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GOD  作者: 小鳥 歌唄
神々
8/9

 会場内中にロキの拍手が響き渡っていると、突然後ろの大きな扉が、ドカッと大きな音を立てて開いた。ロキの拍手もピタリと止まり、一斉に扉の方へと視線をやると、そこには怒りに満ちた表情で立つソールの姿が有った。

 ソールは怒り任せに大きな扉を蹴飛ばして開けると、目の前に立つロキの顔をギロリと睨み、勢いよく駆け寄った。

 「ロキ!エルディルから話しは聞いたぞ!罪の無いフィマフェングを殺害し、オージン神を含める神々を侮辱しているそうだな!私の留守中に、好き勝手してくれるとは、いい度胸だな!二度とその減らず口が叩けぬ様、首を切り落としてやろうか!」

 ソールはロキの胸座を掴むと、更に鋭い視線で睨み付けるが、ロキは動揺する事無く、不敵に顔をニヤつかせていた。

 ソールの帰還に、その場に居た神々はほっと肩を撫で下ろすと、口ぐちに今までのロキの暴言に対する文句を言い始めた。途端に強気に出始めた神々に、ロキは面白くなさそうに軽く舌打ちをすると、目の前で自分を睨みつけるソールに向かい、囁く様に言った。

 「君は本当に神々やミッドガルドの人間の、英雄だねぇ・・・。羨ましいよぉ。私には真実を述べる度胸が有るのに、君は巨人に負かされてウジウジして、言い返す度胸も無かったってぇ~のにねぇ・・・。それでも君は『英雄』だぁ・・・。」

 ソールは軽く鼻で笑うと、ロキの言葉等気にする事無く、冷静に言い返した。

 「成程、それが貴様のやり口と言う所か?過去を穿り返して嘲笑う。貴様らしい陰険なやり口だ。他の者の弱みを握れば、優越感にでも浸れるのか?この悪党め。」

 ロキはニヤケ顔から険しい顔へと変えると、同じ様にソールの胸倉を掴んだ。

 「悪党?君は悪党の定義を知っているのかい?人間とイチャ付き過ぎて、概念が人間側にでもなったんじゃないのかい?私が悪党と言うのなら、君の尊敬する父上も立派な悪党になるよ?」

 「どう言う意味だ?貴様が悪党だと言うのは、神々を混乱に導き、怒りを煽ったからだ。騙し、騙されは当然の神の世界。だが意味の無い混乱は、悪党のする事。意味の無い死を招く、巨人共と同じでな!」

 しばらくは二人の睨み合いが続くと、ロキは途端にフッと息を漏らし、顔をニンマリとさせた。

 「ソール・・・君は重大な事を忘れているよぅ?私は巨人の子だぁ!」

 ロキの最後の一言に、ソールは怒りが湧き上がり、ロキの体を突き飛ばすと、右手の拳に力を込め、思い切りロキの顔を殴り付けた。殴られたロキの体は一瞬ふらつくも、ギュッと地に足をしっかりと踏み付け、倒れない様踏み止まる。ロキはそっと殴られた左頬に手を添えると、ジンジンと痛み出して来た。

 「クッ・・・クククッ・・・。」

 ロキは頬を押さえながら、小さく笑い声を上げると、その笑い声は次第に大きくなり、「アハハハハッ!」と会場内にロキの笑い声が響いた。

 「傑作だよぉ!そうだろう?」

 大声で叫ぶロキの姿は、まるで狂ったピエロの様に、ケラケラと笑いながら叫び続ける。

 「そうさっ!私は巨人の子だぁ!混沌を招くと言われている、巨人のねぇ!だからこれは当然の事なんだよ!私の行動は当然の事だっ!神の席に交じっている巨人達には、分かるだろう?『当然』なんだってねぇー!」

 「気でも狂ったか、ロキ!力を認められ、アースガズルに住む者となった貴様が、秩序を乱す巨人と同じとでも言うのか?」

 「そうだよソール!その通りだよぅ!そしてそれは君も同じだぁ!いや・・・君だけじゃぁ~ない・・・。此処に居る全ての者がそうだっ!」

 ロキは今までで一番楽しそうな顔をすると、ずっと心の奥底に閉まって有った思いを、その場に全てぶちまけた。

 「そもそも神の敵とは何だ?そう、『混沌』だぁ!そしてその混沌は、巨人が撒き散らすと言われている!だが変じゃないかい?何故巨人なんだ!巨人だけなんだ?神だって秩序を乱し、混沌を招いている!その事実を私は暴露して来た!神々も自身の敵で有る『混沌』を、撒き散らしているってねぇ!」

 「黙れロキ!これ以上の発言は許さん!」

 ソールがロキを黙らそうと、ロキの腕を掴み無理やり会場から連れ出そうとするも、ロキは抵抗をし、ソールの手を払い除けながら叫び続けた。

 「しかしそれもまた『当然』だっ!当然なんだあっ!オージンっ!君が『黄金の林檎』を地上にばら撒き、人間に与え、グレイスに与え、その側に大量の林檎が有る事実も、当然の結果なんだよ!何故なら・・・。」

 「黙れっ!ソールっ!ロキを今すぐこの場から追い出せ!」

 オージンはロキの言葉を遮り、慌てて叫ぶと、他の者達も一斉にロキを追い出す様騒ぎ立て始めた。

 「オージン神・・・それはどう言う事でしょうか!黄金の林檎を地上に?」

 それまで力任せにロキの体を引き摺り出そうとしていたソールは、思わぬロキの発言にピタリと体が止まると、ロキは透かさずソールから体を振り払った。

 「そうだよく聞け、ソール!オージンは黄金の林檎を大量に地上に持ち出し、地上に混沌を蒔いたんだよ!君の尊敬する父上は、ユグドラシルだけに留まらず、地上にまで混沌を招いた!だが恥じる事は無い!それは『当然』の結果だからねぇ!」

 「なんと言う事を・・・。オージン神!それは事実でしょうか?何故その様な事を!」

 ソールは険しい顔でオージンに問い掛けると、オージンはグッと歯を食い縛り、煮え滾るロキへの怒りを抑え、冷静さを装ってソールに訴えた。

 「惑わされるなよ、ソール!ロキの戯言だ!あいつの目的は混沌を撒き散らす事だ!林檎を盗み、地上に持ち出したのはロキだ!」

 再びソールはロキの顔を睨みつけると、「まだ父を侮辱するか!」と怒鳴り付けた。

 オージンの言葉に、ロキは目の前に有ったグラスを乱暴に取り、オージンに向かって投げつけると、声を震わせながら叫んだ。

 「忘れたのかい?オージン!バルドルの話しからは、私は『全て事実のみ』を話すと言った言葉を!そして君はそれを承諾したはずだあ!」

 「だったら何だ!お前の発言には、何の証拠も無い話しだろう?事実と言えば、お前がバルドルを殺したと言う事実だけだっ!俺は黙認をしたと言う事実しか、認めていないぞ!」

 オージンの言い放った言葉に、ロキの目は大きく見開き、瞳孔が開くと、唖然としてしまい、失望と絶望が同時に襲って来た。

 「そこまで堕ちたか・・・オージン神・・・。やはり君は、ジョーカーを引いたままだ・・・。私は・・・私は最後のチャンスを与えようとしたのに・・・。」

 体中の力が抜け、脱力しながらボソリと言うと、ロキはそのままゆっくりと後ろへと後退りをした。扉の方へと後退して行くロキに、皆は一斉に怒りを爆発させ、手元に有る物を手当たり次第ロキに投げ付ける。

 「ロキに罰を!」

 「ロキに重い刑罰を!」

 「ロキを罰せよ!」

 あちこちから罵声が浴びせられると、ロキは唇を噛み締め、悔しそうな表情を浮かべた。

 所詮神は神同士慣れ合うのか?身内を庇い、身内の罪には目を瞑る。それが神のやり方なのだと改めて痛感すると、余所者出身の自分等、初めから蚊帳の外だったのだと思えてしまう。その中に紛れ込み、自分と同じ巨人出身にも関わらず、同じ様に自分を責め立てる巨人達には、更に腹立って仕方が無かった。それと同時に、誰一人分かってはいないと思い、中心に立つ最高神オージンに向かって、ロキは大声で叫んだ。

 「私と君は同じだ!此処に居る全ての者達も同じだあ!忘れたのかい?オージン!君の父親は誰だ?巨人だろう!私は巨人の子だ!君も又巨人の子!そしてその子供達も又巨人の子!そう・・・ユグドラシルの子は全て巨人の子なんだよ!『混沌』を招くと言われる、巨人のっ!だから神々が秩序を乱す事は、当然なんだあ!皆全て『混沌』を招く巨人の子なんだからねえー!」

 ロキの発言を聞き、怒りに任せ手当たり次第物を投げつけていた者達は、ピタリと動きが止まると、顔を真っ青にさせ一瞬でシン・・・と静まり返った。

 「ロキ、なんと言う恐ろしい事を・・・。」

 険しい顔でソールがゆっくりとロキに近づこうとすると、ソールを近づけまいと、ロキは手を大きく振りながら、ソールから離れる様に扉の前へと下がる。ロキは開かれたままの扉の前へと立つと、顔を引き攣らせながら笑った。

 「クッ・・・クククッ・・・ハハハッ・・・そうさぁ・・・。皆混沌を招く巨人の血を引いている。だから何れ、この地は混沌で埋め尽くされるだろうさぁ・・・。お膳立ては済んでいる。殆どの神が・・・巨人の血に惹かれ罪を犯した。やがてその罪は炎上し、真っ赤な炎に包まれるだろうさぁ!全てが本来有るべき姿に帰るんだあ!自然に孵るんだ・・・それが本当の秩序・・・。」

 その場に居る者全員が硬直してしまうと、ロキは扉に有る、両方の大きなドアノブを掴み、ゆっくりと扉を閉めていった。扉が半分以上閉じると、隙間からはロキの顔だけが写る。ロキは俯いたまま微かに微笑むと、静かな声で言った。

 「だがその前に・・・私は『神』のルールに従い、『神として』の最後の役割を果たすよ・・・。」

 そしてそのまま、バタンッ、と大きな音を立て、扉は閉ざされた。

 突然の衝撃的なロキの発言に、その場からロキが去った事にも気付かず、広場に居る者達は未だ固まったままだった。誰もがロキの発言に顔を青褪め、動揺をしていると、扉のすぐ側に立っていたソールは、ハッと我に返り、慌ててオージンに言った。

 「オージン神!ロキをこのまま野放しにするおつもりですか!」

 ソールの言葉に、ようやくロキがどこかへと逃げて行った事に気付いたオージンは、動揺しつつも、慌てて広場に居る者達に向けて叫んだ。

 「そっそうだ!ロキを捕えろ!この場に居る者達と、他の者達総出でロキを探し出し、捕えるんだ!ロキにはバルドル殺害への刑罰が有る!」

 オージンの命に、皆は一斉に騒ぎ立てながら、次々と慌しく会場内から飛び出して行った。「ロキを捕まえないと!」「あ奴何を仕出かすか分からんぞ!」「外の者に連絡を!」口ぐちに言いながら、一斉にロキ捜索が始まると、沢山の者達で溢れ返っていた広場は、徐々にと人数が減って行く。

 「なっなっ・・・わしのパーチィが・・・台無しだ・・・。」

 エーギルは次々と広場から出て行く者達を、寂し気な表情で見つめると、その場にガックシと膝を落とした。

 「エーギル、この埋め合わせは何れしよう。」

 ソールが床に座り込むエーギルの肩を軽く叩くと、エーギルは俯きながら無言で頷いた。そのままソールもロキを追いに向かおうとするが、いつの間にかすぐ後ろまで来ていたオージンに、引き止められる。

 「待て、ソール!お前には別の仕事が有る!」

 ソールは少し驚きながら振り返ると、先程言っていたロキの発言も気になり、オージンに促されるがまま、広場の隅へと移動をした。

 「オージン神、ロキの言っていた事は事実でしょうか?貴方が黄金の林檎を地上にばら撒いたとは・・・。」

 オージンは周りを気にしながら、他の者には聞こえない様に、小声で話した。

 「いいか、よく聞けソール。確かに林檎を大量に地上へと持ち出したが、それはロキに騙されての事だ。」

 「でしたら、直ちに処理を行わなければ、地上の秩序が本当に乱れてしまいます!」

 「しー・・・静かに!声がデカイぞっ!」

 オージンはソールの口を思わず手で塞ぐと、「声を小さくする様に。」と言い、ソールが頷くと、ゆっくりと手を離して話しの続きをした。

 「いいか、お前にはその処置を頼む。ロキの言った通り、最近黄金の林檎を、一人の人間に与えた。盗み出した林檎は袋に纏め、魔術を掛けたから、解除無しでは中身は消滅してしまうはずだったんだ。だがロキが袋の中に林檎を詰める前に、『黄金の林檎』と『普通の林檎』をすり替えていたらしい。」

 「でしたら尚更、早急に対処しなければ危険です!本物の林檎はその人間の手元に?」

 「そうだっ!そしてその場所は、俺達が地上に持っている隠れ家の内一つ、英国の隠れ家に有る。だからこれは、お前にしか頼めないんだ。分かるな?」

 ソールは少し考えると、ゆっくりと頷いた。

 「いいか、よく聞け。グレイスと言う名の、金髪で、青い瞳をした少女が居る。その人間が黄金の林檎を食した。ロキはグレイスに、本物の林檎を預けているだろう。グレイスに林檎の在りかを吐かせ、林檎を持ち帰れ!」

 「承知致しました。必ず林檎を持ち帰ります。」

 ソールは力強く頷くと、早速地上へと向かおうとした。するとオージンは、透かさずソールの腕を掴み、冷たい表情で最後に付け加える。

 「それと、グレイスは殺せ。あの存在は秩序を乱す。」

 「承知!」

 そのままソールは、広場から足早に出て行った。

 手からソールの腕がすり抜けると、オージンはほっと軽く息を吐いた。騒々しい広場の外へとゆっくりと出ると、誰もが血相を変えて必死にロキ捜しをしている。その光景に、オージンはもどかしい気持ちを感じると、すぐ近くに居た者に言った。

 「おいっ!ロキを捕えたら、俺にすぐさま知らせる様に皆に伝えろ。少し話しが有るからな。」

 「はいっ!承知致しました、オージン様!」

 そのままオージンの伝言を、皆に伝えにその場から去ると、オージンはまた一人、走り回る者達の中、ポツリと静かに佇んだ。

 「何故だ・・・何故だロキ・・・。何故今になって、混乱を招こうとする。今までのお前は、全て嘘だったと言うのか・・・。」

 喉に魚の骨が突っ掛かったままの様な、もどかしいスッキリとしない気分に、オージンは胸糞悪さを感じた。何事も無く今まで過ごして来たはずなのに、急に態度を変え、自分を敵視する様な目で見て来たロキの考えが分からず、苛立ちと憎悪が込み上げて来る。それと同時に、寂しさも込み上げてしまう。楽しく旅をして来た日々を思い返すと、余計にだった。

 「何が気に入らない・・・何が・・・。」

 オージンは強く唇を噛み締めると、唇からはジワリと血が滲んだ。

 「神・・・神としての役割・・・。それが為されていない事が気に入らないのか?だったら・・・。だったらお前の望み通り、為してやるっ!お前に厳しい罰を与えてなっ!」

 オージンは険しい顔をさせ、アースガズルへと戻って行った。


 地上へと降り立ったソールは、長い赤毛を束ね、いつも背に背負っている槌では無く、短剣を腰にぶら下げ、それを真っ黒なコートで隠し、足早にイギリスの隠れ家へと向かう。其処等中が雪に埋め尽くされているイギリスは、二十五日の夜を迎えていた。

 行き交う人々を尻目に、ソールはキュッキュッと雪を鳴らしながら、教会では無く直接本宅の方へと向かっていた。教会から行っても、警戒をされて、入れなくなっているかもしれないと踏んでの事だ。幸いグレイスはソールの姿を知らないが、エダには知られている為、尚更だった。突然正面玄関から現れれば、流石のエダも驚き、ロキに何かを吹き込まれていたとしても、急な対処は出来ないだろうと思っての行動だ。

 本宅の玄関前へと到着をすると、ソールはコンコンッと、数回ドアをノックした。何が起きてもすぐに対処出来る様、そっと短剣に手を添え構えるが、意外な事にあっさりとドアは開けられ、何かが起こる所か、グレイス本人が直接玄関から顔を出し、ソールを出迎えた。

 「何か用?」

 素っ気ない態度で言って来るグレイスに、ソールはどこか拍子抜けをするも、警戒心を残しつつ、グレイスに尋ねた。

 「エダは居るか?私はエダの知り合いなのだが・・・。」

 「エダ?あぁ・・・今買い物に行ってて、いないけど?」

 ソールはグレイスの顔を、マジマジと見た。

 (金髪で、青い瞳をした少女・・・。間違いない、この人間がグレイスか・・・。)

 ソールは改めてグレイスの姿を確認すると、腰にぶら下げた短剣を、そっと握り締めた。

 「貴方、神でしょ?ユグドラシルの。入ったら?ここじゃ目立つわ。」

 グレイスの思わぬ発言に、ゆっくりと短剣を抜こうとしていたソールは、そっと短剣から手を離した。

 「どうやら、話しの出来る人間の様だな。失礼する。」

 ソールはゆっくりと家の中へと入って行くと、グレイスはドアを閉め、そのまま鍵も掛けた。

 後ろから殺気を感じるグレイスは、微かに手を震わせながらも、グッと両手を握り、堂々とした態度で臨もうと決意しながら、クルリとソールの方を振り返った。

 「こんな夜更けに、エダは買い物か?店はやっているのか?」

 ソールは辺りを見渡しながら言うと、グレイスは後ろに回した両手を、強く握り締めながら、嘘を交えて答えた。

 「コンビニって言う、二十四時間経営の便利な店が有るのよ。クリスマスでもやってるわ。それより・・・貴方がソール?」

 今度はグレイスが質問をすると、ソールは少し驚いた表情をさせながら言った。

 「私の事を知っているのか?」

 「まぁね・・・。ここの隠れ家を知っている神が誰なのか、教えて貰ったから。オージンからね。」

 「如何にも、私の名はソールだ。父をオージンとする、神の一人。」

 大きな体で、自身に満ち溢れた声で言うソールに、グレイスは思わず恐縮してしまうも、負けずと小さな体で、いつも通りのキツイ言い方をした。

 「そう。他の三人に比べたら、一番マシそうね。お堅いみたいだけど・・・。エダなら居ないわよ。」

 「エダに用が有って来たのではない。私からも尋ねよう。グレイスと言う名の少女は、君か?」

 グレイスはゆっくりと頷くと、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 「そうよ、私がグレイス。貴方、私に用が有るんでしょ?だったらさっさと済ませなさいよ。」

 鋭い眼差しでソールを見るグレイスは、内心怯える自分を誤魔化す様に、強気で言った。

 ソールはふっと息を漏らすと、腰にぶら下げた短剣を一気に抜き取り、表情を変える事無く、グレイスの首元に、短剣の先を突き付けた。グレイスは思わず後退りをすると、息を飲み、じわりと冷や汗が流れ、その場に硬直してしまう。

 「教えて貰おう。此処に持ち込まれた、『黄金の林檎』は何処に有る?」

 冷静な態度で、速やかに対処をしようとするソールに、グレイスはロキの言葉に不安を覚えながらも、自然と震えてしまう声を押し殺しながら答えた。

 「きょっ・・・教会の地下よ。袋に入っている・・・。でも・・・オージンが魔術を掛けて有るから、解除無しで開けたら、中身は消滅するって聞いたわ。」

 無意識に視線が短剣の先へと行ってしまうが、必死にソールの方へと視線を向けながら言うと、ソールは微かに眉を顰めた。

 「何?・・・ロキにより、中身はすり替えられていると聞いている。嘘を吐くな!袋の中身は偽物だろ!」

 少し強くソールが言うと、グレイスは怯えながらもしっかりとソールの目を見つめ、必死に訴える様に、叫んだ。

 「ちっ・・・違うわっ!嘘を吐いているのはロキの方よ!どうせロキに、中身をすり替えたから大変だとかって、言われたんでしょ?あいつのやりそうな事よっ!袋の中身は本物の黄金の林檎よ!疑うんだったら、袋に掛けた魔術を解除して、中身を確かめればいいじゃないっ!」

 ソールはグッと短剣を強く握り締めると、じっとグレイスの顔を見つめながら、考えた。

 (確かに・・・中身を確認すれば的確だし確実だ・・・。ロキが混乱を目的とするのならば、その位の嘘は吐きそうだ。この娘の瞳を見る限り、嘘を言っている様には思えない・・・。濁りが無い・・・。どちらにせよ殺す者。嘘を吐いた所で、死が訪れればそれも無意味・・・。)

 ソールはそっと、グレイスの首元に突き付けた短剣を退かすと、腰に仕舞う事無く、手に持ったまま言った。

 「いいだろう。信じよう。教会の地下の、何処に隠して有るか詳しく教えろ。」

 グレイスはほっと息を吐くと、冷や汗を拭きながら答えた。

 「あんた達がいつも遊んでいた、大きな鏡台が置いて有った部屋。そこの床下に隠して有るわ。鏡台が置いて有ったすぐ後ろにね・・・。今は、鏡台は置いて無いけど。」

 「あの部屋か・・・。いいだろう、一度持ち帰り、魔術を解き中身を確認する。だが残念ながら、君の命がほんの少し長引いただけだ。君の存在は地上の秩序を乱す物となる。黄金の林檎を食した事は知っている。この剣を持って!私がその命を摘み取る!」

 そう言って短剣をグレイスの目の前に翳すと、グレイスはまたゴクリと生唾を飲み込み、慌ててロキに言われた通りにソールに訴えた。

 「わっ私はっ、地上の秩序を守っているのよ!あっあんた達神が、地上をほったらかしにしてるから、私が変わりに正してるのっ!そっその私を殺すの?」

 しどろもどろに言って来るグレイスの言葉に、ソールの眉がピクリと動くと、悩まし気な表情をさせた。

 「何・・・?どう言う意味だ?人間で有る者が、秩序を正すだと?」

 「この国では、違法の臓器売買が活性化してるのよっ!し・・・死ぬはずの無い無実の子が死んで、その命で、死ぬはずだった金持ちの糞親の子が生き長らえる・・・。そんな腐ったシステムが存在するのよ!私はそのシステムを動かしている奴等を、罰してやってるのよっ!殺してねっ!」

 膝を小さく小刻みに震わせながら、声を張り上げ、目の前の短剣に浴びせる様に力強く言い放った。そんなグレイスに、思わず圧倒されそうになってしいながらも、ソールはゆっくりと翳した短剣を下ろすと、眉間にシワを寄せながら、また考え始める。

 (どう言う事だ?こんな話しは聞いていないぞ・・・。この娘は、秩序を乱す所か、正しているだと?不味いな・・・。この娘の言う事は、正論でも有る。命の流れを神の力を借り、正している事になる。今この娘を殺せば、ロキの告発のお陰で、我々神々の立場を余計追い込む事に為りかねない・・・。)

 ソールは短剣をそっと腰へと仕舞うと、凛とした態度でグレイスに告げた。

 「いいだろう、その命はしばらく預けよう。だがもし、袋の中身が本物の『黄金の林檎』で無かった場合は、すぐさまその命を貰いに、再び参上する。」

 ソールはそのままクルリと後ろを向くと、地下へと通じる扉へと向かって行った。そのまま扉の中へと入り、ソールの姿が見えなくなると、グレイスは一気に緊張の糸が切れ、その場に崩れしゃがみ込んだ。

 「よ・・・よかった・・・。ロキの言う通り、何とか殺されずに済んだわ・・・。でも・・・本当に袋の中身は本物の林檎なのかしら?まぁ・・・地上に残した所で、ロキには何の得も無いでしょうから・・・きっと本物よね・・・。だって・・・ユグドラシルが崩壊すれば、地上だってタダでは済まないんだから・・・。それ所じゃ無くなるだろうし・・・。」

 グレイスはほっと息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり、地下へと繋がる扉を開け覗いた。

 ずっと奥へと暗く続くコンクリートの通路からは、冷たい風だけが吹き付ける。そこに人の気配は無く、ソールの気配も感じなかったが、念の為にと、グレイスは地下通路を歩き、教会の地下室を覗いた。

 初めて自分が訪れ、ロキ達と出会った部屋へと行くと、床下が開けられ、既に袋とソールの姿は消えていた。他の部屋を覗いて見ても、教会の上へと上がってみても、何処にもソールの姿は無い。礼拝堂から冷たい風が吹き付けて来るのに気が付くと、教会の扉が微かに開いていた。グレイスはそっと扉の外を覗くと、そこは真っ白な雪景色だけが一面に広がり、出入口付近に二・三歩大きな足跡を見付けると、そこから先の足跡は途絶えていた。

 「飛んで・・・帰ったのかしら?」

 グレイスは首を傾げるも、確かにソールはユグドラシルに帰ったのだと確認をし、教会の扉をそっと閉めた。

 そのまま足早に本宅へと戻ると、エダが一つの林檎と共に身を隠して居る、ぬこさんの部屋へと向かった。

 すっかりぬこさんに慣れていたグレイスは、部屋の前まで行くと、躊躇する事無くドアを開ける。

 「エダ!帰ったわよっ!」

 掛け声と共に部屋へと入ると、相変わらずぬこさんは優雅に葉巻をすいながら、TVを見ていた。しかし部屋の中にエダの姿が見当たらず、グレイスは首を傾げると、「エダは?」とぬこさんに尋ねる。ぬこさんがクイックイッと、タンスの方を指差すと、グレイスは部屋の片隅に置いて有った、タンスの方へと行き、ゆっくりとタンスの扉を開く。すると中には、体操座りをしたエダが入っていた。

 「ちょっと・・・どこに隠れてるのよ?」

 呆れ顔で言って来るグレイスに、エダはゆっくりとタンスの中から出ると、平然とした顔で答える。

 「えぇ、一応念の為にと思いまして。タンスの中とかは、古典的で意外と気付かれにくいかと思いまして。」

 グレイスは軽く溜息を吐くと、ソールが来た事を話した。

 「ロキの言っていた通り、ソールって奴が来たわ。ちゃんと言われた通りに言ったら、見逃して貰えた。もう帰ったけど・・・でも袋の中身が偽物だったら、また来るとか言ってたわ。大丈夫なんでしょうね?本当に、袋の中身は本物の『黄金の林檎』なの?」

 「問題有りません。袋の中身は確かに本物ですので。」

 「どうしてそう言い切れるのよ?」

 「林檎を袋の中へと移し替えたのは、偶然起きた事故のせいでしたので、ロキ様にとっても予想外の出来事でしたでしょう。それに・・・『黄金の林檎』は神にとっても貴重な物。そんな貴重な物を、人間ごときに容易く与えるとは思えませんしね。」

 「まぁ・・・確かにそうよね・・・。」

 エダに言われると、やたらと説得力が有る気がし、グレイスはほっと肩を撫で下ろし安心をする。そのまま一気に気が抜けた様に、ソファーに座ると、不安気な顔でエダの顔を見つめた。

 「ねぇ・・・本当に・・・食べるの?また・・・。私は別に構わないのよ?一人だって平気!せっかく普通の人間に戻ったのに、また食べて・・・何百年も生きるなんて・・・。」

 どこか寂しそうな表情を浮かべるグレイスに、エダはニッコリと微笑みかけると、そっとグレイスの隣へと座った。

 「約束ですから。それに、貴女には一人で耐え抜ける程の強さは有りません。まだ子供なんですから。ガキはガキらしく、大人に泣き付いて頼ればいいのですよ。何より私は、ガキに同情される程、落ちぶれてはいませんので。お気遣い無く。」

 「何よ!私は貴女の事を想って言ったのよ。人の情位、素直に受け取りなさいよねっ。」

 膨れた顔でソッポを向くグレイスを、エダはまたニコリと微笑んで見つめると、そっとポケットの中に仕舞って有った、『黄金の林檎』を取り出した。

 「私を想うのでしたら、尚の事です。歳を取らない貴女を、一人歳老いて見つめ、死に逝く位なら、一緒に時間を止めてしまいたい。それから共に歳老いて、過ごしたいじゃ有りませんか。同じ時の中で生きてこそ、家族と言う物です。前にも言いました様に、私は家族が欲しい・・・。貴女に、私の家族になって欲しいのですよ。」

 グレイスは微かに微笑むと、エダの手にした林檎を、そっと摩った。

 「そうね・・・。どうせ私の家族は、ヘンリー以外は皆死んじゃってるし。こんな私じゃ、ヘンリーにも二度と会えないだろうし・・・。私の側に居てくれる人は、エダだけなのよね。私が帰って来られる家も此処だけ。だったら私、もうこの家の子じゃない?」

 エダは優しくグレイスの頭を撫でると、額に軽くキスをし、ニッコリと笑った。グレイスもニコリと微笑むと、そっと林檎の上から手を退かす。

 エダはそっと『黄金の林檎』を口元に持って来ると、シャリッと一口林檎を齧った。その後も、シャリシャリと音を立てて林檎を食べるエダの姿を、グレイスは涙を薄らと浮かべながら、無言で見つめ続けた。


 エーギルの館から逃げる様に去って行ったロキは、ユグドラシル内を探しまわる者達を尻目に、地上へと秘かに降り立っていた。その姿を、グレイスが売店で会った時の女性の姿に変えると、目立たぬ様に、髪の色を焦げ茶色に変える。寒そうに体を小刻みに震わせながら、イギリスのある救急病院へと行くと、病院内の花屋へと立ち寄った。

 花屋は既に店仕舞いをしていたが、気にする事無く沢山有る花の中から、クリスマスなだけ有り、一番多く店に並んでいる、可愛く飾り付けられたポインセチアの小さな鉢を選んだ。柵の隙間から、鉢の形を変えて器用に抜き取ると、中にお金を投げ込み、ポインセチアを持って、病室の有る五階へと向かう。

 救急病院なだけ有り、夜でも院内には沢山の人が居た。逆に言えば、クリスマスだからこそ、沢山の人が居るのかもしれない。入院患者が居る階には、看護婦だけでは無く、お見舞いに来ている家族達の姿が、あちこちに見られる。

 ロキは足早に五階に有る病室の一室へと向かうと、室内表示に『ヘンリー』と書かれた大部屋の前へと到着した。中には四人の入院患者がベッドの上で眠っており、一人の患者の周りには、見舞いに来た家族の姿が数人有る。ロキはその家族達に軽くお辞儀をしてから、病室内へと入ると、見舞いに来た家族達も、軽くロキに向かってお辞儀をした。そのまま一番左奥のベッドへと行くと、其処にはあれから眠り続けている、ヘンリーの姿が有った。

 点滴を打たれ、深く眠っているヘンリーの顔は、大分痩せた様な気がする。ヘンリーが教会を訪れてから、一か月近くは経っているのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。それ程までに長く眠り続けているのは、飲んだ物のせいでは無く、現実へと戻る事を、ヘンリー自身が拒み続けているせいだろうか。ならば尚更、ヘンリーを起こしてあげなくてはと、ロキは思った。

 「やぁ、ヘンリー。クリスマスプレゼントを届けに来たよ。」

 眠るヘンリーにそっと囁くと、ベッドの脇に有るテーブルの上に、ポインセチアの鉢を静かに置いた。

 周りに見られぬ様、カーテンを閉め、ヘンリーのベッド内を隠すと、ロキはヘンリーの頭の上に手を翳す。

 「私が『神』としての、最後の務めだ。君の乱れてしまった記憶を、正してあげるよ。」

 ロキの指先が、ゆっくりとヘンリーの脳内へと入って行くと、走馬灯の様に、ヘンリーの記憶がロキの頭の中へと流れ込んで来る。ロキはそれを、パズルの様に綺麗に頭の中で組み合わせると、間違って書き換えられてしまった記憶は削除し、奥底に仕舞いこんであった、本当の記憶をピースの一部として嵌め込む。全てを正しい記憶の順に並べ終えると、そっと指を頭から離した。

 「申し訳ないが、教会に来た記憶と、グレイスに関する一部の記憶は勝手に消させて貰ったよう?君が次に目を覚ます時は・・・真実をそのまま受け入れられる様、強く有る事を願うよ・・・。」

 ロキは軽くヘンリーの頭を撫でると、そのままそっと病室を後にした。

 病院から外に出ると、頭上にオージンの使い、ワタリガラスの一羽が飛んでいる事に、すぐに気が付いた。上を見上げるロキは、溜息混じりに笑うと、困った表情を浮かべる。

 「あぁ・・・流石にもう気付かれてしまったかぁ~。ここは結界が無いしねぇ・・・。仕方が無い・・・ユグドラシルに戻ってあげるかねぇ~。」

 ロキは頭を掻き毟ると、女性の姿から本来の姿に戻り、仕方なさそうに、ユグドラシルへと戻って行った。


 オージンはユグドラシル内の自身の宮殿の一つ、ヴァーラスキャールヴ内の広場に有る、全世界の視界を見渡せる高座、フリズスキャールヴに座り、ワタリガラスがロキの姿を捕えた事を確認した。

 「見付けたぞ・・・ロキ。」

 オージンは顔をニヤリとさせると、ロキの姿を見失わない様、見つめ続けた。

 「失礼します!オージン神、黄金の林檎を持って参りました!」

 慌しくソールが広場へと入って来ると、オージンはソールが手に持つ袋を見て、険しい顔をさせた。

 「どう言う事だ?その袋の中身は、確か偽物のはずだろ!俺は本物の林檎を持って来いと言ったはずだぞっ!」

 「それが・・・その・・・。グレイスと言う娘が、袋の中身は本物だと。ロキが嘘を吐いていると言ったのです。ですから、一度魔術を解除し、中身を確認した上で・・・と思いまして・・・。」

 困りながらも説明をするソールに、オージンは少し考えると、ゆっくりと袋の上に手を翳した。

 「確かに・・・ロキが嘘を吐いていると言う可能性を、忘れていたな・・・。よしっ!魔術を解除しよう。中身を確かめるぞ!」

 そう言って、そのまま呪文を唱えると、袋に掛けられていた魔術の円が浮かび、青光りをして砕け散った。確かに魔術が解除された事を確認すると、オージンはそっと袋の中身を覗き込む。中に入っている林檎を一つ取り出して手にし、マジマジと見つめると、それは間違いなく、本物の『黄金の林檎』だった。オージンは手にした林檎を、乱暴に壁へと投げつけると、悔しそうな顔を浮かべる。

 「くそっ!又やられたっ!ロキの奴、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!ソールっ!ロキを見付けた!今ユグドラシル内のフラーナングの滝に居る。捕まえろっ!近くの洞窟に連れて行け。俺もすぐに行く!」

 ソールは力強く頷くと、足早にフラーナングの滝へと向かおうとした。

 「そうだっ!おいっ、グレイスは殺したのか?」

 後ろから問い掛けて来るオージンに、ソールは一瞬俯くも、「殺せません。」と一言だけ言い、その場を後にした。

 「殺せないだと?どう言う事だ・・・。」

 オージンは悩まし気な顔をするも、林檎が戻ったのならばまぁいい・・・とも思い、グレイスの事は忘れ、フリズスキャールヴからフラーナングの滝の様子を窺った。

 激流が流れる滝の元で、ロキが神々から必死に逃げている姿が映る。そこにようやく辿り着いたソールが、反対側の岸へと渡ろうとしたロキの腕を、透かさず掴んだ。ロキは強く掴まれた腕を必死に振り払おうとするが、ピクリとも動かず、そのまま引き摺られる様に、ソールに近くの洞窟へと連れて行かれてしまう。ロキが洞窟内へと連れて行かれた事を確認すると、オージンは席を立ち、自身もその場へと急行した。

 薄暗く、冷たい空気を纏う洞窟内では、ソールに両腕を後ろで掴まれ、身動きの取れないロキの姿が有った。左右には槍を構えた数人の神に取り囲まれ、槍先をロキの体に向けている。洞窟の入り口付近には、沢山の神が集まっていた。

オージンはゆっくりとロキの元へと近づくと、眉間にシワを寄せながら言った。

 「この俺から、逃げられるとでも思っていたのか?」

 ロキは軽く鼻で笑うと、強気な態度で言い返す。

 「別に逃げていた訳じゃ無いよぉ~。ちょっと時間稼ぎをしていただけさぁ。」

 「時間稼ぎだと?笑わせるなっ!林檎の事まで嘘を吐いて・・・。お前には重い罪が有る!バルドル殺害の黒幕としてと、神々を侮辱した事への罪だ!その罪、キッチリ償って貰うぞっ!」

 怒りを露わにしながら言って来るオージンに、ロキは薄らと笑みを浮かべるだけで、何も言い返そうとはしなかった。そんなロキに、オージンは何故今になって、こんな事を仕出かしたのかと言う疑問をぶつけた。

 「ロキ・・・教えろ。何故だ?何故今になって、こんな事を・・・。お前が口を閉ざしていれば、今まで通り楽しく過ごせたはずだろう?何故だ!」

 ロキはフッと軽く息を吐くと、俯いたまま言った。

 「君には分からないだろうさぁ・・・。絶対に・・・ねぇ。」

 「分からないから聞いているんだっ!」

 オージンが大声で叫ぶと、その声は洞窟内に反映して、山彦の様に何度も繰り返された。やがて声が徐々にと消え、シ・・・ンと静寂が漂うと、ロキはゆっくりと顔を上げた。

 「『今』になってじゃぁ~無い。私は前々から計画をしていた・・・。」

 静かな声で言うロキに、オージンは思わず背筋がゾッとしてしまった。前々からと言う事は、前々から自分の事を憎んでおり、その上で共に楽しそうに過ごして居たのかと思うと、その憎しみは相当大きいのではと思ってしまう。

 「前々から・・・だと?何故だ?何故・・・。そんなにも俺の事が憎いか?憎んでいるのか!」

 「そうだっ!憎んでいる!君が憎くて仕方ないさあっ!だが初めからじゃ無い!君も!ソールもっ!君の子供達も初めは好きだったさぁ!」

 「だったら何故憎む!何がお前をそうさせたっ!」

 お互いに怒鳴り合うと、その声は洞窟の奥まで響いた。ロキは鋭い眼差しでオージンの顔を見ると、いつもと違い真面目な口調で静かに語り出した。

 「身内への侮辱は、身内が晴らすのが定め・・・。だが私の三人の子は例外だった。君が予見をしたお陰で、それぞれ捨てられてしまったさ。私は仕方が無い事だと自分に言い聞かせた。秩序を守る為なのだと・・・。君達は秩序を固く守り続けていたからね・・・。だが蓋を開ければどうだ?君達神々は・・・自ら秩序を乱している。敵視しているはずの巨人を、美しいからと娶り・・・神側となった巨人もまた秩序を乱す。それを黙認する神。」

 「それが・・・お前の気に入らない理由なのか?」

 オージンが静かに問い掛けると、ロキはケラケラと大声を上げて笑い始めた。

 「アッハハッ!違うよお!私の『理由』はそうじゃない!バルドルだっ!誰よりも美しかったバルドルは、誰にでも愛され、守られ・・・。君とフレッグは楽しそうで、誇らしげだった!私の醜い子供達は、捨てられてしまったと言うのにねぇっ!」

 ロキは狂気に笑いながら叫ぶと、目には薄らと涙が滲んでいた。

 「だからバルドルを殺してやったさ!ざまぁみろってねぇー!そしたら君は、自身の息子なのに、血族者の義務として、ヘズを殺した!バルドルの時だけ義務を果たす!他はほったらかしの癖にさぁー!挙句に左目が欲しいと駄々を捏ねる!秩序を乱す事すら気付かずに!私は失望した!」

 ロキの瞳からは、自然とポタリと涙が零れ落ちるが、ロキはその事を気にする事無く続けた。

 「ならば教えて貰おう・・・。私の子供達は・・・何故捨てられた?何の為に、捨てられてしまったんだ?脅威となる『理由』で捨てられたのに・・・関係無くして君達自身が脅威を撒き散らしている・・・。その『理由』は、君達全員が巨人の血を引いているからだ。」

 「お前は・・・子供達への恨みで、こんな事をしたのか・・・。」

 険しい顔で、そっと呟くオージンに、ロキはクククッと小さく笑った。

 「恨み?・・・あぁ・・・最初は恨みなんか無かったさ・・・。嫌・・・今だって無い・・・。只・・・只羨ましかったんだ・・・。楽しそうに子供達と過ごす君が・・・羨ましくて憎らしかった。だからこそ・・・だからこそ私は、血縁者としての務めを果たす・・・。屈辱的に捨てられた子供達の為に・・・神々に『混沌』を齎す・・・。それが私の『答え』だよ・・・オージン神・・・。」

 ロキは一筋の涙を流すと、崩れる様にその場に膝を着いた。そのまま顔を俯けると、冷たい地面にポタポタと涙が滴る。

 「好きにしろ・・・。もう冬の時代が訪れる・・・。」

 ロキが擦れた声で俯いたまま言うと、オージンはロキの目の前に立ち、足元に跪くロキを冷たい視線で見下ろした。

 「あぁ・・・そうさせて貰う。俺はずっとお前に騙されていたんだ。それがお前の答えと言うなら、俺の『答え』はそれを正す事だっ!お前に罰を与え、あの子等への予見は正しかったと思い知らしめてやる!お前の一族はもうお終いだ。お前の仕出かした罪によってなっ!苦痛と後悔を、一生此処で味わうといい。」

 オージンは冷たく言い放つと、ロキに背を向け、その場から立ち去ろうとした。洞窟の外へと出ようとするオージンに、ロキは俯いたまま叫んだ。

 「オージン!君の『答え』を教えてあげよう!」

 ピタリとオージンの足が止まると、顔だけをロキの方へと向ける。ロキはゆっくりと顔を上げ、オージンの顔を見つめると、涙を流しながら笑みを浮かべて、静かに言った。

 「『人間は失敗に始まり、失敗に終わる』様に・・・『神は混沌から始まり、混沌に終わる』それが答えだよ。」

 顔をニヤリとさせるロキを、オージンは険しい顔で睨み付けると、何も答えずにその場か歩き始めた。

 「ロキの子、ナリと、妻シギュンを此処に連れて来いっ!神々の裁きの道具にする!」

 オージンは洞窟の入り口付近に居た者達に、大声で告げると、険しい顔のまま、その場を去って行ってしまった。

 ロキはオージンの最後の言葉を聞くと、薄らと微笑みを浮かべる。

 「あぁ・・・家族一緒に居られるのなら・・・対した事は無い・・・。例え形を成して無くとも・・・。」

 ロキはゆっくりと目を閉じると、真っ暗な視界の中、一つのロウソクの灯りが浮かんだ。灯りの周りに一人一人の子供達の姿が映ると、その奥にはエダとグレイス、それにヘンリーの三人が、楽しそうにクリスマスパーティーをしている姿が映る。楽しそうに笑っている皆を、目を閉じて微笑みながら見つめていると、暗闇の中から、突然娘ナリの悲鳴が聞こえて来た。頬に生温かい水が掛った様な感触を感じると、ゆっくりと目を開けた。

 「すまないね・・・ナリ・・・。」

 目の前に血だらけで横たわり、無残にも内臓を引きずり出されているナリの姿を目にすると、ロキは優しく微笑み、小さな声で呟いた。静かに一筋の涙が頬を伝うと、一斉に槍がロキの体に襲い掛かる。血を吐き出しながら、その場に倒れ込むと、ナリの腸を体に巻き付けられ、洞窟の奥其処へと、囚われたシギュンと共に連れて行かれてしまった。

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