。


「疲れているなら扉を使っても構わないよ。 私の居室の扉を陽炎の館と繋げておくから、早く帰って巳白も風呂に入るといい」


 巳白がすぐ返事をした。


「はい。 そうします」


 その返事にラムールが寂しげに微笑んだ。

 巳白と来意は一礼して部屋を出る。 事務室にはリトとラムールの二人だけだ。 ラムールの視線はリトを直視できないようにさまよう。


 ほんの何秒か、沈黙が流れた。


「――リト」


 そしてラムールがゆっくりと口を開く。


「ごめんね」


 とても悲しげで、消え入りそうな、小さな声だった。


「ラムール様!」


 思わずリトはラムールに駆け寄って正面から服を掴んだ。


「ラムール様は悪くありません! 勝手に行方不明になった私が馬鹿だっただけで……!」


 ラムールは伏し目がちに首を横に振る。


「それにラムール様がいらしてくれなかったら、私も無事じゃなかったかもしれなくて……!」


 首を横に振る。


「それに、父が、ああ、もう、ラムール様を殴るなんて、こっちこそ申し訳な……」


 ラムールが人差し指をリトの口に当てて、言葉を制した。

 そしてラムールは優しく、寂しげに微笑む。


「お父上は正しい事をしたまでです」

「だって……」


 リトは片手をそっとラムールの頬に添えた。 きめの細かい陶器のような肌と、熱を持った、殴られた跡。 きっと、いや、絶対、避けようと思えば避けられたはずの傷。


「これは、罰です。 愚かな私に対する、神の罰です」


 ラムールの手が頬に添えられたリトの手を包む。


「リトに甘えた、私の罰です」


 ラムールが呟く。

 リトは悲しかった。  

 ラムールが、遠ざかろうとしている。

 どこか遠く遠くに言ってしまいそうな気がする。


「リト。 そんなに心配しなくても大丈夫」


 なのにラムールはリトの事を心配して、そんな優しい言葉を吐く。


「ラムール様、その傷、さっさと治癒魔法で跡形無く消しちゃって下さい! もう、全然遠慮なんかしなくていいですから、ね?」


 リトがわざと明るく言う。

 ラムールの瞳が優しく微笑む。 


「さて、申し訳ないけど私はまだ出かける所があるのでね、これで失礼します。 リトも2,3日はきちんと養生するのですよ。 精神的にはかなり参っていると思いますから」


 そう言ってリトから離れる。


「また、出かけちゃうんですか?」


 リトは思わず言った。


「うん――。 時間がないのでね」


 ラムールが答えた。 そして窓を開けて外に出ようとする。


「あの! ラムール様っ」


 リトの呼びかけにラムールが振り向く。


「あのっ、時間が出来たら、また、かまど屋にクリームあんみつ、食べに行きましょう!」


 ラムールが少し楽しそうに微笑んだ。


「二人で行くとデートになっちゃうから、遠慮しておきますよ。 アリドと行っておいで」


 そして空を向くと飛んでいった。

 ラムールが、遠くなった。

 

 

 

 

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