荒野を行く4
魔法陣の赤い光が部屋の中を埋め尽くす。宮廷魔術師達の膨大な魔力がうねり、吹き荒び、ちりちりと肌を刺した。
陣の一番近くにいる仇星の巫女は額に玉のような汗を浮かべ、苦悶の表情を浮かべながら、必死に自身の魔力を注ぎ続けている。
厄災をもたらすと呼ばれる星がちょうど廻った日に生まれた彼女は、膨大な魔力と真っ白な悪魔の如き容姿を持って生まれた。縁起が悪い、と当初は追放しようとしたものの、その魔力は遠ざけるには利用価値が高すぎ、彼女は巫女となった。
巫女は星占いや、未来視などの魔法で以って救世する立場の人間であった。しかし、今ではその言葉は忌み名とかしている。彼女が厄災の星の下に生まれたからだ。
別段、彼女が何かをしたわけでもなく、厄災の星の下に生まれたから何かが起こったという根拠はない。しかし、時悪く起こった悪魔たちとの戦争が彼女に対する迷信を助長してしまった。
彼女自体は実に純粋で、真っ直ぐな唯の少女である。しかし、多くの民はそうは思わない。彼女がいたから悪魔たちと戦争になったのだという荒唐無稽な噂は瞬く間に広がった。
――救世するはずの巫女が、仇なる星の下に生まれ厄災を引き起こした。
私からすれば、なんと馬鹿らしいことなのだろう、と一蹴する話だが、世の中には信心深い人間など腐るほどいる。それは、我が国の中心に立つ人間たちも例外ではなかった。
誰が言ったのか、気がつけば彼女は皮肉を込めて〝仇星の巫女〟と呼ばれるようになった。
私のように迷信を信じない人間もいたが数は少なく、彼女は迫害を受け続けた。一時は彼女を清めて、神に捧げようという案さえ出たほどだ。教会の言う〝清め〟がどういうものかは知ら無いが碌なものではないだろう。他にも彼女を抹殺しようという案も出たが、彼女の利用価値から換算してそれはあまりにもったいないと、既の所で棄却された。
そんな彼女が今まで、現世に身をとどめていられた理由は、偏に〝勇者召喚〟という大仕事が残されていたからだった。彼女には勇者を召喚出来るだけの魔力と才能があった。勇者を召喚できるのではないか、という期待感があったのだ。
彼女は期待感という不安定でいつ壊れるかもわからない薄氷の上にたち、普段の扱いから考えれば首の皮一枚ほどにしか頼りにならない才能という分かりづらいもので、今日まで持ち堪えてきたのだった。
だが、それも今日までのことだ。
彼女は勇者を召喚するためだけに十九年間生きることを許された。言い換えればそれは、勇者が召喚できてしまえば用無しとなるということだ。だからといって勇者を召喚できなければ、それもまた用無しと判断される。
そう――彼女は今、自ら死地に向かっているのである。後に待っているのが絶望と分かっていても、民の救世であるために、勇者を召喚しようと命を削っている。自身が仇星ではなく救世の巫女であることを証明するために。
私は彼女が不憫でならない。彼女が今、どちらに転んでも死の未来しか残っていないことが不憫で不憫でならないのだ。そして、まだ二十歳にもならない小娘一人救うことが出来ない自身が、恥ずかしくて仕方がない。
「イージス……」
ならばせめて、私だけでも彼女が救世の巫女であると覚え続けなくてはいけない。彼女の名前を私だけでも覚え続けなければならないはずだ。
輪廻の先では、彼女が真に国の盾あらんことを――。
***
「終わりだ」
ちょうど気分が乗ってきた所でいきなりの終了宣言を告げられ、俺は拍子抜けした。いやいや、そこで話は終わりなはずないでしょう。物語で言えばプロローグですよ? 日本語で言えば導入部。起承転結で言えば起。それなのに、起きたらもう結末なんて……。
普通はそっから話が展開するんじゃないの? 悪魔たちと戦うストーリー的なものが広がっていくとか、勇者に助けられて巫女が幸せになるとかさ。
「そんなものはない。その後の話は確か……巫女は勇者を召喚した代償で死を迎え、無縁仏に入れられたそうな。しかも、勇者は悪魔たちを駆逐出来なかった」
何じゃそら。プロローグで終わる上に何の救いもねーとか、クソ物語じゃねーかよ、ガッデム。
なんて毒づいていると、クソ髑髏は鼻で笑った。いや、鼻はないのだが、ニュアンス的に。
「救いがないのは仕方あるまい。最初に言ったが、この話は物語ではないのだ。一人の重臣が書いた自叙伝の一部に書かれていた話だからな。そんなものだ、現実など」
どこか遠い目をしていうクソ髑髏。勿論目など無いが。
まぁ、髑髏の哀愁を感じていても仕方がない。今重要なことはこの世界に勇者という概念があるという現実だ。なんせ、勇者は悪魔の敵。俺らアンデッドは悪魔のペットなのだから。てか、ホントに奴らが悪魔だったとは……。悪魔っぽい何かだと思ってたのに。
ああ、それと忘れてはならないことがある。恐ろしいことに、クソ髑髏曰く勇者は不老らしいのですよ、ガッデム。死にはするらしいが、病気や怪我さえなければ寿命は訪れない。既に寿命が尽きている側からすると羨ましい限りである。
要は、今も生きている可能性があるのだ。さすがにこのクソ髑髏は重度の引き篭もりなので外界のことには疎いらしく、勇者が今も生きているのか、そもそも元の世界に帰っていないのかもわからない。だが、俺にはその可能性だけで十分に脅威と言える。
というわけで、話の途中で関係ないお巫女さんの話になったけど、大体知りたいことはわかったので、何もすることがなくなった。
何をするでもなくボケーとしていると、
「ところで……今更だが貴様はここへ何しにきたのか」
と酷く今更な質問をしてきた。
そういえば、何でこんな所に来たんだっけ?
ポクポクポク……と、脳内でなる木魚を背景音に、俺はしばし考え込んだ。ここに来るまでの道のりを逆算していくと、直ぐに思い出す。
「ファッ!?」
やべぇえ!
てか、マジでやばくね? 入れ違いになってる可能性とかあるんじゃね?
という思考も勿論クソ髑髏には聞こえているので、直ぐに解決策を示してくれた。いい気分ではないが、すごく便利なのが非常にむかつく。
カタカタカタ……。
不意にクソ髑髏は歯を鳴らす。すると見知らぬアンデッドが何処からともなくやってきた。怖ぇよ。いや、まぁ……俺もアンデッドだけどさぁ。
そのアンデッドはデカい犬の骸骨だった。犬っころは、俺の前で背を向けると、おすわりをし、オレに顔を向ける。どうやら乗れと言いたいようだ。
取り敢えず乗る。
で、どうすんの? と、頭上にはてなマークを浮かべていると、犬っころはは壁の近くに設置されていたレバーのようなものを器用に下ろした。
途端、ゴゴゴ、と言う音と共に扉が開く。ああ、なるほどね。ここまですりゃあわかる。つまり、犬っころに乗せて、一気に上に上がる作戦だな。
その予想通り、凄まじい速さで俺を乗せた犬っころは駆け上がっていった。
時間にして、僅か5分前後。それで上に上がりきってしまった。
俺のあの苦労は何だったんだよ、ガッデム。
「おお……久しぶりの太陽が目に染みる」
俺の手に乗っかる髑髏が、しみじみと呟いた。いや、お前……目、無いからな?
突っ込むと、髑髏は驚きの声を上げた。
「目が無い、だと? 我には目がないのか!?」
そんなバカな、と今更ながら驚愕するバカ髑髏。
アホすぎる。こいつが死んでからどれぐらい経つのか知らないが、今の今まで自分の目があると思っていたらしい。こいつの中の想像では、赤黒い光が灯っていると思っていたらしい。
いや、夢を壊すようで悪いけど、唯の空洞ですからね。邪悪な赤い光が灯っているとかもないですから。残念無念また来週。
なんて、鬼の首を取ったように、いじめていると、不意に声が聞こえてきた。
「――おーい、御ゾンビさ~ん!」
声につられて空を見上げる。いつの間にか太陽は頂点に達し、猛烈に照りつけている。クソ髑髏ではないが、逆光に少し目が染みた。俺は思わず目をすぼめ、目前に手を翳した。
「へんじしてよぉー!」
ここからでは視覚のため姿は見えないが、この透き通るような声はアリスだ。ああ、天使は俺を見捨てていなかったらしい。
「ふむん? この声はまだ幼い娘だな? もしかして、貴様の所有者オーナーか?」
幼女の所有者。なかなか、いい響きではあるが、残念ながらそうではないことを俺は告げる。ついでにこれまでの成り行きも。
俺らは所有物とご主人様とか、上司と部下とかよりも、友達――いや、兄妹に近いような気がする。
そう言うと、髑髏は妙に嬉しそうに、かかかっ、と笑う。
「そうかそうか。……幼女とグールの兄妹とはな。それも乙なものよな」
クソ髑髏が婆さんみたいに、しみじみとそう言うのと、アリスがロープを下ろしたのは同時だった。長いロープは、上の出っ張りを通り越してここまで降りてきている。
さぁて、ぼちぼちアリスのところへ戻ろうかね。
というわけで、俺は髑髏を床に下ろすと、頭を下げる。まぁ、結果的には世話になったし、お礼はしておかないと。
短い間だったけど、久しぶりに他人と話せて楽しかったよ――と、告げると、髑髏は「はぁ?」とバカにしたふうに声を出スト、続けて耳を疑うことを言いやがったのですよ、ガッデム。
「何言ってるのだ、お前は。我も付いて行くに決まっておろうが」
聞いてませんけど。
「そうだったか? まぁ、なら今言ったからいいだろ」
よくねぇよ! お前なんて連れていけねぇよ!
――と心の中で叫ぶと、クソ髑髏は首を傾げる。勿論言葉の綾だけど。
「何故だ?」
いや、何故だって言われても……。
ぐぬぬ……そう言われると、連れていけない理由が思いつかない。しいて言えば、戦闘の時に邪魔なくらいだろうか。
「邪魔、か。見た所、味方に餓鬼もいるようだし、お主自体が足手まといのようなものだろう? そこに手荷物一つ増えた所で問題あるまい」
ぐぅの音も出ない。
おっしゃるとおりです! 私は所詮ザコですよ! 餓鬼ってのが何なのかは知らないけど!
「それにな、我は触れている相手と念話をすることが出来る。つまり、貴様の口となれる。貴様も、話し相手が欲しかったのではないか?」
図星中の図星。もう何も言い返せない。
その間にも、頭上ではアリスが声を上げて俺を呼んでいる。声が不安そうだ。
ただでさえ、俺が落ちた場所である出っ張りに俺がいないのだから、谷底に落ちたとか思っているのかもしれない。早く安心させたいが、生憎俺は大声を出せない体だ。
もう、このまま無視して上がろうかと思ったが、横に侍る犬っころに睨みつけられてはそれも出来ない。
「諦めて、我を連れて行くのだ」
もう、その選択肢しか無かった。
こうして、また珍キャラが一人増えたのだった。ああ……またしても俺の存在感が薄くなっていくよぉう、がっでむぅ。
ああ、因みに犬っころは一緒には上がって来なかった。