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GOD  作者: 小鳥 歌唄
二人の人間
4/9

*

   ―数年前―

 地上に居る人間の住む世界とは別に、神々が住む世界があった。神々の住む世界には、9つの異なる世界がある。

 アース神族の世界、アースガルズ。ヴァン神族の世界、ヴァナヘイムル。巨人の世界、ヨトゥンヘイム。炎とスルトの世界、ムスペルヘイム。エルフの世界、アールヴヘイム。黒いエルフの世界、スヴァルトアールヴヘイム。ドワーフや小人達の世界、ニダヴェリール。死を免れない人間の地、ミッドガルド。

 それら全ての世界を繋いでいたのが、『世界樹ユグドラシル』。

 アース神族、ヴァン神族、巨人の3つの氏族が主体となっており、アースガズルは、その最上に位置していた。オージンはアース神族の長、最高神であった。ロキとヘーニル、それにオージンの息子、ソールもアースガズルに住む神である。

 『黄金の林檎』は、アース神族の若さと長寿の源であり、それを管理していたのが、女神イズン。その夫であり、オージンの息子がブラギであった。

 アース神族とヴァン神族は、敵対しており、争いばかりが続いていたが、お互いに和解をする為、休戦の証とし、人質交換をする事となった。そしてアース神族の代表として、ヘーニルが人質として選ばれ、ヴァン神族の国に送られる事となったのだ。その再、オージンの伯父であり、相談役でもあった神、ミーミルが同行をする事となった。

 事件が起きたのは、ここからだ。

 オージンが、ヘーニルの「お別れ旅行へ行こう。」と、ロキとヘーニルを誘った。三人はアースガズルの外へと出ると、ロキが「エルフをナンパでもしに行こう。」と言い出し、オージンが「ヴァン神族と休戦をしたばかりなのに、それはマズい。」と反対。ヘーニルは「エルフの王、フレイがヴァン神族からこちらの人質として来るのが決まっているし、大丈夫じゃないかな?」と意見。

 三人がしばらく口論をしていると、ヘーニルのお腹が鳴り、オージンのお腹も鳴った。取り合えず食事を取ろうと、牛を捕まえ、牛を蒸し焼きにしようとしたが、何故か肉が全く焼けなかった。オージンがふと近くの木に留っている鷲に気付くと、「おい、あの鷲が魔法かけているせいだ。」と言う。オージンは、鷲に「肉を分けてやるから、魔法をといてくれ。」と言うと、鷲は承諾し、無事肉が焼けた。

 しかし、肉が焼けた途端、鷲は肉の一番美味しい部分を、素早く奪い取って行った。それに腹を立てたロキが「この泥棒鷲!」と怒り、近くに落ちていた棒を、その鷲目掛け振り回した。見事棒は、鷲に命中をしたのだが、木の棒は、鷲の体とロキの手にくっ付き離れなくなってしまった。

 ロキの体は空中へと持ち上げられ、鷲はロキの体が、木々に当たる所で飛行を続けた。ロキの体には木々がバチバチと当たり、「痛いっ!イタタタっ!降ろせよう!」と、ロキが鷲に訴えると、鷲は「助けてほしければ、インズと林檎を、アースガズルの外に連れ出せ。」と言ってきた。ロキは下に居るオージンとヘーニルに、助けを求めようと見下ろしてみるが、オージンはボーっと見ているだけで、ヘーニルはアタフタと走り回っているだけであった。仕方が無く、ロキは鷲の言う事を承諾すると、鷲はロキを下に降ろし、飛び去って行った。

 体中擦り傷だらけになったロキは、オージンとヘーニルの顔をじっと睨み付けると、二人の体をドンッ、と力一杯押した。

 「なんで助けてくれなかったんだよう?」

 不満そうな顔で言うと、オージンは「ごめん。」と一言言った。

 「あの鷲喋ったぞ。」

 ロキが言う。

 「あぁ・・・多分、巨人が化けていたんだろうな。」

 オージンが言う。

 「だったら尚更助けろよう!最悪な約束しちゃったじゃないかぁ!」

 ロキが叫ぶ。

 「約束?どんな約束だい?」

 ヘーニルが問う。

 「イズンと林檎を、アースガズルの外に連れ出すと・・・。」

 ロキは俯いて言う。

 「どうするんだ?そんな約束なんかして!」

 オージンは驚き、ヘーニルも驚く。

 「攫うつもりだよ!あの巨人!」

 三人アタフタとし出す。ああしよう、いや、こうしようと、色々な意見を飛ばしながら、相談をしていると、ロキは良い事を思い付いたと言い出した。

 「あいつの望み通り、イズンと林檎を、私がアースガズルの外に連れ出すよ。」

 「なにを言っているんだ!そんな事をしたら、あの巨人に攫われるのは目に見えているだろ!」

 オージンが怒鳴る様に言うと、ロキはニンマリと笑った。

 「また取り返せばいいだけの話だよう。多分ブラギが必死になって、手引きをした犯人捜しをすると思うんだぁ。それで私が犯人だとバレる!そこで私が、取り戻しに行くと言うから、オージン、君はそれで、私のお咎めは無しと言う事にしてくれないかい?」

 「それは構わないが・・・本当に取り戻せるのか?」

 不安そうに聞くオージンだったが、ロキは更にニンマリと笑った。

 「大丈夫!もうすぐヴァン神族から人質として、フレイヤも来るだろう?彼女の鷹の衣を借りれば、鷹に変身して巨人の住む所まで、一っ飛びさぁ。目には目を、化かされたなら化かし返せってねぇ。私はイズンを持ち運びやすい形に変えて、戻って来るから、君は追いかけて来る巨人を、叩き落としてくれよ。きっとまた、鷲に化けて追って来るだろうからねぇ。」

 そう言うと、クククッと楽しそうに笑った。

 ロキの説明を聞いたオージンは、少し考えると、納得をした様子で、頷いた。

 「成程・・・それなら大丈夫かもしれないな。よしっ!ならそれで行こう!ただし、ロキは絶対に成功させろよ!そうでなきゃ、厳しい罰を与えるからな。」

 「あぁ、分かっているよぉ。それともう一つ!」

 そう言って、人差し指を翳すと、ロキは悪巧みをする子供の様な顔をした。

 「その過程で、林檎を何個かくすねてしまおうよう。」

 クククッと不適に笑うロキの頭を、オージンは思い切り叩いた。

 「痛っ!なにするんだよぉ~。」

 ロキは叩かれた頭を、痛そうに手で撫でると、頬を膨らます。

 「そんな事をして、なんの意味がある!林檎はイズンを通せば、ちゃんと貰えるんだぞ。わざわざ俺達が盗む必要も、理由もないだろ?」

 呆れ顔で言うオージンに、ロキは溜息を吐きながら言った。

 「はぁ~・・・君は分かっていないねぇ~。確かにイズンを通せば貰えるけど、一度に何個もは、貰えないだろう?君さぁ、左目を取り戻す方法を、ミーミルに相談をしていただろう?」

 「あぁ・・・そうだが・・・。それがどうした?」

 「どんなヒントを貰ったのかい?」

 ロキは顔をニヤリとさせ、オージンに問い掛けた。

 「確か、見ていないモノにも目を向け、既に得たモノの中からも、新たに目を向けろ・・・と言われたな。俺はそれが、人間の事を指しているのでは、と考えているが・・・。ミッドガルドに住む人間ではなく、別の場所に住む人間だとな。」

 自信満々で言うオージンの答えに、ロキは嬉しそうな顔をした。

 「そうっ!人間だぁ!それはつまり、下界に住む人間ってぇ~事だろう?私達は自由に下界に降りる事は出来るが、期限が限られている。それは黄金の林檎を持ち出せる数が、決まっているせいだぁ。林檎を定期的に食べないと、老化が進んでしまうからねぇ。」

 ロキの言葉を聞いて、オージンは思わず頷いた。

 「まぁ・・・それは確かに。」

 「そこで・だ!林檎を大量に抱え込んで下界に降りれば、期限を気にする事なく、ゆっくりと居られると思うんだぁ~。そうすれば、君だって下界の人間を、じっくりと観察出来るだろう?」

 ロキが目の前でぶらつかせる誘惑に、オージンはゴクリと生唾を飲み込んだ。今すぐにでも、喰らい付きたい気持ちで。そんなオージンを、ロキは更に唆す。

 「なんなら私が、協力をしてもいい。観察用の人間を、捕獲して相手をするよぉ。」

 ニンマリと笑うロキの顔を見て、オージンは何度も首を横に振ると、自分に言い聞かす様に言った。

 「いやっ!駄目だ!最高神として、許されない行為だ!それに盗んだとして、下界の何処へ隠れる?下界に降りたまま、長い月日帰って来なければ、バレてしまうだろう!」

 「大丈夫だよぉ。また旅行にでも行くと言えばいいさぁ。旅の間は、他の者は観賞出来ないし、私と君は、しょっちゅう旅に出ているから、疑われないさぁ。」

 気楽に言うロキの言葉を聞くと、なんだか本当に大丈夫の様に思え、オージンはまた、思わず頷いてしまう。

 「確かに・・・ユグドラシル内の何処かに居ると思われている間は、疑われないな・・・。しかし、下界に降りて何処に身を隠す?」

 そんなオージンの問い掛けにも、ロキは気軽に答えてきた。

 「私達が共有している、幾つかの隠れ家にでも居ればいいさぁ。下界の私達の別荘は、結界で世界樹からは観賞が出来ない様になっている。それにあの場所を知っているのは、ここに居る私と君、それにヘーニルとソールだけだからねぇ。ソールは巨人から、神達とミッドガルドの人間を守るのに忙しいし、まずバレないだろう。」

 クスクスと笑うロキの姿からは、自信が溢れ出ている様に見え、オージンはしばらくの間考え込んでいた。

 そんな二人の会話を聞いていたヘーニルが、「はいっ!はいっ!」と大きな声で呼びかけてくる。

 「どうした?ヘーニル。」

 オージンはふとヘーニルの方を向くと、ヘーニルは不満そうな顔をしていた。

 「今までの話を聞いていて気付いたんだけど、その計画が実行される時、僕って居ないよね?」

 ヘーニルがそう言うと、ロキとオージンはお互い顔を見合わせ、呆れた様子で言った。

 「当然だろう?君はこの後、人質としてヴァン神族の国へ行くんだから。」

 「それと同時に、フレイヤがこちらに来るんだ。だからこそ成り立つ計画だ。」

 冷たくあしらわれたヘーニルは、駄々を捏ねる子供の様に騒いだ。

 「ええぇぇぇ!そんなの嫌だよ!僕も仲間に入れてよおおおおぉぉ!ズルイよ二人だけー!」

 喚くヘーニルに対し、オージンは鬱陶しそうな顔をして言った。

 「五月蠅いぞ!騒ぐな!仕方ないだろ?もう決まっている事なんだから!それに、ミーミルだって一緒に同行するじゃないか!俺は泣く泣く、ミーミルを手放すんだぞ!」

 「嫌だよ嫌だよ!だったら他の人と変えてくれよー!」

 ごねるヘーニルの首に、ロキが思い切り腕を回し絞め付けると、苛立った声で言ってきた。

 「往生際が悪いなぁ~君はぁ。これは神々全員一致の意見で決まった事だから、簡単には変えられないよ。諦めなよぉ~。」

 そう言いながら、ギュウギュウとヘーニルの首を絞め付けると、ヘーニルは苦しそうな顔をしながら、何度もロキの腕を、パンパンと手で叩く。

 「ま、そう言う事だ。こればかりは変えられない。お前は大人しく、ヴァナヘイムに行くんだな。」

 オージンがはっきりと言い放つと、ヘーニルはガックリと首を落としてしまった。ロキがヘーニルの首から腕を外すと、うな垂れる彼の頭を持ち上げ、じっと目を見つめながら、真剣に言った。

 「いいかい?ヘーニル!例え君がヴァナヘイムに行くからと言って、この事は、絶対に誰にも言っちゃあ~いけないよ!もし誰かに話したら、二度と一緒に遊んでやらないからっ!」

 「分かったよロキ。誰にも言わないよ。遊んで貰えなくなるのは・・・寂しいからね。」

 ヘーニルが涙ながらに頷くと、ロキはニッコリと笑い、満足そうに頷いた。

 「それよりロキ、行くとしたら、どの隠れ家に行くんだ?今の内に決めておいた方がいいだろ。」

 すっかりとロキの悪巧みに乗ってしまっていたオージンは、先程の計画の話の、続きを聞いた。

 「あぁ・・・そうだねぇ~。私は久しぶりに、英国がいいかなぁ。エダに管理を任せっきりだしねぇ。」

 「英国か・・・。俺はインドがよかったんだが・・・。」

 「なら英国でいいじゃないのかい?インドは元々、英国の植民地だったんだろう?」

 「まぁそうだが・・・あそこはクリスチャンが多いだろう。同教徒の者達ばかりでは、あまり参考にならないんじゃないか?」

 「インドだって、ヒンドゥー教徒ばかりじゃないかぁ。それなら同じだよ。だったら無宗教者が多い、日本にでもするかい?」

 ロキにそう言われると、オージンはじっと悩んだ。

 「いやっ!英国で構わない。日本は最近『オタク』と言う新しい宗教の信者が、増えているみたいだからな。なんだか関わってはいけない気がする。」

 真剣な顔でオージンが言うと、ロキとヘーニルは不思議そうに首を傾げた。

 「あれ?『オタク』って、宗教だっけ?」

 「さぁ?私は最近、下界には降りていなかったからねぇ・・・。」

 こうして無事ロキの計画通り、事は進んだ。イズンと林檎を取り返すどさくさ紛れに、数十個の林檎を盗みだした。盗んだ林檎は、オージンに仕えるワタリガラスに、先に英国の隠れ家に運ばせておき、二人は後から行く形を取った。

 ヘーニルはミーミルと共に、ヴァナヘイムへと既に出向いており、イズンをさらった巨人の娘が、父を殺された苦情を言いにやって来た事等、知らずに過ごしていた。

 ヴァナヘイムで過ごすヘーニルは、何かあればすぐにミーミルに頼るばかりで、ヴァン神族の王は苛立ち、ヘーニルとミーミルを別々の場所へと移した。

 頼る相手の居なくなったヘーニルは、王から何かを相談をされても、どっちつかずの回答をブツブツと言い、一人うろたえてばかりで、そんな優柔不断のヘーニルに、更に苛立てた王は、ヘーニルをヴァナヘイムから追い出したのだ。


    ―そして今―

 サンタクロースの衣装に身を包み、ワクワクと胸を弾ませながら、ロキとオージンの側に座る、ヘーニル。本来加わるはずのなかった、この遊びに、予想外にも仲間に入る事が出来、嬉しそうな顔をしていた。

 「ヘーニル!嬉しそうな顔をしているが、何故アースガルズに帰らなかったんだ?」

 ムスッとした顔でオージンが言うと、ヘーニルではなく、ロキが呆れた声で答えた。

 「どうせ怒られると思って、帰れなかったんだろう?ここへ来るのも、散々迷った挙句、大勢に責められるよりは、二人に責められた方がマシかなぁ~って、思ったんじゃないのかい?」

 そう言われると、ヘーニルは困った顔をして、恥ずかしそうに頷いた。

 「あははっ・・・まぁ・・・そんな所だよ。」

 ロキとオージンは、二人揃って大きく溜息を吐いた。

 「あっ!でも、二人の事は誰にも言っていないし、僕がここに居れば、言われる心配もないでしょ?これでイズンかブラギが気付かない限り、バレる可能性は低くなったんだよ。」

 必死にここに留まろうと、ヘーニルは二人を説得する様に話す。ロキとオージンはお互いに顔を見合わせると、ヘーニルの言う事にも一理有る、と思い、同時に頷くと、二人してヘーニルを指差した。

 「いいか!もしお前がヴァナヘイムを追い出されていた事を、アースガルズの連中が知った時には、お前は大人しく帰るんだぞ!」

 オージンは強い口調で、命令をする様に言った。

 「一人だけ帰るハメになったからと言ってぇ、私達の事や、一緒に居た事を言ったらダメだよう?もし言ったら本当に殺しちゃうからさぁ。」

 ロキは低い声で、脅す様に言った。

 「うんっ!分かっているよ。大丈夫!絶対に言わないから、ここに居させてね。」

 ヘーニルはとても嬉しそうな顔をして、何度も頷きながら言った。

 取りあえずは、話がひと段落をした所で、三人は壊れた鏡台に目を向ける。無残な姿で散らばる鏡台を見て、オージンは頭を抱えた。

 其処等じゅうに破片が散らばり、それだけではなく、鏡台に詰め込んであった、吸殻や灰、ナイフにスプーンと言った、様々な物まで散乱している。

 「あぁーあ・・・。どうするんだい?これぇ。」

 ロキは床を見降ろしながら、その場に立ち、両手を広げ、グルグルと回りながら言った。

 「魔術で直したら?」

 散らばった木の破片を拾い上げながら、ヘーニルが言うと、ロキが今度は片足をあげ、バランスを取りながら言う。

 「無理だよぉ。ユグドラシルにある素材で出来た物じゃないからねぇ。下界産の物は、魔術と相性が悪いから、壊すのは簡単だけど、直すのは難しいんだぁ~。」

 それを聞いたヘーニルは、顔をしょんぼりとさせた。

 「そっか・・・。エダに怒られちゃうね。」

 カタカタと破片を拾い上げるヘーニルに、片足をあげ、バランス取りをして遊ぶロキ。その隅で、オージンは一人頭を抱えたまま、じっと蹲っていた。

 シンとした空気の中、ユラユラと蝋燭の火が揺れると、天井からは風の吹く音が響く。神が三人も居ながら、たかが壊れた鏡台一つを前に、何も出来ずにいる。

 「ロキ・・・。エダはいつ帰って来る?」

 頭を抱えたまま、オージンがボソリと言うと、ロキは斜めに傾けていた体を、元の位置に戻した。

 「う~ん・・・。確か、夜中になる前までには、戻れる様にするって言っていたよう?」

 「そうか・・・。今何時だ?」

 ロキは顔をキョトンとさせ、不思議そうに首を傾げると、指で数えながら答えた。

 「確か・・・早目の夕食を4時にしたから・・・。今は7時か8時位じゃないのかい?」

 ロキがそう言うと、オージンは低く小さな声で言った。

 「そうか・・・。なら、ケーキ屋はまだやっているな?」

 「ケーキ・・・?あぁ・・・多分ねぇ。」

 不思議そうに言うロキの言葉を聞くと、オージンはフフフッと小声で低く笑い、突然立ち上がった。そして縛っていた眼帯を一気に解くと、髪の色を黒色に変え、左目の空洞の中に、右目と同じ色の、金色の義眼を作り出した。

 「ちょっと俺、クリスマスケーキの予約をしに・・・行って来る。」

 真面目な顔でそう言うと、オージンはスタスタと足早に、地下室を出ようとした。

 突然のオージンの言葉に、唖然としていたロキとヘーニルは、オージンが逃げようとしている事にハッ気付き、慌てて二人して、彼の体に飛び付き、押さえ付けた。

 「ズルイ!ズルイよオージン!一人だけ逃げようなんて!最高神の癖に、あるまじき行為だっ!」

 「クリスマスケーキなんて、まだ先の話だろう!今じゃなくてもいいだろう!君、いつからクリスチャンになったんだい?神様が別の神様崇めて、どうするんだいっ!」

 ロキとヘーニルは、必死にオージンにしがみ付きながら言った。それに対しオージンは、二人の体ごと力任せにズルズルと引きずりながら、同じく必死に外へ出ようとしながら言う。

 「あっ・・・あそこのケーキ屋・・・人気あるから、早く予約しないと売り切れてしまうんだ!それに此処は英国だぞ!少し位他信かぶれするのも、悪くないだろっ!」

 オージンはなんとかこの場から出ようと、体にしがみ付く二人の頭を、力一杯手で押さえ付けながら、必死に前へと進もうとする。二人も負けずと、オージンの体に両腕を回し、必死に前へと前進しない様、しがみ付き阻止をする。

 「あそこのケーキ屋ってぇ・・・どこのケーキ屋だよぉ~。」

 ロキはオージンの体を、攀じ登りながら言った。

 「あそこは・・・あそこだ・・・。」

 オージンはそんなロキを、体から引っ剥がそうと、思い切り頭を掴みながら言う。

 「ズルイよ!だったら僕も一緒に行くよ!」

 ヘーニルは、オージンの足にしがみ付きながら言った。

 揉みくちゃになりながら、それぞれもがき続ける三人の神。オージンは足を取られ、床に倒れ込んでしまうが、それでも匍匐前進で前へ進もうとする。ロキとヘーニルも、床に倒れ込みながらも、しぶとくオージンの体に、粘着テープの様に纏わりしがみ付く。

 その場で三人がもがいていると、上から天使の様な、可愛らしい女性の声が聞こえて来た。

 「あそこのケーキ屋でしたら、もう閉まっていますが・・・。」

 声を聞いた三人は、ピタリと体が止まった。そっと視線を前に向けると、黒いブーツを履いた、足が見える。そのまま視線を上へと昇らせて行くと、白いコートを着て、両手には買い物袋を二つ抱えた、女性の姿があった。下からでは、買い物袋が邪魔をして、顔は見えないが、先程の声を聞けば分かる。可愛らしい声とは裏腹に、感情のあまり籠っていない、冷めたい平淡な口調。

 「やぁ、エダ。思ってたより、早く帰って来たんだねぇ。」

 ロキが口元を引きつらせながら言うと、オージンは全身の力が一気に抜け、顔を床に伏せた。

 「ええ。予想外に司祭共の下らない無駄話が、早く終わったもので・・・。ついでに買い物も済ませて来ました。それより・・・。」

 そう言うと、買い物袋の横から、ヒョッコリと顔を出した。オレンジ掛った、茶色いセミロングの髪に、少し寝むそうな目をした、愛らしい顔のこの女性がエダ。

 彼女は床で、揉みくちゃになっている三人の姿を、不思議そうに見つめた。

 「何をなさっていたのですか?新しい遊びですか?神様の癖に、相変わらずやる事がガキですねぇ。」

 可愛らしい声と顔とは裏腹に、口の悪いエダは、丁寧な言葉使いの中に、いつも厳しい一言が交じっていた。そんなエダの言葉に、ヘーニルは頭を掻き毟りながら、困った様子で言おうとする。

 「あははっ・・・。実は・・・。」

 ヘーニルが何かを言おうとした瞬間、オージンは突然一気に立ち上がり、エダの前に直立した。

 オージンの上に乗っかっていた二人は、彼の体から流れ落ちる様に、床へと顔を叩き付けられ、痛そうにする。エダは首を傾げ、不思議そうにオージンを見つめていると、オージンは両手を真っ直ぐに下へと伸ばし、体の横へピタリとくっ付けると、角度斜め40度に、綺麗に腰から上を前へと倒す。

 「すまない。鏡台を壊してしまった。」

 オージンがエダに向かって、頭を下げ謝ると、エダは鏡台の方へと目を向けた。真二つに割れ、破片や様々な物が散乱をしている事に気付くと、エダは表情を変える事なく言った。

 「ああ、本当ですね。ちゃんと片付けておいて下さいねぇ。」

 そう言うと、クルリと後ろを向き、地下室から出て行こうとした。そんなエダに驚いたオージンは、出て行こうとする彼女を引き止め、恐る恐る聞いた。

 「おいっ!お・・・怒らないのか?」

 オージンの問い掛けに、エダはまた首を傾げると、「ええ。」と一言だけ言った。それを聞いた三人、特にオージンは、ホッと肩を撫で下ろし、安心をする。

 「いやぁ~よかったねぇ、オージン。怒られなくてさぁ。」

 床に這い蹲ったままロキが言うと、ヘーニルも這い蹲ったまま、何度も頷いた。

 「あぁ・・・。そうだな・・・。」

 オージンは、胸に手を当てながら言う。そんな三人の様子を、不思議そうに見ていたエダ。

 「何故私が、怒ると思ったのですか?」

 キョトンとした顔でエダが聞くと、ヘーニルは顔をニコニコとさせて言った。

 「だって、備品を壊すと、エダはいつも物凄く怒るから。」

 エダはまた三人の方に体を向けると、表情を変える事なく言う。

 「それは本宅の物を壊した時です。あちらには貴重な物が多いので。こちらの遊び場の教会の物は、ゴミ同然の廃棄処分前の物しか置いてありませんので。知らなかったのですか?」

 エダがそう言うと、三人はお互いに顔を合わせると、またエダの方を見て頷いた。

 「それは、僕達が壊す前提で、そうしているの?」

 ヘーニルが聞くと、エダはコクリと頷いた。

 「子供部屋の壁紙と同じですよ。それより、ちゃんと片付けてから、本宅の方へ戻って来て下さいね。しかしながら鏡台を壊した位で、人間風情に頭を下げるなんて、安っぽい神様ですねぇ。」

 そう言い放つと、エダはまたクルリと体を後ろに向け、今度こそ地下室を後に出て行ってしまった。

 「だってさぁ~。安っぽい神様のオージン。」

 ロキはクククッと笑い、オージンの足を叩きながら言った。オージンはロキの手を足で払い除けると、ムッした顔をして言う。

 「さっさと片付けるぞ・・・。」


 散乱した地下室を片付け終えた三人は、そのまま教会の地下の廊下を、奥へと歩み進んでいた。教会の地下通路は長く続いており、ずっとその先を進むと、エダの言っていた『本宅』とへ繋がっている。

 本宅は教会から20分程歩いた町の中に在り、普段はそこで過ごしていた。教会は客人が来た時や、何かを行う時に使っており、言わば彼等の遊び場であった。地下を通じて、本宅と教会を繋ぎ、そこから両方を行き来し移動をしている。言うなれば、彼等の隠し通路だ。

 エダは元シスターであり、このイギリスの本宅と教会、両方の管理を任されている、人間であった。しかしこの寂れた教会のシスターではなく、れっきとした歴史有る、名の知れた別の、立派な教会のシスターだった。

 地下通路を進むと、やがて目の前に、二つの扉が見える。どちらも木材で出来ているが、一つはとても大きく、もう一つは、大人だと屈んで潜り抜けなければいけない位、小さな扉。ロキが大きい方の扉を手前に引いて開けると、その先には本宅へと入る事の出来る、階段が連なっていた。

 「さぁ、早く戻って、フカフカのソファーにでも寝そべろうかぁ。」

 ロキが嬉しそうに言うと、ヘーニルも嬉しそうに頷き、二人は扉を潜り、階段を上ろうとした。しかしオージンは、その場に立ち竦んだまま、進もうとはしない。後ろから着いて来ないオージンに気付いたヘーニルは、不思議そうに首を傾げた。

 「どうしたの?オージン。行かないの?」

 ヘーニルが聞くと、オージンは頷き、小さい扉の方を開けた。扉を開けた瞬間、冷たい空気が流れ込んで来る。

 小さい方の扉は、外へと繋がっていた。本宅の裏地に通じるその扉は、木々で囲まれ、その姿を隠している。

 「俺は、あの店のケーキ屋に行ってから、戻る。」

 そう言うと、オージンは扉を潜り抜け、外へと出て行くと、バタンッと扉を閉めた。ヘーニルは更に不思議そうに首を傾げる。

 「あの店は、もう閉まっているんじゃ?」

 「放っておきなよぉ。何か用事でもあるんだろう?私達は、先に戻っていればいいさぁ。」

 ロキがそう言うと、ヘーニルは心配そうに、オージンの出て行った扉を見つめながら、ゆっくりと大きな扉を閉めた。

 階段を上がると、ドアが一つ有り、そのドアを開けると長い廊下へと出た。向かい合わせの大きな扉を開くと、広いリビングになっており、その中へと入る。リビングには大きなフカフカのソファーが置いてあり、大理石で出来たテーブルに、高価な装飾品と、大型TV。それに見た事も無い様な物が、あちこちに飾られている。

 絵の中で光輝く宝石、水の無い水槽で優雅に泳ぐ金魚、黒色の花弁をした薔薇は、蔓が生きているかの様に、時折動いている。これらが、エダの言っていた貴重な物だ。全てはユグドラシルから、ロキ達が持ち寄った物。それらを管理しながら、エダはこの本宅に住んでいた。

 本宅は、外見はその辺の家と、対して変わらない大きさであったが、中は外見以上に広く、部屋の数も幾つもあった。その中でも一番広い部屋が、このリビング。寝る時以外の殆どは、ロキ達はリビングで過ごしている事が多いからだ。

 「ああ、やっと戻って来たのですね。トロ臭い。・・・オージン様はご一緒ではないのですか?」

 紅茶とお菓子を運んで来たエダは、オージンだけいない事に気付くと、辺りを見渡した。

 「彼ならあの店に行ったよぉ。」

 ロキはドカリとソファーに座ると、早速寛いだ。ヘーニルもチョコンッとソファーに座り、目の前に置かれたお菓子を、嬉しそうに食べ始める。

 「あの店・・・は、もう閉まっているのですが・・・。あのお方は林檎を食べ忘れて、アルツハイマーにでもなられたのですか?」

 エダが不思議そうに、紅茶を入れながら言うと、ロキはケラケラと笑った。

 「そうかもしれないねぇ。・・・ねぇ、それより、あの店ってどの店?」

 ロキは笑うのを止め、不思議そうにエダに尋ねると、エダも不思議そうに「さぁ?」と首を傾げる。


 外に出たオージンは、冷たい雪に覆われた、町の中を歩いていた。雪はいつの間にか雨に変わり始め、そのせいで溶けた雪が、凍り掛けている。歩道の上の雪は、行き交う人々の足跡型が幾つも出来ており、雨と溶けた雪が、靴の泥を洗い落としてくれていた。  

 田舎町と言う事もあり、殆どの店は灯りを消し閉まっていたが、街灯と飾られたネオンがチカチカと光り、然程町は暗くは無かった。そんな夜の町を歩くオージンは、一軒のケーキ屋の前まで来ると、その前で立ち止まった。ケーキ屋のシャッターは閉められていたが、彼は気にする事なく、店のシャターを背に凭れ掛ると、その場に留まった。

 しばらくは空からパラパラと降る雨を見上げていたが、ケーキ屋と隣の店との間に視線をやると、ゆっくりと顔を下げた。

 「来てくれたんだな。」

 静かな声で言うと、今度は視線をやった隙間から、女の子の声がした。

 「なんの用?ワタリガラスなんか寄こして・・・。よかったわね、偶々私がこの近くに居て・・・。」

 鋭く強い口調。女の子は身を隠す様に、姿を見せる事なく、声だけを発する。

 「下らない用事だったら、帰るから。私は忙しいの。」

 彼女がそう言うと、オージンは優しく言った。

 「大丈夫だよ、姿を見せても。ここら辺の店は全部閉まっているから、人も全く居ない。」

 オージンの言葉の通り、彼以外に人は誰一人歩いていなかった。周りの店も全て閉まっており、ここは所謂商店街の様な通りだった為、9時を過ぎれば、ゴーストタウンの様に、静まり帰ってしまう。

 確かに周りに誰も居ない事を確認すると、隠れていた女の子は、そっと隙間から姿を見せる。頭には黒い大きなリボンを付け、金色の綺麗な長い髪を靡かせ、海の様に深い青色の瞳。黒色のワンピースを身に纏い、険しい顔をし、ヘンリーと同じ顔をした少女が、ゆっくりと姿を現せた。

 「久しぶりだな、グレイス。」

 「そうでもないでしょ?オージン。」

 柔らかく微笑むオージンであったが、彼女の顔は険しいままだ。この少女が、ヘンリーの双子の妹、グレイスだ。

 「2週間も経てば、十分久しぶりじゃないのか?」

 「相変わらず抜けてるのね。2週間なんて、昨日と同じ様な物よ。」

 キツイ言い方をするグレイスだったが、エダに比べればまだ可愛い、と思ったオージンは、クスリと笑った。そんな彼の顔を見て、グレイスは更に険しい顔をする。

 「それで?なんの用なの?」

 グレイスの問い掛けに、オージンは思い出したかの様に笑うのを止め、真剣な顔へと変えた。

 「あぁ・・・。実は今日、ヘンリーが教会に来た。」

 オージンの言葉に、グレイスは目を丸くさせ驚くと、思わず声を露わにして言った。

 「何で?何であの子が来る訳?何しに来たの?」

 グレイスの声が、静まり返った町に響くと、彼女はハッし、今度は小さな声で言った。

 「ヘンリーはあの場所を知らないはずよ?何の場所かも、どうして?」

 グレイスの質問に、オージンは少し言い難そうに、答える。

 「いや・・・実は・・・・。こちらの手違いと言うか・・・そのっ。知ってしまったんだよ。だから来た。」

 グレイスはオージンを睨み付けると、更に強い口調で言った。

 「だからそのお詫びに教えたって訳?それで?彼は何を聞きに来たの?」

 そう言われると、オージンは更に言い難そうに言う。

 「うん・・・それが・・・あれだ。うん・・・不死に、ついてだ・・・。」

 オージンの言葉を聞くと、グレイスは全身で怒りを表すかの様に、オージンに怒鳴り付けた。

 「喋ったの?私については、黙っていると約束したでしょっ!約束を破ったの?」

 又も町中にグレイスの声が響き渡ると、グレイスは慌てて両手で、自分の口を塞いだ。

 「いやっ!俺達は約束通り、お前が不死になったと言う事も、その目的も話していない!ただ・・・その・・・。知ってしまっていたんだよ、ヘンリーが・・・勝手に。」

 言い訳の様に言うオージンを見て、グレイスはムッとした顔をする。

 「勝手に?どうせあんた達神様の誰かが、絡んでるんでしょ?」

 グレイスに図星を突かれたオージンは、話を逸らそうと、慌ててヘンリーの話しをした。

 「だが安心しろ!ヘンリーは不死にはなっていないし、それ所が、今頃は病院でぐっすり眠っているはずだ。」

 アタフタと言うオージンを、グレイスはじっと睨み付ける。しばらく睨み続けると、気が抜けた様に溜息を吐いた。

 「はぁ・・・まぁいいわ。いずれバレる事だったし・・・。それよりも、病院で眠っているって、どう言う意味?」

 怒りが収まった様子のグレイスを見て、ほっとしたオージンは、ロキが嘘を教えて帰した事を説明した。

 「だからヘンリーは『黄金の林檎』の存在をしらないし、ロキが与えた薬とレシピのせいで、ぐっすり眠っているだろう。眠っている間に、混乱した記憶も元に戻るかもしれないしな。」

 オージンの説明を聞いたグレイスは、じっと考えると、少し不安そうに聞いた。

 「ねぇ、薬とアルコールを一気に一緒に飲んで、死んだりはしないの?」

 「それは大丈夫だ。薬の量は、其程多くないし、アルコール度数100%と言っても、少量だしな。致死量には届かない。ただ安定剤やアルコールを飲んだ事が無い者には、少しキツイかもしれないがな。」

 それを聞いたグレイスは、ほっと安心をした。

 「そう・・・ならいいけど・・・。でもヘンリーは、安定剤は飲んだ事ないけど、お酒なら飲んだ事あるわよ?」

 「なら尚更、死ぬ事はないだろう。彼が居る病院の名前、教えておくか?」

 オージンが言うと、グレイスは不思議そうに首を傾げた。

 「知っているの?今日来たヘンリーが、その後どうなったのか・・・。」

 グレイスの質問に、オージンは得意げに笑って言った。

 「当然、知っている。お前の所に寄こしたワタリガラス。あの鳥は、俺がこの地上の情報を得る為に、飛ばしているからな。ロキの言ったレシピ通りにしていれば、本当ならヘンリーが病院に行くのは明日のはずだったが・・・彼は待ち切れなかった様だったな。」

 「ふぅ~ん・・・。どちらにしても病院送りじゃない。でも、別にいいわ。知ってしまったら、気になってお見舞いにでも行きたくなっちゃうし。それに私は忙しいし。」

 グレイスが冷めた口調で言うと、オージンはクスリと笑った。

 (心配をしている・・・と言う事か。)

 心の中でそう言うと、オージンは真剣な表情をさせた。

 「グレイス。ロキが言った様に、実際に不老不死なんてモノは存在しない。黄金の林檎は、俺達神が、若さを保つ為の物だ。それを人間が口にすれば、不老不死に似た体になるだけだ。確かに銃やナイフ、事故や病気では死ななくはなるが、寿命が来れば死ぬ。その寿命も、常人よりも何百歳か伸びただけだ。」

 真剣な眼差しで言うと、グレイスも真剣な顔をして言った。

 「分かっているわ、ちゃんとね。黄金の林檎の効き目が切れない限り、老化もしない事だって。人間には強すぎる薬って事でしょ。それでもいつか必ず死ぬのは、私が『死を免れない人間』だからって事もね。」

 相変わらず強い口調で言うと、オージンは小さく溜息を一つ吐き、優しい表情をして言った。

 「ロキがお前に林檎を分けたのも、俺達の正体を話したのも、お前の事を気に入っての事なんだ、グレイス。だからたまには、遊びに来いよ。」

 穏やかな声で優しく言うオージンだったが、グレイスは口調を変える事なく言った。

 「そうね、真実を教えてくれた事には感謝しているわ。でもキリスト教徒だった私にとっては、幻滅させられる様な話しばかりだったけど。暇が出来たら、顔を出すわ。」

 そう言うと、クルリと体を後ろに向けた。

 「お前な・・・。形だけ信者だった癖に偉そうに言うな。」

 オージンがむっとした顔で言うと、グレイスはクスクスと笑った。そんなグレイスの姿をみて、オージンはまた小さく溜息を吐く。

 「まぁいい・・・。もし俺達が居ない時に何かあったら、その時はエダに頼れ。英国の隠れ家の管理は、あいつに任せてあるからな。」

 オージンの『エダ』と言う言葉に、グレイスは顔だけオージンの方を向けた。

 「エダ?あぁ・・・あのシスターね。彼女も、『黄金の林檎』を食べたの?」

 「あぁ・・・まぁな・・・。それに、元シスターだ。」

 オージンはグレイスから目を逸らして言うと、そっと手を口元に翳した。

 「まぁ・・・言う必要もないか・・・。」

 グレイスには聞こえない位の小さな声で、ボソリと言うと、口元の手をグレイスの頭に置いた。

 「程程に頑張れ。」

 そう言うと、微かに笑い、ゆっくりと頭から手を退かした。

 「そうさせて貰うわ。じゃあ、私もう行くわね。一応逃亡者だしね。」

 グレイスは最後に皮肉を言ってみせると、クスリと笑い、ゆっくりと出て来た隙間の中入りに、消えて行ってしまった。オージンはグレイスの姿を見送ると、ほっと肩を撫で下ろした。

 「俺も帰るか・・・。寒いし・・・。」

 オージンも、ゆっくりと来た道を戻り、その場から姿を消した。


 本宅へと戻り、リビングの中へと入ったオージンは、ロキ、ヘーニル、エダの三人が、何かを囲む様にソファーに座っている姿を目にした。三人の顔は真剣その物で、特にヘーニルは、額に汗を滲ませながら、じっと一点だけを集中して見ている。

 不思議そうにソファーの後ろから覗き込むと、テーブルの上には、直径9㎝程の正方四辺形をしたタイルの様な物が置いてあり、その上には、青色に光る、小さい飴玉の様な丸い石が、高さ25㎝程上まで、宙に浮かびながら伸びていた。疎らではあるが、敷き詰められる様に隙間は少なく、どの石も触れ合う事も無く、プカプカと浮かんでいる。そしてそのタイルの周りにも、同じ石がそこから15㎝程離れて、疎らに二つ浮かんでいた。

 ヘーニルは疎らに浮かぶ周りの石の一つを指に摘まみ、目の前に建つ浮かぶ石の塔を、真剣な眼差しでじっと見つめていた。ロキとエダは胸をドキドキとさせ、そんなヘーニルを見守るかの様に、ヘーニルと石の塔を、交互にじっと見つめている。

 ヘーニルは、敷き詰められた塔の中に、ギリギリ石一つが入る隙間を見つけると、ゴクリと生唾を飲み込み、鼓動を高めながら、ゆっくりと指に摘まんだ石を、塔へと投げた。投げ込まれた石は、とても遅いスピードで浮かんだまま塔へと向かうと、他の石と石との間、スレスレをすり抜け、僅かな隙間の中へと入って行く。そんな石の行方を、三人は息を潜めながら真剣な表情で見守る。そしてヘーニルの投げた石が、他の石に当たる事なく、隙間の中にピタリと停まると、三人の体は一瞬息を止めたまま硬直し、その後一気に息を吐きながら、全身の力が抜けて行った。

 「はぁ~・・・。」と三人揃って溜息を吐くと、その後オージンが溜息を吐いた。

 「はぁ~・・・お前等・・・いい加減俺が戻った事に、気が付け。」

 自分達のすぐ真後ろから聞こえて来たオージンの声に、三人は慌てて後ろを振り返ると、そこにはガックリと首をうな垂れた、オージンの姿があった。

 「あぁ~戻っていたんだねぇ~。お帰りぃ。」

 ロキが苦笑いをしながら言うと、オージンは呆れ切った顔をして聞く。

 「お前等・・・ずっとこれをして遊んでいたのか?」

 ヘーニルがアタフタとし出すと、エダは全く悪びれた様子もなく言った。

 「ええ。オージン様の帰りが余りにも遅かったので、ロキ様に誘われ、一緒にずっと『パニックオン』をして遊んでおりました。本当は、私はもう自室へ戻って、ネットでオークションの続きをやりたかったのですがねぇ。」

 エダにそう言われると、ロキは困った顔をして、頭をポリポリと掻いた。そしてオージンは眉間にシワを寄せ、口元を引きつらせながら言った。

 「俺は誰かさんのせいで、残業をして来たのに・・・なに遊んでいるんだ!」

 そう言うと、近くに浮いていた最後の一個の石を、力任せに人差し指で、思い切り弾き飛ばした。

 弾かれた石は勢いよく塔へと向かうと、塔に浮かぶ石とぶつかり、ぶつかった瞬間、キィィィィーンと言う甲高いい音がリビング中に響き渡った。例えて言うなら、黒板を発泡スチロールで引っ掻いた時に出る、あの嫌な音だ。

 音が響くと同時に、宙に浮いていた全ての石が、次から次へとぶつかり合いながら、床に転げ落ちて行く。その度に先程の甲高い音が部屋中に響き渡り、四人は悶える様に体を捻じ曲げながら、両耳を必死に塞いだ。

 声にならない悲鳴を上げると、音が止んだ事を確認してから、ゆっくりと耳から手を離し、ロキ、ヘーニル、エダの三人は、思い切りオージンの頭を殴った。

 「なにをするんだよぉ!せっかく後一個でクリアだったのに!」

 ロキが怒鳴りつけると、それに続く様に、ヘーニル、エダも怒り出す。

 「そうだよっ!99個まで初めて行ったんだよっ!」

 「なんと言う事でしょう。人間が最も不快に感じる音を、ワザと出しまくるなんて。これはなんて嫌がらせですか?最高神特権の嫌がらせですか?」

 体中から怒りを満ち溢れさせ、ソファーの後ろで頭を抱え、蹲るオージンに詰め寄ると、三人はまたオージンの頭を殴り付けた。そんなオージン自体も、先程の音にやられた様子で、涙目になりながら、三人に謝る。

 「すまん・・・。俺が悪かった。これは俺が悪かった。もう軽率な行動はしない・・・。」

 そう言うと、後から体に押し寄せて来る悪寒にゾッとし、何度も両腕を摩った。

 

 三人が遊んでいた、この『パニックオン』は、アース神族の間で、ちょっとしたブームになっている遊び。

 ルールは至って簡単で、空中に浮かぶ石を、正方四辺形の空間の中に、石と石がぶつからない様に、飛ばして詰め込んで行く物だ。中に百個の石を詰め込む事が出来れば、音が鳴る事がなく、石は崩れ落ちクリアとなる。途中石同士をぶつけてしまうと、先程の様な嫌な甲高い音が響き、その音で全ての石が崩れ落ち、また嫌な音が何度も響き、その名の通り悶えパニックになる。単純ではあるが、力加減等がとても大事だ。

 そしてこの遊びは、参加者がお互い協力し合いながら進めて行くので、互いの絆を確かめ合う事が出来、信頼や絆を深める時にも役に立っている。逆に一人が失敗をすると、全員が巻き添えを食らうので、先程のオージンの様に、心置きなく相手を殴れるチャンスでもあった。

 真っ当な理由等無いが、とにかく気に入らないから殴りたい、と言う相手が居る時にも、役に立つ。


 「それで、オージンの残業って何だったの?」

 ヘーニルは相変わらず顔をニコニコとさせながら聞くと、オージンは思い切り彼を睨みつけて言った。

 「お前のせいだろう!」

 怒りを込めて言うと、オージンは足早にリビングを出て行ってしまった。

 「えぇ?99個にした僕のせいで、オージンは残業をするハメになったの?」

 オドオドとしながら叫ぶヘーニルに、ロキは溜息混じりに言った。

 「ゲームの事じゃないだろう?もっと前に、遣らかした事だろうにぃ・・・。」

 はぁ・・・と溜息を吐くと、ゆっくりと大きな窓まで近づき、そっと空を見上げた。空からはまだ、霰の様な雨がパラパラと降っており、窓に息を吐くと、すぐに白く曇ってしまう。それだけで体にまで外の寒さが伝わって来る様で、一瞬小刻みに体が震えた。

 「雪・・・かぁ~。大いなる冬の意・・・てぇ・・・所かな?それにしても・・・人間とは本当に不便な生き物だねぇ。全てに善悪が付いて廻ってしまうんだから・・・。ねぇ?グレイス。君の善は、ヘンリーにとっては悪だったみたいだよう?そして私は、いつまで自由の身でいられるのかねぇ・・・。フフッ・・君が秩序を正す時、私は混沌を招いてあげるよ・・・オージン神・・・。」

 ロキはクククッと、不気味な笑い声をあげた。自分だけにしか聞こえない位に、小さな声で。その笑い声は、静まり返る夜の空に、ゆっくりと消えて行った。


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