表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
8/20

7話:日常の裏で潜む脅威

21時に8話を投稿します。

 朝。ここはレギュム店台所。

「うぅ~~ん…………」

「…………」

「うぅ~~~~ん…………」

「…………」

「…………ん~~……だめだぁ~~!」

 シェリーは頭を抱えて膝をつく。

 今日は光明の月、土の日三十一日。

「次の精霊祭まで二週間無いのに、私は一体何をやってるのぉ~~!」

「何もしてないわ」

「いやぁ~~!」

 メリーの言葉にシェリーは長い髪をかき乱す。

 次の精霊祭、清冷の月の一日から三日まで二週間を切っている。次の精霊祭の料理を、父――ルシオに任されているシェリーは三週間も前から準備を始めていた。新作料理を作るという準備を。しかし、それは最初の段階で行き詰っていた。新作料理の案が出ないのだ。

「メリーどうしよう! このままじゃ精霊祭で恥をかくことになるわ!」

 シェリーはメリーの肩を掴み、思い切り良く前後に揺らす。メリーは姉の奇行(きこう)にすっかり慣れてしまい、されるがままに頭を揺らしていた。

「まぁまぁシェリーお姉ちゃん落ち着いて」

 リクはそんなシェリーを(なだ)めようとする。

 レギュム店の売りはヘルシーさだ。健康によく、太りにくい食事をお客さんに提供するのだ。だが、そのヘルシーさがまた集客率の弱点にもなっていた。男性客の利用があまりに少ないのだ。元々大通りから離れているのはあるが、男性が好むガッツリとした食べごたえのある食事を提供できていないため、利用しに来るのはもっぱら女性客ばかり。男性の集客こそが、レギュム店の大商店街通り進出のカギなのだ。

「リッくぅ~~ん。私の癒やしぃ~」

 シェリーはリクに抱きつくと頬にスリスリし始める。リクもシェリーの奇行にはすっかり慣れたのでされるがままだ。

「あぁ、リッくんのほっぺは柔らかくてツヤツヤで、張りがあって羨ましすぎるよ~」

 シェリーはリクの(ほお)を両手で(はさ)んでは()んでいた。それにより、リクは変顔を繰り出すこととなった。そこに、乱れた髪をなで抑えながらメリーが姉の行動を止めにかかる。

「お姉ちゃんやめてあげて。リクの顔が変になってる」

「ごっ、ごめんね、リッくん」

「う、ううん。大丈夫」

 リクは自身の頬を抑えながら答える。

「それにしても、お姉ちゃんは悩み過ぎじゃない? こう、スパッと決められないの?」

「メリーには分からないわよ……。こう、店の将来を任されているっていうプレッシャーが半端無いのよぉ~」

 シェリーは自作の料理ノートをパラパラとめくる。そこには父から教わった数多くの料理、自分で考えたオリジナル料理など数多くのレシピが書かれている。シェリーはこの中から少しでもヒントになる食材、料理を見つけ出そそうと必死に目を通す。

「シェリーお姉ちゃん。男の人が好きな食べ物ってなんだと思う?」

「え~? それは、食べ応えのあるガッツリとしたものとか? 味が濃いこってりしたものとか? お肉とか、揚げ物、味の濃いソースをかけたりするわよねぇ。全員がそうじゃないとは思うけど……」

 リクの問いに、顎へ指を当てながら考えこむシェリー。その考えは主に父の好きな食べ物を思い浮かべての発言だ。

「だよね。だから男の人が好む食べ物を、ヘルシーな食材で作ればいいだけなんじゃないの?」

 リクは簡単な答えを出す。だがそれは、言うは(やす)し行うは(かた)し、だ。

「それは分かるけど、その先が難しいのよ……」

 シェリーは悲しそうな目でリクを見つめる。その瞳からは涙が(こぼ)れそうなのか、リクが見ても分かるほど(うる)んでいた。

「それで例えばなんだけど、料理の時に油を使わない、とか。通常の食材の代わりに油がないまたは少ない食材を使うとか。それだけで、普通よりかはヘルシーになるよね」

「そ、そうね……」

「他にも、これを食べるとお腹が(ふく)れちゃうっていう食材を使った料理とか。そうすると男の人のお腹をごまかしで満たせるんじゃない?」

「そ、そうね!」

 シェリーの顔には笑顔が戻ってきた。そして身体を反転させると食料庫の方へと駆けて行く。ほんの数十秒でシェリーは二つの袋を手に持ってリクたちの元へと戻ってきた。

「リッくん、ありがとね! いいアイデアが浮かんできた気がするわ。愛してるっ」

 そう言ってシェリーは屈んでリクの頬へとキスをする。それを見たメリーは、「あっ」と声を出す。シェリーは鼻歌交じりに早速料理の下ごしらえとかかり始める。今日はレギュム店の定休日。思う存分、新作料理の試作に取り組めるのだ。

「それじゃ僕は行ってきます」

「む~……いってらしゃい……」

 メリーの()ねた見送りを受けながら、リクはイサギとの約束を果たすべく、十番街の冒険者ギルド支部へと向かう。



 ◇◇◇



「ここが、十番街冒険者ギルド支部……」

 冒険者ギルド。それは世界中に存在する、あらゆる仕事をこなす組織。そして、冒険者ギルドに所属する人たちを冒険者と呼ぶ。冒険者とは、ある地域に住む人達の悩み事の解決や生活上での手伝いといった雑務から、ある地域に(ひそ)む危険な魔物の討伐や捕獲などの危険な仕事まで、幅広いことをこなす職業だ。

 十番街冒険者ギルド支部はセトロニカ王都の南西に位置する。十番街は全体的に丘になっており、周りの区域より少しだけ標高が高くなっている。そのため、見晴らしのいい場所というのが数多く存在する。五、六、七番街方向は王宮の反対側にあるため見ることが出来ないが。

「初めて、入ることになるのかな」

 リクは戸惑いを覚えていた。魔法の使えない自分がこんな所に居ていいのだろうか。ただの子供がこんな所に居ていいのだろうか。

 リクは冒険者ギルドの入り口付近で悩み続けた。そんなリクに変なものを見ているかのような視線が集中する。それも当然だろう。何しろ場違いな幼い子供が、ギルドの入り口で独り言を呟きながら右往左往しているのだから。

「……よし」

 イサギとの待ち合わせの時間も迫っていることから、リクはようやく決心してギルドの扉へと手を掛ける。そして思い切り良く押し開ける。

「わぁ~~……!」

 ギルド内は活気に満ちていた。周囲を見回すだけでも、人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔人といった、数多くの種族が冒険者ギルドを利用していた。

 セトロニカ王都の冒険者ギルド支部は地下一階から三階までの構造となっている。

 地下は主に素材保管庫となっており、広く作られている。もちろん職員のみ立ち入り可能だ。

 一階には多くの受付が並んでいる。王都に住む人たちのGからCランクまでの依頼を管理し、冒険者とその依頼をやり取りする受付。新たに冒険者になりに来る人達の対応をする受付。依頼を成功、失敗してきた人たちの報告を受ける受付。冒険者が依頼分以外で持ってきた素材買い取りの受付。受付をこれだけ分担することが出来るのは、流石王都というだけはある。因みに、冒険者ギルドの顔とも言える受付を担当する人たちは容姿のいい人ばかりだ。

 二階は食堂だ。しかも、冒険者達が待ち合わせで利用したり、作戦会議として利用できるようにするために、二階全体が食堂となっている。

 三階は主に職員用だ。支部ギルド長室、会議室、休憩室、給湯室、寝泊まりできる貸し部屋が存在する。会議室に関しては、ギルド職員と冒険者たちが話し合い、会議をする場合に利用されることもある。三階へ行くには二階からではなく、一階の職員スペースから伸びる階段を登っていく必要がある。

「待ち合わせは二階の食堂だって言ってたよね」

 リクは数日前、イサギと冒険者ギルドで会うことを約束していた。魔法の勉強の一環として、実際の魔法とはどれくらいのものかをリクにより理解してもらうためだ。もちろん、イサギは自身の魔法の練習のためでもある。

 リクは受け付けを素通りし、二階へと続く階段を登っていく。木材独特の音が足元から聞こえる。冒険者ギルドの材質は大半が木材だが、魔法で強化されているためちょっとやそっとの衝撃では破壊されるようなことはない。

「どこにいるのかなっ」

 リクは二階に辿り着き、周囲を見回す。食堂では多くの人が朝食を取っていた。辺りにはいい香りが漂い、リクの鼻孔(びこう)を刺激する。

「おーい、リク! こっちだこっち!」

 後方からするイサギの声にリクは振り返る。イサギは窓際にある二人席用のテーブルで手を振っていた。

「おはよう、イサギ兄ちゃん」

「おう、おはよう」

 イサギは軽く手を上げると立ち上がり、リクを席へと促す。

「朝早く悪いな。この時間じゃないと修練場を広く使えないからさ」

「ううん、大丈夫。毎朝店の手伝いのために五時に起きてるから」

「それは早い。偉いな、リクは」

 テーブル越しに頭を撫でられたリクは気持ちよさそうに目を細める。

「さて、早く朝ごはんを済ましちゃおうぜ」

「うん」

「メニューはこんな感じだな」

 二人は頭を近づけメニュー表を覗きこむ。そこには冒険者たちのお腹を満たせるようボリュームの有るメニューが多かった。リクたちはその中から料理を一つずつ選び、ウェイターさんに量を少なめにと注文した。二人は料理が来るまでのしばしの時を、魔法理論についての話で盛り上がった。



 ◇◇◇



「ご飯を食べ終わってここに来たわけだが……」

「うん……」

「人、多いな……」

「うん……」

「これは予想外だったな。何かあるのか?」

 朝食を食べ終わった二人は修練場に来ていた。修練場はギルド一階の奥にある扉から繋がっている。修練場は屋根が付いており、屋内となっている。雨の日も気兼(きが)ねなく特訓することが出来るのだ。

 雨の日には仕事を休むことの多い冒険者たち。しかし今日は晴天。朝早くから修練場にこれだけの人が集まるのは珍しい。この状況は魔物の大規模掃討が行われる時間までの時間つぶしの可能性が高い。そこまで理解したイサギは身震いした。冒険者達に集団依頼が出されるということは、セトロニカ王都周辺にそれだけの数の魔物が出現しているという事実があるのだ。戦闘力の高い種族であるヴァンパイアのイサギはまだ八歳だ。魔物との直接戦闘はセトロニカ王都に住んでいる限りまだ無い年齢。魔物の集団と知って恐怖を感じるのは致し方無いだろう。

「どけどけえぃ。今日は俺達が主役なんだから場所をよこせぇ!」

 修練場の中央付近から怒声が聞こえてくる。リクたちは視線をその方向へと向ける。そこには無骨な大剣を持った男と、今直ぐにでも折れそうな細剣を持った男、二人の獣人が居た。

「ここはみんなが共有して使うスペースだから、あんたらのためだけにみんなが動くわけにもいかないんだよ」

 男たちの側に居た一人の男が二人に注意する。しかし、男たちはそれで態度を改めることはなかった。

「あんだとぉ!? 俺たちをあのSランク冒険者様と知っての態度なんだろうなぁ? おおっ?」

「そうだぜ、ガキ。俺たちの名前はアリソンとワットだぜ。てめえの腐った耳でも名前くらい聞いたことあるだろう!?」

「……あの人達が、魔術研究開発機関を王様と創設したニスカルト出身のSランク冒険者」

 イサギは小さく驚きの声をあげる。しかし、その隣でリクはため息を付く。

「あんな脇役っぽい雑魚のおにいさんたちはアリソンさんとワットさんじゃないよ。その名を語るなんて、馬鹿にしてる」

「えっ? そうなのか?」

 リクにはそのアリソンとワットと名乗る男たちに見覚えがある。数週間前に大図書館からの帰り道の裏道で、迷子の女の子に絡んでいた犬の獣人三人組の内の男二人だったからだ。もちろん彼らはSランク冒険者ではない。ただの虎の威を借る狐だ。

 リクはやれやれと首を振りながら呟いたが、その呟きは獣人の驚異的な聴力によって拾われた。

「おい、そこのガキ。今なんて言った。俺達が脇役の雑魚だってだぁ?」

 獣人の男二人はリクたち二人に近づいてくる。どうやら男たちはリクのことを覚えていないようだ。

「言ったよ。本物のアリソンさんたちはそんな安っぽい武器なんか使ってないし、お兄さんたちみたいなひ弱そうな体つきじゃないもん」

「リクそれはまずい。本物だったらとんだ失礼になるぞ」

「大丈夫だよ。この人達は偽物だから」

「だとしても……」

「言ってくれるじゃねえかこのクソガキ!」

 男はリクに掴みかかろうとする。しかしリクはスッと横にずれることでその手を回避する。

「っとと」

 勢いに任せてリクを捕まえようとした男は体勢を崩す。そこに合わせるようにリクは脚を出す。

「ぶへっ!」

「ドメル! じゃなかったアリソン大丈夫か!」

 ドメルと呼ばれた男は顔を土で汚しながら立ち上がる。

「問題ねえよ、ガナー。……じゃなかった、ワット。にしても随分と恥をかかせてくれたじゃねえか。ええ、クソガキが」

「おうよ。よくも俺たちを虚仮(こけ)にしてくれたよな」

 男たちは指をバキバキ鳴らしながらリクに近づく。その時、不意に修練場の入口付近がざわめきだす。しかし、ドメルとガナーの二人はリクに集中していたため気付かなかった。

「ガキでも容赦はしねえぜ。食らいやがれ俺の必殺パンチを!」

「なら俺は必殺キックだ!」

 と叫びながら二人は魔力を腕と脚に強く循環させ、リクに迫る。しかしそれは直ぐに見えない壁によって(はば)まれた。

(いて)えっ!」

「ぐあっ!」

「は~いあんたらそこまでよ」

「そしてどっか行ってろ」

 ドメルとガナーは見えない壁に阻まれたと思ったら天井近くまで浮き上がり、修練場の一番奥の壁まで飛んでいった。

「……師匠、ありがとうございました」

「なんのなんの」

「リッくんに危害なんて私達が与えさせないんだからね」

 リクの目の前にやってきたのは二人の男女。リクの仮の師匠であるリチャードとミアだ。

「にしても俺たちの名を語るとは。小物臭が半端ねえな」

「そもそも奴らはこの依頼の受注資格があるのか?」

 その後ろから顔を出したのは本物のワットとアリソン。己の得物を身に付け堂々とした姿で現れた。

「アリソン師匠、ワット師匠。おはようございます」

「え? えっ?」

 イサギは目の前に居る信じがたい光景に驚きを隠せなかった。あの誰もが知る有名な冒険者が目の前に居る。しかも、弟みたいな存在であるリクと気軽に話をしているのだ。

「師匠たちはどうしてここへ?」

「今日はオーガの大討伐があってな。前情報はあるけどその確認のために、偵察隊として俺達が現場に向かうことになってるんだ」

「オーガ!?」

 リチャードの説明にイサギが声を上げる。

「オーガと言ったら、力が強く、人肉を好んで食べる凶悪な魔物ではないですか!」

「おお、よく勉強してるなボウズ」

 ワットが腕組をしながら感心したように頷く。

「ところでリッくん。この子、誰?」

「えっとイサギ兄ちゃんって言って、僕と同じようにニスカルト王立学園に入学しようとしてる三つ上の先輩です」

 ミアの質問にリクが答える。イサギは姿勢を正し自己紹介をする。

「イサギ・ヴァンピールです! リクには毎日勉強でお世話になってます!」

「ふぅ~ん」

 ミアはまるで興味がないようだ。その証拠にミアの視線はリクのサラサラの髪へと向き、手はその髪の感触を確かめるように優しく撫でていた。

「……な、なぁリク」

 イサギは小さな声でリクに訊く。

「なぁに?」

 ミアに髪を撫でられ気持ちよさそうにしているリクは可愛い声で聞き返す。

「リクはどうしてアリソンさんたちと知り合いで、しかも師弟関係なんだ?」

「王都に引っ越してくる前に住んでた村で助けてもらったから知り合いになった感じかな。師弟関係になった理由は僕もちょっと分からない」

「助けてもらったのはむしろ俺だけどな」

 リチャードはリクの肩に手を置きながら言う。イサギはリチャードの言っていることがよく分からず、はてなマークを頭上に浮かべていた。

 その時セトロニカ王都にそびえる時計台から鐘の音が王都中に響く。時計台は朝六時から夜六時まで三時間おきに鳴るようになっている。

「よし」

 鐘が鳴り止むと、ワットは小さく呟き大きく息を吸い込んだ。

「お前ら! 時間だ!」

 ワットは魔法を使うことなく、修練場一帯に声を届けた。すると、それまでざわついていた修練場は一瞬で静まり返り、ワットたちに視線が集中する。イサギはその静寂(せいじゃく)(ひる)み、アリソンたちから離れ壁の隅へと移動する。リクはミアに頭を撫でられたままだ。アリソンは一歩前に出ると修練場に集まる大勢の冒険者達に向かって語り始めた。

「昨日の今日で集まってくれてありがとう。これから行う依頼は、昨夜遅くにギルドが出したCランク依頼、オーガの討伐だ。どうやら数が非常に多いためにCランク設定されたそうだ」

 昨夜出された依頼に修練場を埋めるほどの冒険者が集まれたのにはもちろん理由がある。それは冒険者各々が持つギルドカードに秘密がある。

 ギルドカードとは冒険者登録をする際に支給される会員証のようなものだ。依頼をこなして得られるGP(ギルドポイント)を記録したり、今回のような緊急依頼で招集する際に、ギルド本部を通して対象ランク以上の冒険者のギルドカードに何番街ギルド何時集合といった通知が届くような仕組みとなっている――今回の場合ならC-10-9といった具合にギルドカードが光りながら表示される――。

「依頼はまず偵察を出す。偵察は俺とミアで行く。他のみんなはワットとリチャードと共に待機しつつ、連絡を受けたワットに従って各配置について依頼をこなしてほしい」

「ちょっといいか?」

「何だ」

 アリソンが説明していると一人の男が手を挙げる。

「お前さんが偵察に行くのは分かる。Sランク冒険者だからな。だが、そのミアって女は大丈夫なのか? Cランクなりたてとかじゃないだろうな。しかもまだまだガキじゃねえか」

「だってよ、ミア」

 男の心配とも挑発とも取れる発言にミアは魔力を解放する。

「あら、私を心配してくれるの? それは嬉しいわね」

 ミアはにこやかな表情で言う。

 ミアの魔力が修練場中に広がる。壁や天井を(きし)ませ、大気を震わせる。それは人間族が持つ平均的な魔力量をはるかに凌駕(りょうが)していた。

「…………」

 その迫力に男は、いや、修練場にいる多くの冒険者達が息を呑む。中にはもちろん何も感じていないような()ました顔をしている者もいる。

「おい、ミアその辺にしておけ。依頼前から(ひる)んじまっちゃ討伐に身が入らなくなるぞ。それにリクがいるだろう。気を失うぞ」

「あっ、リッくんごめん! 大丈夫だった?」

 ワットの言葉に気づき、周囲を威圧していたミアの魔力は嘘のようにフッと消えた。

「うん大丈夫だよ」

 リクのことを心配したミアだったが、リクはケロッとしていた。

「そ、そう。それなら良かった……」

 リクのその様子にミアは軽く驚いた。自分の前に立っていたリクには相当量の魔力が放たれていたはずだ。五歳という幼い子がミアの魔力の圧力になど普通は耐えられるはずもない。しかしリクは我慢している様子もなく、悪い影響は何もなかったようだ。

「……これで分かったろ? ミアはお前なんかよりよっぽど実力がある。問題は何もない」

「お、おう……」

 アリソンは男が納得したのを見て周囲を見る。ミアの魔力を感じ、多くの冒険者達が態度を改めていた。そしてこれから依頼に取り組むという真剣な表情へとなっていた。ミアの威圧もいい効果があったようだ。それを確認したアリソンは静かに拳を挙げる。

「数が多くとも恐れるな! 我らの力にかかればオーガなど恐れるに足らん! 名誉が欲しければ、目の前の敵を斬り伏せてみせろ」

 そしてアリソンは大きく息を吸い込み、

「戦え! 冒険者達よ! ニスカルトの平和は我等の手で!」

「オオオオォ――――ッ!!」

 冒険者達の叫び声が大気を震わす。

「行くぞ!」

「それじゃ行ってくるね、リッくん」

「無傷で帰ってきてやるぜ」

 アリソンたちは次々と修練場を後にする。そしてギルドの直ぐそばにある浮遊結界通路を利用して十番街の城門目指して飛んでいった。

 あとに残るのは数名の冒険者たちとリク、イサギのみ。

「……すげえ……かっこ良かったな」

「うん。師匠たちだもん」

「俺もいつかあんなふうになりたいな。皆に尊敬される存在に」

「イサギ兄ちゃんならなれるよ、きっと」

 リクは、おそらく自分は師匠たちのようにはなれないだろうと思っていた。なにせ魔力がなく、全く魔法が使えないのだ。魔法の使えるすべての人を羨ましく思った。自分もかっこよく魔法を使いたい。その思いがリクの中で膨れ上がっていった。

「…………」

 そんなリクの気持ちを察したのか、イサギはリクの頭に手を優しく乗せる。リクは悔しさで涙が(あふ)れそうになる。身体は震え、顔は(うつむ)いていく。握りこぶしは強く握られ、漏れ出る声を必死に抑えようとしていた。

「リク……」

 イサギにはそんなリクにかける言葉が見つからなかった。ただ静かに涙をこらえるリクを見守ることしか出来なかった。そして決意する。ニスカルト王立学園に絶対に入学して、学園では人の魔力について詳しく学ぼうと。そして、リクに魔力が無い理由を見つけて解決してやろうと。

「リク」

「…………」

「魔法の勉強どうする? 無理なら家まで送るぞ」

 イサギの問いにリクは首を横に振る。

「ここまで来たんだから見たい」

「……よしっ! やるか!」

「うん!」



 ◇◇◇



 イサギによる魔法の実演は、太陽が天高く昇るお昼まで続いた。

「ひぇ~、もう駄目だ~……」

「かっこいいところを見せてくれるのはいいけど、張り切りすぎだよ、イサギ兄ちゃんは」

 もう動けないとばかりに仰向けに倒れこむイサギを見てリクは苦笑する。

 イサギは自身が扱える魔法のほとんどをリクに見せてあげた。八歳にして火、風、氷、闇の四種類の魔法属性を扱え、何十という魔法を放てるイサギは、魔人という種族であったとしても天才とも言える部類に入るだろう。

これだけの逸材をニスカルト王立学園が放っておく訳がない。特待生としての入学は間違いないだろう。リクはそう確信していた。

「あ……」

「……ふふっ」

 不意に鳴るお腹の音。その音にリクは笑みをこぼし、イサギはお腹を抑えながら笑う。

「ご飯にするか」

「食べよう食べよう!」

 イサギの提案にリクは諸手(もろて)を挙げて賛成する。イサギは身軽に起き上がり、服の汚れを(はた)く。

「っと、その前にお母さんを紹介していいか? 多分受付で働いてると思うから」

「分かった」

 二人は修練場からギルド内へと戻る。そしてイサギは冒険者と以来のやりとりをする受付の内の一つに向かって歩いて行く。十二時を過ぎたこの時間帯は冒険者の数も少なく、依頼を受けにくる人もいなかった。そのため、イサギはすんなりと一人の受付嬢の元へと辿り着く。

「お母さん」

「どうしたの、イサギ」

 書類整理をしていた女性――イサギの母は顔を上げる。イサギの母は黒い長髪を後ろに流し、きれいな顔立ちをした優しそうで、時に厳しそうな女性だった。そういった印象を受けたリクはイサギの後にトコトコと付いていく。

「こいつが勉強でお世話になってるリク」

「あ、リク・ユード、五歳です」

 いきなりのイサギからの紹介にもリクは素早く対応する。

「イサギの母です。あなたが噂のリッくんね。いつも息子がお世話になってます」

 魅惑(みわく)に取り()かれそうなほどきれいな瞳で見つめられるリクは、珍しくもどう対応していいか戸惑う。そしてイサギも母のその行動に疑問を抱いていた。

「お母さん?」

「リッくん。魔力がないって本当?」

「は、はい。魔力視認(オバート)で見ても魔力の放出が見られないって聞いてますし、僕自身魔法を使える気がしないので……」

「そ、そう……」

 イサギの母は喉を鳴らす。まるで何かを欲しているかのようで、それを必死に我慢しているようにも見える。

「お、お母さん?」

「リッくん。今の状態を気にすることはないわ。あなたには無限の可能性が秘められているの。だからきっと魔法を使えるようになる時が来るわ。心配しないで」

「まさかお母さん――」

「しーっ」

 リクは二人の会話の内容を理解できないでいた。そのため、頭の中ではお昼何にしようかと別のことを考えていた。ヴァンピール親子はリク自身のことについて話しているというのに、非常に呑気なものだった。

「そうだわ。リッくん冒険者登録をしてみる気はない?」

「え? でも僕魔法使えないし。それに年会費も払えないし……」

「大丈夫よ。GランクとFランクの人は年会費発生しないから。それに魔法を使わなくても大丈夫な依頼もいっぱいあるのよ」

「お母さん俺は?」

「イサギは学園に入学してからって言ってるでしょ」

「なんでだよ~……」

 冒険者になれる。憧れの師匠たちと同じ職に就ける。それだけでリクは気分が高揚してきた。

「冒険者、なりたいです!」

「いいお返事ね。特別に登録料はおばさんがサービスしてあげるわ。イサギのお小遣いからね」

「ええ!? なんで!?」

「それくらい我慢なさいよ。お兄ちゃんでしょ」

「そんなぁ~」

 そんなやりとりに口を出せるわけもなく、リクは申し訳ない気持ちでイサギの母が取り出した契約書にサインを書いていた。

「書けました」

「ありがとね。ほんとなら今から渡すこのギルドカードに魔力を登録してもらうんだけど、リッくんは魔力が出せないから持ってるだけでいいわよ。依頼をこなしたらギルドポイントを貯めたり、お金をおろしたり預けたりは出来るからね。残念だけど他の機能は使えないけどね」

「他の機能ってどんなのがあるんですか?」

「そうね。例えば、ギルドに預けたお金をカードでお買い物に使えたり、あとは集合を呼びかける際の合図なんかも送られてきたりするわね」

「いいなぁ、リク」

 リクは自分だけのギルドカードを大事に懐へとしまった。そして嬉しそうに眩しい笑顔をこぼす。リクのその一つ一つの動作に受付係たちの視線が集中する。一部の女性陣は逆に顔を向けることが出来ずにカウンターへと顔を突っ伏していた。

「これはファン増えるわね……」

「……?」

 イサギの母の小さな独り言にリクは首を傾げる。その動きに受付嬢たちはリクを直視できないでいた。仕事などまともに進むわけがなかった。

「さっ、二人共ご飯食べてきなさい」

 イサギの母は周囲の人たちの動きが(にぶ)くなっているのを感じ取り、二人にこの場を早く去るよう(うなが)す。二人はそれに(あらが)わず、素直にその場を後にする。そして二階へと(おもむ)き、昼食を取るのだった。



 ◇◇◇



「ただいま~」

 昼食を冒険者ギルドで食べたリクとイサギは軽く雑談をして解散した。その後リクは寄り道することなく、魔導車を利用して数時間かけてレギュム店へと帰ってきた。

「お帰り……」

 何やら苦しそうな表情をしたメリーのお迎えを受けるリク。

「気をつけてね、リク……」

 そう言ってメリーはお腹を抑えながら二階の自室へと帰っていった。

「な、何があったんだろう?」

 リクは疑問を感じていたが、それは直ぐに解決する。

「あ、リッくんお帰りなさい! 精霊祭に出す料理の試作ができたから食べて食べて!」

 そう言ってシェリーが出してきたのは山ほどの料理の品の数々。どうやらメリーは小さな胃袋にたくさんの料理をつめ込まされたために、苦しそうな表情をしていたらしい。

「ぼ、僕お昼食べて――」

「こっちはヘルシーポテト。こっちはお肉を使ってないハンバーグもどき。こっちは――」

 リクの苦行は始まったばかり。この後リクは小さなお腹にはちきれるほどのご飯を溜めこむこととなった。



 ◇◇◇



 その日の夜。

「はぁっはぁっはぁっ……」

「何なんだ、あの強さは」

「化けもんか……。いや、化け物、魔物なんだけどさ」

「一人ツッコミしてんじゃねえよ」

「あ~んもう血だらけ~」

「くそっ。傷を負っちまったか」

 オーガの討伐依頼を任され、十番街冒険者ギルド支部を出発した冒険者達がギルドに戻ってきた。だが、行く前と帰ってきた後では明らかに冒険者達の数が違う。

 帰ってきた冒険者の多くが負傷していて、数少ない夜勤のギルド職員は医務室と待合室を行ったり来たりで大忙し。

「今回のオーガ討伐依頼は予想外続きだったな」

 ワットがアリソンに話しかける。

「あぁ。事前に受けていた情報以上の数、一体一体の強さ、どれも尋常じゃない強さだった。オーガの上位種と言ってもいい」

「Cランクで収まる依頼ではありませんでしたね。それにしてもミア、お前臭すぎ」

「う~、リチャードそれ言わないで~。早くお風呂入りた~い~」

 今の彼らに依頼前の余裕は少しもない。

「ワット。俺は王宮へ行ってくる。後処理は頼んだ。悪い予感は早いうちにだ」

「ああ、行って来い。こっちは任せとけ」

 アリソンはギルドを飛び出し、浮遊結界通路を通って貴族街、王宮へと急ぐのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ