6.解体屋とチーズケーキ
「デリシャス……そう、デリシャスだ!」
「病院では静かにしろ馬鹿野郎」
お見舞いの品のチーズケーキを食べるや否や叫ぶクリストファーを、フェルナンドが諌める。
真っ白な病室でも、二人はいつも通りだった。
ただ、一つだけ違うことがある。
それは、クリストファーのベッドの側に座る少女の存在だ。
「……アデル。何故お前がここにいる」
それは紛れも無くアデル=グラハム本人だった。
あの事件から一週間が経過し、ずっと姿を見せなかったアデルだ。
一週間経ち、クリストファーはその驚異的な生命力で、既に怪我は快方に向かっている。
傷の浅いフェルナンドの方が治りが遅いくらいだった。つくづく驚かされる。
あれ以来、アデルは二人の前に姿を現さなかった。それが当たり前だとフェルナンドは思っていた。
だが、アデルは一週間の時を経て二人の前に現れたのであった。
「あたし、色々と考えて決めたの」
真剣な眼差しで、アデルは言う。
「あたし、クリストファーと一緒にいる」
「はあ?」
思わずフェルナンドは眉を顰める。
アデルの発言は、耳を疑わずにはいられないものだったからだ。
「誰が誰と一緒にいるだって?」
「あたしが、クリストファーと」
「どこのクリストファーだ? 間違ってもここにいる変態じゃあるまいな」
「旦那! それはあんまりだ! 俺は変人だが変態ではないぞ!
俺は年上好みだし、妙な性癖も無い! 異性とのお付き合いはいつだってクリーンそのもの!
そう、俺は昔からスッキリ爽やかな男だった……!
よし、そんな俺の嬉し恥ずかしドキドキ恋愛話をしてやろう。あれは俺が祖父の住むリバプールに家族で旅行へ行った時の」
「「お前の過去に興味は無い!」」
「ふ、二人に同時に突っ込まれるのは新鮮だな!」
フェルナンドとアデルは互いに目を合わせる。
気が合うかもしれない、と何となく思った瞬間だった。
「それで、アデル。何故親の仇であるクリストファーと一緒にいたいだなんて気違い発言を? 精神安定剤が必要か」
「違うわよ。あたしなりにじっくりと考えてみたんだけどね。
クリストファーって、凄く強いじゃない。っていうか不死身? あたしがいくら頑張っても、まともにやってたらクリストファーに一泡吹かせるのは無理な話。
だから一緒に暮らして、クリストファーのことをよく知ろうと思って」
「なに、俺と同棲がしたいだと? アデルは見かけによらず大胆だな! しかし流石の俺も世間体は気にするんだぞ?
いや待て! 真実の愛は世間の目など気にしない強く固く真っ直ぐなものであるはず!
俺はたとえロリコンと蔑まれようと、アデルの愛に応える覚悟をしなければならないと言う事か!
ディフィカルト……そう、ディフィカルトだ! だが困難ではないと俺の本能が告げている!」
「やっぱり変態だろう貴様」
フェルナンドが呆れ気味に言うが、もう一人の突っ込み担当は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。
「勘違いしないでよ馬鹿! どんな悪趣味な女だってあんたに惚れたりしないっ!」
「心外だなアデル! これでも俺はモテたんだぞ? ようし俺のモテモテエピソードをここで一発」
「「刺すぞこの野郎」」
「……うう、ツッコミが二人になってより厳しくなった気が……」
しょぼんと肩を落とすクリストファー。ちっとも可哀想に見えない。
フェルナンドは溜息を漏らしつつ、アデルに問う。
「そういえば、お前が追われるきっかけになった十万ドルは、結局どうなったんだ?」
アデルの父親が組織から横領した金。
組織はそれを回収すべく、アデルが在り処を知っていると踏んで行動に出たわけだが、そもそもアデルは金の所在を知っているのか。
それらを知りたく尋ねたところ、アデルはにやりと笑った。
「お金の場所ね、あたしは知ってるんだ。外国の銀行の口座に入ってるんだけど、その暗証番号はあたししか知らないの」
「お前は何故知っているんだ?」
「これよ」
そう言ってノートパソコンを取り出すアデル。
「? ただのノートパソコンじゃないか」
クリストファーはチーズケーキを食べつつ言った。
アデル曰く、学校に言ってもつまらないので、父に教わりながらインターネットで株取引などをするのが趣味らしい。
最近の子供は進んでいるな、とフェルナンドは感心する。自分の娘もこんな感じなのかもしれないと思うと、少し複雑ではあるが。
「うちのパパは組織の金回りを管理してるでしょ? 今の時代、そういうのはパソコン使う事が多いじゃない。
だったら、パパのパソコンにハッキングをかければ、パパがどういう風にお金を管理しているのか分かるのよ」
「…………」
フェルナンドは絶句する。
自分も娘にパソコンの使い方を教えたら娘にハッキングされるのだろうかと、本気で悩んでしまう。
「組織に入ってくるお金と出ていくお金。あとはパパの口座に流れてる金と照らし合わせれば、横領の全部が丸見えよ。
パパがどこの口座に金を隠しているのかも、コレ一つで丸分かりだしね」
ノートパソコンを愛しげに撫でながら、アデルは笑った。
恐ろしい子供だ、とフェルナンドは冷や汗をかく。マフィアの財政事情が十四歳の事情に筒抜けとは、世も末である。
「で、あたしは組織に暗証番号を引き渡して、丸く収めたって訳よ。偉いでしょ?
貴方たちも報復の心配とかしなくていいからね」
実はと言うと、フェルナンドはそれを懸念していたのだ。
組織の殺し屋を返り討ちにした。正当防衛とは言え(過剰防衛な気もするが)、組織に目を付けられてもおかしくない。
だがアデルは暗証番号を引き渡す事でそれを未然に防いだのだ。
「これで借りは返したわよ? 護衛の代金として受け取ってちょうだい」
「……何てガキだ」
フェルナンドはげんなりとした表情で呟いた。
このアデルという少女。只者ではない。
「これで事件は全部解決。あたしも明日からの生活を思う存分頑張れるわ。
学校なんて行ってもしょうがないし、クリスのお仕事のお手伝いでもしよっかな。弱点とか見つかるかもだし」
「いやいや、ちゃんと学校には行かないと駄目だ。あとさりげなく呼び方が一段階親しげになっているんだが」
チーズケーキを食べながら、クリストファーが指摘する。
だがアデルはパソコンのキーをかたかた打ちながら反論した。
「だってあいつらレベル低いんだもん。男子は可愛い女の子とデートすることばっか考えてるし、女子も見た目ばっか気使って男に媚び売るし……。
ああいう連中の相手するのって疲れるのよ。それよりもネットで取引するほうがずっと楽しいわ」
「ふうむ。だがアデル。同年代の友達との交流も大事にした方がいいぞ?
……子供の内にしか出来ない事もあるんだからな」
珍しく物憂げな表情を浮かべるクリストファー。
フェルナンドははっとする。クリストファーは十四歳で殺人を犯し、それ以来犯罪者として追われる日々を送っていたのだ。
普通の子供が送るような青春を、彼は殆ど謳歌していない。
ひょっとしたらクリストファーは、アデルに自分を重ねているのかもしれない。
「……まあ、クリスの言う事にも一理あるかな……。
でも、あたしにも友達いたんだよ? でもその子去年に担任の先生との間に子供作っちゃって、それから姿見てないんだよね。元気してるのかなあ?」
「…………」
「…………」
最近の子供は本当に進んでいるらしい。
フェルナンドはアデルと同年代の娘のことが本気で心配になってきた。今夜辺り電話しようと心に決める。
「……そういう訳で、今日クリスの家に引っ越すね。もう業者に頼んであるから」
「旦那、そう言う事だ」
クリストファーとフェルナンドはルームシェアをしている。
そこに女の子が一人転がり込んでくるなどと、ついさっきまで夢にも思わなかった。
しかし何を言っても通じそうに無い。拒否権は用意されていないのだろう、とフェルナンドは思った。
「まあいいじゃないか旦那。賑やかになる」
「よろしくねフェルナンド。もし飢えてるんなら『パパ』って呼んであげようか?」
「……本名以外の呼称は断固拒否する」
「よしアデル。俺の事は気兼ねなく『お兄ちゃん』と呼べ」
「月夜ばかりと思わないでねお兄ちゃん♪」
「おおっ、これが『MOE』というヤツなのか……っ!」
拳を握り締め感慨に耽るクリストファーを見て、フェルナンドはまた溜息を漏らす。
これから溜息をつく回数はうなぎ上りなのだろう。そう思うと、ちょっと気が重い。
「溜息はよくないぞ旦那! きっと情熱的な日々が俺たちを待っている。そう思うと、人生楽しくなってくるじゃないか」
だが、クリストファーの言葉は人を元気付ける効果がある。口には出さないものの、フェルナンドはそれを認めていた。
ただの馬鹿ではなく、他人の為に何かをしてやれる男なのだ。
そういう所は尊敬に値する。
「そうだな。だが情熱的という表現は誤解されそうな気もするが」
「気にするな。……楽しければ万事オッケーだぞ旦那」
そう言って、クリストファーはチーズケーキを頬張った。
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