5話:王都での生活
短めです。しかも内容が殆どありません……。一話を大体五千文字前後で終わらせたいので、こんな感じになってしまいました。
太陽が地平線から顔を出す頃、ニスカルト国の中心都市――セトロニカ王都は賑わいを見せ始める。それが顕著に現れるのは平民街の、五、七、九、十一番街を真っ直ぐに突っ切る大商店街通りだ。
大商店街通りには料理店を始め、武具屋、酒場、旅館から、服屋、玩具店、各食材店などなど、ありとあらゆる分野の店が存在する。そして大商店街通りに面する土地に店を構えるということは、国のお墨付きという箔が付いているということだ。料理店や酒場なら安心して美味しいものが食べられる店であるということ。武具屋なら強大な魔物と戦っても十分に戦えるだけの装備が揃えられ、悪質なサービスをすることのない店であるということ。旅館であるなら平民街に構えている店であっても、貴族が利用しても十分に満足できる施設とサービスであることが証明されているのだ。
勿論、大商店街通り以外にもあらゆる店は存在する。路地裏に面する隠れた名店というのも存在するだろう。しかし、悪質なサービス、取引をする店も存在したりする。
セトロニカ王都は巨大な王宮を中心に、王宮を囲った城壁を挟んで周囲に北側から右回りに一から四番街の貴族街と、更に貴族街を囲った城壁を挟んで周囲に北側から右回りに五から十二番街までの平民街が存在する。貴族街だけに存在する施設、平民街だけに存在する施設があるため、平民と貴族の平民街貴族街の行き来は城壁を通るが基本自由である。
ニスカルト国では人種による公の差別が無く、セトロニカ王都はあらゆる人種にとって住みやすい都市となっている。
人間族、獣人族、翼人族、エルフ族、ドワーフ族。妖精族に竜人族や魔人族までもがセトロニカ王都に住んでいる。エデネアの世界には人魚族も存在するが、海と繋がっていない王都に居るわけもない。しかし、ニスカルト国の南に位置して海に面する都市は、海と繋がっているため人魚族との交流も盛んだという。
多くの人が住み賑わいを見せる王都に、リク・ユードは二週間前から住んでいる。その場所は、五番街の大商店街通りから外れた通りの、ある一角に存在する料理店――レギュム店。ここはヘルシーな食事を提供する料理店だ。
「ぷはぁ」
リクは、レギュム店を経営するレグム家でお世話になっている。そんなリクは毎朝恒例の、井戸の水で顔を洗っている最中。季節は春に移り変わったとはいえ、地下を流れる魔法水はまだまだ肌にしみる冷たさだ。
「ひゃぁ~、冷たい~」
五歳の肌は敏感に冷たさを感じ、リクを震え上がらせる。
リクはこのあと店の開店準備を手伝い、午前中いっぱいはウェイターとして店の手伝いをするのが日課となっている。そして午後には、王都に来た目的の内の一つであるニスカルト王立学園へ入学するための勉強を、王立大図書館でするのがリクの日々の生活だ。
ニスカルト王立学園は主に九歳になる貴族の子供が入学する学園だ。高い入学費を支払う必要があるため、普通の平民にはとてもではないが入学できない。少額の入学費を払えば誰でも入れるニスカルト平民学校もあるが、リクは高い教養を受けられる王立学園に入学しようとしている。高額な入学金を支払う方法以外の入学方法、特待生での入学でだ。
ニスカルト王立学園に入学する際に、学力や魔術での成績でクラス分けを行う。そのため、入学希望者全員が入学二ヶ月前に試験を受けるのだが、その結果で優秀な成績を収めた生徒は入学費と授業料が免除されるのだ。それは平民にとっての一世一代のチャンスとも言える。王立学園に入学して卒業したら、平民にして国の機関に所属することが出来るかもしれないからだ。この特待生制度は国が優秀な平民を見つけるための措置でもあるということだ。
リクは自身にとって唯一の入学方法である特待生を狙って日々勉強しているのだ。魔法の使えないリクだが、特待生は学力と魔術別々で取られるため問題はない。
「よ~し。今日一日も頑張るぞ!」
自身に気合を入れ、リクの一日が今日も始まる。
◇◇◇
「ありがとうございました! またお越しください!」
「は~い。リッくん色々とごちそうさまでした~」
常連となっている三人組の女性客たちがレギュム店を後にする。リクはレギュム店のマスコット的存在となっていた。ヘルシーな料理を出す店に、可愛らしさ溢れる美形の幼い男の子が居るとなれば女性たちが見逃すはずもなく、リクがレギュム店に来てからというもの、店は人気を伸ばし始めていた。
「遅くなったがリク。昼も過ぎたし、客足も薄れてきたから今日はもう上がっていいぞ」
「は~い」
厨房から男性の声が聞こえる。声の主の名はルシオ・レグム、三十二歳。人間族のレグム家、レギュム店の主人だ。
「リクは毎日いいよねぇ。お昼までで仕事が終わりなんて」
「こら、メリー。リッくんはこれからお勉強をしてくるのよ。文句言うならあんたも勉強してきたら?」
「いやよ、勉強なんて」
文句をいう少女の名はメリー。レグム家の次女、六歳。そしてカウンターを拭きながらメリーを注意する少女の名はシェリー。レグム家の長女、十三歳だ。彼女らは平民学校に通うことなく、毎日店の手伝いをして過ごしている。メリーは注文を聞いたり、料理を届けたりするだけの仕事だが、シェリーは父と一緒に客に出す料理を作っている。
シェリーは将来この店を継ぐんだと夢見て、早い内から父に教えを請いてきた。ルシオは勿論断ることなく、嬉々としてシェリーに料理を教えた。シェリーの料理の腕前はあっという間に上達し、今では客に出す品を任せても大丈夫なほどだ。そのため、ルシオは王都で毎月一日から三日までに開催される精霊祭で出す料理をシェリーに任せることもしばしある。
精霊祭とはその名の通り、精霊を祀る祭りだ。祀るといっても今の時代、殆どの人が精霊の存在を信じていないため、単なる祭りとなってもいるのだが。
そんな精霊祭だが、商売を行っている者にとっては大商店街通り進出のチャンスでもある。祭りの最中は大商店街通りを走る魔導車――魔力の塊である魔石から得られる魔力をエネルギーとして低速で走る車――を止め、道いっぱいを使って各商店が露店を開く。そこに国の審査機関の人が訪れ、様々な分野を審査して周るのだ。その厳選な審査を通過した店だけが大商店街通りへと進出するのだ。
ルシオも勿論大商店街通り進出を目指している。だがヘルシーさが売りの料理だけでは客層が固定されがちで、審査基準を突破出来ないでいた。それなのに料理をシェリーに任せるというのは、ルシオ自身には思いつかない新作料理を作ってくれるかもしれないという可能性を考えていたからだ。
ちなみに今は光明の月、水の日の二十一日。リクが王都に来てからちょうど二週間が経っている。
約四週間後にはまた精霊祭が開催される。シェリーはその時のために、いまから着々と準備を始めていた。そのため、毎日がとても忙しかった。しかしシェリーはそれにやりがいを感じていたため、苦に思うことはない。
「シェリーは料理もいいけど、早く彼氏でも連れてきてほしいわぁ」
ため息とともに漏らした愚痴はシェリーをこけさせた。愚痴を呟いた女性の名はヘレン、三十二歳。ルシオには勿体無い良き妻だ。
「お母さんそれ耳タコだよぉ」
シェリーはヘレンの愚痴に苦笑する。
「それに私は男の子なんかより、料理を作ってそれを食べて笑顔を見せてくれるお客さんの方が大好きだもの」
男なら誰もが見惚れるような笑顔を見せるシェリー。もし男性と出会う機会でもあるならば、シェリーは間違いなくモテることだろう。だがシェリーは色恋沙汰そっちのけで料理に取り組んでいた。そのため、成人を二年後に控える今になっても、男との何かしらの話は全くなかった。
「それでは行ってきます」
女性たちが賑わいを見せている間にも、リクは二階の自室でさっさと準備を済ませていた。
「毎日よくやるよね。いってらっしゃい」
勉強嫌いなメリーの見送りを受け、リクはレギュム店を後にした。
「来た来た」
リクが待つ場所にゆっくりと近づくのは公共用魔導車。王都には各大通りに設置されている停留所と呼ばれる場所がある。そこにはある一定の時間間隔で魔導車が停車する。リクはそれに乗ることで勉強場所である王立大図書館に向かおうとしているのだ。
リクがいる場所は北大商店街通りにある一つの停留所だ。大商店街通りは既に昼過ぎとはいえ人で賑わっていた。
大商店街通りや他の大通りの作りは、店(住宅)、歩道、車道、車道、歩道、店(住宅)となっている。魔導車が通らない時は車道も歩道と同じようになっているが。
車道を通ってリクに近付いて来た魔導車が停車する。
リクは乗車賃金を車掌に支払い、空いている席へと腰を下ろす。
魔導車には大小様々な座席があり、様々な種族が利用できるよう色々と配慮もしているのだ。
リクは障壁の張られた窓ごしに外を見る。
「いいなぁ」
窓の外に広がる光景を、リクは複雑な思いで見ていた。
リクが見ていたものとは、セトロニカ王都名物の、魔術行使可能な大型チューブ状の結界――浮遊結界通路だ。
浮遊結界通路とは王都に立ち並ぶ住宅の上空を走る、さながら空中回廊だ。それは魔法を行使して移動するための通路となっている。通路は数多く存在し、通路ごとに使える魔法属性が決まっている。そして各通路一方通行ともなっている。
魔法の使用例としては、氷魔法でスケートみたいに滑ったり、身体強化でスピードを上げて駆けたり、風魔法の勢いを利用して走ったり飛んだり。
王都内では生活行動目的以外での魔法の使用を原則禁止としている。それは人をも殺せる包丁を料理作りでは使用するが、街中では意味もなく使えないのと同じ理由だ。
そのため街中では魔法を使用できないのだが、本来なら移動にも便利な魔法を使えないのはどういうことだと、昔から国民たちから文句があったのだ。そこで五年前に結成されたニスカルト魔術研究開発機関と、道路の整備など交通関連を担うニスカルト交通ギルドの共同で作られたのが、この浮遊結界通路ということだ。
通路を使用するには資格である、使用する属性ごとのライセンスが必要となっている。誰でも浮遊結界通路を使用できるわけではない。
ライセンスを得るには国主導の国家試験を受けて合格する必要がある。その試験は属性ごとに魔術のコントロール力を見る試験で、合格基準は高く設定されている。そのため試験に合格するのはなかなかに難しいのだ。
希望すればたとえ平民であっても通路を利用する権利はある。そのため、毎月十日に行われているライセンス試験には、大勢の国民が試験会場である一番街の冒険者ギルド本部に集まるのだ。また、その練習のためにも各番街に建つ冒険者ギルド支部の修練場は連日人で賑わっている。
「はぁ、魔法は使えないし、ライセンス料を支払うお金もないし、僕には一生縁がない施設だよねぇ」
リクのため息は魔導車のドアの開閉音にかき消される。どこかの停留所に停車していたようだ。
リクの呟きのように、ライセンスを取得したら毎年ライセンス料という税金をニスカルト交通ギルドに納めなければいけない。決して高いわけではないが、レグム家にお世話になっているリクにはそんな余裕のあるお金などありはしないのだ。
「次は一番街出入口前でございます。お降りのお客様はお荷物などお忘れのないようにご注意下さい」
王立大図書館は貴族街の一番街に建っている。平民街と貴族街の間には城壁があるため、リクは一旦ここで降りなければいけない。その後、王都住人の証明書を門番である衛兵に見せて城壁をくぐる。貴族街内にも魔導車は走っているが、歩いてもいけなくはない距離に大図書館はあるため、リクはお金の節約のため歩いて行くのだ。
貴族街にも浮遊結界通路は存在する。平民街と貴族街の浮遊結界通路は繋がっていないため、ここの通路の利用者はもっぱら貴族か王宮関係者ばかりだ。利用している人数も平民街と比べてかなり多い。
「いつ見ても貴族様が住んでいる家は豪華だなぁ」
貴族街に連なる家々は広い土地を使ったり、高く作られていたりしている。見ただけで一生手が出ないことが分かる外装となっている。内装を想像するだけであまりの高級さに身震いを起こしてしまいそうだ。
歩くこと三十分。ようやく大図書館の姿が見える。
「今日は魔法の勉強でもしよっかなぁ」
リクは見慣れた大図書館の出入口を押し開け、中へと入っていった。