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神の四子(ゴッドチルドレン)と堕天使魔王(ルシファー)  作者: 坂井明仁
1章:ニスカルト王立学園入学前編
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10話:最強の師弟動く

「リクが帰ってこない!」

 ルシオが腕組しながら玄関の外で叫ぶ。

「何かあったのかしら……」

 その後ろから外を覗くように顔を出すヘレン。

「絶対にそうよ! あぁ、私のかわいいリッくん。誰かに攫われたに違いないわ!」

 シェリーは母の後ろで頭を抱えながらウロウロしていた。

「…………」

 ルシオの前で静かに立っているメリーは、街灯の灯る闇の中へ目を向けリクを探し続ける。

 リクが攫われた日の夜、レグム家は騒然としていた。門限である七時になっても帰ってこないリク。夕飯の時間にも帰ってこず、こうして玄関前まで家族揃って出てきたのだ。

「……俺は大図書館まで急いで様子を見てくる」

 ルシオはそう言うと準備運動として屈伸をし始めた。

「なら私も!」

 シェリーもリクを探しに行こうとルシオに近づく。メリーも「私も探す」と言わんばかりにアキレス腱を伸ばし始めた。

「駄目だ。シェリーたちは家で待ってろ。お前らは浮遊結界通路レビテーションバリアウェイを使えないだろ」

 それを言われると引き下がるしかなかった二人。一刻も早く大図書館の下へ辿り着くには浮遊結界通路を利用するのが一番早い。無属性のライセンスを持っているルシオは問題ないが、どの属性のライセンスも持っていないシェリーたちは魔導車を利用するか、走るかしか選択肢がないのだ。それでは数時間かかってしまうため、一刻を争うこの状況では不適切。

「よし、行ってくる」

「あなた、気を付けてね」

 ヘレンたちの見送りを受け、ルシオは夜道を駆け抜ける。近くの浮遊結界通路に辿り着くと全力で【身体強化(クエント)】を発動する。ものの数分で一番街城門前へと着く。衛兵のチェックを受け、再び浮遊結界通路を利用して大図書館まで急ぐ。大図書館に着いた時、ルシオは汗だくだった。オーバーペースで走りぬけ、息も()()えだ。

「す、すみません!」

「はい、何でしょうか」

 ルシオが大図書館に到着した時、司書たちはちょうど帰宅するところだった。これ幸いと、ルシオは事情を説明する。

「リッくんが帰ってない!? それは本当ですか!?」

 司書たちがざわめきだす。司書たちはリクが大図書館を出て帰宅したのを見届けている。それでもまだ家へと帰っていないとしたら、道中で何かあったに違いなかった。

「怪我して動けないとか……」

「いや、あのリッくんなら攫われている可能性のほうが高いわ」

「だよね。あの可愛さだもの」

 司書たちは口々に様々な憶測を口にする。ルシオはここにいても埒が明かないと思い、冒険者ギルド本部へ向かうことを伝え、司書たちと別れる。

 一番街には他の地区と違い、冒険者ギルドは支部でなく本部が置かれている。

「はぁっはぁっ、……着いた……」

 ルシオの目の前には大きな建物がそびえている。冒険者ギルド本部だ。

 本部は地下一階から五階までの建物となっている。地下から一階は支部と同じだが、本部の二階には支部では取り扱っていないBからSランクの依頼を扱っている受付がある。そして三階が食堂となっており、冒険者は三階まで行き来可能。四階は情報を管理する専門の場所となっていて、職員のみ立ち入り可能となっている。最後に五階がギルド長室や会議室といった部屋となっている。

 そして冒険者ギルド本部と支部の違いを知ったら誰もが口を揃えて言うだろう。

「相変わらず豪華すぎる……」

 そう、本部は多くが大理石でできているのだ。貴族街に構える本部というのだから、見栄えもより良くなくてはならない。そういった理由から莫大な資金をかけられて本部は作られたのだ。

 ルシオは場違い感を感じながらも受付に向かって歩いて行く。夜も遅く冒険者の数も少ないため閑散としている。そのためルシオの歩く音はやけにギルド内に響いていた。

「すみません。相談したいことがあるのですが」

「依頼に関することでしょうか?」

 受付の女性はエルフだった。エルフ族は美男美女が揃い、容姿端麗な種族だ。勿論ルシオの目の前に居るエルフも直視できないほどの美しさだ。

 受付嬢はルシオを見て冒険者ではないと判断し、依頼のお願いにでも来たのかと予想していた。

「そうとは少し違うんですが、うちの子が行方不明なんです! どうか探してください!」

「……依頼として受理させていただきますが、よろしいですか?」

「あ、はい。そうですよね。失礼しました。ってそれじゃ遅いんです!」

 ルシオはかなり焦っていた。受付嬢の冷静な判断でようやくまともな会話ができるほどだ。

 受付嬢は依頼として済ませようとしたが、ルシオはそれで済ませるつもりは(はな)からなかった。

「誘拐された可能性があるんですよ!」

 その言葉に受付嬢はピクリと反応を見せる。

「誘拐……ですか。根拠はあるのでしょうか」

 その言葉にルシオは答えが見つからなかった。それもそうだろう。誘拐と考える理由は周囲の人がそうだと口を揃えて言うからだ。まさか容姿がいいからと、そんなふざけたことが言えるわけもない。親ばかと言われるだけだ。いや、女性陣なら真剣に言うかもしれないが……。

 そんな時、ルシオはあることを思い出す。それは以前リクに言われた言葉だ。まさに今にうってつけの言葉。それは――

「そうだ。アリソンさんを呼んでください。緊急事態だと」

 その名に他の業務をこなしていた受付嬢や、ギルド内に残っていた冒険者達が反応する。

「失礼ですが、あなたとアリソンさんがどのようなご関係で」

「私に面識はないが、リクが師弟関係だと聞いています」

「お子さんのご年齢は?」

「五歳です」

「でしたらただの戯言(たわごと)ではないでしょうか。自慢するために嘘をついたとか。それに五歳なんですから迷子の可能性の方が非常に高いではありませんか」

「リクはそこらの五歳とは違う!」

「親の言うことは真実味に欠けます。それに先ほど師弟関係だと言っておりましたが、アリソンさんたちの弟子はBランク冒険者のリチャードさんと同じくBランクのミアさんです。リクという名の五歳の子が弟子にいるとは聞いたこともありません」

 ルシオはここまでだな、と思った。まさにその通りだった。受付嬢は迷惑そうな顔をしている。

「業務に差し(さわ)りますので、お引取り願います」

 ルシオは引き下がるしかなかった。

 家への帰り道。リクが最近最短ルートを走っているということを聞いていたため、それらしき道を歩いてみたが、リクがいる様子、痕跡(こんせき)はなかった。夜も遅いためルシオはその日の捜索を諦め、翌日に衛兵にでも相談しようと決めた。



 ◇◇◇



「それは大変ですね。分かりました。直ぐに捜索網を張りましょう。先輩!」

 翌日。ルシオはシェリーに店を頼み、リクから仲が良いと聞いていた北大商店街通りと貴族街を囲む城壁沿いの大通りが交差する地点にある詰所に居る、ジスターと言う名の衛兵を尋ねていた。

「いつだったか、レイナスティ様を連れてきた五歳らしくねぇ坊っちゃんのことか。暇な奴ら全員に連絡だな。出動だ」

「ありがとうございます!」

 ジスターたちに事の顛末(てんまつ)を説明すると、ジスターたちはすぐさま行動に移った。

「さて、誘拐の可能性を考慮すると、外まで探しに行ける冒険者にも連絡を入れておくのがいいでしょう。ルシオさん、付いて来てください」

「あ、はい。あと、実はですね――……」

 ルシオは昨日本部に寄って力を貸してくれるよう頼み込んでいたことをジスターに話す。

「冒険者本部は一体何をやってるんだか。まぁ見も知らぬ一市民の言うことを真に受けるのも難しいか」

 ジスターは本部の対応に愚痴を呟く。

 二人は五番街冒険者ギルド支部に向かっていた。浮遊結界通路を通って迅速(じんそく)に移動する。誘拐されていた場合、最早(もはや)時間との勝負となっていた。違法奴隷として売りだされようとしている場合、捕らえてから長い間同じ場所にいるとは思えない。そう考えていたジスターは自然と移動速度が増していく。ルシオはそれに付いていくのに必死だ。

 ようやくギルド前に到着したジスターは遠慮なく大きな音をたてて扉を開ける。

「支部長はいるか!」

 ジスターは冒険者ギルドの間でも有名だ。学生の頃から有名であったため、冒険者ギルドの耳にもその名が届いていたからだ。

「あ、ジスターさん。何か御用ですか? ってあれ。ど、どこへ行かれるんですか!? それにあなたは誰ですか!?」

 ジスターは慌てる受付嬢の許可を取ることなく職員スペースへと入り込み、ギルド長室のある三階へと階段をかけ登っていく。勿論ルシオもその後に続く。

 ジスターは三階の奥にある一室の扉をドンドンと叩く。

「支部長! ()ったか?」

「ドタドタぎゃあぎゃあうるさいわい! 余裕で聞こえとるわ! 老婆ナメるな! それとお前が逝ね! こんの裏切りもんが!」

「相変わらず元気なキオばあだな」

 ジスターはそう言うと扉を押し開け中に入る。ルシオは部屋から聞こえた怒声にビクつきながら恐る恐るジスターの後に続く。

 ジスターの後ろから顔を覗かせ支部長の姿を確認しようとしたルシオだが、支部長は見当たらない。目の前にあるのは資料が山積みにされた立派な机と肘掛け椅子、そしてその手前に低いテーブルとソファが並んでいるだけだ。

「あの、支部長様は……」

「ん? あぁ、私の足元にいますよ」

「へ?」

 ルシオが視線を落とすとそこにいたのは、身長五十センチほどの小さな竜人族だった。

「こ、このお方が支部長様……」

「ふん」

 荒々しい鼻息は火を伴った。

 竜人族。彼らは強き力を日々求め続ける戦闘種族だと言っていい。山間などの厳しい環境に身を置く人たちが多いのはそういった理由からだ。

 竜人族の普段の姿は人間のような姿で、背中に膜のある翼を持っている。そして獣人族の獣化と同じように、竜人族にも竜化という変身能力がある。竜化の際には皮膚に鱗が現れ、爪や牙が伸び、尾も生える。さらには筋肉が肥大して体が全体的に大きくなる。まるで二足歩行の小さな竜のようになるのだ。

 そんな竜人族がルシオたちの前にいた。だが、彼女の姿は小さく、とても戦闘種族とは思えない。眼鏡を小さな鼻の上に乗せ、どうやっているのか、器用に尻尾の先で万年筆をくるくると回している。

「それで、なんの用なんだい。この筋肉フェチが」

「筋肉フェチとは酷いぜ。俺はこの国に惚れたから国に仕える衛兵として身を捧げてるだけじゃないか」

 どうやら二人は職種や地位が違っても気兼ねなく話せる間柄であるようだ。

「それにしても竜化はしっぱなしなんだな。負担になるぞ」

「ふん。これくらいなんともないわい」

 キオは身を翻し棚へと魔力を飛ばす。すると棚はひとりでに開き、中からティーポットと三つのティーカップが飛び出てくる。

「急いでるんだろ? 本題に入りな」

「あぁ。ルシオさんご説明をお願いします」

「あ、はい」

 ルシオは簡潔に事の経緯を説明した。

「なるほど。それでアリソンの坊やたちを呼んで欲しいってことだね」

 宙をパタパタ飛んでいるキオは()れたての紅茶を口に含む。

「お願いできますでしょうか……」

 本部で断られたことを思い出しながらルシオはキオに訊く。

「それくらいお安い御用じゃ。よく知った子供のこととなったら、あ奴らは鳥人族顔負けの速度で飛んでくるじゃろ」

「あ、ありがとうございます!」

 ルシオは頭を下げる。しかしキオはルシオの視線より低い位置にいたため、それでも見下ろす形になっていたが。

「さて、あれはどこにやったかの」

 キオは椅子に降り立つと机の上で何かを探し始めた。

「あれって、何ですか?」

 ルシオはジスターに訊く。

「魔道具ですね。携帯型小型念話機です。それでアリソンさんたちと連絡を取ろうとしているのでしょう」

 念話機とは無属性魔法である【念話(テレパシー)】を魔道具で使えるようにしたものだ。念話機に魔力を流しながら使用するのだが、目標の相手の念話機につなげるのが意外と難しい。念話機に内蔵された魔石に登録した相手の魔力と使用者の魔力を正確にリンクしないといけないのだ。携帯型の念話機には複数の相手の魔力を登録することが出来るのだが、魔力操作が下手な場合、目標となる魔力の相手だけでなく、登録した他の相手の念話機にまで繋がってしまう可能性がある。更にはその際に発信される魔力波も乱れ、途中で盗聴されやすくなってしまうのだ。便利な携帯型の念話機だが、弱点も多いのだ。高価な魔道具であるため、一般的に普及しているわけではないが、お金に余裕のある貴族などは個人用に念話機を持っていたりする。そして念話機には携帯型と据置型が存在する。携帯型はどこにでも持ち出せて非常に便利だが扱いが難しく、回線が乱れやすい。しかも念話の出来る距離もたかが知れている。王都内のみが限界だろう。しかし、据置型はそんな携帯型の弱点が克服されている。幾つもの魔石を内蔵することにより混線を回避し、念話可能距離を飛躍的に伸ばした。大陸中ならどこでも届くだろう。距離によっては隣の大陸まで届く場合もある。

「あれ、ほんとどこやったかのぉ……」

 今だ小型念話機を探しているキオにジスターは嘆息(たんそく)をもらす。

「キオばあ、ここここ」

 ジスターは自分の耳を指しながら呆れた目つきでキオに伝える。

「なぬ!?」

 キオは自分の耳に触れる。そこにあったのは小型念話機だ。最初から身に付けていたのだ。それを忘れて必死に探していたとは、なんて間抜けな話だろうか。

「ふ、ふぁっふぁっふぁっ」

 自分の(おろ)かさに笑い声を上げるキオ。羞恥(しゅうち)で顔が若干赤くなっている。

「わしも年をとったのぉ。嫌じゃ嫌じゃ」

「もう随分前からキオばあは、ばあさんだよ」

「言いよるな、この若造が」

 キオは相変わらず笑っていた。だが念話機にはしっかりと魔力を流し始めていた。するとすぐに反応があったのか、キオは話し始めた。

「アリ坊、緊急事態じゃ。リクという坊やを知っとるじゃろ」

「――――」

「うむ。そのリクという坊やが誘拐された可能性が出てきた」

「――――ッ!?」

「じゃから至急五番街冒険者ギルドのわしの部屋まで来て欲――……。最後まで聞いてから切らんかい。まぁよい、茶でも飲んで待つとするか」

 キオは椅子に深く腰掛け紅茶をすする。ルシオは気が気でなく、そわそわしていた。

「ルシオさん。あとは私達にお任せください。ご自宅へ戻られて結構ですよ」

「そうですか。あとはよろ――」

「私のリッくんが攫われたって本当っ!!?」

「ブゥ――ッ!!」

 突如キオの後ろにある窓を蹴破って突入してきたのはミア。それに驚きキオは紅茶を吹き出す。

「ミア! なんてところからお邪魔してんだ!」

 続いて現れたのはリチャード。こちらはちゃんとドアから入ってきた。ただし、ドアを蹴飛ばし入ってきたため、ドアは粉々だが。ドアの破片は部屋にいたルシオたちに降り注ぐが、そこはジスターが全ての破片を叩き伏せる。

「キオ支部長! 詳しい説明を早急に願います!」

「壊したドアと窓はあとでしっかりと弁償させるから心配しなくていいぞ、キオのばあさん」

 リチャードの後ろからはアリソン、ワットが現れる。

「お、お主ら来るのが早いの。それに登場もド派手ときた。心臓に悪いわい」

「キオばあそんなことよりリクのことだ!」

「そうよ! この間にもリッくんがひどい目にあってるかもしれないのよ!」

ミアとリチャードはキオに迫る。その気迫にキオはたじろぐ。

「お、お主らをそこまでにさせるリクとは一体何者なんじゃ。まぁ気になるところだが、それは後にしよう。ルシオとやら、説明を頼む」

 そう言ってキオは新しい紅茶を自分のカップに注ぐ。

「は、はい」

 ものすごい場違い感を感じながらも、ルシオは何度目とも知れぬリクが行方不明になった経緯を説明するのだった。



 ◇◇◇



「こい、ブリッツ」

 リチャードの一歩前辺りの地面に幾何学模様が浮かび上がる。その幾何学模様は回転しながら発光している。するとそこに現れたのは魔獣の《ヘルウルフ》。

 リチャードが行使した魔法は闇属性の召喚魔法。契約した魔物や魔獣、または召喚陣の描かれた物体を呼び寄せる魔法だ。

「この匂いを覚えるんだ」

「…………」

 リチャードはブリッツという名のヘルウルフに枕カバーの匂いを嗅がせる。それはリクが普段使っているものだ。ルシオからリク行方不明の経緯を受けた四人は、 リクの捜索方法を直ぐに決めていた。そしてレグム家に一同で寄り、リクの匂いが染み込んだ物を借りてきたのだ。

 ここは大図書館前。これからリチャード、ミア、アリソン、ワットの四人は、レギュム店までの最短ルートを辿り、リクの痕跡を探そうとしていた。そして匂いの痕跡探しをするためにブリッツに頼ろうとしているのだ。

 ヘルウルフは聴覚と嗅覚に非常に優れている。雨などで洗い流されていなければ数日前の匂いも嗅ぎ分けることが出来るほどだ。

「では行きましょう」

 ブリッツを先頭にリチャードたちが後に続く。

 王都内で魔法を使っているリチャードだが、彼らは魔法の使用が許可されている。正確に言うと、ちゃんとした実力の持ち主であるBランク以上の冒険者と国の機関に所属する衛兵、そして国から特別な状況に限る許可をもらった一部の人は王都内でも自らの判断で魔法を使っても良いのだ。

 駆けること数十分。突如ブリッツは道を最短ルートから逸れ出した。

「……なるほど。ここら辺で襲われた可能性があるわけか」

 そこは日の届かない、昼過ぎでも薄暗い路地裏だ。ワットは地に手をつき路地裏の先を見つめる。

「リッくん。もっと自分の可愛さに自覚を持って行動してほしいわ……」

 ミアの呟きに彼らが反応を見せることはない。ただ、真剣な面持ちで襲撃現場と思わしき場所を見つめる。

「さて、ブリッツに着いてくぞ」

 一同は再び走り始める。ブリッツの進行方向は西へ西へと向かい、アリソンたちは十一番街の城門から王都外へと出た。

「やはり誘拐で間違いなさそうだな」

「あぁ」

 アリソンの呟きにワットが答える。

「リッくん、無事でいてね……」

「リク。今度は俺がお前を救ってやる」

 ミアはリクの身を案じ、リチャードはリクの救出を新たに決意する。

 リクの匂いは一旦途切れているようで、ブリッツは地面を嗅ぎながらウロウロしていた。おそらくはここで馬車に乗り込んだことで匂いが地に完全に付かなくなったのだろう。ではどのようにして衛兵の目を盗んで街の外へと出たのか疑問が残るが、今はそれを気にしている時ではない。

 一同は魔物の気配や野盗の気配を探りながら魔力全開で身体強化を行使し、西へ西へと駆けて行く。その速度は尋常でなく、近くから見ると首を回すのが追いつかないのは当たり前。遠くから見ていてもあっという間に目の前を過ぎ去っていく。空気を切る音と共に。

 勘を頼りに走ること数時間。数分の休憩を数回挟んだだけで、アリソンたちはかなりの距離を走り続けた。日も既に沈みかけ、彼らの影も長くなってきている。

「一体どこまで行けばいいんだ。日が暮れる」

「このまま行くと荒れ果てた岩場に出るぞ。どうすんだ」

 アリソンとワットはリクの捜索をどこまで広げるべきか悩んでいた。何しろ情報が全くと言っていいほど無い状態で王都を飛び出したのだから。かなりの国土を誇るニスカルト国から一人の人間をノーヒントで探しだす。それは無理難題なことだ。

 身動きの取れないリクを連れているのだから、時間的に誘拐犯たちが国外まで逃亡している可能性は低いだろう。

「師匠、その岩場まで行ってみましょう。何か隠れ家みたいなのを作っているかもしれませんし」

「そうね。ヴェステン都市より手前で隠れられそうな場所といったらそこくらいしかないわよね」

 アリソンたちは疲労の溜まった身体に鞭打つ。流石の彼らも数時間魔力全開で駆け抜けることは大変なことだった。だが、今は自身の体力を気にしている時ではないと誰もが思っていた。

 それから日は完全に沈み、辺りは暗闇に包まれる。アリソンとミアは光属性魔法の光球を用いて周囲を明るくする。

「さて、ここら辺に魔力反応は…………無いな……」

「やっぱここにも居ないのかなぁ……」

 リチャードは【魔力感知(オバーヌ)】を使って周囲を策敵する。その結果にミアは肩を落とす。

「いや、ここで正解だな」

「二人共こっち来てみろ」

 アリソンたちに呼ばれ、リチャードとミアが師匠たちに近づくと、大きな岩に隠れたいかにも作られた感のある洞窟が地下へと続いていた。

「これは……」

「リッくん。今助けに行くからね」

「作戦はこうだ。俺とミアで中に突入する。リクがいれば救出最優先で脱出してくる。ワットとリチャードは外で見張りをしていろ。もしものためにだ」

「了解」

 アリソンの作戦に三人は口をそろえる。ミアとアリソンは音を立てずに洞窟内へと突入する。リチャードとワットは外で誘拐犯たちがいないか警戒していた。

数分後。突然、洞窟内でミアの魔力が膨れ上がる。

「な、何があったんだ!?」

 すさまじい魔力にリチャードは声を上げる。すると――

「くっそォ――――ッ!! 私のリッくんをどこにやった!!」

 ミアが洞窟の天井を突き破って地上に飛び出してきたのだ。その反動で洞窟は崩れ出す。アリソンは慌てながらミアに続いて脱出する。どうやらミアは洞窟がもぬけの殻だったために八つ当たりで洞窟を破壊したようだった。

「……次の手段だな。そう遠くに行っていなければいいが」

 ワットは地に手をつく。するとリチャードがブリッツを呼び出した時と同じように幾何学模様が地面に広がる。現れたのは鳥類型の魔獣――《ファンロード》。両翼を広げると三メートルを超す魔獣だ。

「頼んだ」

 それだけの短い言葉でファンロードは全てを了承し、空へと飛び立つ。それを見送るワットたち。

 数分後、ファンロードの鳴き声に一同が反応する。ファンロードは飛翔しながら南の方へと移動を始めた。

「どうやら見つけたようだな。行くぞ!」

「あぁ」

「リッくん、待たせたな!」

「おいおい、もう言葉が変わってるよ。戦闘準備完了ってか?」

 皆は疲れすら忘れ、冷たい夜風を切りながら疾走する。すると見えてきたのは一台の馬車。

「あれか!」

「魔力反応は四つ!」

「二つは馬車の外から。二つは中から」

「【透視(クラール)】! ……いた! リクだ!」

 光属性魔法、透視で馬車の中を見たアリソンは声を上げる。それと同時にミアは残る魔力を限界まで絞り上げ、殺気を込めた魔力を解放する。そして全力の風属性の上級魔法を発動する。

「【空間の切断(エアシュナイデン)】!!」

 それは目標とする物体を切断する魔法だ。具体的には大きな空気の鎌が超高速で飛翔し、対象物を切断。射程距離と速度、そして対象を切断する強さは風属性魔法随一。

 馬車の屋根が綺麗に切断され、大きな音をたてながら吹き飛んでいく。

「私のリッくんを攫った(やから)はどこのどいつだァ――ッ!!」

「絶対にぶっ殺す!」

「お前ら口が悪すぎだ。ま、今回はそうも言ってられないがな!」

「あぁ。徹底的に叩きのめす!」

 ミア、リチャード、アリソン、ワットのリク救出劇が始まる。


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