表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/138

7-7 そして――

 シンディは険しい顔をしてリトに歩み寄る。

 リトはただ驚いて立ちすくむ。

 ラムールがほんの少し怪訝そうな顔をした。


「お嬢ちゃん。 あなたが清らかだって事は認めるわ。 ところで」


 シンディはリトのすぐ側まで来ると腕を組んだ。


「あなた、怪我はしなかったのよね?」

「えっ、あっ、はい」


 リトは頷いた。

 確かにリトは擦り傷程度で、大きな怪我はしていない。


「じゃあ、その右手首の跡は何? ゆっくり手を上に挙げて見せてくれる?」


 シンディは自分が興奮しているのを抑えるように、できるだけ冷静に告げる。


「右、手首?」


 リトは首を傾げながらゆっくりと右手を上に挙げる。 服の裾がずり落ちて手首が露わになる。

 そこには、カラカラに乾いた茶色い汚れがついている。

 側にいたラムールの表情が強張る。


「気がついた時にはもうついていたから、多分落ちた時にどこかで擦ったんだと思うんですけど……」


 リトはそう言いながら手のひらを表と裏に返して手首の汚れを見る。

 手首の汚れは、洞窟内で見た時は確かに血だった。

 でもそんなに痛くないので触れもせずいたのだが。 しかし、とリトは跡を見ながら考えた。

 血の跡はリトの手首全体を包むようについている。 落ちる時、どうやったら全面まんべんなく擦ることができるだろうか。

 それに血の跡は薄く乾いてこびりついたようになっており、カサブタにはなっていない。

 片側だけがいっぱいついて、反対側は長い4本のすじになっていて――いや、これって。


「何かに掴まれた跡ね」


 リトの代わりにシンディが答えた。 リトはもう一度跡を見る。 たしかにそれは何かがリトの手首を掴んだ跡のように見えた。 例えて言うならば、いや例えるまでもない、リトが上につきだした手を、上から誰かが掴まえたような跡。


「何コレ……?」


 リトは呟いた。

 何コレ、としかリトも言えなかった。

 シンディが、やったとばかりに目を輝かせる。


「リト、ちょっとお見せなさい」


 ラムールが慌てて近づき、リトの手を掴んで跡を見て、動きを止める。

 シンディが尋ねる。


「ねぇお嬢ちゃん、あなた、洞窟では他に誰にも会っていないのでしょう?」

「え……っ、あっ、はい……」


 リトは、一瞬変化鳥の事が思い浮かんだ事もあり、歯切れの悪い返事をした。

 しかしそれは今まで歯切れ良く返事をしていた態度と比べて明らかに異質だった。

 シンディの手がリトの肩に触れようと伸ばされる。 ラムールがそれを軽く払う。 ラムールの顔がいままでにない位警戒していた。

 シンディが意味ありげな微笑みをうかべながらラムールに告げる。


「ねぇ、保護責任者さん、その跡は何だとお考え?」


 ラムールは警戒した表情のまま、もう一度リトの手首の跡を見る。


「洞窟に落ちた時、何者かがリトを助けた跡でしょう。 そう考えればリトが殆ど無傷なのも納得がいく」


 周囲がざわめいた。

 確かに同じように落ちたにしても、巳白は翼も負傷して服のあちこちに岩場で擦ったような跡もあった。 しかしリトは多少の汚れはあるものの綺麗なものだ。 


「何者だと思う?」


 反応を確かめるようにシンディがラムールを見る。

 ラムールの表情はポーカーフェイスに戻っていた。


「ふむ。 それはこの跡だけでは何とも言い難い。 人間かもしれないし、異生物かもしれない。 もしくは手の跡のように見えるがシダ科の植物が落ちる際にたまたま手に巻き付いただけかもしれない。 だが何にしろリトは無事でここにおり、そして純潔だ。 ならば何も問題はない」

「確かにお嬢ちゃんは純潔だけどね」


 シンディは腕組みをしてリトを見た。  


「記憶を奪われてしまった可能性があるとは思えない?」

「記憶?」


 リトは繰り返した。


「そうよ、記憶。 あなたは誰かと接触した。 しかし記憶を奪われた、だから覚えていない、どう?」


 そんなこと言われても。

 記憶が無いのは記憶を奪われたからだと言われれば何の反論ができようか。

 ああ、これが「こじつけ」なのだとリトは悟った。

 ラムールが反論する。


「それはあまりにも早計な。 記憶を奪うには細心の注意が必要だ。 接触した事を隠したいのになぜわざわざ証拠を残す?」


 シンディが不敵な笑みを浮かべる。


「さあ? それは分からないわ。 ただ疑わしい事がある時は調べなければいけないわね。 勿論、彼女の純潔は証明されているからそれ以上を調べたいとは言わないわ。 そうね、身体を目視だけさせてもらえば十分じゃないかしら」


 ラムールが黙っている。 シンディがリトを見る。 


「別に深い検査をする訳じゃないわ。 そして他に変な跡が無ければ晴れて疑問払拭、そうでしょう?」


 ラムールが黙っている。


「ねぇ、つまり、あの女の人、何をしたいの?」


 遠巻きに見ていた女官のノアが小声で尋ねた。


「……つまり、リトを裸にして見たいと言ってるの」


 ランが素早く返事をする。

 ラムールが黙っている。

 そんなラムールを満足げに見ながら、シンディが指を一本頬に当てて小首を傾げて言う。


「勿論、委員会メンバーの私じゃなくても、あなたは保護責任者だから、代わりに彼女を目視検査してもらってもいいのよ? ――でも、彼女はまだ汚れを知らない少女なのよ? だけど子供じゃないわ。 そんな少女が例え保護責任者だと言えども、まだどの男にも見せた事のない生まれたままの姿を彼氏でもない男のあなたに見せるというのは酷じゃないかしら?」


 誰もが黙っている。


「それよりも女の私が目視した方が彼女としても良いでしょうね」


 シンディが続ける。


「私だけに見せるのが心配だというのなら他に立会人をつけてもいいわよ。 友人が全裸になって目視検査をされる姿を見てもいい、って奇特な人間がいたらの話だけど」


 そして、当然のごとくそんな奴はいないだろうとばかりに含み笑いをする。

 ラムールが、動いた。

 リトの腕を引き寄せ、抱き寄せてその瞳を見つめる。

 リトはラムールの瞳を見つめ返した。

 なんだろう、不安げな、もどかしげな、何かを願うようなラムールの表情。


「――残念ですが、目視検査は免れません」


 ラムールが告げた。


「だからあなたさえよければ、私が目視検査を行います。 ……それが嫌なら彼女に依頼するしかない。 でも、あなたが不安なら立会人をつけましょう。 あなたが安心できる人物……ええっと……それは彼でもいいし……私が懇意にしている女医がいるので彼女でも……」


 何かを分かってほしいような、言葉の裏を読んでほしいような変な口調。

 リトはこの重大事なのに、ラムールに懇意にしている女医がいるという初耳に驚いていた。


「リト!?」


 ラムールが握った手に力を込めて返事を促す。


「えっ? ええっと……立ち会いっていっても」


――アリドに見られるってのも恥ずかしいではないか


「やっぱりラムール様にも恥ずかしいし、女医さんって言っても、どんな人か知らないし」


――かといって、このシンディって女の人と一対一ってのは危険、ってのは私でも分かる。 弓達にもそんな姿をも見られるのはやっぱり嫌だ。 だって自分が立ち会わされる立場になったら、友人のそんな姿なんて見ていられないじゃないか…… 


 リトは視線をあちこちに泳がせる。


 そして――  

 




 

 広い広い空間に、気持ちの良いざわめきと、ししおどしのように澄み渡る桶の音。

 身体を優しく包む暖かい湯気と、大きな窓から差し込む明るい太陽の光。

 浴槽にたっぷり蓄えられたお湯は、少し熱め――


「うっわぁ〜。 気持ちイイ〜!」


 リトが思わず上げた声が白の館の大浴場の中で反響する。


「昼風呂って贅沢よねぇ」


 ユアが自分の頭にタオルを乗せてリトの側にやってくる。


「うん、もう極楽って感じ♪」


 リトはにっこり笑って答える。 大浴場の少し離れた場所では弓が何人かの女官に囲まれている。


「ちょっとぉ! 見て見て! 弓、着やせするタイプだったの?」

「白い! 細いっ! ちょっとずるいわよ、弓!」

「あん、もぅ、恥ずかしいから、見ないでってばっ!」


 弓が真っ赤になりながら言い返す。 それを横目に見ながらノイノイが浴槽に入ってリトに近づく。


「あらあら〜。 これって一体誰の身体検査だったかしら?」


 ユアがぷっと吹き出す。


「絶対みんなは私よりも弓に興味がある訳で……」


 リトも苦笑いしながら眺める。


「リトぉっ!」


 弓が女官達の輪をくぐり抜け、慌ててリトの入っている浴槽まで駆けてきて湯船につかり、リトの背後に回る。


「こら! 弓! お風呂場で走るなんてはしたない!」


 そこに女官長の喝が飛ぶ。


「あっ、すみません」


 弓が頭を下げる。 そこにまた、先ほど弓を囲んでいた女官達が近づく。


「ゆ、み、ぃ〜」

「リ、リトっ。 お願い。 どうにかして」


 弓がリトの背中にしがみつく。


「あはは。 弓。 大丈夫だよぉ。 別にみんな取って食べちゃうって訳じゃないからさぁ」


 リトは軽く笑ったが。


――羽織様、って呼ばれたら絶対面倒になるなぁ……


 と、思いつき、女官達に止めるように告げようかとしたところ、


「あなた方っ!! 大浴場で騒ぐのもその辺りでおやめなさい!」


 リト達の前に、でーんと、一糸まとわぬ姿で腰に手をあて仁王立ちで言いはなったのはマーヴェだった。

 マーヴェは堂々としていて、ぼん、きゅっ、ぼんな訳で。


「今日は余所の方もいらしてるのよ、女官長に恥をかかせるような真似はおやめなさい! 堂々としてなさい!」


 マーヴェ節炸裂。


「どうしても肉体美を見たいというのでしたら、遠慮はいりませんことよ。 どうぞ私を御覧になって」


 女官達は苦笑いしながら答える。


「あ、あは、分かったわよ。 ゴメンネ、マーヴェリックル。 大人しくしとくから」

「分かればよろしくてよ」


 マーヴェは満足そうに頷くと、ずーん、ずーん、ずーんと、堂々と歩いてシャワーの所へと行く。

 弓が目を丸くして言葉を失っている。 リトはそんな弓を見ながら笑った。


「毎日あんなに堂々とされてたら、弓もそのうち恥ずかしいって何だっけって思うようになるよ」

「……うん、ちょっとカルチャーショック」

「あっはは、カルチャーかぁ」

「なんか分かるぅ」


 ノイノイもユアも笑う。

 それを見て、少し離れた場所で同じ浴槽に身を浸していたシンディがほんの少し笑みを浮かべる。 そしてその隣には女官長が困ったような、呆れたような表情で、少しモノを言いたげに女官達を見ていた。

 そして、誰もいない脱衣所には、カツラを被って女の姿に戻ったラムールがこっそり中を窺っていた。

 

 

 そして、大浴場の一階下にある、3階のラムールの事務室。

 ソファーで巳白と来意は紅茶を飲んでいる。

 

 2階、兵士居住区では、兵士達が3階へ続く階段をじっと見つめ

 

 1階、軍隊長の事務室には押し黙った軍隊長とトシが向かい合って鎮座していた。

 

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ