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4.解体屋と二挺拳銃

「奴らは、この先で待ち構えているな」

古びた階段を上りながら、アーノルドは言った。

部下を二人引き連れ、指を引き金に掛けた状態で、慎重に上っていく。

「アーノルドさん、援軍は待たなくていいんですか」

「そんなモンを待っている時間も必要も無い」

自信に満ち溢れた一言。

両手に銃を携えた青年は、不敵な笑みを浮かべる。

「ここで奴らを殺れれば、組織内での立場もぐんと良いものになる。今度の獲物ばかりは、他の奴に譲ってやるわけに行かねえな」

「でも、アーノルドさん。あのガキ、本当に知ってるんですか。十万ドルのありか……」

アーノルドの所属している組織の幹部が、一週間前に殺された。

その幹部は元々会計士で、組織の財務を担っていた男だった。金に意地汚く、恨みを買う事も多かった男だ。

それが先日、クリストファーに殺される事となった。それは組織にとってさしたる問題ではない。

問題は、その幹部が組織の金を横領していたと言う事だ。

その金額は十万ドルにも及ぶ。無視できる金額ではない。

だが金の存在は突き止めたものの、肝心のありかが分からない。聞き出そうにも、その幹部はもうこの世にいない。

そんな中、あのアデルという少女を連れてくると言う任務がアーノルド達に下されたのである。

「さあな。俺ら現場の人間は、上の考えなんざ知る必要も無えよ。ただやるべきことをやればいい。

 世界ってのはそうやって回ってるんだ」

何故、と疑問を抱く必要は無い。

組織に忠誠を誓った以上、下された命令を確実にこなせば、物事は全て上手く回る。

「お喋りの時間は終わりだ。――行くぞ」

階段が終わり、古びたドアが立ち塞がる。

アーノルドは、背筋に寒気が走るのを感じた。

このドアの向こう、そこに潜む気配を直感で感じ取ったからだ。

……こいつは、ヤバイ。

ひしひしと、ドアを隔てた向こう側から伝わってくる殺気。

殺そう、という意思がこれでもかという位に伝わってくる。

異質なのは、その殺気の属性だ。

憎しみだとか怒りだとか、そういう類の感情ではない。

喜び。

純粋な歓喜が、その殺気に込められていた。

……イカレてやがる!

だが、負けるわけにはいかない。

アーノルドは両手の銃を握り締め、ふうと深呼吸。

そして――一気にドアを蹴破った。

「っ!」

ひんやりとした空気が頬を撫でる。

それも一瞬。

次の瞬間、アーノルドの視界に死神の姿が映りこむ。

『解体屋』クリストファー=ロックハート。

クリストファーは、笑っていた。楽しくて楽しくて仕方が無いとでも言うように。

アーノルドは瞬時に横へと跳び、クリストファーが投げたスパナを回避する。

後ろで、グシャッという嫌な音が聞こえた。

見ると、アーノルドの後ろに控えていた部下の一人が、顔面にスパナを喰らっていた。

正面からまともに受け、顔面は無残に凹んでしまっている。

頭蓋骨が砕け、部下が倒れ臥す。もう起き上がることは無いだろう。

アーノルドは舌打ちをし、クリストファーを見ながら周囲を確認する。

すると、離れた所で銃を構える『鷹の眼』フェルナンド=シルバの姿が。

構えたライフル銃は、真っ直ぐこちらを狙っている。

アーノルドは再び横にステップし、そして銃口をフェルナンドに向ける。

弾丸が、アーノルドのこめかみを掠めた。

……避けなければ確実に頭を撃ち抜いてくる!

恐るべき精度だ。当たる確率の少ない頭部をわざわざ狙い、それでいてこれほど精密に撃ってくる。

だが、銃の扱いに関してはアーノルドとて引かない。

……二挺拳銃の通り名は伊達ではないことを、見せてやる。

大きく弧を描きながら、徐々にフェルナンドと距離を縮めていくアーノルド。

ライフル弾はこちらの動く軌道を予測し的確なところに飛んでくるので、動きに変化をつけなければならない。

少しでも動きがパターン化すれば、即座に移動コースを読まれ、アウトだ。

サイドステップやバックステップ、ブレーキ、加速減速を織り交ぜ、少しずつフェルナンドとの距離を縮めに行く。

だが、向こうも上手い。巧みに計算された弾道は、アーノルドの接近を静かに阻んでいる。

……くそ、他の奴は何をやっていやがる!

もう一人いれば、と思うが、もう一人がいなければクリストファーはこちらに来ている。

クリストファーはどうなっているのか……アーノルドが一歩下がり、視線を僅かに逸らしたその時だった。

部下の死体が、剛速球とかして飛んできたのは。

「なっ!」

恐るべき速度で飛来する、もう一人の部下の死体。

死体だと分かったのは、首がありえない方向に折れ曲がっていたからだ。

呆気に取られるアーノルドだが、すんでのところで避ける。

メジャーリーグで一番のピッチャーだって、人体をあんな風には投げられない。

クリストファーという男の強さの理由の一端を見たアーノルドは、冷や汗をかく。

次の瞬間、アーノルドの視界にクリストファーの姿が大きく映りこんだ。

速い。

「っ!」

先ほどの投擲はカモフラージュ。そっちにこちらの意識を引き付け、その隙に接近するというわけだ。

クリストファーが拳を繰り出す。

ゾクッと寒気が走り、アーノルドは咄嗟に身をかがめる。

頭頂部の少し上を、恐るべき速度でクリストファーの拳が通過した。

砲弾が通過したのかと思うほど、その拳は速く、重い。

背後の柱に拳が当たり、何かが砕けるような音が響き渡る。

コンクリートに思い切りパンチを入れたのだ。拳が砕けたのかもしれない。

アーノルドは横に転がって距離を取り、クリストファーとフェルナンド両方に向けて撃つ。

クリストファーがそれを回避する隙に、アーノルドは再び走り出す。

が、そこで気付いた。先ほどクリストファーが殴った柱に、ヒビが入り凹んでいる部分があるのを。

……人間のパンチでコンクリ砕けるのかよ!?

驚愕しつつ、アーノルドはひたすら走る。クリストファーに捕まれば終わりだ。

狙撃してくるフェルナンドを牽制しつつ、アーノルドは距離を取る事に専念する。

こちらの得物は銃。クリストファーは基本的に徒手空拳なので、間合いさえ確保すれば勝機は見える。

「さあて最後の一人を仕留めるのは俺か! 旦那か! 正解は銃声の後で!」

迫り来るクリストファーが叫ぶと同時、フェルナンドのライフルが火を吹いた。

アーノルドの肋骨を掠め、弾丸は遠くに飛んでいく。

怯まず、アーノルドは迫り来るクリストファーに牽制の意味で発砲。

苦も無くそれを避けて、クリストファーは向かってくる。

フェルナンドは弾丸をリロードしていた。隙だ。

その隙にアーノルドは横へ駆け出し、クリストファーに銃を向けつつ間合いを取る。

フロアの壁際を走りぬけ、隙を伺う。だがクリストファーのプレッシャーが半端ではない。

足が止まったら、殺される。そんなイメージがいつまでも付き纏う。

……このままでは……っ!

まずい、とアーノルドは歯噛みする。

そんな時だった。視界に、小さな姿が目に入る。

金髪の少女が、フロアの奥の柱の陰に隠れているではないか。

「あれだ!」

アーノルドは窓際で全力疾走を開始する。

クリストファーが後ろから追ってくるが、足の速さでは負けていない。追いつかれるにはまだ時間がかかる。

先ほどから、クリストファーは飛び道具を使わない。プラスドライバーやマイナスドライバー。それにスパナやレンチなどだ。

それを使わないという事は、即ち弾切れ。

最早クリストファーには接近戦しか無いのだ。だから必死に追ってくる。

フェルナンドが横から撃ってくるが、こちらも負けじと撃ち返す。

左手の銃のみで撃ち、右手の銃は使わない。左手の銃の弾丸が尽きたら、素早く銃を左右持ち返る。

これでリロードの時間は節約され、少女の元へ辿り着く確率を増やした。

「まずい!」

フェルナンドが叫ぶが、もう遅い。

アーノルドは疾走の末、少女――アデルの元へと辿り着いた。

「逃げろアデル!」

「もう遅い!」

逃げようとしたアデルの襟を引っ掴み、こめかみに銃口を突きつける。

そして振り返れば、一メートル先のところにクリストファーがいた。

追いつかれる寸前だったと知り、アーノルドは冷や汗を掻く。クリストファーに飛び道具があったら危なかった。

「お前らはこいつを守っているんだろう?」

勝利を確信し、アーノルドは笑みを浮かべる。



クリストファーは、ぐっと拳を握り締める。

手には道具が何も無い。

スパナもさっき投げたので最後。回収する暇は無かった。

最早残された武器は己の身体のみなのだが、このままではアデルを守れない。

「さあ、どうする! こいつの命が惜しかったら、俺から離れて武器を捨てろ!」

ライフルを持って敵に接近していたフェルナンドが、持っていた銃を全て捨てる。

クリストファーは両手を上げ、そのまま動かない。

「はっ! 『解体屋』も『鷹の眼』も、ガキ一人人質に取られただけで何も出来無くなりやがった! こいつぁ滑稽だ!」

敵の叫びが、静かなフロアに響き渡る。

「正義の味方のつもりか! お前らみたいな殺し屋が、ガキ一人守る為に戦うと! お笑いだな! 

 違うだろうが! 俺もお前らも『悪』だ! 社会の底辺で共食いを繰り返す薄ら汚い存在だろうが!

 生きる為にはビールの代わりに泥水だって啜る、そういう生き方をしてきたんじゃねえのかよ!

 自分の立ってる場所を勘違いしてんじゃねえよ偽善者!」

分かっている。

だからこそクリストファーもフェルナンドも、敵の卑劣な行動に対して一切の糾弾を行わない。

人殺しが『卑怯だ』などと喚く権利など、どこの国にも無い。

勝たなければ意味が無い。生き残らなければ意味が無い。

ここはそういう世界だ。綺麗事を吐きたければ、それに見合う力がいる。

それだけの力が欲しければ、結局人の屍を越えて行くしかないのだ。

そこに正義は無い。あるのは力、そして欲望。

この街は、そうやって存在し続けてきた。

「はん、お前らの墓には今世紀最大の馬鹿野郎と刻んでやるよ!」

敵がこちらに銃口を向ける

アデルから銃口が離れたその一瞬。

敵はアデルを抱きかかえる手では銃を撃てない。つまり二挺拳銃が活きないのだ。

残る一つの銃は、クリストファーに向けられている。

その、瞬間だ。

全てが動き出す。

フェルナンドが足元の銃を拾い上げ、

クリストファーが敵をねじ伏せようと駆け出し、

敵が今まさに引き金を引こうとする、

瞬間。


敵が、倒れた。


「――何!?」

クリストファーはまだ敵に到達していないし、フェルナンドはまだ引き金を引いていない。

なのに、アデルを捕らえ、こちらに銃口を向けていた敵が突然倒れた。

思いもよらぬ事態に、クリストファーは混乱する。フェルナンドも同様のようだった。

「何だ……?」

「ご苦労様、もういいわ」

冷ややかに告げたのは、アデルだった。

アデルの手に握られているそれを見て、クリストファーは事態を理解する。

先の尖ったガラス片。先端には血が滴っていた。

そして、敵のわき腹を染める真紅。

ここまで見れば、アデルが敵を刺したのだと誰もがわかる。

だが、アデルの表情があまりに冷たすぎる。

正当防衛ではない、とクリストファーは直感した。

「……アデル?」

「ここまでしてくれればもう十分。用済みよ」

倒れた敵に向かって浮かべた冷笑は、この年齢の少女が浮かべるにはあまりに冷淡に過ぎる。

おかしい。明らかにアデルの様子が変だ。先ほどまでと、まるで別人のようである。

「て、め……」

敵が呻く。

床に倒れ臥した男に対し、アデルは言い放った。

「あまり役に立たなかったわね。でもまあ、お疲れ様」

そう言って敵の銃を奪い取り、

撃った。

敵の胴体の向けて一発。弾丸を放ったのだ。

あまりにも躊躇の無い冷酷な一発。

今目の前にいるのは、本当にアデルなのか。クリストファーは目を疑った。

「隙だらけね、貴方達」

その言葉が耳に届いた時、アデルはこちらに銃口を向けていた。

まずい、と本能が危険信号を発した時にはもう手遅れだ。

一発、二発、三発、四発……。

弾丸が次々と放たれ、クリストファーとフェルナンドを撃ち抜く。

いつもならかわせる筈だった。まして、撃ってきたのは素人。

だが、かわせなかった。あまりにも驚きが大きすぎて、身が硬直していた。

倒れる。

全身から生暖かいものが流れ出て、一緒に力が抜けていく。

「いい様」

側に歩み寄ってきたのアデルが、上からそう言った。

「アデル……お前は……」

呻くようにクリストファーが言うと、アデルは口元を緩めて言う。

「そう言えば、あたしちゃんと名乗ってなかったね。あたしの名前は……アデル=グラハム」

その名を聞いて、クリストファーは愕然とする。

グラハム。

その姓に聞き覚えがありすぎた。

「……あんたが殺した、ヘンリー=グラハムの娘よ」

それだけで、納得が行った。

「そういう……ことか」

一週間前、自分が殺した男の顔を思い出す。

ヘンリー=グラハム。家では娘が待っているから命だけは助けてくれと懇願してきた、あの男。

そのヘンリーの娘が今、自分の頭に銃を突きつけている。それは必然と言える事だった。

やったら、やり返される。

人の怒り憎しみ哀しみは、廻り廻って必ず帰ってくる。

因果応報。誰も逆らえぬ世の理だ。

今こうなっているのも全ては因果。クリストファーとフェルナンドが作り出した『原因』が、この『結果』を生んでいる。

「こいつらは、パパの組織に属してる殺し屋ども。あたしを捕まえるように命令を受けてたみたいね。

 パパが組織から横領した金のありかが知りたかったらしいわ。家族はあたし一人だけだったから、知ってるかもしれないと踏んだんだろうけど」

アデルが狙われる理由が、納得行った。やはりアデルはマフィアの娘だったのだ。

「家にいたらいきなり襲われた、っていうのは嘘。本当は、繁華街をうろついてたところを襲われたの。

 だって、家にいても一人だから、つまらないでしょ?」

今までは父親がいた。だが、その父親をクリストファーが奪ったのだ。

アデルの静かな声が、クリストファーには悲鳴にすら聞こえる。

「パパが死んで、もうどうなってもいいと思った。もうあたしの側には誰もいない。一人ぼっちなんだって。

 学校に行ったって、皆あたしのことマフィアの娘だって理由で避ける。友達なんていない。いっつも一人。

 だから繁華街の方に出て、ただ時間を無駄に過ごしてたの。それがこの一週間のあたしの生活」

でも、とアデルは震える声で続ける。

「マフィアにいきなり襲われて、あたし必死に逃げた。身体が小さいから小回りが利くし、結構上手く逃げられた。

 ……それで、逃げ込んだバーで、貴方を見つけたの」

「最初から……俺を狙っていたのでは……なかったのか」

「会えたらいいな、とは思ってたよ。警察の人が教えてくれたもの。『この殺し方は「解体屋」の仕業だ』ってね。

 それでパパの書斎に入って調べたら、貴方の顔写真が出てきたの。

 クリストファー=ロックハート。二十歳。生まれはイギリス、育ちはシカゴ。

 ……十四歳の時に殺人を犯して、FBIに追われてるんですって? それでこの街に逃げ込んできたのね」

「…………」

クリストファーはアデルの表情を見る。

複雑な表情だった。笑っているような、泣いているような、怒っているような……。

辛いんだな、とクリストファーは思った。こんな表情にさせた原因は自分だと思うと、いたたまれない。

「この顔だけは絶対に忘れないと誓った。でも、あたしには復讐を果たせるような力は無い。

 それに……パパが殺されて当然の人間だって事もどこかで分かってた。だから、復讐なんて馬鹿な真似はやめようって思ってた。

 でも、貴方の顔を実際に見た瞬間、色んな感情が溢れてきちゃった」

「それで俺に……近づいたのか」

「そう。あたしの演技、中々だったでしょ。あれでも感情を抑えるのに苦労したんだけど」

「全くだ……疑いもしなかったよ」

このアデルという少女は、子供であって子供でない。

何が彼女をそうさせているのか……アデルは、この汚れた世界に適応してしまっている。

この一週間は、彼女を変化させてしまうには十分な時間だったのかもしれない。

「アデル……歳はいくつだ?」

「これでも十四歳よ。クラスでは一番背が低いから、皆勘違いするけどね」

若すぎる、という事は無い。

実際クリストファーは、今のアデルと同じ年齢で殺しをしたのだから。

「……それで、折角だから貴方にあたしを追ってくる連中を片付けてもらうことにしたわけ。

 もしかしたら連中が貴方達を殺してくれるんじゃないかって期待もしたけど、駄目だったね」

子供の発想ではない。

だが、珍しい事では決してない。この歪んだ世界においては。

……だが、このままでいいのか?

クリストファーは自問する。このまま、アデルに復讐を遂行させていいのかと。

この少女は自分のせいで穢れを知った。

だが、これ以上の穢れを負う必要など、無いはずだ。

自分のせいだと分かっていても、これ以上アデルを闇に染める事は我慢ならない。

……動け……動けよ俺の身体……!

クリストファーは破壊衝動以外の感情で動こうとしていた。

それはクリストファー自身にも何だか分からない感情だった。

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