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神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
14/20

13話:ニスカルト王立学園入学試験

「…………」

「…………」

「お願い」

「うん」

 リクはイサミに答案用紙を差し出す。イサミは解答用紙と照らし合わせ、答え合わせをする。

 時はリクが八歳の誕生日を迎える約一か月前の氷雨の月、三十二日雷の日。

 リクはここ最近、午前中の仕事を休んで勉強の追い込みに時間をかけていた。何しろニスカルト王立学園の入学試験が明日に控えているのだから。

 北大商店街通りにレギュム店が進出してからというものレグム家は多忙な日々を送っていた。本来ならリクの力も借りて店を回していきたいところだが、リクをそこで酷使して試験に落ちてしまうようなことがあっては本末転倒なため、家族そろってリクの仕事を取り上げ、リクが大図書館で勉強を出来るよう仕向けたのだ。リクは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だがより勉強に身が入り、試験に落ちるわけにはいかないと気合が入った。

 イサミが答え合わせをしている間、リクは緊張からそわそわしていた。視線は落ち着かず、窓から外を見たり、仕事で図書館内を歩いている司書を目で追ったり。

 リクは王都に来てからの三年弱を振り返っていた。まともに遊ぶことなく勉強漬けの日々を思い返すと少し悲しくなるが、それも全ては明日のためだと思いなおす。そして一番の事件といえば誘拐されたことだろう。リクが誘拐された理由は未だに分かっていない。そしてあの事件以来、誰か見知らぬ人から狙われるということもなくなった。大きな組織はリクを狙うことを諦めたのか、それともリクを攫う計画を練り直しているのか。理由は分からないが、リクは平和な日々を送っていた。

 そして王都に来た一番の目的である両親探しは難航していた。リクの師匠であるミアとリチャード、そしてアリソンとワットによる情報収集が行われていたが、リクの両親の情報は一切見つからなかった。リクはアリソンたちからそのことを聞いていたが、それでくよくよすることはなかった。そう簡単に見つかるとは最初から思っていなかったのもあるが、今が幸せであることから親が見つからないだけで寂しくはならなかったのだ。両親探しを諦めているわけではないが、リクは時間をかけて探そうとしていた。

「リク兄、終わったよ。……満点!」

「ふぅ、……ありがと」

 リクは硬い表情を崩してようやく笑顔を見せる。リクは先程まで入学試験の練習問題を解いていた。明日の試験に向けて最終確認といったところだ。

「リク兄なら絶対合格出来るよ。間違いないもん」

「うん、俺もそう願ってるよ」

「大丈夫大丈夫っ」

 イサミの勢いに苦笑いしながら、リクは最後まで油断すまいと心に決めていた。

「あ~あ。それにしてもリク兄とももうそろそろお別れかぁ。寂しくなるなぁ」

「一生のお別れじゃないんだから。いつでも会えるだろうし、イサミちゃんも三年後には試験を受けて学園へ入学するんだろ? そしたら毎日会えるさ」

「三年は長いよぉ~」

 二人の仲の良さは羨ましいほどに眩しい。兄妹というより恋人同士な感じだ。イサミの気持ちは分からないがリク自身にはそんな気持ちはなかった。やはり可愛い妹といった感じだ。

「…………」

「どうした?」

 今まで元気に話していたイサミが急に静かになったことに疑問を感じ、リクはイサミに問いかける。イサミは頬赤くし、体をもじもじさせていた。

「あ、あのね、リク兄。……しばらく、会えなくなる前に、一つだけお願いがあるんだけど……」

「……言ってごらん。可能な限り聞いてあげる」

 イサミの珍しいお願いにリクは頬を緩ます。リクは口にした通り、出来るなら何でもかなえてあげようとしていた。イサミのお願いを予想しきることも出来ずに。

「え、えっと、その……」

「はは。遠慮せずに言ってみな」

「え、えっとね。ち……」

「ち?」

「リク兄の血を吸わせてほしいの!」

 その瞬間リクは固まった。種族特有の欲望。種族違いのリクには到底理解も予想も出来なかったお願いだった。イサミは若干涙目だった。相当恥ずかしい思いをしながらお願いをしていたのだろうか。リクは額に手を当てた。特に頭痛を覚えたわけではないが、そうせずにはいられなかった。

「だ、だめ……?」

 そのお願いにはリクも悩まずにはいられなかった。魔力が多く通っているほどおいしいという血。魔力が無いとされているリクの血がおいしいというイサミの舌が狂っているのか。それともリクの血には実は魔力が多く通っているのか。リクにとっては後者が望ましいことだが、どちらにしろ困ったお願いだった。リクは血を吸われることに快感を覚える変態ではない。嬉々として血を吸わせることは出来ない。イサミが二歳の時に血を吸われた感覚が脳裏に残っており、噛まれた瞬間の痛みも未だに忘れられないのだ。

「リク兄ぃ……」

 もう恥ずかしがることも忘れてしまったのか、イサミは机に体を乗り出してリクに迫る。

「ちゃんと痛くないように吸うから。お願い……」

「…………」

 剥き出しになっていくイサミの牙。

 小さい子に我慢を覚えさせるべきか、めったにしないお願いを叶えてあげるべきか。リクは迷っていたのだが、自然と右手がイサミの目の前に差し出された。

「リク兄大好き!」

 イサミはリクの手を取ると軽く舐め始める。リクは知らなかったが、その行為は噛みつく際に痛みを伴わない様にするためのものだった。そしてイサミはリクの人差し指と親指の間に噛みつく。リクは痛みを覚悟していたが、何の痛みを感じなかったのを不思議に思っていた。

 血を吸い始めて何秒が経過しただろうか。

「…………いつまで吸ってるの……?」

「……はっ! ご、ごめんなさい!」

 イサミはリクの問いかけに反応して慌てて口を離す。そして噛みついた場所を再び舐め、血の出を押さえる。慌てて口を離したため、イサミの口からは血が垂れていた。リクはその様子にため息をつく。イサミは誤魔化す様に苦笑いをする。口から垂れる血を手の甲で拭おうとするのでリクはその手を掴み止める。そして懐から出したハンカチでイサミの口元を拭ってあげる。

「はい、綺麗になったよ」

「あ、ありがとう……」

 リクの思わぬ行動にドギマギしながらイサミは礼を言う。

「んで、美味しかった?」

「あ、うん! さいっこうに美味しかったです!」

 机の上に座りながら胸の前で手を合わせるイサミ。ごちそうさまでしたとでも言わんばかりの態度だが、リクは取り敢えず机から降りろと忠告する。イサミは慌てながら机から降りて椅子に座り、乱れた書籍類を片付け始める。

「さて、今日は終わろうか。明日のために余裕をもって心の準備をしたいしな」

「分かった。リク兄、頑張ってね!」

「おう」

 二人は挨拶を交わし、それぞれの自宅へと帰っていく。

 その晩、レグム家の面々が縁起を担ぐ料理を作ってくれたため、リクは感謝をしつつしっかりその料理を食べきる。

 本日は早い就寝を心掛け、リクは夜の九時には床に入る。明日の試験に万全で挑めることを祈りながらリクは静かに眠りについた。



 ◇◇◇



 翌日。

「それじゃ行ってきます」

「頑張ってこいよ」

「リラックスよ」

「リッくん忘れ物ないわよね?」

「リク、頑張って」

 レグム家一同の見送りを受けながらリクは一番街のニスカルト王立学園を目指す。近所に住むおばさんたちからもエールを貰い、リクは最寄りの停留所(ステーション)まで歩く。今この時間に勉強の復習をすることはない。やるだけの事はやってきたため、あとは自分を信じて試験に臨むだけだ。

 停留所から公共魔導車に乗り込み、揺られること約一時間。貴族街に入るのに一番近い停留所、一番街入り口前で一旦魔導車を降りる。この頃になって、リクは緊張というものを覚えてきた。そんな自身を深呼吸することで落ち着かせる。貴族街への城門をくぐり、リクは再び魔導車に乗り込む。その魔導車は学園前まで直行する便だ。そのため、来年の入学予定者である貴族の子も多く乗っている。リクはそれに気後れすることなく、堂々とした態度でいた。自分もここにいる資格のある者だと言うかのように。だが貴族の子らは、どこの子とも知らぬ平民の人間などに対して興味を持つことはなかった。彼らが考えていることはどれだけ高得点を取り、周りの貴族の者より最初からリードを取れるか、だった。

 試験はクラス分けに利用されるため、成績優秀者のみが所属できるSクラスを目標とするのは貴族の子らにとって当然のこと。優れた存在であることを周りに知らしめるチャンスであると捉える者が多いのだ。リクは最初からSクラスなど考えていなかった。何しろ試験には筆記試験のほかに魔力量計測と魔法の実演があるためだ。筆記試験だけではどうあがいてもSクラスに入れるわけがないと考えていた。リクは入学さえ出来ればいいと最初から思っていた。

 そうこうしている内に魔導車は学園前へと到着する。次々に魔導車を降りていく子供たち。リクも魔導車を続いて降りる。そして目の前に広がるは巨大な校舎。夢にまで見た目標であり憧れのニスカルト王立学園だ。

 一年生から六年生までいるこの学園には他国からも留学生が訪れ、かなりの生徒数となっている。そんな大勢の生徒を収容するためにも、ニスカルト王立学園は広大な敷地面積を持っている。

 リクは歩を進める。どんどんと近づく学園の門。すると、学園の前でリクに向かって手を振る一人の人間がいた。

「まさかこんな所にいるとは思わなかったよ、サラ」

「ふふふ、リク君をびっくりさせようと秘密にしてたんだ」

 彼女の名はサラ・クリスタ。二年と数ヶ月前に起きた誘拐事件の際にリクとともに誘拐されていた少女だ。多少の人見知りはあるが、今では誰とでも会話が出来るほどにまで精神は回復した。彼女はリクと同年代で、今は八歳だ。そのため、頑張ればリクと一緒にニスカルト王立学園に入学するチャンスはあったがサラはそうしなかった。お世話になっている孤児院に少しでも恩返しをしたいとして簡単な仕事しているからだ。その仕事はレギュム店でのウェイトレスだ。恩返しの件をサラから聞いたリクは、北大商店街入りで忙しさが倍以上となったレギュム店を紹介した。人手が少しでも欲しい状況であったため、その案はレグム家も喜んで受け入れた。サラは容姿もいいことからウェイトレスとしても人気が出ていた。それは今までの看板娘であったシェリーを超すほどだ。そんな状況にシェリーは複雑な思いだったが、成人になった自分との世代交代だなと諦めていた。

「それで、何か用があるのかな?」

「うん、渡したい物があってね」

 そう言ってサラは懐から布で作られた小さな袋を取り出し、リクに手渡した。

「これは?」

「お守り。試験うまくいきますようにって。私の手作りだから効果があるかは分からないけどね。えへへ」

 サラは恥ずかしそうに頬を掻く。

「いや、すごく嬉しいよ! ありがとう、サラ!」

 リクは素直な気持ちを返した。

「気持ちはいっぱい込めたから効果は抜群だって信じたいんだけどね」

「絶対に効果あるって。ほんと、ありがとな。緊張してたのが落ち着いたよ」

「良かった。あ、中に試験うまくいきますようにって紙が入ってるけど、絶対に見ないでね。お守り開けると効果なくなっちゃうから」

「了解、絶対に見ないようにするよ」

 リクはカバンの中にお守りをしまう。それを見届けたサラは笑顔を見せる。

「さて、そろそろ俺は行くよ。絶対に合格してくるから」

「うん、頑張ってね」

 サラの見送りを受けて、リクは学園の門を通り抜けて行った。そのリクの後姿を眺めていたサラは小さく呟く。

「実は告白の手紙が入っていたなんて……言えるわけ、ないよね。リク君に振り向いてもらえるよう、私も頑張ろっと」

 サラは周囲の視線を集めつつ、金色の髪を(なび)かせながらその場を後にした。


 一方リクはそんなサラのつぶやきが聞こえるわけもなく、学園の案内係である生徒の指示に従って受付を済ませていた。学園の玄関前の広場で受付を済ませ、リクは渡された紙の指示に従って指定の教室を目指す。大抵の人は玄関の奥に存在する転移陣で各場所へと移動していくが、リクは魔力が無いために転移陣が利用できない。リクは仕方なく階段を使用して、徒歩で目的の教室を目指す。

「ふう、やっと着いた」

 移動は転移陣が基本の広大な学園で徒歩はかなり大変。リクは少し道に迷いながらもようやく教室に辿り着く。渡された紙に書かれた番号と同じ席に座り、気持ちを落ち着かせる。時間には余裕を持ってきたため、十分間に合っている。後は何事もなく筆記試験開始を待つのみだった。

「あの、君も特待生狙いでの受験?」

 心を落ち着かせていたリクに話しかけてきたのは席が隣の男の子だった。なかなかの美少年で、容姿から察するに人間のようだ。妙に背中が盛り上がっているのは気になるところだが……。

「うん。そうだけど、君も?」

 おそらくは彼もそうしたように、リクも彼の格好から特待生狙いと判断した。周りが貴族だらけで立派な衣服を身に(まと)う人ばかりの中で、リクと彼は簡素な衣服でいたからだ。

「うん、僕も平民でそんなお金がないから、かっこ悪いけど特待生を狙ってるんだ」

「ふ~ん。俺は特待生を狙うこと、別に格好悪いとは思わないけどな」

「そ、そうか」

 彼は照れた様子を見せていた。リクにはその理由が分からなかったが、特に気に留めることはなかった。

「俺の名前はリク・ユード。互いに受かった暁にはよろしくな」

「う、うん。僕の名前はフレイ・フィーダ。お互い頑張ろうね」

 二人は自己紹介をして握手を交わす。その際にリクは若干の違和感を覚える。また、フレイが緊張をしている事にも気付き、リクは彼の緊張をほぐしてやろうと明るい口調で何気ない会話を交わしてあげる。その気遣いを感じたのか、フレイの表情は柔らかくなった。

 しかし、そんな二人の余裕そうな態度が気に食わなかったのか、一人の男子とその連れ数人の男子たちがリクたちに近づく。

「おい、貴様ら。随分と余裕そうではないか。最後のあがきに勉強でもしたらどうだ。まぁそれでも受かるとは思えんがな」

 先頭に立つ男子がリクたちに嫌味を言ってくる。それを聞いてリクはフレイが勉強道具を出していなかったことに気づく。リクは筆記に関しては自信があったために勉強をする気はなかったが、フレイがどうかは知らない。勉強の邪魔をしてしまったかなと思う。しかしフレイの様子を見ると、彼は貴族の子らに少し怖がりながらも首を横に振る。フレイもまたリクと同様に勉強をする気がないようだ。

「ご忠告ありがとうございます。ですが、俺らはするだけの事はしてきたので最後の丸暗記なんかは必要ありません。それでは」

 そう言ってリクは再びフレイと雑談を開始する。フレイは貴族の子が気になって話に集中できていなかったが。

 先程まで暗記作業をしていた目の前の貴族の子はリクの見事なまでの躱し方に苛立ちを覚え、教室中に聞こえるように声を張り上げてリクたちの素性を話し始めた。

「みんな聞いてくれ! ここにいる薄汚い者どもの正体を!」

「はい~?」

「えっ!? ちょっ、や!」

 リクはその男子の言ったことに不快感を覚える。そしてフレイはというと、席を立ちリクを挟んだ反対側にいるその貴族の子に対して机に乗り出して手を伸ばす。リクはフレイに乗り上げられる形になったため、彼の体を支える。その際にまた少し違う違和感を覚える。

「ちょっ、フレイ。落ち着いて。それとお前も人の事をどれだけ知ってるのかは知らないけど、あまり簡単に話さないでもらえるか?」

 リクは手を広げて教室中の注目を集めている目の前の貴族の男子に向かって言う。

「ふん。まずはこの私をお前呼ばわりした無知の小僧! こいつはリク・ユードと言って親なしの孤児だ! 親に捨てられ、血縁者を知らない寂しい暮らしをしてきた、孤独の男だ」

 リクはその言葉に怒りを覚える。確かに親なしの孤児で、名も知らぬ貴族の子は事実を言ったまでだ。だが、今ではすごく幸せな暮らしをしている。彼が言うとその暮らしを馬鹿にしているように感じたのだ。だが、リクは平静を保つ。ここで怒りを爆発させてしまっては元も子もない。試験を受けに来たのがご破算になってしまう。

「そして今も親は見つからぬまま、赤の他人の家で暮らしている。そして世話になっているその家は北大商店街通りに店を構えるレギュム店というのだが、そこの料理を一言で言うと、非常にまずいにつきる」

「――ッ!?」

 リクを(けな)したお次はレグム家を馬鹿にすることを始める。

「健康にいいだが何だがを(うた)っているが、あれはひどい。一品一品の料理は少ないし味は薄い。腹も膨れんし我ら客にたくさん注文させて金をむしり取ろうとしている魂胆が丸見えだ。あんな店は潰れた方がいい!」

 彼の後ろにいる連れの男子たちも口々に「そうだそうだ! 潰れてしまえ!」と周りを煽る。

 リクは自分の事だけでなくレギュム店を馬鹿にされたことに憤りを感じた。レギュム店を馬鹿にするのはレグム家を馬鹿にするのと等しい。リクは今にでも怒鳴り散らしてしまいそうだった。

「次いでこいつの隣にいる女だが……」

(ん? 女?)

 リクはフレイを見上げる。フレイは何かに怯えるように顔を強張らせていた。

「やめて……」

「こいつの名はフレイ・フィーダと言うのだが……」

「やめて……」

「こいつの正体は恐ろしいことに……」

「やめ、て……」

 フレイの身から力が抜け、リクに完全に寄りかかる。リクはフレイを抱きしめてあげる。その時、手のひらに違和感を感じる。何かふわふわして柔らかい物を触っている感触を覚えたのだ。

 貴族の子は止まることなく、衝撃的な事実を口にする。

「黒き翼を持つ、悪魔の子なのだ!」

 フレイは顔を押さえて泣き始める。

「僕はっ……た、ただの……翼人だよぉ……」

 フレイの背中側の服の下の何かが動く。リクはフレイが言った翼人という言葉から、翼人の持つ翼だろうと考えた。しかし、翼を隠す理由は何だろうか。やはり貴族の男子が言った通り、フレイの翼は悪魔を連想させる黒い翼なのだろうか。リクはフレイを抱きしめながら考えていた。

 翼人とは全種族の中で最も魔力量が多く、光属性魔法の扱いを得意とする。そして一対二枚の白い翼を持ち、空を自由自在に飛ぶことの出来る種族だ。そんな種族だが、翼人の個体数は世界的に少ない。大昔に人間が翼人の翼目当てで戦争を仕掛けて乱狩りをしたせいだ。人間という種族の欲望は強く、他種族の命を奪ってでも欲を満たそうとしたのだ。それからというもの平和を愛する翼人族は人間の前に出てくることは滅多になくなった。誰も知らないような僻地(へきち)へと移り住んだのだ。

(って、あれ? 俺って初対面の女の子を抱いてることになるのか?)

 リクはそこであまりよろしくない状況に気づく。慌ててフレイを席へと押し戻す。

「クリストフさん、先生来ましたよ」

 その時、今まで嫌味をさんざん言ってきた男の連れの内の一人が、試験監督が教室に入ってきたことを告げる。リクも教壇に視線を向けると、一人の獣人が立っていた。

 クリストフと呼ばれたその男もそのことを確認すると、リクたちに向かってさらなる嫌味を言ってきた。

「言っておく。この学園は神聖な場所だ。本来は我々のような選ばれし者、つまり貴族だけが通う場所だ。貴様らのような薄汚い平民ごときが来る場所ではない。さっさと失せるんだな。孤児と悪魔め」

 そう言い残してクリストフとその連れたちは各々の席へと着く。全ての人が席に着いたことを確認した試験監督は説明を始める。

 リクはちらりと隣のフレイを見る。

「…………」

 フレイは酷く怯えていた。体は震え、手を胸の前で組み何か祈っているかのような格好でいる。事情を知らない者からすれば試験前に緊張しているようにしか見えないが、リクは周りから晒される視線に恐怖を覚えているようにしか見えなかった。

 リクはクリストフの嫌味で逆に闘志を燃やしていたが、フレイはすっかり意気消沈していた。そんな彼女の手を、リクはそっと握る。その際にフレイは体を大きく跳ねさせるほど驚く。

「フレイは気にしてしまうかもしれないけど、俺は気にしてないから。今は試験に集中しよ。受かって、奴を見返してやろうじゃねえか」

 そんな言葉を静かにかけたリクだが、彼女は元気を見せなかった。

(……こりゃ駄目かもな……)

 リクは内心そんなことを思っていた。



 ◇◇◇



「はい、そこまで~」

「……ふぅ……」

 筆記試験は終わった。リクは見直しも含めてかなり余裕をもって全問を解き終えた。勿論全問正解の自信はある。今まで勉強してきた範囲はやりすぎだと言えるほど、リクからしたら簡単な問題だった。あくまでリクからしたら、だ。

「次は魔力量計測になります。受付で受け取った紙に書かれた体育館に各々向かってください」

 それを聞いたリクは陰鬱な気分となる。リクにとっては苦痛を味わうしかない儀式だ。魔力のない人にとってこれだけ苦痛を伴うことはないだろう。自らの運命を再確認しなくてはいけないのだ。リクは机に頭をぶつけ、そして呟く。

「もう、帰りたい……」


 転移陣を使えないリクは当然のように徒歩で指定の体育館まで向かった。いくつもあるうちの一つの体育館に到着した時には既に計測は始まっていた。リクは体育館入り口の受付で何も書かれていない紙を受け取り中へと入る。体育館はとても広く、何百人もの生徒が余裕で入れる大きさはある。

 そんな体育館には時折、歓喜の声と悲痛の声が響く。魔力量の計測結果の良し悪しに一喜一憂しているのだろう。リクはそんな声を耳にしながら体育館内に並べられた座席に腰を下ろす。待つこと数分。先程渡された紙に数字が浮かび上がる。その数字は向かうべき計測場所を表している。リクはその数字が掲げられている計測場所に並び、自分の順番を待つ。リクのやる気は既になく、憂鬱な気分でしかなかった。

「次の方!」

「…………」

 リクは机に置かれた魔水晶に黙って手を置く。この魔水晶は触れた者の魔力量を計測する水晶。触れた者の魔力量を色で表現するのだ。魔力量が一番少ないと表現する色は白色なのだが、リクの場合はその反応すら見せない可能性がある。

「…………」

 そしてリクの予想通り、魔水晶は何の反応も見せなかった。係りの者は口を開けて呆然としていた。それもそうだろう。魔力のない人を見ることなど初めてなのだろうから。

「はぁ。気にしないでください。魔力が無いことは分かってましたから。それでは失礼します」

 リクはさっさとその場を後にする。分かっていた事とはいえ、魔力が無いという事実を知らしめられるのが悔しく、リクは涙をこぼしそうになっていた。

 その頃、リクを担当した係りの者はようやく立ち直る。

「計測不能って、んな馬鹿な……。これは一大事だ。たしか報告されたのを含めるとこれで四人目か? どうなってるんだ、来年の入学予定者は……」

 係りの者が触る魔水晶には大きなひびが一本入っていた。


 リクは最後の試験である魔法の発動試験を受けるために運動場へと来ていた。

「【爆発(エクスプロージョン)】!」

 そこでは丁度、筆記試験開始前にリクに絡んできたクリストフが魔法を発動させていた。

 魔法の発動試験ではただ単純に自身の得意とし、自信のある魔法を一発放つだけの試験だ。ちなみに、クリストフが放した爆発だが、火属性魔法の単発魔法で魔力消費量もなかなかに多く、取得難易度も高めだ。クリストフの魔術の実力は学生の割には高いレベルであることがうかがえる。

「お疲れさまです。クリストフさん。流石でしたね」

「ハァッハァッ、当たり前だ。これくらいの事は出来て当然だ」

 連れの男からタオルを受け取り、息を落ち着かせようとするクリストフ。なかなか無理をして爆発を行使したようだ。

「むっ、次は筆記試験で一緒の教室になったあの孤児か。どうせたいしたことないだろうが、見届けてやろうではないか」

「次の受験者、前へ」

 試験管に呼ばれリクは前に出るが、そこで断りの言葉を口にする。

「私はこの試験を棄権します」

「……そうか。では次!」

 場は白けた。その静まる試験場にクリストフの笑い声が響き渡る。

「はっはっは! 見たか! あの孤児あの年になっても魔法の一つも発動出来ないみたいだぞ! 【小火(スモールファイア)】程度は見せてくれると期待していたのだがなぁ! それ以下とは、流石は親なしの孤児だ!」

「そこ、口を慎むように」

「申し訳ありませんでした~。……くっくっくっ、はぁ~はっはっは!」

 クリストフは連れの男たちを引き連れて運動場を後にする。リクは悔しさに唇を噛みしめる。そんなリクを運動場の端から見つめる三人の男女がいた。彼らは互いに言葉を交わし、その場を後にする。



 ◇◇◇



 全ての試験を無事に終えたリクは公共魔導車に揺られていた。この魔導車に乗っていれば、家の最寄り停留所までたどり着く。リクは確かな手応えを感じるとともに悔しさを滲ませていた。そしてリクは学園に入学したら周りの人たちと圧倒的なまでに学力の差をつけて見返してやると誓う。

 そんなリクにニスカルト王立学園合格通知が届いたのは三週間後。配属されたクラスはSクラス。

 いよいよ、リクの学園生活が始まる。


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