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19話:王宮訪問

「お、王女様って……この国の王様の娘ってことですよね……?」

「えぇ、その通りですよ」

 レイナスティはさも当然かの様に言う。いやその通りだからこそなのだが。

「…………」

 リクは開いた口がふさがらなかった。三年前気安く接していたあの少女が実はこの国の王女であって、しかも同じクラスにいながら気付かずに無視していたという事実に。リクは血の気が引いていき立っているのが辛くなる。なにせこの国の王女に対して数々の無礼を犯してしまったのだから。無視、タメ語、ちゃん付け。これらの無礼をリクはどうしたら許してもらえるだろうかと悩んだ。

「レイナスティ様、お怪我はありませんか?」

「えぇ、大丈夫よアリシア」

「あ、あの、レイナスティ様……」

「…………」

 レイナスティはリクの言葉に応答することなく、ただ正面から見つめ返してくるだけだった。

 金髪に碧眼。きめ細やかな白い肌。後光でも差しているかのように直視できないその姿にリクは戸惑う。そんな彼女に直視されてはどんな男もたじろぐだろう。恐ろしすぎるほどの美しさがあるのだ。

リクもまたそれに当てはまらないわけがない。ジッと見つめられるリクは自分がさらなる無礼を犯してしまったのかと焦る。緊張からか肩の痛みを忘れ、額にはじっとりと汗がたまる。

「名前……」

「……え?」

「様、はいりません」

「え……。しかし、王女様を呼び捨てなど……」

「呼び捨てにしてください。むしろ愛称であるレイナと呼んでください」

 まさに窮地に陥ったリク。王女の命令とあらば、もう呼び捨てにしなくてはいけない。愛称で呼ばなければいけない。これは今まで存在に気付かず無視してきた罰なのだろう。リクはそう無理やり納得した。

「レ、レイ……ナ……」

「はい。何でしょうかリク様?」

「そ、その前に、私の事はどうか呼び捨てに」

「それは断ります。それとリク様は敬語禁止ですからね」

「そんな……」

「普段通り、フレイちゃんと話す様に私にもお話しください」

「フレイちゃん!?」

 フレイが言葉の通り驚きから一瞬飛び上がる。リクは、何気にフレイが飛ぶの初めて見たな、と思う。

 これをお姫様のわがままというのだろうか。リクはレイナスティの性格を把握できないでいた。

「あ、あのレイナ。今までの無礼はどうやって許してくれるだろうか……」

 リクは、もうどうにでもなれ、と吹っ切れる。

「無礼……。様づけや敬語で話してきた無礼ですね」

「そっち……じゃ……」

 そっちじゃない、と叫びたくなるような無礼の内容にリクはついていけなかった。

「そうですね。今週末、絶対に王宮へ来てくださることで手を打ってあげますよ」

「うぐ……」

 思わぬ攻勢にたじろぐリク。リクはこんな一平民ごときが王宮なんぞにお邪魔してよいのか、そのことで頭がいっぱいだった。

(俺はどれだけ偉い人を助けてしまったんだ……)

リクは何故か頭痛がし、頭を抱えて天を仰ぐ。

 その間にレイナスティはフレイに近づく。

「フレイちゃん。あなたもいらっしゃいませんか? リク様のご友人でしたら大歓迎です」

これにはフレイも心底驚いた様子だった。

「え、えぇ~~~っ!? ぼ、私はそんな、御呼ばれするような人ではありませんし……」

 フレイは近づくレイナスティから距離を取る様に後ずさりしていく。

「あら、自宅に招きたい方を私が選んではいけないのですか?」

「い、いえ……」

 これ幸いと、リクは一人で行き辛い王宮に行く決心をつけるチャンスを逃さなかった。

「フレイ、頼む。一緒に来てくれないか? 俺だけだと心細すぎる」

「リ、リク……」

 リクはよく見知った人を連れていくことで少しでも緊張感を和らげようとしているのだ。本人も誘われているとはいえ、フレイからするとたまったものではないだろう。

「……妬けますわね」

「な、何か言いました?」

「何も言いませんよ」

 無礼の無いよう一言も漏らすまいと気を張っていたリクはレイナスティの小さい呟きを聞きのがす。罰を与えられやしないかと、リクの心が落ち着くことはなかった。

「そ、それでフレイ。来てくれるよな。ってか来てくれぇ~~!」

「う、うん……」

 ここに、リクとフレイの場違い感間違いない王宮行きが決まった。

 悩みを抱える者。満足する者。話の決着がついたこの場だが、そんなリクたちを離れた所から見ていたクリストフの言葉に気付く者はいなかった。

「孤児と悪魔を誘うとは、何のつもりだ。この、庶子め……」



 ◇◇◇



「もう、明日か……」

 リクが見上げるのはシミひとつない、美しさに限りを知らない白い天井。リクは自室のベッドで天井を見つめていた。

 レイナスティと約束を交わしてから早五日が経った。今日は十五日土の日。時刻は二十二時過ぎ。夕ご飯も済み、あとは風呂に入って床に就くだけだ。王宮へ行く際に必要な準備はほとんどない。いや、本当ならあるのだろうが、それら全てをレイナスティは要らないと言ってきた。つまり礼服での参上、献上品の持ち込みを禁止された形なのだ。まぁリクにはそのどちらを要求されたとしても、見合うだけの格好、品を用意することは不可能であったが。リクは覚悟だけを持っていればいいのかもしれない。

「風呂、入るか……」

 リクは自室に備え付けられたシャワー室で体の汚れを洗い落とす。その後就寝前のストレッチ、柔軟をこなし、一人では寂しい大きな部屋の明かりを消して深い眠りへとつく。


 翌朝、リクとフレイは学生寮の門前で十時前に集合した。レイナスティからは「昼前までに来てもらえればいつでもどうぞ」と言われていたため、ここから数十分かかる王宮に遅くもなく早くもない時間帯に着くようこの時間に集合したのだ。

「お、おはようリク……」

「お、おう。おは、よう……」

 共に緊張した様子を見せる二人だが、その原因は違った。フレイは王宮にお邪魔すると言うことで緊張をしているのだが、リクは違った。目の前にいるフレイに緊張をしているのだ。なぜなら……

「ど、どうかな。似合って……る……?」

 リクは言葉を失くしていた。普段は男の子が着るような格好でいるフレイだが、今日は性別通りの、女の子が着るおしゃれでかわいい服を身に着けていた。それは勿論あくまで普段着の範疇でだ。

髪が短めのフレイに男の子用の服だとまさに美少年といった感じだが、女の子用の服を着るだけでこれほど見た目が変わるとは。失礼だがリクは驚愕せずにいられなかった。

「か、可愛いよ……フレイ……」

「ひゃっ、かっ……」

 赤面とはまさにこういう場面を言うのだろう。フレイが顔を両手で覆いながら伏せる様子を見ながらリクはそう思わずにいられなかった。

「それにしても……」

 女の子の服を着たフレイは眩しかった。そして可愛かった。そう何度も思ってしまうリク。普段から女の子の格好をしていればいいのにと思うが、それは個人の都合があるだろうからと、リクは深く追及することはやめておくことにした。

「ま、いいか。行こう、フレイ!」

「な、何がいいの~!」

「はははのは~」

 リクは駆けだしながらフレイに手を差し出し、フレイもまた自然とその手を握り返す。

(黒い翼が何だって言うんだ)

 人を見かけだけで判断などできない。フレイはまさにその通りだろう。黒い翼から連想される悪魔。黒い翼に怯え、まともに接することも出来ない人は愚かだ。フレイの本当の内面を知ることもないからだ。

「早くレイナの家にお邪魔しに行こう!」

「なんかリク、吹っ切れたね……」

「そらね。いつまでも気にしてたら疲れちゃうよ」

 リクとフレイは王宮の北門を目指して貴族街を歩いていく。時折、貴族街を巡回する衛兵たちとすれ違い、二人は徐々に場違い感を感じるようになっていく。

「やっぱり緊張してきた」

「さ、さすがにねぇ~。僕たち平民だよ? どうしてこうなっちゃんたんだろうねぇ~」

 フレイはリクの顔を覗き込むように下から見上げてくる。

「うぐっ。お、俺は悪いこと何もしてないぞ。うん。むしろ人としてとてもいいことをしたはずだ」

 リクはフレイの澄んだ瞳で見つめられるのに怯みながら弁明する。

 そうこうしている内に、二人は王都一大きい建物である王宮の北門へと到着する。門前には当然のように衛兵がいる。リクはフレイの手を取りながらその衛兵へと近づく。衛兵は二人いたが彼らの顔つきは強面で、大変近寄り難い存在だった。しかしここを突破しなくては王宮へは入れない。若干怖気づきながらもリクは衛兵へと声をかける。

「こ、こんにちは」

「こんにちは。何か御用かな?」

 見た目に反して衛兵から帰って来る声は非常に柔らかい。人と接することの多い衛兵という仕事なだけあり、彼らは物腰の柔らかさというものが十分に備わっているようだ。そのことに安心したリクは衛兵に対する緊張も解け、王宮に来た用件を伝える。

「あの、私たちレイナスティ王女様から王宮への招待を受けて来たリク・ユードと――」

「あ、フレイ・フィーダと言います」

 二人は一つお辞儀をする。

「あぁ、ユード様とフィーダ様ですね。レイナスティ様からお話は聞いております。少々お待ちください」

 そう言って衛兵はもう一人の衛兵に番を任せると耳元に手を当てて何やらぼそぼそと話し始めた。リクは彼が携帯型小型念話機を使用しているのだろうと当たりをつける。

 その場で待機すること数分。

「お待たせしました。どうぞ、中へお入りください。ユード様、フィーダ様。このまま道なりに進みますと王宮の入り口に辿り着きます。そこで案内の者が待っておりますので」

 衛兵はそう言うと再び正面を向いて微動だにしなくなる。リクたちはその間を通り抜け、庭園へと足を踏み入れる。リクは、いくら平和とはいえ王宮の入り口の警備にしては緩すぎでしょ、と思っていた。何故なら子供たちの言う事だけを真に受け、本人確認もせずに通したからだ。しかし、実を言うと衛兵たちはリクたちを簡単に通していなかったのだ。リクとフレイは共に気付かなかったが、王宮に連絡を取っていなかったもう一人の衛兵が二人を視ていたからだ。その衛兵は魔力視認(オバート)を使用し、二人の魔力波形を見て嘘を言っていないか魔力の揺らぎ具合から判断していたのだ。さらにはレイナスティから受けていた、魔力が漏れ出ない人間族の男の子と黒い翼を持つ翼人族の女の子が来るという報告。それは稀では済ませられない程のありえない組み合わせだろう。それらの状況を合わせることで、二人がレイナスティの招待した同級生だと判断したのだ。

 そんな事実があったとは露知らず、リクとフレイは美しく整った広い庭園を歩いていた。色とりどりの花々。光沢のある綺麗な緑の葉。心地よい音を立てて流れる水。その水を生み出す噴水。これほど立派な庭園を仕上げ日々整えていくのは、大変な作業であることは一目瞭然だ。

 二人はその素晴らしい光景に見とれながらゆっくり歩く。二人の間に会話はなく、本当なら立ち止まりいつまでも浸り続けていたいこの空間を惜しみながら、道なりに歩き続けた。

 すると先程から上部だけ見えていた入り口が全貌を現す。その前には甲冑に身を包んだ二人の衛兵と、動きやすそうな一般的な服に身を包む一人の女性がいた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 リクとフレイは女性の前に立ち止まり、出来る限り丁寧なお辞儀とともに挨拶した。

「こんにちは、ユード様、フィーダ様。ようこそいらっしゃいました。私の名前はミシェル・エルスター、エルフ族です。レイナスティ様の護衛の任を(つかさど)っております。つまりは近衛騎士、親衛隊という事でございます」

「なるほど」

 リクはミシェルの説明に納得する。彼女の腰には剣が下げられてある。そして彼女の姿勢は良く、引き締まった体に程よい筋肉がついたスタイルであることが服の上からも分かる。親衛隊なだけあり、腕の実力は確かなのだろう。だがしかし……。

「親衛隊なのに、レイナスティ様から離れて私たちの迎えに来て大丈夫なんですか?」

 リクはそう問わずにいられなかった。迎えに来るなら他の者、たとえばレイナスティのお付きのように見えたアリシアという少女が最適なはずだ、とリクは思えた。

「あ……」

 本人もそのことに気付いたのか、取るべき行動――すぐさまレイナスティのもとに戻るべきか、レイナスティの客であるリクたちを案内するべきか――に悩み、視線が四方八方へと向く。だがミシェルはある答えに辿り着く。レイナスティが自分をここに送ったのだから、レイナスティがこの状況を把握していないはずがない。さらにはレイナスティ自身からリクたちを自分の部屋、つまりレイナスティの自室へ案内するようにとの命を受けているのだ。それを無視してレイナスティの下に戻るのは論外。そこまで考えたミシェルはリクたちに視線を向け落ち着いた様子で話し出す。

「はい、大丈夫です。姫様にはアリシアがついておりますので、ご安心ください。彼女の腕は確かですので万が一ということもないでしょう。そして姫様自身も魔法の実力がありますから」

 と、言いつつも、ミシェルはそわそわして早くレイナスティの下に戻りたい雰囲気を出していた。それを感じ取ったリクは話を終わらせ、案内をしてもらうようお願いする。それを軍人らしく姿勢正しく受け取ったミシェルはリクとフレイを先導する。

 王宮は広大だ。それはリクが広すぎと思っていた学園が小さく思えるほどだ。そのため移動手段はもっぱら転移陣。王宮に入ってすぐの吹き抜け広間は天井を知らぬほど高い。一応階段などは備わっているものの、目の前の広間の真ん中にある転移陣を利用して一気にレイナスティの下へと行く。ミシェルは二人にそう説明した。しかしそうなると一つ、……二人分のある問題が浮上する。

「私たち、転移陣使えないんですけど……」

 二人を代表してリクはそう告げる。魔力を使えないリクは恥ずかしい気持ちも起こることなく言い切る。フレイはそういった落ちこぼれ具合を自分の口で公表することを恥ずかしく思い、なかなか言い出せない性格だ。リクはそういうところを気遣い、というよりもリクからすると自身の事実を言ったまでと気にすることもないだけだろう。

「ユード様達が魔法を使えない、得意としていないのは姫様から伺っております。大丈夫です。私が一緒にユード様達をお送りします」

「え、でもそれだと……」

 転移陣とは人を特定の場所に転移させる魔法陣を刻んだ魔道具の事をいう。転移陣に流し込む魔力量により転移先を魔法陣が認知し、対応した転移陣へと対象者を送り込むのだ。そして転移時に必要とする魔力量はさほど多くない。距離数百メートルの転移陣先へと転移するなら、火球(ファイアーボール)数回分と同じ量だけの魔力を消費するだけなのだ。そのため高級ではあるが転移陣は移動手段として非常に便利なのだ。

 しかし、転移陣は通常一人ずつの利用を想定して作られている魔道具であるため、複数人を同時に送り込むことには適していない。複数人に対応した転移陣も作ろうとすれば出来なくはないのだが、作り出すこと、売り出すことはしないことになっている。それには理由がある。転移陣の設定は主に王宮を想定して作られたのだが、もし、国が大勢の者たちに攻め込まれた時に転移陣で多人数が一斉に転移できると、想像できるように重要な場所へと簡単に大勢の者が攻め込めることになる。そこで対策として考えられたのが、二人以上が同時に一つの転移陣を利用する場合、一人の人だけが大量の魔力を消費する必要があると言う対策だ。二人で利用した場合、その消費魔力量は数十メートルごとに上級魔法を数回分放つ必要があるほどの消費量だ。転移先に二人で転移した場合、転移先では一人は既に戦闘不能状態に陥り、実際の所一人を相手するのと等しくなるのだ。そして三人以上の場合も勿論、一人の人だけが転移時の魔力消費を背負う必要がある。とてもではないが、一人で自分を含めた三人以上を同時に転移させる魔力を背負うのは通常無理な話なのだ。体内に持つ魔力量がとても多い場合は三人までならなんとか転移できるが、人間族の場合は死を覚悟しなければいけないだろう。

「大丈夫です。私はエルフ族の中でも魔力量が多い方です。疲れはすると思いますが、死ぬことはまずないと思います。それに一緒に飛ぶユード様たちはまだ成長期に入っていないような子供たちです。問題はありません」

 もう一つ、転移陣を複数人で利用する際に注意すべきことがある。それは一緒に飛ぶ人が持つ魔力量によっても魔力を背負う人の消費量が増えるという事実だ。

「でも、ぼ、私は結構魔力多いですよ。それにリクだって……」

 リクから魔力の存在について聞かされたフレイは、魔水晶を壊したリクの魔力量を思ってミシェルを見上げる。子供とはいえ、魔力量の多い二人を同時に転移させることが出来るのか、フレイは心配せずにいられなかった。

「ご心配ありがとうございます。それでも、ユード様達は大船に乗ったつもりでいてください」

 そうまで言われてはリクたちもミシェルに任せるしかない。リクたちに実害はないとはいえ、やはり送ってもらう身としては心配になるものだ。

 転移陣の上に乗りこんだリクとフレイはリラックスした状態で転移する瞬間を待つ。ミシェルは転移陣前で深呼吸を繰り替えし、気持ちを落ち着かせていた。やはりああは言ったものの、三人同時の転移はきついのだろう。覚悟を決めたミシェルも転移陣に乗り込む。

「それでは行きますよ~」

 緊張しているのか、素のミシェルが見えた気もしたがリクとフレイは正面を見続ける。いつの間にか握り合っていた手には力が入り、互いも緊張しているようだ。

「って、あれ? ま、まだ必要なのかな? お、思った以上に魔力、が……ひつ、ようみたいです……ね……」

 不安は募るばかりで、リクとフレイは転移をまだかまだかと待ち続ける。

「てん……てん……て~~ん~~~…………いっ!」

 その言葉と同時に一瞬の浮遊感を三人は感じる。気付いた時には地に足がつき、先程と違った景色を視界に入れる。

「て、転移成功……ですぅ~…………」

 下の方からする声に視線を動かすと、ミシェルがへばって地に倒れていた。あれだけ自信満々に話していたミシェルだったが、予想以上の魔力消費に体はついていけず、一歩だけさえも動く力が残っていないようだ。

「ど、どうするのこれ……」

 転移は成功した。つまり、レイナスティのいる部屋に近づいたことは間違いないのだろうが、その部屋がどこにあるのかが分からない。ミシェルの案内なしでは辿り着くことも出来もしない。

「行く場所も分からないし、ミシェルさんも置いていけないし……」

 力尽きたミシェルは気を失い、完全にお荷物状態となっていた。リクは仕方がないとミシェルを半ば引きずる様に背負い、道幅の広い廊下を適当に歩いて行く。

 窓から差し込む日差しから顔を背け、ひたすら前を見ながらリクとフレイは歩を進めた。ここが王宮内のどこなのか見当もつかない。

「これ、迷子になってるよね……」

「うん……。やっぱりあの場所から動かない方が良かったよね」

 その不安は二人にとって重圧となる。知らぬ場所で案内もなしに自ら目的地に行こうとはせず、その場にとどまり探しに来てくれる人を待ち続けた方が得策だったろう。

 既に転移陣から十分以上は歩いている。レイナスティの部屋から遠ざかってしまっているのは間違いないだろう。そもそもどの部屋も素通りしているのだから、歩いている方向があっていたとしてもレイナスティの下へたどり着けるわけがないのだ。普段のリクからしたら馬鹿な間違いをしたものだなと言いたくなるが、王族の住まう場所にいるだけで緊張というものは起きてしまい、普段の思考を通常通り出来るという訳がない。この事態は避けようがない事態だったのかもしれない。つまりはこの後に起きることも、いや、今ここで起きていることも必然だったと言えるに違いない。

「……なんかさすがに変だぞ」

「え、どうしたのリク」

「いや、この辺見覚えない?」

「ん~~? 同じような壁が続いてるからよく分からない、かな」

「そう、同じような壁がさっきから続いてるんだ。……これが気のせいだったらいいんだけど」

 リクはそういうと廊下の端に寄り、地面に敷かれているカーペットを()れさせる。

「だ、大丈夫なの? そんなことして」

「分からないけど、今はこうしないと気が済まないんだ」

 そう言ってリクは未だ意識を取り戻さないミシェルをしっかり背負い直し、カーペットの端の上をなぞる様に歩き始めた。フレイはリクのその謎の行動を不思議に思うも、リクの後に続いてカーペットの端の上を歩く。そして数分後――。

「あぁっ!」

「やっぱり……」

 リクたちの足元に見えたのは数分前リクが撚れさせたカーペットの端だった。

「おかしいと思ったんだ。いくら広い王宮とはいえ、最初の方に曲がって以降俺たちは一回も道を曲がっていない。そんな状態で数十分も歩くことの出来るまっすぐな廊下なんておかしすぎる。それに王宮で働いている人とも一回もすれ違わなかった」

「同じに見えた壁やドアは全く同じだったんだ。ってことは、僕たちもしかして……」

「あぁ。魔法にかかってる。それも広い範囲を対象とし、その視覚情報を俺たちに誤認させる魔法、幻術魔法の一種だろう」

「そんな……。どうやったらここから抜け出せるの?」

「効果が切れるまで待つというのも手だけど、これだけ大規模な魔法を何分も持続できるような人にはそれを期待できないな。その前にきっと俺たちが疲弊(ひへい)しちゃう」

「それじゃどうすれば」

「犯人は俺たちが疲れてへたり込むのを待っていたのかもしれないけど、その前に俺たちが魔法に気づいてしまった」

「となると?」

「おそらくだけど犯人が動く。そろそろ仕掛けがあってもおかしくない」

「えぇっ!?」

 それを合図にリクたちの周囲を霧が包囲する。リクたちの会話が終わると同時に仕掛けられたため、犯人は近くで聞いていたに違いない。

「フレイ! 離れるなよ!」

「う、うん!」

 リクは一旦ミシェルを背中から降ろし、フレイと背中合わせになって襲撃に備える。互いの死角をカバーしつつ戦闘に備える姿勢としては十分だが、リクたちには戦闘に関しての実力経験共に不足している。もはや無いに等しい。正しい戦闘態勢を取れたとしてもその後の戦闘についていけなくては意味がない。事実、リクもそれを危惧(きぐ)していた。これだけの魔法を発動させる術者を相手に、魔法を全くもって使えない人と苦手とする翼人では少しの抵抗すらできないだろう。

「ねぇ、どんどん霧が濃くなってない?」

「うん。だけど向こうはきっと俺らの事を手に取るようにわかるよ」

 油断すまいと身構えていたリクとフレイ。しかしそれは徒労(とろう)に終わる。いともたやすく二人は何とも分からぬ力によって引き離される。

「フレイ!」

「リク!」

 二人はとっさに手を伸ばすも、視界ゼロのこの場では空を切るのみ。

「リク!」

「フレ――!?」

「リクどうしたの!? どこにいるの!」

(狙いは俺か!)

 リクの口は何者かによって背後から塞がれていた。それを外そうと口元に手を伸ばすもその手も素早く絡めとられ拘束される。ものすごく手際がいい。そう思っていると地に倒され足も拘束される。リクはなす術もなく体の自由を奪われた。それと同時にリクは浮遊感を感じる。おそらく襲撃者に担がれ運ばれるのだろう。リクはそう考えた。リクは三年前に誘拐された事を思い出す。もしその誘拐と繋がりがあるのなら今回はものすごい手練(てだ)れを寄越したようだ。そしてリクは思い出す。三年前、自分以外にも一緒に誘拐されていた人物を。

(サラ! サラが危ない!)


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