9話:リク、誘拐される
出来次第投稿しようか……。
「う、うぅ~~ん…………。ここは……どこ……?」
見慣れない景色。小さな光球が頭上で薄暗く灯り、この場を怪しげな雰囲気で満たしている。
「…………」
湿った土の匂い。肌にのしかかる重い空気。
「ほんと、ここどこなの……」
ここはどことも知れぬ洞窟。その奥でリクは横たわっていた。土魔法による土格子の中で。何者かに捕らえられたのは明らか。
リクは何故自分がこんな薄暗い洞窟内に居るのか。自分の脳内に眠る記憶を掘り出し、その理由を思い出そうとした。
◇◇◇
時は遡る。
清冷の月の精霊祭から三週間が経った昼間。リクはいつもの様に大図書館で勉強をしていた。
「んっと、ここがこうで、これはこうで……」
精霊祭の結果は残念ながら落選。大商店街通り入りの通知は届かなかったのだ。自信があっただけに落胆も大きく、シェリーは暫くの間塞ぎこんでしまった。料理に手が出るわけもなく、ここ数日前まではルシオ一人で料理を作っていた。最近になってやっと落ち着いたのか、シェリーは再び厨房に立つようになった。ルシオはそれを黙って見届け、またいつもの様に二人で料理をお客さんたちにもてなし始めたのだ。
「うん、うん。……なるほど」
リクの真向かいにはイサギがいた。
イサミがリクに噛み付いた事件以降、イサギは大図書館に来ることはなかった。リクはいつまた来てもいいように、毎日大図書館に通い続けた。
そして一週間前、イサギはようやく大図書館に顔を出した。イサギは緊張しているようだった。その理由をリクから聞いている司書たちは、当たり前のようにイサギを快く出迎えた。司書たちの歓迎に戸惑いつつ、リクに近づくイサギ。
「リク……その、あの……」
「なあに?」
リクはイサギの言葉をじっと待った。数分にも思える、息の詰まる数秒をリクはイサギを見つめ待った。周囲では司書たちが仕事をしながら二人の様子をチラチラと窺っている。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
イサギは腰を折り、深く頭を下げた。あのプライドの高かったイサギが自分より年下の子、リクに頭を下げる。リクはイサギのこの行動を予想していたとはいえ、どこか居心地が悪かった。
リクはイサギの肩に手を置き、イサギの言葉をすべて受け入れる。というよりも、最初からリクの答えは決まっていた。
「イサギ兄ちゃん、だから言ったじゃない」
「……え?」
「気にしてないよって」
リクは笑顔で言い切った。イサギはリクの変わらないその優しさに涙をこぼした。自分のせいで全ヴァンパイアが差別を受けるかもしれないという重圧と責任から解放された瞬間だった。まだまだ差別意識というのはどこかの誰かに残っているのかもしれないが、仲の良い身近なリクに許してもらえたというのは、イサギにとって大きかった。
「あり……がと……」
イサギは肩を震わせていた。嗚咽も漏れていた。リクはイサギの背中を優しく撫で続け、泣き止むのを待った。
その後、リクとイサギは今までのように窓際で二人一緒に勉強をするようになったのだ。
「やっぱりリクに勉強を教えてもらうと分かりやすいなぁ」
「ふふ、ありがと」
「いつか妹にも勉強を教えてくれよ」
「勿論」
二人の様子は以前までと同じように、まるで兄弟そのもの。その関係がいつまでも続きますようにと、司書の誰もが思うのであった。
夕暮れまで続いた勉強会は終りを迎える。
「また明日な」
「うん、ばいば~い」
二人は反対方向へと別れる。
最近、リクは自らを鍛えるため帰り道は走って帰っている。その理由は、三週間前にあったあの不思議な出来事、謎の少女との出会いがあったからだ。少女に言われた「力を取り戻せ」とは一体どういうことなのか。リクなりに考えた結果、自らを追い込むという答えに辿り着いた。自らを鍛え、限界にまで達することで少女の言っていた力を取り戻せるのではないかと。
そしてリクは密かに期待していた。その力とは魔力のことではないのかと。だが、今まで全く感じられず、魔力放出も見られない自分に魔力があるのだろうか。一人で悩んでいると無限ループのように答えは見つからなかった。だが、あの少女のことを他人に相談することも出来なかった。そのため、リクはまず走り続け、心身を鍛えることにしたのだ。
「ハァッハァッ」
ここ数週間変わらぬ景色。薄暗い裏道や、綺羅びやかな花街。リクは家であるレギュム店までの道のりを最短ルートで駆け抜けていた。その街並みはいつもどおりで、何一つ変わったところはなかった。しかし、薄暗い路地裏を駆けている時、リク自身の身には異変が起きていた。
「あれ? おかしい、なぁ……。あ……れ……?」
リクの視界はゆらぎ、身体のバランスが崩れていく。視界は次第に暗転していき、足元の石畳に足を引っ掛け盛大に倒れこむ。痛みを伴うはずだが、リクの意識は次第に薄れていく。薄れ行く意識の中、視界の端に微かに映ったのは黒い影――…………。
◇◇◇
「痛っ! ……そういえば転んだんだよね。なのに寝ちゃうなんて……。絶対におかしい」
腕や頬、膝はすりむけ、赤黒いかさぶたが出来ていた。そこまで出血はひどくなかったのか、衣服が血で汚れていることはなかった。
「魔法で眠らされたりしたのかな? 僕は誰かに攫われちゃったのかなぁ……」
そう判断するのが妥当な状況が今ここにある。リクは泣きたい気持ちを抑えて出来うる限り冷静に努めた。
「それにしてもなんで僕が攫われなくちゃいけなかったんだろう」
周囲を見回し、状況を確認するリク。すると、リク以外にもう一人の人間が囚われているのを見つける。壁際に縮こまり、動きの見られない金髪の少女だった。少女は膝を抱え、顔を伏せた状態でいた。半袖に短パンという、ひんやりとした洞窟内では寒そうな格好だ。
リクは少女に声をかけるため近づいた。
「君、大丈夫?」
少女に声をかけるも、反応はない。
「ここがどこだか……」
「…………」
「知ってる、わけない……よね……」
相変わらず反応を見せない少女に、リクは話しかけることを諦めた。
改めて周囲を見回す。だが、土格子の中には見回す必要がないほど何もない。ただ辺りを照らす魔道具が天井で怪しげに灯っているだけだ。
リクは寒さに思わず身を震わす。リクは半袖と長ズボンという格好だが、寒さを感じていた。
「捕まっているってことは、誰かが居るってことだよね」
すると、コトン、と石ころの転がる音が洞窟内に響く。顔を上げた先にいたのは二人の人。犬と思わしき獣人と人間の男たちだった。彼らはちゃんとした衣服を身に纏い、単なる野盗といった印象は受けなかった。
「本当にこいつがそうなのか? 魔力が見えないが……」
「あぁ。渡された魔道具には反応が見られた。間違いないはずだ」
「まさかこんなガキどもがな……」
「それにしてもこんな簡単に見つけられるなんて、俺たちゃかなり運がいいぜ」
「あぁ、そうだな」
「これで俺たちも幹部入り間違いなしだな」
「任務を完遂するまでは気を抜くなよ」
そう言って獣人の男はリクたちの前から去っていった。この場に残った人間の男はリクを脅すようにしゃがみながら話し始める。
「無駄な抵抗はよせよ。お前らは大きな組織に売られる運命なんだぜ。観念しろっ」
人間の男も唾を吐き捨てリクの前から去っていく。静まり返る洞窟内。
「やっぱり捕まってるんだね、僕……。にしても……」
リクは推理した。男たちが話していた会話から得られたのは、リクと少女には攫われる理由である共通点が存在するという事実。それが何かは見当もつかないが、何やら特殊な魔道具を用いると分かるらしい。しかも運がいいと言っていたのだから、リクたちと共通点を持つ人達はそう多くないと予想できる。そしてある大きな組織とやらに売られる予定らしい。
「なるほど。少し状況が理解できた。次は僕と女の子の共通点探しか」
リクは再度考え込んだ。髪の色は違う。瞳の色……は確認できない。背格好……も判断しにくいが、歳は近いだろう。魔力も確認できないが少女は持っているに違いない。持っていないほうがほとんどあり得ないのだから。
「う~ん……」
共通点を魔道具で確認する必要があるということは外見ではないはずだ。同じような背格好ならもっと攫われている人は多いはずだ。
「となると、魔力くらいしか思いつかないけど、僕には無いはずだし……。獣人の人も僕の魔力が見えないって言ってたよね……。まさか、あの女の子が言ってた取り戻す力って、本当に魔力のことなの?」
精霊祭の時に出会った謎の少女が言っていた力とは魔力のことではないのか。リクはますますそう思うようになった。
洞窟内では何もすることがない。ただただ時間が過ぎていく。時々獣人や人間、そして半人半馬のケンタウロスという魔人が見回りに来た。誘拐を企てた犯人はその三人だとリクは考えた。彼らは順番に見回りに来て、三人の他に人がいる様子はなかった。外の時間は分からないがご飯や水もくれるため、死なせるつもりはないらしい。リクはおとなしくごはんや水を受け取ったが、相変わらず壁際でうずくまっている少女は何も口にしない。リクは少女が塞ぎこむ理由を知らない。しかし飲食を全くしないのは見過ごせないため、懸命に声をかけるが一言も発することはなかった。
「このままだと死んじゃうよ?」
身動きも見られないためまるで死んでいるかのように見えるが、呼吸による身体の上下が微かに確認できるため、そんなことはないようだ。
「ふぅ……」
リクは半ば諦めかけていた。もしもの時は無理矢理にでも口に詰め込もうと思ってはいたが。
誘拐されてから正確な時間は分からないが、既に食事は二回出てきた。誘拐されたのが夕方だとしたら、眠気はないため今は誘拐された翌日の昼間といったところだろうか。もっと長い時間寝ていたというなら何日かはもう全く分からないが。
「お姉ちゃんたちやおじさんおばさんたちはきっと心配してるよね……」
その時、うずくまっていた少女が微かに反応を見せるが、リクは気付かなかった。
「きっと師匠たちも探してくれているはず。師匠たちなら絶対に見つけてくれる。……なんか安心してきた。絶対に助かる気がしてきたよ。君、大丈夫だよ。僕の師匠たちが絶対に僕達を助けに来てくれるから」
それから何時間もの時が過ぎ、リクのまぶたが重くなってきた頃、人間と獣人がリクたちの前までやってきた。
「おい、ガキども。……出ろ」
人間が土格子を解除する。そして獣人の男がリクと少女の腕を掴むと乱暴に引きずり始めた。
「痛い! ちょっちょっと待って!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな!」
リクが抵抗しようとすると、獣人の男はリクを地面へと叩きつける。痛さに身を捩りながらも、男たちがリクの身体の傷を気にしないということは、奴隷として売り出すわけではないとリクは考えていた。
リクは体の痛みを我慢しながら立ち上がる。少女は抵抗らしい抵抗を見せず、引きずられるままだ。リクは少女に近寄り、ちゃんと立たせる。
「ちゃ、ちゃんと付いて行きますから。歩かせてください」
「ふんっ、付いて来い」
リクは少女の肩に右手を回し、左手は手を握った。
「大丈夫。助けは来るから」
少女の耳元で囁くように言う。リクは少女を支えながら獣人たちに付いて行った。すると太陽の沈んだ暗い外へと出る。時刻は既に真夜中のようだ。空気は冷え込み、半袖であるリクは肌寒さを感じた。
「準備は既に出来てるぜ」
外で待っていた魔人は馬車と自身の体を繋いでいた。ケンタウロスである魔人は普通の馬が駆けるより速いスピードが出せる。見たとおり、魔人が馬車を引くのだろう。
「よし。乗れ」
人間の男がリクと少女に馬車へ乗るよう指示する。リクは抵抗することなく少女を連れて馬車に乗り込む。リクは絶対に助けは来ると信じているため、その言葉に素直に従うのだった。少女は諦めているのか、うなだれたままリクと馬車で静かに座っていた。
「出発だ」
短い言葉とともに馬車は動き始める。お尻を跳ね上げるような振動を感じながら、リクは目を閉じた。音も匂いも振動も全てを拒否し、自分だけの世界へと入り込む。その何も感じない静寂の世界はリクを緊張から無縁とさせる。
「師匠……」
少女の手を握っていた左手に力を若干込める。少女の反応は相変わらず無いが、リクの肌に感じたのは微かな殺気。それはピリッと肌を刺激する。
「ありがとうございます……」
「何を言って――」
ピッ、と何かが鋭く切れる音がした。それと同時に冷気が馬車内に一気に入り込み、馬車の屋根が盛大な音をたてながら吹き飛んでいく。馬車に襲いかかる強烈なまでの魔力。全てを押しつぶさんとばかりにかかる重圧。
ついに来たのだ。待ちに待った彼らが。
「私のリッくんを攫った輩はどこのどいつだァ――ッ!!」
「絶対にぶっ殺す!」
「お前ら口が悪すぎだ。ま、今回はそうも言ってられないがな!」
「あぁ。徹底的に叩きのめす!」
馬車の外。後方から聞こえる聞き慣れた叫び声。
「ありがとうございます……」
ミア、リチャード、アリソン、ワットのリク救出劇が始まる。




