ネックハント (ショートショート53)
近未来。
死は万人に平等――この言葉が死語になってすでに久しい。二百年ほど前に生命維持薬が発明され、人類はほぼ永遠の命を手に入れていた。
この薬はコンビニでも販売され、しかも手ごろな価格で、だれもが容易に入手できた。生き続けたいと思う者は、毎日これを服用するだけでいい。
こうして生命維持薬を飲み続け、二百歳を超えた者は人口のほぼ一割。百歳を超えた者はすでに五割を超えていた。
その一方。
超高齢化社会になったことにより、扶養者と被扶養者の数のバランスは大きくゆがみ、そのことで社会の労働システムも必然的に変化していた。
百歳になっても働くのはあたりまえ。今や、働く者一人で十人の老人を養わなければならない。
収入の大半が税金として消えた。
それは国民に限ったことではない。税収不足に悩む国家においては、もはや財政破綻の危機に直面していたのだった。
そこで政府は、ここに至って大胆な税制改革に乗り出した。
税務署での申告時、二百歳以上の者の首をあわせて提出すれば、その人数分の特別扶養控除が加算されるというものだ。ただ、これはあくまでも任意であるため、行為そのものは申告者の自由であった。
ここは町から遠く離れた山奥。
日はすでに暮れようとしている。
そんな山中を、二人の男がさまようように歩きまわっていた。
一人は松造といって百五十三歳。
もう一人は竹次で、こちらは百六十歳である。
「クソー、今日も獲れなかったな」
松造は斧を地面に叩きつけ、背中のリュックからペットボトルのお茶を取り出した。
「ここらには、もういないのかもな」
腰のサックに牛刀を収め、竹次がイライラしたようすでタバコに火をつける。
二人は周囲に目を配りながら、しばしの休憩のため地面に腰をおろした。
政府が税制改革を断行して以来……。
エモノはまたたくまに町から消え去った。多くは狩られ、残ったエモノは山中へと逃げこんだ。
そのエモノのあとを追って、おびただしい数のネックハンターが山中深くまで分け入った。だが忍び隠れる場所の多い山中では、エモノの獲れる確率はきわめて低かった。
二人で行動するのは、エモノを逃さぬようハサミウチするためである。
それに一人でやるよりも安全だ。二百歳以上の高齢者とはいえ、相手も必死になって抵抗してくる。逆襲されて、命を落とすネックハンターも少なからずいたのである。
「働くのがやっとこさなのに、こう税金が高くちゃかなわんよ」
松造が水を飲みながらぐちる。
「だよなあ。この齢になっても働かなきゃ、食っていけんのだからな」
竹次はウンザリという表情を返した。
「オマエ、これまでいくつ獲った?」
「まだ二つだ。あと三つは欲しいところだよ。で、あんたは?」
「今のとこ、三つだ」
「じゃあ一名分、オレより控除が多いんだ」
竹次はうらやましげな顔をした。
「でも最後にしとめたのは、もう三カ月以上も前のことだよ」
「オレにしたってそうだ。もう半年は獲れてねえんだからな」
「なあ、今日はあきらめて引き上げようぜ」
松造が斧を手に立ち上がった。
「そうするか。これ以上ねばっても、まったく獲れそうにないしな」
竹次も続く。
二人はあきらめて山をおりると、ふもとに停めてあった車で町へと帰っていった。
一時間ほど後。
町の明かりが近づいたとき、カーラジオから臨時ニュースが流れた。
政府が新たに発表した税制改革の速報で、特別扶養控除となる首の対象年齢が、百五十歳まで引き下げられたと……。
どちらからともなく二人は顔を見合わせ、それからすぐに自分の武器に手を伸ばした。