女子小学生が楽しくなぞなぞを解く話
「ねぇ月子ちゃん、コレやらない?」
小学5年生の青葉が、隣にいる同級生の月子にあるものを手にしながら話しかけた。
月子はそれを受け取る。それは一冊の本だった。
「……『みんなで盛り上がろう! なぞなぞ大図鑑』?」
本のタイトルを読み上げる月子。それを聞く青葉は少しだけワクワクとした表情をしていた。
「最近古本屋さんで買ったんだけど、結局一度も読まないで忘れてたの思い出したんだー」
それを聞いて、月子は本を裏返した。なるほど『108円』のシールが貼られていた。
「良いわよ、ちょうど暇だったしやりましょう」
ここは月子の自宅。月子の友人である青葉は休みの日は毎日、ここ月子の自宅を訪れていた。しかし毎回遊んでいるとやはり、やる事も段々と無くなってくる。ちょうど暇を持て余していた月子にとって、この提案はタイムリーだった。
古本にありがちな小汚いヨゴレは特に見当たらない。なので二人とも、古本を触ることへの抵抗は感じなかった。この綺麗さ、もしかするとほぼ新品かもしれない。
月子は青葉と一緒に、ベッドを椅子代わりにして座る。
そして『みんなで盛り上がろう! なぞなぞ大図鑑』を開いた。
まずは著者近影の自己紹介へと視線を移す。
◆
山口理念
地球生まれ。好きな食べ物は「酸素」
◆
「……ヤバイわね。ノリが完全に中学生レベルよコレ」
『地球生まれ』
ある意味パワーワードな気がする。
「中学生のツイッターのプロフィールの部分に書いてありそう」
「学校ではそこそこ面白いキャラとして扱われてるけど先生に怒られた瞬間急に静かになりそうね」
女子小学生達による辛辣なプロファイリングが済んだ所で、著者近影の続きへと視線を移す。
◆
好きなもの 焼肉
嫌いなもの 『死』
◆
「あらぁ…………」
「……だ、大丈夫だよ! 自己紹介がスベってても、本の中身は面白いかも知れないじゃん!」
「だ、誰もスベってるなんて言ってないでしょ!」
『』に渾身のネタです感が現れてるあたりなんかもうアレ。
初っ端から不安を感じながらも、月子はページをパラリと捲る。
本の中身はというと、左ページになぞなぞが大きく1問印刷されていて、次ページの右側に答えが書かれているという構図だった。これなら答えを隠して問題を解く、なんて面倒は無くて済みそうだ。
そんなことを少しだけ思いながら、月子は左ページへと視線を向けた。
◆
Q.存在しているのに存在していない動物ってなーんだ?
◆
ちゃんとした問題が書かれていた。
「存在しているのに、存在していない……」
じっと本を見ながら考える月子。それは青葉も同じで、あまり良い答えは思い付かないようだ。
「カメレオン……とか?」
青葉が自信なさ気に言う。
「あー、確かに、見えなくなるわね……」
「あとは死んだ動物とか?」
「なんだか哲学的ね……」
しばらく考えたが、とりあえずもうこれ以上の案は思い付きそうもない。二人は答えを見るべく、ページをパラリとめくった。
◇
A.犬(居ぬ)
◇
「……へぇ、なるほど」
居るけど居ぬ。確かにカメレオンや死んだ動物よりは腑に落ちる答えだ。
「私、犬飼ってるのに気づかなかったわ……」
少しだけ悔しそうに言う月子。
「あー、あの小汚い犬の事?」
「小汚いとか言わないでよ……」
「月子ちゃん家の犬、なんて名前だっけ? たしかポカリだっけ?」
「エリアスよ」
「あー惜しい」
「別にエリアスって、スポーツ飲料から付けた名前じゃないわよ?」
そんな会話を交わしながら、二人は問題文の書かれた左ページへと視線を移す。
◆
Q.宇宙に行くと食欲が無くなるのはなぜでしょう?
◆
「これは聞いたことがあるわよ! 空気がなくなる、食う気が無くなるってヤツよね!」
「急にテンション上がったね月子ちゃん」
直ぐに答えが出た。意気揚々とページをめくる月子。
◇
A.食う気がなくなる(空気がなくなる)から
◇
正解だった。
「見なさい! 良い調子よ!」
「月子ちゃん楽しそうになぞなぞ解くね」
少し機嫌良さそうに、月子は視線を次の問題へと送る。
「この分なら全問正解も楽勝ね!」
「1問目外してたよね?」
「……」
次の問題へと視線を送る。
「無視しないでよ……」
◆
Q.食べるとすぐに死ぬ料理ってなーんだ?
◆
「……食べると、すぐに死ぬ?」
青葉が首をひねる。
「……急に難しいわね」
「『最後の晩餐』とか?」
「答えが最後の晩餐のなぞなぞは絶対無いと思うけど……」
別にアレは食べてすぐ死ぬ訳じゃないし。
その後ももう少しだけ考えてみた二人だったが、結局答えは思いつかなかった。
仕方なくページをめくって答えを確認する。
パーフェクト狙ってたのに……と少し残念そうに言う月子だったが、この段階で既に黒星の方が多い。
過ぎた願い以外の何物でもなかった。
「えっと、すぐに死ぬ食べ物の答えは……っと」
◇
A.ハヤシライス(早死来す)
◇
「……なんか釈然としないわね」
「……まあまあ、なぞなぞってこんな感じだよ」
仕方ない仕方ないと切り替えて、二人は左ページへと進む。
◆
Q.災害が起こりそうなお菓子ってなーんだ?
◆
「えーっ……カンパン?」
「それは災害が起こった時に食べる物だし、別にお菓子ではないと思うけれど……」
「でも私、家に置いてあるカンパンをお菓子代わりに食べてるよ」
「怒られないの」
「怒られたよ」
「ダメじゃん」
無論良い答えも出ず、二人はページをめくる。
◇
A.ラングドシャ(土砂)
◇
「……ラングドシャって何よ?」
「……うーん?」
そんな疑問に応えるかのように、答えの下にコラムのような欄が設けられていた。
【豆知識】
ラング・ド・シャとは、細長い独特の形状をしたクッキー、あるいはビスケットの事をいう。
「知名度の低い物を答えにするの止めない?」
「私に言われても……」
少し文句を言いながら、二人は左ページへと視線を移した。
◆
Q.9年間逃れられないモノってなーんだ?
◆
「えーなんだろう……? 懲役9年?」
「答えが懲役9年のなぞなぞなんて絶対無いわよ……」
全く思いつかないのでページをめくる。
◇
A.義務教育
◇
「著者は学校嫌いなの?」
そんな疑問に応えるかのように、答えの下にコラムのような欄が設けられていた。
【豆知識】
学校に行くと必ずいじめられる。
「そうとは限らないわよ!?」
「悲しいから次に進もうよ月子ちゃん……」
「なんで『みんなで盛り上がろう なぞなぞ大図鑑』で盛り下がってるのよ……」
盛り下がりながら次の問題へと視線を移す。
◆
Q.終わるまでにだいたい80年ぐらいかかるものってなーんだ?
◆
「80年……。懲役80年?」
「まず大前提として答えに『懲役』って単語が入るなぞなぞは無いと思う……」
ページをめくり答えを確認する。
◇
A.人生
◇
「人生を『終わるまでに80年かかる』って言ってる人初めて見たわよ」
「いっそ自分で終わらせればいいのに」
「急に怖いこと言わないでよ」
心が荒んできた。呪いの本かよ。
次!
◆
Q.国によって自由を奪われ、強制的に労働させられる刑罰ってなーんだ?
◆
◇
A.懲役
◇
「あった! 懲役が答えのなぞなぞあったよ月子ちゃん!」
「コレはなぞなぞではない」
下の方に例のコラムが書かれていた。
【豆知識】
僕は8年でした。
「何の話よ!」
「たぶん懲役8年って意味だと思うよ」
「いや、それは分かってるわよ!」
懲役8年食らった割に刑罰の事を『国によって自由を奪われ、強制的に労働させられる』みたいな私怨混じりの認識しかしてないのはどうかと思う。
次。
◆
Q.パンはパンでも、人が大勢死ぬパンはなーんだ?
◆
「みんなで盛り上がる筈のなぞなぞで人が大勢死ぬとか言わないでよ」
「毒入りのパンが大量に売られるとか?」
「大事件じゃん」
ページをめくり答えを確認する。
◇
A.パンデミック(pandemic:広範囲に及ぶ流行病)
◇
「ちょっと納得出来るのが悔しいわね」
ただ解説が英和辞典みたいになってるのはどうかと思う。
「よく分かんないけどデミグラスっぽいね」
「天と地の差があるけれどね」
その答えの下には、例の豆知識が書かれていた。
【豆知識】
小学生の頃、私のあだ名は「菌」でした。触れるだけで感染する私の菌。今思うと完全にパンデミックですね。
面白い面白い。
……はぁ。
「最後正気になってるわよ?」
次!
◆
Q.すぐに死ぬ動物はなーんだ?
◆
「うーん、セミ?」
「縁日の金魚すくいで取った金魚とかじゃない?」
「妙に生々しくて嫌なんだけど」
確かに縁日の金魚ってすぐに死ぬ。買った水槽がすぐ無駄になった思い出。
そんなことを考えながら、答えのページへと進む。
◇
A.人間(人間は必ず自殺する)
◇
「必ずじゃないわよ!」
そしてやはり豆知識が書かれていた。
【豆知識】
練炭自殺は苦しいので、睡眠薬を飲んでから火をつけよう。
「露骨に死にたい感じを前に出してくるのやめてよ」
「世相を反映してて悪くない気もするよ」
「みんなで盛り上がるのが趣旨のなぞなぞに現代社会の闇を差し込まれても困る」
もうタイトルを『みんなで不幸になろう!謎ななぞなぞ大図鑑』とかに変えたほうが良い気がする。
◆
Q.とっても胸が苦しくなるのはいつ?
◆
「……心臓麻痺?」
月子が投げやりに答え、ページをめくる。
◇
A.心臓麻痺
◇
「お、月子ちゃん凄い! このなぞなぞに慣れてきたね」
「こんななぞなぞに順応したくないわよ!」
言って、月子はなぞなぞ大図鑑を乱暴に閉じた。
「もうやめましょう、なんかやばいわよコレ」
「だね……。この人、こんな本ばっかり書いてるのかな?」
青葉が本の最後のページ、作者の著書一覧を開く。
【著書一覧】
『死にたいときはどうする? 死ぬ』
『嫌いな人を呪う努力』
『明日は来ない』
『それいけ! 死』
「精神病患者が1秒で考えたみたいなタイトルが並んでるわね……」
「ねぇ、怖いよ月子ちゃん……色んな意味で」
色んな意味で怖いなぞなぞ大図鑑をゴミ箱に捨て、二人はテレビを点ける事にした。明るい番組が見たい。するとタイミングよく、お笑い番組が放送されていた。
着物を着て顔を白く塗った男性が扇を手にチャンチャカチャンチャン言いながら踊っていた。
『キャンディーが置いて〜あると思って食べ〜たら〜。透明なビー玉で〜し〜た〜』
『チックショー!』
「……」
「……」