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神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
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2話:最強の師弟

 リクたちがリンを探して森に入ろうとしていた頃。ナトフォルト村の中央付近に位置するある一軒家では、珍しくも喧騒(けんそう)が外まで聞こえていた。そこは村に存在する唯一の酒場、酒場リカー店だ。客のいないことが多い店だが、今日は珍しくも四人の客がリカー店を利用していた。

 リカー店で飲食をしている彼らは昨日この村を訪れ、旅で疲れた馬や自分たちの体をゆっくり休めるために滞在(たいざい)していた。しかしナトフォルト村に寄るには、道があるとはいえネヴィジャス大森林の奥深く入らないといけないため、名所や特産品のないナトフォルト村に旅人が来るのは、余程の物好きか大事な理由でもないとまずあり得ないのだ。

「へめぇぱばぱぱ!?」

「あんふぁこふぉばふぁでふぉ!」

「まんふぁふぉ!?」

 店の外まで聞こえる喧騒の原因は、大量の料理が敷き詰められているテーブルの上に足を乗せて椅子に立つ若い男女二人によるものだった。二人は互いの胸ぐらをつかみ合い、料理を口に入れたままなのか、訳の分からない言葉をまくし立てていた。互いには言っていることが分かっているようだが……。

 その光景を冷ややかな目で見る、三十歳前後とみられる二人の男がカウンター席に座っていた。二人はリカー店のマスターと呑気に会話しながら、その光景をさも当然かのように眺めていた。カウンター席に座る男の名はアリソン・ベルクとワット・ダイン。ニスカルト王国生まれのSランク冒険者だ。

 エデネアの世界には冒険者ギルドという機関に所属する、冒険者という職業が存在する。未知の世界を旅するのにロマンを感じる者や、人に危害を加える魔物たちを討伐して栄光を手に入れようとしたり、魔物から人を救う正義感に(あふ)れた人が()く職業だ。中には、就きやすい職業であることから金稼ぎのためにと冒険者になる者もいる。気軽に就けるものの、命のやりとりがある場合があるこの職業には、各々(おのおの)の実力に見合ったランクというものが存在する。ランクは八段階――降順(こうじゅん)でS,A,B,C,D,E,F,G――存在する。そして彼ら二人のSランクというのは、冒険者ギルドが定めるランクで最も高い称号となっている。つまり、アリソンとワットは冒険者ギルドに世界でも有数の実力者と認められているということだ。

 そんな二人の傍らにはそれぞれの得物が立てかけられている。アリソンが座っている左側には、脚ぐらいの長さの細身で軽そうな細剣がある。その剣は全体が白銀色をしており、(つか)(つば)には細かい装飾(そうしょく)が施され、誰が見ても一目で一級品だと分かる。気品のあるその剣は優男に見えるアリソンにお似合いの剣だ。そしてワットが座っている右側には、アリソンとは正反対の剣――身の丈ほどもある長く重量のある大剣がある。その剣は切るというよりも叩き割る役割を持った大剣で、無駄な装飾がなくシンプルな出来上がりとなっている。その剣は、身長二メートルを超える筋骨隆々な体躯(たいく)であるワットにお似合いの剣だ。

「それにしても、この村に来るのは久しぶりだなぁ。何年ぶりだ?」

 そんな二人はいつまでも続く喧騒を他所(よそ)に、マスターにビールを追加注文する。ビールが来るのを待ちながら、アリソンは目の前の皿に盛りつけてあるサラダを口に運ぶ。

「約五年ってとこだな。俺達も年を取ったよ」

 ワットの疑問にアリソンが答える。ワットはムシャリと骨付き肉にかぶりつく。

「五年か……。意外とあっという間だったかもな。ほんと、年取ったもんだ」

「あぁ。俺達も冒険者業をあと十年出来るかどうか。それまでにあいつらをしっかり一人前にしてやらなくてはな」

「おいおい、そんな弱気になるな。俺は最低でも五十までするつもりだぜ?」

「はは、そうだな」

 アリソンは軽く頷くとサラダへとフォークを突き刺す。一刺しするごとにサラダの新鮮さを感じさせる音が聞こえる。それを口に運び咀嚼(そしゃく)していると、頼んでいた追加のビールが運ばれてくる。

「はい、お待ちどう」

 ドワーフであるリカー店のマスターはドカリとカウンターにジョッキを二つ置く。

「おお、ありがてえ!」

 ワットは肉を片手に追加のビールを一気にあおる。

「ぷはぁっかあ~~、よく冷えたビールは上手いなぁ!」

「今は冬なんだけどな。まぁ上手いのは確かだ」

 ビールを一口飲んだアリソンは、ジョッキを顔の前まで持ち上げ、なみなみと注がれている中身を見つめる。何を考えていたのか、少し間をおいて一気にビールをあおる。

「ところでマスター。五年前のあの子供の様子はどうだ。元気に育ってるか?」

「五年前……というとリクのことか。あぁ、あいつは元気にやってるよ。いつも村の仲の良い連中と一緒に遊んでるからな。ただまぁ……魔力はお前さんの言った通り、無いようなんだがな……」

 アリソンとワットは五年前この村を訪れていた。そしてアリソンは熱で意識を失っていたリクを治療したことがあった。ワットはその時宿で休んでいたためそこには居合わせなかったが。

「そうか、元気にやってるか。だがやはり魔力がないんだな」

「あぁ……」

 今だに続く喧嘩をBGMに、アリソンはチャーハンへとスプーンを運ぶ。隣ではワットが男女二人の喧嘩(けんか)(さかな)に肉と酒を食べたり飲んだりしていた。

 アリソンは五年前のその時からこうなることを少なからず予測していた。ニスカルト王国の過去の文献(ぶんけん)には、赤ちゃんの魔力暴走――体内に眠る魔力が暴走し体外に放出され続ける現象――により生涯(しょうがい)魔法を使えなくなったという症状が、数件だけ書き残されていた。それを知っていたためにアリソンは五年前の時、リクの症状について村長に示唆(しさ)していたのだ。だが、アリソンのそれは予想にすぎない。なぜならリクの症状は彼が知っていた症状と若干違ったからだ。赤ちゃんの時に高熱にうなされると、魔力暴走が起きることが(まれ)にある。しかし、リクの場合は高熱にうなされている時には魔力暴走は起きておらず、魔力の反応が既になかったのだ。

「それにしても五年か。この村はちっとも変わらんが、お前ら二人は弟子なんか持っちまって、偉くなったもんだな。Sランクになったからだけじゃなくて、なんか、纏う空気が変わったってもんよ」

 リカー店のマスターであるリッツは感慨深げに呟く。世界有数のSランク冒険者にこれだけ気楽に話せるリッツは大物といえるかもしれないが、そこは長命種のドワーフ。ただの称号などに物おじしない人種だ。

「ま、確かに弟子なんか持つと意識は変わるな」

 ワットが肉のおかわりを皿から取りながらリッツに話す。

 アリソンとワットには弟子がいる。リカー店内の机で食べ物をまき散らしながら喧嘩している二人の男女がそうだ。

「しかも一人は女の子だからな。気を使うよ」

 アリソンのその一言で喧騒が二人の方へと向く。

「ちょっとアリソン師匠! 私をそこら辺の女たちと一緒にしてもらっちゃ困るわ!」

「そうだぜ師匠。こいつのどこが女の子だってんだ。もはや女どころか男を通り越して野獣だろ?」

「何よそれ! 乙女に向かって言っていい事じゃないわよ!」

「一体乙女がどこにいるってんだ?」

「もぉ~怒った! さっきの焼きそばのことといい、リチャードは人としておかしいわ!」

「人としておかしいのはミアの方だろ。焼きそばにドバドバマヨネーズをかけるバカがどこに居るんだよ。そのままの味で食べるのが最高に決まってるだろ!」

「マヨネーズこそ至高の調味料よ!」

 焼きそばにマヨネーズをかける派を主張する女の名はミア・ヒメノ。彼女はアリソンの呟きに反応して料理の皿を持ったままカウンター席へと移動する。それに追随(ついずい)するように皿を持って歩いてくる、焼きそばにマヨネーズをかけない派を主張する男の名はリチャード・ゲルツ。二人はSランク冒険者の正式な弟子だ。ミアはワットの、リチャードはアリソンの弟子となっている。形の上では誰が誰の弟子と決まっているが、冒険者として教えることは沢山あるため、アリソンとワットの弟子がミアとリチャードの二人といった感じだ。

 つまらない理由で喧嘩していたミアとリチャードはカウンター席に隣になって座る。それを見たリッツは二人に軽い質問をする。

「ははっ。喧嘩するほど仲がいいっても言うしな。二人は付き合ってるのか?」

「誰がこんな奴と!」

「誰がこんなマヨラーと!」

 二人は同時に否定する。

「え? ちょっともう一回言ってくれるかしら、変態のリチャードくん」

「はぁ!? 誰が変態だ!」

 終わることのない喧嘩にリッツは苦笑する。

「なんて言い草だ。マスターに失礼だろうが」

 弟子二人の中の悪さというか良さというか、アリソンはほとほと手を焼いていた。ため息をつくアリソンの横ではワットが大笑いしている。五人の間には、傍から見れば楽しそうな雰囲気が流れていた。

 しかし、リチャードとミアが喧嘩している最中、アリソンは急に顔を曇らせた。

「ワット」

「ん……? ……いるな……」

 ワットはアリソンの真面目な顔つきに反応し、先程まで豪快に笑っていた顔は消えて急に真面目な顔つきになる。

「リチャード、ミア」

「なんすか、師匠」

「なにか用、アリソン師匠」

「……いや、分からないならいい。ところでマスター。最近はここの森にも魔物とか出るのか?」

 リチャードとミアは師匠たちの表情から何かを察したのか、喧嘩を中断する。店内は急に静まり返る。先程までの喧騒はすっかり無くなり、熱を帯びていた店内もすっかり冷え込む。いつの間に日も沈んだのか、外は暗い。

「魔物なんか俺がこの村に来てから一度も見てねえよ」

「そうか……」

 アリソンはそう呟くと店の入口から見える外を見つめる。ワットも緊張した面持ちで酒をグビッと一口飲む。

「さて、ちょっと出かけてくるかな」

「あぁ、行くか」

 アリソンとワットは席から立ち上がり、各々の得物(えもの)を適正ポジションへとセットする。アリソンの細剣は腰へ。ワットの大剣は背中へと。

「お前ら、どこへ行くんだ? 勘定(かんじょう)も済まさずに」

 聞こえるはずの距離にいるにも関わらず、アリソンとワットは暖簾(のれん)をくぐって店の外へと出て行く。店内に残されたのはリチャードとミア、そしてリッツ。

「……マスター。師匠たちはおそらく、森の中に危険な魔物を見つけたんだと思います」

「なんだって!?」

 リチャードの言葉にリッツは驚きを隠せなかった。

「しかもあの感じだと森の中に誰か居るな。師匠の好きな子供とかさ」

「そ、それは本当か!?」

 ミアの言葉にリッツは焦りを覚えるが、不意に思い出す。アリソンとワットの素性(すじょう)を。

「だ、だが、あの二人が向かってくれたなら大丈夫だよな」

「いいや、師匠二人は手ぇ出さないね。ほら行くぞ、リチャード!」

 そう言うとミアはスキップをしながら店を出て行った。彼女の得物である細剣二本を腰に下げて。

「ど、どういうことだ?」

 Sランク冒険者の二人が魔物の相手をしないと聞き、リッツは再び不安になる。店内に残っているのはリッツとリチャードのみ。リッツはリチャードに自身の不安を隠しきれずに訊く。

「はぁ、口調が変わってるぞミア」

 既にいなくなったミアに向かってリチャードはため息をつく。ミアは戦闘が始まろうとすると、普段の生活で最低限保っていた女の性格が無くなり戦闘狂へと化していくのだ。

 風が暖簾(のれん)を押しのけて店内へと入ってくる。

「マスター、それでも子どもたちは大丈夫です。安心して下さい。魔物の相手をするのはSランク冒険者の弟子である、俺とミアなんだからな!」

 そう言い残してリチャードもミアに続いて店を出る。二人は師匠の後を追うため駆け出した。

「……勘定……」

 リッツの呟きは風とともに消えていった。


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