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7-5 なんでやねん

「こんなのひどい」

 リトは再度言った。


「リト!」

「リト! 何も言うな!」


 みんなが慌ててリトに向かって言った。


「だって、ひどい! こんなの、可哀想だわ」


 しかしリトは我慢できずにもう一度言った。


「何ですって?」


 静かに、ゆっくりと、しかし待っていたとばかりにシンディが言った。


「あなたは誰の事をひどいと言っているの? 誰が可哀想だと言ってるの? 教えてくれない?」


 シンディがゆっくりとリトに近づく。 女官長が大声を上げる。


「リト! あなたは、あの男の子の事を可哀想、って言っているのよね! そしてこんな目に遭わせた巳白をひどい、と言っているのですよね! そうおっしゃい!」


 すかさずシンディが厳しく告げる。


「黙ってなさい、女官長! リトに直接聞こうじゃありませんか。 あなたはどう思っているの?」


 にじり寄ってくるシンディを、リトはにらんだ。


「ひどいのは貴女達のことよ! 可哀想なのは巳白さんだわ。 どうして? あの子を助けたのに、あんなに優しくしてたのに、ありがとうの一つも言ってもらえなくて、こんな目に遭わされて! あなた達のやってる事ってひどすぎる!」


 リトはシンディから目を逸らさずにハッキリと告げた。

 みんなが頭を抱えて困った顔をしているのが見えたが、だから何だと思った。

 間違ってない。 自分は間違ってない。

 そしてシンディも満足そうだった。


「どうやらあなたは危険な思想を持っているようねぇ」

「やめて下さいぃ!」


 リトの両親が叫んだ。


「リトは危険な思想なんか持っていない! だから連れて行かないで!」


 泣きそうな叫びにも似た声だった。


「五月蠅いわね! 何か異論があるなら、あなたたたちも連れて行くわよ!」


 シンディが銃をリトの両親に向け、もう一方の手で、リトの腕を掴んだが――





 

 笑顔がすてきな、巻き毛の男の顔。

 私を一番大事にしてくれる人。

 耳が長くて、翼もあるけれど、私はそんなの気にしない。

 私はとりえもなくて、平凡だし、翼も無いけど、彼もそんな事、全然気にしない。

 一緒にいたら幸せ。

 そばにいれるだけで、幸せ。

 私は鏡で自分の顔を見る。

 とても幸せそうな顔をしている。

 ――扉が、ノックされた。

 彼ね? と、私は喜んで扉を開ける。

 だが、そこには見た事のない男達が集団で立っていた。

 何かの押し売りかと思って、いりません、と断ろうとすると、男の拳が私の腹に深く入る。

 私はそのまま男達に連れて行かれる。

 怖い。 怖い。

 でも誰も助けてくれない。

 色々な器具が置かれた嫌な臭いのする小部屋に放り出される。

 男達は手術着にマスクで顔を覆って部屋に入ってくる。

 手にゴム手袋をはめて、暴れる私を無理矢理台の上にのせる。

 男達は力ずくで私を押さえつけ、全身を調査する。

 調査が終わると、別の部屋に放り込まれる。

 そこにはまた別の男がいて、私は見た事のないような機械で拷問を受けた。

 いったい何日たったのだろう。

 私は割れた鏡の破片を覗いた。

 そこには皮膚が腫れたりただれて、原型をとどめないまでに変形してしまった自分の顔があった。

 「いやあああああああ!」

 私は、叫んだ。

 

 

 

 

「!」

「はっ」

 シンディがリトから手を離すと、リトは意識を戻した。


 シンディが呆然としながら、リトを掴んだ自分の手をまじまじと見る。


「どうした?」


 トシが声をかけた。

 リトも我に返り、周囲を見回す。

 ここはまだ洞窟を出てすぐ、だ。 リトはどこにも連れて行かれていない。 時間も経っていない。


「あ……」


 シンディが頭を振って気持ちを切り替える。


「ね、ねぇ、トシ、あなたが――この子、連れていってくれるかしら?」


 少し青ざめた顔でシンディが頼むと、トシはため息をつきながらリトに近づく。


「どうした? らしくないな?」


 トシはリトに近づき手を伸ばす。


「さぁ行こうか」


 その時、リトの祖母がトシに駆け寄り、トシにしがみついた。


「この子を連れていかんで下さい!」

 祖母の声と一緒に――

 


 

 

 

 

 羽を一枚、手のひらに置く。

 しぃんと静まりかえった館を俺は見つめている。

 明るい笑い声が絶える事のなかった我が家。

 なのに今はまるで死に神にとりつかれたように静かだ。

 部屋に入る。

 壁にかけられた、タペストリー。 あいつの作品。

 だけどあいつはもういない。

 窓際のベットで息も絶えだえに、今にも死にそうな俺の父。

 元気で尊敬していた父は、いまわの際で泣いていた。

 ただただ、泣いていた。

 心労からか、やつれきって、痩せこけて。

 「父さん」

 僕は父の手を握る。

 父をこんなに悲しませたのは誰なんだ。

 そして、アイツを殺した奴は誰なんだ。

 「父さん」

 僕が再度呼びかけると、父はそっとあるものを指さした。

 「人生を……やりなおせるものなら、ワシはやり直したい……」

 長年生きて、最後の言葉が、涙を流しての父の後悔の言葉だった。

 誰が父をここまで苦しめたのだろう!

 俺は絶対に、そいつを許さない。

 

 



 

「っ!」

 トシは弾かれるようにリトから手を離した。


 反動で祖母が転ぶ。


「おばあちゃん!」


 リトの両親が慌てて駆け寄り祖母を抱き起こす。


「……?」


 トシは目を見開いて自分の手とリトを見比べる。

 リトの表情に初めて恐れの色が浮かんだ。

 リトは確かに、今の一瞬、なだれこむ記憶を自分の事のように体験した。


「どういうことだ?」


 信じられない、とばかりにトシが呟いた。


「……どうしたんだ? 来意。 なんか様子がおかしくないか?」


 巳白が囁いた。


「分からない。 でも何かが起こってる。 僕がリトに触れたくない訳だ」


 来意が答えた。

 そして次の瞬間、来意が慌てて空を見上げた。


「来る!」


 来意が明るい声でそう叫ぶ。

 その声に導かれて皆が空を見上げる。

 そう、来意が来るといったら、来るのだ。

 空に、浮かんだ人の影が見えた。

 

 

 

 当然、ラムールだった!







 来意達の存在に気づいてラムールが空から声をかける。

「ここにいましたか!」


 そしてそのまま、地面に降り立つ。


「ラムール……」


 ラムールの姿を見て軍隊長達が言葉を失う。 ラムールの服装は数日前と何ら代わりはない。 いや、ところどころ汚れ、生地も傷んでいる。 髪もいつも通り一束に結ってはいたが、もつれたり、ほつれたり、乱れていた。

 それだけではない。 目の下には微かにクマができて、頬もこけ、憔悴しているようにも見えた。

 しかしラムールはそんな事は気にせずに、堂々とリトの側に歩み寄り、リトの姿を上から下まで見た。

 そしてリトの左腕に貼ってある絆創膏に視線を止めると、何も言わずにその絆創膏を勢いよくはがした。


「きゃん!」


 リトは突然だったのでビックリして腕をひっこめた。 絆創膏の貼ってあった場所には傷ひとつない。

 ラムールはその絆創膏を手に持ったままヒラヒラと揺らし、トシとシンディを見た。

 トシ達はしまった、という顔でラムールを見る。


「あのー、ラムール様?」


 リトは絆創膏をはがされてヒリヒリしている腕をさすりながら思わず声をかけた。

 しかしラムールはまるでトシ達の動きを威嚇するかのように、二人から視線を逸らさずに、ただ手を降って炎を起こして絆創膏を一瞬にして燃やしてしまった。


「かなりアナクロな情報収集機ですね。 おかげで油断しました」


 ラムールが落ち着いた口調で言う。 そして二人に向かって意地悪に笑う。


「他人から無理矢理記憶を探られるのは良い気持ちはしないでしょう?」


 それを聞いてトシが顔色を変えた。


「おまえがやったのか?!」


 ラムールは唇だけで笑いながら頷く。

 誰もが訳が分からない。


「あのー、ラムール様、それ、そこの女の人が手当てしてくれた分なんですけど――」


 リトが口を開いた。


「もしかして、普通の絆創膏じゃなかったんですか?」


 それを聞いてシンディが目を丸くして笑った。


 笑うということは、やはり違うらしい。

 なんだ、感謝して損したじゃないか。


 ラムールが二人を見つめたまま言う。


「これは記憶情報収集器具。 これは周囲にあるものに対して特定の情報を収集するようにプログラミングされています。 当然翼族に関する事を目的としてね。 この器具でおそらく彼女達はこの国にどんな翼族がいるかという事をリトを介して探ろうとしたのでしょう。 なるほど、翼族を担当しているのは私で、リトはその髪結いだ。 リトさえ私の側に置いておけば、誰にも知られずにこの機械が勝手に私の記憶の中から翼族に関する事をチョイスしてコピー、記憶する。 そして頃合いを見計らって絆創膏を回収、中身を見れば翼族に関する事が丸わかりって寸法ですね」


 シンディは頷いた。


「まさかこの国に翼族が複数いないなんて考えもしなかったのですもの。 翼族の血を引くのが、そこの巳白しかいないと分かった今、それって使わなくても良かったのにって思うわ」


 ラムールは不敵に笑みを浮かべた。


「そうでもありませんよ。 リトと私が眠り玉で繋がっていたせいでしょうね。 ついウトウトした時にいきなり何かが私の記憶に侵入してきたのでね、頭にきたので機械に逆にパワーを送り込み、触った者の記憶を強制的に読み込むように仕掛けましたから。 おかげであなた方はリトを力ずくでどうこうできなくなって、私が間に合った。 そうでしょう?」


 シンディ達の顔色が変わった。 ラムールが続ける。


「翼族調査委員会メンバーになろうとする貴女たちなら必ず思い出したくもないような、翼族に関する嫌な思い出がわんさかあると思いましてね。 リトに触れたら心の一番奥の嫌な記憶を体験させられるとなれば絶対手出しはできないだろうと思いましたのでね。 ……リトも驚いた? 貴女に触れるとこの二人がびっくりしていたでしょう?」


 リトは頷いた。


「あれってやっぱり人の記憶なんですね」


 それですべて謎がとけた。 洞窟の中での夢も、ラムールの意識が流れ込んできた事も、今、二つの悲しい体験をしたことも。

 ――私は何か勘違いしているような気がしたが。

 いや――


「?」

「?」

「?」


 ラムールと、トシとシンディが、理解できないような表情でリトを見つめていた。


「見えた?」

「見えたの?」

「見えたのか?」


 そして三人とも同じ事を尋ねる。


「――ええー、と、はい」


 リトが頷いた。

 


「あ、面倒なことになってく」

 来意が呟いた。

 

 




 

「見えた……となると……」

 まず真っ先に動いたのはラムールだった。


 いきなり片手でリトを抱き寄せ、もう片手で胸元から一枚の丸めた書類を取り出して広げて突き出す。

 書類は羊皮紙に何やら文字が書かれており、そこにはリトの写真もついている。


「翼族関係者保護責任者証明書です。 リトゥア=アロワのものです。 これに基づき私は彼女を保護します」


 ラムールがはっきりと言った。

 それを見てシンディが笑った。


「何を言ってるの? 証明書は調査委員会のあるオルラジア国でしか申請登録ができないのよ。 あなたが発行した証明書なんかより私達の権限の方が――」

「いや、ちょっと待て」


 トシが少し驚いて止めた。 そして証明書をラムールから奪い取る。

 トシは書類を上から下まで見る。 そこには翼族調査委員会の紋章と最高責任者の判と封印が施されてあった。

 そして発行された日付は――昨日だ。 シンディが日付を見て目を丸くする。


「え? どうして? どうして昨日発行されたものが今日ここにあるわけ?」


 無理もないだろう。この国からオルラジア国には舟で2日ほど航海せねばならず、しかもこの国の港からは発着が無い。 2つ隣の国まで行かねばならないので片道最低4日はかかる。 往復で8日。


「証明書の請求手続きには丸一日、判が貰えるのはどう頑張っても翌日とすると、ここからじゃ10日は必要なのに、あんたと会ってからはまだ5日位しか経ってないぞ?」


 ラムールが一度髪を結っていた紐を解いて、結び直しながら答えた。


「まさに、ひとっ飛び、ってやつです」

『ひとっ飛びって』


 トシとシンディが声を合わせた。

 しかしラムールは気にするでもなく、自分に向けて治癒魔法を施す。 かなり疲れていた容姿があっという間に元気に整う。


「飛べば出入国手続きの時以外はどんなルートで進んでも構いませんからね。 丸一日ちょっとで行き来できますよ。 流石に手続きは簡略化してもらえなかったのでね、正規ルートで申請書出して資質検査も受けて帰ってこれました」


 それを聞いて全員があんぐりする中、リトが呟いた。


「とんでもない事をサラッと言っちゃうのがラムール様だから」


 ラムールはそれを聞いて微笑むと、トシ達から証明書を取り返し、トシの胸元のポケットに差してあった小型のペン型懐中電灯のようなものを拝借する。 そしてリトに近づくと今拝借したペン型のもののスイッチを入れる。 ペン先から赤い光が放出され、ラムールはそれで証明書の一部を読み取り、次にリトの瞳に近づけた。

 ピピッ、という電子音が鳴る。 ラムールは満足そうに頷くとトシにペンを返した。


「瞳虹彩識別、異常なし♪ 後はリト、あなたのサインが必要です」

「瞳虹彩識別?」


 リトは首をかしげた。

 書類を見ると書類の右端丸い円があって、その中に黒や茶色の模様が描かれている。 この絵は――


「簡単に言えばあなたの瞳の模様です。 一人一人違うのでね。 間違いなく書類の人物だってこと」


 ラムールが微笑み書類の一番下を指さす。


「で、それではあなたのサインをここに――」

「待ちなさいよ、教育係さん。 あなた――」


 シンディが制した。


「サインさせるのに、それじゃ一番大事な事を説明不足じゃなくて?」


 それを聞いてラムールの表情がほんの僅か曇った。


――あ。


 リトの脳裏に巳白がサインした時の事がよみがえる。


――ボク、保護責任者はいつでも君を殺すことができる。 納得したらサインして――


 リトは慌てて書類とペンをラムールから奪うように取ると、地面に書類を置き、一番下に自分の名前を書いた。 ラムールもシンディも目を丸くする。


「説明は――いりません。 はい、どうぞ。 ラムール様」


 そして書類をラムールに渡すと、ラムールはホッとしたような顔を一瞬みせた。


「ではリトは私の保護下に――」

「そうはいかないわよ」


 シンディが言葉を制する。


「彼女は数晩の間、異性の翼族のハーフと一緒にいたわ。 ハーフとはいえ翼がある者と一緒にいたら、その者は処女であるか非処女であるか確認するのが習わし。 我々は調査要項に則り彼女がどちらであるかを報告する義務がある! いくら保護者といえども拒否権はない」


 その言葉に皆が静まりかえる。

 リトはごくりと唾を飲んだ。

 シンディがリトの方を向く。


「だから貴女は私達と一緒に来るのよ」


 シンディが近づくと、ラムールがリトの前に立った。


「肉体検査は処女か非処女かの確認ですよね」

「そうね」


 それを聞いてラムールがちょっとだけ後ろを振り返り、リトを見て、そして周囲にいる兵士や軍隊長、女官長、巳白、来意の顔を見る。

 そしてラムールがひとつ、ため息をついてシンディに向き直り告げた。


「リトは非処女です」

 

 


――そうそう、私は非処女……

 


な ん で や ね ん っ ! ! ! ! ! ! 

 

 

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