11話:リク救出劇
「あ、あいつらはSランク冒険者のアリソンとワットじゃねえか! しかも弟子の二人もいやがる!」
「どうなってんだ! たかが二人のガキを誘拐しただけで、なんであんな大物が動く!」
獣人と人間は驚きの声を上げる。魔人の仲間に「もっと急げ!」「速度を上げろ!」と叫ぶが、魔人の男は膨大な魔力を感じた時点で全速力だった。それに鬼の形相で追いかけるアリソンたち。その速度はケンタウロスにも劣らぬほどだ。
ジリジリと詰まる距離。その事実を否が応でも知ってしまった誘拐犯たちはアリソンたちとの死闘に打って出る。
「こうなりゃ一か八かだ!」
そう言って獣人の男と人間の男は屋根のない馬車から飛び出してくる。それと同時に何かを懐から取り出し口にする。
「……何か食ったぞ」
「あぁ。注意するに越したことはない」
誘拐犯たちの怪しげな行動にワットとアリソンは警戒する。些細な動きも見逃さないのは戦いにおいて鉄則だ。相手を観察し、次の動きを予測する。そして自分はどう動くべきであるかを瞬時に判断する。それを常に冷静に繰り返し行い戦える者こそが真の一流と言えるだろう。
「来るぞ、ミア!」
「かかってこい!」
「お前らは二人でリクの救出に行って来い」
「こいつらは俺達に任せとけ!」
ミアたちは師匠の手など借りなくても瞬殺できると踏んでいた。しかしそれは甘い判断。まだまだ二流の思考だった。
急激に詰まる両者の距離。そして高まる誘拐犯たちの魔力。獣人の男は走りながら獣化し始め、人間の男は魔力を強く練り上げていく。その事実に気づいた時、ミアとリチャードは高く跳躍して獣人と人間の男たちを飛び越え、停止している馬車目掛けて突撃する。その前には腕を組んで立ちふさがるケンタウロス。
「獣化をするなんて、ただの野盗ではないな」
「あぁ。魔力の練り具合も半端じゃねえ」
アリソンとワットの脳内では警鐘が鳴っていた。少しでも油断をすると命取りになる。それだけの強敵が目の前に居る。
そしてミアとリチャードと対峙する魔人の男も何やら飲み込み、魔力が急激に膨れ上がっていく。
「……ミア、これは気を引き締めないといけないぞ」
「だな。これは全力で当たらないと殺られるぜ」
過去にも感じたことない程の膨大な魔力。目の前の魔人の魔力は普段の数倍にも膨れ上がっていた。
その間にアリソンとワット、人間と獣人の距離がゼロになる。鳴り響くは激突による衝撃音。その直後、ミアとリチャードたちも魔人の男と激突する。彼らの死闘が始まる。
◇◇◇
「くっ!」
アリソンは人間の男が振るう土属性魔法で作られた剣を、己の半身とも言える細剣で迎え撃つ。両者の剣はぶつかり合い、そして弾かれる。アリソンは全力で打ち込んだつもりだった。それでいて弾かれるということは、相手も相当な力で打ち込んでいるということ。互いが同じくらい仰け反っている事実は、両者の実力が互角であることを意味する。
「さっき飲んでいた薬みたいなのは、やはり力を引き出すものだったか」
しかし、男のパワーアップの仕方は予想以上だった。アリソンにとっては全力で撃ちこめば相手を押し切り、そのままねじ伏せられると考えていた。
「はぁああああ!」
アリソンは自分の後ろに風属性の下級魔法、【空気布団】を発動させる。仰け反りの僅かな隙を吸収してすぐさま反撃に移る。
一方、誘拐犯の男は戦闘技術に関しては三流もいいところなのか、アリソンのように素早く反撃に出ては来ない。それをチャンスと捉え、身体強化で脚力を上げて細剣を突き出す。しかし、男の胴体まであと数十センチというところで、アリソンは背筋に悪寒が走る。目の前の男が笑ったのだ。
(誘い込まれた!)
膨大な魔力反応を頭上に感じ、アリソンはすぐさまその場を離脱する。その直後、アリソンが居た場所に巨大な燃える隕石が降ってきた。その衝撃の余波はアリソンと男を吹き飛ばすし、土埃を舞い上げ視界を悪くする。
「――ッ!?」
すぐさま体勢を整えたアリソンに、男は追撃をかける。少しの間視界が悪くとも、魔力感知を利用することで相手の居所などは手に取るように分かる。男は小さな火球を無数に顕現させ、アリソンに向かって撃ち放つ。
自らをも巻き込む可能性のある至近距離からの男の追撃を、アリソンは不可視の光鎧を身体に張ることで耐え凌ぐ。
男は先程から自爆覚悟の攻撃が多い。男は自身の戦闘技術がアリソンより劣っていることを自覚しているために、ギリギリの戦いをしているのだろう。
男は勢いに任せてアリソンに迫り、土属性で新たに作った二本の剣でアリソンに攻撃を仕掛ける。それに対しアリソンも細剣で迎え撃ち、両者の剣による応酬が始まる。
幾合も続く二人の戦いはようやく終わりを迎えようとしていた。アリソンが徐々に押し始めたのだ。Sランク冒険者の称号を持っているだけはある。アリソンと相対する男には多くの傷が刻まれていく。痛みに体のバランスを崩し、さらなる傷を受ける。勝敗は決したかのように見えた。
「ここで殺られるくらいなら!」
そう言って男は懐から素早く二錠目の薬を取り出し飲み込む。
「うぐ、グ、グォオオオオオ!!」
◇◇◇
その頃、ワットと獣人の男の戦いは終盤に差し掛かっていた。怪しげな薬を飲もうとも、やはり誘拐犯たちとワットたちとでは長期戦になると実力に差が開き始めてくる。薬で一時的に互角の力を得ようとも体がそれに付いていけていないのだ。
「ハァッハァッ」
「もう大人しく捕まるんだな」
「くそったれがァッ!」
獣人の男は獣化モードでいるが、その速度は既にワットにとって脅威になりえない。簡単に見切れる速度だ。男は懸命にワットにとびかかるがワットはそれを軽くいなし、地に叩き伏せる。身体強化など使うまでもない。
「ぐはぁっ!」
「ちょっとばかし気絶してもらうぞ」
そう言ってワットは指先に雷属性の魔力を放出させる。それを男の首筋に向けて放とうとした時――
「グォオオオオオ!!」
「な、何だ!?」
ワットは咆哮のする方を見る。それはアリソンと人間の男が戦っている場所からだ。ワットはアリソンの身を心配するようなことはなかったが、突如聞こえる魔物のような咆哮に気を取られる。
「賭けに出やがったか。……俺もやってやろうじゃねえか。こんな父ちゃんを許してくれよ」
ワットがアリソンの方を見ている隙に、獣人の男は懐から薬を一錠取り出し飲み込む。すると――
「グ、ガァアアアアア!!」
「こっちもか!」
アリソンはその場を飛び退く。
獣化に伴い肥大していた筋肉はさらに大きくなり、体の内側から突き破ってくるのではないかというほど膨れ上がっている。爪や牙はより鋭利に伸び始めている。瞳は白目をむき、口元からは涎が滴り落ちる。正気は既に失われているように見える。その姿を見てワットは、敵でありながら獣人の男に憐れみを感じていた。
「何がお前をそこまでさせる……」
獣人の男の体は大きくなっていき、身長二メートルを超すワットを見下ろすまでになる。
「お前を死なせやしない。何があったか聞いてやろうじゃねえか。悩みは打ち明けてこそ解消されるってもんだ」
ワットは全身に雷属性の魔力を循環させる。するとワットの周囲を雷が走る。バチチッと暗い夜の中で光と音を放つ。獣人の男はそれに臆することはない。既に意識はまともではないのだから。
「ガチンコ勝負だ!」
ワットはそう叫ぶと超高速で獣人の男に接近し拳をふるう。獣人の男もワットに合わせるように拳をふるってくる。
轟音が夜闇を駆け抜ける。両者の拳がぶつかり合い、盛大な音を立てたのだ。
「オラオラオラァ――ッ!!」
ワットは休むことなく追撃をかける。その拳は獣人の肥大した筋肉を破壊していく。しかしそれをものともせずに獣人の男はワットに殴りにかかる。ワットはそれを避けもせずに鍛え上げた強靭な身体で受け止める。
「まだまだァッ!」
ドンッドンッと鈍く重い音が響く。その内心臓が止まってしまうのではないかと思えるほど強く殴り合う二人。血は流れ、骨は折れる。二人の殴り合いは最早戦闘ではなく喧嘩と言える。
意識を失っている獣人の男に何を感じているのか、ワットは正面から殴り合いを続けていた。
両者は満身創痍だ。しかし、それでも二人は立ち続けていた。殴り合う力も弱くなる。
ついに獣人の男は膝をつく。そして正面から地に倒れ伏す。それを荒い呼吸とともに見届けたワットは頭上高く拳を突き上げた。
「アリソンの奴も終わったか」
ワットはアリソンの戦いの行方を確認し、ぐらりと大勢を崩す。そして背中から崩れ落ち、星明りの眩い夜空を見上げる形で仰向けになる。
「これだけ興奮した戦いは久しぶりだったな。……あとで訳を聞かせてもらうからな」
獣化が解け、身動きの見せない元の大きさの獣人に向かって静かに呟いた。
◇◇◇
時間は少々遡る。
それはミアとリチャードが魔人の男と戦い始めた頃。
二人は魔人の男と善戦していた。学生時代から共に行動していた二人であったため、息の合った動きが出来ていたからだ。ミアはリチャードの、リチャードはミアの先の行動を僅かな動きから察し、魔人の男に対して最適な攻撃を迅速に繰り出していた。
「流石はSランク冒険者の弟子といったところ、か」
魔人の男は何メートルもする長い槍で戦おうとしていた。そのため、無暗に近づけない二人は魔法で対抗していた。
「【氷球】!」
「なら私は【竜巻】!」
二つの魔法は重なり合い、一つの魔法となる。
「くらいやがれ! 【雹嵐】!」
ミアの叫びとともに竜巻は唸りをあげながら氷球を巻き込み魔人へと突き進む。氷と氷がぶつかり合い激しい音がする。氷の破片は周囲に飛び散り、鋭利に研ぎ澄まされた氷の塊が魔人を襲う。その間にミアとリチャードは魔人の男を挟み込むように回り込む。
魔人に迫る雹嵐だが、魔人は苦ともせず得意の闇属性魔法で対処していた。ランダムに飛んでくる氷の塊を重力魔法で一点に吸収していき、自分に被害が出ないようにしたのだ。そして竜巻に関しては同じ竜巻の魔法で打ち消していた。
しかし、魔人が簡単に対処してくるのはミアとリチャードにとって想定内。ここから途切れることなく怒涛の攻撃を繰り出すことが勝利への鍵となる。ミアとリチャードは普段と比べて圧倒的に少なくなっている魔力を限界まで振り絞り、彼ら自身が得意とする魔法属性で連続攻撃を仕掛ける。
「【氷柱】!」
リチャードは氷属性。無数の針状の氷を飛ばす。
「【旋風】!」
ミアは風属性。小さな竜巻と言っていい風の塊が三つ、轟音をあげながら魔人に向かう。
リチャードとミアは攻撃の手を緩めることはない。二人は魔人の周囲を駆けながら次々と魔法を繰り出す。
「【地を這う氷】!」
魔人に向かって地面が勢いよく凍っていく。バキバキッと音を立てながら地面は凍っていき、魔人の足を拘束する。
「【流れ落ちる空気】!」
上空から叩きつける様に落ちてくる空気。それは極低温の空気で魔人の動きを鈍くする。
魔人の男は身動きが取れなかった。次々と襲い掛かる猛攻を対処しきれなかったのだ。飛んでくる無数の氷柱で肌からは血が流れ、魔法を使う間もなく飛んでくる旋風を耐えていたら足元が凍り、上空からは冷気が強く降り注ぐ。その絶え間ない魔法の応酬に魔人の男は為す術を失っていた。
「くそっ、この俺が、こうも簡単、に……」
寒さに身は震え、まともに話すことも困難な魔人。動きの鈍くなった今では格好の標的だ。
「ミア、頼んだ」
「あぁ。……って私に指図すんな!」
そう言いながらもミアは魔人に向かって手を伸ばす。
「【光牢】」
光牢とは障壁魔法の一種で、強固な光の壁で対象物を覆う魔法だ。体の大きな魔人だが、それに合わせたサイズの光牢が作られ、前後左右と天井で魔人を覆った。その間、魔人は諦めた様にじっとしていた。
ミアたちの戦いは終わり、静まる場。離れたところではまだアリソンたちの戦闘が続く音がする。本来であればアリソンたちの加勢に行くのが的確な判断だろう。だが、今はリクが捕えられている状況。リクの救出が最優先だ。アリソンに言われた通り二人はリクの救出に向かう。
◇◇◇
「リッくん!」
「リク!」
「師匠!」
馬車の外から聞こえるミアたちの声にリクは安堵し、大きな声で返事する。外の様子が分からなかったリクは戦闘音で外の様子を窺っていたが、それも静まりかえった後は不安を感じていた。しかしそれも束の間。ミアたちの声はすぐに聞こえてきた。
リクは隣に座っている少女を引き連れて馬車の外へと出る。するとすぐ目の前にミアたちはいた。
「師匠!」
「リッくん!」
リクとミアは強く抱き合う。
ミアたちを信じていたリク。リクの無事を祈っていたミアたち。お互いを確認しあい緊張の糸は解かれる。
二人は互いの体温を感じあい存在を確かめ合う。その様子をリクとともに捕まっていた少女はどこか寂しげに、そして羨ましげに眺めていた。
「よし、リクも女の子も無事に救出できたことだし、あとは師匠たちが終われば任務完了だな」
そう言ってリチャードはアリソンたちの方へと視線を向ける。ミアもリクを抱きしめながら視線を動かそうとした時――
「グォオオオオオ!!」
「何だ!?」
「ガァアアアアア!!」
「今度はワット師匠の方からよ!」
突如、魔物のような咆哮が辺りを揺るがす。ミアたちに再び緊張が走る。膨れ上がる魔力。師匠たちはどれだけの強敵と戦っているのか、ミアとリチャードはそんな気持ちで師匠たちの行方を見守ることにした。
だが、その行動はよくなかった。自分たちの戦いは終わったと思うのは少しばかり早急すぎたのだ。
ミアたちの視線から外れた先で動く者がいた。それは何事もなく立ち上がる。静かに動き、獲物を狙う狩人のようにその者はミアたちに近づく。
その動きにミアたちは気付けないでいた。何しろ膨れ上がるはずの魔力は極限まで抑えられ、溢れ出るはずの殺気も静かなものだったからだ。その正体は魔人の男、ケンタウロス。彼もまた、誘拐犯の仲間である獣人と人間の男と同様に二錠目の薬を飲んだのだ。しかし、魔人の男は理性を失うことはなかった。
魔人の男は長槍を構えリクごとミアを貫こうとする。その動きに誰もが気付くことなくミアたちの命が失われるかと思われた時、リクは不意に気配を察知する。それは何の前触れもなく感じた気配だった。視線を動かす先にいたのは槍を構える魔人の男。リクは体が自然と動いた。ミアの抱擁から素早く抜け出し、ミアの腰に下げられている一本だけのデュアルソードを逆手で抜き取り、一点の突きである槍の攻撃を紙一重で受け流す。手がしびれるほどの衝撃を受けていたリクだが、そのまま跳躍し槍の上を滑らすように剣を勢いよく真横に振るう。
「…………」
ドウッと魔人の男が崩れ落ちる。その際に血のシャワーがリクに降り注ぐ。斬るという手ごたえを感じたリクは己の手を見つめる。その手は微かに振るえていた。
一瞬の出来事に反応出来なかったミアとリチャードはその光景に茫然とする。真っ赤に染まるリク。自分たちが油断していたが故に起きてしまった殺人。幼きリクに手を出させてしまったミアたち。自分たちはまだ弟子を抜け出せない未熟者。それを強く自覚してしまったミアとリチャードだった。
「リッくん……」
ミアはなけなしの魔力で無属性魔法の【清潔】を使い、血で汚れてしまったリクを綺麗にする。
「……ごめんね。ごめんねリッくん……」
ミアは涙した。その後ろでリチャードも済まなそうな顔をしている。
五歳にして殺生を経験するリク。魔物の蔓延る世界だが、それはあまりにも早い経験だった。
ミアにとって清い存在であるリクには、過保護かもしれないが殺生というものをしてほしくなかった。リクが望んだから戦闘に関する技術を指導したが、リクにはいつまでも清い存在でいてほしかった。仮の弟子であるリクを、ミアはそのように思っていた。
しかし、リクは師匠たちと同じ職業で生きていくことは絶対の夢だ。殺生を気にすることはなかったとまではいかないが、リクは誰かを守れてよかったと思っていた。
「師匠、気にしないでください。僕は師匠たちを守れて良かったです」
「リク……」
「リッくん……」
ミアはリクに優しく抱き着く。しかし、リクはそれを押し返す。その行動をミアは不思議に思う。そしてリクは師匠たちを正面から見つめ、間を置かずに言う。
「そして、いつか師匠たちを超えてみせますから」
魔力の感じられないリクのその宣言にミアたちは顔がほころぶ。リクの冒険者の道は避けて通れないと強く感じると同時に、リクなら自分たちを超えかねないとも感じていた。
「ふふふ、それなら私たちはリッくんの師匠として超えるべき壁であり続けてみせるわ」
「おう、俺たちも負けないぜ」
三人の間には笑顔が咲いていた。暗い闇の中でありながら、そこだけが明るく、温かく感じられる場所だった。
「さて、師匠たちも終わった感じだな」
「ええ」
視線を向けると、ワットとアリソンがゆっくりとミアたちの方へと歩いてくるのが見える。ワットはアリソンに肩を借りており、若干足を引きずっているようにも見える。アリソンは魔力を限界まで使ったのか、時折頭を押さえながら歩いている。
アリソンたち四人のリク救出は無事完了し、戦いは終わった。そして残したことを片付けることで全てが終わる。それは誘拐犯たちが飲んだ薬のこと、なぜリクたちを攫ったのか、そして彼らのバックに誰がいるのか。それらの情報を彼らから聞き出す必要がある。
「さて、洗いざらい話してもらおうか」
意識の回復した獣人と人間の男を光属性魔法の結界で一ヶ所に閉じ込め、アリソンは二人に問う。ワットは腕を組んでいるリチャードの隣で胡坐をかき、睨みを利かせている。ミアは少女とリク二人に後ろから抱き付いている。
アリソンとしては無理な拷問などせずに情報を得たかった。アリソンの経験に基づく勘からは、彼らは素直に話してくれると感じていた。もし話さないようであれば魔法で無理やり話させる方法はあるが、魔法をかけられる方もかける方も苦痛を伴うため、できれば使いたくない。だが、その方法を考えさせるほど、彼らの持っている情報は重要な気がしてならないアリソンだった。
「…………」
獣人の男はアリソンとの戦いの影響でまともに動けないほどで、知っていることを話すことはなかなかに困難と思われた。その様子を見た人間の男は一つ溜息をつく。
「あれは数週間か前だったな……」
人間の男はゆっくりと語りだした。
彼が言うには、彼ら三人はある大きな盗賊団の人からある人物を探してほしいと依頼されたそうだ。その探してほしい人物が曖昧で、一緒に渡された魔道具の反応がある人物を誘拐してきてほしいと言われた。少額の前金を渡され、多額の成功報酬金を用意していると言われたため、家族を養うためにはどんなことでもやるしかないと考えたと言う。依頼者はもしも厳しい戦闘になる時はこの薬を飲むといいと、力があふれてくる薬だと言って数錠の薬を渡してきた。薬の詳しい説明はなかったが、彼ら三人は大変訝しんだ。だが押しつける様に薬と魔道具、そして引き渡し場所の書かれた紙を渡してきた依頼者は、さっさと彼らのもとから去って行った。
「つまりは俺たちもほとんどの事を知らないんだ。王都やその周辺で探し回れば目標の人は見つかると思って動いてたわけ。そして運よく二人も見つけたってことだ」
「お前たちはそれだけで誘拐を実行したわけか」
「悪いかよ。毎日の食いもんだけでも苦労してるんだぜ。金がありゃ飛びつくってもんだ」
「それに俺には養うべき家族もいるからな」
獣人の男は痛みをこらえながら呟いた。
それを聞いてアリソンたちは神妙な面持ちとなる。世界的に発展し栄えているニスカルト国セトロニカ王都であってもまだまだ貧富の差は大きい。戦争孤児や貧しい一人親家庭などはざらにある。全ての民が幸せであることなど不可能なのだ。
それを聞いたリクはミアから離れ二人に近づく。
「お兄さんたちちゃんとした仕事をしたらどうなの? こんな盗賊なんて危ないことしてないで。仕事だったらきっと師匠たちが紹介してくれるよ」
リクは純粋な気持ちでそう伝えた。しかし、アリソンはそれに待ったをかけた。
「リク。残念だがこいつらは誘拐犯として衛兵に突き出さないといけない。しばらくは懲役刑になるな」
アリソンのその言葉にリクは珍しく自分の意見を主張する。
「うん、そうかもしれない。だけど、僕はこうしてほとんど怪我なく生きて戻ってこれたんだよ。それは師匠たちのおかげだけど、僕はお兄さんたちを許してあげたい。そして真っ当な人生を送ってほしい」
「リク、そうは言うがな。他の罪人たちへの示しがつかないってもんが……」
痛みからだいぶ回復したワットは、罪人は皆罰を受けなければいけないと言う。その話を聞いた誘拐犯の男は、
「……坊主、悪いことした俺たちを許してくれるってのはうれしいぜ、ありがとな。だけどよ、もう、終わりなんだ……」
「あぁ、終わりなんだな。最後にもう一度、家族たちの顔が見たかった……」
人間と獣人の男は口々に終わりだという。その嫌な雰囲気にアリソンとワットは警戒する。
するとポコッ、ボコッと怪しげな音が聞こえてくる。アリソンたちはその音がどこから聞こえてくるものか少しの間分からなかった。しかしその音は次第に大きくなり、視界の中でも変化を出してきた。
「おいおいどうなってやがる」
「みんな離れるんだ!」
結界内に閉じ込められていた彼らの体に変化が起き始めた。体の内側から肉が突き破ってくるように膨らみ始めたのだ。血ははじけ飛び、男たちの苦痛の声がうっすらと明るくなってきたこの場所に響く。
「おおおおおオオオオオ!!」
「グォオオオオオッ!!」
アリソンはすぐ近くにいるリクの目と耳を塞ぎ、ミアは少女の目と耳を塞ぐ。結界内で膨れ上がった二人は狭くなった結界に張り付いている。そして――
「うっ……」
「なんてこった……」
ボンッという破裂音とともに彼らは飛び散った。結界内は血肉で汚れ、酷いありさまとなっている。アリソンたちは言葉を失くしていた。
そんな彼らの背後からは一日の始まりが顔を出していた。
◇◇◇
「やはり二錠目となると上級魔人レベルでないと耐えきれんか。副作用がでかすぎる」
ここはアリソンたちがいる場所から離れた場所。身を隠すにはもってこいの木々が立ち並んでいる。
「もう少し改良が必要なところだな」
男は少し考えるように腕を組む。
「それにしてもあんなガキどもが我らの夢を阻む存在であり、成就させるための大事な鍵となるとはな。アリソンとワットが付いているということは容易く攫えるものではない。今は引くのが一番だな」
男はその場から明るくなり始めた空へ飛びあがり姿を消す。するとひらりと落ちてくる物がある。それは一つの黒い羽根だった。




