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7-4 これからが、戦いだ

「それじゃあ、とにかく、ゆっくり歩いてよ」

 先頭に立つ来意が呼びかける。


「おう」

「はぁーい」

「うん」


 巳白達はそれぞれ返事をする。 ようやくひーる君が目覚めたので外に出る事にしたのだ。

 巳白が男の子を抱っこして、それぞれ魔法の杖で光を起こす。 

 光さえあって足下を照らしていけるなら、何も怖い事はない。

 三人はゆっくりと洞窟の中を進んでいく。


「ここ、滑りやすいから気をつけて」


 先頭の来意が注意をうながす。 巳白とリトはその度に返事をしてお互いに声をかけあう。 離れ離れにならないように。


「そういえばさぁ、ラムールさんは何て言ってるんだ? 来意。 リトの事は絶対何とかしてくれると思ったんだけどなぁ」


 巳白が尋ねる。


「ラムールさんは、どこかに行っていないみたいだよ。 誰も行き先は知らなかったし」


 まだ体の傷が治っていないのか、とリトは心配した。 来意が続ける。


「大抵のことならリトを助けてくれると思うんだけどね、今回は事情が事情だからわざと姿を消してるのかな、なんて考えてもみたけどね」

「来意、それって、勘か?」

「いーや。 考えた、って言ったろ? でもあり得ない話じゃない。 リトを助けるのはかなり無理しなきゃならない。 でも下手に助けると今度はデイにまで調査の目が向く可能性もある。 デイに不利な事が起こる可能性があるなら、きっとリトを見捨てる。 堂々と見捨てるとデイは怒るだろうけど、そこにいなければ助けなくても誰も非難できないだろうから」


 リトは自分が殺滅されかかった時の事を思い出して言った。


「来意くんの言うとおり、デイのためなら私はさっさと見放されるとは思うけど……でも、その場からいなくなって、みたいな後ろ向きな方法はとらないと思うなぁ」

「俺も多分、リトの考えの方が正しいと思う」


 巳白が同意した。 来意が諦めたように返事をする。


「あーもう、僕はラムールさんと相性悪いんだから、分からないんだよ」

「えっ? 来意くん、ラムール様のこと、嫌いだったの?」


 リトが驚く。 来意が言う。


「違うって。 あの人が絡むと僕の勘はことごとく外れたり違う方向に進んだりするんだから、そっちでの相性。 そういう意味では僕、ラムールさん大っ嫌い。 かなり不安になるから」


 それを聞いて巳白が笑う。


「勘だけを頼りに生きてる来意だからな」

「巳白、その言い方ってなんか僕を馬鹿にしてない?」


 来意も怒ったふりをして笑う。


「でもまぁ――ラムールさんがいたら、堂々と見捨てはしないだろうな、って位は考えてさ。 だから少しでもゆっくり脱出しようかな、って思ってたんだ、僕。 時間を稼げばラムールさんが帰ってくる確率も高くなるから」

「あっ、それで妙にのんびりしてたんだ」


 リトが納得する。 


「――うん。 リトがさっさと調査委員会に捕まってどこかに連れて行かれたら誰もどうにもできないじゃん? ま、多分それは無いだろうとは思うけど」


 来意の口調は穏やかだった。


「来意、どうしてそれはない、って思うんだ?」


 巳白が尋ねた。


「――えーと、あのねぇ。 僕、今、すっごくリトに触りたくないから」

「えっ?」

「リトにさわると凄く嫌な思いをしそうだから、きっとあの人達も無理強いはできないだろうな、って勘」


 微妙な発言だ。


 何と言ってかえそうかと思った時、先の方に洞窟の外からの光が見えた。


「外ね!」


 嬉しくてリトが叫ぶ。 

 外の光はどんどん大きくなり、ああ、入り口の穴からは青空が見える。

 濁った色の中で数日過ごしていたリトにとって、その色がどんなに鮮やかに心を躍らせたことか。

 洞窟の外には来意達の帰りを今か今かと待ちかまえている者達の姿が見える。

 それは、兵士と、軍隊長と、女官長。 そして男の子の両親、ああ、リトの両親とおばあちゃんの姿も見える。 そして――翼族調査委員会の二人の姿も。


 

 これからが、戦いだ。



 



 真っ暗な洞窟の中に4つの光が見えた時、外では歓声が上がった。

 一つ一つが揺れている。 それは全員が無事だという事の証明でもあった。

 まず来意が外に出た。

 次に男の子を抱っこした巳白が外に出る。

 トシが息をのむ。 

 男の子は自分の親の姿を見て笑顔になる。


「パパ! ママ!」


 身をよじり親に向かって両手を伸ばす。


「ひーる!」


 夫婦はかけより、男の子を受け取りぎゅっと抱きしめる。


「ああ、無事で良かった!」


 夫婦はそう言って喜びに泣いた。


「あのねぇ、おにいちゃん、やさしかったよ」


 ひーるはそう言って夫婦にしがみついた。

 巳白が周囲を見回す。

 そこにラムールの姿は見えない。


「まずはお前を保護責任者に引き渡す」


 軍隊長が言った。 巳白は軽く頭を下げた。

 最後に、リトが洞窟から出てきた。


「リト!」


 泣きそうな顔をした女官長の目が印象的だった。


「ご心配おかけして申し訳ありません」


 リトは頭を下げた。


「リト!」

「リト!」


 続いてリトの父と母とおばあちゃんが泣きながら駆けてくる。


「お父さん! お母さん!」


 リトも思わず駆け寄ろうとしたその時――


「動かないで!」


 シンディが腰から銃を取り出し、リトと家族の間の地面に向けて発砲した。 岩が小さく弾け、思わずリト達は動きを止める。


「彼女の調査が終わるまで触れてはだめ」


 シンディが冷たく言い放つ。


――ちょっと待って、ここで、検査されるの?


 リトはちょっと真っ青になる。 いくらなんでもここで肉体検査とはあんまりではなかろうか。

 そのリトの表情を見てシンディがくすりと笑う。


「ここでじゃないわよ。 あなたはこの後私達の調査室に来て貰うわ。 その後検査が無事に終わったら帰してあげるから」


 それを聞いたリトの父達が口々に叫ぶ。


「本当に帰してくれるんだろうな!」

「リトに酷い事をしないと誓って!」

「その子は何も知らんのじゃて」


 リトはそれを聞いて、リトは少し切なくなった。 親は、リトに何が行われるのかを知っていた。 そして心からリトの事を心配していた。


「大丈夫よ。 お父さん。 お母さん。 おばあちゃん」


 リトは3人を安心させるためににっこりと笑ってそう言った。 シンディが信じられないという目でリトを見た。


「じゃあ、とりあえず男の子の調査から始めようか、ナンバー562」


 トシが落ち着いた声でシンディに告げた。 シンディはリトと両親達それぞれを一瞥してから銃をしまう。


「オッケー。 ナンバー296。 では翼族調査委員会の名に基づきイルフ村の少年、サンダ・ひーるを調査します」


 シンディはそう言って、ひーるとその両親の元へと向かう。 ひーるの両親はひーるを渡さないとばかりにぎゅっときつく抱く。

 シンディは彼らの目の前まで来ると腰のバックの中から何やら手のひらサイズの長方形の銀の箱を取り出した。


「先に言っておくわ。 幸いその子はまだ小さいので記憶調査だけで済むわ。 痛くもなんともない。 でも、調査させたくないと抵抗するのであれば――面倒は嫌いなのよ、私達。 抵抗するのであれば翼族に洗脳された協力者である疑いで本部に連れて帰って正しい思想になるまで管理されるわ。 それは勿論あなた方、親も同じ。 家族バラバラになって一生過ごしたくなければ大人しく協力なさい」


 男の子の両親達が目を見開いてがくがく震える。 そして男の子が嫌がらないようにぎゅっと抱きしめる。


――ひどい。 協力っていうよりも強制じゃない!


 リトは初めて彼らに怒りを覚えた。 そして誰もが反論すらせず従っている事実は、これが昔から行われていることで当たり前な事なのだと実感させた。

 




「まず巳白の羽を一枚頂戴。 ナンバー296」

 シンディが言うとトシが巳白に近づく。


 巳白は黙って手のひらに乗る位の小さな羽を一枚抜くと、トシに手渡した。

 巳白の翼を握るトシの手に力が入る。 まるで翼を粉々に壊してしまいたいかのように。

 トシは羽をシンディに手渡す。 シンディは羽を銀色の箱の中に滑り込ませる。 箱の中で羽が微かに音をたてて揺れる。

 シンディは銀の箱の縁についている突起をなぞってくるりと回した。 箱は微かな電子音を立てて小さく震えた。 シンディは頷く。

 シンディがひーるの頭の側にそれを持っていきかざす。

 すると白い煙が銀の箱からたちのぼり、煙は吸い込まれるようにひーるの頭の中に入っていく。


 一瞬、違和感を感じたのだろう。 ひーるは顔をしかめて首をイヤイヤと横に振った。 父親が慌ててひーるをしっかりと抱く。

 するとひーるの瞳が白くにごり、ひーるは意識を失った。

 同時にひーるの頭の中から煙りが薄灰色に色を変えて飛び出してくる。 薄灰色の煙の中に、まるで映画でも見ているかのようにひーるの見た記憶が映し出される。

 まず――草遊びをしている、自分の手――突然の衝撃と流れるように動く周囲の景色――暗闇。 そして、暗闇に輝く、二つの星――そして聞こえる、巳白の声――『星?』『おうっと』『ち、違う。 これはお兄ちゃんの目。 おめめ』――


  記憶はどんどんと溢れてくる。


 足音――色んな童謡――そして、『巳白さん! 巳白さんなの?』 リトの声。『巳白さんっ!』『巳白さん、巳白さんっ』 リトの、泣きじゃくる声。

 リトの泣く声を聞いて、リトの母達は涙ぐんでいたが、リトとしては恥ずかしい事このうえない。 無意識の日常を暴かれる恥ずかしさ。 だが――

 記憶はどんどん流れていく。 もちろん、意識はひーるの起きている間だけのものだ。


 巳白がお絵かきをしてくれた。

 巳白が水を汲んできてくれた。

 巳白が食事を食べさせてくれた。

 巳白が子守歌を歌ってくれた。

 巳白が寒くないように翼でくるんでくれた。

 巳白が、巳白が、巳白が――


 そこには巳白のやさしい心遣いが満ちあふれていた。 これを見たら、誰であろうと悪意が無かった事など一目瞭然だった。 男の子が怖い思いもしていないのも、明らかだった。

 巳白の真実。

 それをここにいるみんなが見てくれる。

 ほんの少し、それは嬉しいような事にも思えた。


「……気のせいか、リトは寝てばっかりいて全然男の子の世話をしていないじゃないか?」


 思わず出たリトの父親の言葉に、みんながどっと笑った。

 リトは恥ずかしくて顔が真っ赤になった。


 

 最後のひと煙がひーるの頭の中から出て、箱に収まった。

 ひーるは目を閉じてすやすや寝息を立てている。

 シンディは箱をカタカタと揺らすと頷き、箱から巳白の羽を取り出した。 巳白の白い羽は薄灰色に色を変えていた。


「不審点はないわ。 コピーもとったし、この記憶の羽はもういらないわ」


 そう言って羽をひーるの父親に突き出す。 父親は恐る恐る羽を手にする。


「お子さんの翼族に関する記憶はすべてこの羽の中に封じ込めたわ。 目が覚めたらこの子は今回の事を綺麗に忘れているわ。 どうしても記憶を戻したいならお子さんにこの羽を持たせて”記憶よ戻れ”と言わせるのね。 もう関わり合いになるのが嫌なら羽を記憶ごと燃やしておしまいなさい」


 父親は青くなった。


「翼族のいるところ、翼族現るというじゃないか。 それは羽を持っていても同じ事なんだろう?」

「さぁどうかしら。 そんな事例が無いとは言わないけど」


 シンディは意地悪く微笑んだ。 


「でも、記憶を消してしまわない限り、何かのはずみで記憶を取り戻した時、翼族と接したことがある、と第三者に知られたら、再び調査される可能性はあるけれどね」


 そう言ってシンディはポケットから魔法の杖を出す。


「火おこし杖よ。 必要ならどうぞ?」


 父親は慌ててそれを奪い取るように手にすると、羽を地面に置き、杖で火をつけた。

 火はあっという間に巳白の羽を包む。 巳白の羽は苦しむようによじれて縮んで灰になっていく。

 火が羽をすべて燃やし灰になると、父親はまるで無かった事にしたいかのように、いや、無かった事にしたかったのだろう、羽の形をおぼろげに残した灰を足で何度も何度も踏みつけ、にじり、地面にこすりつけた。

 力一杯踏みつけた後、父親は肩で息をしながら口を開いた。


「これでうちの子は、もうあんた達とは一切関係が無いんだよな?」

「ええ、そうよ」


 シンディは嬉しそうに頷いた。 

 父親は下を向いたまま、叫んだ。


「翼族のあんたも、もううちの子には近づかないでくれ! 一生!」


 リトは思わず巳白を見た。

 巳白の瞳はとても寂しげで、同情的だった。


「約束します」


 巳白は静かに答えた。 父親はくるりと背を向けた。


「そんじゃあ、もういいんだな! 帰るぞ!」


 そう言って妻と一緒に男の子を抱いたままその場を後にする。 

 妻も、男も、姿が見えなくなるまで一度も振り向こうとはしなかった。

 シンディは満足そうにその姿を眺め、頷いていた。

 誰も何も言わなかった。

 ただ一人を除いて。


「ひどい」


 そう一言発したのは、リトだった。

 みんながざわめく。



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