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GOD  作者: 小鳥 歌唄
神々
6/9

 エダに連れられ、二階へとやって来たグレイス。幾つものドアの中から、一つのドアの前に立ち止まると、目の前には『ぬこ』と書かれたプレートがぶら下っていた。

 「ぬこ?」

 グレイスは不思議そうに首を傾げて見つめていると、エダがコンコンッと、軽くドアをノックする。

 「失礼します。少々お部屋をお借りしても、よろしいでしょうか?」

 ドア越しにエダが問い掛けると、しばらくしてから、ゆっくりとドアが開いた。

 グレイスはエダの後ろからそっと覗き込んで、ドアの中を見て見るが、其処には誰の姿も見当らなかった。更に不思議そうに首を傾げ、ゆっくりと視線を下へと落として行くと、白い毛の猫が、二本脚で立ちながら、葉巻を銜えてドアのすぐ横にと立っている。

 「ひっ!」と思わず声を上げ、驚くと、グレイスはエダの背中に隠れ、ギュッと背中にしがみ付いた。

 「なっ、何?何この生き物!猫?猫で合ってるの?」

 「猫で合っております。只、地上の猫とは少々異なりますが。」

 「何よ、異なるって?」

 「ユグドラシルに生息をしている猫です。名はぬこさんと言います。私が名付け親ですが。」

 「ユグ・・・。」

 エダが淡々と説明をすると、グレイスは『ユグドラシル』と言う言葉を聞き、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。得体の知れない場所の、得体の知れない生き物に怯えてしまう。

 「か・・・噛み付いたり・・・しない?」

 恐る恐るグレイスが聞くと、エダは自慢げに説明をした。

 「地上の猫とは違い、とても賢いので、ご安心を。言葉は話しませんが、意思疎通が出来ますし、ご覧の通り二本脚で立って歩く事も出来ます。確立された知能が有るので、認識力も優れており、貴女の好きな人間臭い猫ですよ。」

 「人間臭い・・・猫?」

 グレイスはそっとエダの後ろから、ぬこさんを覗き見ると、ぬこさんは部屋の中に入る様、手招きをしていた。そんなぬこさんに、エダは軽くお辞儀をすると、ゆっくりと部屋の中へと入って行く。グレイスは怯えながらも、エダの後ろにくっ付いたまま部屋の中へと入って行くと、中は一人暮らしの人間の部屋の中の様で、サイズの小さい家具や、電化製品が置いて有った。

 ぬこさんはテレビの前に置かれた、小さいソファーに座ると、二人の事を気にする事なく、競馬の実況中継の続きを見始める。

 グレイスは目を真丸くさせ、驚きながらテレビを見ているぬこさんを見つめていると、確かにエダの言う通り、とても人間臭く感じるも、その姿が猫のせいか、どこか違和感を覚えてしまう。猫が葉巻を吸いながら、お酒を片手にテレビで競馬を見ているのだから、当然と言えば当然だ。

 エダはドアを閉めると、部屋の隅に置いて有る、人間サイズのソファーへと座った。グレイスにもソファーに座る様言うと、グレイスはじっとぬこさんを見つめながら、少し緊張しながらも、ゆっくりとエダの隣に座った。

 「ねぇ・・・何で此処な訳?落ち着ける場所って言ったじゃない。此処じゃ全然落ち着けないわよ。」

 視線をぬこさんから逸らせずにいるグレイスに、エダは両手で無理やりグレイスの顔を、自分の方へと向けた。

 「此処が一番落ち着ける場所です。何故なら神々は、ぬこさんが苦手なのですよ。私には何故だかよく分かりませんが・・・失礼な事に部屋にも余り近づきたがりません。ですので、途中誰かが入って来る事も、盗み聞きをさせる心配も有りません。」

 「でも、そのぬこさん・・・て言うのが気になっちゃうんだけど・・・。」

 「でしたら私の顔を見続けていて下さい。気にしなくとも、ぬこさんは私達の事は気にしないので、貴女も気にしないで私との話しにだけ、集中していればよろしいのですよ。」

 「そう・・・言われても・・・。」

 グレイスの視線は、チラチラと無意識にぬこさんの方へと行ってしまう。そんなグレイスの気を自分の方へと向けようと、エダは「人殺しと言われた事が、そんなに気に入りませんでしたか?」と、直球にグレイスの気にしていた言葉を言った。

 エダに言われ、一瞬体がビクッと震えたグレイスの視線は、一直線にエダの方へと向けられる。エダはそっとグレイスの顔から手を離すと、グレイスの顔と視線は、エダへと固定された。

 「これで話しに集中出来ますね。」

 グレイスの気がぬこさんへと行かなくなり、エダは満足そうな顔をした。

 「嫌な女ね・・・。」

 グレイスは眉を顰めると、じっとエダの顔を見つめた。軽蔑する様な目でエダを見つめるが、エダは気にする事無く、平然とした顔で言う。

 「気になさる事は有りませんよ。人間は死を定められし者です。どんな形で有ろうが、必ず死ぬのですから。」

 「あんた、善意とか無い訳?よく平気な顔して、そんな事言えるわね。」

 グレイスは険しい顔でエダを睨み付けるが、エダは表情を変える事無く、じっとグレイスの顔を見続けた。

 「貴女には善意が有ると?でしたら、何故人殺しをするのですか?罪悪感を抱えてまで・・・。善意が有るのであれば、例えいかなる理由で有ろうと、人を殺したりはしないと思いますが?」

 エダに痛い所を突かれ、グレイスはギュッと唇を噛み締めた。

 確かに、エダの言う事は正しいとは思うが、全く正しいと言う訳でも無いと思い、言い返してやりたかったが、何を言えばいいのか分からずにいた。それは自分の中でも分かっている、矛盾が有ったからだ。

 悪人だからと言って、身勝手に命を奪う権利は無い。正当な殺す理由が有ったとしても、それが良い行いとは限らない。本当の善意が有るのであれば、すべき事は許す事だろう。裁く者が居るので有れば、それは法だ。その為に存在をしている、法なのだから。

 しかし現実は実に無残だ。法の輪を掻い潜り、悪人は裁かれる事無く優雅に暮らしている。何人も傷付け、死に追いやり、地獄へと突き落とそうが、平然とした顔で笑っているのだ。それが許せないからこそ、理不尽だからこそ正義感から殺す。法が罰しないのならば、自らで罰するしかないのだ。正義感と言う理由で殺し、罪悪感に苛まれる。グレイスはそのジレンマが、どうしようもなく嫌で、気持ちが悪くて仕方が無かった。

 「人を殺した事が無い人には・・・分からないわ・・・。」

 グレイスはギュッと拳を強く握り締めると、そっと俯いた。

 「私も有りますが?私の場合、未遂で終わってしまいましたけれど。」

 相変わらず平然とした顔で、サラリと軽い口調で重大な事を言うエダの言葉に、グレイスは驚きながら、ゆっくりと顔を上げた。

 「あぁ、意外って顔をしていますね。予想通りの反応で、面白味も有りませんね。」

 「だってあんた、シスターでしょ?」

 グレイスの『シスター』と言う言葉に、それまで表情を変える事の無かったエダは、少しムッと不機嫌そうな顔をさせた。

 「ですから、元シスターです。学習能力の無いガキですねぇ。」

 「も、元でも、シスターはシスターでしょ・・・。」

 エダは軽く溜息を吐くと、それまで姿勢正しく座っていたが、ゆっくりと足を組み、ソファーへと凭れ掛り姿勢を崩した。完全に寛いだ状態になると、ソファーの横に何本か置いて有ったお酒の中から、日本酒の瓶を手に取り、蓋を開けるとそれをラッパ飲みし出した。

 「如何です?元だがら為せる事です。実は私、お酒が好きで、今は日本酒にハマっているのですよ。通販で購入しておりますが。ちなみに趣味はネットオークションです。」

 そう言ってグイグイと瓶事お酒を飲むエダの姿に、グレイスはポッカリと口を開け、半ば呆れた顔で見つめる。

 「ネット・・・オークション?」

 「えぇ、コレクターでも有るので。珍しいお酒の瓶の。落札した時の喜びは、それはもう快感で、止められませんね。」

 グレイスは更に呆れた顔をすると、深く溜息を吐いた。

 「確かに・・・元、ね。」

 納得をするグレイスに、エダは満足そうな表情をさせると、日本酒の瓶の蓋を閉め、そっとまたソファーの横へと戻した。

 「何でそんなに、元って拘るのよ?」

 グレイスもソファーに凭れ掛り、力が抜けた様にグッタリと座ると、もう目の前のぬこさんの存在も、完全に気にならなくなっていた。

 エダとグレイスの間に、余所余所しさや変な緊張感が無くなると、エダは淡々と話し始めた。

 「黒歴史だからですよ。私にとって、神の花嫁となった事は。あぁ、勿論あの本物の馬鹿神共では有りませんよ?そして私が人を殺したのは、修道院に居た時です。まぁ、未遂に終わってしまいましたが・・・。私の場合は貴女と違い、自分を殺そうとしました。」

 「自分をって・・・自殺しようとしたって事?貴女、キリスト教徒でしょ?自殺ってよかったっけ?」

 首を傾げるグレイスに、エダはまた軽く溜息を吐くと、少し呆れた顔をしながら言った。

 「元キリスト教徒です。自殺は大罪ですが?貴女は本当に、形だけ信者の様ですね。」

 グレイスは思わず顔が赤くなってしまうと、恥ずかしそうに、エダから顔を背けた。

 「親が信者だったのよ。だから私も、自然とキリスト教徒になっただけ。聖書なんて、小さい頃に読み聞かされて以来、読んでないのよ。」

 「あぁ・・・そうですか。ですが貴女のお婆様は、人を殺し自殺をなさっていますね?お婆様は違ったのですか?」

 「お婆ちゃんは、貴女と同じ元よ。よくは知らないけど、ある日急に辞めたみたい・・・。お祈りもしなくなったし、いつもぶら下げていた十字架のネックレスも、外しちゃったってママから聞いた。」

 エダはふと考えると、グレイスがオージン達の元に来た理由を思い出し、納得をする様に何度も小さく頷いた。

 「あぁ、貴女のお婆様も、この教会の事を存じておりましたね。きっと私と同じ理由で、目が覚めたのでしょう。」

 「何よそれ?」

 不思議そうに首を傾げるグレイスに、エダはコホンッと一つ咳をした。

 「つまり、本物の神に会い、幻滅をしたと言う事ですよ。貴女もそうでしょう?」

 エダに言われ、そう言えばそうだと思い出したグレイスは、微妙に顔を引き攣らせながら、コクリと頷いた。

 「まぁ、私の場合は最悪な出会いでしたので・・・長年修道院で生活をしていたにも関わらず、一瞬で目が覚めました。」

 「最悪な出会いって?」

 「そうですね・・・子供の貴女には、少々酷な話かもしれませんが・・・。」

 エダはチラリとグレイスの顔を見ると、一瞬迷うも、黄金の林檎を食した者だからこそ、話さなければと思い、少し躊躇いながらも話し始めた。

 「私は長年信じ続けていた神に、裏切られたのです。ですから仕返ししてやろうと思い、私も神を裏切る事にしました。それで自殺です。」

 「それで自殺?自殺の理由は?」

 「そうですね・・・。修道女は、神に嫁いだ者です。私は若き頃から修道院に居たので、汚れの無い体のまま、生涯を終えるはずでした。まぁ、途中で辞めなければ、の話しですが・・・。ですが汚されてしまいました。汚れた者によって。この意味は分かりますか?」

 グレイスは微かに眉を顰めると、ゆっくりと頷いた。

 「助かります。私も口にすら出したくは無い言葉なので・・・。」

 エダは軽く深呼吸をすると、話しながらも思い出してしまう、胸糞悪い気持ちを落ち着かせた。

 「私は散々尽くしました。神を信じ、良い行いをと、宿を求める旅人や病人に。そのお返しが屈辱です。周りの者は許す心を、とほざきました。そう言いながらも、汚い物を見る様な目で、私の事を見ていました。私は何度も神にお尋ねをしました。何故この様な仕打ちをと・・・しかし当然ながら、神は答えてはくれませんでした。私は猛烈にムカつき、私も裏切ってやろうと自害する事にしたのです。聖堂で、ナイフで腕をカッ切ってやりました。当然縦に。」

 グレイスはゴクリと生唾を飲み込むと、話しを聞くだけで自分の腕までが痛く感じてしまい、思わず両腕を摩ってしまった。

 「血が溢れ出し、意識が朦朧とする中、私はもう一度神に尋ねてみました。『この姿を見てどう思う』と。すると今度は、別の神が答えて来たのですよ。オージン様達です。私はその時、彼等と出会いました。」

 「オージン達と・・・。」

 「えぇ、オージン様と、ロキ様と、ヘーニル様、それに貴女はまだお会いした事が無いでしょうが、ソール様の四神と出会ったのです。」

 「ソール?その人も、あいつ等の仲間なの?」

 「仲間と言うより、オージン様のご子息ですよ。丁度ご旅行の最中だった様で・・・地上の隠れ家は、あの四方の物です。」

 「へぇ・・・。」とグレイスは返事をするも、まだもう一人この教会関係者が居るのかと思うと、うんざりとしてしまう。

 「それで?オージン達は何て答えたのよ?」

 好奇心大制にグレイスが聞くと、エダは白けた顔をして言って来た。

 「素晴らしいお言葉ですよ。『こりゃ大変だね』と・・・ロキ様がおっしゃりました。」

 「ロキが・・・あいつらしいわね・・・。」

 グレイスの顔も一気に白けると、溜息混じりに言う。

 「それで、その時に黄金の林檎を食べたの?生きてるって事は、そうでしょ?」

 エダはコクリと頷くと、また淡々と話し出した。

 「ええ。応急処置として、オージン様が魔術で出血を止めたのですが、既に大量に出血をしていた為、死ぬのも時間の問題でした。何故こんな事をしたのかと、ソール様がお尋ねになったので、答えてやりました。理由を聞いたロキ様が面白がって、私に選択を与えたのです。このまま惨めに死んで逝くか、命を長らえ、時代の変貌を鑑賞するか・・・。私は後者を選びました。そして差し出された黄金の林檎を口にしたのですよ。」

 「どうして・・・後者を選んだの?そんな悲惨な目にあったから、死にたかったんじゃないの?私ならそのまま死んじゃいたい。」

 眉間にシワを寄せながらグレイスが尋ねると、エダはクスリと小さく笑った。

 「取引をしたからです。私が後者を選び、英国隠れ家の管理者となるのなら、真実を教えると言われました。私は知りたかった。何故神がこんな仕打ちを私にしたのか、私が今まで信じていた物は何だったのかを、どうしても知りたかったのですよ。このまま野垂れ死ぬのも、悔しいじゃ有りませんか。」

 「よく信じたわね・・・。誰かも分からない奴の事・・・。」

 「その時は、意識は朦朧としていましたし、的確な判断能力に欠けていましたので、何者だろうが教えて貰えるので有れば、それでよかったのです。ですが林檎を食べた瞬間、切り裂かれた腕の傷が塞がり、血液が体内に溢れ返りました。見事に元通りの体になった時は、それはもう驚きましたよ。ですからその後聞かされた真実は、意外とすんなりと受け入れられました。」

 エダは珍しくニッコリと笑い笑顔を見せると、グレイスは少し驚きながらも、釣られてニコリと笑ってしまう。そして笑顔のまま、微笑むグレイスに言った。

 「騙されたのですよ。私も、貴女も。」

 突然のエダの言葉に、グレイスの顔はキョトン、としてしまった。

 「は?何の話し?」

 唖然としながら聞いて来るグレイスに、エダはクスリと笑うと、可笑しそうに言った。

 「それまで信じていた神と、本物の神にですよ。私がそれまで信じていた神は、存在等して居なかったのですよ。居もしない者を、ずっと崇め続けていたのです。糞みたいな掟に従い、守り、それまでの人生を台無しにされたと思いました。そして本物の神に与えられた物により、家族も友も、名も失いました。」

 「何よそれ・・・どう言う意味?」

 グレイスはエダの笑顔に不安を覚え、エダから後退りをする様に聞く。

 「歳を取らないのも、寿命が長くなる事もちゃんと知っているわ。私は知った上で食べたの。貴女は知らなかったの?て言うか・・・貴女、食べてから何年生きてるのよ?」

 エダはまた素っ気ない表情へと戻ると、軽い口調で淡々と言った。

 「私は食べてから百年程経ちます。食べたのは二十二歳の時です。黄金の林檎の効果については聞いておりましたが、その時の私には些細な事で、深く考える余裕も有りませんでした。なんせ死にそうだったので。歳を取らない者が、同じ土地に長く居座る事は出来ません。しかし私は英国隠れ家の管理者です。土地を変えられないのであれば、名を変えるしかないでしょう?『エダ』と言う名はロキ様に付けられた名で、あの方達が私を呼ぶ為の、言うならば記号の様な物です。外での名は、コロコロと変わっていますよ。」

 グレイスはポッカリと口を開け、驚いた表情をさせた。

 「貴女・・・そんなに生きてるの?でも、幾ら名前を変えても、姿が同じならバレるんじゃないの?」

 「意外とバレませんよ?髪型を変えたり、化粧を変えたりするだけで。それに、一定期間は間を開け、外に姿を見せなければ、子供か親戚でも越して来たと思われるだけです。周りも年老いて死んだり、世代交代しますからねぇ。」

 「そうなんだ・・・。」とグレイスは口元を引き攣らせると、同じ姿で同じ土地に住み続ける事は、とてつもなく大変なのだと悟った。

 「それに、今はまだ分からないでしょうが、いずれ貴女も痛感しますよ。自分の知る者達が、歳を取り、家族を作り、死んで逝く事への寂しさと羨ましさを。貴女は本当にその事も理解した上で、黄金の林檎を食べたのですか?グレイス。」

 エダに言われ、グッと唇と噛み締めて頷くも、グレイスは同じ『黄金の林檎を食べた者』に言われた事で、現実味を感じ、本当に取り返しの付かない事をしたのだと、初めて実感が湧いてしまった。

 「それでももう・・・後戻りは出来ない・・・。」

 グレイスはポツリと呟くと、勢いよくソファーから立ち上がり、目の前に置かれた小さなテーブルの上に置いて有った、中身が三分の一程入ったウィスキーの瓶を手に取った。

 ウィスキーの中身を一気に飲み干すと、空になった瓶を床へと叩き付け、大声で叫んだ。

 「それでも、私は殺し続ける!殺し続けるしかないの!もう後戻りは出来ないのよ!」

 ハァハァと息を切らせると、崩れる様にその場に座り込んでしまう。エダはグレイスの側まで行くと、そっとしゃがみ、優しくグレイスの髪を撫でた。

 「その前に、貴女の心が壊れてしまうでしょうね。」

 心無しか、エダの声が優しく聞こえたグレイスは、ポタポタと大粒の涙が零れ出て来た。

 「もう・・・とっくに壊れているわよ。何にも知らないヘンリーの恋人を殺して、平然としてるんだから・・・。」

 床の上に涙が落ちると、グレイスはギュッとスカートの裾を握り締めた。ずっと隠していた、抑えきれない気持ちが溢れ出て来る様で、グレイスはそれを少しでも和らげようと、無意識にエダに話していた。

 「あいつ等は・・・違法臓器売買をやっているのよ・・・。身寄りの無い孤児や、借金負債者を殺して、勝手に臓器取り出してんの。その為に誘拐だってしてる。パパはその商品運びをやっていたのよ。葬儀の時、あの男は私に、子供を誘き寄せる仕事をしないかって、言って来た。使い物にならないヘンリーは、臓器を売ってお金に変えてしまえばいいって!信じられる?同じ年頃の子供が居る癖に、平気な顔して私にそんな事言って来たのよ!だから殺してやったわ!何も知らないで、汚いお金で綺麗に着飾る娘もね!あの男の身内は、医者をやってる奴ばかり!そいつ等が移植してんのよ!人の命を勝手に奪ってる癖に、人の命を助けてやったって顔してんの!」

 グレイスは乱暴に袖で涙を拭き取ると、エダの顔を睨み付けた。

 「それでも本当の善意が有るなら、許せって言うの?」

 低い声で言うグレイスに、エダは軽く息を吐くと、小さく首を横に振った。

 「私の言う善意は、人間の認識による善悪での話しです。神による認識で、でしたら、殺しても問題は無いでしょう。」

 「何よそれ・・・。どの神よ?」

 「それは無論・・・。」    エダが言い掛けている途中、突然別の声が飛び込んで来た。

 「無論、私達の事だよう。」

 グレイスは声の聞こえたドアの方を、ハッとした顔で勢いよく向くと、其処にはロキの姿が在った。

 「ロキ!何で?あんた達、この部屋が苦手なんじゃ・・・。」

 驚きながらも、慌ててグレイスが聞くと、ロキは可笑しそうに笑いながら答えた。

 「答えは簡単。私だけは、苦手では無いから。私は苦手な振りをしていただけだよぉ~。勿論それは、オージン達を騙す為にだけどねぇ。」

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、ゆっくりと部屋の中へと入り、お酒を飲まれ不機嫌そうに座っていた、ぬこさんの頭を撫でた。

 「私とエダと、このぬこさんは仲良しでねぇ。ここは秘密の会議室なんだよぉ。しかし驚いたなあ。実はそんな理由だったとは。」

 驚きでグレイスの涙はピタリと止まると、じっとロキを睨み付けた。

 「聞いてたのね。いつから盗み聞きしてた訳?」

 「いつからだったかなぁ~?君が泣く前からって言うのは、確かかなぁ?」

 ワザとらしい口調で言うロキに、グレイスは顔をムッとさせ、更に睨み付けた。対するロキは顔をニヤニヤとさせ、グレイスの顔を見つめている。そんな二人の間に、エダはいつもの様子に戻り、冷めた口調で言って来た。

 「ロキ様、予定より入室が早いのでは?まだ話し終えておりません。ちゃんと打ち合わせ通りにして下さらなければ、困ります。あぁ、それからグレイス。ぬこさんのお酒を勝手に飲んでしまって・・・ちゃんとぬこさんに謝って下さいね。どいつもこいつも勝手ですねぇ。」

 ハァ・・・と溜息を吐くと、床に転がるウィスキーの瓶を拾い上げ、テーブルの上へと戻した。

 「悪いねぇ~エダ。こちらも予定より早く、オージンが退室してしまってねぇ。暇を持て余していたあ。でもいいじゃないか。ちゃんとグレイスの本当の目的を、知る事は出来たんだしねぇ。」

 そう言ってクククッと笑うロキの顔を、グレイスは唖然としながら見つめた。そしてハッと気付くと、今度はエダを思い切り睨み付けた。

 「あんた!騙したのね!私の殺す理由を聞き出す為に、芝居をしたって事?」

 「いいえ、騙してはいませんが?私の話した話は、全て事実ですし。私はロキ様から、真実を貴女に伝える様、申し付けられたのですよ。ついでに血祭にする本当の理由を聞き出せ、とも。」

 平然とした顔で言うエダに、グレイスの頭は怒りで血が上り、勢いよくエダの体に掴み掛ろうとした。

 「やっぱり騙していたんじゃない!」

 叫びと共に立ち上がった瞬間、目の前が揺らぎ、足元がふら付いた。そのまま尻餅を突いてしまうと、目の前の景色がグルグルと回っている。

 「あ~あぁ・・・。ウィスキーをロックであんなにも一気飲みするから、酔いが回って来たみたいだねぇ。」

 ニヤニヤと笑いながら言うロキであったが、そのロキの顔も歪んで見える。グレイスはその場に倒れ込むと、段々と意識が遠のき、そのまま眠ってしまった。

 ロキとエダは、そっとグレイスを上から覗き込むと、お互いに顔を見合わせた。

 「どう致しましょう?話しの途中で寝てしまいましたが・・・。」

 「まぁ、少し寝かせてあげよう。酔いが醒めて目が覚めれば、少しは落ち着いて話しも聞くだろうさぁ。」

 「それもそうですね。ではロキ様、寝室に運んで下さい。」

 ロキは一瞬口元を引き攣らせると、不満そうに聞いた。

 「私が?」

 「はい。私はぬこさんに、新しいお酒の差し入れが有るので。」

 当然の様な口振りでエダが言うと、ロキは面倒臭そうに頭を掻き毟り、グレイスを抱き上げると、「奥三番目の寝室う~。」と言いながら、一階に在る寝室へと運んで行った。

 エダは人間サイズのソファーの横に置いて有る、幾つかのお酒の中から、まだ開けていないウィスキーを選ぶと、それを小さいテーブルの上へと置いた。

 「申し訳ありませんでした。これはお詫びの印に。私の非常用のお酒なので安物ですが。」

 そっとぬこさんに話し掛けると、ぬこさんはコクリと頷き、気にするな、と言う仕草をした。エダはニコリと微笑むと、一礼をし、部屋を後にした。


 エダは一階へと下りると、ロキが言っていた、奥三番目の寝室へと向かった。奥三番目の寝室は、目印の地下通路側の大きな扉から数え、奥へと三つ目に在る寝室。だから『奥三番目の寝室』と呼び、そのままだ。扉より前になると、『前何番目』と言っていた。

 一階の地下扉側は全て寝室になっており、部屋の中は部屋事に作りが全く違い、その日の気分で選び、休める様に作られていた。カラフルな部屋で有ったり、上下が逆になっていたりと様々だ。その中で比較的シンプルな部屋が、奥三番目の寝室。中は高級ホテルの一室の様な作りだ。

 エダはドアを開け、部屋の中へと入ると、ベッドの上で気持ち良さそうに眠っている、グレイスの側へと寄った。スヤスヤと眠るグレイスの顔を見ると、エダは首を傾げた。

 「余程疲れが溜まっていたのでしょうか?それとも余程良い感じに、酔いが回ったのでしょうか?」

 グレイスの眠るベッドの上に腰掛けていたロキは、エダの質問に、溜息混じりに答えた。

 「それは当然両方だろう。ベッドで眠るのだって、久しぶりかもしれないよ?なにせお尋ね者だからねぇ。ずぅ~っと気を張り詰めっぱなしだった所に、酒が入り一気に力が抜け、冬眠でもするかの様に深い眠りに入る・・・。早目に起きてくれると、助かるんだけどねぇ。」

 「あぁ、確かにそうですね。疲れが溜まっている時に、お酒等飲んだら冬眠してしまいますね。今日はもう、起きそうにありませんねぇ。」

 エダは軽く溜息を吐くと、そっとベッドの上に腰掛けた。

 「それでロキ様。オージン様は林檎を持って帰られたのでしょうか?」

 ロキはクスリと笑うと、不敵な笑みを浮かべながら言った。

 「いや・・・持って行かなかったよ。まだ教会の地下に有るのを、確認したよう?ミーミルの事で、頭の中が一杯だったのか・・・それとも敢えて持ち帰らなかったのか・・・。どちらにしろ、私には都合が良い。林檎は君に預けるよ、エダ。」

 「全ては貴方様の思惑通り、と言った所でしょうか?しかし驚きでしたねぇ。ロキ様がそれ程までに、オージン様を嫌っていたとは。人間である私に協力まで持ち掛け・・・。」

 「それは違うよエダ。私はオージンに、努めを果たして貰いたいだけだぁ。それに私は、人間を利用させて貰っているだけだよ。君も、グレイスも、駒として使わせて貰うだけだよぅ。まぁ、予想外の事も多かったけどねぇ。ヘーニルやヘンリーには、正直参ったよぉ。だがグレイスの理由が、私の希望通りだったお陰で、助かったねぇ。」

 ロキは眠るグレイスの髪を、優しく撫でると、穏やかな顔を浮かべた。

 「この娘を死なせずに済む・・・。」

 優しく囁く様に言うロキに、エダは微かに微笑むと、ゆっくりとベッドから立ち上がった。

 「新たな時代の変貌の目撃者ですか。神は何故いつも、人間から目撃者を一人、お選びになるのでしょうか?」

 ロキもベッドの上から立ち上がると、少し乱れたシーツを整えながら言った。

 「伝える者が必要だからさぁ。同じ過ちを繰り返さない為にねぇ。それは人間ではなく、神が。」

 「人間は学習能力に欠けておりますからね。同じ過ちを繰り返し、そして黒歴史を繰り返す。だから神も匙を投げたのですか?」

 「違うよエダ。」

 ロキはゆっくりとエダの前に立つと、ニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。

 「人間は初めから神の道具で有り、玩具なだけだぁ。神は自分達の手で作り上げた玩具が、どう一人遊びをするのかを、眺め楽しんでいるだけだよぅ。この世の中枢はユグドラシルに在る。ユグドラシルの変化は、地上へも影響を及ぼす。それを第三者と言う立場の目で記録させるのに、人間と言う道具を使うだけだよ。」

 「そのユグドラシルに、変化が訪れようとしているのですね。」

 エダは真っ直ぐな眼差しで、ロキを見つめ言うと、ロキはゆっくりと頷いた。

 「あぁ、私が混沌を招き入れるからねぇ。」

 クククッと不敵に笑うと、背を向け、ゆっくりと部屋から出て行こうとした。そんなロキを呼び止め、エダは質問をする。

 「何故グレイスを、お選びになられたのでしょうか?」

 ロキはピタリと足を止めると、少しだけ振り返りながら答えた。

 「気に入ったからだよう。オージンが君を気に入った様に、私はグレイスを気に入った。君がオージンの選んだ目撃者なら、グレイスは私の選んだ目撃者だぁ。しかし可哀想にぃ~。彼は君に嫌われている。」

 「貴方もグレイスに嫌われますよ?」

 「私は構わないさぁ。それに、もうとっくに嫌われているしねぇ。」

 そう言って、クスリと肩で笑うと、再び歩きだし、部屋のドアまで行き、ゆっくりとドアを開けた。

 「喜ばしい事に、私は皆様全員嫌いですが。」

 後ろからエダが言って来ると、ロキはケラケラと可笑しそうに笑いながら言った。

 「知ってるさぁ。私と君が仲良しなのは、同じ家族を奪われた者同士だからって、だけだからねぇ。」

 そしてそのまま、静かにドアを閉めた。

 エダは軽く溜息を吐くと、眠っているグレイスの顔を見つめながら、呟いた。

 「オージン様が知ったら、ショックを受けるでしょうね。自分の為に、鑑賞用の人間を相手してくれていると思っているのに・・・実は自分用の目撃者探しをしていただけですから、ロキ様は・・・。それに選ばれた貴女は、哀れですよ、グレイス。」

 そしてエダも、静かに部屋から出て行った。


 朝になっても、相変わらず灰色の空に包まれている外は、雨に近い雪が静かに降っていた。陰気臭い天気の中、クリスマスを迎えた二十五日。外には町の教会へと足を運ぶ人の姿が、チラホラと見られる。沢山降り積もった雪を、楽しそうに投げ合いながら歩いている子供達の姿は、見ているだけで、微笑ましい気持ちになる。遠縁の家族の帰宅を迎え入れる為、玄関先を雪搔きする人の姿も見られた。周りはクリスマスと言う一日を祝う為、朝から大忙しだ。

 外で響いている、楽しそうな笑い声とは比例し、部屋の中ではグレイスの呻き声が響いていた。昨日のお酒が残り、酷い頭痛に襲われているグレイスは、頭を抱えながら、気持ち悪そうに呻いている。釘を金槌でガンガンと、頭に打ちつけられているみたいで、ズキズキと頭に響き痛む。

 「うぅ・・・頭痛い・・・。水・・・。」

 モソモソとシーツの中から顔を出し、ベッドから這い蹲きながら出ようとすると、目の前に水の入ったグラスが差し出された。

 「あぁ・・・ありがとう・・・。」

 半分まだ寝ぼけながらもグラスを受け取ると、一気にグラスの中の水を飲み干す。気持ち少しだけ、気分がスッキリした気がすると、ゆっくりと起き上り、ベッドの上に腰掛けた。

 「ありがとう・・・もう一杯お願い。」

 そう言って空のグラスを差し出すと、グラスを受け取った相手の顔を見上げた。

 「どう致しましてぇ。枕元に、クリスマスプレゼントは有ったかい?」

 顔をニヤニヤとさせて言う、見知らぬ女性の姿に、グレイスの眠気は一気に吹っ飛んだ。

 目の前の長い赤毛をした若い女性の姿に、グレイスはポッカリと口を開けながら見つめると、慌てて周りを見渡した。周りはホテルの中の様で、シックなソファーと机が有り、ゆったりとした大きなベッドの上に居る。いつの間にか見知らぬ場所に居る事に、グレイスは驚くと、慌てて目の前に居る女性に聞いた。

 「ちょっちょっと!ここ、何処?貴女誰?」

 慌てるグレイスの姿に、女性はケラケラと可笑しそうに笑うと、「種明かし。」と言い、その場でクルリと一回転をした。すると髪は短く縮み、女性だった体が、男性の体へと変わる。

 再びグレイスの目の前に現れたのは、赤毛のまま、牧師の時の姿をした、ロキであった。その姿を見たグレイスの顔は、一気にムッとした表情に変わる。

 「ロキ・・・って事は、ここは本宅のどっかの部屋って事ね。」

 不機嫌そうな表情を浮かべるグレイスに、ロキはニッコリと笑い頷く。

 「あぁ、一階の寝室だよう?君寝ちゃったから。あのままあそこに置いておく訳にもいかないしねぇ。あそこはぬこさんの部屋だから。だから私が、運んだんだよぉ。感謝してくれたまえ。」

 「何が感謝よ・・・。」

 グレイスはロキから顔を背けると、その場から離れようとベッドから立ち上がった。だがその瞬間、ズキッとまた頭に激痛が走り、頭を手で押さえながら、その場に座り込んでしまう。

 「無理はしない方がいいよう。二日酔いが酷いんだろう?もう少し休んだ方がいいさぁ。」

 「余計なお世話よ。」

 再び立ち上がろうとするグレイスの体を、ロキはそっと抑えた。

 「もう少し、そのままで。頭痛が治まるまで、面白い事を教えてあげよう。これまた種明かしってぇ~所かなぁ。」

 グレイスは仕方なさそうに、その場に腰を落ち着かせると、キツイ目付きでロキの顔を見た。

 「どんなムカつく事を教えてくれるの?」

 強い口調で言うと、ロキはニンマリと笑いながら、グレイスの隣に座った。

 「さっきの私の姿、見覚えがないかい?」

 グレイスは険しい顔をしたまま、首を傾げると、先程の女性の姿をしたロキを思い出す。じっとロキの顔を見ながら、記憶の糸を辿って行くと、確かに見覚えが有る様な気がした。もっと深く、記憶の奥底に仕舞い込まれた記憶を引き出すと、その中に先程の女性の姿が浮かび上がり、グレイスはハッと思い出した。

 「売店の女の人・・・?」

 少し自信無さ気にポツリと言うと、ロキは満足そうな顔をさせ、パチパチと手を叩いた。

 「正解!あれ、実は私だったんだよう。君に此処に来て欲しくて、『クリスマスは人気が無くなって、電車も止まるし、寂しいわぁ~。皆家の中に隠れちゃう。』って愚痴ってみたのさぁ。」

 両手を合わせ、女っぽく言ってみせるロキに、グレイスは驚きながらも、ハッキリと思い出して来た。

 「あれあんただったの?って・・・確か、私が売店の新聞を買った時よね?そうよ!一週間位前よ!クリスマスイヴになったら、都会は人でごった返すから、どうしようって思ってたのよ。でもあいつ等が集まるから、良いチャンスでも有るって思って・・・。悩んでいて、取り合えず、新聞に何か載ってないかって思って買って・・・。そしたらその売店の女の人が、クリスマスの事を愚痴り出して・・・。えっと・・・確か、金持ちは陰気臭い家族パーティーなんかやらないで、ずっとドンチャン騒ぎで羨ましいって!いつも以上に人で溢れ返って、華やかなんだろうなって・・・だから私は、逆に危険だなって思ったのよ。それでさっきあんたが言った事言ったから、私は此処に、終わるまで身を隠そうって思い付いたのよ!」

 ロキは嬉しそうな顔をすると、更にパチパチと手を叩いた。

 「いやぁ~嬉しいよ!見事私の望み通りに動いてくれて。あれで君が来てくれなかったら、直接迎えに行こうかと思っていたよぉ。」

 グレイスは怒りが一気に込み上げて来ると、それをぶつける様に、ロキに怒鳴り付けた。

 「私を誘導したって事?何の為に?あんた女にも化けれる訳?」

 大声を出した瞬間、またズキズキと頭痛がし、痛む頭を片手で抱えた。そんなグレイスに、「怒鳴ると頭痛が酷くなるよ。」と言い、ロキはクククッと不敵に笑うと、顔をニンマリとさせた。

 「それを今から説明するよ。全ての種明かしさぁ。本当は、その一部を、昨日エダが君に話す予定だったんだけどねぇ・・・。君、酔い潰れて寝ちゃったから。」

 呆れた顔をして見せるロキに、グレイスは睨みながら、今度は声を小さくして言う。

 「あんた達神は最低って事?」

 ロキはまた顔をニンマリとさせると、ポンポンッと軽くグレイスの頭を叩いた。グレイスは鬱陶しそうにロキの手を払い除けると、更に睨み付ける。そんなグレイスの姿を、ロキは楽しそうな顔をして見つめた。

 「やはり双子だねぇ~。ヘンリーも同じ様な仕草をしたよぉ。」

 グレイスは『ヘンリー』と言う名前を聞き、更に鋭い目付きでロキを睨むと、低い声で「ヘンリーの話しはしないで。」と言った。

 「これは失礼。」

 ロキは軽く頭を下げて謝ると、またもニンマリとした顔で、グレイスを見た。

 「私達神が最低かどうかは、君達人間の捉え方次第だよぉ。理由は二つ。」

 そう言ってロキは、指を二本立て、顔の横に翳した。

 「一つは、人間が作り出した『神』の概念を視点に考えるから。キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、教えは違えどどの神も同じだあ。神は人間を守る存在ってねぇ。見守り、導き、人間はそれを崇める。そしてピンチの時に助けが無ければ、裏切られたと掌を返す。実に勝手だねぇ~。そして都合の良い神だぁ。エダもそうだったねぇ、確か。」

 クククッと不敵に笑うロキを、グレイスはグッと拳を握り締め、無言のまま見つめた。ロキは指を一本下ろすと、人差し指だけを上げ翳す。

 「もう一つ!これが事実だぁ。二分の違い。人間は『善』と『悪』とで二分に分けるが、我々は違う。我々は『秩序』と『混沌』とで分ける。この意味が分かるかい?」

 「秩序と・・・?社会的秩序って事?」

 ロキはチッチッと舌を鳴らしながら、指を左右に振った。

 「社会的秩序は、人間が作り出した物だよぅ。つまりは法って事。我々の言う秩序は、全ての自然の道理・構造の事。しかしルールは存在するよぅ?人間で言う、法の様な物さぁ。神社会の法ってヤツかなぁ~?どんなゲームにも、ルールが存在するだろう?それと同じさぁ。我々の言う秩序は、簡単に分かりやすく言えば、自然の流れって感じかなぁ?だからムカついて誰かを殺しても、それは悪にはならない。そう言う流れなんだからねぇ。まぁ、罰は有るけど。只意味の有る殺しは、少し勝手が違って来るかなぁ?それに伴ったルールも有るし。でも人間からしたら、殺しは全て悪とされてしまう。この違いが分かるかい?」

 グレイスは首を傾げると、眉間にシワを寄せながら考えた。

 「よく・・・分からないわ。流れで殺したなら、どんな理由だろうと許されるって事?」

 ロキは少し困った顔をすると、悩み始めた。

 「う~ん・・・少し違うかなぁ?どう言えば、分かりやすいだろうねぇ・・・。」

 ロキはどう言えば上手く説明が出来るかと悩んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。ドアがゆっくりと開くと、朝食を乗せたお盆を持ったエダが、部屋へと入って来る。   

 エダは部屋の中へと入ると、隣同士に座りながら、同じ様に悩まし気な顔をしている、ロキとグレイスの顔を、不思議そうに見つめた。

 「揃って何を悩んでいるのです?朝食のメニューでしたら、簡単にパンケーキですが・・・メニューを考えていたのなら、今更変更は出来ませんので。」

 エダはベッドの横の机の上にお盆を乗せると、一緒に持って来た、ドリンク状の二日酔いの薬をグレイスに渡した。

 「どうぞ。私が愛用している薬ですが、とてもよく効きますので。」

 「あぁ・・・ありがとう・・・。」

 グレイスはエダから薬を受け取ると、見るからに毒々しい色をした瓶の中身に、戸惑いながらも一気に飲み干した。

 「うえぇ・・・何よこの味。」

 苦い様で甘い味のする、酷い薬の味に、グレイスは不味そうに顔を歪ませると、お盆の上に置いて有った水を咄嗟に飲み、口の中を濯いだ。

 「病薬口に苦し。」と言っているエダに、ロキは先程悩んでいた事を、エダなら上手く説明が出来るのではと思った。

 「エダ、君ならグレイスにも分かる様に、説明出来るかなぁ?私の言う『秩序』について・・・だけど・・・。」

 言い掛けている途中、ロキはハッと気が付いた。

 「あぁ!元々君に教える様に、頼んでいたんだっけぇ~!」

 そう言ってパンッと手を叩くと、ニコリと笑いながら、その場に立ち上がった。

 「うん、そうだ!エダ、昨日グレイスに話すはずだった事を、言ってあげてくれないかい?私は今から、二度寝をするからさぁ。」

 「それは構いませんが、ロキ様もこちらに。貴方様が居ませんと、話しになりませんから。何か悪巧みを思い付いて、仕掛けに行こうとしても無駄ですよ。」

 素っ気なくエダに言われると、ロキは頭をポリポリと掻きながら、困った顔をする。

 「あぁ・・・そうだねぇ・・・。」

 エダに図星を突かれてしまったロキは、ゆっくりとその場に腰を戻した。

 (せっかく二人が話している間に、ヘンリーの様子でも確認しに行こうと思ったのになぁ・・・。)

 ロキは残念そうにすると、ポケットの中から煙草の箱を取り出し、不貞腐れた様子で箱から煙草を一本取り出した。すると口に銜え様とした瞬間、透かさずエダに、箱事取り上げられてしまう。

 「禁煙でお願い致します。」

 冷たくエダに言われると、ロキは仕方なさそうに頷いた。

 「それで、どこまでお話に?」

 エダはベッドの脇に置いて有った椅子に座ると、ロキに聞いた。

 「あぁ、秩序についてだよ。人間の二分、善悪と、私達の二分、秩序と混沌の違いだねぇ。」

 「成程、それはロキ様には難しい説明でしょうね。嫌味無しには話せない方ですから。」

 「それは関係無いと思うんだけどなぁ・・・。」

 苦笑いをするロキを無視し、グレイスはエダの顔を見て聞いた。

 「貴女確か、私達は騙されたって言ってたわよね?それと関係が有る話しなの?」

 エダはゆっくりと頷くと、暇そうに足をブラブラとさせている、ロキの方を見ながら話した。

 「所詮私達人間は、神の道具でしか有りません。そこに情等と言う物は存在しないのですよ。私がロキ様に選択を与えられた時、取引を持ち掛けられたと言いましたね?覚えていますか?」

 グレイスは無言で頷いた。

 「取引を持ち掛けたのは、オージン様です。ロキ様は只、面白がってふざけて選択を与えただけです。」

 「オージンが?ロキだと思ってた・・・。」

 意外に思い、驚いた顔をするグレイスに、エダは表情を変える事無く続けた。

 「オージン様は知識に貪欲な方ですので、私の取った行動に興味を示されたのでしょう。そして私を観察対象とし、私の目を通して変わり行く世界を見、人間側の感性から知ろうとしたのです。人間の行動、考え、感情の様々を。」

 「そう、彼は不可解な人間を知りたがっていたからねぇ。だからその時のエダの気持ちも、その後のエダの気持ちも、考えてはいないんだよぉ。初めからねぇ。その場に居た神全員がそうだった。エダがこのまま死のうが、我々には関係の無い事だったんだよう。」

 付け加える様にロキが言うと、グレイスは眉間にシワを寄せ、険しい顔でロキの方を見た。

 「そんなの酷い・・・。傷付いている人に・・・無神経じゃない!物みたいに扱って!」

 「物ですよ。」

 怒る様に言うグレイスに、エダは平然とした顔で言って来た。そんなエダを、グレイスは悲しそうな顔で見つめると、エダは淡々と話し出しす。

 「私達人間は、神にとっては『物』と同じです。ですから私達人間が、地上で善意だの悪意だのと騒ぎ、造作された神の議論をしようが、犯罪の議論をしようが、ユグドラシルの神はそれを只眺め、観察するだけなのです。戦争が起きようが知った事じゃ有りません。私達が救いを求めていた神は、元は人間が作り出した物なのですから、その神をどう扱おうが、本当の神には関係が無い事なのですよ。只人間が人間を崇めているだけなのですから、お笑いですよねぇ。」

 「だから、騙されたって事?それが私達人間と、ロキ達神の感覚の違いなの?」

 「えぇ、そうですよ。」

 グレイスは息を吐くと、ゆっくりと顔を俯けた。エダの話しを聞けば聞く程、エダが人間臭く無い事が頷け、納得をしてしまう。恐ろしい程に冷めているのが、分かってしまう。それは長い年月を、神と共に生きたからなのだと、痛感してしまうと、やり切れない気持ちと不安で心が一杯になった。

 「だがそこに、秩序が関わると話しは変わって来る。そう、地上にユグドラシルの『物』が入り込むとねぇ。」

 ロキの言葉に、グレイスはそっと顔を上げると、不思議そうな顔をしてロキの顔を見た。

 「秩序・・・?どう・・・関わると?」

 ロキは顔をニヤリとさせると、エダとグレイスをそれぞれ指差した。

 「君達だよぅ。『黄金の林檎』を食べた地上の人間。」

 そう言って、パンッと手を合わせた。

 「簡潔に話そう。ユグドラシルと地上は、こう掌が合わさっている関係だぁ。だが同じじゃぁ無い。別々の物。それは地上の人間と、ミッドガルドの人間が別の物と言う事でも有る。」

 そのままゆっくりと合わせた手を離して行くと、顔の横に左右の手を翳した。

 「右がユグドラシル、左が地上とするよぅ?右は左よりも上位に位置する。右は『秩序』を守り動いている。ミッドガルドの人間も、それに従っているぅ。対する左は、『善』を守り動いている。右と左は、隣合わせだけど、全く別の概念で成り立っているんだぁ。互いに直接鑑賞をする事は無い。だがそこに、右の世界の物が、左の世界の中に入り込んでしまう。するとどうなる?別々だった物が、繋がりを持ってしまう事になる!」

 「地上がユグドラシルと、関わりを持つって事?」

 「その通り!だがそれは、今に始まった事じゃぁ~無いよぉ。オージンは昔、地上の人間に、知識を一部分け与えた事が有る。私達も何度も地上を訪れているしぃ?ユグドラシルの物を持ち込んでもいる。」

 ロキは両手を下ろすと、首を傾げているグレイスの方を見た。

 「だがそれは、間接的に関わっているだけだぁ。直接的に関わってはいない。直接的に関わると、我々の秩序を乱す事になってしまうからねぇ。秩序が乱れれば、例え地上で有ろうと、我々が正さなければならなくなるぅ。」

 グレイスはハッとロキに言われた事を思い出し、ボソリと呟いた。

 「死を免れない者・・・。」

 ロキは満足そうな顔をして頷くと、ポケットの中から『黄金の林檎』を一つ取り出した。

 「そう、『命』が関わってしまうと、直接的に関わった事になる。それもユグドラシルの物でねぇ。ミッドガルドの人間は、必ず死が訪れる。それは地上の人間に関しても同じだぁ。元々この黄金の林檎は、我々神が若さと長寿を保つ為の物だぁ。私達神にだって死は訪れる。だが同じ『死』が訪れるのにぃ、何故人間とは違うか。それは魂さぁ。宮殿ヴァルホルと言う、戦死者の館が在ってねぇ・・・。其処で選ばれれば、生き返る事が出来るのさ。神はねぇ。だが人間は違う!人間は一度死んでしまえば、生き返る事は出来ない。だからソールも、必死に巨人達から、ミッドガルドの人間を守るのさぁ。」

 「だったら、例え林檎を食べた人間だとしても、生き返る事は出来ないなら同じじゃない。」

 ロキはチチッと舌を鳴らすと、グレイスの目の前に林檎を差し出した。

 「林檎を食べ続ければ、死を免れる。それは地上の人間限定でねぇ。理由は簡単!ミッドガルドの人間は、林檎の存在を知っていても食す事は出来ない。例え口にしたとしても、神の持つ武器を使えば、殺す事が出来てしまうからねぇ。だが地上の人間は違う。人間の武器では殺す事は出来ない。そしてこの林檎の存在を知っていれば、食べ続ける限り生き続ける事も出来てしまう。そして今此処には、大量の林檎が有るぅ。この意味分かるかい?」

 「な・・・何となくは・・・。」

 自信無さ気に頷くグレイスに、エダが分かりやすく言った。

 「つまりは、貴女はユグドラシルの秩序を乱す存在となっているのですよ。死を定められた人間が、その輪から外れる可能性が有るのです。言うならば混沌。自然の構造から外れた、混沌の存在なのです。」

 「それが、ロキ達の言う『秩序』と『混沌』って事?だったら、何で私達にそんな物与えたのよ!」

 ロキはクスクスと小さく笑うと、ニンマリと不気味な笑みを浮かべた。

 「簡単さぁ。エダの時は、まだ私達・・・いや、私の提案で、林檎を盗んではいなかったからねぇ。例え与えたとしても、時が来ればやがては死ぬ。だからオージンは、地上の目撃者としてエダを選んだ。だが君は違うよぉ、グレイス。君は私が選んだ目撃者だぁ。手元に大量の林檎が有る事を知りながら、『黄金の林檎』を敢えて与えた。平和ボケしたオージンの目を、覚まさせる為の道具としてねぇ。」

 グレイスは険しい顔をすると、鋭い目付きでロキの顔を睨みつけた。

 「私を利用する為に、与えたって事?」

 「う~ん・・・半分正解で、半分間違い!現に私は、君の願いを叶えてあげた訳だしねぇ。」

 「確かに・・・そうだけど・・・。あんた何を企んでいるの?」

 グレイスの質問に、ロキは少し間を置いてから答えた。

 「そうだねぇ・・・知らしめる為・・・かなぁ。そこで君にも、協力をして貰いたいんだよ、グレイス。」

 ニタリと笑うロキの顔を見て、グレイスはカッとなり、その場に勢いよく立ち上がった。

 「協力ですって?人を利用する道具扱いしといて、何が協力よ!」

 グレイスがロキに怒鳴り付けると、横からエダが素っ気なく言って来た。

 「私はロキ様に協力をしておりますが?今までの話しを聞いて、まだ道具扱いに腹を立てるとは、本当に学習能力の無いガキですねぇ。」

 グレイスはエダの顔を睨み付けると、今度はエダに向かって怒鳴り付けた。

 「貴女は平気なの?物扱いされて、傷付いた心を利用されたのに腹が立たないの?それでよく、こんな神に協力出来るわね!」

 「えぇ、腹が煮えくり返っておりますよ?だからこそ、ロキ様に協力をする事にしたのです。」

 動じる事無く言うエダに、グレイスは思わず後退りをしてしまった。どこまでも人間味が無く、どこからが本音なのかが分からないエダに、改めて不気味さを感じてしまう。

 グレイスはゴクリと生唾を飲み込むと、恐る恐る不気味に感じるエダに聞いた。

 「どう言う・・・意味?」

 微かに自分に怯えていると感じたエダは、グレイスにそっと近づくと、安心をさせる様に優しくグレイスの体を抱きしめた。そして小声で、優しい声でグレイスの耳元で囁く。

 「私は人間です。貴女と同じ、心の有る人間ですよ。私が味わった孤独を、貴女には味わわせたくは無い。だから話しだけでも、聞いては下さりませんか?」

 グレイスはエダの声を耳元で聞くと、自然とエダの優しい心を感じた。抱きしめられた体から、エダの温もりを感じると、確かに自分と同じ人間なのだと悟る。グレイスはそっとエダの体を、自分の体から離すと、俯きながら「ごめんなさい・・・。」と小さく呟いた。

 エダは微かに微笑むと、そっとグレイスをその場に座らせた。

 「私はオージン様に、酷くムカついているのですよ。だって当然でしょう?最初は命を救って頂いたのだと、感謝しておりました。そして私の求める答えを教えて下さったと。しかし中を開けてみればビックリ!ただ単に、丁度都合良く自分の探していた玩具が、目の前に転がっていただけの話だったのですよ。私はロキ様から、その事を教えて頂きました。無論ロキ様も、私を利用道具と使う為に教えた事ですが、オージン様をギャフンと言わせる事が出来ると聞いたので、それを承知したのです。」

 「ギャフン?」

 「えぇ、ギャフン。」

 真剣な顔でふざけた言葉を言うエダに、グレイスは今まで不気味に感じていたエダが、一気に可笑しな人へとイメージが変わってしまう。

 「貴女・・・そう言えば所々言葉使いが可笑しいわよね・・・。仕様?」

 微妙に顔を引き攣らせながら言うと、エダは首を傾げ、不思議そうな顔をした。

 「はい?普通ですが。」

 「天然って事ね・・・。」

 グレイスは一気に体の力が抜けると、一人感情的になっていた自分が、馬鹿馬鹿しく思えて来た。過敏になり過ぎていたのかもしれない、と思い、今までエダを不気味に感じていた事も、ロキ達に腹を立てていた事も、それはまだ自分が、人間側の感覚に囚われ過ぎていたせいなのだと実感する。その考えを捨てれば、エダの態度にも納得が行くと思うと、自然と余計な感情は消えて行った。

 「分かったわ、取り合えず話しは聞くわ。協力するかは、聞いてから決める。」

 一気に緊張感が無くなったグレイスは、溜息を吐くと、脱力感に襲われ、腰掛けたベッドの上に寝転んだ。

 ロキは満足そうな顔をさせると、寝転ぶグレイスに向かって話し始めた。

 「実は私は、前々から気に入らない事が有ってねぇ。それは神々に対してだぁ。ユグドラシルの混沌は、其処に住む巨人達が齎すとされている。」

 「巨人達?」

 「そう、神々の脅威の存在だぁ。彼等は神々よりも体が大きく、頭も良いからねぇ。その上凶暴な奴が多い。しかし互いに協力をし合う事も、交渉をする事も有るよう?人間で言う、悪魔的存在って訳じゃぁ無いからねぇ。只凶暴な奴が多いってだけ。何故巨人が混沌を招くと言われているかは、彼等は意味も無くミッドガルドの人間や、神を殺す事が有るからさぁ。神にはそれぞれ役割が有るからねぇ。まぁ、人間で言う仕事の役職さぁ。それが意味も無く殺されたら、役割を果たす神が突然居なくなってしまう。そうしたら、会社は上手く機能しなくなってしまうだろう?」

 「それが、混沌?」

 寝転びながら聞くグレイスに、ロキはニコリと笑い頷いた。

 「そう、混沌。綺麗に流れていたクレーンが、突然部品を一部失い、流れが乱れてしまう。責任者は困っちゃうよねぇ?作業が中断されてしまうんだから。」

 ロキの分かりやすい例えに、グレイスは納得をする様に頷いた。

 「うん、しかし面白い事に、本来ならその乱れた流れを直さなければいけない責任者や、その従業員が、汚職をしているんだぁ。分かるかい?汚職!」

 「それって、神達も乱してるって事?」

 「正確には、すべき事をしていないって事さぁ。ルールを破っているんだよう。ほら、ゲームのルールだぁ。神々は何人もと結婚をし、子供を儲ける事が許されているんだぁ。だが身内が殺された時には、身内が敵を討たなければならない。神々が殺しをする時は、身内の敵討ちが最も多いからねぇ。例え相手が同じ神であろうと。」

 「じゃあ、ロキは神の中に敵が居るって事?」

 グレイスの質問に、ロキはケラケラと可笑しそうに笑い出した。

 「いやいやぁ~。逆に私が敵である事の方が、多いよぉ~。まぁ、バレたら、の話だけどねぇ。」

 「バレたらって・・・あんた神社会でも最低な事してんの?」

 半ば呆れながらに言うグレイスに、ロキは笑うのを止め、不気味な笑みだけを浮かべて言った。

 「私は巨人の子だよう?オージン達と同じ、アールガルズに住む神として居るが、元は巨人出身だぁ。力が認められ、アースガルズに住んでいるが、元は混沌を齎すと言われる者の血を引いている。そして面白い事に、他の神は巨人と婚姻をしている者も多い。」

 「何よそれ?敵対している相手と、結婚してるって事?何か矛盾してる。」

 「そうだねぇ。巨人の中には、姿が美しい者も居るからねぇ。それで気に入られる事も多いのさ。それに、さっきも言った様に、人間で言う悪魔的存在では無いからねぇ。絶対の悪、って訳じゃぁ無いんだぁ。秩序を乱す者を罰するだけ。それが巨人に多いってぇだけさぁ。だから無論、神が乱す事だって有る。」

 「益々意味が分かんないし、矛盾してる。」

 腑に落ちない事ばかりの話しに、グレイスは不満そうな顔をしながら、ベッドから体を起こすと、じっとロキの顔を見つめた。

 「巨人は絶対的な悪じゃ無いって事は分かったけど、神達は巨人を敵視してるんでしょ?そんな巨人と、姿が美しいからって結婚するの?矛盾だらけじゃない。」

 グレイスの言い分に、ロキは嬉しそうな顔をした。

 「そう!その通り!矛盾しているよねぇ?人間からしたらそう思える。そして私もそう思う。秩序さえ乱さなければよしとしている神自身が、秩序を乱し役割を果たしていない。そして姿が美しいからと、混沌を齎すと言う巨人と婚姻をしている。姿が醜い者はそれだけで、捨てる癖にねぇ。」

 「それが・・・ロキの気に入らない事なの?」

 ロキはゆっくりと頷くと、不気味な笑みを浮かべた。その瞬間、部屋の中の空気がガラリと変わり、冷たい雰囲気に包まれる。グレイスは一瞬、背筋がゾッとしてしまった。

 「私の三人の子はねぇ・・・姿が怪物だったから、それぞれの場に投げ捨てられてしまったんだよ。そう、醜い姿だったからねぇ。いずれ神々の脅威となると言われてねぇ。親としてはどうだろう?不憫で仕方が無いよね。でも仕方ないさぁ~。だって神の脅威となるのなら、それは秩序を乱す存在と成り得る訳だぁ。神で有る私も、承諾するしかない。いやぁ・・・神で有るからこそだあ。」

 「だからって、酷い・・・。自分の子供をそんな扱いされたら・・・。」

 「ムカつく、よねぇ?」

 グレイスの言葉の続きをロキが言うと、グレイスは眉間にシワを寄せながら、頷いた。ロキの顔は無表情へと変わると、ゆっくりと顔を俯け、低い声で話す。

 「そう、ムカつくんだ。脅威と成ると予見されたから、捨てられたのに、当事者達は自らルールを破り、隠し、美しき者を娶り、有意義に過ごしている。もはやユグドラシルの秩序は、崩壊しているんだよ。」

 いつもと違う口調で話すロキに、グレイスは自然と、これがロキの本心なのだと悟った。子を無下に扱われた、親の想いなのだと。

 ロキは顔を上げ、グレイスの目をじっと見つめると、真剣な眼差しで言った。

 「その予見をしたのが、オージンだ。」

 「オージンが?貴方達、仲良さそうだったじゃない・・・。」

 悲し気な表情で言うグレイスに、ロキはクスリと小さく笑った。

 「あぁ、仲良いよう?彼の子供ともねぇ。私とオージンは、義理親子だしねぇ。だがそれは、彼等が神として機能している時だぁ。今は違う。言っただろう?私は知らしめたいと。」

 グレイスは思わず口を瞑ると、エダの顔をチラリと横目で見た。またベッドの脇の椅子に座っていたエダは、平然とした顔で話を聞いている。エダは既に、ロキから聞かされたのだろうと思うと、当然の態度なのかもしれない。そう思うと、自分も毅然とした態度でこの話を聞かなければ、これ以上の話しには付いて行けなくなると感じた。

 「いいわ・・・。つまり、オージンに知らしめたいって事ね。」

 グレイスが力強い声で言うと、ロキはニヤリと笑った。

 「正確には、オージンを中心とした、神々にさぁ。その為の材料を、私は沢山用意をして有る。その一つが、君だよグレイス。」

 そう言ってグレイスを指差すと、グレイスも思わず自分を指差した。

 「私・・・?」

 「そう、君。君はその切っ掛けとして使わせて貰う。切っ掛けと言うより、種かなぁ?そこで君には、二つの選択をして貰わなければならないんだぁ。」

 「選択って・・・?」

 不安そうに聞くグレイスに、ロキではなくエダが答えた。

 「生き続けるか、死ぬかのどちらかです。」

 グレイスは勢いよくエダの方を見ると、声を震わせた。

 「どう言う・・・意味よ?」

 「神々が乱れた秩序を知れば、それを正そうとするからですよ。」

 グレイスは、今度はロキの顔を見ると、ロキは手にした林檎を、グレイスの目の前に翳しながら、淡々と言った。

 「簡単な話しさぁ。私が君の存在と、大量の林檎が地上に有る事実を、神々に暴露するのさぁ。するとどうなる?神々は自然の構造から外れ得る存在の君を、殺しに来る。前にも言った通り、神の持つ剣を持ってすれば、黄金の林檎を食した人間を殺す事が出来るからねぇ。簡単に。オージンはこの事実を隠したまま、アースガルズに帰ったからねぇ。林檎の入った袋に魔術を掛けたから、安心してるのさぁ。解除無しで袋を開ければ、中身は消滅するってねぇ。しかし残念な事に、中身は私が全て、魔術を掛ける前にすり替えたと嘘を吐く。それを聞いたオージンは焦り、君を殺す様命じるだろうさぁ。秩序を正す為にねぇ。」

 「私に、生贄になれって事?じゃあ・・・エダも?」

 眉を顰めながら言うグレイスに、ロキは軽い口調で言って来た。

 「そうだよ?しかしそれは君だけだぁ、グレイス。エダはもう、林檎の効果は切れてしまっているからねぇ。例え林檎の存在を知っていようが、今は只の人間だぁ。だから対象外。エダを殺せば、罪の無い人間を殺すのと同じ事になってしまう。巨人と同じ様に。」

 「切れてるって・・・エダはまだ百年しか生きていないんでしょ?林檎を食べれば、寿命は数百年長くなるって・・・。」

 驚いた顔でエダを見ると、エダは悪びれた様子も無く、サラリと言って来た。

 「あぁ・・・あれは嘘です。実際には四百年は生きております。後は普通の人間の様に、歳を取って死んで逝くだけですよ。」

 グレイスは口をパックリと開けると、驚く、を通り越して、呆れ返ってしまう。

 「じゃぁ・・・私だけ?私だけが、生贄って事?」

唖然とするグレイスに、ロキは顔をニヤニヤとさせながら言った。

 「だがさっきも言った様に、君には二つの選択が有る。殺しに来た神に、こう言うんだぁ。『自分は地上の秩序を守っている』ってねぇ。」

 「そう言ったら、どうなるの?」

 「殺されなくて済むよう?理由を聞かれるだろうから、君が今している事を、ちゃぁ~んと述べればねぇ。」

 『理由』と言う言葉に、グレイスはハッと気が付いた。

 「それで、私があいつ等を殺している本当の理由を、知りたがってたのね?」

 ロキはニッコリと笑い頷くと、また淡々と話し出した。

 「君は『命』の流れを正している事になるからねぇ。死ぬはずの無い人間が死に、その命で死ぬはずの人間が死なない。これは立派な混沌だぁ。自然の道理から外れている。それを齎す者を、君は消している。まぁ半ばこじ付けの様に聞こえるだろうが、自ら秩序を乱してしまった神には、後ろめたさから君を殺す事は出来ないだろうさぁ。神がしなかった事を、人間がしているんだからねぇ。」

 「それで理由を・・・。でももし、私の理由が違っていたらどうしたのよ?」

 「ま、その時は仕方が無いからねぇ・・・。大人しく殺されて貰うだけだよぉ。」

 軽い口調で言うロキに、グレイスは怒る事も無く、呆れた様子で溜息を吐いた。

 「所詮私は道具って事ね・・・。それがあんた達神ですものね。」

 「まぁ、そう言う事さぁ。だが私はオージンとは違うからねぇ。君には新たに、人生の選択を与える。口を閉ざし、孤独から逃れる為に殺されるか、それとも口を開き、生き長らえるか・・・どちらかを選ぶといい。」

 「どちらかを?」

 グレイスが首を傾げていると、ロキはゆっくりと立ち上がり、手にした林檎をエダへと渡した。

 「そう、君は逃亡生活を終わらせる為に、唯一殺す事の出来る神の剣により、殺されて楽になるか・・・。それとも生き長らえ、エダと同じ孤独を味わいながら、目的を果たし続けるか。好きな方を選べばいい。もし後者を選んだ場合は、地上での私の目の変わりとなって貰うけどねぇ。」

 ロキから林檎を手渡されたエダも、ゆっくりと立ち上がると、グレイスの側へと寄った。

 「貴女が後者を選んだ場合、私は再び、この『黄金の林檎』を食します。それが私の、ロキ様への協力ですので。貴女は家族や友人は失ってしまいますが、一人にはなりません。同じ長寿の人間で有る、私が居りますから。」

 「それって・・・。」

 グレイスは目の前に立つ、ロキとエダを交互に見つめた。そしてエダの顔をじっと見つめると、真剣な眼差しで聞いた。

 「どうして・・・貴女はロキに協力するの?その林檎を食べたら、また何百年も生きる事になるのに・・・。孤独で辛い思いをして来たんじゃないの?その・・・林檎のせいで・・・。」

 エダは微かに微笑むと、優しくグレイスの髪を撫でた。

 「貴女に同じ思いをさせたく無いからです。それに、言ったでしょう?私はオージン様を、ギャフンと言わせたいと。私にはロキ様のお気持ちが分かります。多少ですが。私も家族を奪われ、作る事すら出来ませんでした。今更作る事も出来ません。私の存在は、地上では無い者と同じですから。孤独に一人死に逝くか、また自ら命を絶つ位なら、貴女と家族になりたいのですよ。」

 エダの言葉を聞き、グレイスの目からは自然と涙が零れ落ちた。悲しくも優しいエダの心に触れた気がし、心がキリキリと痛むのを感じた。これが神なのだと、エダの言いたかった神なのだと思い知らされると、ロキが繰り返し言っていた『道具』と言う言葉に、痛い程納得をさせられてしまう。

 救いで有る筈の神は、存在等しないのだ。救いを求め、救うのは同じ人間なのだと痛感した。神は只、それは眺めているだけ。一人ひとりでは無く、世界全体の秩序を守っているだけ。その中に沢山転がる人間等、道端の石ころと同じなのだ。そしてその秩序さえ守らなくなっている神に、グレイスは怒りを覚えると同時に、ロキの考えに賛同が出来た。

 「一つ教えて、ロキ。どうしてエダに、こんな事頼んだの?」

 涙を拭いながら言うグレイスに、ロキは優しい笑みを浮かべて答えた。

 「言っただろう?私はオージンとは違うと。ちゃんと遊んだら後片付けも出来る、良い子なんだよぉ。君もエダも、気に入っているし、人間は嫌いじゃないからねぇ。それに・・・。」

 ロキは悲しそうに微笑むと、ゆっくりとグレイスの隣に、再び座った。

 「それに、私はもう此処に来る事は、二度と無いと思うからねぇ。地上へ降りる事は・・・。だから私の変わりに、神と関わった者に見ていて欲しい。ユグドラシルの変貌と共に、地上が、地上に住む人間がどう変わって行くかをね。」

 悲しそうに微笑むながら言うロキの姿に、グレイスは、ロキは既に自分の身がどうなるのかを、知っている様に感じた。知った上で、『知らしめる』のだと思うと、やり切れない気持ちが込み上げて来る。

 何故そこまでして知らしめたいのか。そんな事をして、何の得が有るのか。自分も知らぬ振りをして、面白可笑しく過ごし続ければいいのに、何故そうしないのか。色々な事を考えてしまうが、答えは一つ、ロキは怒っているのだと分かる。秩序の為、子供達は投げ捨てられたはずなのに、役割を果たさずに堕落した神々に、怒っているのだ。そう思うと、ロキは誰よりも神らしく、人間臭い所が有ると思え、グレイスは微かに微笑むと、ゆっくり頷いた。

 「私は人間だから、神が考える事なんか分からないわ。でもオージンとロキは最低って事は分かる。特にオージンはね。だから私は、生き長らえてあんた達がどうなるか、見届けてやるわ。寿命が尽きるまでね。」

 グレイスのその言葉に、ロキは満足そうな顔をすると、乱暴にクシャクシャとグレイスの頭を撫でた。

 「うん、実に良い答えだぁ。だが私は、決して良い神って訳では無いからねぇ。散々悪さをして、神々を怒らせてもいるし、ルールだって破っているから、後で失望したとか言わないでくれよう?人間で言う、悪人みたいな物なんだからさぁ。」

 グレイスはロキの手を払い除けると、ムスッとした顔で言った。

 「知ってるわよ!最初から。私はあんた達神全員が嫌いなのよ!」

 「それは更に良い事だぁ。エダと同じだねぇ。」

 ケラケラと可笑しそうに笑うロキに、グレイスだけではなく、エダもムッと不機嫌そうな顔をする。

 ロキは笑うのを止めると、グレイスに説明をし始めた。

 「地上に有る林檎は、今エダが手にしているのが、最後の一個だからねぇ。他はオージンが魔術を掛けた袋の中に有る。グレイスは神が殺しにやって来たら、その場所を教え、中身はすり替えられていないと教えてやってくれ。私が嘘を吐いたのだとねぇ。」

 「信じるの?」

 「信じるさぁ。私は嘘吐きだと、皆が知っているからねぇ。それに魔術を解いて中身を確認すれば、ちゃぁ~んと分かるからねぇ。袋の場所は、エダから教えて貰いなぁ。」

 グレイスが無言で頷くと、ロキは、今度はエダに向かって言った。

 「エダ、君は・・・。」

 「私はこの林檎と共に、ぬこさんの部屋に身を隠す。でしたね。」

 透かさずエダが言うと、ロキは満足そうな顔で頷いた。

 「多分ソールが使いとしてやって来る。オージンも、この隠れ家を他の神にはまだ、知られたくないだろうからねぇ。ソールもぬこさんが苦手だし、格好付けたがりだから、エダに失態を知られたくは無いだろうしねぇ、丁度いい。ソールが帰ったら、エダに教えてやってくれ、グレイス。」

 グレイスは頷くと、不安そうにロキに尋ねた。

 「それで、あんたはどうするの?ロキ。」

 ロキはニヤリと不気味な笑みを浮かばせると、静かな声で答えた。

 「私かい?私は、混沌を招くのさ。」

 「混沌・・・それって・・・。」

 更に不安そうな顔を浮かべるグレイスに、ロキは明るい口調に変え、言って来た。

 「心配しなくとも、地上への影響は然程大きくは無いさぁ。まぁ、有り方が変わるかもしれないけどねぇ。だがそれが変わるのは、ユグドラシル全体が変わった時だぁ。現時点で急激に何かが変化をする、と言う事は無いよ。」

 「そう・・・。」とほっと息を漏らすグレイスに、ロキは視線を逸らすと、天上を見つめながら言った。

 「もしヘンリーの事が気になるのなら、心配はいらなよぉ。何なら私が、ヘンリーの記憶をイジって、君の存在を消す事も出来るよ?そうすれば、君は余計な心配をせずに済むだろう?」

 グレイスは顔を俯けると、ゆっくりと首を左右に振った。

 「いいわ・・。ヘンリーには酷かもしれないけど・・・。忘れられてしまうのは、死ぬ事よりも辛い事だから・・・。例え憎まれていようが、覚えていて欲しい。」

 「そうかい、分かったよぉ。」

 ロキは勢いよくベッドから立ち上がると、三・四歩進み、クルリと体を回して、グレイスとエダの方を向いた。

 「それでは、私はユグドラシルに戻るとするよ。宴が有るしねぇ。後は二人に任せたよう。」

 そう言ってニッコリと笑うと、二人に向かって手を振った。

 「お気を付けて。」

 エダはゆっくりとロキに一礼をすると、無表情のまま、同じ様に手を振る。グレイスは心配そうな顔でロキを見つめると、「じゃあね。」と一言だけ言い、顔を俯けた。

 ロキはそのままドアの方へと行くと、ゆっくりとドアを開け、背を向けたまま言った。

 「二人共、良いクリスマスを。」

 そのままバタン、とドアが閉められると、部屋に残されたエダとグレイスは、互いに顔を見合わせた。

 「準備を。」

 真剣な表情でエダが言うと、グレイスも真剣な顔をし、無言で頷いた。


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