4話:リク、王都へ
ガラゴロとおもちゃの音がする。人の声もする。
リクは夢を見ていた。
横たわるリクを二人の人が見下ろしている。
二人は幸せそうな笑顔をリクに向けている。
突然、二人の内の一人が叫んだと思ったら地に崩れ落ちた。
もう一人は壁を破壊しながら吹き飛んでいく。
全身黒ずくめの人がキラリと光る刃物をリクに向けている。
その黒ずくめはリクに向かって手に持つ刃物を振り下ろした。
それは幾度となく繰り返し見た幸せと絶望の夢。
覚醒の時は近い。
だがその直前、繰り返し見た夢と違う夢をリクは見る。
リクの目の前には光り輝く女性の姿。リクは眩しさに女性を直視できないでいた。その女性から声がかけられる。
『セトロニカ王都へ行きなさい。そして己を磨き、世界を知るのです。――セドリック・アルサウス』
輝きが増し、光が溢れる――
リクは目を覚ました。身体に気だるさを覚えながら、上体をゆっくりと起こす。暗い部屋の中、リクはベッドで寝ていた。その事を理解すると、隣から聞こえる寝息に視線を動かす。寝ていたベッドのリクの隣にはリンが寝ていた。そこでリクはここが自分の部屋――正確にはリクとリンの部屋――であることに気付く。
――助かったんだ……。
リクは一先ずそのことに安堵した。
しかし、脳裏に蘇るのは最悪の記憶。魔物がいないとされていた森に、突如として現れた大きな魔物。その魔物は幼い命を食いつぶし、リクとリンの命も奪おうとしていた。
「くぅっ…………」
リクは苦悶の声を漏らす。ジョアンの頭部を目の当たりにしたことを思い出したからだ。隣にはリンが寝ている。リクは必死に声を抑えた。自身の口を塞ぎ、脳裏に蘇る残酷な光景を消そうと必死になる。だがその記憶は消えることがなかった。
額に汗を流しながら、リクは静かにベッドから降りる。窓の外には夜空が広がっている。リクの部屋には時計が無いため、現在の時刻を把握することは出来ない。リクは自分の部屋を出て階下へと降りていく。こんな遅くに一階のリビングへと降りていくのは初めてだが、どうにも寝付けない。水を一杯だけでも飲もうと、リクは階段を一歩一歩降りていく。
「リクっ!」
一階に降り立つと同時に、母――ベル・ユードの強い抱擁をリクは受けた。ベルは涙しながらリクを抱き続ける。
「リク……。大丈夫……か……?」
続いて、父――ボル・ユードも駆け寄ってくる。ボルはリクの体調を心配し声をかけた。
「お母さん……お父さん……」
リクは自身の瞳に涙が溢れそうになるのを感じた。だがリクはそれに負けじと抵抗する。
「うん。もう大丈夫。いっぱい寝たから疲れは吹き飛んだよ」
誰から見てもリクはやせ我慢をしているのがよく分かる。それは両親であるボルとベルを心配させまいという思いからだ。
ボルたちはリクのやせ我慢を心配したが、それを口にすることはなかった。今のリクの心情は不安定だ。少しでも刺激すると精神崩壊を起こしてしまうかもしれない。本人が助けを求めないのなら、そっとしておいてあげるのも良いだろう。とても五歳に対する行動には見えないが、リクは昔から幼いながらも他人を気遣うところがあった。他人に迷惑をかけまいと一歩引いていたと見ているボルたちは、リクがもう少し自己主張をしてもいいと考えていた。そんな子であったため、ボルたちはリクに余計な言葉はかけなかったのだ。
一階のリビングにはボル、ベルの他にアリソン、ワット、ミアも居た。アリソンたちは四角いテーブルを囲む椅子に腰掛け、飲み物を飲んでいた。アリソンとワットは、リクが外見上は元気そうに降りてきたため、それに安堵した。勿論、ミアもリクの元気さに安心した。しかし、ミアは暗く重い雰囲気を纏っていた。
ミアの暗い雰囲気の理由を知らないリクは母の抱擁から抜け出し、アリソンたちに礼を言うため三人が座るテーブルへと近づいた。
「あの時は助けてくれてありがとうございました! 僕とリンお姉ちゃんが生きていられるのも、おじさんたちのお陰です!」
リクはジョアンの死には触れなかった。思い出すだけで胸が苦しくなるのもそうだが、リクたちを森から救出しようと動いてくれていたアリソンたちが、子供を救えなかったことに再び悔やむ可能性があったからだ。どこまでも人を気遣うリクであった。
リクの礼を受け取ったアリソンたちだったが、心の中ではリクを心配していた。五歳の子が無理をする必要がない、と。
「あともう一人お兄さんがいたと思うんですけどどこにいますか? 助けてもらったお礼をちゃんと言いたいのですが……」
それを聞いたミアがビクリと身体を震わす。そして上体をテーブルに突っ伏し、声を上げて泣き始めた。
「え、えっと……」
「ボウズ、ちょっと付いて来い」
急に泣き始めたミアにリクが困惑していると、ワットが立ち上がりリクを呼ぶ。
「おいワット。五歳の子だぞ?」
「こいつは五歳にしては肝が座ってるし度胸がある。ご両親、構いませんよね」
ボルとベルは頷く。ワットはアリソンの静止を聞かずにリクをある部屋へ連れて行こうとしているのだ。リチャードのいる部屋へと。
「そんな……」
【光球】を用いた魔道具で照らされた一室のベッドに横たわるのは、全身を包帯で巻かれたリチャードだった。リクはベッドの側からリチャードを見ている。
「リチャードだ。お前たちを襲った魔物を倒した後にやってきた悪魔にやられた」
正確に言うと魔物は討伐していないが、リクに説明する上では些細なこと。ワットはしゃがみながらリクの両肩に両手を置き説明する。
事の顛末を知ったリクは責任を感じた。
あの時、かくれんぼを始めなければ。
あの時、リンが森に入ったことを大人に伝えていれば。
そして、自分に魔法が使えていれば――
「ごめん……なさい……」
リクは悔やんだ。五歳の子が責任を感じる必要も、負う必要もないことだが、リクは自分の力の無さを悔やんだ。魔法だけの話ではなく、行動力そのものも。
「リチャードはもう保たない。明日の朝日すら拝めないだろう……」
ナトフォルト村にも医者はいた。しかし、その医者は光属性魔法が使えず、薬を使って病気や怪我を治したりする普通の医者だったのだ。誰もその医者を責めることは出来ない。光属性の適性者は希少なのだから。リチャードを救えないことを理解した時、ワットは感情を爆発させ吠えた。アリソンも無言ではあったが、握りしめた拳からは血が流れていた。ワットたちもまた、自身の力の無さを悔やんでいた。怒りを覚えていたのだ。
リクはベッドの脇にしゃがみ込み、光精霊ベルダーチェに祈った。この地を治めているとされるベルダーチェに。
「ベルダーチェ様。どうか、どうかリチャードさんを助けて下さい」
ワットはリクの健気な行動に心打たれた。だが同時に、リクが必死になる様は可哀想にも見えた。ただの人間に精霊が動いてくれるなどあり得ないことだからだ。精霊は各地を治めていると考えられているが、実際には何もしていない。そもそも精霊などという存在がいるのかも怪しいのだ。
だがワットはリクの祈りに感謝する。
「ありがとな、ボウズ。リチャードもきっと救われるさ。さぁ、リビングに戻ろう」
「嫌だ! それだけじゃダメなんだ! これ以上、誰かが亡くなるのなんて見たくない!」
リクは命の恩人を救おうと必死になった。何も出来なかった自分のせいでリチャードが死の境界線を跨ごうとしている。リクはリチャードの手を取りベルダーチェへと祈りを捧げ続けた。
「ボウズ……」
ワットはいたたまれない気持ちになった。長く一緒に過ごしてきた自身の弟子のことであるのに、ワットはリチャードの命を諦めていた。恩人とはいえ赤の他人のことであるリクよりも早く。
「情けねぇ……。ほんと、情けねぇ……」
ワットはリチャードから身体をそむける。
「すまねぇ、リチャード……」
そして懺悔の気持ちを口にした。柄にもなく身体は震え、涙が零れ落ちそうになる。その間もリクは祈り続けていた。すると――
「……なんだ……?」
ワットは部屋の異変に気づいた。空気中に溢れる魔力密度が薄くなってきていることに。いや、部屋どころではなかった。アリソンもリビングにいながらその異変に気づいていた。ユード家を中心とした空間一帯の魔力密度が薄くなっているのだ。
「これは……。――っ!? な、なんだ!?」
突如、リチャードの身体が光り輝き始める。その眩しさは光球を超え、部屋を白く染め上げる。
「ぐあぁ!」
ワットは眩しさに目が眩む。加速して減少する空気中の魔力。いや、リチャードの近くにいたワット自身からさえも魔力が吸い取られていく。おそらくはリビングに居るアリソンたちからも魔力が吸い取られていることだろう。
リチャードを中心に発する光が最高潮に達した時、部屋の明るさは光球だけの明るさに一瞬で戻り、魔力の減少と吸収は収まった。何事もなかったかのように部屋は静かなままだった。
「な、何だったんだ……?」
ワットは部屋の明るさに慣れず膝をついた。
「ワット! 何があった!」
大きな音を立てながらドアを開けてアリソンが部屋に入ってきた。続いてミア、ボル、ベルが入ってくる。
「よ、よく分からん。ボウズがベルダーチェにリチャードの怪我が治るように祈って――そうだ! ボウズはっ!?」
ワットはベッドへと視線を向ける。明るさに慣れてきた視覚はリクの姿を捉える。ベッドに突っ伏した形のリクを。
「おい、ボウズ! 大丈夫か!」
リクの呼吸を確認するワット。先程の謎の現象の中心にいたリクが心配になるのは当然だ。リクの口元に手を添えると、手にかかる微かな息。そして聞こえるのはリクの小さな寝息。
「生きてたか。良かった」
ワットはホッと息をつき、ドサリと腰を落とした。それと同時にベッドの上で何かが動く気配を視界の端に捉える。
「ワ、ワット……」
アリソンが震える声を上げる。ワットは入口に立つアリソンの視線の先、ベッドの上を見る。そこにいたのはリチャード。しかし、大怪我をして横たわっていたリチャードではなく、上体を起こしているリチャードだった。
「リ、リチャード……?」
ミアが弱々しい声で問いかける。すると、リチャードは全身に巻き付く包帯を乱暴にむしり始めた。みんなの視線が注目する中、徐々に露わになるリチャードの素顔、そして全身。
「ば、馬鹿な……」
「そんな……」
「リチャード!」
包帯の下にあったはずの酷い火傷の痕は一切見当たらず、右肺を突き抜けた穴は塞がっていた。
「こ、これは一体……」
リチャードが言葉を口にする。それは戸惑いの声。微かにあった意識の中、リチャードは命の終わりを覚悟していた。そのため、本人もこの奇跡に驚きを隠せなかったのだ。
「リチャードォ――――ッ!」
ミアは巨体のワットを吹き飛ばしてリチャードに抱きつく。
「バカバカバカァ――ッ! どうしてあんなことしたのよぉ! 私に謝りなさいよぉっ!」
支離滅裂なことを叫ぶミアに困惑しながら、リチャードは答える。
「い、いやだってほら。ミアが危なかったから身体が勝手に動いたっていうかその……」
ミアが自身に抱きつくという初めてのことに戸惑うリチャード。そんなリチャードの言い訳を、ミアは潤んだ瞳でリチャードの瞳を真っ直ぐ見つめる。そして小さく呟く。
「……ばか……」
ミアはリチャードの胸にポスンと頭をあずけ、身体に強く抱きついた。もう離さない、どこへも行かせないとでも言うかのように。リチャードはミアの行動に顔を赤くするも、ミアのすすり泣く声を聞いて冷静になる。そして、そっとミアの背に自身の手を回して優しく抱き返すのだった。
◇◇◇
四週間後。
「わぁ~、ここがセトロニカ王都!」
「あぁそうだ。世界で一番発展している都市だぞ」
リクの感激の言葉にアリソンが答える。
リクはナトフォルト村から馬車で二週間ほどの場所にある、世界最大都市――セトロニカ王都へ馬車で来ていた。敵国や魔物の万が一の襲撃に備えるため、都市を囲う城壁が高く築かれている。そして城壁の向こう側――王都内にチラリと見える、城壁を超えるほどの高さで設置されている大きなチューブ状の物が確認できる。リクは城壁の外で王都に入るための列に並んでいるため、その存在が何であるかを把握出来なかった。
「どうだ、リク。これからリクが暮らしていくことになる街だぞ」
御者台から幌馬車の中にいるリクたちに声をかけるのは、ナトフォルト村で育てた農産物を王都の小さな料理店と取引しているタブルだ。タブルは独身で、結婚相手の女性探しはもう諦めているとか。
「何かあったら私達にも頼りなさいよ。冒険者ギルドにメッセージでも残してくれたら、速攻でリクのところに飛んでいってあげるからね」
リチャードの隣に腰掛けているミアは、正面に座るリクに声をかける。
「うん、ありがとう!」
「俺達はリクに返しても返しきれない恩があるからな。なんでも言えよ」
ワットも念を押す。
リクは首にかけられたネックレスに触れながら、四週間前のことを思い出していた。
◇◇◇
リチャードの怪我が治った一件から一夜明けた次の日の夜。
「リン、もう寝なさい」
「うん、おやすみなさい。……ふわぁ~~、んみゅ。リク~、寝よ~」
「うん。お母さんおやすみなさい」
リンは何の後遺症もなく、この日の朝に目覚めた。多少精神が安定しないが、それもやむを得ないだろう。五歳の子に死体は過激すぎた。外に出たがることはなく、一日家の中で過ごしていた。
また、ミーシャとイルマの行方だが、この日アリソン達による懸命の捜索が行われていた。しかし森からはミーシャたちの魔力反応が一切なかった。そのため、リクの証言にあったジョアンの頭部から予想し、ミーシャたちも魔物に命を奪われたと結論づけられ、村中は悲しみに包まれた。
「リクはお話があるからもう少し待ってね」
「僕に? は~い」
リクはベルの言葉に素直に従い、リビングのソファに腰を下ろす。
「あたしは~?」
リクに話があるなら自分にもあるのでは、とリンは顔を傾けながらベルに訊く。
「リンは大丈夫よ、おやすみ」
それを聞いたリンは眠気に抗わず、さっさと二階の部屋へと行ってしまう。リビングにはリンを除いたリク、ボル、ベルがいる。ボルとベルは真剣な表情でリクを見つめていた。
「ど、どうしたの?」
その表情に思わずどもるリク。ボルとベルはある提案をアリソン達から受けていた。もしその案を実行するとなると、リクに伝えなければいけないことがある。それは――
「リク……。これからお父さんたちは大事な話をする。心して聞くんだ」
「う、うん……」
リクは父の言葉にごくりと喉を鳴らす。未だかつて見たことのない父の表情にリクは緊張していた。これからの人生を左右する大きな分岐点に来ていることを、リクは幼いながらもなんとなく感じていた。
「リク……お前は勉強熱心だったな。この村の子の誰よりも聡明で、豊富な知識を持っている。そこで一つ提案がある。セトロニカ王都に貴族も通うような大きな学園があるんだ。そこに通える可能性があるとしたら……リク……行きたいか?」
「行きたい!」
リクの答えは即答だった。リクは昨夜の夢を思い出した。不思議な女性にかけられた言葉。王都へ行けという言葉。そもそもリクは以前から王都に興味があった。そしてそこで様々な学について学べる学園にも。夢のことがなくても行けるチャンスがあるなら行きたいと思っていたのだ。
「……そうか……」
そう言うと、ボルはベルに頷く。ベルは少し悲しい顔をして自分の部屋へと向かう。
「実はな、リク。このことはアリソンさんたちに提案されたことなんだ。リクのことがどうしても気になると言ってな。手の届くところに置きたいんだと」
リクはそのことに驚いた。世界有数のSランク冒険者に興味を持たれるなんて信じ難かった。魔力の無いリクに何を感じたのか、リクはアリソンたちに付いて行きたくなる思いも膨らんでいった。
そうこうしている内にベルが何やら真っ白い綺麗な布とネックレスを持ってきた。ベルはそれを持ったままボルの隣に腰を下ろす。
「リク。ここからが本題だ。学園に行くことはお父さんたちも許そう。村で取引している料亭の主人に頼めば、王都で暮らすぶんには大丈夫だろう。あそこの主人はいい人みたいだからな」
リクの知らない人の話が出てくるが、村で唯一王都に出かけるタブルおじさんの取引相手のことを言っているのだろうと、リクは納得する。
「そしてこれだが……」
そう言って、ボルは先ほどベルが部屋から持ってきた布とネックレスをリクに差し出した。
「お前に返す」
「え、返す?」
「あぁ。これは最初からリクのものなんだ」
「こ、こんな高そうなものが?」
リクに高級そうな白い布と、銀色の鎖に小さなアクアマリンの宝石がぶら下がったネックレスが渡された。ボルが言うには最初からリクの物だったという布とネックレス。それらはとてもではないが一市民が買えるような代物ではない。爵位を持つ貴族くらいでないと買えたものではない。
手元の布とネックレスを見ていたリクは顔を上げる。そこには顔を手で覆い泣いているベルがいた。
「お、お母さん……?」
そんなベルの背中をボルは優しく撫でている。
「リク。これから言うことはお前にとって衝撃的なことかもしれない。だが、それをどうか受け入れてほしい。お前なら出来ると思う」
リクはその先の言葉を聞きたくないという思いと、聞かなければならないという思いが交差していた。
「リク……。お父さんお母さんたちはな……、リクの……本当のお父さんお母さんじゃないんだ……」
リクは思わず息を呑んだ。ボルはそんなリクの手を取って優しくほぐすように包み込む。
「すまないな、今まで黙っていて。髪の色や瞳の色が違うことで苦労したと思う。辛かっただろう。本当にすまなかった」
リクは体の緊張がほぐれ、まともにボルの話を聞くことが出来る状態になる。
「五年前、ジムソンが森で狩りをしている時に、この布にくるまって一人泣いているリクを見つけたそうだ。首にそのネックレスを付けた状態でな……」
リクはネックレスを目の前まで持ち上げる。アクアマリンがキラリと光を反射させる。
「リク、辛いだろうがこれは真実だ。それでもお父さんとお母さんはリクを本当の息子だと思っている。それをどうか忘れないでいてほしい」
やっと落ち着いたベルも顔を上げ、リクを抱きしめる。
「本当に辛くなったら、いつでもお母さんたちのところに帰ってきていいんだからね。これから王都で暮らしていく上で大変な毎日が待ってるかもしれないけど、一人で無理はしないでね。お世話になるご家族に頼っていいのよ」
王都へ出発する二週間後までの間、リクは家族と幸せな日々を過ごした。リンは自分も王都に行くと言っていたが、そこはボルとベルが押さえ込んだ。また、リクはリチャードとミアの仮の弟子という位置づけになった。まだ幼く、魔法も使えないため今後の見通しがまだ分からないからだ。さらに、リチャードたち自身もまだアリソンたちの弟子であるからだ。
ちなみにリクがリチャードたちの仮の弟子となることが決まった時、リクは魔法が使えなくても戦えるようになりたいと仮の師匠――リチャードとミア――たちに頼み込み、二週間の間、様々な稽古を受けていた。
斯くして、リクは王都へと向けて出発した。
◇◇◇
ミアがボーっとしているリクに気付く。
「リク、どうしたの?」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっとこの事を考えてたの」
そう言ってリクは首から下るネックレスを持ち上げる。アクアマリンの裏側には小さくS.Aと掘られている。
「なんだ、もうホームシックか?」
リチャードはニヤニヤしながらリクの頭をガシガシと雑に撫でる。
「やめなさいよ。それもあるかもしれないけど、本当の親のことが気になってるのよね、リクは」
ミアはリチャードからリクを奪うように自身の胸へと抱き寄せる。
「だよなぁ~。今まで育ててくれた親が本当の親じゃないって知った時はどんな――」
「こらリチャード。あんまり蒸し返さないの」
ミアはリクを抱き上げ、膝の上に向かい合わせで座らせる。
「……本当のお父さんお母さんに会えるといいね」
「……うん」
リクは静かに頷いた。
「心配すんなって。俺達の情報網であっという間に見つけてやるからさ」
リクはミアに抱かれる中、心の中で今までの親に感謝の念を伝え、本当の親を見つけることを誓っていた。
(お義父さん、お義母さん。……今までありがとう。また会いに戻るから。そしてお父さん、お母さん。待っててね。どんな事情があったかは知らないけど、……必ず、必ず会いに行くから!)
天候はリクの門出を祝うかのようにどこまでも澄んだ青い晴れ。馬車に入るひんやりとした空気が肌にしみる。
「よし、頑張ろう!」
リクのセトロニカ王都での生活が始まる。