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7-8 「d@’!」

「ねぇ、シャンプー取ってよぉ!」

「ああーっ! ちょっとみんな見てぇ! フローラルったら絶対また胸が成長してるしぃ!」

「ねぇ、このコンディショナーっていい感じ?」


 大浴場は少女達の賑やかな会話で一杯だ。

 しばらくそれを見ていたシンディが、楽しげに笑う。


「ふふふ。 まさかこんな結末になるとは思ってもみなかったわ」


 少し自嘲ぎみに、でも少女達に感心したように、笑う。



 

 

「なぁ、とりあえずお前がゆっくり茶を飲んでるって事は、もう一安心って事なのか?」

 巳白が尋ねた。


「んー、とりあえず、今は、ってとこ。 あー、もう疲れた。 僕、ちょっと寝るから」


 来意がソファーにごろんと横になった。

 窓の外から上の階の大浴場の楽しげな騒ぎ声が聞こえてくる。

 時々、弓の声も。

 来意は少し怒ったように眉を寄せていた。


「俺も早く風呂に入りたいなぁ」


 天井を見つめながら巳白が呟いた。

 



 

「なぁ、確か兵士の俺たちは普通、3階までは行って……いいんだったよな?」

 兵士の一人が上に続く階段を恨めしげに見ながら首を伸ばす。


「……だけどラムール様がここから上には上がるな、って厳しい口調でおっしゃったじゃないか」

「4階は……遠いなぁ……」


 全員が少しでも4階に近づこうと首を伸ばして上を眺めていた。

 




 

「テノス国の女官ってのは度胸がいいな」

 トシが背もたれにもたれて言った。


「目視検査だけなら、私達の方が適任だ、と、妙に髪の長い女官さんが言い出した時はびっくりしたぜ」


 軍隊長はただ黙って目を閉じていた。

 

 



 シンディが独り言のように口にする。

「お嬢ちゃんの身体にもし傷がついていたとしても、委員会メンバーの私が見てもいつの傷かなんて判断できない、だけど寝食を共にする女官ならすべて分かる――すばらしい理由づけだわ。 しかも目視だけでいいのなら一緒に入浴すればいいだけの話じゃないか、なんて言われるとはね」


 それを聞いた女官長も独り言のように返事をする。


「まさかその申し出を受けるとは……ね」


 シンディが一瞬、目だけを女官長に向ける。


「勘違いしてもらっては困るのよねー。 私達の目的は翼族の排除だし。 別に人間に危害を加える事が目的じゃないのだもの」


 女官長も、一瞬だけシンディを見る。


「……目的でなくても、方法としては有る、ってだけでしたわね」


 シンディは額に浮かぶ汗を拭う。


「翼族に関わらなければ方法としても使わないのよ」


 そこまで言ってシンディは再び女官達に視線を移す。

 女官達はみんな、明るく、幸せそうで――


「それに、翼族無しで幸せに生活している子達の生活を目茶苦茶にする気は無いわ」


 いとおしそうに、少女達を見る。






「……」

 中の様子を探っていたラムールが黙って距離を置く。


 そして腕組みをして考える。

 もしシンディが強行策に出るならば、さっきとっさに口にした「ラムールが懇意にしている女医」として助けに行こうかと思っていたのだ。 だから、髪の毛を染める時間はないのでカツラを被り、長めのバスローブ一枚だけを身につけ脱衣所にいたのだが、中の雰囲気から察するにそこまでの緊迫性は感じられなかった。

 何しろ白の館での入浴、となっているのでシンディも所持品は全部取り上げられている。 何の細工もできないだろう。 しかし訓練された委員会メンバーなのでその気になれば、と思っていたのだが……

 ラムールは腰に手を当てて、軽く顔をしかめた。

 腰、というか腹に5センチほどの大きな縫い傷があった。 先日、デイの代わりに傷を受けて自分で治療した場所である。 出血は止まりそこそこ回復してきてはいたが、まだ痛い。


――これさえなければ最初から一緒に風呂に入ったんだけどな


 ラムールはそっと指で傷を撫でた。

 ラムールはリトが「記憶を見た」といった事がひっかかっていた。

 リトは何をどこまで見たのか。

 ラムールの記憶を覗いたとして、それが翼族に関する情報なら当然新世に関係する記憶だろう。 リトはラムールと新世の間の記憶の何を見たのか。 ラムールが気づいた、自分の記憶に侵入された分だけと思いたいが、もし――リトがラムールは女だと気づいてしまっていたら。


――でもなぁ


 ラムールは再度腕組みをした。

 目視検査が避けられないとなった時、ラムールはせめてリトに負担の少ない方法で検査をさせようと思った。

 肉体目視検査の立ち会い、だなんて親も友人も、いや誰もが嫌がるだろう。

 でもリトを一人にして検査を受けさせる事は、リトの命の補償もできない。

 ならば――せめてリトが好いているアリドなら、その後に心のフォローをしてくれるのではないか。

 それにアリドなら、もしシンディが危険な行動に出たとしてもリトを守りきれると思ったから。 

 それより男に見られるのが嫌なら、女の私なら、百歩譲ってはもらえまいか、いや、ラムールという「男」が立ち会ったという現実よりも、「女」が立ち会った方が。 だからあえて「私が懇意にしている女医」とリトに伝えた。 それが私であるとリトに気づいてほしくて。


――でもなぁ


 ラムールは瞼を閉じて、その時のリトの表情を思い出した。


――全っ然!


 とすると、今ここで女医としてみんなの前に姿を現すと、余計面倒になる事は目に見えていた。 そしてこの腹の傷。 デイの代わりに受けた傷だとリトが何かの拍子で気づいたら女であることがばれてしまう。


――佐太郎がいたら、ここの部分だけ真っ新に覆う人工皮膚を作ってくれるんだけどなぁ


 目を開いたラムールはちょっと寂しげな瞳をしていた。


「……平気そうだ、な」


 ラムールはちらりと大浴場の中を窺って言った。

  



 

 ラムールの事務室では来意がすやすやと寝息を立てていた。

 巳白は黙って紅茶を飲んでいたが、ふと何か思いついたように辺りを見回す。

 そして不思議そうな顔をしたまま席を立つと、事務室の扉を開けて廊下に出る。

 

 2階で首を長くしている兵士達は一瞬足りとも視線を階段から逸らさなかった。

 すると、背後で軽くパチン、と何かがはぜる音がした。

 思わず全員が背後を見るが、そこには何もない。

「?」

 兵士達は首を傾げながら再度4階へ続く階段を見る。

 女官達の楽しげな声が微かに聞こえてくるだけだった。

 

 1階の軍隊長の事務室では相変わらず沈黙が支配していた。

 トシが肩をすくめた。



 

 3階のフロアーに、バスローブ姿のラムールは軽やかに降り立った。 もちろん女装?したままである。 着替える時間も場所もないので居室でバスローブだけになって4階に行っていたのである。

 とりあえず誰にも見つかる訳にはいかなかったから、兵士達には2階より上に上がるなと厳しく言った。 だから今もちょっと意識を逸らしてその隙に4階から3階のフロアに駆け込んだのだ。

 ラムールは背後に気をつけながら、急いでフロアの角を曲がり、事務室前の通路を進む――この通路には誰もいない――はずが。


「!」

「!」


 何故かそこに巳白が立っており、二人はあやうくぶつかりそうになった。

 二人はお互いに顔を見あわせる。

 巳白の目は点になっていた。

 それはそうだろう。 どうしてこの廊下でバスローブ姿の女と出会うなんて予想できようか。 


「だ、誰――?」


 巳白の口がそう動いた。

 今のラムールは髪型も違えば瞳の色も違う、かかとの底上げもしていないので身長も違う、一瞬でラムールと気づくのは不可能であったろう。


――あーっと!


 ラムールはとっさに巳白に向かって詰め寄って言った。


「5Zs\< 0qdfラムールk<byeidwe.d@)ew@r> ^@zi:Zdw37demkw@fueto dr@to x0t@r@i giduew@?」


 巳白が目をぱちくりさせる。 ラムールは一歩離れてにこりと笑うと言った。


「d@'!」


 そして呆然と立ちすくむ巳白を放置してきびすを返すと通路を駆けて階段を上り居室へと向かう。

 ラムールの姿が消えても巳白は呆然と立ちつくしていた。

 そしてゆっくりと、「どこの国の言葉……?」と呟く。

 更に数秒、余韻を楽しむように誰もいない廊下を眺めて、それからおもむろにクスクスと笑い出す。

 そしてほんのり頬を染めながら言った。


「いや、ホントに目茶苦茶、可愛かった」

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