おっぱい星人と病院
「おっぱい!!!」
起きるとそこは病室だった。
つか俺なんの夢見てたんだ? まあいいや。
少し熱っぽい。
そりゃ骨折ったしな……
窓から外を見ると神田界隈の風景が広がっている。
ここ駅前のあの病院だよな……
なるほど。ずいぶん近くの病院に搬送されたようだ。
「うむ一件落着!!!」
俺がそう言うと壁から紗菜が出てきた。
頬をふくらませている。
「何が一件落着ですか!」
紗菜がぷりぷりと怒っている。
これは……完全に拗ねていやがる。
困った……黙ってアイスを食べた時よりも機嫌が悪い。
「えーっと……悪霊を見たら遺体を探すのは霊能者的な人の義務でございまして……」
「ほう……」
「つかね! こんな大怪我したの初めてなの! まさかあんなことになるなんて!!!」
紗菜が横目でじろりと睨む。
「い、いえね。若干……いえかなり女の子の前で『俺のかっこいいとこ見せてやるー』って調子こいたのは事実なのですが……」
俺の弁解を途中で遮って紗菜が大声で怒鳴った。
「もう知らない!」
紗菜が宙を飛んで病室を出て行く。
紗菜さーん。
私が悪うございましたー!
紗菜が出て行った病室で俺はテレビをつけた。
ちゃんと映る……テレビカードまで買ってくれたのか……
あいつ結構オカン属性だな。
「……大学の博物館で謎の爆発です。この爆発で学生一人重傷、警備員二人が軽傷……なおこの爆発跡から遺体が発見されたという情報もあり……」
テレビのニュースは俺の事件を特集していた。
文科省ちゃんと揉み消してね! だいすけちゃんのお願い!
と、おどけた俺だが……どうにもしっくりこない。
俺の中でまだ……疑問が残っているのだ。
女子学生は俺が見ても明らかに他殺だった。
事故で拷問器具の中で死ぬとは考えられないからな。
悪霊の発生原因は埋葬が適切にされていない事だ。
だがその危険性や強さは死因によって左右される。
今回は殺人だからもっとも危険な部類だ。
だが今まで遭遇した経験から言うと、殺人でもこれほど危険な悪霊になるのは珍しい。
一囓りで女性を昏倒させ、ポルターガイストまで起こしたのだ。
とんでもなく強い悪霊だ。
よほど無残な死に方をしたに違いない。
あの拷問具で殺したのだろうか?
では誰が?
いや……考えても仕方ない。
あとは警察の仕事だ……
俺はテレビのスイッチを切ってベッドに寝っ転がった。
しばらく寝っ転がっているとドアを叩く音が聞こえた。
これはノックだな……警察か?
いや警察は文科省が揉み消してくれてるはずだ。
……あ、そうか! そういや文科省の事情聴取を受けてねーじゃん!
わざわざ来てくれたんだ!
「はいはーい」
俺がそう言うと乱暴に扉が開いた。
入ってきたのは男だった。
口から歯茎が見えるほど痩せ目はくぼんでいた。
なにより全身に穢れを纏っている。
「お前か!」
男が怒鳴った。
ちょっと待て! 文科省の人間じゃねえ!
俺はすぐさま理解した。
いや文科省どころか人間なのかさえ疑わしい。
俺は無理矢理体を起こす。
プチプチプチと体の筋肉、それもスジが悲鳴を上げた。
いたたたた!
本気で痛い!!!
男が何かを振り上げた。
ナイフだ!
俺は無理矢理体をひねって避ける。
ナイフが俺のいたベッドに突き刺さった。
俺は慌ててベッドから逃げようとしたせいかそのまま下へ落ち、体を床へしたたかに打ち付けた。
いたいよー!!!
涙と鼻水が勝手に吹き出す。
痛いけど逃げなきゃ!
そして体を動かした瞬間、痛みの第二波がやってくる。
「うんがあああああッ!」
自然と口から悲鳴が流れ出た。
痛い。マジで痛い。
俺はそれでも立ち上がるとふらふらと入り口へ逃げる。
「逃がすか!!! 死ね!」
何かが背中にぶつけられ、俺はそのまま前のめりに倒れた。
ぶつけられたのは棒状のもの。
そうか! 点滴台で殴られたのだ。
それがわかっても何もできない。
点滴台で何度も殴られる。
頭を両手で抱えてガードするが、腕に振り下ろされた点滴台の威力が強すぎて床に頭を打ち付けてしまう。
ぐらりと頭が揺れる。
脳震盪を起こしたのだろうか。
目の焦点が合わない。
俺の背中に何度も点滴台が振り下ろされた。
「お前のせいで! お前のせいで彼女は!!!」
わけがわからない。
なぜこんなことを……
「お前も彼女への贄にしてやる!!!」
贄?
ああそうか。
コイツが!
コイツがあの女子学生を殺したのか!
でも『彼女』って……
「ひひひ。今からお前を彼女へ捧げる。そうすれば……また……」
男がナイフをベッドから引き抜く。
俺は芋虫のように這って逃げる。
イヤだ! まだ死にたくない!
俺は襟をつかまれそれでもじたばたと抵抗する。
その時だった。
「おりゃああああああああああッ!」
突如ドスンという音が響いた。
男が崩れ落ちる。
男の後ろには紗菜がいた
その両手には液晶テレビ。
病室の液晶テレビを持った紗菜が男を殴ったのだ。
「うちのだいすけくんに何するんよ! このバカちん!!!」
そのまま紗菜は何度もテレビを振り下ろす。
「ケンカの基本は相手が動かなくなるまで殴ることー♪」
重い音が何度も何度も響く。
その制裁は機械のように正確無比。
明らかに他人様を殴り馴れている!
鬼じゃ! 鬼がいる!!!
俺ちゃんどん引きである。
最後に紗菜がテレビを投げつけた。
ぐちゃりという湿った音がした。
素人目にも男が無抵抗になったのを確認すると俺はため息をついた。
マジで死ぬかと思った。
「紗菜ありがとう」
少し紗菜に怯えているのは内緒だ。
「だいすけくん今度こそ本当に死ぬんじゃないかと思いましたよー」
なんだか呑気な紗菜の顔を見たら安心してきた……
安心したせいで……
「ひぐ。怖かったよおおおおッ!」
俺は恥ずかしいことに泣き出した。
マジで怖かったのだ。
ふざけんな! 悪霊より人間の方が数倍怖いじゃねえか!!!
次で終わりです