チクタク・キャット
ひとつ前に投稿した短編の内容がアレだったので、アレとは違うカンジになるように意識して書きました。
よろしくお願いします。
ボクは、ネコ。
ネコのぬいぐるみ。
白に所々灰色が混ざった、柔らかくて毛並みの長いネコ。
「ニャンニャンが欲しい」ということで、キミの三歳の誕生日に買われた。
キミの最初のお友達。
ボクは、いつも寝ている。
そういうイメージらしい。
いつも暖かそうな日向で寝ている。
そんなイメージから「寝坊助」という設定をつけられた。
本当は、ちゃんと起きているのに。
いつも幸せそうに寝ている、そう見えるらしい。
朝もなかなか起きないで、昼も寝ていて、夜も早く眠りにつく。
そういう設定。
ちゃんと起きているよ、と不満に思った事もある。
だけど、その設定のお陰で、プレゼントを貰えた。
寝坊して時間に遅れないように って、首から懐中時計を下げてもらった。
チクタク、チクタク。
楽しい時間を胸に刻み込んでくれるように、僕の胸の所で、時計が動いた。
チクタク、チクタク。
胸の所で鳴っているのに、よく時計の針が動いていることも忘れた。
キミと遊ぶ時間を時計の動く音を聞きながらウキウキして待って、チクタクも聞こえない位に楽しい時間を過ごして、チクタクの音に合わせて今日の日を楽しかったなぁと振り返りながら眠りにつく。
時々、誰かがイタズラして時計の針を動かしているのでは、と思ったほどだ、
それくらい、楽しい毎日だった。
たくさん楽しい思い出を貰った。
色々な遊びをさせてもらった。
赤い布を纏った貴族にしてもらったり花の王冠をつけた王様にしてもらったり、実はいいヤツっていう紳士な怪盗や実は両想いっていう幼馴染など、色々の役を与えてもらって、たくさん遊んだ。
たまに家族旅行に同伴させてもらえた。
たくさんの愛をキミから貰った。
いつも一緒に寝てくれた。
朝になったら、ボクがこっそり起こしてあげた。
僕の耳が取れる程の大怪我をした時は、キミが泣きべそかきながら手当てしてくれた。
下手くそだったけど。
幸せだった。
キミがそばに居てくれるだけで、すごく幸せだった。
でも、キミは大きくなると、少しずつボクから離れていった。
いつの日からか、チクタクと動く時計の音が、しつこいくらい耳につくようになった。
いつの日からか、チクタクと動く時計の音が、怖くなった。
活動的だった日々も、いつの頃のことか。
噛み合わない一方的な会話にやきもきしたのも、今となっては懐かしい。
棚の高い所に飾られて、動かないボク。
何でもない、ただの人形のボク。
まるで、キミに忘れられたよう。
キミの中から消えてしまったようで、寂しかった。
そして、とうとうこの日が来た。
噂には聞いていたからいつか来ると覚悟していた、この日が来た。
ただの置物となって数年。
捨てられる……。
ことは、なかった。
けど、何処かの誰かに売られるらしい。
いつまでもここでほこり被っているよりはいいだろうからって、勝手に決められて。
ボクは、キミから引き離されることになった。
大きくなったキミのもとから、去らなければならない日が来た。
どんなに嫌だと思っても、声を出せない。
だけど、ボクの胸の所で針は動き続ける。
無情にも、時は進む。
僕たちが別れる日へと。
キミと一緒に居られる、最後の日。
たくさんの思い出がある。
それを思い出すと、涙が出そうになる。
だけど、ぬいぐるみのボクは、泣くことが出来ない。
とっても悲しいのに、涙を流すことさえできない。
そんなボクの代わりに、キミはたくさんの涙を流してくれたね。
ボクの分まで、わんわん泣いてくれた。
嬉しかった。
悲しいけど、嬉しかった。
だから、「ありがとう」も言えないボクは、キミの胸に抱かれて、キミの涙を受け止めた。
本当に最後の時。
「大切な思い出の証に、コレを貰うね」
そう言って、ボクの胸から懐中時計が外された。
ボクの胸の所でチクタク動いていた時計が、外された。
そして――。
ボクの胸の鼓動のようにチクタク動いていた時計は、大切な人の首に掛けられた。
ボクの胸から、キミの胸へと渡った。
寂しい気持ちの中にふっと湧いたように、僕は安堵した。
あの時計が、僕とあの人を結んでくれる。
いつまでも。
ずっと。
チクタクチクタクと、時を刻みながら。
「どうしたの、それ? 懐中時計?」
「うん」
「これ以上 遅刻しないように?」
茶化すような友達の言葉に、ニコッと笑って、キミは答えた。
「うん。それと、大切な時間を忘れない為に」
チクタクチクタク、あの人の胸で時を刻み続ける。
大切な時を刻みながら。
大切な時を忘れないように。
チクタクチクタクと。
いつまでも。
ずっと。
タイトルを最初は「チクタク・クマ」か「チクタクマ」にする予定だったのですが、「tick tack」から、「kcat」、「cat」ということでネコにしました。
「tick tack・cat」
今思うと、ネコでよかったです。