表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
2/20

1話:始まる恐怖

 魔王復活から約五年の時が流れた。魔王復活の知らせは世間(せけん)に広がることなく、一部の国のトップのみが知る情報となっている。魔王は活発な活動はしておらず、綿密(めんみつ)な計画を立て、静かに時が来るのを待っていたためだ。そのため、国のトップたちも魔王に対してどういった行動を取ればいいのか分からずにいた。魔王の存在など既に眉唾(まゆつば)ものの時代。文献(ぶんけん)に魔王のことが記されていても、もはや伝説上の存在、紙面上での存在でしかない。現代に魔王が(よみがえ)ったとしても、対策の(ほどこ)しようがなかったのだ。

「リン、お姉ちゃん……待っ、てよぉ~…………」

 ここは、エデネア最大の大陸――ユーダス大陸の南西に位置する、世界最大国家のニスカルト王国内に存在するナトフォルト村である。この村には百人ほどの人――その多くが人間族――が住んでいる。ナトフォルト村はネヴィジャス大森林という森の中にあり、住人たちは森の中を流れる川を泳ぐ魚や、森に住む動物を捕まえて生きている。他にも村の外れには森を大きく切り開いて作り上げた畑もあり、そこで作物などを育ててもいる。そのため、ナトフォルト村は百人程の住人にしては大きな村となっている。

「リク~、は~やく~! ……んもう、だらしないよっ」

 ナトフォルト村は本日も平和。雲ひとつない晴天下で、先日降り積もった雪が残る中を元気に人間族の子どもたちが走り回っている。

「ハァッハァッ……もう、だめだぁ~……」

 道の端にうずたかく積まれている雪へ、走り疲れた男の子がボスッと大の字に埋まる。

 今の季節は冬。ニスカルト王国の一年の中でも非常に寒くなる月――暗黒(あんこく)の月だ。

 村の至る所には雪が積み上げられ、所々に雪だるまが作られている。いくつかの家の煙突からは白い湯気が立ち上っている。外はかなりの寒さであることが(うかが)えると同時に、夕飯の時が近いことも窺える。

 雪に倒れこんだ男の子の名はリク・ユード。つい昨日五歳を迎えたユード家長男の元気な男の子だ。ちなみに、エデネアの一年は魔法の八属性――火、水、風、土、雷、氷、光、闇――にちなんだ一ヶ月四十五日の八ヶ月となっている。

「み、みんな……はや、速すぎるよ……。脚を活性化させて逃げるなんて、追いつけるわけがっ、ゲホッ」

 リクの呼吸は激しく乱れ、呼吸が落ち着くまでいましばらくかかりそうだ。

 リクがこれほど呼吸を荒らげるのには理由がある。リクを含め、村に住む仲の良い子供五人で鬼ごっこをしていたからだ。鬼役であったリクは逃げまわる他の四人を追いかけていたのだが、逃げる子どもたち四人は脚に魔力を強く循環(じゅんかん)させる無属性魔法【身体強化(クエント)】を使いながら逃げていたのだ。それならリクも同じ身体強化を使えばいいのではないかと問いかけたくなるが、そうもいかなかった。なぜなら、リクは魔法を使えないからだ。そもそもリクには魔力が無かった。正確には感じられないと言った方がいいだろうか。

 この世界――エデネアには魔法が存在する。そして魔法は人の体内に存在する魔力を利用して使用される現象だ。魔力とはこの世界に住む全人類が生まれながらにして持っているもの。そして成長するにつれ体の一部として操れるようになり、魔法が使えるようになるのが当たり前なのだ。

 しかし、そんな当たり前の魔法がリクは使えないでいた。理由は先程も述べたように、リクの体内に魔力がないからだ。ナトフォルト村に住む狩人(ハンター)たちは、魔法を使える兆候(ちょうこう)が見られないリクに対して、探知魔法の一種である【魔力視認(オバート)】を使用したことがあった。リクの体から漏れ出る魔力を視認するためだ。しかし、リクに対して魔力視認を使用した狩人たちの目には、リクの魔力が一切映らなかった。

 人は体内の魔力を自分の意志で動かしたりしない自然体の時、汗をかくことと同じように体内の魔力を僅かながらも無意識に外へと放出している。そこを利用して狩人たちはリクの魔力を見ようとしたのだ。ところがリクからはその魔力放出が見られない。そこから村の人達はリクに魔力がないと判断したのだ。魔力を感じられないほど抑えている可能性もあるが、リクのような幼い子にはまずありえない。本人に訊いても「そんなことしてない」と言っているのだ。

 リクに魔力がないという事実を知るのはリクと村の大人たち。知らないのは子どもたち――ちなみに、エデネアの世界の成人は十五歳からとなっている――のみ。そのため、魔法が使えないことで、リクはいじめに合うことが多々あった。いじめられる理由は他にもあったが……。

 そのため、リクは家に閉じこもりがちで読書に耽っていた。柔らかい頭はどんどん書物の知識を吸収していき、リクは五歳にしては信じられない知識量を誇っていた。親には「将来は学者さんね」と言われるほどだ。

 そんな引きこもりがちなリクと仲良くしてくれるのが、鬼ごっこを一緒にしていた四人の子どもたちだ。

「リクってほんと走るの遅いよねぇ~。これじゃつまらないよ。まだ魔法は使えないの? もっと一生懸命走ってよ」

 魔力のないリクに対し無茶な注文をするこの少女の名はイルマ・パスティード、八歳。ナトフォルト村の次期村長であるジムソン・パスティードの長女だ。イルマは長袖長ズボンのスポーツ少女らしい格好をしている。彼女は腰に手を当て、リクに呆れ顔で文句を言っていた。

「その様子じゃ動物一匹も狩れなさそうね。無属性魔法だけでも使えるようになりなさいよ」

 イルマに続いて、辛口発言をした少女の名はミーシャ・ベレッテ、十歳。村の門番を務めているアロルド・ベレッテの長女だ。ミーシャはフリルの付いた純白のワンピースを着ている。走っている時も(すそ)(ひるがえ)ることはない。走るのが上手なのだろう。彼女のリクに対しての発言は辛口だったが、根は優しいため、未だ魔法を使えないリクを心配しての発言だったのだろう。

「まぁまぁ、そんな責めないでも。リクは俺らの中じゃ一番年下なんだから、魔法が使えなくても仕方ないさ」

 リクをフォローして、なんとか少女ふたりを(なだ)めようとするこの少年の名はジョアン・パスティード、十歳。ジムソン・パスティードの長男であり、二つ歳下のイルマの兄だ。ジョアンは少しぶかっとした灰色の長ズボンと長袖を着ている。彼は少女二人の肩に手をおきながら落ち着かせる。

「同い年のリンは普通に使えるけどね。私も五歳の時使えたし」

 イルマのその言葉は事実であったため、ジョアンも苦笑するしかなかった。そして、そろそろ呼吸も落ち着いたことだしと体を動かそうとしていたリクは、イルマの言葉を聞いて動く気力を失ってしまった。リクは自身に魔力がないのをいっそう(うら)んだ。何故自分だけが魔力を持たないのか。全人類が、全人種が持つ魔力を何故自分だけが持たないのか、と。そんなリクに励ましの声がかかる。

「リク、元気だして。今度はかくれんぼしよ。それならリクも楽しめるよ!」

 両手を大きく広げながらリクを励まし、リクでも楽しめる遊びを提案した女の子の名はリン・ユード、五歳。リクの双子の姉だ。

 しかしリンとリク二人の容姿は、二卵性だとしても似ているものではなかった。リンの髪の色は茶色で、眼の色も茶色だ。リンとリクの父であるボル・ユードは黒髪に茶眼。母であるベル・ユードは茶髪に茶眼だ。

 対してリクの髪は銀髪であり、瞳は青眼となっている。どういうわけか、両親ともの遺伝を引き継いでいるように見えないのだ。また、顔の見た目も全然違う。リクの両親ともきれいな顔立ちではある。しかし、リクの顔のパーツの整い具合は両親より綺麗であり、村の中でも突出していた。将来は、絵で描くことが出来ないほどの美少年となることだろう。

 そのためリクは村の子供に、村の人間ではないと(ののし)られいじめられたこともあったのだ。

「えぇ~。かくれんぼだとリクは見つけるの早いし、隠れると見つからないから嫌だ~。つまんな~い」

「確かに、リクは隠れるのも見つけるのも上手いけど、やっぱりリクも楽しめるのが一番だよ」

 イルマの文句に対して、リクを気遣うジョアン。だが、リクはその案を断ろうとする。

「でも、もうすぐでお日様が落ちちゃうよ。そろそろ家に帰らない?」

「大丈夫大丈夫。お日様が落ちちゃうまで三十分はあるから。早く始めちゃいましょ!」

「しょうがないなぁ、も~。今回だけなんだからね!」

 リクは視線を自分の足元に落とす。リクたちの影はすっかり伸びきっていた。辺りはきれいなオレンジ色に染まり上がり、村に住む人達も仕事を切り上げて自宅へと向かっている。

 リクたちには門限がある。それは日が沈む時まで。村にはチラホラと【光球(ライト)】による街灯が立っている。そのため、村は夜でもそれなりの明るさを保っている。しかし、たとえ夜間が明るかったとしても、家族一緒に夕飯時を過ごすために日没前に家へと帰ってくることが村の常識なのだ。

 リクたちもそれを理解しているため、三十分も時間を必要としないかくれんぼを一日の締めとしてすることにしたのだ。

 しかし、その選択はリクたちにとって、いや、村全体にとって大きな悲しみをもたらす出来事の始まりだった。


「み~つっけた!」

「あちゃ~、やっぱリクは探すの上手いなぁ」

「へへ」

 かくれんぼ開始から約十分が経過した。それなりの大きさである村の中から、リクはあっという間に、ミーシャ、イルマ、ジョアンを見つけ出した。

 リクはジョアンに褒められたことにより機嫌を良くしていた。そして、リクは最後の一人を見つけるために辺りを見回す。

「リク、あと見つかってないのは誰なんだ?」

「リンお姉ちゃんだけだよ。なんか今回は頑張ってるみたい」

「そうか。なら俺たちも探してみるぜ。十分後くらいにいつもの岩に集合な。見つけても見つからなくてもだ。勿論俺らが見つけても教えないから安心しろ。んじゃ」

 そう言ってジョアンは村の裏門の方へと駆けて行った。この村は山の中腹(ちゅうふく)にあるため、裏門は山の頂上方向に、正門が(ふもと)方向へと向いている。そして村は山の傾斜(けいしゃ)に合わせて作られているため、村全体が坂になっている。魔法が使えるジョアンは魔法が使えないリクを考えて、自ら上りを選んだのだろう。いつもの岩は正門から少しの所にあるため、リクは坂を登る必要がほとんど無くなる。ジョアンは年下の面倒見がいいのだ。

「よし、僕ももう少し真剣に探そう」

 自身に気合を入れなおし、リクはリンを再び探し始めた。


 約束の十分後。リンは未だ見つからず、リクたち四人は正門近くにある岩の前に集まっていた。

「おいおい、流石にまずいんじゃねえか? もう日が沈むぞ。さっきから声出して呼んでんだろ?」

「えぇ。なのにリンちゃんの返事がないのよ。……もしかして、もう家に帰ってるとか?」

 リンの姿が全く見えないこの状況。四人はリンの居場所を見つけようと必死に考えを巡らせていた。リンの行方に関してジョアンとミーシャが相談していると、それにイルマが横入りしてきた。

「リンが私に黙って家に帰るなんてあり得ないよ! 勝手に帰るなんてことをぜ~ったいにしないって、私が一番知ってるんだから!」

 イルマは声を張り上げてリンの帰宅を否定する。

「……うん。たしかにリンお姉ちゃんはみんなに黙って家に帰ることはないもんね」

 リクは勿論、自分の姉のことはよく理解している。

「ってことはまさか森に入ったのか?」

 ジョアンのその何気ない一言にミーシャが驚愕する。

「えっ!? そ、それこそあり得ないよ。だって、村の掟では子供だけで森に入っちゃ……いけないって…………」

「……まさか、本当に一人で森に入ったんじゃないだろうな……」

 風が出てきたのか、森がザワザワと(なび)きリクたちに恐怖を与える。彼らはじっとりと冷や汗をかき始めた。陽は既に半分沈んでいる。足元の影も薄くなり、辺りはこれから更に暗くなる。そんな時に森の中で子供一人いるのは死と同義。リクはこれ以上の捜索は危ないと感じ、何かあった時は大人に頼る、という教えを守ろうとジョアンたちに大人への報告を急ぐことを提案しかけたその時、リクの言葉にイルマの声が重なった。

「これ以上は――」

「リンが迷子になっちゃうよ! 夜の森は足元も見えないし、早く見つけないと!」

 そう言うとイルマは岩の後ろへ回りこみ、一人森の中へと駆けて行った。

 ナトフォルト村には正門と裏門があるが、それはよく利用する方角に道を作り、それに合わせて出入口を設置したにすぎない。村は柵などで囲われていないため、実際はどこからでも森に出ることが出来る。村周辺の森に住む動物はめったに人のいるところへ姿を現さない。そのため、村を守るための柵などもいらないのだ。

「リン待ってろよ! 直ぐ見つけてやるからな!」

 イルマが駆け出したのに続き、ジョアンとミーシャも後を追いかけ森の中へと消えていく。

「待って! それじゃ皆も!」

 ジョアン、ミーシャ、イルマ三人は、どこにいるかも分からないリンを探し求めて森の中へと入ってしまった。そして、一見冷静そうに見えたリクも。リクはジョアンたちの思わぬ行動により、大人たちに報告することをすっかりと忘れてしまっていた。聡明そうに見えたリクもまだまだ子供だったということだ。しかし、その行動は誰かを助けるという正義感に感化されたのかもしれない。大事な人を、困っている人を救うために。

「リンお姉ちゃーん! どこにいるのぉー! リンお姉ちゃーん!」

 太陽は山の向こうへと隠れ、森の中は完全な闇へと化した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ