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荒野を行く1

 ◆八十六日目


 ついに来ました、今日この日。そう、例の計画実行の日ですよ。

 いやーインテリから聞いてたのは、今日結構するってだけだったから、朝から緊張してたのだが、なかなか始まらないので気がついたら昼寝してた。

 で、アリスの声に起こされると、アリスが磯女に捕まってましたよ、ガッデム。

 その時の俺の動揺具合と言ったらなかったね。きっとマイク・タイソンと戦った時よりひどかったのではないだろうか。

 まず、アリスが捕まってることもそうだが、磯女と武器も無しにサシで戦えるとは思えない。もう汗がだらだらと――気持ちだけそんな感じでした。

 取り敢えず、どうにかして奪還しようと、あーでもないこーでもないと考えていたのだが、どうやら様子が変だった。

 よくよく見たら、捕まっているのではなくて、磯女に肩車されてるだけでしたとさ、まる。


「ウヴァァァ!?(ナンダッテー!?)」


 棒読みじゃない本気のナンダッテーが出てしまった。まぁ、相変わらず、キモい呻き声なんだけどね。

 あまりの驚愕にその場に立ち尽くしていたのだが、親の心子知らず。アリスは、きょとんと首を傾げていた。

 とはいえ、その間にも本格的に騒ぎは大きくなっていたので、どうせこれもインテリが何かしたんだろう、と無理やり納得して俺は仕方なくこの場を去ることにした。

 小学校1年生並みの全力疾走で僕はアリスと磯女の後を追う。磯女がアリスと一緒に居たことからも分かる通り、アンデッドの檻は全て開放されていて、地下から出ると外はアンデッドで溢れかえっていた。


「あっちだよ」


 アリスは俺と違って外にも慣れていたようで、道を的確に指し示す。

 するとまるで人馬一体――もとい人磯一体とでも言うように磯女は指示通りにそちらへ進んでいく。いやいや、マジでどうなってんだよ、おい。

 とか思ってたら、アリスから、驚愕の言葉が。


「ガッキー、ありがとね」


 おい……なんだよガッキーって。勝手に可愛らしいアダ名つけんな! 

 こいつはガッキーなんて言う可愛いものじゃない。

 せめてバッキーにしとけ! 


「……」


 いや、バッキーはやめとくか。あんな鬼畜会社と名前一緒にされるのはさすがの磯女も可哀想だな、うん。

 まぁ、俺はこれまで通りってことで、アリスがそう呼びたいなら勝手にさせておこう。何故ガッキーなのかは分からんが。

 そんなこんなで暫く走っていると、突然偉そうな聖職者っぽいハゲが立ちふさがった。


「止まれ、不浄のものよ! 我はアデル英霊騎士団――」


 とか言い出したが磯女の左フック一撃で「ぷげらぁ!」とか言いながらお星様になった。

 うむ、ぷげらぁとは噛ませ犬というものがわかっているな。あっぱれだぞ、名も無きハゲよ。

 因みにアンデッドも立ちふさがったが、無論磯女が瞬殺。ほとんどがスケルトンとかマミーとかだから相手になる筈もなかった。マジ磯女さんチート。

 練兵場を抜け、庭園を走り、細い垣根道を通ってコロッセオから出て街中に入った俺達は、混乱する人間どもを尻目に走り抜けていく。

 すると、どっかの誰かがババァ声でヒステリックに叫んだ。


「誰かあの女の子を助けて!」


 なぬっ!? もしかして、この混乱に乗じて女の子を攫おうとする不埒な奴でも現れたのか? 

 そう思ってババァ声の方に振り返ると、いつの間にか俺らの周りを取り囲む屈強な街人たち。手にはメイスやら斧やらを持っている。

 なんでじゃぁぁ!


「ガッキー、助けて!」


 するとまたしても助けてくれたのはガッキーこと磯女である。磯女のハンマースイングで屈強な男たちを紙吹雪のように飛ばしていく。その隙を見て俺らは人の壁をすり抜けた。

 あぶねぇ。こんどこそ死ぬかと思ったぜ。


「だいじょーぶ? おゾンビさん?」


 磯女の上から首をちょこんと傾げて聞いてくるアリス。眉毛は八の字に垂れ下がり、非常に心配そうだ。なんでそんな顔してんだろうと思ったら、いつの間にか腕が無くなっていましたよ、ガッデム。


「ウボァー……」


 まぁ、でも明日には生えてくるので、もちろん俺は元気百倍腐敗マンだぞ――と言っておく。まぁ、アリスには伝わらないんだけど。

 ――って、アリス?


「……」


 ああ、〝あの子〟ってアリスのことだったのね。つまり、街中の人間からすれば幼気な美幼女を連れ攫おうとする醜いアンデッドなんだろうな。

 これは、結構深刻な問題かもしれない。もしかしたら、討伐隊とか、救出隊とかが結成されてしまうかも。そしたら面倒なことこの上ありませんな。

 ってことで、近くに居たババァは鋭毒爪でさくっとやっときました。まぁ、他にも一杯みられてるからあれだけど、騒ぎ出した張本人だからお仕置きってことですたい。まぁ、安らかに眠るがいいBBAよ。



   ***



 街から何とか抜けだし、森の中へ入った俺らは事前に打ち合わせて決めた集合場所へ向かった。

 ついた場所は薄汚い荒屋だった。扉は半壊、中は蜘蛛の巣と埃だらけの場所だ。とはいえ、あの地下に比べたら全然マシだし、そもそも腐りかけの俺のほうが汚いくらいなので、気にせず近くに転がっていた木箱に腰を掛けた。

 アリスもやはり気にしている様子はなかった。

 一方磯女はというと、以外にも埃をくっさい息で吹き飛ばしてから椅子に座っていた。こんなグロ面でも女性らしさを持っているということだろうか。臭いけど。

 そういえば、と昔クラスに居たデブスを思い出した。あまりにデブだったので、女として見ていなかったが、中身はれっきとした乙女だったんだろうなと思うと、なんだか自己嫌悪。色々なシモネタを彼女に平然と言っていた気がするが、その時彼女はどんな気持ちだったんだろうな……。

 って、おいおい、何言っちゃってんの俺。ロンリーボーイかってんだよ。何で磯女如きにこんなことを思い出させられなきゃいけないんだよ、ガッデム。なんかちょっとだけ懐かしいじゃねーか、コノヤローバカヤロー。

 まぁ、そんな事言っても仕方がない。どうせ現代に帰ることなんて出来やしないんだから。もしかしたら帰るすべはあるかもしれない。いや、この世界に来れたということは、逆の方法もきっとあるのだろう。だけどそれがあったところで今の俺にはどうしようもない。

 なんてったって今の俺はアンデッドなのだから。変えるべき場所なんて無いのだ。


「どうかしたの、おゾンビさん?」


 アリスが心配そうに言う。

 うん……しかも俺はロリコンアンデッド。そして童貞アンデッド。更に言えば……インポアンデッドでもある。帰っても社会の害になるだけだろう。

 だがそれも一興。

 あの世界で俺が悪だというのならば此処で童貞とロリコンとインポ《オ ナ 禁》をやり通し、最強の魔法使いになってやろうじゃないか、ワハハハハ。


「……」


 死のう。俺に未来はない。まぁ、現実としてないんだけどさ。あはは。

 なーんて鬱っていると、ギィ……という音とともに小屋の扉が開けられた。中から現れたのは待ち合わせていた人物だった。

 そう、俺の専用連絡官。性別詐欺師のマイクである。


「うわ……ホントにいるよ」


 マイクは心底残念そうに言葉を漏らす。

 あぁん? んだ、このオカマ野郎! 調子こいてっとブッコロだぞ! それとケツ穴はやらん!

 とりあえずケツ穴を守りながら、威嚇してみると、マイクは可愛らしく「ひぅっ!」とか言って後ずさる。

 うぜぇぇぇ! 顔が可愛いのが余計にうぜぇ。タイ人とかフィリピン人の気持ちがちょっとだけ分かるぜ。もし、俺が生身の人間で、こいつのことを男だって知らなかったらと思うと……。

 いや、やめようこんな話。そんな事より気になることもあるし。

 その気になることとはマイクの背後の人物だった。


「何故プータが!?」


 そこにいたのはライター君――もといルイターだった。長めの銀髪をオールバックにした優男で、キリッとした青い目が印象的。

 服装は赤い外套姿。中には黒い甲冑を身に着け、腰には双剣が差さっていた。

 どっかで見たような格好だな、おい。

 てかプー太郎って誰だよ。これでも俺は前世では自衛隊員だったんだぞ! まぁ、下っ端だけども。

 こいつは、俺にマイクの性別を示差した野郎だ。あの二人組の悪魔が来ない時に見回りで来ていたので顔は見知っている。ムカつくほどイケメンなので、来る度に怨念を飛ばしていた俺の天敵だ。しかもネクロマンサーだし。

 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 問題は何でこいつが来たか。そして何故激怒し始めたのかだ。

 そう――なぜだか知らんが奴はメロス並みに怒っているのだ。勝手にそこら辺走ってろよ。

 まぁ、そんな事言ってもしかたがないので話を聞いてみる。

 要約すれば、俺が市民を殺したことに怒っているらしい。途中で、市民に事情を説明され、俺を追ってきたのだそうな。そして途中でマイクとばったり出会ったので、一緒に来たと。

 マイク……。お前馬鹿だろ。何で敵を誘導してきてんだよ。ジト目をマイクに向けると、奴はバツが悪そうにサッと目を背けた。

 大体さぁ、俺が殺したのは社会に何の約にも立ちそうにないBBA一匹だけで他は全て磯女ちゃんがやったことなんですよ……? なのに何で俺が全部やったようなことにされてんの?

 くそぉぅ……そう言いたくても言えないもどかしさ。早く喋れるようになりたいぜ、ガッデム。

 今にも腰の剣を抜こうかと身構えるルイターはチラリとアリスを見やる。そして苦しげに顔を歪めた。


「せめて彼女だけは……!」

 

 しかもまた意味不明なこと言い出すし。何なの。

 この野郎は牢屋の見回りをしているからアリスのことは知っているはず。つまりあのヒステリックBBAみたいな間違いはしないはずなのだが……。

 そう思っていたら、ちょっと違う勘違いをしていたようだ。

 ルイターは手をアリスに差し伸べる。


「さぁ、おいで。今まで大変だったね。でももう大丈夫。実はインペリ様に頼み込んで、君を開放してもらえることになったんだ。君は自由なんだよ」


 あのクソカイゼル髭め。何言質与えてんだよ。バカじゃねーの、マジで。

 大方、今日の騒動の後にはどうせ居なくなるんだから、とか思っちゃったりなんかして適当に承諾したに違いない。あのドジっ子ならばやりかねん。

 何なんだよ、面倒いなーもう!

 何が面倒いって、俺にはこの状況をどうにすることが出来ないことだよ、ガッデム。喋れれば一発なのだが、なにせ完全無欠のコミュ障の俺には呻き声で相手の緊張を煽ることしか出来ないのですよ、ガッデム。

 確かに、計画は秘密なのだから『どうせ居なくなるし』とか言えるはずもないから、状況によっては承諾せざるをえないだろう。とはいえちょっと不用意すぎるぞ、インテリよ。

 それにしても、これでようやく何でこいつが、街の市民を殺したのが俺だと思っているかが判明したな。市民の証言からアリスが一緒にいるということを聞いたのだろう。

 古今東西、幼女連れのアンデッドなんて俺ぐらいだろうしなぁ。多分、磯女のことを俺と勘違いしたのだろう。はぁ、肩車なんてさせてなきゃよかった。とんだ勘違いだよ全く……。自慢じゃないが、俺は人間を紙吹雪のように飛ばせないんですよ。俺様は弱いそこら辺のアンデッドと同格なんですよぅ。

 しかし、話せない俺にどうすることが出来るわけでもなく、勝手に状況は切迫していく。


「プータよ! グールを取り押さえろ!」


 唐突にイケメンが磯女に向かってそう言った。だからなんだよ、そのプータっていうのは。

 いやいや、そんなツッコミしている場合ではなかった。なぜならば、奴はネクロマンサー。此処で磯女が敵に回ったら俺は瞬殺される自身がある。

 すがるように磯女を見ると、磯女は俺をあざ笑うように立ち上がり、俺に向かってきた。

 こりゃ終わった。今まで何度もオワタと思ったけど、今回はとびっきりだ。なんせコロッセオではないから戦闘を終了させてくれる奴は居ないのだ。

 さよならアリス。短い間だったが、楽しかったよ……ふふ。

 なんて、黄昏れていたのだが、状況は予想外の方向へ転がっていた。


「な、何故だ!」


 イケメンが狼狽したように後ずさる。それもそのはず。磯女は俺を取り押さえるどころか、守るように俺の前に立ったのだ。ナンダッテー。

 イケメンよ、君も意味わからんと思うが、俺も意味わからん。いや、そもそも何で一緒にここまで来たのかってところから意味不明だったんだけどさ。でもそれにしたって、ネクロマンサーに命令されても拒否できるなんておかしい。ちょっと前まではそんな事なかったのに。

 まぁ、意味が分かろうと分からなかろうと、今はそんな事どうでもいいか。

 磯女が俺を守ろうとしているという事実が重要だ。

 ああ磯女よ、ついにデレたか。

 でもなんだろう……この何とも言えない哀しい気持ちは。

 なんて自意識過剰になってる時もありました。実際は、俺にデレたわけではなくアリスにデレていたようです。ナンダッテー!?


「ガッキーはお前たちのオモチャじゃないよ」


 アリスはちょっと怒ったようにそう言うと、イケメンを指さす。


「やっちゃえ、ガッキー」


 途端、雄叫びを上げて磯女はイケメンに肉薄した。イケメンは腰の双剣を抜刀して防御するが、磯女の凄まじい膂力の前に意味はなく、乗用車に激突でもされたかのように飛ばされていった。

 ありゃりゃ。動かないけど大丈夫ですかね。まぁ……でも、いいか。今のうちに逃げよう。 

 今が好機と見た俺らはそそくさとそこから逃げ出したのであった。森の中へ、脱兎のごとくですよ。

 もちろんマイクも一緒。でも背後に立たせるのは怖いので、草木の防御役も兼ねて前に立たせて走らせといた。

 ひんひん言っててウザかったが、まぁ、今回だけは許してやろう。余裕もないし。

 んで、暫くして森の中を抜けると小さな獣道に出た。人間とばったりとか面倒なので、そのまま突っ切ろうとしたのだが、道の端にある懐かしげなものに俺は思わず足を止めた。

 アリスやマイクが不思議そうにに見る中俺はそれの目の前いいってまじまじと眺めた。

 それは石の彫刻である。ありがたーい彫刻である。まぁ、有り体に言えば、お地蔵さんですたい。

 何でこんなファンタジーで西洋的な場所に地蔵が? とクエッションマークが頭の中に乱舞したところで俺は思いだした。 

 僕は牢屋の中に忘れ物をしていた。


「……」


 そう、謎の女から貰ったあの仏像である。別に何かに使えるってわけでもないからそこらにほっぽり投げていたから忘れてたぜ、ガッデム。

 でもまぁ、別にいるもんでもないからいいや。

 三秒で頭の中から放り捨てると、また足をすすめるのだった。



   ***



 丸一日歩くに歩き続けた俺達は小さな泉でキャンプ。

 マイクが火打ち石で火をつけて、その周りを皆で囲む。そこは魔法でやって欲しかったんだが、こんなモブキャラに出来るはずもないか。

 因みにアリスはあぐらをかいた俺の膝の上。磯女はその隣。

 そしてマイク一人だけ、反対側で居心地悪そうにしていた。不意にマイクは今日何度目か分からないため息を吐いたかとおもうと、抱えた膝の中に顔を埋めた。

 まぁ、もし俺がマイクの立場だったらともうとあれなので、そっとしておく。まぁ、それ以前に俺には何も出来ないんだけどさ!

 バチッ――と小さな音を立てて火の中の枝が割れ、火の粉が飛んだ。火の粉は夜空へと登って行き、とっても幻想的だ。

 アリスはじっとそれを眺めたかと思うと、不意に俺の服をギュっと握った。アリスの顔を見ると何とももの寂しげな表情をしていた。おいおい、この歳で哀愁漂わせちゃうんですかい。将来はきっと薄幸の佳人になることまちがいなしだな。

 一方磯女はというと……うん、何を考えているのかさっぱりわからない。まぁ、多分何も考えてないんだろうけど。

 そんな事を考えていたら、今度は大きく火の粉が舞った。火の粉は俺らにまで降り注ぐ。とはいえ、火の粉なんて大した火力はないので、普通の人間にあたっても燃えたりはしないから、アリスは何もせずじっとしていた。

 しかし、こちとらゾンビである。小さな火の粉だが、めっちゃ燃えた。あんな小さな火の粉なのに、ふ菓子を燃やすように大きな穴を開けやがったのだ。

 恐ろしい……やっぱりアンデッドに炎は天敵のようだ。と思ったら、磯女は何ともなかった。クソ、ズルい! 俺も早く進化してぇな。

 ああ、そういえば、最近書きすぎたせいで手帳がもう残り少ない。ミスったなぁ、インテリに貰っとけばよかったぜ、ガッデム。

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