疎通
朝、支度を済ませて宿を出るとフレードさんとヤーナさんが既に待っていた。
「す、すみません。遅くなりました……あ、お、おはようございます!」
「いい。私たちも今来たところだ。神の使いに魔物討伐を頼まれているがそんな格好では危険だろう。防具を揃えにいくぞ」
『何故君まで僕の言う通りにならないんだ。これは神への反逆だぞ』
『落ち着けって。もう何年ももどかしい思いをしたんだ。少しくらい好きなようにやらせてくれよ』
フレードさんに連れられて商店街に向かった。
「出来合いの物でいい。丈夫なやつをくれ」
「それではこちらなど如何でしょう」
防具屋につくと厚手の革で作られた鎧を勧められた。
『もういい加減に動き出さないといけないんだ。今更初期装備で冒険だなんてやってる暇は無いんだよ』
『ところで神はエタらないのか? 散々ムジーナに煮え湯を飲まされてるはずなのに』
『君にだよ! あのね、僕は許せないんだ。折角自分の世界を造ったっていうのに邪魔をしてくる他の神がね。見つけ出して本当の世界に戻すまでは逃げるつもりはないよ』
『なるほどね。その心意気やよし。俺も手伝ってやるよ』
『じゃあ僕の言う通りに動いてよ!』
着けてみると少し重い。けどサイズもぴったりだしちょうど良さそう。
「如何ですか? 大変似合っていますよ」
「あっ、こ、これでいいです。じゃあお金を……あ、忘れてきちゃった! すみません! 今すぐ取りに……」
「いや、いい。おい、金はこれで足りるか?」
フレードさんが出してくれた。
「あ、えっと……」
「私も王から褒賞を戴いている。気にするな」
「あ、ありがとうございます……」
流されるように言葉に甘える。ちょっとだけ強くなった気がした。
『なんで男だけでパーティーを固めるんだよ! 頼むから女の子を入れてくれ!』
装備を済ませるとギルドに向かった。
「よし、いくぞ」
受付はフレードさんが全てやってくれた。手続きを終えたフレードさんに連れられ町の外へ向かう。
「私みたいな者がフレードさんのような方とパーティーを組めるなんて」
ヤーナさんが口を開いた。
「気にするな、神の指示だ。お前も鍛練を積んでムジーナと共にレベルを上げろ」
「はい! 足手まといにならないように気を付けます!」
『ほら! あそこにおどおどしている女の子が! ムジーナ! 早く行け!』
『俺は動けないよー』
『ムジーナ……』
ヤーナさんの口振りからフレードさんが凄い人だということが伝わる。
でも、やっぱり……
凄い形相と気迫で殴りかかってきたし、フレードさんはちょっと怖い。
言うことも逆らえないし付いていくしかないけど、ちょっと逃げ出したい。
* * *
「お前らは見ているだけでいい。後ろに下がっていろ」
狼の様なモンスターの群れにフレードさんが立ち向かう。
『ムジーナ。君は僕の言うことに反旗を翻しているが一体何が目的なんだ?』
『だから、俺は元の世界に帰りたいって言ってるだろ?』
『もしや僕に逆らって元の世界に飛ばされることを目論んでいるのかい?』
『そういう訳じゃないって』
『僕は目的が達成するまでは絶対に考えは曲げないんだ。どんな事があっても君を戻したりなんかしないよ』
フレードさんが覇気を出す。気圧されそうな強い気だ。
狼はフレードさんに照準を合わせて襲ってくる。
一匹ずついろんな方向から襲ってくるけど、フレードさんは背中にも目がついているかのように攻撃をいなし、的確に仕留めていく。
『おぉ、おっさん格好いいな。やるじゃん』
『話を逸らすなよ。女の子の魔法の方が絵になるに決まってるだろ』
「……か、かっこいい」
あっという間にモンスターの群れを蹴散らした。
「ふ、フレードさん凄い……あ、腕に傷が」
「なに、只のかすり傷だ。どうということはない……」
『ムジーナよ。さすがに僕も……』
「あうっ」
『おわっ』
『わっ』
急に体の奥が熱くなる。もどかしい感覚が全身を包む。
「うっく。うぁっ……」
『こ、これは……』
『ちょっと……何かいけないものに目覚めてしまいそ……』
「オゥッ! オゥッ!」
『わっ! なんだ!』
『ヤーナだ! なんだこいつ! オットセイみたいな声出しやがって』
『折角いいものを……いや違う! それにしてもこれは酷い』
「こ、これは……」
「れ、レベルが上がったはずだ。力が込み上げてくるだろう」
こ、これがレベルアップ……。鎧の重さを感じなくなり、体も軽くなったような気がする。
「もう少し狩るぞ。付いてこい」
少し顔を赤らめたフレードさんに付いていった。
『おっさんもなんか様子が変だったぞ』
* * *
『神! お前が造ったんならこれなんとかしろよ!』
「オゥッ! オゥッ!」
『1回造ったものは消せないんだ! だから女の子を連れていけって言ったんだ!』
それから何度かモンスターに出合い、フレードさんが一人でやっつける。
その度にレベルが上がるけど、この感覚には慣れない。
『ムジーナの声全然聞こえないじゃないか!』
『ムジーナ、流石の僕でもその発言は引く』
「……少し休憩するか」
「んぅっ……はい」
全身を襲う感覚が余韻を残している。少し小高い丘で休憩を取った。
「フレードさん、き、傷が増えてます……」
「な、なに。この程度気にすることではない」
会話がどこかぎこちない。
『ムジーナ、お願いだから聞いてくれ。今すぐ女の子をパーティーに入れるんだ』
『神も聞いてただろ? おっさんにはしばらく俺を出さないように言ってあるんだ。何もできねえよ』
「フレードさんは治癒魔法とかは覚えていないんですか?」
ヤーナさんが尋ねる。
「私にはこの剣術しか無いからな。ひたすらにそれだけを求めてきた」
『くぅー。かっこいいな! おっさん』
『魔法もできないような奴は見所が無いだろう! 僕の造りたいのはこんなんじゃないんだ!』
『わかってるよ。モトアキみたいなやつだろ。やめとけ。気持ち悪い』
『なに?』
『俺は神の意見はできるだけ聞こうと思うがあれはさすがに無理だ』
「魔法かぁ」
「神の使いはその体で魔法を使えるようだぞ。私でも瀕死になるほどのモンスターを蹴散らしたみたいだが、その感覚は無いのか?」
『皆僕の邪魔を……』
「え? そ、そうなんですか? 神様か。僕には分からないです。自分の中に他に何かいるなんて……」
『誰でもいいから僕の言うことを聞いてくれー!』
「えっ?」
「ど、どうした?」
ムジーナが辺りをキョロキョロと見回す。
「な、なに? 今誰かの声が」
『えっ? も、もしかして俺たちの声、聞こえる?』
ムジーナが神の声に反応した様にみえた。
恐る恐る尋ねる。
「えっ? 誰? なんか頭から声が聞こえるような」
『おい、聞いたか神! やっぱりレベル上げるのが正解だったんだよ!』
『ま、まさか。ムジーナよ、私の声が聞こえるのか?』
『それは俺に言ってるのか?』
「わっ、二人いる!」
『そんな。ムジーナの言う通りにしてうまくいくなんて……』
神も観念したようだ。
『ほっ、よかった』
取り敢えずレベルを上げて俺らがいなくても自立できればと思っていたが、嬉しい誤算だった。
神も喚くのを止めてムジーナの変化に驚いている。
『何か言ったか?』
『いや、なにも?』
取り敢えずこれでムジーナを動かせる。俺達の選択肢が大きく広がった。
「これが神様……でもなんかうるさい……」
ムジーナが慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。