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僕たちがいつも語りあっているのは若い夢や希望についてではなく、お手軽な現実逃避の手段における身も蓋もない空想に過ぎない。いつまでも若者で居続けられる人など何処にもいない。それはいつまでも夢や希望を持ち続けられる人などいないことの証明になるのではないか。
「初対面の印象はどう?」と言い、彼女はサイドブレーキを下ろしギアを入れ車を発進させた。
「なんとなく想像していた通りかな。君は?」と僕は訊ね返す。
「思っていたより明るい。」とハンドルを捌きながら彼女は言った。
少し心外な気分で、「どんな風に思っていたの?」と言い、僕は煙草に火をつけた。
少し経ってから、「もっと暗くてじめじめしている人かと思っていた。」と彼女は何でもなさそうに言った。
「猿山の最下層に居る猿みたいに?」と僕は訊いた。
彼女は少し笑って、「そう、底辺猿みたいに。」と言った。
「素直だね。」僕はそう言い、窓を開け吸っていた煙草を指で弾き飛ばした。
薄いピンク色の軽自動車に揺られること数分、目の前に蕾をたくさん蓄えた大きな桜の木がある、まだ新しい四階建てのベージュ色のアパートの前に着いた。さっき出会ったばかりの彼女は、うん、今日も平和で良い天気だ、と大きく口を開け背伸びをしながらそう言い、晴れ渡った空を満足げに見上げ目を細めている。まるで日向ぼっこをしながら太陽を歓迎している猫みたに可愛い。彼女にとっては天気と平和が密接に連動して世の中が動いているのかもしれない。太陽の喜び、雨の悲しみ。
ドアを開け部屋に入る。シンプルなワンルーム。ちょっとそこに座ってて、と言われ、指された座椅子に座った。部屋は、壁際にあるベッドが空間の4分の1を占め、ベッドの向かいの壁際にテレビ台とテレビ、その横に低い本棚や抽斗などの収納棚や冷蔵庫があり、ベッドとそれらの間の空いたスペースに低い小さなテーブルとそれとセットになるように座椅子が二つある。どれもシンプルな物ばかりで、「基本的人権」という言葉を連想させる。部屋を眺めていると、そんな僕の考えを察したのか、「あまりごちゃごちゃした物は好きになれないの。」と彼女は言い、暖かいコーヒーを出してくれた。ミルクと砂糖は? と聞かれ、いつもの癖で、いらない、と答えてしまう。ひと口すすったコーヒーは不思議なほど何の味もしなかった。
純文学的な小説を目指します。感想やレビュー心待ちにしています。