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7-6 面倒なことになりました。

 多分、いや絶対、そこにいた全員が耳を疑ったに違いない。


「リトは非処女です」


 と、さらりと言ってのけたラムール。


――えーっと??


 リトはとりあえず真っ赤になる。 


「リトが?」

「いつ?」

「どこの誰と? 許せん!」


 と、真っ先に反応したのはやはりリトの両親と祖母であった。

 それと反して、そうだったのか、とざわめく兵士達。


「……ああもうやっぱり、僕と相性悪いんだから……どうするの?」


 と頭を抱えるのは来意。

 ラムールはみんなのざわめきなど気にせず告げる。


「そもそも処女であるか否かが重要というより、翼族と契ったか否かが委員会では争点。 契った可能性があれば洗脳された可能性がある、として精神検査を受けさせねばなりませんが、無ければそれ以上の検査はできない。 そうですよね?」

「え、ええ。 だから肉体検査を受けて処女であるかの確認を――」


 シンディが少し混乱した表情で頷く。 


「ですから、リトは処女ではありません、と申し上げました。 よって肉体検査をする意味がありません」


 ラムールが告げた。

 それを聞いてトシが口を挟む。 


「ちょっと待てよ、教育係さん。 処女であるにしろないにしろ、口では何とでも言える。 だから肉体検査があるんじゃないか。 なぜアンタは彼女が処女でないと知っているんだ?」


 それもそうだ、と全員の目がラムールに注ぐ。

 ラムールは予想していたとばかりに微笑む。


「彼女の相手を知っているからですよ」

「相手?」

「ええ。 彼女の相手を知っている。 しかもお互いに盲目状態だ。 更にその人物は巳白の知り合いでもある。 あなた方だって容易に想像つきませんか? いくら遭難にあったからとて大事に想う男がいる女がそう易々と他の男を受け入れましょうか? 男も知っている人間が大事にしている女の事をそう簡単に汚しましょうか?」


――ああ、それってあるかも


 と、リトは話の後半部分だけ同感して頷いた。


「しかも今回は子供も一緒の遭難。 理性が働く確率が高いと考えるが妥当。 ご要望とあらば洞窟内での巳白の記憶を取り出してお渡ししても良い。 まず何も無い。 仮にあったとしても――」


 ラムールがちらりと巳白を見る。 巳白は黙っている。


「私が巳白を保護責任者の名のもと――」


 ラムールが一瞬、言葉を選び、告げる。


「罰すれば良い」


 その言葉はおそらくリトに気づかれまいとの配慮だった。 だが、リトはその意味を正しく理解した。

 リトは巳白を見る。 巳白は真っ直ぐにラムールを見つめていた。

 正しく理解したのは調査委員会の二人も同じだった。 ラムールと、リトと、巳白を交互に見る。

 ラムールがシンディ達を見据える。


「そうすればリトを調査する必要性は全く無くなるだろう?」


 トシは腕組みをした。


「つまり――あれかい、お嬢ちゃんは調査させないけれど、巳白の洞窟内での記憶は俺たちがコピーして調査していいと――?」


 ラムールは頷いた。

 確かにそれは最善の策のように思えた。 洞窟内での巳白の記憶。 それは取り出したところで何も出てこないだろう。 子供の世話とリトとの話、それ以外出てこないだろう。


――でも……


――『怖いのは――』

――『何しろ密室の中での調査だからな、疑問をでっちあげられて精神検査に持って行かれちゃう事』


 疑問をでっちあげられて。

 でっちあげられて。


 リトの心臓が早鐘のように打つ。

 いや、子供の世話とリトとの話相手以外、何も出てこないに決まっているじゃないか。

 リトは胸を押さえるように手を当てた。 カサリ、と何か紙の感触があった。


――アリドの手紙!!


 リトは一瞬にして血の気が引いた。

 おそらく、いや、絶対ラムールはこの手紙の存在を知らないだろう。

 もしも記憶調査でこの事を委員会の人達に知られたら?

 まず絶対、アリドは調べられる事になるのではないか。

 そして異生物の変化鳥と交流があったと知られれば、巳白も――!

 リトは慌ててラムールと調査委員会メンバーの二人を見た。

 メンバーの二人はお互いに目配せをして、それでもいいか、と今にも納得しそうな雰囲気だ。

 ラムールもどこかホッとしたような感じがする。


「あのっ!!!」


 リトが大声を上げた。

 その声に全員が反応してリトを見る。

 一瞬、リトは言おうか言うまいか躊躇する。 

 しかしよくよく考えたら、リトはこのままでは『非処女』のレッテルが貼られるのだ。


――それって乙女にとって超マイナスじゃない???? 私の潔白の為にも!!


 リトは一度ツバを飲み込んで、真っ赤になりながら言った。


「私、まだ大人じゃありませんからっ!!!」


 それを聞いて、再度、来意が頭を抱え、巳白は呟いた。


「来意。 やっぱりお前の勘って当たるのな」






 【私、まだ大人じゃありません】そんな事言ったものだから、そりゃもう、リトから見たみんなの顔はそれぞれに個性的だった。

 まず、言葉の意味を理解するのに一瞬かかってポカンとした調査員の二人。


――完璧に非処女って信じたわね?


 意外だとばかりに目を丸くしたラムール。


――意外なのっ?


 頭を抱えた来意と、ちょっと頬を染め視線を逸らした巳白


――さっきちゃんと言ったじゃん!!


 嬉しいような顔の女官長


――ええ、私はまだ清らかでございます。 胸を張って


 衝撃的告白にざわめく兵士達。


――は、見ない事にしておこう


 純情だったのだろう。 先ほどから処女だの契るだの大人じゃないの聞かされて、いかめしい顔のまま真っ赤になって突っ立っている軍隊長


――恥ずかしがらせてゴメンナサイ


 そして。


「そうだろう! リト! お前がそんな子じゃないって、俺は信じてたぞ!」


 と、一番喜んでいるお父さん。


――うっひゃぁー、恥っずかしい〜!


「ちょっとお父さん! でもそれじゃリトはあの人達に連れて行かれて調べられちゃうんだよっ!」


 お母さんがお父さんにつかみかかっている。

 あと、手を合わせて天に祈るしかないおばあちゃん。


――大丈夫だよ、おばあちゃん!

 



 やはり真っ先に気を取り直す、というか、路線変更を図ったのはラムールだった。


「……リト、それは間違い――」

「間違いありませんっ!」


 リトははっきりと返事をする。

 そこにトシが割ってはいる。 


「ちょっと待ってくれよ、教育係さん。 あんた、この子が非処女だって言ったじゃないか! 嘘の報告をしたとすれば委員会メンバーの名においてあんたの保護権を停止――」


 ラムールは悪びれずに返事をする。


「嘘じゃありませんよ。 だって相手は私じゃないんですもの。  ただその男と話した時にそんな話を聞いたのでね、それじゃあ私が間違っていても仕方ないと思いませんか? あなたも男ならそういう話の一つや二つ、男同士で話になった事はあるでしょう?」

「う……」


 トシが口ごもる。


――えっと、ちょっと待って! それってアリドがそんな話をラムール様に言ったって事??!!!


 リトはちょっとショックを受ける。 というか、何もしてないくせにっ!と少し腹ただしく思いながら。

 ラムールが、さも物わかりが良いような、変なため息をつく。


「彼は年頃の男の子ですからね。 見栄を張りたかったのでしょうね。 でもまぁ、何もしていないという事はそれだけ関係を大事に想っているって事ですから」


 関係を大事に、なんて言われて思わずリトの頬がゆるむ。

 ラムールがクスクスと笑った。


「ええっと……という事は、彼女の肉体検査をしなければならないって事よね、本当に処女かどうかを……」


 180度変わった方針に気を取り直しつつシンディが口を開く。


「じゃあ、とりあえず貴女は私達と一緒に……」


 シンディがリトに手を伸ばそうとするがラムールが間に入る。

 リトはラムールの背後に隠れながら、顔だけ出してシンディに告げた。


「えっと、あの、証明できますから、連れていってもらわなくて大丈夫です」

「証明?」


 シンディが不思議そうに首を傾げた。

 リトはラムールの服の裾をキュッと握った。 ラムールがリトを優しい眼差しで見下ろして言う。


「どうやって証明するつもりですか?」   

「教会の聖水を作ります」


 リトの返事にラムールが頷く。 トシもシンディも、はっと気づく。

 ラムールはリトを守るように背後に隠したまま、皆に分かるように言った。


「教会の聖水を瓶詰めした時の封印作業をすると言うのですね? 成る程。 あれは誓いであって魔法ではない。 清らかな少女でありさえすれば誰にでも出来るが、逆にそうでなければ絶対に出来ないし、誤魔化しがきかない作業です。 あなたの純潔を証明するには適している」


 ラムールは微笑んだ。


「それでは教会に急ぎましょう」


 そしてリトの肩を抱き城下町へと向かう為にシンディ達に背を向けて歩き出した。

 全員が、ラムールの後に続いた。

 

 




 白の館の窓から、帰ってくるリト達の姿が見えた途端、女官達は喜びの歓声を上げた。 

 そして一斉に白の館から中庭に飛び出してくる。 その賑やかさはリトの耳にも届いた。


「あは。 みんな、元気そう」


 リトが嬉しそうに呟き、ラムールが微笑んだ。

 リト達が教会の敷地に入ると、女官達は慌てて白の館の敷地から外に出ようとした。


「そのまま! こちらにそれ以上近づいてはいけません!」


 すかさずラムールが一喝し、女官達は慌てて動きを止める。 


「ダメよ! 弓っ!」


 弓だけが言う事を聞かず外に出ようとして、慌ててルティ達にしがみつかれて動きを止められる。


「リトぉっ!」


 涙をポロポロ流しながら弓がリトを呼ぶ。

 リトはちょっと嬉しくて涙目になりながら微笑む。


「あは。 ただいま」

「大丈夫? 怪我してない? 平気?」

「うん、平気平気」


 リトは弓を安心させようと、軽くガッツポーズしてみる。 「良かった」と弓が泣きながら頷く。

 それを来意一人だけが眉をしかめて見ている。

 ラムールが、ポンと軽くリトの肩を叩いた。


「それじゃあ始めましょう。 シスター・マリーンをここに!」


 ラムールの声に促されて、先に早馬で事情を知らされていたマリーンが空の瓶を数本と封の紙を盆に乗せて運んでくる。

 リトは一礼して瓶を一つと封を一枚、受け取り、地面に置く。 そして教会の本堂奥にある聖なる井戸から桶に水をくみ上げて全員が待つこの場所に戻ってくる。

 桶には透き通った美しい水がたっぷりと入っている。

 リトは全員に囲まれた中央で、地面に跪いて座り、瓶を正面に置く。 そして封の紙をクルクルとじょうご状に丸め、瓶の細い口に刺す。


――さって、ここからがメンドーなんだよなぁ


 リトはそう思いながら両手を合わせて神に祈る。


「我、清き者、汚れを知らぬ者。 天に誓い、魂に誓う」


 そして桶を持ち、傾けて封をじょうご代わりに瓶に聖水を入れ――ようとし、桶を傾けすぎて水がじょうごにおさまりきらず、周囲にどばっ、とこぼれる。


「ああっ! 聖水こぼすなんてもったいないっ!」


 遠くから見ていたルティが思わず叫んだ。 女官達も口を開く。


「あの傾けて聖水入れるのって難しいのよねー」

「わっかるぅ。 だいたい瓶の口が狭すぎるんだよね」

「でもあれだけボシャっとこぼしちゃうって普通ありえないわ」

「何言ってんの? やってるのはリトよ」

「ああ、そっかぁ。 不器用だもんねぇ、リト……」


――あんたたちぃ〜!!


 リトは友人達のつっこみに反撃したくなる。

 代わりに女官長が注意する。


「貴女達! この作業をしている間は余計な言葉を話してはいけないのは教えたでしょう? リトの気が散るから静かにしなさい!」


――ありがとうございます、女官長


 リトは心で感謝しながら水を詰めていく。 とりあえず、心をこめて。

 瓶が水で満たされた、じょうご代わりにしていた紙を抜き取り、指で自分の名前を紙に書き折りたたむ。 そしてそれをそのまま封として瓶の口に貼る――


 リトがふうっ、と息をつく。

 すると周囲で見ていた者達も一斉に息を吐く。


「それでは、確認します」


 シスター・マリーンがそう告げて歩み寄る。

 リトの心臓が少しずつ早く鼓動を刻む。

 マリーンが瓶を手にする。


――やましい事はないけど、大丈夫よね? 大丈夫よね? 大丈夫よね?


 リトの胃がキリリと痛む。

 マリーンがゆっくりと瓶を――逆さまにする。

 しぃんと静まりかえる。

 リトは一度目を閉じて、そしてゆっくり開く。

 そこには逆さまにしても封が外れず、中に聖水を蓄えたままの瓶があった。

 マリーンが、微笑む。


「完璧です。 神の御名のもと、彼女が清らかであることを証明いたします」


 やったぁっ! と、女官達が歓声を上げる。

 おおう、と兵士達も意味は分からないが声を上げる。

 女官長も微笑み、来意は何故か拍手をし、お父さんなんか、万歳している。

 リトは周囲を見回した後、安堵して大きく息をつく。


「見せて頂戴」


 と、シンディがシスターに近づき、瓶を受け取る。

 瓶には水が入っているのに、 蓋 を し て い な い の に 、瓶の口に封の紙をただ 貼 っ た だ け な の に、 しかも封と瓶の口とに隙間が見えるのに、瓶は振っても回しても一滴も水をこぼさない。


「確かに完璧」


 シンディが頷く。 シスターが補足する。


「私はこれでも完璧とは思いますが、もしまだお疑いなら、この聖水を使ってみる、という事もお勧めしますわ。 結界を張ってみるもよし、薬と混ぜてより効果の高い薬水を作るも良し」


 シンディは少し間を開けて、そしてリトを見る。

 リトは、はにかみながら立ち上がり、服の裾の埃を手で払う。


「――!」


 次の瞬間、シンディがあるものを見つけて大きく目を見開いた。

 リトがラムール達に笑顔を見せて、女官達の方へと足を進めたその瞬間――


「全員動かないで!! まだよ! まだ検査は終わっていないわ!!」


 絶叫にも似たシンディの叫び声が、なごみかけた空気を凍り付かせた。 


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