1- 9 つまり、殺す、ってこと?
翌朝。 リトは窓の外で物音がするので目が覚めた。
体の感覚から、まだ早い時間のように思えた。
「おはよ、リト」
先に起きて窓を開けて外を見ていた弓が振り向く。
「もぉ起きたの?」
リトはぼさぼさになった頭を振りながら体を起こす。
弓はもう既に着替えている。
「眠れなかった?」
リトは不安になってそう尋ねた。 弓は首を横に振って窓の外を指さす。
「眠れたよ。 ただ、羽織様達が訓練している物音が気になっちゃって、起きちゃった」
確かに外ではアリドと来意と羽織が組み手の訓練をしたり、清流が筋トレをしたりしていた。
「今日はアリド、岩は投げないと思う」
弓が真面目な顔でそう言ったので思わずリトはプッと吹き出す。
「世尊くんも今頃、陽炎の館で訓練してるのかな?」
「世尊はきっと、義軍ちゃんの朝ご飯を作るので精一杯」
クスクス笑いながら弓が答える。
「――あら?」
弓が少し難しい顔をして窓から身を乗り出す。 慌ててリトも外を見ると、清流が訓練をやめて駆けだしていた。 村の外からやってくる二人連れの男達に向かって。
二人連れの男達は、リトも知っているこの村の住人だった。
夕方に村を出てスン村の側にある採掘場で夜通し働いて朝帰ってくる男達だった。
「ダメ――。 リト、私、ちょっと出てくる」
弓は険しい顔になって近くにあったカーディガンをはおるとリトの返事も聞かず部屋を出て行った。
「ち、ちょっ、待っ……」
リトも慌てて後を追いかけようとしたが、荷物と服が目に入った。
着替えなければ――すぐここを発てるように。
リトの勘が、そう告げていた。
リトは着替えて外に出た。 やはり嫌な予感は当たったようだった。
怒りの表情に満ちた清流が弓の両腕をしっかりと掴んでゆさぶっていた。
すれ違いざまにやってきた村人をリトは呼び止めた。
「ね、ねぇ、おじさん。 どうしたの?」
「よお、リト。 元気そうだな」
「ああ、リト。 あの子たちはリトの友達だって? とてもかわいい子……」
久しぶりに会ったもので話が逸れる。
「そうじゃなくて、何があったの? 清……あの、金髪の男の子に何か言った?」
リトの問いに二人は顔を見あわせる。
「それがな、普通に話しながら帰ってきてたらあの坊主が駆け寄ってきてな、今言った話をもう一度、っていうのさ」
「耳がいいな、あいつは」
翼族とのハーフの清流は人間よりも聴覚等が発達している。 いや、そんな事はどうでも良いのだ。
「で、何を話していたの?」
リトはもどかしげに尋ねた。
「いや、スン村に行ったらな、昨日の昼間、翼族が捕まったらしい」
「最近はとんと見なくなってたのにめずらしいなぁ、ってな」
男達は頷く。 リトもそこまでは予想がついた。
「それで?」
リトが間を置かずに尋ねると、男は少しリトの耳元に口を寄せて小声でささやいた。
「その翼族の男は片腕でな、捕まった後、保護責任者を呼ぶように言ったらしいんだが」
リトの心臓がどくんと鳴った。
「来ないらしいんだ。 その、保護責任者が」
体中の血がすっと引く。
しかし話はそれだけではなかった。
「保護責任者が来ない、つまり引き取り手がいないとな、翼族を処分しなきゃいけないんだ。」
「処分……?」
一瞬、訳が分からずリトは繰り返した。
「処分って言ってもなあ、下手に翼族に手を出すと翼族の仲間が助けに来るという話もあるから証拠が残らないようにしないといけないしな」
「人を食い始める前に息の根を止めないとな」
「結構、大変みたいだぞ。 どんな方法で処分するか村じゃ大騒ぎらしい」
リトもだんだん話が分かってきた。
「――つまり、殺す、ってこと? その、捕まった……翼族、の、人を……」
言いながら体が震えてくる。
男達は素直に頷いた。
リトは二人の間をすり抜けて清流達の側に行く。
間違いない。
おじさん達がしていたのは、巳白の話だ。
「大丈夫だから、落ち着いて清流」
そこでは来意に後ろからはがいじめにされた清流と、引き離されてうつむく弓、そして弓の肩を抱く羽織の姿があった。