荒野を行く3
洞窟は案外狭く、人一人が通れるくらいのものだった。暫く行くと下り階段が見えてきたので、そのまま降りることに。
ワクワクしながら、気合入れ手階段を降りていったのだが、この階段があまりに長いので途中で泣きたくなりましたよ、ガッデム。
体力はアレなのでいいんだが、問題は俺のモチベーション。入る時のあのワクワク感や冒険心はとっくに失せ、気がつけば戻りたいと心の中で呟く始末。
体感的にだけど一時間ほど降りていたと思う。もしかして入れ違いになんてなってないよな? と少しだけ心配になり始めたあたりで、ようやく底に行き着いた。
そしてそこは何と行き止まりでしたよ、ガッデム。
あまりにむかついたので壁をぶん殴ってみたら、ボコッとその場所が凹みました。
へ? ボクチンこんなにパンチ力あったっけ? と鼻水垂らしてびっくりしていると、突然地震が!
いや――地震とはちょっと違うようだ。地震だと『地面が滑っている感』があるが、これはそうではない。純粋に上下にがたがたと揺れているのだ。言うなれば農業用トラクターのエンジン始動音に近いだろうか。
とはいえ、ここは洞窟の中。そんだけ揺れれば土や石が降ってくる。まぁ、痛くはないが、ここで埋まってしまったら出れるとは思えない。
死ぬこともできず、ずっと土の中で過ごすなんて、考えるだけでも怖い。そう考えると、墓に入れられたゾンビさんたちが夜になると出てきたくなる気持ちもわかるってもんだな。ご愁傷様です。
まぁ、そんな埒もない話は置いておこう。
ゴゴゴという音とともに正面の行き止まりのはずの壁が上に上がっていく。なるほど、隠し扉的なあれだったのね。
一番上まで上がってガシャンといったかと思うと、今度はワイヤーを巻き上げるようなキリキリという音がし始めた。そして、ゆっくりと隠し扉が下がっていく。
なるほど、締め忘れ防止装置か。中学校の時、職員室の扉はペットボトルを使って閉まるようになっていたなぁ。感心感心。
と感心しているうちにもう扉が閉まりかけていたので、慌てて中に滑り込む。それとほぼ時を同じくして、背後で扉が閉まる音が聞こえた。ギリセーフ。
中は真っ暗だった。階段には松明が付けられていたってのに、中はまさに真なる闇だった。フッ……これが真なる闇か。
とか、中二的発言を真鍮でしているとそれは突然起こった。
「ファッ!?」
ボッ――ボッ――と言う音と共に、壁に設置されていた松明に赤黒い炎が灯りだしたのである!
ついに俺もダークフレイムマスターに!? と思ったが、どうやら違うらしい。
「我の眠りを妨げるものは誰だ」
なんということでしょう。耳元でそんな言葉を囁かれたのです。慌てて振り返るが、そこには誰もいやがりません。ホロフォニクスかっつーの。
声の発信元はどこじゃ、と周りを見渡すと、多分そうだろうなーという場所を見つけた。て言うか、あからさま過ぎた。
そこは一言で言えば――ザ・玉座だ。
骨で構成された、ムダに背もたれの長い椅子に鎖で雁字搦めにされた骸骨が座っている。高そうな金ピカの法衣を身に纏った仏教徒っぽい骸骨だ。
「我の眠りを妨げるものは貴様か」
先ほどと同じようにまた耳元で囁かれる。
とはいえ、俺様は完全無欠のコミュ(ry。
「我の眠りを妨げるものは貴様か」
再度同じ質問が繰り返される。
声のトーンが変わったとか、特別なことはないのだけれど、なんだか威圧感が増したような気がする。気のせいだと信じたいが、ビシバシと身を叩く嫌な予感は気のせいではないと警告していた。
これやばくね? なんか言っとかないとやばくね?
もう喋れないとか言い訳は出来ない。なんか適当に喋っとくしか無いだろう。
そう結論づけた俺は適当に発声してみる。
しかし、帰ってきたのは更に威圧感の増した「我の眠りを妨げるものは貴様か」でしたよ、ガッデム。俺にどうしろっていうんだよ、ファッキン骨っ子。
仕方がないので『こんだけ大物っぽいんだから、頭の中に直接話しかけるとか出来るだろ?』と言う希望的観測のもと『僕は妨げる気はありません! 善良なアンデッドです!』と、必死に心のなかで叫ぶことにした。
客観的に見れば、俺は神に祈っているように見えたことだろう。アンデッドが神に祈る。なんというシュール画。
しかし、祈りは届かなかったらしい。
「良かろう……盗掘者よ! 口を持って語らぬのならば、力を持って語り合おうではないか!」
いやいやいや! ワタクシ盗掘者じゃありませんから! どう見てもただのアンデッドですから。グールですから。
しかし、どんなに必死な思いだろうと届くはずもない。
「集え、我がしもべ達よ!」
叫んだ途端、玉座を中心に赤黒い光で描かれた魔法陣が浮き上がってグルグル回りだした。そうして出てきたのは見たことのある大量のアンデッドだった。
骨姿の下半身と、腐った肉のついた上半身。そしてイソメのような醜悪なワーム顔。
何を隠そう磯女さんの同類でしたよ、コンチクショウ!
嘘でしょう? あの強力な磯女さんの同類が少なくとも10体も居やがるのです。
何度も何度も、今まで死ぬと思っては生きながらえてきましたが、こりゃオワタ。ああ、もう無理ですたい。
と、チビる体液もないのに気分だけチビっていると、何だかおかしいことに気が付いた。
(磯女の)同類さんたちはキョロキョロと辺りを見渡していたが、一向に俺には攻撃を加えてこないのだ。
「どうした我がしもべ達よ! 盗掘者を殺すのだ!」
仏教徒骸骨さんは心なしか焦ったようにそう叫ぶ。しかし、同類さんたちは頭の上に?マークを浮かべたように混乱している。
なるほど。そりゃそうだ。
俺は盗掘者じゃないし、そもそも生きてすら無い。と言うことは〝殺す〟事はできない。だから敵だと認識されていないのだろう。
彼らにもっと知能があればどうだったかわからないが、彼らにはそれがない。本能で鹿行動できない存在を無理やり上位命令権で従えれば、こういう弊害も起きるだろう。
しかし、気になるのは何故『あのグールを倒せ』と命令しないのか、だったが、ちょっと考えればすぐにその答えは出た。そもそもグールの俺を盗掘者とか言っちゃっている時点で直ぐ気がつくべきだろう、俺。
そう、きっとこいつは目が見えないのだ。視力ではなく聴力、もしくは超音波的な何かで侵入者を察知しているに違いない。
くくく、こりゃ儲けもんだぜ。サクッと、磯女の同類さんを倒せば一気に進化できるじゃねぇか。
――と思ったのも束の間、オレは直ぐに現実を思い知らされた。忘れていたが磯女の防御力はNWS超硬合金並だ。兼でさえ傷つけられないのに素手で傷つけることが出来るはずもないじゃないか、くそうぅ!
諦めて帰ろうかとも思ったところでふと俺は思いついた。この骸骨僧侶はどうなんだろう、と。
試しに髑髏をデコピンしてみると、ベル式のめざましのごとく、カタカタと揺れた。意外と行けるかも分からん。
こいつ見た目からして僧侶だし、コイツ自体はあまり強くないのかもしれない。古今東西召喚系や魔法使い系は弱いってのがお決まりだしな。クックック、これは棚ボタか?
すると、俺の邪念を察知したのか、骸骨は騒ぎ始めた。
フッ……俺様は骸骨ごときに慈悲をやるほど良いグールじゃないのですよ、チミィ。
って、事でサクッと頭をパンチして倒すことに。しかし、頭が体からとれたのはいいものの、死なない。もしかして外れただけじゃダメなのかとも思って、踏みつけたりしてもなかなか潰れない。
仕方ない。これは持久戦だ、ってことで骸骨を壁で削ろうと思ったのだが、むしろ壁が削れる始末でしたよ、ガッデム。
何なんだよ、上げて落とすとかやめろよ。
一気にレベルアップできんじゃね? と期待していただけに俺のテンションは下がる一方だった。
すると、不意に髑髏が喋った。
「貴様、何がどうなっておる……」
なにがだよ。
と、率直に頭の中で思ったら、驚いたことに髑髏は俺の心の声に答えた。
「それのことだ」
だ、だからそれってなんのことだよ! てか俺の心の声を読むな! なんで読めるんだよ! と思ってたら、答えてくれた。なんでも、触れた相手とは思念で会話できるらしい。
「……我が気になっておるのは貴様のその〝理性〟だ。触れている今、お前がグールであることは分かった。だが、では何故グール如きが人間のような理性を持ち合わせている?」
一瞬ごまかそうとも思ったが。しかし〝ごまかそうと思った時点〟で、既にその意志が伝わっていることを髑髏に言われてしまったため、仕方なく事実を話すことにした。
すなわち、元が人間であることと、ここに来るまでの経緯を。
「そうであったか。通りで触れるまで人間だと勘違いしていたわけだ」
ああ、なるほどね、と俺も納得。
その後俺らはどーでもいいことに話の花を咲かせた。髑髏さんは髑髏さんで、周りが理性のない奴らばかりで退屈していたらしい。だから寝てたそうな。
そしたら、なんと、俺のレベルアップに協力してくれることになった、ラッキー。
最初は周りの磯女の同類を殺らしてくれるのかと思ったが、お前では傷も付けられないと言われてしかたなく諦めた。
まぁ、こいつらを俺が倒すにはロケット・ランチャーでもなけりゃあ無理だからな。とはいえちょっと悲しかったです、まる。
代わりに用意されたのは大量のスケルトンだ。もうこの広間を埋め尽くさんばかりのスケルトンが地面から作られたのだ。
それを俺はサクッと倒していく。大体三時間ほどして、レベルはMAXになった。よっしゃー進化だぜ――と思ってた事もありました。
結論から言おう。俺は進化しなかったのだ。
え、嘘でしょ? と思って髑髏に尋ねると、むしろ不思議な顔された。
なんとグールはそれ以上の進化先がないらしい……ナ、ナンダッテー!?
おいおい、嘘だろボーイ。今まで俺は何のためにインポで頑張ってきたってんだ……。
俺はこれから何を目標に生きていけば(死んでるけど)いいんだよ、ガッデム! ダミット! ファック!
――と、思わず、髑髏を八つ当たりで地面に叩きつけてしまう。勿論、傷ひとつ付かないのが、ムカついたので缶けりの要領でふっ飛ばした。
すると、壁にスコーンとあたりながらも、髑髏はやれやれとでも言いたげに「グールは進化はしないが成長はする」と宣った。
続きが気になるので、仕方なく髑髏を拾うと、どの言葉の意味を尋ねた。
そして、奴はとんでも無いことを言ったのだ。
曰く「グールはレベルが最高値になるたび、変身能力が強化される」らしい。
……ああ、そういえばそんな技があったなぁ、と俺は思い出した。確か、肌を作ろうとしたが、部分的にしかできなくて気持ち悪かったやつだ。
戦闘に使えるわけでもないし、すっかり忘れていた。
俺は髑髏に言われるがまま、手を人間のものにしてみる。すると、前よりも変身できる範囲が広がっていた。大体、上半身の半分ぐらいなら人間のように出来るようだ。
なるほどね。とは思ったが、俺の気分は低い。だって、こんなこと出来たって弱いまんまだもの。
そう言うと、髑髏は諭すようにしたように言った。
「確かにグールは基礎値は低い。だが、成長に終わりがないということだ。それは驚異的なことなのだ。確かに、普通のグールでは知能も低いから強くなるのは不可能かもしれない。しかし、貴様は違うのだろう?」
そう言われると、ちょっとそんな気がしなくもない。可能性は無限大、ね。
でも、いくら頑張っても変身能力が上がるだけじゃぁなぁ。強くならないなら意味無いじゃん。
「そうでもない」
髑髏は俺に言う。腕を剣に変えろ、と。
言われるがままに剣に変えてみる。鈍色に光る両刃の剣が肘から先に生えた。まるで液体金属のターミネータみたいだ。
それを振るって壁に叩きつけてみる。すると、以外にもちゃんと鉄の強度らしく、硬質な音が鳴り響いた。
「変身は張りぼてではない。体の一部を〝全く違う概念のモノ〟に作り変えるということだ。今、その腕は腕ではない。貴様の思い描く剣そのものなのだよ」
一拍置いてから、髑髏は静かに言い放つ。
「変身とはすなわち――理想を現実にする力なのだ」