ハマレ村
王都から遠く離れたここ、ハマレの村。山に囲まれ、人の往来は少なく、寂れたところだった。
川沿いにできたこの村は魔素が多く、作物が育たなかった。それでも村の人達は少ない作物で食い繋ぎ、貧しいながらも必死に生活していた。
「だった」と過去形にしているのには訳がある。数年前からこの村は生まれ変わったかのように発展を続けているのだ。
作物の枯れる呪われた土地と言われていた畑では、麦が青々と伸びている。
森に囲まれ、人が入り込めなかった土地はみるみる拓かれ、木造軸組工法とか、ツーバイフォーと名の付いた建物が建ち並んでいる。
貧しいと言われていた村人たちも、豊かな収穫のお陰で食うものに困らない。
それだけでは飽きたらず、先物取引といったものを使い、財を成しているらしい。
今では工夫を雇い、高価な筈の鉄を敷き、王都まで伸びる道を作った。黒い煙を吐く機関車と呼ばれるものを走らせ、何日もかかっていた旅路を1日で可能にしている。
都からは観光客が度々訪れ、活気に溢れている。夜に行われる花火大会と呼ばれる祭りのせいで、今日は特に賑わいを見せていた。
「君がムジーナか。君には毎度驚かされているよ。私の評価も上がって嬉しい限りだがね」
領主のスタラムート公爵に話しかけられる。小太りな体を装飾品で纏った壮年の貴族だ。
「は、い、いえ! 私は何も! 申し訳ございません!」
「何を謝っておるのだ? 地べたに這いつくばらずに顔を上げよ。ムジーナには感謝してもし足りぬのだ。もう少し楽にしろ」
「は、はい。すみません」
恐る恐る顔を上げる。公爵までもが不思議な事を言う。
この不可解な村の発展は、何故か僕の功績にされていた。
「ムジーナ。再三要求している事だが、ハマレのみならずわしの他の領地にもその技術を広めてもらえないかの」
知りもしない技術を教えてくれと懇願される。こっちが聞きたいくらいなのに。
公爵を含め村人達も、この村の変わり様を僕のせいだと言っている。
僕にだって分からない。力も無いし、魔法も使えない。
この村から出たこともないからそんな知識だって得る術が無いんだ。
「あ、あの……」
「お前もここの村人で収まっていられないだろう。わしのところへ来い。娘もやるし、位も授けてやる」
「そ、そんな……」
勘違いしている公爵は話を大きくしている。皆、誰かと勘違いしているんだ。でも、どう説明しても誤解は解けない。
「公爵、ムジーナは供給が増えると値崩れを起こすって言ってたんだ。すまないが、この村だけの事にしてくれないか」
ヤナンさんが助け船を出してくれた。
「むっ、しかし……。いや、どうしても駄目なのか?」
「また精霊様が憑いた時に聞きなよ。いつになるか知らんけど」
「むぅ。何とも惜しい。しかし、しょうがないな。諦めよう」
公爵は踵を返した。勝手に話が進んでいく。
「ったく、あれも村長に断られるからって直接ムジーナに言ってくるんだもんな。お前も少しは言い返せよ」
「そ、そんな。だって……」
「本当、精霊に憑かれてるみたいだよな。オドオドしたりしゃきしゃきしたり。お前が分からないよ」
分からないのはこっちだよ。
* * *
なんで僕がやったことにされているんだろう。
考えても考えても意味が分からない。
誰かが皆を騙している? でも、その人はこの村を発展させるのにどんな意味がある?
村の皆はレベルが上がり、魔法も使えるようになっている。
何もできない僕は、畑仕事でも一番にへばるし、何もできない。
「ムジーナ、そんなところで何をしているの?」
幼馴染みのユーナに話しかけられる。昔は一緒に走り回っていたのに、今では手も足もでない。
「ユーナ、皆がこの村に起こったことを俺がやったと言ってるんだけど」
「ふふっ。またその話? ムジーナがやってるって言ってるじゃない……」
「ユーナが裏でやっているんじゃないの?」
思っていた事を打ち明ける。木の葉が揺れる音と、遠くの賑わいが聞こえてくる。
ユーナは村の子供の中で誰よりもレベルが上がった。
俺のせいにしているが、村興しの時には率先して指示を出している。
魔法も、見たことのない威力を持っていた。もしかしたら、僕達の記憶を操作する魔法を使っているのかもしれない。
「なんでそう思ったの?」
ユーナが聞いてくる。
「だって、皆よりレベルが高いし……」
頭の中で考えていることが上手く言葉に出来ない。
「名前が、似てる……」
「……ぷっ」
もしかしたらムジーナとユーナで村の人が思い違いをしてるとも思った。纏まらない言葉にユーナが吹き出す。
「ははは。ムジーナは相変わらず面白いね。何をそんなに考え込んでいるの?」
「だって、僕がやったわけではないし。ユーナの方がいっぱい知ってる。魔法だって……」
「ムジーナ、この村が豊かになったのはあなたのお陰なのよ。私、そんなこと話しに来た訳じゃないの。ねぇ、ムジーナ」
飄々と受け流される。
「……今日の花火、一緒に見よ?」
顔を赤らめ、うつむき気味にユーナが言ってきた。返事をする間もなくユーナは去っていった。
* * *
日が傾き、薄暗くなっても村は静かにならない。
以前は暗くなれば寝るしか出来なかったのに、灯が点るようになってからは夜でも明るく、動くことができる。
花火は夜に打ち上げられるから、王都から来た人達も帰らず今も外は賑わっていた。
はぐらかされたけど、ユーナに問いただしてからは確信に変わっていた。
ユーナが裏で皆を操っているんだ。
何の思惑があるのか知らないが、僕に全部押し付けている。
そして今日、花火に誘ってきた。何か動き出す予定なんだろう。
「ムジーナ、花火は見に行かないのかい? 小遣いをあげるからユーナちゃんと行ってらっしゃい」
部屋で寝転がっていると母さんに声を掛けられる。
ユーナには誘われているけど、何をされるのか分からないから怖い。
できればこのまま隠れていたいんだけど……
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。ユーナが迎えに来たのだろう。どうしたらいい。腹を括るしか無いのか……
「はい……」
渋々ドアを開けると、そこにいたのはヤナンさんだった。
「ムジーナ! 助けてくれ! 賊が暴れて自警団がやられた!」
言い終わらないうちに手を引かれ、連れていかれる。
酒場で喧嘩があり、抑えようとした自警団を返り討ちにして気が立っているらしい。収まりが利かずに暴れていると説明される。
「大会が滅茶苦茶だ! ムジーナ、頼む! あいつらを懲らしめてくれ!」
走りながらヤナンさんが言ってくる。なんで僕なんだ。武力に特化した高レベルの自警団がやられてしまったんだ。僕に何ができるって言うんだよ。
野次馬もなく、半壊した酒場が見える。
地震でも壊れないと言っていた木造軸組工法の建物に傷を付けれるほどの力を持った賊がいる。
「そこまでだ! 悪党ども!」
ヤナンさんが賊に向かって叫ぶ。
「頼んだ、ムジーナ」
息の上がっている僕の背中を押してくる。無理矢理対峙させられた。
「あぁ? さっきから俺に突っかかってきて何なんだよ。俺は楽しみにしていた祭りをぶち壊された慰謝料が欲しいって言ってるだけじゃねーか」
酩酊している賊が言ってくる。
「この村にある金と食いもんで手を打ってやるって言ってるんだ。怪我人を増やす前にさっさと寄越せ」
足がすくむ。かないっこないだろ。賊の側では自警団達が倒れ、呻いている。
「ム、ムジーナ……」
その中にはユーナもいた。駆け寄ろうとした瞬間。
「歯向かうなっつってんだろ」
賊が左手を僕に向けた。世界がスローモーションになる。
お腹に激痛が走り、服がうねりながら破けていく。
抉れるようにお腹に重圧がかかり、皮膚が切れていく。
これ、風魔法……。そんな、ユーナに駆け寄ろうと思っただけなのに。
耐えきれないほどの激痛を無限のように感じながら意識が消えていった。
* * *
「キュア」
治癒魔法をかけ、腹部の傷を癒す。
ムジーナの意識が飛んだ瞬間に受け身を取ったお陰でギリギリ助かったみたいだ。
「そのまま飛ばされてたら危なかったな。なぁ、ムジーナが死んでしまったらどうなるんだ?」
『さあ。お前も一緒にダメになるんじゃないか?』
「はぁ!? 聞いてないって! なんでそんな大事なこと言ってくれないんだよ!」
『言ったところでどうしようもないだろう。知ろうが知るまいが動けぬのだから』
「お前、何独り言を!」
賊が中位の風魔法を繰り出してくる。
「ちょっと待ってろ!」
向かってきた風魔法をかき消して、再び神に詰め寄る。
「な……!」
「大体言ってた事と違うじゃねーか! 俺全然動けないんですけど! いつまでこの村にいればいいんだよ」
『私にも分からんのだから仕方ない。しかし、早くなんとかしろ。ユーナ達の体力が減っていってる。間に合わなくなるぞ』
「あー、もう! またはぐらかしやがって!」
ユーナ達に目をやる。賊が剣を構えていた。
「このような場所でお前みたいなやつとあい間見えるとはな。手加減はごっ……」
「邪魔だから寝ててね」
素早く賊の後ろに回り、首筋に手刀を入れる。漫画とかでは軽く打つだけで気絶するのを見てたんだけど、上手くいかないから無理矢理叩きつける。
「ユーナちゃん!」
直ぐに治癒魔法をかける。顔に付いた傷も消える。可愛い顔に傷を付けやがって。荒くれものはマジで節操がない。
『元の世界にいる彼女はいいのか? やっとこちらで腰を下ろすことに決めてくれたのか』
「そう言う訳じゃねーよ! 茶化すな黙ってろ!」
『答えろと言ったり黙れと言ったり忙しいやつだな』
「ムジーナ」
もう神の言ってることは無視して倒れてるやつらも回復させる。
ただの気絶と違って攻撃を受けたせいか、俺の動ける時間がいつもより長い。
今なら言えるんじゃねーか?
『今なら言えるのではないか?』
神も同じことを言ってきた。
「分かってるよ。ヤナン!」
ムジーナが気付く前に言うべき事を伝える。
「ヤナン、明日になったら俺を汽車に乗せて王都まで運んでくれ。俺が何を言っても無理矢理にでも乗せろよ」
「あ、ああ。分かった。いつも助かるよムジーナ」
「礼とかいいって。あ、そうだ。俺だけだと『心細いからユーナちゃんも一緒に』んっ……」
目が覚める。あれ? ここは? お腹を見ると服が破けている。
『目が覚めたな』
『おいー! ちょっと待てー!』
そうだ。賊に風魔法を撃たれてやられたんだ。でも、お腹にあった傷が無くなっている。痛みも消えた……。
『待てって! ユーナちゃんも連れていけ! 聞いてくれ!』
『もう無理だ。諦めろ』
「ムジーナ!」
倒れていた筈のユーナが抱きついてくる。え? なにこの状況。
賊も床に突っ伏している。自警団も何事も無かったかの様にピンピンしている。
また皆で騙そうとしてきてるのか?
* * *
次の日、切符を渡され機関車に乗せられた。
『よかったじゃないか。やっとここから出れるのだぞ』
『でもユーナちゃんが一緒に来てくれない』
「ムジーナ、達者でな。村の事は俺たちに任せておけ」
「え? なんで? これ、王都? え?」
「ムジーナ! 私も、私もいつか王都に行くから!」
『来る気は無し』
『着いてきてくれ!』
「えっ? えっ?」
ベルが鳴り、機関車が動き出す。村の皆は見えなくなるまで手を振っていた。
『もう無理だな』
『あぁ……』
僕はどうしたらいいのだろう。機関車に揺られながら、流されるままに王都へと向かった。