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2.解体屋と少女

仕事が終わった後。

フェルナンドは車を運転しつつ、隣の男の言葉を聞いていた。

助手席に座る作業着の男は、何本ものスパナで器用にジャグリングをしつつ、不満そうに言った。

「結局、勝手に自殺された……やれやれ、折角殺さないと言ったのに」

「お前の拷問に耐えられるほどの人物ならば、抹殺指令も来ないだろう」

呆れたように言葉を言葉を返す。

ほんの僅か、グラハムに対する憐憫の情さえ含まれていた。

「クリストファー……目立つ事はしていないだろうな? 誰かに見られている気配は無かったか?」

助手席に座る相方に尋ねると、作業着の男――クリストファーは難しそうに唸る。

「……正直に言おう。よく分からん。気にしていなかった。そう……俺は昔から注意散漫な男だった……」

フェルナンドは溜息を吐き出す。

隣に座る男は、完全に狂っている。当の昔に分かりきっていた事実を、改めて実感してしまった。

クリストファー=ロックハート。

フェルナンドの知る限り、最狂の殺し屋だろう。

壊す事に喜びを感じ、人並みはずれた怪力で人体を『解体』してしまう。

いつしか彼は『解体屋<スクラッパー>』と言う異名と共に、裏社会で有名になっていった。

クリストファーは、とにかく狂っている。

どこかで歯止めを利かせる役が必要だ。それ故、フェルナンドは彼と行動を共にしている。

フェルナンドは、いざと言うときは狙撃してでも止めるつもりだ。そうでないと、クリストファーはどこで暴走するか分からない。

彼はただの破壊魔ではない。理性を持ち合わせているし、堅気の人間には手を出さない。

ただ、やりすぎる。

加減を知らないまま、容赦なく壊してしまう。歯止めの利かない暴力――これほど面倒なものもない。

ただの狂人ではないというところが、ますますクリストファーという男を厄介な存在にしていた。

「結局、グラハムは死んだ……奴の家族は悲しむのだろう……」

ぼつりと、呟くようにクリストファーは言った。

罪悪感のようなものがあるのだろう。それはグラハムに対してではなく、グラハムの家族に対して、だろうが。

容赦を知らないくせに、クリストファーはそんな所だけ人道的だ。

「……そして奴の妻や子は俺に対する憎しみを抱いて俺の目の前に現われる……!

 父の仇とか何とか言って拳銃をぶっ放すに違いない……! エキサイティング……そう、エキサイティングだ!」

「黙れ」

テンションが勝手に上がり始めるクリストファーを、フェルナンドは鋭い一喝で黙らせる。

車の中でしかも運転中に騒がれては迷惑も甚だしい。

独りでにテンションが急上昇していくのは、クリストファーの長所であり短所だ。

殺しの時には、これがまた効果を発揮する。彼はその場のテンションがそのまま身体のコンディションに直結するのだ。

テンションが高ければ高いほど、自然と動きがよくなる。逆もまた然り。

「感動……感動する話だ! 美しき親子愛……! ビューティフル……そう、ビューティフルだ!

 旦那、俺は今猛烈に感動すると共に悩んでいる! もしも奴の家族が俺を討ちに来た時、俺は一体どう迎えてやればいいのだろうか!?

 1.悪者っぽく構えている

 2.泣いて喚いて謝罪する

 3.何も言わずに返り討ち

 さあどれだ旦那! 俺はどの選択肢を選ぶのがハッピーだ!?」

「俺のお勧めは、4.とりあえず黙る、だな」

淡々と言ったフェルナンドに対し、クリストファーは大袈裟とも言えるリアクションをする。

「つまり旦那、俺は黙って何もせずに家族を奪われた者の感情を受け止めろと言うのだな……?

 流石だ旦那……! それでこそ男か! 男とは言葉で多くを語らない……!

 そう、俺は昔から言葉ではなく拳で語る男だった……!」

「嘘をつけ」

舌打ち交じりにフェルナンドは呟いた。

正直うざったくなってきたので、無視するべきかどうか迷う。

早く帰りたい、というのが現在のフェルナンドの心境だった。疲れている時ほどクリストファーのテンションは着いて行けなさ過ぎて疲れるのだ。

だが、悲惨な事にフェルナンドはクリストファーと同じ家に住んでいるのだった。だからこうして車に乗っている。

がくりと肩を落とし、フェルナンドはロウテンションのまま言葉を漏らす。

「……お前は行動や言動に無駄が多い。もっと効率的に行こうとは思わないのか?」

「無駄……無駄か……確かに俺は無駄が多いかもしれない。

 しかしよく考えるんだ旦那。そもそも無駄だと早々に切り捨ててしまうのは驕りではなかろうか?

 やはり無駄だと思えるものにも有用性を見出すことが今の時代重要なんじゃないかと俺は思う……!」

「お前のイカレた言動に有用性を見出せと言うのか。海中に潜ってアトランティスを探すほうがまだ楽だ」

「手厳しい……! 旦那の突っ込みは手厳しいがしかし会話が弾む……! これが会話のキャッチボールという奴なのか?

 しかし厳しい言動を有難いと思ってしまう俺はやはりマゾなのか? そうでないと否定したいが完全に否定できない自分がいるのもまた事実……!」

げんなりとした表情を浮かべながら、フェルナンドはハンドルを切る。

交差点を右に曲がり、相変わらず人も車も殆どいない風景の中を走っていく。

街灯に照らし出された風景は、静かで暗かった。

先ほど何人もの人間が殺されたばかりだが、それでも街は静かだ。

夜とはそういう時間なのだろう、とフェルナンドはしみじみ思った。

隣で戯言を並べるクリストファーは意識の隅に追いやり、フェルナンドは物思いに耽る。

故郷に置いて来た家族の事。冷蔵庫の中身の事。近所のスーパーの特売日の事。壊れかけた屋根の事……。

――所帯じみている……!

はあ、と溜息が漏れた。狙撃手には些か似つかわしくない日常風景に、何となく溜息が出てしまった。

「溜息はよくないぞ旦那……自然とテンションが下がるからな」

「ならお前はもっと溜息をつくべきだ。それだけで世界が結構平和になる」

うんざりしたように言葉を吐き出し、フェルナンドは車を止めた。

辿り着いたのは住宅街の一角。三階建ての一軒家だ。

車庫もあり、結構広々としている。それでいて家賃はリーズナブルだ。

車から降りると、クリストファーは揚々とした足取りで玄関の方へ歩いていった。

――何故奴はあんなに元気なんだ?

車の鍵をかけながら、フェルナンドは首を傾げた。



一週間後。

『仕事』を終えたフェルナンドとクリストファーは、行きつけのバーに寄っていた。

繁華街にひっそりと存在する小さなバーだが、密かに人気がある。

仕事帰りにはよくこの店に立ち寄り、酒を引っ掛けるのが二人の習慣になっている。

「……今日は照準が僅かにズレた。済まん」

仕事の反省をしながら、フェルナンドはウイスキーを呷る。これもいつもの習慣だ。

フェルナンドはあまりミスらしいミスをしないので、今日のような反省は珍しい。

一方のクリストファーは、酒が飲めないのでコーラを飲んでいた。

「気にするな旦那……パーフェクトはそう何回も続かない。それに、俺はその程度では揺るがない……。

 俺のミスだって、旦那は補ってくれるしな……その為のコンビだろう」

「……そうだな」

フェルナンドは険しい表情を少しだけ緩める。

隣でコーラをぐびぐび飲む男は、ただの狂人ではないと改めて認識した。

何だかんだで、根は良い奴なのだ。相方としては十分な存在である。

最初こそあまりに言動から行動まで奇怪なので、共にやっていけるのかどうか不安だった。だが、それは杞憂だったと今は思える。

クリストファーは、紛れも無くフェルナンドの相方なのだ。

「む、コーラが切れた。マスター、ペプシをもう一缶くれるか」

バーなのにコーラを頼むと言う珍妙な客にも、マスターは文句一つ言わずにコーラを差し出す。

サービスの良い店だな、とフェルナンドは改めて感心するのだった。

「ああ……コーラは良い」

グラスに注いだコーラを一気に飲み、クリストファーは感慨深げにそう言った。

「俺は酒は嫌いだ……少し飲んだだけでも吐き気がする。だが、コーラは最高だ……飲むだけで明日への希望がわいてくる……!

 この炭酸の刺激は戦いに疲れた俺の脳を奮い立たせ、全身に喝を入れてくれる……!

 しかしただ炭酸を飲みたいのならばソーダ水でも飲めばいいだけの事……! それでも俺はコーラが好きだ!

 サイダーはいまいちだがコーラは好きだ! もう一度言おうコーラが好きだ!」

「分かった。分かったからとりあえず黙れ」

今日はクリストファーの言葉を右から左へ受け流す余裕もあるので、自然と言葉からも険の色が抜けるというものだった。

フェルナンドはゆっくりと酒を楽しむ事にする。



「トイレに行ってくる」

そう言ってフェルナンドが席を立ったのは、クリストファーが十本目のコーラを飲み干した時だった。

がっしりとした背中を見送りながら、クリストファーは十一本目のコーラを注文する。

マスターは何食わぬ顔でコーラを出してくる。この店のメニューは一体どういうラインナップなのかちょっと気になるところだ。

プルタブを開け、コーラをグラスに注ごうとした時だ。

ふと、クリストファーは視線に気付いた。

それは、すぐ隣から来るものだと悟り、目線をそちらに向ける。

「…………」

「…………」

少女が右隣に座っていた。

金髪に碧眼の、まだ幼さの残る少女だ。外見から察するに年齢は十代前半といった所。

はて、何故バーにこんな少女がいるというのだろう。親に連れてこられたのだろうか。

気になったので、訊いて見る事にした。

「お嬢さん。何故こんな所に? 子供は帰る時間だ」

「バーでコーラばっか飲んでる人に言われたくないわ」

少女の声は、大人の雰囲気漂うバーの中ではあまりに浮いていた。

浮いていると言えばコーラしか飲まないクリストファーも確かに同じではあるが。

少女の養子を見て、まだ小学校に通っているような年齢ではないのか、とクリストファーは首を傾げる。

「……ここで何を?」

「実は、ちょっと追われてて」

クリストファーは眉を顰めた。

――追われている?

誰にだろうか。まず考え付くのはマフィア等の犯罪組織絡みだが、一体どんな理由でこんな年端も行かぬ少女を追い回すというのか。

この少女が嘘をついている、と考えるのが自然だろう。一番しっくり来る。

「そうか」

適当に流し、クリストファーはコーラをグラスに注ぐ。

作業着の袖を、横から掴まれた。見れば、少女の小さな手がぐっと作業着を握り締めている。

少女の表情には『捕まえたもう離さない……!』という強い感情が浮かんでいた。

何だ、とクリストファーは再度首を捻った。

「助けようとか思わない?」

「ふむ……確かに、俺は昔から困っている人は見過ごせない男だった……。

 だが、その一方で! 俺は疑り深かったりする……! そう、あれは俺がFBIの連中から逃げていた時の話だ……」

「わあっ。別にアンタの過去話に興味なんて無いってば!」

少女が怒鳴ったので、止む無く話を中断する。

クリストファーは折角面白い話をしようと思ったのに……、と残念そうに息をついた。

「いいから助けてってば」

最早人にものを頼む言い方ではない。

クリストファーは少し悩み、とりあえずグラスに注いだコーラを飲む。

すると、隣の少女が手を伸ばし、クリストファーの手にあるグラスを一気に傾けた。

「!」

一気にコーラがどばどばとあふれ出し、クリストファーの口内に侵入。鉄砲水のように流れ込む。

さらに口に入り切らなかったコーラが顔にかかり服にまで垂れる。踏んだりけったりだ。

慌ててクリストファーはグラスを戻す。口いっぱいに炭酸の刺激が広がり、言葉にしにくい感覚に襲われる。

おまけにコーラが気道の方に入ったせいで激しく咳き込みだす。

「ごほっ! ごほっ! ぐぅ……」

「あはははははははは!」

隣の少女は腹を抱えてケラケラと笑っている。

バーの客たちが何事かとこちらを窺ったが、すぐに視線を戻す。それ程興味は無いらしい。

だがクリストファーには大問題で、咳き込みが止まらない。

「くっ……ごほっ! 俺は子供にまで嘗められていると言うのか……」

少しは落ち着いてきたが、胸の辺りが苦しい。

荒れた息を必死に整えつつ、クリストファーは隣の少女に視線を向けた。

「あはは、面白い!」

「非常に残念な事に……俺は全く面白くない。むしろ苦しい。

 この苦しさをどう表現すべきなのか……ああ、俺のボキャブラリーの貧困さが恨めしい……!

 む、待てよ。俺が今すべきは言葉を探す事ではなく目の前のこの少女の悪行を諌める事ではないか?

 悪行……否、これはまさに非道! 非道の行いだ! 子供が犯すにはあまりに道を外れすぎた過ち……!

 果たしてこの俺に、その道を修正してやる事が出来るのか……責任重大だぞこれは……!

 まずは保護者とじっくり話し合った上で今後の方針を決定していくのが最良の選択か……」

「アンタはあたしの担任教師かあっ!」

怒鳴られた。

こちらとしては真面目に考えていたつもりなので、怒鳴られるのは心外である。

クリストファーは無念そうに首を横に振った。

「俺は一体どうすればいいのだろうか……」

「だから、助けてってば。お願い」

「ふむ……子供のお願いは極力聞いてやりたい。俺の理性はそう語っている。だが、俺の本能は未だに黄色信号だ。どうすればいい?」

要するに、目の前の少女が自分をからかっているという可能性を捨てていない。

それ故、警戒が解けないのだ。殺し屋が子供を警戒するなど、滑稽な話ではあるのだが。

「そう、出来る事ならば俺は君に家へ帰れと言いたい……送って行ってやってもいい。車もある。そう、それが最善ではないかと俺は思うのだがどうだろうか」

「んー。それが出来ればあたしも楽なんだけど」

「む。家に帰れない理由があると?」

「家庭の事情よ」

「そうか……ならば仕方が無い。人様の家庭事情に首を突っ込むのは良くない。誰も得をしないからな。

 そう、あれは俺がまだシカゴに住んでいた時の事だ……」

「だから、何でアンタは唐突に過去を話し始めるのよ!」

「む……」

少女が怒鳴るので、クリストファーはまたしても話を中断する。

喋るのが好きなクリストファーとしては、どうも居心地が悪い。酒の席で話すにはいいネタだと自負しているのだが……。

「しかし君はさっきから怒ってばかりだな。もっとリラックスしてはどうだ」

「いや、原因は主にアンタにあるような気がする……」

疲れたように言う少女に対し、クリストファーは首を傾げる。

何か怒らせるような事を言っただろうか、と。

しかし少女はそこまで怒っているようにも見えないので、特に気には留めなかった。

「見つけたぜぇ、アデル嬢ちゃんよう」

聞き慣れない男の声が耳に届いたのは、その時だった。

その声を聞いた瞬間、少女の顔色は急激に青ざめる。クリストファーは眉を顰めた。

声の主は、少女の後ろ側――店の入口の方からやってくる。

見ると、スーツに身を包んだ人相の悪い男が、こちらに向かってくる。

職業柄、クリストファーはその男がマフィアだと勘で分かった。

そして、彼が少女を追っているのだと言う事も。

彼の後ろには、ぞろぞろとマフィア風の男たちが着いて来る。

「あまり面倒をかけさせてくれるなよ、嬢ちゃん。さあお家に帰る時間だぜ?」

「…………っ!」

怯えた様子ではあるものの、少女は気丈に首を横に振る。

それを見てクリストファーは、少女が何を望むのかを把握した。

助けてという言葉は嘘ではなかったのだ。そして、この男たちは少女を、少女が望まない場所へと連れて行こうとしている。

だからこそ少女は助けを求めてきたのだ。

クリストファーの中にあった警戒心だとか迷いは、その時にはもう消え去っていた。

代わりに湧き上がるのは、少女を助けようと言う意思だ。

「……そう、俺が為すべき事は一つ……。この少女を助ける事だ」

立ち上がり、クリストファーはマフィア風の男の前に立ち塞がった。

男は眉を顰め、ドスの聞いた声で言う。

「ンだ手前は。ここは薄汚い解体屋が来ていい所じゃねえぞ。とっとと工場へ帰んな」

「解体屋というのは正解だが、俺が帰るべき場所は工場ではない……。

 ならば俺はどこへ帰ると言うのか……家か? それともシカゴの実家か?」

呟くように言うと、男は露骨に「はあ?」と不可解そうな表情を浮かべた。

「何だ手前、薬で頭に蟲湧いてんじゃねえのか」

「蟲……蟲か……。ここだけの話だが、俺は昔から蟲の苦手な男だった……。

 特に、ゴキブリが飛んできて肩に止まった時など、半狂乱状態で病院に運び込まれた位だ」

「やっぱりイカレてんじゃねえか」

呆れたように男は言う。

一方のクリストファーは過去の壮絶なトラウマを思い出し、身震いしていた。

しかし、すぐに自分がやろうとしていた事を思い出す。

「そう……俺はこの少女を守ろうと思う……。そこで提案だが、このまま大人しく帰ってはくれないか」

「ああ? 何言ってんだ手前は。何でお前の都合を俺らが聞かなくちゃいけねえ」

「何故かと問われれば……そうだな、それが最良の選択だからだと言おう。

 誰も傷付かずに済み、皆が皆平和に追われる最高のパターン……。

 ハッピーエンド……そう、ハッピーエンドだ!」

「うるせえぞ手前。ちょっと黙ってろ」

そう言って男は、銃を突きつけてきた。

クリストファーは思わず溜息を漏らす。折角、こちらが妥協してやったと言うのに、まるで聞かないのだから。

平和的解決――そんなものは、本来クリストファーは望んでいない。

クリストファーが望むものは、いつだって単純極まる。

破壊。

壊して。

また壊して。

さらに壊して。

どんどん壊して。

飽きるまで壊して。

壊して壊して壊して壊して壊し尽くす。

それだけだ。クリストファーが望むのは。

それこそが真の『ハッピーエンド』だろう。ただしクリストファーにとって、なのだが。

「銃を抜いた……これは即ち合図と受け取っていいのだな?」

「あん?」

男が怪訝そうな表情を浮かべた、次の瞬間――

クリストファーは、思い切り足を振り上げた。

蹴り。

上方向へと放たれたそれは、銃を突きつける男の右手を思い切り砕く。

拳銃が手から離れ、宙を舞った。

「がっ……!?」

「パーティタイム……そう、パーティタイムだ!」

骨が砕けた右手を押さえる男を、クリストファーは容赦なく蹴り飛ばす。

それから、男の後ろに控えるマフィア連中の数を確認した。

――五人!

把握と同時、クリストファーは席に座ったままの少女の手を引く。

壊さないよう、そっと。

「さあ、行くぞ!」

「え、えっ?」

少女の小さな身体を抱きかかえると、クリストファーは一気に駆け出した。

それはさながら疾風の如く。

立ちはだかるマフィア連中を蹴り飛ばし、勢いを留めず走り抜ける。

入口まで一直線。銃で撃たれる前に、店から離れる。

店でやりあうと、他の客に迷惑をかけてしまう。それはクリストファーとしては避けたい。

「さて、これから俺は奴らを壊しつくそうと思うが、異存は無いな?」

「え、ええっと……」

「んん〜っ、YES! 任せておけ! 俺に任せれば素晴らしいパーティになること間違いなし!

 グレイト……そう、グレイトだ! グレイトなパーティになるぞ!」

戸惑う少女の話も聞かず、クリストファーは一人で話を続ける。

少女を近くに停めてあった車――恐らくはマフィア連中のものだろう――の陰に隠し、クリストファーは店から出てくる男たちを迎え撃つ。

先頭にいたあの男は右手が既に砕けているので、KOと考えていい。残るは五人。

恐らくは銃を持っている事だろうが、恐るるに足らない相手だとクリストファーは既に判断している。

連中はマフィアの下っ端程度の人間だ。凄腕のガンマンという訳でもない。

雑兵が五人纏めてかかって来た所で、連携が上手くいかず足の引っ張り合いをするだけだ。

楽勝だといえる。だがクリストファーは、精一杯楽しもうと考えていた。

男たちが溢れんばかりの怒気を漲らせて店を出てくる。

銃を手に構えており、人数はやはり五人。クリストファーの姿を捉えた瞬間、一斉に銃口を向けてくる。

「――さあパーティの始まりだ!」

最初にクリストファーが取った行動は、ひどく単純。

前進。

それも、目にも止まらぬ速度を伴っての、だ。

拳銃を突きつけられているにも関わらず、一切物怖じもせず、クリストファーは前に向かって駆け出した。

そして敵の一人の懐まで一気に潜り込む。

何が起こったか理解が追いついていないようで、辛うじて銃口をこちらに向けるのが精一杯の様子だ。

クリストファーは男の腕を絡め取ると、そのまま後ろに回りこんだ。

ゴキン、という音がして、男の右肩が外れる。

力を失った手を離し、クリストファーは男の首を羽交い絞めにした。

他の四人は一斉にこちらに銃口を向けるも、仲間を巻き込む恐れがある為撃てないでいる。

膠着。

長く続くかに思われたそれは、しかし唐突に終わりを告げる。

他ならぬ、クリストファーの手によって。

クリストファーは、男の頭を後ろから両手で挟むように掴むと、容赦なく捻った。

人並みはずれた剛力により、男の首はありえない角度で捻れる。

男の身体から力が抜けた。

他の四人は未だ呆然としており、引き金を引く様子も見えない。

その間にクリストファーは男の死体を、右側にいる二人の敵に向けて投げた。

その細身からは想像できない程のパワーにより、死体は立派な投擲兵器と化している。

男たちはそれを慌てて避けるが、その僅かな隙は致命的だ。

クリストファーは既に、二人の男に狙いを定めている。

他の二人を背中に回す形になるが、撃たれる心配はまるでしていない。

ただ、目の前にいる二人を壊す事だけに、神経を注いでいた。

「手前っ!」

銃を向ける男。

その男の手首を、クリストファーは素早く掴み、こちらに引き寄せた。

男はバランスを崩し、前のめりになる。

クリストファーは男の腕を自分の身体の真正面に持ってきた。

そして、空いた方の肘と膝で、男の腕を勢い良く挟む。

骨が砕ける感触。

肘と膝に上下から衝撃を喰らい、男の腕は肘よりも先の部分で折れ曲がっていた。

悲鳴を上げる男に対し、クリストファーは素早くスパナを取り出す。

殴打。

男の頭部を思い切り叩くと、頭蓋骨が砕ける感触。

二人目を仕留めた。

「クリーンヒット……そう、クリーンヒットだ!」

余韻を感じつつ、クリストファーはもう一人の方に取り掛かる。

頭を砕かれた男を蹴り飛ばし、銃を構えるもう一人の男の方へと。

距離は一瞬にして詰まる。

ひっ、と怯えたように表情を歪める男に対し、クリストファーはニヤリと笑顔を見せた。

「安心するといい……楽しいパーティなのだから」

そう言って、プラスドライバーを男の目に突き刺した。

怯んだ隙に、クリストファーは男の首を掴み、持ち上げる。

そして、後ろに控える残り二人の方に掲げて見せる。

二人は、仲間が射線上にいる為に撃てないで、傍観者と化していた。

これでは勝てるはずも無い。弱いな、とクリストファーは思った。

「お前らには足りないものがある……。そう、決定的に足りないものがな……」

ぎりぎりと男の首を絞めながら、クリストファーは前方の敵二人に向けて言う。

「覚悟が足りない。結束力が足りない。力が足りない。速さが足りない。もう足らないづくしだ! どうするお前ら!

 マフィアの端くれならばもうちょっと頑張ってみろ! そうでなければパーティに参加する資格は無いと言っていい!

 さあ、どうしたやってみ――」

話している間に、敵の一人が立ち位置をずらしていた。

盾にされている仲間に銃弾が当たらないような位置。即ち盾が意味をなさなくなる位置。

クリストファーは喋るのに夢中になりすぎていた。それが失敗。

気付いた時には、敵の一人が斜め前方から銃弾を放ってきた。

「!」

慌ててクリストファーは身を捩じらせ、銃弾を回避。しかし頬を銃弾は掠めていった。

盾にしていた男の首を折り、そして投げ捨てる。

殺すだけならば簡単だ。ちょっと力をこめれば人体など容易く破壊できる。

三人目を仕留め、クリストファーはすぐさま四人目を仕留めにかかった。

だが、もう一人の方が銃口をこちらに向けている。止まれば撃たれるだろう。

間に合うだろうか、とクリストファーが考えた時だった。

店のドアを突き破って来た銃弾が、クリストファーから遠い方の敵の脳天を撃ちぬいたのは。

クリストファーは一対一の構図が出来上がった事を瞬時に理解し、安心して前方の敵を壊しに行く。

最後は、手っ取り早く終わらせる事にした。

銃の引き金を引かれる前に腕を取り、手首を捻る。

怯んだ隙に、クリストファーは素早くプラスドライバーを取り出し――

敵の頚動脈に、勢い良く突き刺した。

鮮血。

返り血をその身に浴びながら、クリストファーはしばし余韻に浸っていた。

最早、動く敵は無い。パーティは終わったのだ。

一人佇むクリストファーの元に、店から出てきた一人の男が呆れたように声を掛ける。

「クリストファー……派手にやってくれたな」

「旦那か……。しかし今回は不可抗力だ。仕方の無い事だったのだ……」

疑わしそうに目を細めながらも、フェルナンドは己の車の方へと歩いていく。

まるでさっさとこの場を離れようとしているかの如く。

「旦那?」

「増援が間もなく来るようだ。店の中にいた男が電話で叫んでいたよ。仕留めようと思ったときには裏口から逃げられた。逃げ足だけは一流だな」

「ほほう」

言っている間に、何台かの黒塗りの車がこちらに走ってくる。

クリストファーはヒュウと口笛を鳴らすと、車の陰に隠した少女を迎えに行く。

彼女も連れて車で逃げるとしよう。

少女は身を小さくして、車の陰にじっとしていた。

「さあお姫様。ドライブの時間だ」

「……アンタ、凄いのね……」

恐れ半分感心半分、と言った所。

十代の少女が浮かべるにしては大分違和感のあるリアクションだが、クリストファーは追及しない。

逃げるのが先決だと分かっているからだ。

「……俺が怖いなら、俺からも逃げるといい。俺は追わないぞ」

「い、行くわよ。助けてって言ったのあたしだし、もう巻き込んじゃったし」

あくまで強気に言う少女の姿は、どこか微笑ましかった。



「で、結局お前以外は全滅か」

ロック音楽が鳴り響く車内。

後部座席に座る男は、隣に座る部下に向かってそう確認した。

部下は右手を砕かれており、今もろくに応急処置もされていないままだ。顔は苦痛に歪んでいる。

男は、そんな部下の醜態に怒る事もせず、淡々と報告を聞いていた。

「作業着の男……そいつは多分『解体屋<スクラッパー>』クリストファー=ロックハートだな」

「スクラッパー……ですかい?」

「ああ。この街じゃあ有名さ。イカレた破壊魔だが、人間離れした強さなんだよ。お前らじゃあ手に負えねえな」

その言葉は、まるで自分ならば手に負える、とでも言っているかのようだった。

そして実際男はそう思っていた。自分ならば、あの破壊魔にも勝てると。

「奴と一緒に、『鷹の眼<ホークアイ>』フェルナンド=シルバもいるだろう。

 丁度いい。ここらで釘を打っておこうじゃないか」

男は二挺の拳銃を手でクルクル回し、不敵に笑う。

「他の連中にも連絡を。アデルの嬢ちゃんを奪還し、破壊魔と狙撃手を血祭りに上げてやろうじゃないか……!」

「アーノルドさんの二挺拳銃が見られるって訳ですかい……そいつぁいい」

アーノルドと呼ばれた男は、ご機嫌に銃を回す。

ただ、己の華々しい勝利のみを信じて。



彼らの誤算は、唯一つ。

彼らは、『解体屋』の異質さを目の当たりにしていなかった。

それだけ。

たった、それだけ。

それだけの事が、この街では命取りになる。

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