転生者
駆けつけてきた憲兵におっさんが事情を説明する。
見えていなかったお陰か俺がおっさんを攻撃したことはうやむやになってくれた。
兵士と共に王城へ向かい、この国の王に謁見することになった。
「話は伺った。この度は王都の危機を救い誠に感謝する」
王宮は言い表せない程豪華でつい見とれてしまう。
赤の絨毯も靴の上から分かるほどにふかふかしていた。
「あ、ありがたきお言葉に……」
横で頭を垂れるおっさんは感動しているのかまつげを涙で濡らし、ふるふると震えていた。
それにしても王様って本当にザ・王様って格好をしてるな。
マントとかアンパンマンしかつけないもんかと思ってたよ。
しかも王冠も被ってるし。
あ、なんか見てたら笑えてきた。
王の祝辞は続いてるがどうも集中でき……
「あれ……? あっ、そうだおじさん……」
ゴキン!
おっさんの鉄拳がムジーナに炸裂する。
「ぷっ、くくっ……」
王が話すのを止めておっさんの行動に驚いている。笑いがこぼれた。
「お主ら、仲でも悪いのか?」
「いえっ、くふっ。すみません」
感謝状とおっさんの防具をもらい、王との謁見は簡素に終わった。
「ふむ、ではムジーナという少年にお前が入り込んだと言うわけか」
帰り道、ギルドへ向かう道中おっさんにいきさつを説明する。
『こう言うことはもっと盛り上がってから言うべきだっていってんのに。お前も僕を裏切るのか』
「いいだろ早い方が。そうなんだよ。こっちで神にお使いを頼まれてるんだけどこれのせいでやりたいことができないんだ」
「うむ……ではムジーナの方が正規の人格ではないのか? お前が乗っ取ってるということでは?」
「有り体に言えばそうかもしれんけど、まぁ俺は神の使者ってことで多目に見てくれよ。いずれ俺も元の世界に帰るし」
「うーむ」
『ほらー、この男も戸惑ってるじゃないか。勝手なことはしないでくれるかな』
なんか神に批判されてるけど、今後仲間でいるなら変な秘密なんて作らん方がいいだろ。
『だから! パーティーは女の子で固めてって! 属性の異なる3人で構成するんだって!』
神がなんか言ってるが聞き流した。
「フレードだ。この少年の登録に来た」
ギルドに着くとまっすぐ受け付けに向かい登録を済ませる。
水晶に手をかざし、冒険者足り得るか最低限の能力を確認する。
「はい。能力は問題ございません。それではこちらが会員証です」
『なんだこの測定器は! リトマス紙じゃないんだぞ! もっとこうあるだろ! 能力の高さを示して「こ、この力は……!」ってやってくれよ』
「バカ、うっさいよ」
「それでこのギルドでは……えっ? バカ?」
「……あ、いえ違うんです。ごめんなさい」
また神が騒ぎ出した。
『しかもこのおっさんこのギルドで顔広いみたいじゃないか! こんなんじゃ初心者潰しの冒険者とも喧嘩できないだろ!』
「……神、最初からあんたの思い通りに行ってないじゃないか。わかったから静かにしてくれ」
小声で神に訴える。
『ムジーナ、水晶をもう一回出してもらって破壊しろ! んで登録を終えたらフレードと別れるのだ!』
「……神、落ち着けって。このおっさんのお陰でギルドまで来れたんだろうが。ちゃんとやりたいことできてるって。イベントも多いんだろ。これからだって」
「以上で説明は終わります。ご質問はございますか?」
「あ、いえ大丈夫です。はい」
なんも聞いてなかった。
『掴みがだいじなんだってー!』
神の声はとどまることを知らなかった。
「あのモンスターを倒せる程の手練れなら問題無いと思うが、本当にいきなり魔物討伐を依頼していいのか?」
「ああ。色々と考えがあってね。ちょっと提案があるんだけどさ……」
『まーた勝手なことを! 簡単な依頼で手こずる初心者の女の子とパーティーを組めって!』
登録を終えてこれからの事を話しているとまた神の横やりが入った。
「ったく、うっさいなぁ。今のまま女の子といてもムジーナと入れ替われないだろ」
『ヤダー! ヤダー! 魔物討伐なんて適当に何回かやっとけばいいんだ! 家買って女の子達とイチャイチャしなきゃいけないんだ!』
「神、さっきイベントだ冒険だって言ってたじゃないか」
「さっきから何を言ってるんだ?」
「あ、ごめん。なんか神がわーわー言ってて」
『冒険なんて最初だけでいいんだ! なんでもいいから女の子は入れないとダメ! むさいおっさんと二人きりはダメ!』
「あー、もう。……なぁ、おっさん。パーティーにもう2、3人メンバー加えないかってさ」
「……すまぬ。私は元々ソロでやっててな。団体で動くのは苦手なんだ」
『早くこいつから離れろよー!』
神のわがままで頭が痛い。
ガシャン
「キャー!」
突然女の悲鳴がギルドに響いた。声のした方に目をやると露出の多い服の女がキャーキャー騒いでいる。
『来たか! 早く行け! ムジーナよ』
なんか神のイベントが始まったらしい。
「モトアキ様! この小汚ない男が私の体に触れてきて……リエルは汚れてしまいました!」
『ん?』
「それはいけない。ちょっと待って。ほら、リエル」
「あんっ」
そばにいたモトアキと呼ばれた男は女の胸を揉みしだく。なんだこれ。
「ほら。僕が上から記憶を塗り替えたよ。これでもう大丈夫だ」
「モトアキ様……」ウットリ
えー、なにこれ……。モトアキってのもなんか着飾りすぎて格好が浮いてるし、女も露出狂で気持ち悪い。
『なぜ転生者が……いや、今はもう何が来てもいいや。おい、ムジーナ。君はここの世界のルールをあまりに知らなすぎる。彼こそ君に目指してほしい姿だ。彼の言動を見習いなさい』
……え? えぇ?!
「さすがですわぁ、モトアキ様」
「さすがですわぁ、モトアキ様ぁ」
モトアキの仲間らしい他の女が壊れたCDのように同じ事を言い続ける。
神はモトアキの事を見習えと言う。
確かに女3人パーティー。よくわからんが3人ともモトアキに羨望の眼差しを向けている。
いや、しかし。うーん。
気持ち悪い!
「君が僕の大事なリエルに手をあげたんだね?」
「は? いや、俺は何も……」
因縁をつけられた男は狼狽えている。
「確かにリエルはこの上なく美しい。でも彼女は僕の大事な仲間なんだ。僕は君を許さない」
「モトアキ様……リエル、嬉しいです」
「リエル、君は僕が守ってあげるからね」
「……! 嬉しい」
えぇ……
「リエルに変わって僕が君を懲らしめる。」
『これだよこれ。ムジーナ。しっかり目に焼き付けてこのあとちゃんと真似するんだぞ……おい? ムジーナ?』
「何があったんですか?」
気持ち悪い茶番は目に入れないようにして近くにいた冒険者に話を聞く。
「いや、俺にはあの女の子が男にぶつかりに行ってただけのように見えたが……」
「だから俺は何もやってないって!」
「問答無用!」
モトアキはカチャガチャと装飾を施した剣を抜き、謂れのない男に飛び込んだ。
ガシッ
「……なんだ貴様」
すんでの所で剣を振るう腕を掴む。モトアキはにしくみを込めた目で俺を睨んできた。
『バカ! ムジーナ! 何やってるんだ』
「バカはそっちだって。おいモトアキ。この人は冤罪だ。なんもしてねぇよ」
「そんなことはどうでもいいんだ。この男を倒さないとリエルのトラウマが消えないだろう」
『そうだそうだ! 邪魔をするな!』
「こんな所で剣を振り回すなよ。人を殺す気か」
「なんなんだお前は。峰打ちで済ませるに決まってるだろ。いい加減手を離せ」
「おまっ、思いっきり突きにいって……はぁ、もういい。この喧嘩俺が買うよ」
『バカー!』
「何をおかしな事を。まぁいい。邪魔なやつは早めに消さないとな」
「モトアキ様! こんなガキけちょんけちょんにしちゃえ!」
なんか完全にアウェーになってるけど、なんだこれ。なんで神がこいつに荷担するんだ?
「取り敢えず場所を変えよう」
モトアキが落ち着いたのを確認すると腕を離し、俺たちは広場へ向かった。
『ムジーナよ、およそ彼は転生者だ』
「今更かよ。薄々勘づいてるよ」
神はやたらとモトアキの肩を持つ。隣を歩くモトアキには娼婦のような女が取り囲み黄色い声援を投げ掛け続けている。
「あら、モトアキ様だわ」
「モトアキ様だ。どこかお出掛けですか?」
「あぁ、これから広場で決闘をするんだよ」
「何? それは見ものだ! 皆に知らせてきます!」
モトアキに話しかけてきた男は嬉々として走っていった。
「やれやれ。目立ちたくないんだけどなぁ」
……? 駄目だ理解が追い付かない。
『くぅー、ムジーナ。これだよこれ』
神には何か琴線に触れるものがあったらしい。
ザワザワ……
今さっき決まったばかりの喧嘩に野次馬がひしめく。
「モトアキ様をこんなに近くで見れるなんて」
「モトアキ様ー! 身の程知らずに力の差を見せつけてやってください!」
野次馬も何故かモトアキを信奉している。
「モトアキ様、リエルのためにこんな事を。ありがとうございます」
「リエル、安心して。低俗なゴミをちょっと掃除してくるだけだ」
「でも、モトアキ様になにかあったら……」
「リエル、ユキ、アリス、君達は僕の力をその程度だと思っているのかい?」
「そっ、そんなことありません!」
「モトアキ様はこの世界で一番強く、……あの、一番格好いいです」
「そうだね。君たちの美貌には叶わないけど力だけなら誰にも負けない自信がある。だから心配すること自体間違いなんだよ」
「モトアキ様……」
砂を吐くような茶番が目の前で繰り広げられる。
気持ち悪いやり取りを終えるとモトアキはこちらに向き直した。
「さてと、待たせたね。懺悔の言葉はまとめたかい? 今謝るなら死なない程度にセーブしてあげるよ」
「言ってろ。もう始めていいか?」
『モトアキ! ムジーナを改心させろ!』
神にまで見放されて完全にアウェーの中、転生者との喧嘩が始まった。