王都オラジアダ
汽車を降りて改札を抜けると村とは違った景色が広がっていた。
王都オラジアダ。
何層も連なっている石造りの建物。それが都を埋め尽くしているのか空が見えない。
ヤナンさんに押し込まれるように汽車に乗せられて目的もなく来てしまったけど、まず何をしよう……
『哀れなムジーナ君に天啓を授けましょう』
『だからこいつには聞こえないんだって。なんか策でも見つけたのか?』
『いや、君にだよ。前に言ってたでしょ。ブクマ、集まったよ』
『おっ! えっ? マジか! くううう! 何年かかったんだろう。長かったなぁ……。あ、でもこいつはどうすんの? このまま放置は酷くない?』
『焦らない焦らない。まだ話には続きがある。これまでの君の功績で集まったブクマは8個だ』
『おお、いいじゃんいいじゃん。もう何年も前だけどあの漫画の続きが気になってしょうがなかったんだよ』
『集まったはいいがまだ目標には達していない』
『ん?』
『僕は最低でも10000は集めたいと思っているんだ。だからこのムジーナのことは心配しなくていいよ。まだまだ付き添ってあげてね』
『……はああああ?!』
* * *
「ほら、これを持っていけ」
村の人たちから大金を預かった。
「村の発展で得た利益だ。いい加減受け取ってくれ。まだまだあるが路銭がかさ張るといかんだろ。住む場所を見つけたら連絡を寄越せ。残りも送るようにするから」
こっちが混乱している間に流されるまま話が進んだ。
* * *
これはあれかな。村を追い出されたのかな。
畑でも役に立たないし力も無いし。
『ちょ、ちょっと待て! その8個を集めるために何年かかったと思ってんだよ!10000なんてどれくらいかかると思ってんだ』
『このペースだと単純計算でおよそ6250年だね』
『ふ! ざ! け! る! な! んなアホな話あるかよ! お前元の世界に戻すっつって全然その気ないじゃねーか!』
『待て待て。ムジーナは今どこに来ているかな?』
『は? 王都だろ』
『王都ではイベントフラグがいっぱいなんだ。村でやったような技術発展なんかよりブクマはどんどん増えていくと思うよ』
『また思うかよ。……じゃあ今まで神の言いなりでやってたことってなんだったんだ』
『……まぁまぁ。君もあの村が貧しいままだったら心苦しいだろ? ユーナちゃんが苦しむ姿を見たかったのかい?』
『……なんかうまく言いくるめられた気がするが。じゃあなんとかなるんだな?』
『多分』
『……はぁ』
でもお金を渡されて王都……
ハマレに帰る汽車は何本かあるし……
『おいおい、ムジーナ戻るつもりだぞ』
『あ、それはまずい』
『おいー、勘弁してくれよ……』
うん、せっかくだしちょっと王都を見て回ろう。お金も預かったしお土産でも買って帰ったら喜ぶかな。
『ホッ』
『ホッ』
僕は観念して石に囲まれた迷路のような都を見て回った。
都は花火大会の日のような賑わいを見せていた。
『それにしても本当変わった世界だな。動物が二足歩行している』
『獣人だな。なかなか人気があるんだぞ。パーティーを組んで共に冒険と言うのも悪くない』
『冒険?』
『ここにはギルドといって冒険者達が依頼を受けて魔物討伐をしたりする施設があるんだ。RPGの世界を想像するといいだろう。仲間を連れて冒険をする、……っと、早速始まったな』
ふと甲高い怒声が聞こえる。そっちを見ると犬のような亜人と鎧を着飾った冒険家のような男が言い合いをしていた。
『イベントが始まったな。雌の獣人だ。助けてあげてメンバーに入れるといい』
『いや、だからさ……』
『そうだよ! ムジーナ! 動け!』
遠目に眺める。この都には色んな種族が住んでいるみたいだ。
野次馬が増えて騒ぎが大きくなると憲兵のような人達が入ってきて騒ぎを治めた。
『…………』
自警団か……ユーナは何が好きだったっけ。
そういえばお母さんが女の子は綺麗な石が好きだって言ってたな。
『どうでもいいよ!』
『神、落ち着いて』
商店を見ると変わった物や凝った細工を施した武具が並んでいる。
自警団はあまり派手な装備はできないし……
目立たないようなアクセサリーにしよう。ヤナンさんはお酒かな。
面白いものが見つかるかもしれない。
僕は屋台やお店を見て回った。
『あっ、おい! そこを曲がれ!』
『ん? 神、どうした?』
『この道を曲がった先にギルドがあるんだよ! なんもできないじゃないか!』
『来る前に何の対策も取れなかったのがいけないんだよ。あきらめろ』
『くそったれーーー!』
……んー。迷った。
道を逸れると人込みが無くなり、路地裏を歩いていると帰り道を失う。
『こいついつも迷ってんな』
『もうどうでもいいよ。はぁあ、なんかあったら起こして。もう寝る』
『投げ槍になるなって』
微かに賑わってる声が聞こえるからこのまま戻ればいいはずなんだけど。
薄暗い道を進むと先の方が明るくなっている。よかったよかった。
明るい方へ小走りに進む。道の先は広場だった。
「ここどこなんだろう。都は広いなぁ」
取り敢えず大通りには近づいたんだろう。元の道を尋ねようと近くの人に声をかけようとした。
そのとき
ドオオオオオ!
マンホールから激しく水が噴き上げ、生き物のような形を作り出した。
『おい、神! 起きろ! なんか出てきた!』
『ん? こ、これは……』
「あわ、あわわわわ……」
こんな都でモンスターに遭うなんて。腰が抜けて動けなくなる。
『よし、また入れ替われるぞ』
『いや、こいつはまずい』
『え?』
「ぎゃあああ! モンスターだ!」
「皆逃げろ!」
「兵士と冒険者に報せろ!」
広場にいた人達が散り散りに逃げていく。
「ま、待って……」
声にならない呟きのような音しか出せない。皆が去っていく。置いていかれる。
『こんな高位のスライムがなぜ都に……このままではムジーナが危ない』
『えっ、ちょっと待って。死ぬとどうなるかわからないんだろ? どうしたらいいんだ?』
『本当にどうなってんだ。なんでこうも勝手なことばかり……』
どうしてこんなめにあうんだよ。ヤナンさんが汽車に乗せなければこんな……
ヒヤッ
背中に冷気を感じる。全身の毛穴がしぼんだ。
振り返ると水のようなモンスターが眼前にいた。
『ちょっとちょっと!』
「ガッ、ガボボ……」
モンスターに飲み込まれる。息が、できない。
『おいおいおいー! これどうしたらいい? 死んだら戻れるとかないんか? 今すぐ戻せ! 戻せって』
『うーん、解せん……』
『神ーー!』
いくらもがいても進まない。嫌だ。死にたくない。死にたくない。
ヤナンさん助けて。ユーナ、助けて……
バシャッ
グボエエエエエエ
「ハァッハァッ、うえっ! こいつくせえ!」
『ん? あはは。マーライオンみたい』
ギリギリの所で入れ替われた。神の嘲笑を聞き流し、あらゆる魔法をかけて服や体の中の臭いとぬめりを取っていく。
「くっそ、許さん。まだ臭い残ってるし」
手に火炎魔法を凝縮していく。こいつは一瞬で蒸発させる。俺の怒りを買ったことを後悔するがいい。
しかし、手から炎が飛び出す瞬間。
「少年! 大丈夫か! 早くこの場から離れるんだ!」
甲冑を身に纏ったおっさんが眼前に現れる。完全に盾になってしまった。ヤバイヤバイ! 魔法を止めろ!
俺は急いで魔法を弱めていく。おっさんは背中を向けていてこちらに気付かない。止まれー!
あ、やっぱ無理。
「ぎゃーーーー!」
俺の手から放たれた魔法はおっさんの鎧を砕き背中に大きな煤を作った。
「おっさん、ごめん」
白目を剥いたおっさんに駆け寄る。……大丈夫。まだ息がある。
『人殺しはいただけないな』
「うっさい、事故だ。おっさん、後で回復するからちょっと待ってて」
おっさんを置いて水の怪物を蒸発させた。
「おっさん、大丈夫か?」
「ん……」
回復魔法をかけてしばらくするとおっさんが目を覚ます。
「これは……あのモンスターは消えたのか?」
「俺が倒したからもう大丈夫だ。それよりおっさんに頼みたいことが……」
「んっ……あっ……」
いきなりおっさんが喘ぎ出した。
『うわー! 気持ち悪い! あーあー! 聞こえない!』
「な、なんだ?」
『レベルアップに快楽を伴うように設定してたんだよ! こんなヒゲ面の悶える声とか聞きたくない! うわー! うわー!』
おっさんの喘ぎ声と神の奇声が頭に響く。異様な光景が繰り広げられた。
おっさんはレベルが5つ上がった。
「こ、この力は……」
「やったなおっさん。一緒にいたからレベル上がったみたいだよ」
「最早力の限界に到達したと思っていたがまだ私にもこんな力が……」
「そんなことより、頼みたいことがあるんだけどさ。俺、二重人格みたいで気絶しないと出てこれないんだわ。もしなよなよした性格になったと思ったら死なない程度に殴ってくれないか?」
「……は?」
「もう時間無さそうだから今度ゆっ『くり話す……』んっ」
『時間だな』
『だな。頼むよおっさん』
た、助かった? モンスターのいた場所は真っ黒になっていて仄かに煙が上がっている。目の前には鎧の破片が微かに残っているだけのおじさんがこちらを見ていた。
「あ、その。た、助けてくれたんですか? あ、ありがとうござ……」
何か悩んだような顔をしたおじさんが、こちらの礼の終わらないうちに拳を放ってきた。
「そうそう。ありがとう! これでしばらく自由になれる! ちょっとの間だけど一緒に動いてもらえないか?」
『嫌だ! 私は反対だ! 女の子がいい! ハーレムがいい!』
神が駄々をこねている。おっさんは状況に理解が追い付いていない。
「な、なんなんだお前は……」
『なんだちみはってか!』
「変なとこに食いつくなよ」
取り敢えずなんとかなりそうだ。