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神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
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8話:精霊祭

「いらっしゃいませ~!」

「いらっしゃいませ~……」

「メリー! もっと声出して!」

 時は清冷(せいれい)の月、雷の日一日。今日から三日間、セトロニカ王都で始まるのは精霊祭。精霊祭は王都規模で開催される祭だ。

 各大商店街通りでは様々な料理店、商店が露店を開き、自分の店自慢の品々を出している。また他の大通りでは劇団による舞台演劇の披露や音楽隊のパレード、飾り付けをした特別な魔導車の上で踊るダンサー。精霊を(まつ)る祭りとは思えない、(はな)やかさに(あふ)れた三日間となる。

「それにしても、王都にはこんなに人がいたんだね。目眩(めまい)がしそうだよ」

 人の多さにリクは驚いていた。見回すと視界に入るのは、人、人、人。多くは人間族だが、それだけではない。獣人族もまた人間族と同じくらい視界に入る。そして少ないがエルフ族やドワーフ族、魔人族もおり、彼らも祭りを楽しんでいるようだ。リクたち周辺にはいないが、どこかには竜人族や翼人族、妖精族もいることだろう。

 シェリーたちは北大商店街通りの中心から少し王宮寄りに露店を構えていた。王宮寄りであればあるほど貴族たちの利用は増える。貴族たちに気に入られるほど大商店街通り入りの可能性は高まる。そのため、レギュム店への貴族たちの利用はあまり期待できなかった。何しろ大商店街通りは数キロにも及び、そこに精霊祭の間に並ぶ店の数は数百に及ぶ。その中から貴族に気に入られるのはかなり難しい。ましてや大商店街通りの中央付近に露店を構えるレギュム店にとっては最初から不利な条件だろう。

「それでもやらなくちゃいけないのよ」

 シェリーは気合充分だった。長い髪を後ろで縛り上げ、色気のあるうなじがチラリと姿を見せている。

「今回は香りと音と気合で客を呼びこむわよ!」

「気合って……」

「お姉ちゃん。気合じゃお客さん来ないわ……」

 二人の(あき)れ具合も無視してシェリーは今日のために作った新作ヘルシー料理を作り上げていく。因みにシェリーたちの父であるルシオは敵情視察。母ヘレンは自宅であるレギュム店――本日本店休業――で家事をしている。

「さぁさぁ日々の健康を気にしている男性の方! 油も肉も使わずにガッツリ食べごたえのある健康に良いヘルシー料理がありますよー!」

 レギュム店の露店はそれなりに繁盛(はんじょう)していた。女性の客は勿論だが、男性の客もおり、評判もいい。シェリーは手応(てごた)えを(つか)んでいた。リクのアドバイスがきっかけで思いついたヘルシー料理。それはしっかり男性の胃袋を掴んでいた。

「審査員の方がいつ来てもいいように頑張らなくちゃね」

 審査員は普通の市民と同じような格好をして自然と露店を訪れる。審査員だけに良い態度を取るといったことがないようにだ。

「リク!」

 不意にリクの耳に聞き慣れた声が届く。それはイサギだった。

「あ、イサギ兄ちゃん! ……と、その子はもしかして?」

「ああ。俺の妹、イサミだ」

 歩くことが大好きな二つか三つくらいの歳の女の子と、イサギは手を繋いでやってきた。

 イサミは黒い髪に赤い瞳を持つ。髪は可愛く結ばれていた。

 リクはイサギとする毎日の勉強の合間に妹の存在を聞いていた。そのため、イサギが連れている女の子が誰なのかは直ぐに予想がついていた。

「可愛い妹だね」

「だろ。俺の自慢の妹だ」

 そう言ってイサギはイサミの頭を撫でる。

「にーちゃ、いー匂い」

「ああ、そうだな。ここでご飯にしようか」

 すると、イサミはタタタッとイサギから離れリクに近づく。リクはイサミを受け止めようと膝をついて手を広げる。その愛らしい光景に周囲に居る人達の顔がほころぶ。

「あむっ」

「――っ!? 痛ぁ~~っ!」

「えぇ~~っ!?」

 リクに抱きつくと思われたイサミは、イサミを抱きかかえるために広げたリクの手に噛み付き、吸血行動を始めたのだ。それに対し驚き声を上げる周囲の人達。

「うわぁ~~! ごめ~~ん!」

 イサギは大慌て。急いでイサミをリクから引き離そうとするが思いとどまる。吸血中に無理に引き剥がすと、吸血部の傷口が大きく広がる可能性があるからだ。

「リク! この!」

 その間にメリーがリクに駆け寄る。ヴァンパイア種族のことを詳しく知らないメリーはイサミを無理やりリクから引き離そうとしたのだ。しかしリクはヴァンパイア種族のことをある程度は知っていた。そのためメリーの行いを止める。

「大丈夫だから。痛かったのは最初だけで今はもう大丈夫。ちっちゃい子がしていることだから許してあげよ。あとでしっかり教えてあげればいいさ」

 その最中も美味しそうにリクの血を吸うイサミ。その光景はヴァンパイア種族以外からすると恐怖の光景でしかない。イサギはイサミのせいで、いや、自分がイサミをもっと気にしていなかったために、ヴァンパイア種族の印象がさらに悪くなり、周囲から迫害を受けてしまうのではないかと恐怖を感じ緊張していた。

 リクはイサミが口を離すのを辛抱強く待った。血を吸われる勢いはそれほど強くない。ほんのちょっとずつ、少しずつゆっくりと吸われる感覚をリクは覚えていた。

 イサミが口を離すその時まで、その周囲だけ異様な静けさと緊張に包まれていた。たっぷり十~二十秒程の時間が経過すると――

「おいちい~」

 口元を真っ赤に汚しながら満足気な表情を見せるイサミ。それは(はた)から見ると異常者、狂気の沙汰でしかない。

「ほんとに……ごめん、リク……」

「ううん、気にしないで」

「にーちゃ?」

 イサギはイサミの口元を拭きながら周囲の人達の様子を恐る恐る確認する。イサギは怖かった。周囲からはイサギたちを(さげす)む視線。戦闘力では強き種族であるヴァンパイアだが、立場は弱い。公の差別はなくとも、ここに種族間による差別意識が生まれるのは必然だった。

「俺、今日は帰るよ。ごめん、リク。……さよなら」

 イサギはイサミを抱きかかえ、駆け足でその場を後にする。

「気にしてないからね!」

 リクはイサギの後ろ姿に向かって叫んだ。リクは妙な胸騒ぎを覚えていた。イサギが去り際に言った「さよなら」は、どこまでの意味が含まれているのだろうか。リクはとても心配だった。

「また明日会えるよね、イサギ兄ちゃん……」

 その呟きは雑踏の音に溶けていった。



 ◇◇◇



「リク、本当に大丈夫?」

「大丈夫だって」

「ヴァンパイアになったりしない?」

「そんなの迷信だって」

「メリー心配しすぎよ。リッくんが大丈夫だって言ってるんだから、きっと大丈夫よ」

 メリーはリクがイサミに噛まれた朝から昼までずっとこの調子だ。リクの言うとおり、噛まれたからといって種族が変わるわけでもないし、貧血になるほど吸血されたわけでもない。リクの体調は健康そのものだ。

「それにしても、お客さん予想以上によく来るね~」

「そうね。今回こそ大商店街入り出来たらいいね」

 リクとシェリーはメリーを置いて話し合う。

 精霊祭は商売人にとって戦争だ。精霊祭では大商店街通り進出のチャンスもあるが、既にそこにいる人達にとっては退去の可能性もあるのだ。大商店街通りに進出してから数年は保証されるが、その後の業績によっては立ち退きを命令されるのだ。そのため、誰もが必死になるお祭りなのだ。

「おぉ~い、今帰ったぞ」

「あ、お帰りなさい! 他所(よそ)はどうだった?」

 シェリーたちの父――ルシオが敵情視察から帰ってきた。他店のことが気になるシェリーはルシオを急かすように詰め寄る。

「落ち着け落ち着け。どこも一工夫してなかなか繁盛してたよ。だが、(うち)ほど画期的な料理を提供している訳ではなかったな。今回こそはいける!」

 ルシオは握りこぶしを作り気合を見せる。父のその自信満々な姿にシェリーは更に気合が入る。

「午後はお父さんも手伝うぞ。メリーとリクは終わっていい。祭りを楽しんできなさい」

「いいの!? やったー!」

 メリーは珍しく感情を表に出して飛び跳ねる。リクもメリーにつられて身体がウズウズし始め、自分の(ふところ)へ入れていたギルドカードに服の上から触れる。それと同時に先ほど別れたイサギのことを思い出す。

「リク、行くよ!」

 メリーはリクのその心情の変化に気付くことなく、リクの手をとって雑踏の中へと駆けて行く。リクはそれに(あらが)わず、引っ張られるがままメリーとともに雑踏の中へと溶けていった。そのため、リクたちにルシオたちの声は届かなかった。

「お小遣い、渡してないんだが……」



 ◇◇◇



「勢いに任せて飛び出したけど……」

「メリーお姉ちゃんお金持ってないとか、酷すぎ……」

 リクとメリーは五番街冒険者ギルド支部へと向かっていた。お金を持っていないことに気づいたメリーは、ヘレンがいるはずの自宅であるレギュム店に一旦帰ったのだが、ヘレンはちょうど外出していたようで誰もいなかった。そのため、リクがギルドカードを使って冒険者ギルドからお金を下ろすことになったのだ。

「それにしても、リクって貯金できるほどお金あったんだね」

「まぁね」

 リクは冒険者登録をしてから毎日毎日お金がギルドカードに振り込まれるようになった。それはイサギに勉強を教える授業料だ。イサギの母から正式に依頼され、給料が定期的に入るようになったのだ。そのため、五歳にしてはちょっとした小金持ちとなっている。

「着いたよ」

「こ、怖い人いるのかなぁ……」

「居るかもしれないけど……お姉ちゃん怖いの?」

「べ、別に怖くなんかないわよ。行くよ、リク」

 メリーはそう言って扉に手をかけ押し開けていく。若干腰が引けているが、リクはそれを口に出すことはしなかった。誰でも初めては緊張するもの。リク自身も初めてギルドの中へと入る時は緊張したのだ。人のことは言えない身分なのだ。

「こ、こんにちは~……」

 メリーの緊張した挨拶は冒険者たちのざわめきに掻き消される。

 冒険者ギルド支部の作りはどこも同じだ。一階は受付、二階は食堂、三階は基本職員専用となっている。

「す、すごい……」

 祭りの最中にもかかわらず、人であふれる冒険者ギルド。メリーは冒険者という人たちの多さに圧倒され呆然と立ち尽くしていた。その様子にリクは小さく笑みをこぼし、メリーの小さな背中を押してギルド内へと入っていく。

 お金を下ろそうとしているリク。数ある受付の中で空いている冒険者登録受付へと向かう。金銭関連専用の受付はないため、どの受付に並んでも同じことなのだ。

 その後、一日お祭を楽しめる程度の金額を下ろしたリクは、冒険者やギルドの珍しさにキョロキョロしているメリーを引き連れてギルドを後にする。

 二人はよく見知った五番街を中心に周った。各大通りで展開している料理店で少量ずつ昼ごはんを買い、大通りを通るパレード、魔導車の上で踊るダンサーを見ながら食べ歩いた。本人たちにその気がなくとも、それはさながらデート。道行く人達はその様子を微笑ましげに見ていた。

 表通りとはいえ、子供二人だけでこれだけ自由に歩き回れるのは、ニスカルト国が、セトロニカ王都が平和だという証拠だ。

 しかし、平和というものはいつまでも続くものではない。ましてや魔物が存在する世界。そして魔王が復活した今、世界は少しずつ荒れていく。

 リクとメリーは一休憩として大通りの隅、路地裏近くに置かれたベンチでお菓子を食べていた。

「楽しいね、リク!」

「うん、そうだね。村にいた頃のお祭りとは規模が違いすぎるよ」

 その時だった。周囲を見ながら話していたリクは口へと運んでいたお菓子を落としてしまった。それはベンチの裏側へと転がり路地裏へと入り込む。

「あっと」

「リクはドジねぇ~。ちゃんと拾いなさいよ」

「分かってるって」

 リクはベンチから降り、転がり落ちたお菓子を拾いに行く。

「分かってると思うけど食べちゃ駄目よ。指定されたゴミ箱に捨て――」

「え……?」

 突如として周囲の音が掻き消えた。人々のざわめきはリクの耳に届かない。後ろを振り返るが人はいる。見える。だが音が聞こえない。

「そんな……」

 しかも目の前にいる人達に動きは見られない。まるでリクだけ別の空間に切り離されているかのようだ。

 リクはその場を動けなかった。すると不意に後ろから少女の声がする。

「あなたは覚悟しなければならない」

「えっ?」

 その声にリクは振り返る。路地裏へと入る道に一人の少女がいた。少女は純白の長いワンピースを身に付け、白く長い髪をサラサラと揺らしていた。

「あなたは覚悟しなければならない。自らにつきまとう災厄という運命を。それは自分だけではなく、周囲の人にも影響を及ぼす。だが覚悟しなければならない。それはあなたの定められた運命」

「どういう……こと……」

「同じ運命を持つ三人と出会い、協力し合いなさい。さもなければ真の平和は訪れない。災厄は刻一刻と近づいている」

「君は……」

「取り戻しなさい。失った力を」

「力? 取り戻す?」

「危険は常にあなたの周りに存在している。気をつけなさい」

「ちょっと待って!」

 少女はリクの静止を聞かず、言いたいことを言い切ると路地裏へと消えていく。すると、何事もなかったかのように、時間は再び動き出す。耳に届く人々のざわめき。

「リク、どうしたの?」

 メリーの声が耳に届く。リクは光の届きにくい路地裏の奥を呆然(ぼうぜん)と見ていた。

「早く拾いなさいよ」

 今日は機嫌が良くおしゃべりの多いメリーだが、リクの動きに苛立(いらだ)つ。苛立ちの込められたメリーの声で体がようやく動く。するとそこへやって来たのは、

「よう、リクじゃねえか」

「あ、ジスターお兄ちゃん」

 巡回中のジスター・ヴォルフだった。ジスターは私服だったが、腰には衛兵が使う剣が下げられている。

「どうした。誰か居たのか?」

 リクが路地裏を見つめていたのを気にしたのか、ジスターは路地裏を見つめながらリクに問う。

「ううん。……何でも、ないよ……」

「……そうか」

「リク。その人、誰?」

 リクは先ほど自分だけに起きた謎の現象に疑問を持つも、周囲の人には話さなかった。話してもどうせ分からないだろうと思っていたからだ。何せ、その空間にいたのは自分と謎の少女だけ。周囲の人は時間が止まったかのように動かなかったのだから。

 リクはジスターのことをメリーに紹介しながら、少女の言っていたことを頭で考えていた。そして思う。

 ――僕は一体、何者なのだろう……。


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