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GOD  作者: 小鳥 歌唄
神々
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オージン

 アースガズルの中に位置する、グラズヘイム宮殿内では、オージンが送られて来たミーミルの首に、腐敗しないよう薬草を擦り込み、魔術を掛けていた。

 グラズヘイム宮殿は男神だけの住む宮殿。内装も外壁も金色に輝いており、ユグドラシル内では一番立派な宮殿だ。その宮殿内の小さな一室で、オージンは水の張った金の器の上に、ミーミルの首を置くと、手を翳し魔術を唱えた。

 魔術を唱え出すと、器の中の水は揺らぎ始め、鎖されたミーミルの瞳が、ゆっくりと開き始める。唱え終える頃には、ミーミルの瞳は完全に見開き、小さく息をし始めた。ミーミルの吐息を感じると、オージンはほっと肩を撫で下ろす。

 「何とか生き返らせる事が出来たな。首だけだが、しばらくは我慢してくれよ。すぐに泉に戻してやるからな。」

 オージンがそっと話し掛けると、ミーミルは返事をする様に数回瞬きをした。オージンは微かに微笑むと、そっと部屋を後にした。

 部屋から出ると、ドアの前には、背が高く、赤毛の長髪をした、ソールが立っていた。

 「ソールか、どうした?」

 少し驚きながらもオージンが聞くと、ソールは慌ただしい様子で言って来る。

 「あぁ、脅かしてしまいましたか?実は急ぎで、東方へと出掛けなければならなくなったので、エーギルの宴には遅れて行く事になります。」

 「エーギル?あぁ・・・そう言えば、新しい酒が出来たから、酒宴をすると言っていたな。」

 オージンはその場から歩き始めると、ソールも後に続き、歩きながら話した。

 「彼の催す宴は、いつも華やかで楽しいので残念ですが・・・。しかし今まで、何処に居られたのですか?ミーミルの首が送られて来たと思えば、ヘーニルと共に帰還したので驚きました。」

 固い口調で、自信に満ちた話し方をするソールに、オージンはソールから視線を逸らすと、誤魔化す様に適当な嘘を言った。

 「あぁ・・・その、ヘーニルを探しに行っていたんだ。追い出されたと聞いたからな。」

 「そうでしたか。流石はオージン神。しかし宴に間に合ってよかった。戻られるのが遅いので、忘れているのではと、不安になってしまいましたよ。」

 オージンは一瞬胸がドキッと跳ね上がると、微妙に口元を引き攣らせながら言う。

 「あ・・・あぁ・・・。忘れる訳が無いだろう。うん、ちょっとヘーニルが駄々を捏ねたからな、手間取っただけだ。」

 (すっかり忘れていた・・・。)

 オージンはそっと胸に手を当てると、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えようとする。そんなオージンを更に追いたてる様な事を、ソールは尋ねて来た。

 「そう言えば、ロキは?あいつもここ最近、姿を見ませんが、ご一緒でしたのでしょうか?」

 オージンは更に高鳴る鼓動を抑えながら、顔を引き攣らせて答えた。

 「あぁ、ロキか。ロキはその・・・帰る途中で会ったんだが、後からすぐに戻ると言っていた。ほら、あいつは自由気ままな奴だからな。ハハハ・・・。」

 不器用に笑うオージンを、ソールは疑う事無く、ニコヤカに微笑んで言う。

 「そうですか。全く・・・あいつには困った物ですね。まぁ何にせよ、宴に間に合うのならばいい。」

 「あぁ、そうだな・・・。」

 話しながら歩いている内に、グラズヘイム宮殿の出入口まで辿り着くと、ソールは背に背負った大きな槌を抜き、手に取った。

 「それでは、行って参ります。後程エーギルの館で。」

 「あぁ、そうだな。」

 ソールはそのままグラズヘイム宮殿から出て行くと、その姿を見送ったオージンは、ほっと肩を撫で下ろし、息を吐いた。

 「よかった、馬鹿な息子で。しかし参ったな。宴の事をすっかり忘れていた。ロキの奴が変な事を言わなければいいが・・・。ヘーニルにも念を押しておくか。」

 オージンはクルリと体を回すと、足早にグラズヘイム宮殿内を歩き、ヘーニルの居る部屋へと向かった。

 時折すれ違う他の神に話し掛けられるが、「急いでいる。」と言い、相手にせず、足早にヘーニルの部屋まで行くと、周りをキョロキョロと見渡す。人気が無い事を確認すると、素早く部屋の中へと入って行った。

 突然部屋の中に入って来たオージンに、ヘーニルは驚きながらも、嬉しそうな顔をして近づいた。

 「オージン!ありがとーお咎め無しにしてくれて!僕どうなっちゃうのかと思ったよぉー!」

 顔をニコニコとさせ、嬉しそうに大きな声で言って来るヘーニルの口を、オージンは慌てて手で塞いだ。

 「馬鹿っ!声がデカイぞ!静かにしろ!」

 ヘーニルは口を塞がれたまま、モゴモゴと何かを言いながら、何度も大きく頷いた。オージンはそっとヘーニルの口から手を離すと、小声で話す。

 「いいか、よく聞け。お前を人選した事が間違いだったから、お咎めは無かったんだ。それから、エーギルの宴が有る。お前は出席するな。ロキも来るからな。」

 ヘーニルは首を傾げると、不思議そうに尋ねた。

 「エーギルの宴?あぁ・・・海神のエーギルの事だよね?僕は出席しちゃいけないの?アールヴとかも沢山来るのに・・・。」

 「当然だ!お前はアース神族の恥だ!それにロキが変な事を言い出した時、お前は口を滑らせそうだからな。」

 「だから留守番?また仲間外れだよ。」

 寂しそうに俯くヘーニルに、オージンは溜息混じりに言った。

 「仕方が無いだろう。ヴァナヘイムルを追い出されたばかりのお前を連れて行けば、こちらの顔も立たない。それに林檎の事も有るしな。お前は来ない方がいい。」

 ヘーニルは仕方なさそうに頷くと、子犬の様な目で、オージンの顔を見つめて来た。

 「その変わり、お願い聞いてくれる?」

 「お願いだと?何だ?」

 ヘーニルはゆっくりと隣の部屋を指差すと、涙ながらに訴えた。

 「隣の部屋、パニックオンずっとしていて五月蠅いんだよ。注意してよぉ。」

 オージンは深い溜息を吐くと、呆れ切った顔をする。

 「あいつ等はパニックオン廃人だ、諦めろ。」

 「そんなぁ~!」

 嘆くヘーニルを無視し、オージンは「諦めろ。」と素っ気なく言い放つと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 オージンはその足でグラズヘイム宮殿内に在る、自身の宮殿の一つ、ヴァルホルへと向かった。ヴァルホルはグラズヘイム宮殿と違い、槍の壁と楯の屋根で作られている、戦士の魂が集う宮殿だ。中では戦いと饗宴が繰り返されており、言わばオージンの兵士達の訓練場だった。

 オージンはその中に居る、自身の付き添いである一対の狼、ゲリとフレキを呼ぶと、二匹の狼を連れてエーギルの館へと向かった。


 海神エーギルの館は、アースガズルの外、ユグドラシルの海沿いに在り、エーギルは巨人であったが、巨人を打ち負かし続けていたソールに言われ、半ば仕方なく神々の酒を作っていた。

 愚痴を零したエーギルに、ソールが大量の酒を作れる様にと、大きな鍋を用意してからは、酒の開発に夢中になり、新しい酒が出来れば、試飲会として神々や小神族のアールヴ(エルフ)を招待し、宴を開いていた。

 そんな彼が、今回新たに開発をした酒は、甘みが有ってほろ苦さも有る、新しい味わいのビール。

 真っ白い髪に真っ白い長い髭を生やしたエーギルは、二人の召使、フィマフェングとエルディルと共に、館内の大きな広場で、慌しく宴の準備をしていた。

 「さぁさぁ、もっとキビキビ動いて。客人が到着してしまう。」

 球体型の大きな広場は、真っ白な石で内装されており、中央に置かれた大きなテーブルは、木材だが石の様に固く、ツルツルに磨きあげられていた。中に灯りは一つも無かったが、エーギルは広場のあちこちに黄金を散りばめ、その輝きを照明変わりにする。

 「これでよし、と。神って奴ぁ~金が好きだからな。あぁ!エルディル!席順を間違えるなよ!」

 「はいっ!問題有りません。」

 椅子を並べながらエルディルが返事をすると、エーギルは満足そうに頷いた。

 「あぁーフィマフェング、テーブルの上は華やかに飾れよ!もっとこう・・・料理が豪勢に見える様に、見栄え良く並べろ!」

 「はい!了解しました。」

 フィマフェングはテーブルの上に、様々な料理を沢山並べると、その上に色とりどりの花を飾り付けた。

 中で慌しく準備をしている一方、館の外には招待をされた神々達が、わらわらと集まり始めていた。其処にオージンも二匹の狼と共に到着をすると、キョロキョロと周りを見渡す。沢山居る神やアールヴの中から、ロキの姿を見付けると、オージンは急いでロキの元へと歩み寄った。そんなオージンの姿に気付いたロキは、ニッコリと笑い、オージンに向かって手を振る。

 オージンはロキの側まで行くと、周りの目を気にしながら、コソコソと小声で話した。

 「お前、いつの間に戻って来たんだ?」

 ロキはニンマリと笑うと、同じ様に小声で話す。

 「さっき戻ったばかりだよぅ。宴に招待されている事を、思い出したからねぇ。慌てて戻ったよ。」

 「お前っ・・・。」

 オージンが言い掛けている途中、ロキはシーと人差し指を口元に翳すと、不敵な笑みを浮かべた。

 「分かっているよう。林檎の事は黙っているさぁ。それより、ヘーニルの姿が見当たらないねぇ?」

 ロキがワザとらしく辺りを見回すと、オージンはロキの腕を掴み、ロキを連れて他の者達から少し離れた場所へと移動した。

 「ヘーニルは留守番だ。追い返されたばかりだからな。」

 「へぇ~お咎めは無しかい?ミーミルはどうしたぁ?」

 「ミーミルは、俺が魔術で生き返らせた。まだ息が少し有ったしな。首だけだが。」

 「ふぅ~ん。それでぇ?」

 ロキはニヤリと笑うと、また「それで?」とオージンに尋ねた。

 「それだけだ・・・。」

 ロキから視線を逸らし、オージンは呟くと、そのままその場を離れようとした。その瞬間、ロキはオージンの肩を掴むと、クククッと不気味な笑い声を上げながら、後ろから静かに言って来る。

 「違うだろう?林檎の事が有るだろうに。」

 オージンはロキの顔を、鋭い視線で睨み付け、肩に載せられたロキの手を、乱暴に振り払った。

 「どう言う意味だ?林檎の事は、黙っているんじゃなかったのか?」

 「あぁ、黙っているよう?私は、ね。だが君は言うべきなんじゃないかなぁ?非常に不味い状態だから。」

 オージンはニヤケ顔で言って来るロキに迫ると、真剣な眼差しで見つめた。

 「それはどう言う意味だ。何が言いたい?お前にとって、不都合な事でも有るのか?」

 ロキはクスリと小さく笑うと、可笑しそうに言った。

 「違う違う、不都合が有るのは、君だろう?オージン。君は林檎を、持ち帰るべきだったんだぁ。中身をちゃんと確認してからねぇ。残念ながら、袋に詰めて魔術を掛けた林檎は、只の林檎だったんだよう。『黄金の林檎』じゃ無かったんだ。私が袋に詰める前に、すり替えておいたからねぇ。」

 それを聞いたオージンは、怒りを抑える様にグッと歯を食い縛ると同時に、ロキの胸倉を掴んだ。

 「お前っ!どう言うつもりだ。なら本物の林檎は、無雑作にあの教会の中に有ると言う事か?」

 「そう、その通り!無雑作に、グレイスの手元に有る。グレイスがくすねて、何処かに行ってしまわなければいいけどねぇ~。」

 オージンの態度に動じる事無く、ロキが気軽に言うと、オージンはロキの言う言葉の意味を悟り、掴んだ胸座を更に強く握り、手繰り寄せた。

 「謀ったな!」

 低い声で静かに怒鳴ると、険しい顔でロキを睨み付けた。

 ロキはニヤリと笑うと、怒りに満ちたオージンの瞳をじっと見つめながら、静かに囁いた。

 「正すかい?地上に蒔いた混沌を。だがどうする?グレイスを殺して、林檎を回収するかい?誰が行く?今から宴が始まる。君は席を外せない。ヘーニルにでも行かせるかい?彼にグレイスが殺せるのかなぁ?かと言って、他の者に向かわせれば、秘密基地の場所がバレてしまう。さぁ、君はどうするぅ?」

 オージンは掴んだロキの胸倉を、乱暴に突き飛ばし離すと、ギュッと拳を強く握り締め、口を閉ざした。

 「見なよ、オージン。ブラギが居るねぇ。イズンの姿も見える。」

 ロキは扉の前に群がる者達の中に居た、ブラギとイズンを指差すと、更に言った。

 「丁度いい機会じゃないかぁ。皆が集まるこの場で、君は告白すべきだ。ルールを犯し、過ちを犯した事を謝罪し、罰を受けるべきだよぉ。最高神様。」

 ケラケラと笑いながら言って来るロキを、オージンは力強く指差すと、怒りに満ちた声で言い放った。

 「ソールに向かわす!ソールがグレイスを殺す!それなら問題無い!」

 その直後、館の入口の大きな扉が、ゆっくりと開き始めた。ギギギ・・・と大きな音を立てながら開く扉の方を、その場に居た者全員が、一斉に向くと、オージンもゆっくりと扉の方へと顔を向けた。

 「あぁ・・・残念だよ、オージン。君はジョーカーを引いてしまった。」

ロキは誰にも聞こえない程小さな声で、ポツリと呟くと、オージンの隣に立った。

 「行こうかオージン。宴の時間だぁ。」

 オージンはロキの顔を再び睨み付けると、禍々しいオーラを体に纏いながら、ゆっくりと扉へと向かい進んだ。その背中を追う様に、ロキも後に続く。

 「皆様、大変お待たせ致しました。どうぞ中へ。どうぞお入り下さい。」

 扉の中からフィマフェングが姿を現すと、外で待っていた者達の誘導をし始める。

 「どうぞこちらに。広場にお集まり下さい。どうぞ。ようこそ。」

 一人ひとりに笑顔で挨拶をしながら、入口で出迎えるフィマフェングに、「ありがとう。」「どうも。」と一言いいながら、集まった者達は中へと入って行く。そんなフィマフェングの姿を見ていたロキは、前を歩くオージンに、そっと後ろから囁いた。

 「彼、誰と誰の子だろうねぇ?」

 しかしオージンはロキの言う事等耳を貸さず、足早に中へと入って行ってしまう。

ロキはクククッと不気味に小さく笑うと、冷たい表情へと急変させ、フィマフェングを横目に、ゆっくりと館の中へと入って行った。


 広場へと集まった神々は、エルディルに席へと案内され、それぞれの椅子へと座った。夫婦同士は隣同士に座り、最高神であるオージンは、全ての者と入口を見渡せる、扉と向かい合わせの、長方形のテーブリの縦、真ん中に置かれた、一番大きな椅子へと腰を下ろした。その左右に、二匹の狼もそれぞれその場に腰を下ろす。

 オージンのすぐ横に置かれた、二番目に大きい椅子に、オージンの妻である、フレッグが座ると、隣に座るオージンにそっと耳打ちをした。

 「今まで何処に?随分探したんだから。」

 怒り気味に言うフレッグに、オージンも小声でそっと耳打ちをした。

 「仕事だ!ヘーニル捜索に行っていたんだ。」

 「本当かどうだか。」

 疑うフレッグに、オージンは軽く溜息を吐くと、チラリとロキの方を見た。

 ロキはオージンから離れた、左側の扉から二番目の椅子に座っていた。ロキの右斜め前には、ブラギとイズンが並んで座っている。

 アールヴ達は、中央の神々が座るテーブルの周りを取り囲む様に、広場のあちこちに置かれたソファーに、それぞれ好きな様に座ると、全員入室した事を確認したフィマフェングが、入口の扉を閉めた。

 「皆様、ようこそお越し下さいました。」

 エーギルが扉の前へと立ち、集まった者達への挨拶を始めると、騒ついていた室内は静まり返った。一斉にエーギルの方へと視線が集まると、エーギルはコホンッと一つ咳を吐いてから、今回の新作の説明をし始める。

 「えぇ、今回の新作は、女神の方にも飲みやすい、甘みの交じったビールでございます。ほろ苦さを損なわぬまま、フルーツの様な甘みを加えましたので、男神に方も、女神の方も飲みやすく、飽きぬ味わいかと思います。えぇ・・・まぁ、いいか。それでは、存分にお楽しみ下さい!」

 エーギルはパンパンッ、と二回手を叩くと、フィマフェングとエルディルが酒を注いで回り、宴が始まった。

 会場内が一気に賑わい始めると、其処等中から楽しそうな笑い声が聞こえる。グラスの中の酒が無くなれば、互いに酒を注いでは乾杯をし、一気に飲み干す。

 盛り上がりを見せる中、汚れたお皿を取り換えたり、新しい酒の入った樽を持って来たりと、誰よりも忙しそうに動く、フィマフェングの姿が有った。そんなフィマフェングを、その場に居る神々は、嬉しそうに褒め始める。

 「いやぁ~エーギル。お前の召使はよく働くなぁ。」

 「本当、気が効くわ。」

 「フィマフェングの出迎えは、気持ちが良くて良かったよ。」

 エーギルは自慢気な顔をすると、嬉しそうに言った。

 「いいや、とんでもない。ほらっ、フィマフェング!オージン神に酒をお注ぎして!」

 「はい!了解しました。」

 フィマフェングはエーギルに命じられ、オージンの元へと行くと、笑顔でグラスの中に酒を注いだ。

 「どうぞ、オージン神様。フレッグ神様もどうぞ。楽しまれて居られますか?」

 フィマフェングはオージンとフレッグの二人に酒を注ぐと、二人は嬉しそうな顔をした。

 「あぁ、ありがとうフィマフェング。とても楽しい宴だ。」

 「ありがとう。この人殆どお酒しか飲まないから、色んな味のお酒が有ると助かるわ。」

 「おいっ、フレッグ!人をアル中扱いするな!」

 「あら、実際そうじゃない?」

 二人が可愛らしい夫婦喧嘩をすると、フィマフェングは可笑しそうに笑った。

 「仲睦まじきご夫婦で、喜ばしい。」

 フィマフェングがニコヤカな表情で言うと、オージンは照れ臭そうに笑いながら言う。

 「余りからかうなよ。」

 三人から楽しそうな笑い声が零れると、その様子を静かにじっと見つめていたロキが、バンッとテーブルを強く叩き付けながら、その場に勢いよく立ち上がった。

 「茶番だっ!」

 ロキは大声で叫ぶと、勢いよくオージンの側に居る、フィマフェングの元へと駆け寄る。

 「お~い、どうしたロキ?」

 近くに居た、元ヴァン神族のミュルズルが呑気に聞くも、ロキはそれを無視し、フィマフェングの目の前まで行くと、彼が腰に下げていた剣を抜き取った。その瞬間、会場内が騒めき出し、皆何が起こっているのか分からず、戸惑い始める。

 「おいっ!ロキ!どう言うつもりだ?」

 オージンが焦りながら立ち上がり言うと、ロキは目をぎらつかせながら、静かな声でオージンに問い掛けた。

 「オージン、言う事は無いのかい?」

 「何?」

 オージンはロキの眼差しから、ロキの言わんとする事を悟ると、毅然とした態度で答えた。

 「無いな。何も無い。」

 ロキはグッと強く剣を握り締めると、怒りを堪える様に、低く静かな声で言った。

 「それが君の答えかぁ。ならば私の答えはこれだ。」

 ロキは手にした剣を大きく振り翳すと、勢いよく振り下ろし、目の前に立つフィマフェングの体を切り捨てた。

 「う・・・ぐぅ・・・ガハッ。」

 フィマフェングは口から血を吐き出すと、引き裂かれた体からは血が溢れ出し、そのままその場に、バタッと倒れ込んでしまった。悲鳴と共にその場に居た者達は一斉に立ち上がると、血の滴る剣を持つ、ロキを見る。床に倒れたフィマフェングの体は、ピクリとも動かず、只血だけが床に広がって行く。オージンは目の前に転がる、血塗れのフィマフェングの体を目にすると、鋭い目付きでロキの顔を睨みつけた。

 「ロキっ!貴様何故殺した!」

 オージンの怒鳴り声が広場中に響くと、その声を聞いた他の者達も、一斉に怒り始めた。会場内が怒りに溢れ、怒鳴り声があちこちから飛ばされ、皆が騒ぎ立てると、ロキは剣を振り回しながら、其処等中に血を撒き散らした。

 「盛り上げてやったんだよぉ!宴を盛り上げてやっただけじゃなかぁ~!」

 ケラケラと笑いながら、狂人の様な表情を浮かべて叫ぶロキに、周りの神々は「この馬鹿者!」「何が盛り上げただ!」「台無しにしおって!」「せっかく楽しんでいたのに!」と次々に罵声を浴びせた。

 怒り狂う神々の事等、ロキは気にもせず、手にした剣をオージンへと向けると、ニヤリと笑った。

 「何が楽しい?誰の子かも分からない奴を褒め、腑抜けた神々と酒を飲み、生温い雑談の宴等、何処が楽しいんだい?」

 「ロキっ!口を慎めよ!ここはエーギルの広場だぞ!」

 「せっかくの酔いが醒めてしまったわ!」

 近くに居た、フレイの召使で、妖精のビュグヴィルとベイラが言うと、ロキは鼻で笑いながら言い返した。

 「君達には聞いてないよう。私はオージンと話している。臆病者のおチビさんは、黙っていてくれないかねぇ~。」

 「何だと?失敬な!」

 ビュグヴィルが怒りながらロキへと歩み寄ろうとすると、光の神、ヘイムダルがそれを止め、周りを落ち着かせようとした。

 「まぁまぁ、ロキは飲み過ぎて酔っぱらっただけだろう。取り合えず、皆座れ。一度座って落ち着こう。」

 ヘイムダルに促され、その場に立っていた者達はそっと席へと戻るが、ロキはオージンに剣を向けたまま、立ち尽くしていた。

 「ロキ、お前さんも座れ。」

 ヘイムダルがロキの肩を軽く叩くと、ロキはゆっくりと剣を下ろした。オージンはじっとロキを睨みながら、ゆっくりと席に座ると、エルディルに死体を片付ける様言った。

 エルディルがフィマフェングの元へと駆け付けると、血塗れで死体となっているフィマフェングの体を、そっと抱き上げた。

 「なんて事だ・・・。酷いでは有りませんか!」

 エルディルは涙ながらにロキに訴えるが、ロキは無視し、「賽は投げられた。」と一言だけオージンに言い、ゆっくりと自分の席へと戻ろうとした。その瞬間、ブラギがロキに向かって、強く言い放つ。

 「お前の戻る席等無いぞ!エーギル!ロキの椅子を退けろ!」

 ブラギに強く命令をされたエーギルは、慌ててロキの座っていた椅子を、その場から退かした。するとロキは、不適な笑みを浮かべながら、チラリと横目でオージンの顔を見ると、ワザとらしく大きな声で言う。

 「これは参ったなぁ~。私に出て行け、と言う事かぁ。だが私は、オージンと『血の約束』を交わしている。血を混ぜ合わせ、義理親子となった時、確か君は言ったよねぇ?二人揃っている時に運ばれた酒しか、飲まないってさぁ~オージン?」

 オージンは痛い所を突かれ、チッと舌打ちをすると、これ以上神々の集まるエーギルの広場で、ロキが余計な事を言わないか不安では有ったが、ここで断ればもっと厄介になりそうだと思い、仕方なく頷いた。

 「ヴィーザル、ロキの席を用意してやれ。俺の視界によく入る位置にな。」

 オージンは息子のヴィーザルに命じると、ヴィーザルは慌てて席から立ち上がり、扉のすぐ前の位置に、退かされたロキの椅子を置いた。

 ロキはニヤリと笑い、その場に剣を投げ捨て、席へ行くと、オージンと向かい合わせに座った。オージンは目の前に座るロキを睨み続けると、ロキも又、オージンの顔を睨みつける。

 「ロキ、少しは自重して。ミーミルの事が有ったばかりだから、皆カリカリしてるんだよ。」

 ヴィーザルがロキに酒を注ぎながら、そっと小声で言うと、ロキはクスリと小さく笑い、同じ様に小声で返した。

 「君はヘーニルと同じでお人好しだねぇ。父の命令は絶対かい?」

 「心配して言ってやってるんじゃん!相変わらず屁理屈だなぁ。」

 「あぁ、そりゃどうも。」

 ヴィーザルは軽く溜息を吐くと、すぐ横に置いて有った椅子にチョコン、と座った。

 エルディルがフィマフェングの遺体を担いで、広場から出て行くと、会場内は一気に辛気臭い空気に包まれ、誰もが冷め切った様子で、ヒソヒソと文句を言いながらも、宴の続きを始め様としていた。

 不満そうな顔をして、再び酒を飲み始めると、あちこちからロキの陰口が聞こえて来る。だがロキはそんな事等気にもせず、その場に立ち上がると、酒の入ったグラスを掲げた。

 「先程は失礼したぁ。改めて仕切り直しと行こうじゃぁないか!お詫びの印に、私が祝杯を掲げよう。」

 周りはロキの方へと視線をやると、互いに顔を見合わせながらも、仕方なさそうに、手にしたグラスを掲げる。オージンもロキの顔を睨みつけたまま、ゆっくりとグラスを掲げると、全員がグラスを掲げた事を確認したロキは、満足そうにニッコリと微笑んだ。そして広場中に響く位、大きな声で、ロキは叫んだ。

 「神聖なる神々に栄えあれ!我らがアース神族に栄えあれ!我らがオージン神に称えよう!そこに居る裏切り者のブラギを覗いて!」

 ロキの言葉を聞いた瞬間、ブラギは慌てて立ち上がると、焦りながら言った。

 「なっ、何を言っている!何故この私が裏切り者となる!」

 するとロキは、クスクスと可笑しそうに笑いながら、掲げたグラスの中の酒を一気に飲み干すと、ゆっくりと椅子に座った。

 「あぁ、だって君は、同族で有るこの私を、追い出そうとしたじゃないかぁ。失礼じゃないかい?義理の兄弟を宴から退けるなんてさぁ~。」

 余裕の態度で言って来るロキに、ブラギは周りの視線を気にし、咳払いをすると、自分も余裕の有る態度を見せようと、腕に嵌めていた豪華な腕輪を外し、テーブルの上へと置いた。

 「あ、あぁ、それはすまなかったな。この腕輪をお前にやろう。お詫びの印だ。突然の出来事だったからな、カッなって言ってしまった、言葉の文だ。他に欲しい物が有れば何でも言え。与えてやろう。」

 自信気に言うブラギに、ロキはケラケラと笑い出した。

 「おいおい、マジかい?君が私の欲しい物を与えるだってぇ?相変わらずええ格好しいだねぇ。戦にも出られない臆病者の癖に、何を勝ち取ってプレゼントしてくれるんだい?腰ぬけの君から貰わなくとも、自分で手に入れる事が出来るさぁ。現に私は手に入れたしねぇ。」

 「なっお前!何をっ!」

 ロキの言葉に、ブラギの顔は真っ赤になってしまうと、周りはヒソヒソと話し、騒めき始める。

 「おい、何の話だ?」

 「ブラギが臆病者って?マジ?」

 クスクスと小さい笑い声が、周りから聞こえ始めると、ブラギは顔から火が出る程恥ずかしくなってしまい、それを隠そうと強い口調でロキに怒鳴り付けた。

 「言って置くがロキ!お前が嘘吐きと言う事は、この場の誰もが知っている!此処がエーギルの広場では無く、外ならば、お前の首等今頃地面に転がっているぞ!」

 「転がっているのは君の首だろう?ナイト気取りをするのは構わないけど、イズンが攫われた時だって、必死に犯人捜しをしただけで、実際に取り戻しに助けに行ったのは私だあ。君は探偵にでもなればいい。恋文探偵ブラギってね、いいじゃないかぁ!あぁ、でも探偵にしても無能だねぇ。妻の管理すら出来ないんだからさぁ~。」

 屈する事無く、笑いながらロキが言い返すと、ブラギは更に顔を真っ赤にさせ、怒り狂う様に叫んだ。

 「ふざけるな!あれはお前が元凶だったから、罰としてお前に取り戻しに行かせた事だ!お前の言葉は、戦士への侮辱だ!それに妻の事は関係無いだろ!」

 プルプルとロキを指差す指を震わせながら怒鳴ると、周りは静まり返ってしまうが、ロキは優雅に酒を飲みながら言って来る。

 「ムキになる所が怪しいねぇ~。よしっ!なら外に出よう!外へ出て、証明してみてくれないかい?君が勇敢なる戦士だってねぇ。」

 挑発をするロキに、ブラギはカッとなり、ロキの言う通り外へと出ようと、その場から離れようとした。すると透かさず隣に座っていた、妻のイズンがブラギを止めると、そっとブラギの手を取り、穏やかな声で言う。

 「落ち着いて。義理兄弟の間柄で、この場で争わないで下さい。皆が見ていますよ。」

 ブラギはイズンに言われ、ハッと周りを見渡すと、皆の痛々しい視線に気付き、恥ずかしそうに静かに椅子へと座った。

 「すまない、イズン。お前の事まで言い出したから、つい・・・。」

 ブラギは小声でイズンに謝ると、イズンは優しい笑みを浮かべた。

 「大丈夫ですよ。」

 イズンは手に取ったブラギの手を、優しく数回叩くと、ロキの方を見た。

 「ロキ、貴方は口を慎んで下さい。此処は祝福有る神々達の集う、エーギルの広場なのですから。」

 真剣な眼差しでロキに言うと、ロキはハッと鼻で笑った。

 「これは失礼、女神様。だが義務も果たさない、仕事すらまともに出来ない、典型的な駄目女に言われてもねぇ。説得力が無いよう?」

 今度はイズンを挑発する様に言うが、イズンは顔色を変える事無く、穏やかな声で言い返した。

 「残念ですが、貴方の挑発に乗る気は有りません。これ以上余計な血は、見たくは有りませんので・・・。」

 「あぁ、それは本当に残念だねぇ。」

 ロキはワザとらしく溜息を吐くと、顔をニヤリとさせた。

 「ならお詫びの印に、良い事を教えてあげよう。林檎の管理はちゃんとしているかい?君が攫われて戻った時に、手元に有った林檎の数を、ちゃぁ~んと数えたのかい?」

 ロキの言葉に、その場に居たオージンとイズンの顔は、一気に青褪めた。

 「それはどう言う意味だ、ロキ!」

 身を乗り出しながら、ブラギがロキに聞くと、ロキは黙り込んでしまったイズンの顔を、口元をニヤケさせながら見つめ、イズンが気付いている事を悟った。

 「あぁ・・・ブラギは知らないのかぁ・・・。だがイズン、君は気付いているみたいだねぇ。何故言わない?報告するべきだろう。あぁ、そっかぁ~!ブラギに失態を知られたくなかったのかなぁ?そんなに気にする事は無いよう。どうせ兄を殺した男だろう?気を使う必要は無いさぁ。」

 ロキの言葉に、イズンは更に顔を青褪め黙り込んでしまうと、同じ様にブラギも黙り込んでしまった。

 再び周りが一気に騒めき出すと、ロキはクククッと不適に笑いながら、大きな声で叫ぶように言った。

 「皆知っての通り、我々は血縁者が殺害や侮辱されれば、同じ血縁者で有る者が復讐を果たさなければならない!それが我々の義務で有り、ルールだぁ!だがここに居るイズンは、その義務を果たしていない所か、有ろう事かその殺害者と婚姻しているう!殺害者で有るブラギもだ!二人は何の報告もせず、呑気に敵同士夫婦生活を送っている!他にも報告をせず、隠している事が有る様だあ!」

 周りの神々達は、ブラギとイズンを見ながら「どう言う事だ?」「真実か?」と騒ぎ立てた。騒々しい会場の中、二人は黙りを決め込み、何も言おうとしない。

余りに騒がしい場内に痺れを切らした、女神ゲフィオンが立ち上がると、バンッバンッと強くテーブルを叩いた。

 「いい加減におしっ!なんだってアース神族同士、宴の場で言い争うんだい?ロキ!お前が神々の事を嫌っている事は、ちゃんと知ってるよ!そうやってワザと争い事を持ち掛けるのは、いい加減お止め!」

 ゲフィオンがロキに叱り付けるも、ロキはそれを嘲笑うかの様に言い返し、黙らせようとした。

 「黙りなよ悪趣味ババァ!私に意見する前に、趣味の悪いプレゼントをする、恋人にでも意見していなよぉ。」

 「まぁ!なんて事言うんだい!口が悪いにも程が有るよ!」

 ゲフィオンが更に怒り、叱り付けるも、ロキはそれを無視する様に、顔をゲフィオンから背けた。

 余計な事を言って、口を滑らさない様、好き放題言っているロキを黙って見ていたオージンは、ついに我慢の限界に達し、勢いよくその場に立ち上がると、目の前に座るロキを力強く指差した。

 「ロキっ!ゲフィオンにまで暴言を吐くとは、どう言うつもりだ!黙って聞いていれば、好き放題言って、身の程を知れよ!ゲフィオンは人間の運命を全て知っている女神だぞ!お前より格上の者に対して、失礼にも程が有る!」

 怒りながら怒鳴り付けると、ゆっくりと指を下ろし、今度は静かな声で言った。

 「お前の考えは分かっている。だが思い通りに行くと思うなよ。」

 ロキは冷めた視線でオージンを見つめると、パチパチと数回拍手をした。

 「これはこれは、本御所のお出ましかい。私の考えが分かる?なら教えて欲しいねぇ。ゲフィオンが人間の運命を知っているのなら、それも是非、教えて貰いたい。特に君の玩具の、人間の運命を・・・ねぇ。」

 オージンはグッと唇を噛み締めると、弱みを見せまいと、凛とした態度で臨んだ。

 「あぁ、エダの事か?それならあの人間は、今は只の人間だ。歳を取り、死んで逝くだけの運命だな。」

 ロキはクスリと笑うと、嫌味に満ちた表情をさせた。

 「あぁ~エダねぇ。君のお気に入りの玩具だぁ。君はいつだってそうだ。常にお気に入りが居るう。神にも、人間にも。そのお気に入りにご執心で、平等で有る筈の戦いにも、エコひいきをして、ズルして勝たせる位だしねぇ。その癖飽きたらポイッだぁ!実に身勝手な神だねぇ。お気に入りの人間に、ひいきをして余分な若さと命を与えた癖に、遊び飽きたから捨てるんだからねぇ~。」

 「元の運命に戻してやっただけだ。」

 「元の?元の運命だってぇ?」

 ロキはハッと鼻で笑うと、その場に居る全員に聞こえる様に、大声で叫んだ。

 「只単に、林檎の効果が切れただけだろう?『黄金の林檎』をお気に入りの人間に与え、ほったらかして、林檎の効き目が切れただけだぁ!」

 ロキの発言に、周りがどよめくと、オージンはグッと拳を握り込んだ。

 「それはお前も同じだろう!お前だって人間に林檎を与えた!俺がやった人間は、今は只の人間だ!過去の事だ!だがお前は違う!お前の与えた人間は、今も林檎の効力を纏っている!」

 負けずとオージンも大声で言い返すと、更に周りはどよめき出し、オージンは思わず自分の言ってしまった発言にハッとし、手で口を押さえた。ロキはそんなオージンの姿を見て、ニヤリと笑うと、その場に立ち上がり、両手を広げ、更に叫ぶ。

 「あぁ!そうさ!私も与えた!だがその時誰が居た?君も居ただろうオージン?そしてその林檎は、どこから手に入れた?言えよイズン!君が管理している林檎だろう?」

 ロキはイズンを指差すも、イズンは俯いたまま、何も言おうとはしない。そんなイズンに、ロキは更に強く言い放った。

 「言ってしまえよ!そして罪を認めろ!義務を果たさなかった罪を!イズンだけじゃない、オージンも、他の神々もだぁ!」

 オージンはバンッと強くテーブルを叩き付けると、険しい顔でロキを睨みつけた。

 「いいだろう、罪を認めよう!お前の望み通り、認めてやるさ!俺は確かに人間に、黄金の林檎を与えた!だがそれは遠い昔の話しだ!」

 半ば開き直ったかの様に言うも、オージンは飽くまで現在の事を隠そうとする。そんなオージンを嗾ける様に、ロキは言った。

 「昔だと?今はどうだぁ?今は罪を犯していないとでも言うのかい?」

 「今罪を犯しているのは、お前だろう!ロキっ!」

 「あぁ、そして君もだ!」

 二人が言い争っていると、オージンの隣に座っていたフリッグは、見るに見かねて立ち上がり、慌てて二人の言い争いを止めようとした。

 「もうっ!いい加減になさい!二人の喧嘩を、今ここでやる必要は無いでしょう。昔の事まで持ち出して、みっともない!」

 するとロキは、フリッグの方を指差し、今度はフリッグに言い放った。

 「みっともないのは君の方だろう?愛の女神が、オージンの不在中に浮気しまくっていた癖に、良い妻ぶるなよぉ!私にはバレているよ?相手は誰だっけぇ?オージンの弟かぁ~?」

 「な・・・何の事だか・・・。」

 フレッグはソワソワとし出し、焦りながらその場に座ると、顔を真っ赤にさせながら俯いた。

 「何?おいっ!どう言う事だ?お前っ、俺が居ない間そんな事してたのか?」

 思わぬ初耳に、オージンはロキとの事をすっかり忘れ、驚いた顔でフレッグに問いただした。フレッグはオージンから顔を背けたまま、しどろもどろに言う。

 「そんな訳っ、それは・・・ロキがまた適当な事を言って。ちがっ、違いますからね?」

 「おいっ!本当の所はどうなんだ?俺の弟って、誰の事だ?」

 「だから違いますって!それはっ・・・もうっ!何だってこんな所で、夫婦喧嘩しなくちゃならないのよ!」

 フレッグはヒステリックに目の前のグラスを床へと投げつけると、そっと膝に掛けてあった、ナプキンを握り締めた。

 「もうっ!この場に優しかったあの子、バルドルが居てくれたら・・・どんなにいいか・・・。きっとこんな侮辱を言った無礼なロキを、わたくしの為に撃ち殺してくれるのに・・・。」

 そっと手にしたナプキンで、涙を拭うと、オージンは優しくフレッグの肩を抱いた。

 「すまん、すまなかった。今する話じゃなかった。バルドルの事を思い出させてしまって・・・すまない。あの子が死んでしまったのも、生き返らす事が出来なかったのも、俺の責任だ。俺の配慮が行き届かなかったせいだ。」

 「貴方のせいじゃないわよ!全部あの巨人女のせいよ!あの馬鹿女が泣かなかったせいで・・・。せっかくヘルが、皆が泣いていたら生き返らせると言ったのに・・・。」

 ヒクヒクと泣くフレッグを、オージンが宥めていると、その様子を見ていたロキはパチパチと拍手をし出した。

 「ブラボー!ブラボー!美しき夫婦愛だねぇ~。浮気した妻を慰める夫・・・素晴らしいじゃぁないかぁ!嘘泣きが上手くなったんじゃないかい?フレッグ。」

 フレッグは一瞬胸がドキッとし、ナプキン越しにチラリとロキを見ると、そっとナプキンで顔を隠した。そんなフレッグの姿に、オージンは気付かず、拍手をするロキに怒鳴り付ける。

 「ロキっ!いい加減にしろよ!こんな事をして何が楽しい?」

 オージンはフレッグの肩から手を退かすと、真っ直ぐに立ち、最高神らしく凛々しい姿をロキに見せつけようと、堂々とロキと向かい合わせに立った。

 「お前の発言は、神々を侮辱している。今この場で最も罪を犯しているのは、間違い無くお前だ!此処に居る神々全員が証人になるぞ!」

 ロキから視線を逸らす事無く、堂々と言い放つオージンの姿を、ロキも又、オージンから視線を逸らさずに真面目な口調で言った。

 「それは丁度いい!ならばこの場に居る神全員に、証人になって貰おうか!私は今、この場で罪を告白しよう!そしてこの場に居る神々の罪も、告発しよう!」

 ロキの発言に、ざわざわと周りが騒ぐと、オージンは険しい顔で、バンッとテーブルを一回強く叩いた。

 「静まれ!騒ぐな!」

 オージンの叫び声と共に、周りは一斉にシン・・・と静まり返ると、オージンは、今度は低い静かな声で、ロキに問い掛けた。

 「いいだろう。ならば聞こうか、お前の罪とやらを。言ってみろ。どんな罪を犯した?」

 ロキは口元をニヤケさせると、高らかに手を翳しながら答えた。

 「私は罪を告白しよう!今此処に居る神々達に告げる!オージン神の子、バルドルを殺害し、その生き返りを阻止したのは、この私だぁ!万人から愛されている証明とし、フレッグが必死に全ての者に泣く様頼み込んだみたいだが、唯一一人泣かなかった巨人セックは、私だったんだよお!」

 言い終えた後、ロキはクククッと不適に笑うと、周りの神々は一斉に騒ぎ立て、ロキを非難し始めた。

 「なんと言う事だ!」

 「あの美しきバルドルを殺したのは、お前だったのか!」

 「あの巨人はロキが化けていたの?なんて卑劣な!」

 衝撃の事実に駆り立てられ、周りは怒りに満ちると、ロキはその光景を楽しそうに眺めた。そしてパンッパンッと手を二回叩くと、顔をニヤつかせながら再び叫んだ。

 「おいおい!まだ終わってはいないよぉ?ショータイムはこれからだぁ!」

 そんなロキの言葉等、聞く耳持たず、フレイヤは立ち上がりロキに怒鳴り付けた。

 「あの悲しい事件を掘り返すなんて、どう言うつもりなの?フレッグの身にもなってみなさい!」

 「フレイヤ、落ち着きなさい。あんな者と言い争う必要は無い。無視しなさい。」

 フレイヤの父、ニョルズルが慌てて立ち上がり、娘を宥め、この騒動に関わらない様にしようとすると、ロキは透かさず、座ろうとするフレイヤとニョルズルを指差した。

 「待ちな!待ちなよっ!君達はアース神族の一員となったんだろう?だったらちゃんと参加しなよぉ!」

 ニョルズルはグッと唇を噛み締めると、相手にしまいと、そのままフレイヤとそっと席に座った。

 「静粛に!静粛に頼むよぉ!バルドル殺害の件は、詳しく説明しよう!その前に、一度静かにしてくれ!面白い話が有る!」

 ロキは周りに呼び掛け、一度静かにする様何度も促すと、オージンも「詳細を聞こう!」と促し、皆はブツブツと文句を言いながらも、仕方なさそうに取り合えずは一端静まる事にした。

 会場内が再び静まり返り、皆が冷静さを取り戻すと、そこは宴の場から、裁判所へと変貌してしまう。ゆっくりとオージンも腰を下ろすと、静かな声でロキに問い掛けた。

 「それでは聞こうか。バルドルの件について、詳しく話して貰おう。」

 ロキもその場に着席すると、ゆっくりと足を組み、偉そうな態度で答えた。

 「あぁ、いいだろう。だがその前に、私は告発したい。」

 ロキはニヤリと不適な笑みを浮かべると、互いに顔を見合わせている者達を見渡し、クスクスと笑った。

 「さぁ、誰から行こうか?そうだなぁ~元ヴァン神族の、お三方からにしようかぁ。」

 「私も二人の子供達も、後ろめたい事等無いぞ。」

 冷静にニョルズルが言うも、ロキは相変わらずクスクスと笑いながら言って来る。

 「あぁ、そうだろうねぇ~。だがそれはヴァン神族としての考え方で、の話しだろう?残念ながら君達は、もうヴァン神族ではなく、アース神族の者だぁ。こちらにはこちらのルールってもんが有ってねぇ・・・。兄妹同士で愛し合う事は、許されていないんだよぉ。フレイヤが他の神や妖精とやりまくろうが、構わないけどねぇ。流石に自分の兄と・・・てぇ~のは不味いんじゃなかなぁ?それにニョルズル、君だって妹と良い仲みたいだけど、それも不味い。人質として東の神々の元へ送られた時、海が恋しくて寂しかったんだろうがさぁ~。」

 フレイヤは恥ずかしそうに顔を俯け、口を閉ざすも、ニョルズルは冷静さを失わぬまま、ロキに言い返した。

 「まぁ、確かに私は人質として、遠い地へ送られた時は減入っていたが、そこで素晴らしい息子を儲ける事が出来た。」

 ロキはパンッと手を大きく一回叩くと、嬉しそうな顔をした。

 「あぁ!フレイかぁ!実に素晴らしい息子だねぇ。惚れた相手を手に入れる為に、脅して貢いで嫁に娶ったんだからねぇ。君が妹と拵えた子だぁ!その子供達二人も、兄妹同士で愛し合っている。君達の感覚は変わっているねぇ?親近相姦は、アース神族では秩序を乱すとされる、立派な罪だよう?困るなぁ~ちゃんとこちらのルールに、従って貰わないとぉ。」

 ニョルズルはまたグッと唇を噛み締めると、何も言い返す事が出来ず、黙り込んでしまう。隣に座っていたフレイは、そっとニョルズルの肩を抱くと、無言で俯いた。

 三人がロキに責められ、沈んでしまった姿を見るに耐えられず、軍神テュールは、勢いよく立ち上がると、力強くロキに忠告をした。

 「フレイはこのアース神族の国では、一番の英雄なんだぞ!お前に批判する権利等無いだろうが!フェンリル狼の息子と同じ目に合いたいのか?縛られ続けている息子の隣に置いてやろうか?父親としては嬉しいだろう?」

 テュールの言葉に、ロキの眉がピクリと動くと、奥底から湧きあがる怒りが込み上げて来た。ロキは怒りを抑えると、禍々しい雰囲気を放ちながら、ゆっくりと立ち上がった。そして歪な笑みを浮かべると、低く静かな声で発する。

 「正義感ぶるなよ、テュール。その狼に右腕を食い千切られたのは誰だ?仲裁の役目も果たせない所か、夫としての役目も果たせていない癖に。いい事を教えてやろう。お前の妻は、私の子を産んでいるよう?その子供は、お前の腕を食い千切った狼と、兄妹って事になるなぁ。」

 「なっ・・・。」

 テュールは言葉を詰まらせると、ロキはニヤリと笑った。

 「知っての通り、我々神は血族関係を最も優先とし、身内の殺害や侮辱に対し、相応の報復をしなければならないと言う、ルールが存在する。だが此処に居る者達はどうだぁ~?誰一人その義務を果たしていない!イズン、テュール、それにスカジもだ!」

 ロキはニョルズルの妻で有り、巨人のスカジを指差すと、不敵な笑みを浮かべながら言った。

 「スカジ、君の父は確か、イズンと林檎を、私にアースガズルの外へ連れ出すよう言い、そして私に取り返された時、私を追ってアースガズルに乗り込んだよねぇ?そこで私の提案により、待ち構えていたアース神族に返り討ちに合い殺されたぁ。その後君は文句を言いにやって来たが、その時和解し、ニョルズルの妻となり、アース神族の一員となった。神の住処へと来たならば、神のルールに従うのが当然だろう?なのに君ときたら、父の敵であるこの私と関係を持ったねぇ~。」

 スカジは焦ってロキから顔を背けると、ロキはクスクスと可笑しそうに笑った。

 「一体どうなっているんだい?此処の神達はぁ!臆病者や不正を働く男神達に、浮気者や淫乱な女神達。義務を果たさない、仕事をしない者達。この国の秩序はどこへ行ってしまったぁ?」

 盛大にロキが叫ぶと、周りの者達は顔を伏せ、黙り込んでしまう者もいれば、ヒソヒソと小声で何かを話す者も居る。誰もがロキに言い返す事が出来ず、しどろもどろになっていると、オージンがゆっくりと立ち上がり、鼻で笑った。

 「笑わせるなロキっ!どこにお前の話しを証明する、証拠が有る?そんなのはお前の戯言だろ。誰が信じる?この俺が信じるとでも思っているのか?」

 「あぁ、そうだねぇ。戯言かもしれないねぇ?だが黙り込んだ彼等は、身に覚えが有るから黙り込んでいるんじゃないのかい?」

 「そんなのは証明にはならないぞ。」

 ロキはまたパンッ、と一回手を叩くと、クククッと不気味な笑い声を上げた。

 「よしっ!ならば最初の私の告白に戻そう!バルドルの殺害の話しだぁ。この話しなら信じるだろう?私は真実のみを話すのだから。」

 「そうだろうな。お前は神々を怒らせたい様だからな。」

 オージンが険しい顔をし、頷くと、ロキはニンマリと笑った。

 「そうさ、私は神々を怒らせたいし、知らしめたい。だからこそ、真実を話す。だからこれから話す事は全て事実だぁ。全て、だ!君はそれを承知した、オージン。この意味をよぉ~く覚えておいてくれよぉ?その上で聞くと言い。」

 ロキの言葉に、オージンは一瞬息を飲み込むと、どこか不安を覚えながらも頷いた。

 「いいだろう。話せ。」

 オージンがゆっくりと席に着くと、ロキもじっとオージンの顔を窺いながら、椅子へと座った。

 険悪な空気が漂う広場は、全てが静まり返り、葬式でも始めるかの様な、独特な雰囲気に包まれていた。

 栄光と勇士、祝福と愛、神聖なる神々が集うこの場に、もはや光は無く、暗いダークサイドに堕ちた、洞窟の中の様だ。その中に唯一溶け込んでいるのが、ロキだけの様に感じてしまう。暗い闇を持ち込む、冷たい笑顔を見せるロキに、神々は寒い冬を連想してしまうと、誰もが居心地の悪さを実感した。

 この独特の不気味さこそ、真の姿だろうと思ったロキは、嬉しそうに薄ら笑いを浮かべ、じっとオージンの顔を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。

 「知っての通り、バルドルは弟のヘズが投げつけた、ヤドリギのせいで死んだ。唯一バルドルを傷付ける事の出来た存在だぁ。知らぬ存ぜぬじゃぁ通らない神の世だ。オージンは見事に義務を果たしたよ。息子のヴァリが、兄のヘズを殺したんだからねぇ。身内のやらかした事への、蹴りを付けたんだ。だが真実はこうだ!最も美しく、誰からも愛されていたバルドルが気に食わなかった私は、ヤドリギだけは若過ぎて、彼を傷付けないと言う契約が出来なかった事を知り、盲目だったヘズを誑かしてやったのさ。皆の輪から外れて、一人寂しそうだったからねぇ。」

 そう言ってクスリと笑うと、オージンに向かって言った。

 「分かるかい?盲目のヘズを利用して、バルドルを殺させたのさぁ。君はそうとも知らず、ヴァリにヘズを殺させてしまった。だが問題無いよぉ~?実行犯は間違いなく、ヘズだったんだからねぇ。」

 クスクスと可笑しそうに笑うロキを、オージンはグッと唇を噛み締め、睨み付けた。言い返してやりたいが、確かにロキの言う通り、実際に殺したのがヘズで有る限り、ヘズを殺した事は過ちとは言えない。分かっているからこそ、余計に腹立たしくて仕方無かった。

 そんなオージンの怒りだけでは無く、その場に居る者全ての怒りを煽る様に、ロキは更に続けた。

 「そして悲しみに暮れる母の為、ヘルモーズが兄バルドルを生還させる為に、ヘルの元へと向かったぁ。そう、唯一戦死者以外の者の、死者を生者に戻す事の出来る人物だ!ヘルは条件を出したねぇ?『全世界の者が、彼の為に泣いているのならば、生き返らせよう。』ってさぁ。フレッグは頼みに頼んで、全ての者に泣いて貰ったよねぇ?残念ながらたった一人、女巨人セックが泣かなかったせいで、彼は生き返らなかったけど。何故ならその女巨人セックは、私だったからねぇ。泣く訳無いよね?当然、生き返らせたくも無いよねぇ~?」

 「お前がセックだったと言う事は、先程聞いたわい!」

 途中ヘイムダルが野次を飛ばすと、ロキはヒラヒラと手をヘイムダルに振りながら、軽い口調で言った。

 「あぁ~そうだったねぇ。そりゃどうも。あぁ、ヘイムダル。フィマフェングの時は、皆を静めてくれてありがとう。お礼がまだだったねぇ。いつも寝ずに番をさせられているのに、こいつ等の肩まで持って、ご苦労な事だぁ~。同情するよぉ。」

 「いやぁ~とんでもない。気にしとらんよ。」

 ヘイムダルは困った顔で、頭をポリポリと掻きながら、同じ様にロキに手をヒラヒラと振った。そんなヘイムダルの姿を見て、ロキは可笑しそうにクスリと小さく笑うも、周りの鋭い視線に気付く。

 一瞬穏やかな気分を味わうも、すぐに怒りに満ちた空気に打ち壊されてしまい、鋭い視線が自分に一点集中していると思うと、気が滅入ってしまいそうだった。

 (さて・・・と。どこまで皆が我慢出来るかが、勝負かなぁ~・・・。)

 ロキは軽く溜息を吐くと、気を新たに引き締めようと、手元にあったグラスの中の酒を一気に飲み干した。酒で勢いを付け、全ての者達の視線を一身に受けている事を再確認すると、再び余裕を見せつける様に話し出す。

 「さっきも言った様に、当然私は、バルドルを生き返らせたくは無い。ここで需要な事実!死者の国の女王、ヘルは誰の子だい?そう私の子だぁ!オージンに追放された私の子の一人!この意味が分かる者はあ?」

 ロキは顔をニヤリとさせ、右手を軽く上げ、周りに挙手を求めると、フレッグが顔を真っ青にさせながら、勢いよく立ち上がった。

 「仕組んだわね!ヘルと共謀して、謀ったと言うの?」

 フレッグに向かい、ロキはパチパチと拍手をすると、嬉しそうな表情をした。

 「大正解!私の子供達は、実に親思いだぁ。私のお願いを何でも聞いてくれる。ヘルが条件を出し、私がそれを阻止する。素晴らしいコンビネーションだと思わないかい?」

 クスクスと笑うロキに、周りは一斉に罵声を浴びせた。

 フレッグはバンッと強くテーブルを叩くと、ロキの顔を睨み付けながら座り、してやられたと、悔しそうな顔をする。それはフレッグだけでなく、オージンも同じ気持ちだった。まんまとロキの策略により、息子を殺されてしまった事への、悔しさが込み上げる。そうとも知らずに、今までロキと仲良く、旅行にまで行っていた事が、屈辱的に思えた。

 「よくも今までのうのうと、俺と過ごせた物だな!」

 オージンは険しい顔でロキを睨み付けるが、ロキは動じる事無く、当然の様な物言いで言う。

 「あぁ~そりゃ悪いと思っていないからねぇ。気付かなかった方がいけないんだろう?私が告白するまで、誰も気付かなかったんだろうねぇ、きっと。」

 「だが今此処で、明るみになった!お前の罰は免れんぞ!」

 「そうかい。でもその前に、君にもちゃんと告白をして貰いたいんだけどねぇ・・・。」

 ロキはゆっくりと立ち上がると、その場に居る者全員に聞こえる様、大声で言った。

 「私は罪を告白した!皆も告白すべきだ!秩序を守る神だと言うのならば、隠した罪を告白し、正すべきだ!それが諸君等の務めだろう!そうで無いのならば、此処に神等誰一人居ない!秩序等存在しない!」

 「黙れロキっ!お前の存在自体が、秩序を乱している!今この瞬間もだ!」

 慌ててオージンが大声で叫びながら立ち上がると、周りは一瞬シン・・・と静まり返ってしまう。そして二人の睨み合いを、周りは不安な気持ちで見つめると、ロキによるオージンへの攻撃が始まった。

 「何を焦っている?オージン。私が他の者達の秘密を暴露したから、不安にでもなっているのかい?君は私の戯言だと信じないのだろう?それとも信じているのかい?だからこそ怖いのかぁ~!私が君の失態を喋ってしまうのが!今の私の言葉は、全て真実だからねぇ!だがちゃんと、約束は守るよ!林檎の事は、私の口からは言わないってぇ約束はねぇ~!」

 不気味な笑みを浮かべながら、嬉しそうに言うロキ。オージンはグッと歯を食い縛ると、込み上げる怒りと共に、煩わしい胸の突っ掛かりを全て吐き捨てる様に、周りに向かって大声で叫んだ。

 「そんなにも俺の口から言わせたいのか!ならばお前の望み通り言ってやろうっ!あぁ、そうだ!俺はルールを破った!ロキに唆され、イズンから大量の林檎を盗んだ!だが実際盗んだのはロキだ!俺はそれを黙認し、黄金の林檎を地上へと隠した!好きなだけ地上に居られる様になっ!」

 オージンはバンッとテーブルを強く叩き付けると、ロキに向かい怒鳴り付けた。

 「どうだ?これで満足か!お前の望み通り言ってやったぞ!だが忘れるな、実行犯はお前だと言う事をな!」

 怒鳴り声の後、周りは騒ぎ立てる事も、ざわめく事も無く、只シン・・・と静まり返ったままで、静寂だけが漂う。

 ロキはクククッと小さく笑うと、その笑い声は次第に大きくなり、やがて会場中に響き渡る位に、ケラケラと大声で笑い出した。

 「アハハハハッ!いいよ!最高だよオージン!その通りだぁ!私はイズンから大量の林檎を盗み出し、オージンはそれを黙認した!そして追い出されたヘーニルを匿ったあ!イズンも盗まれた事を黙認し、他の者達は自分の娯楽に耽り気付こうともしない!そのお陰で、地上に混沌を蒔いてしまったのさぁ!」

 体を揺らし大笑いをしながら言うロキは、目を見開き更に言った。

 「そうだぁ!君達神は!この国だけじゃなく、地上の秩序まで乱した!我々『神』の役目とは何だ?秩序を守る事だろう!だがその『神』自身が秩序を乱している!混沌を招いている!今正にその証拠が上がったぁ!最高神オージンが罪を認めだんだ!他の者達の罪も明確になるぞ!『神は機能していない』とねぇ!」

 「機能していないだと?それはお前のせいだろう、ロキ!全てお前が惑わし、唆したのだろう!」

 ブラギがロキに怒鳴りつけると、それに続く様に、テュールも怒りをぶつけた。

 「その通りだぞ!どの事件にも常にお前の影がチラつく!全てお前が原因なんじゃないか!やはり災いを招くと言われた子の父親だな。お前自身が災いを招いているぞ!」

 「私が災いを招いている?違うだろうにぃ!私は切っ掛けを与えたに過ぎない。いつだってねぇ。それに便乗したのも、私と関係無く自ら事を犯したのも、全て君達自身じゃないかぁ!自分達の意思でやった事だろう?」

 会場内が再び騒めき出すと、誰もが自分達の行動を思い返してみる。だがそれを認めようとする者は無く、皆が皆否定していた。「違う。」「誘導されただけだ。」「そんな覚えは無い。」と口ぐちにし始めると、この状態に不安に覚えたオージンは、これ以上余計な騒動が起きない様に、何とかしてロキをこの場から追い出したくて仕方が無かった。

 「ロキっ!お前の望み通り、俺は罪を告白したんだ!これで満足だろう。もう終いだ!この宴もここまでだ!」

 「いいやぁ、まだだねオージン。君の問題は解決していない。君はまだ、『答え』を見付けてないだろう?」

 「答えだと?ハッ!笑わせるな!全ての知識を得たこの俺に、どんな答えが必要だ!」

 ロキの言葉を嘲笑う様に言うと、ロキはそのオージンの言葉を更に嘲笑った。

 「ハハッ!君は本当に分からないのかい?私が何故、この神々が集う場で告発と告白をし、騒動を起こしたのかが。君が答えを知るのに、丁度いいと思ったからだよう?そう・・・その左目の答えを知る為にねぇ!」

 ロキは力強くオージンの失くした左目を指差すと、オージンは思わず手で左目を覆った。

 「何・・・?何の話だ?」

 戸惑うオージンに、ロキは顔をニヤつかせながら言った。

 「言っただろう?私はその左目を取り戻す、協力をすると。ここまで来てまだ分からないのかい?知識に貪欲なオージン神!その左目は何故失った?知識と引き換えに失ったんだろう?その左目を担保に、知識を得たんだろう!」

 徐々にと興奮しながら言うロキは、指差したオージンの左目を、何度も大きく指し直した。

 「それなのに君は、知識を得たまま左目も欲しいと駄々を捏ねる!まだ分からないのかい?簡単な事だろう!知識を捨てれば、左目は取り戻せるんだ!だが君はそうしようとはしない!何故なら知識を手放すのが惜しいからだあ!知識と言う欲に溺れ、酔い知れ、肝心な事へ目を向けない!もう片方の目は何も見ていない!」

 「何が言いたい!俺の左目と、今お前がこの場でしでかした事に、何の関係が有るんだ!」

 ロキはグッと唇を噛み締めると、未だに自分が言いたいとする事を悟らないオージンに、苛立ちを覚えながら、怒りに満ちた声で叫んだ。

 「だから君は見ていないんだ!見ろっ!周りを見ろ!その片方の目でちゃんと見ろ!何が見える?『混沌』だ!ここには混沌が溢れ返っている!そして君が、知識を得たまま左目を取り戻すと言う事が、どう言う事か分かるかい?それもまた『混沌』と言う事なんだ!その事すら気付かない!愚かな神めっ!」

 ロキの言葉に、オージンはようやくハッと気付くも、今更認める訳にもいかず、何よりこの騒動の危険性の大きさの方が、重大だった。

 ロキの言う事は全て正しいと、自分でも思えてしまった。確かに今ここには、混沌が溢れ返っており、そして自分がやろうとしていた事もまた、秩序に反する事だった。だからこそ、この会場内の騒動を治めなければ、今はまだロキの戯言として片付けられる事も、真実と見なされてしまう。そうなれば、本当に神の秩序は崩壊をし、寒い冬の時期が訪れてしまう恐れが有った。そう思えば思うほど、オージンはロキの言う事を認める訳にはいかず、ロキのしでかした事を許す訳にもいかない。

 「だからと言って、この騒動を引き起こした事は、大きな過ちだ!お前は神々を侮辱し、大きな罪を明白にしたんだ!今この場で一番秩序を乱し、罪を犯しているのはお前なんだぞ!」

 「それは何度も聞いたよお!あぁ、私が招いた!だが私は切っ掛けに過ぎない!いつだってねぇ。そんなに認めるのが怖いかい?自分達のしでかした事を。自分達がしなかった事を。すべき事をせず、してはならない事をする。それが此処に居る神々の正体だぁ!だが私は違う・・・私は違うぞ・・・。」

 ロキの顔が冷たい表情へと変わると、オージンは一瞬ゾッとした。どこからか湧きあがって来る、ロキの憎しみを感じる気がし、オージンを見るロキの目は、何よりも冷たかった。

 「私は違うぞ。私はちゃんと役目を果たす・・・。血族者の義務を果たす・・・。」

 低く静かな声でロキが言うと、その声は離れたオージンの所には届かず、隣に居たヴィーザルだけに聞こえた。

 ずっと何も口を出す事もせずに、只黙々と、静かにロキの隣に座って酒を注いでいたヴィーザルは、自然とロキのオージンに対する憎しみを感じ取った。

 「ロキ・・・君は父を・・・。」

 ヴィーザルは言い掛けるも、ロキの冷たい表情を見ると、それ以上の言葉を口に出す事が出来ない。そんなヴィーザルに、ロキはそっと静かに囁いた。

 「ヴィーザル・・・君は見逃してあげるよ。私のショーの邪魔をしなかったしねぇ・・・。」

 「やっぱり・・・。でもロキ、不味いよ。このまま続けても、ソールが戻って来たら・・・。」

 おどおどとしながら言うヴィーザルの言葉に、ロキはハッと気が付いた。

 「ソール・・・?そう言えば、ソールの姿が無いねぇ・・・。」

 ヴィーザルに言われ、初めてこの場にソールが居ない事に気が付くと、ロキはキョロキョロと周りを見渡し、ソールの妻、シヴの姿を見付けると、シヴに向かって大声で叫んだ。

 「お~いっ!浮気女のシヴっ!夫のソールはどうしたぁ?どこに居る?」

 ロキの雄叫びが会場内に響くと、シヴは恥ずかしそうにコソコソと人影に隠れ、顔を隠しながらロキに向かって言った。

 「東方へと出掛けております。しかし間もなく帰って来るでしょう!貴方の悪事もここまでですよ!今の内に許しを乞いなさい。」

 ロキはシヴの言葉を鼻で笑うと、その場に居る全員を馬鹿にする様に、大きく拍手をし、周りに向かって浴びせた。

 「素晴らしき堕落した神々よ、間もなく短気で英雄の戦士、ソールが御帰宅だそうだぁ!よかったねぇ~守って貰える。ハハハハハッ!」

 嫌味に満ちた笑い声を上げると、ロキはまた大きく何度も拍手をした。


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