17話:リクの休日
17話は……まぁ深く考えてもいいですが、気楽に読んでいただければ、と。
「う、う~~ん…………」
朝の陽ざしがリクの部屋へと差し込む。最適な温度、最適な湿度に設定された空調が静かな音を立てながら稼働している。
「ふわぁ~~~…………」
一級品のベッドに敷かれた真っ白なシーツ。リクを包み込む、最高級の羽毛が詰まった真っ白な掛布団。リクはそんな中で気持ちよく目を覚ます。
「毎日こんな場所で暮らせるなんて。なんか申し訳ないな……」
リクはかつてお世話になっていたレグム家の人たちや孤児院で暮らす子供たちを思い出す。彼らも幸せに暮らしているが、リクの贅沢さと比べるとどうしても見劣りしてしまう。そもそも比べることが間違っているのだが、平民出身のリクには難しい事だった。
今日は学園生活で初めての休日。一週間の授業日程を終えたリクはリラックスしていた。
「今日はどうしよっかなぁ~」
特に予定を決めていなかったリクはこの一週間を思い出す。フランク博士に連れ去られ、自分には魔力があることが分かる。翌日には魔力の行方まで可能性だが分かった。
そこでリクはフランクに言われたことを思い出す。
「今すぐにでも異空間との繋がりを探し出して封印を解いてあげたいところだが、専門の人が揃わないのだ。異空間との繋がりは光属性魔法。封印は闇属性魔法であるはずだ。その闇魔法の封印魔法を得意とする君のクラス担当であるローズ先生とはすぐにでも連絡を取れるが、光魔法の時空間魔法を得意とする人は、魔術研究開発機関にこもりっきりでなかなか連絡が取れないのだよ。仕事が落ち着くと思われる君たちの夏休み辺りなら大丈夫だと思うが。それまで魔力の回復はお預けとなってしまうな。すまない」
フランクのその言葉にリクは溜息をつく。今まで魔力が無いと思っていただけに、魔力があると分かるとこうも待ちきれないものなのか。リクは学園生活始まってすぐに、早く夏休み来い、と思うようになった。
「今から夏休みが待ち遠しいって。気が早すぎだよね」
リクは衣装ダンスから私服を取り出し手早く着替える。寮の一階には食堂があり、リクはいつもそこで朝食をとっている。今日も変わらず食堂で朝食を取りに一階へと降りる。ちなみにリクの部屋は二階だ。
「おはようございま~す」
「リク君おはよう。休日なのに早起きなのね。偉いわね~」
食堂には寮の受付業務をこなす、寮長の二コラ・グレスレットもいた。二コラはサラダに目玉焼き、パンといういかにも朝食らしい朝食を食べていた。
「うん。まぁ学園に来るまではもっと早かったんですけどね」
今の時刻は朝の六時。かつては日の出とともに起きていたリクにとってはだいぶ遅い時間だ。
リクは二コラの隣に座って朝食をとる。リクは朝からガッツリ食べるタイプではない。そのため、リクの朝食はパン、スープ、サラダといった具合だ。
「リク君、今日はどんな予定? さすがに筆記試験満点合格だったリク君は勉強なんかする必要もないわよね」
「う~ん、授業の復習をしてもいいですけど、今日は久しぶりにお世話になってたレギュム店に行こうかと思います」
「あ~、聞いたことあるわねぇ。北大商店街通りに女性に大人気のレストランがあるって」
リクはこんなところまでレギュム店の名が届いていることに内心嬉しくなり、思わず笑みをこぼす。
「あら、どうしたの?」
「いえ、レギュム店を知ってもらえてて嬉しかっただけです」
「どういたしまして。そうねぇ。今度フローラちゃんと行ってみようかしら。あの子も忙しいから時間が合うかしら」
実はフローラと二コラ、二人はニスカルト王立学園の同級生なのだ。ともにSクラスであり寮生活をしていた二人は気が合い、毎日一緒に行動をしていた。親友と呼べるほど仲が良く、今でもたまに一緒にお出かけしたりもする。
朝食を食べ終えたリクは自室に戻り、外出の準備を整える。と言ってもたいした荷物はなく、身だしなみを整える程度だ。鏡の前に立ったリクは、銀色の鎖にアクアマリンがぶら下がったネックレスを首にかける。毎日お守りのように身に着けているネックレスは、親との繋がりを示す物の一つだ。いつ見つかるとも分からぬリクの両親。リクは根気よく情報が集まるのを待っていた。
部屋の鍵はいつものように寮長に預けて寮を出る。すると近くの運動場で見覚えのある後姿を見かける。それは黒い翼を背に持つフレイだ。
「フレイおはよう! こんな朝早くから運動場でどうしたの?」
「あ、リクおはよう。んとね、実は――」
フレイは魔力コントロールの下手さを最初の授業で改めて痛感し、自主練に励んでいたという。
「偉いね。流石Sクラスに所属するだけあって向上心は人一倍だよね」
「リクもSクラスだってこと、忘れてるわけないよね?」
「忘れてるわけないけど……。俺、魔法使えないし……」
「ご、ごめん……」
妙な沈黙が二人の間にできてしまったが、リクはその空気を払拭しようと話題を変える。
「と、ところで。フレイは今日の予定は? 流石にずっとそうしてるわけではないよね?」
「うん。人のいない朝の時間だけ練習しようと思ってただけだからもう終わるつもり。予定は特に考えてなかったかな」
「じゃあさ、俺がお世話になってたレギュム店に来てみない? 今から行くんだけどどう? 家族に紹介させて」
「――えっ。で、でも。僕の翼を見て怖がるといけないし……」
「大丈夫。そこは俺が説明するし、偏見を持つような人たちじゃないから安心して」
「そう……。じゃぁ、お邪魔、しようかな……」
「よし! そうと決まったら善は急げってことで! フレイ早速行くか!」
「あ、でもお邪魔するのに何も持っていかないのは。途中でお土産を買いたいからお金持ってくる! ちょっと待ってて!」
フレイは女子寮の自室に戻り、財布を取って来る。その間リクもお土産を買っていこうかな、と考えていた。
二人は学園を出て貴族街に出る。朝七時の今、貴族街は人があまり出歩いていない。いるのは警戒に当たる衛兵ばかりだ。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
二人は貴族街と平民が居の城門で勤務に当たっている衛兵に挨拶を交わす。衛兵からは軽い会釈が返ってくる。立ち仕事は意外ときついものだ。見た目は平然としているが、長時間立っていると鍛えていようとも足腰に負担がかかるのだ。リクは「お仕事って、大変だなぁ」と他人事のように考えていた。まだ危険が伴わないとはいえ、リクも冒険者という職業についていることも忘れ……。
二人は公共魔導車に乗ることなく北大商店街通りまで徒歩で歩いてきた。その間、フレイはリクの後ろで顔を隠す様に歩いてきていたが。
「なんで顔を隠すのさ。やっぱ翼が気になるの?」
「うっ、ま、まぁ……」
「それなら無理しないで入学試験の時みたいに上からシャツで隠せばいいじゃない」
「それじゃ駄目なの」
フレイは顔を振る。
「みんなに僕の姿を認めてもらう前に、まず僕が自分の姿を認めなくちゃいけないと思うんだ……。だから僕は決めたの。逃げることも隠れることもしない。僕は僕なんだ。悪魔じゃなくて翼人族なんだ、ってね」
フレイは自分が本当に翼人族であるのか相当悩んだのだろう。周りから差別の目で見られ、時には痛い思いをしたこともあっただろう。幼くして自分の正体に悩み、そのことで傷つく。それを克服しようとするフレイの精神の強さは想像できるものではない。
「……偉いんだね」
「僕の定められた運命なんだから、僕が変えなくちゃ」
「……かっこいいこと言ってるんだけど、頑張って僕の隣に立とうね。顔を隠してると台無しだよ」
「が、頑張ります」
おずおずとリクの後ろから姿を見せるフレイ。リクは励ますためにフレイの手を取る。リクと繋がった己の手を見てフレイは気持ちが落ち着くのを感じる。リクの温かい手のひらを感じることで荒れていた鼓動は静まる。
「あ、ありがとう……リク……」
「さ、お菓子を買おうか!」
笑顔を見せるリクはフレイを引くように先を行く。その後姿を見るフレイの鼓動は再び早まり始めた。
(なんだろう。この感じ……)
リクに引かれるフレイは、自分の頬が若干赤く染まっているのを自覚することはなかった。
「こんなので大丈夫かなぁ……」
「大丈夫大丈夫。ルシオおじさんたちなら何でも喜んでくれるよ」
まだまだ八歳の子供が訪問時の手土産を気にすることもないのだが、二人はしっかりと準備した。包装紙に包まれたお菓子を袋に入れ、二人手をつなぎながらレギュム店を目指す。
「到着っ! ここが、俺がお世話になってたお店」
「リクが過ごした、家……」
「ま、ここに進出する時に前の店を解体してからここに来たから、ここの場所では数ヶ月しか過ごしてないけどね」
北大商店街通りの中央付近に位置するレギュム店に二人は辿り着いた。以前の店兼家のサイズから倍の大きさになり、外装も豪華になったレギュム店は当たり前のように赤字スタートだった。しかし開店後の客の入りはよく、借金はすぐに無くなりそうな勢いだ。
「ただいま~」
リクは裏口から鍵を使って中に入る。お邪魔しますではなくただいまなのは、レグム一家からここを本当の家だと思って、いつでもいいから帰っておいでと言われていたからだ。
「おっかっえっりぃ~~っ!!」
そんな声とともに裏口に飛び込んできたのはリクの声を厨房で耳にしたシェリーだった。厨房で作業をしながら離れた裏口の音を聞き分けるとは、なんという耳の良さだろうか。リクは呆れながら次に起こることに対して身構えた。
「リッくぅ~~ん!」
当然のように抱き付いてきたシェリー。八歳にもなるとだいぶ体重も重くなったため、もう抱き上げることはしないが、リクを胸にうずめるようにきつく抱きしめてくる。
「この二週間寂しくて堪らなかったよ~。リッくんも寂しくなかった?」
「さ、寂しかった、よ……」
ここで、別にそうでもなかった、と言わないのは流石リクと言えるだろう。ただ、人の悲しがることを言わずに自分の意見をはっきり言わないのもどうかと言えるが。
そんなシェリーの勢いに圧倒され茫然としていたフレイ。リクはシェリーの抱擁から抜け出し、フレイを紹介する。
「シェリーお姉ちゃん。この翼人族の女の子はフレイ。僕と同じように平民出身から特待生となって一緒のSクラスに所属してるの」
「フ、フレイ・フィーダです。よ、よろしくお願いします」
「あらこんにちは。私の名前はシェリー・レグムよ。…………」
「…………」
「さっ、二人とも上がって上がって!」
フレイは張っていた肩と翼の力を抜く。シェリーがフレイの翼に気付いていたのは明らかだ。そのうえで何も問いたださなかったことに、リクは心の中で感謝した。
リクとフレイは手土産をシェリーに渡し、リクはフレイにレギュム店を案内しようとするも――
「お父さ~ん! リッくんが来てくれたよ~!」
「おう、そうか! なら手伝ってくれ!」
「――えっ!?」
「それと、フレイちゃんってかわいい女の子も連れてきたの!」
「おう、そうか! なら手伝ってくれ!」
「…………えぇっ!?」
厨房から聞こえるルシオの声はヘルプを頼む声だった。予想もしていなかった展開にリクとフレイは揃って声を上げる。
「それじゃあ。来て早速で悪いんだけど、よろしくぅ~! フレイちゃんはこのエプロンをつけてね。リッくんは前のようにウェイターさん、よろしくっ!」
そう言うとシェリーは厨房へと戻る。既に昼の開店時刻を過ぎているレギュム店はお客さんで溢れている。北大商店街通り入りを果たしてから新たな人材確保を行ったレギュム店だったが、まだまだ新米店であるレギュム店に就きたいという人は少なく、今でも人材不足に悩んでいる最中なのだ。
廊下で茫然としている二人。店内からは客の賑やかな会話が聞こえてくる。
「なんか……ごめん。こんなことになっちゃって……。あとでバイト代ちゃんと払ってもらうよう言っとくから」
「ううん。大丈夫。時間はあったんだし、こういうのもたまにはいいかなって思えるもん」
「ありがと。さて、フレイには簡単な作業を、厨房で皿洗いとかを頼もうかな。ついてきて」
リクはフレイの翼を気にして、ウェイトレスとして店内に出すことは控えようと考えた。リクがどれだけ気にしなくとも、お客さんの中には黒い翼に過剰反応する者もいるかもしれない。それが店に与える影響を考え、リクはフレイに厨房での裏方をお願いしたのだ。
厨房に入ったリクとフレイは、忙しく動くルシオとシェリー、新たに入った補佐の人の三人を視界に入れる。彼らに声をかける暇も見当たらないため、リクは挨拶を後回しにしてフレイに皿洗いの説明をする。
「と言っても、ただの皿洗いだから割らないよう気をつけながら洗ってくれれば大丈夫だよ。魔道具が使えれば楽だったけど、フレイは難しいよね」
「ごめん……」
項垂れるフレイ。
「大丈夫大丈夫。食器類だったらたくさんあるし、ゆっくり洗っててくれて大丈夫だよ」
時刻は正午の少し前。客の入りも増え始める時だ。そんな時間帯に来てしまった二人なのだから、戦力として期待されるのは当然だろう。
皿洗いはフレイに任せ、リクは更衣室で店の服に着替える。そして人のざわつく戦場へと出る。
「久しぶりだけど、頑張るか」
客からの注文を取ったりしている最中にすれ違うサラやメリー、ヘレン。彼女らと軽く挨拶を交わしながら、リクは仕事に励む。
昼もだいぶ過ぎると客の入りは少なくなる。レギュム店の昼の営業終了時間も間近となる。
サラ、メリーと一緒に食器の後片付けをし、厨房へとそれらを運びに行く。
「お昼もお疲れさん。みんな、よく働いてくれたな」
ルシオから労いの言葉がかかる。
「相変わらず人員の募集は行ってるんだが、なかなか来てくれなくてな。みんなには苦労を掛ける。申し訳ない」
ウェイトレスはサラ、メリー、ヘレンの他に二人いるのだが、彼女らも毎日毎時間出られるわけでもない。深刻な人員不足にあるのは明らかだ。
「あともう数十分、頑張ってくれ」
「はい!」
店員たちからは元気な声が返って来る。それに安心し、ルシオは調理の後片付けに入る。各々がそれぞれの役割に戻ろうとした時、ルシオはリクを呼ぶ。
「リク! ちょっとこっち来い」
「何ですか?」
リクはどんな用事を頼まれるのかと考えながらルシオに近づく。しかし、ルシオは久しぶりに自分以外に男がいるという状況に気が緩み、男同士ならではの会話がルシオの口から飛び出す。ルシオは身体をリクの高さまで屈ませ、小声でリクに話しかける。
「んで、リクよ。本命は誰なんだ? ん?」
「…………」
思わぬ質問に返答に詰まるリク。そんな二人の会話に聞き耳を立てる人物が三人いた。それを面白がりルシオは、
「ほら三人とも仕事しろ。手ぇ動かせ。足動かせ」
と三人を促す。その三人とは当然のようにメリー、サラ、フレイの三人だ。しかし、動きを再開した三人の動作はぎこちない。そんな三人にリクは気付くことはなかった。
「ルシオおじさんあのねぇ。彼女らとはそんな間柄じゃないの。仲のいい友達同士って感じなの。互いにそんなこと考えてもないよ」
リクはそう言い切った。
「は? 互いにって……まさかお前……。はぁ、何でもねえよ。これは苦労しそうだなぁ」
ルシオは溜息をつきながらまともに動き始めた三人を見る。そんなルシオの視線をたどるリクだが、頭上の上にははてなマークが浮かぶだけだった。
◇◇◇
レギュム店の昼の営業が終わった午後。リク、メリー、サラ、フレイの四人は北大商店街通りに買い出しに来ていた。夕方から夜にかけての営業のための予備の食材を買い足すためにだ。
「へぇ~。フレイちゃんもSクラスなんだ! 頭いいんだね~」
「そ、それほどでもないよ。リクの方がよっぽど勉強できるし」
「レベル、高すぎ」
サラ、フレイ、メリーの会話に加われず、すっかり蚊帳の外なリク。サラとメリーはフレイの背中にある黒い翼を気に留めることもなく、すぐに仲良くなった。三人はフレイの学園生活について話題にしていた。他にも各々の自己紹介や日頃はどんなことをしているのかといった何気ない会話が続いていた。
(女の人って、よく会話が続くよねぇ)
荷物持ちをしているリクは、曇り空な上空を見ながらそんなことを考えていた。
「リク」
「ん?」
そんな時、メリーの自分を呼ぶ声にリクは視線を向ける。
「これ、みんなで買ったの。ヘアピン。前髪、目に入るといけないから」
「これ、一応魔道具で魔力が通ってるのよ。自分の魔力を流せば外れたりしっかり止めたりとか出来るみたい」
サラが説明をする。ヘアピンは小さく細い、リクの髪の色でもあまり目立たない銀色の物だ。
「つ、つけてくれたら嬉しいなぁ……なんて」
フレイは遠慮がちにお願いをする。
いつの間にやら三人でリクにプレゼントを買っていたようだ。今日がリクにとって特別な日であるわけでもないのだが、三人はお金を出し合い子供にしては高い魔道具をリクにプレゼントしたのだ。
「え、えぇっと、ありがと。嬉しいけど今はつけられないかな。両手塞がってるし」
「お姉ちゃんが今つけてあげるよ」
メリーはそう言うと、リクの前髪を整えヘアピンでとめる。
「うん。リク君似合うよ。可愛い可愛い」
サラは満面の笑みで言う。
「リ、リク……。や、やっぱり荷物持つよ!」
「いいのよ。リクに持たせておけば。いい筋トレになるもん」
フレイのありがたい申し出をメリーがとめる。
男として嬉しいか微妙なところのプレゼントに複雑な思いのリク。だが貰ったからには大切にしようと、リクはこれから毎日ヘアピンを真面目にもつける。
買い出しを終えた四人はレギュム店に戻り、サラは孤児院へ、リクとフレイは学園寮へと解散する。こうしてリクの学園生活最初の休日はバイトという形で一日を終えることとなった。




