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GOD  作者: 小鳥 歌唄
二人の人間
3/9

ロキ

 静まり返った教会の中を進み、地下室へと下りる階段に差し掛かると、下からは強い風が吹き付けた。

 階段は礼拝堂の奥の、小さな扉の向こう側にある。木造で出来た内装は、歩く度にギシギシと音が鳴り、礼拝堂もここずっと使われた形跡はない。この教会の本拠地は、正に地下であり、地上の礼拝堂等飾でしかなかった。

 ジンはゆっくりと階段を下りると、コンクリートで囲まれた地下の廊下を進み、扉の無い、牧師の居る部屋の入口へと行く。入口から中へ入ると、牧師が嬉しそうな顔をして、出迎えて来た。

 「やぁ~お帰りジン。どうだった?今日の彼は。」

 両手を広げ、顔をニコニコとさせながらジンに近づく。

 「まぁまぁ面白かった・・・。グレイスの時は、普通過ぎるし素直過ぎたからな。」

 目の前に立つ牧師に向かって言うジンは、今までの話し方と変わり、言葉数も多く、物静かな言い方でもない。そんなジンの話し方の変化に、牧師は可笑しそうにクスクスと笑う。

 「あぁ・・・やっと普通に話せるって感じだねぇ~。クククッ・・・。」

 「仕方ないだろう。客が居る時は、余計な事を言わない様に、制約しているんだから・・・。」

  不満気な顔をすると、両目を閉じ、左手で左目を覆った。その手をゆっくりと上へとなぞると、そのまま髪を手で撫でる。すると黒かったジンの髪の色は、雪の様な真っ白な色へと変わっていった。そしてゆっくりと両目を開けると、左目は無くなり、空洞になっていた。

 「お前の提案だろ?その人間をそのまま見る為には、余計な知識やヒントを教えない方が分かりやすいからって、お前が制約させたんだろうが。」

 そう言いながら、コートのポケットから、革で出来た黒い眼帯を取り出すと、それを左目に取り付けた。上からと下から、紐を頭の後ろまで持って来ると、それを少し上の方でキツく縛る。その姿は、先程までの黒髪の気品溢れる青年とは異なり、真っ白い髪をし、左目には眼帯を付けた、異様な男へと変わる。

 「何度も言う様に、君は肝心な事は言わない癖に、余計な事はすぐに言うからだよぉ、オージン。」

 牧師がそう言うと、オージンはまた不満気な表情をする。『ジン』ではなく、『オージン』が彼の本当の名前だ。

 「しかし君も諦めが悪いねぇ。左目を取り戻す為とか言って、また余分な知識を得ようとするなんてさぁ~。よりによって、人間についての知識だなんて・・・今更って感じじゃないの?魔術を得た君にとってはさあ。」

 皮肉交じりに言う牧師であったが、オージンは気にする事なく、ヘンリーの座っていた椅子へと座り話す。

 「何人かの才能ある人間に、知識を分けてやった。だが奴等の中に、理解出来ない行動を取り始める者も居たんだ。人間と言う生き物は、本当に未知数だ。我々神にも理解出来ない部分が、多くある。俺はそこに、左目を取り戻す為の知識があるのでは・・・と思っているだけだ。」

 「ふぅ~ん・・・。最高神様も、落ちたものだぁ・・・。」

 牧師は小声で言うと、着ていた牧師の服の裾を持ち上げ、ぶら下げた十字架ごと、一気に頭から脱ぎ捨てた。

 「それとロキ。透明男のネタは、俺の話だ。勝手に使うなよ。」

 オージンは牧師服を脱ぐ彼に向って言うと、ムッとした顔をする。

 「あぁ・・・分かっているよぉ。ちょっと借りただけじゃないか。」

 クスクスと笑いながら答える牧師。服を床に脱ぎ捨てると、先程の中年の男ではなく、少年の姿をしていた。炎の様な赤い色の短い髪をし、真黒な瞳に、声も高く変わっている。

 オージンの言った『ロキ』と言うのが牧師の名前だ。牧師服の下には、黒いパーカーを着ており、下には黒いジーンズを履いていた。ぱっと見は、何処にでも居る、少年の様だ。

 「困っている兄弟の為に、人間相手に遊んでやっているんだぁ。少し位いいだろう?」

 クククッと、不気味な笑いをするのは相変わらずであったが、その少年の姿から、無邪気にも見える。

 「あー・・・やっと体が軽くなったやぁ。あの牧師の服、重かったんだよねぇ。」

 ロキは首をコキコキと左右に鳴らすと、両手を天井に向かって持ち上げ、思い切り背伸びをした。

 「それより、あの粉は何だったんだ?あんなデタラメばかり教えて・・・また来たらどうする?」

 伸び伸びと柔軟体操をするロキに対し、オージンは少し呆れた様子で聞いた。

 「デタラメ?違うよ、オージン。あの少年はクリスチャンだろう?ギリシア神話では、ネクターはれっきとした不老不死の霊薬とされていたんだ。人魚だって、西洋ではそう言い伝えられている。デタラメではないさぁ。」

 ロキの回答に、オージンは大きく溜息を吐くと、また呆れた顔で言った。

 「人魚に関しては、只の伝説だろ?ネクタルはそもそも、材料が下界では手に入らない物ばかりだし、只の噂話だ。それに最初のゼウスの話はなんだ?あの少年がクリスチャンだからと言って、例え話が全部ゼウスとは・・・そんなに俺の息子の事が気に入らないのか?」

 呆れ顔だったオージンは、段々と眉間にシワが寄り始める。両腕を前で組むと、右足は小刻みに揺れ、イラつかせていた。そんな彼の事等気にもせず、ロキはまた鏡台に飛び乗ると、相変わらず優雅に煙草を吸い始めた。

 「あぁ、ソールの事は大好きだよぉ。彼雷神だっけ?あぁ~だから無意識にゼウスの神話について語ったのかなぁ?あぁ・・・ついでにあの人魚の話、日本の漫画にあった物を、そのまま使ったんだぁ。この前たまたま読んでさぁ。知ってる?」

 クスクスと可笑しそうに笑うロキを見て、先程の少年、ヘンリーの気持ちが痛い程分かってしまうオージンは、今更ながら彼を哀れに思った。

 「それで?結局あの粉の正体は何だったんだ?」

 右足を揺らすのを止めると、足を組み、今度は落ち着いた表情で聞く。

 「あぁ・・・あれねぇ。あれは只の精神剤だ。」

 「精神剤?安定剤って事か?・・・どうしてそんな物を・・・。」

 不思議そうに首を傾げるオージンを見て、ロキはまた、煙草の煙を噴かせながら、クスクスと笑った。

 楽しそうに笑う、ロキの姿をじっと見つめていたオージンは、ハッと気が付いた様子で驚いた。

 「お前!無水エタノールを加える様に言っていたな。あれは、アルコール度数100%はあるぞ!あんな物と、精神安定剤を一緒に飲んだら・・・。」

 「そう、大変な事になるだろうねぇ。しかもあの薬は、ジプレキサ10㎎だからぁ~中枢神経抑制作用が物凄く働いちゃって、昏睡状態になるかもねぇ。」

 遮る様に言い、クククッとまた不気味に笑うロキに、オージンはまた大きな溜息を吐いた。

 「はぁ~・・・。なんだってまたそんな事を・・・。」

 呆れた様子で言うオージンに、ロキもまた呆れた顔をして言う。

 「あれ?やっぱり君、気付いてなかったんだぁ。今の彼に必要なのは、休息だよ。あの少年、かなり精神病んじゃってたみたいだからさぁ。」

 ロキの言葉に、オージンは更に首を傾げる。

 「病んでる?確かにグレイスの話と、ヘンリーの話しには食い違いが多かったが・・・。あれは病んでいたからなのか?」

 不思議そうに聞くオージンに、ロキは呆れた様子で言った。

 「仕方ないなぁ・・・。君は私が指示をした設定に、ちゃぁ~んと合わせてくれたから、お礼として説明をするよ。」

 「あぁ・・・俺もお前の客だった・・・とか言う設定か・・・。」

 オージンがそう言うと、ロキはニッコリと笑い頷き、説明をし始めた。

 「まずヘンリーの話しでは、グレイスの立場と、ヘンリーの立場が逆になっていた。覚えているかい?グレイスの話を。」

 ロキに聞かれると、オージンは少し考え、思い出す様に言った。

 「あぁ・・・確か兄の恋人の父親が、自分の父親の雇い主だったんだよな?グレイスの父親は大酒飲みで・・・今の収入だけでは足りないと言い、裏方の仕事も副業としてやっていた・・・。だったかな?確か。どの国にもよくある話だ。稼ぎの為に汚れ仕事もやる事は。・・・あれ?兄の恋人?」

 思い出しながら、自分で口にした言葉に、ふと疑問を感じ、オージンは何度も首を左右に傾げる。

 「あれ?ヘンリーの話しでは、確か妹の恋人の父親だったよな?・・・あっ!本当だ、逆だ・・・。」

 疑問に気付いたオージンは、軽く右手の拳を、左手の掌にポンッと叩くと、納得をした様に何度も頷いた。それに付け加える様に、ロキが言う。

 「それともう一つ!資産家だったのは、ヘンリーの方ではなくて、恋人の方だったって事だよ。つまり、実際はヘンリーの恋人が資産家の娘で、ヘンリーは恋人の父親に雇われていた男の子供。まぁ~ボランティアで出会ったって事は本当だろうけどねぇ。只自分の立場と、グレイスが入れ替わっちゃっていたんだよお。」

 「成程ね・・・。どうりで普通の話の割には、可笑しな少年だと思った。随分グレイスの話しと食い違いがあったからな。どこら辺で気付いたんだ?あの少年、ティーカップの事やら、よく知っていたが・・・。」

 ロキはニッコリと笑うと、煙草の火を鏡台の上に押し付けながら、淡々と説明をする。

 「彼が『教養の範囲だ』と言った辺りからかなぁ~。私は既にグレイスから、家の事は聞いていたからねぇ。父親は働きに出てはいる物の、大酒飲みで毎晩どこぞに飲みに出かける。家の事や寝た切りの母親の世話は、主に祖母がしていて、裕福と言える家庭では無いってさぁ。だからそんな『教養』なんてある訳もないし?あの肉に食らいつく姿を見れば、一目瞭然だぁ。どんなに育ちの良さを装っても、普段の癖って言うのは、中々完璧には隠せないからね。彼の言葉使いにも、普段の癖が出ていたよぉ。」

 「あぁ・・・確かに、言われてみればそうだな。だったら何故知っていたんだ?あのお前が言っていた、『帝王学モドキ』って言う事も・・・。」

 「あぁ~あれねぇ。大方、恋人から聞いた話しや、教えて貰った事を言っていたんだろう。ティーカップも、恋人に教わった知識だろうねぇ。」

 ロキは鏡台の上に、体を横にして寝転ぶと、左ひじを付け、頭をその手の上に乗せた。左足を鏡台から落とし、ブラブラと揺らし、思い切りリラックスをした態勢をしながら、オージンに説明を続ける。

 「まずグレイスの話だぁ。彼女の話では、父親の雇われ先の会長が、兄ヘンリーの恋人の父親で、稼ぎを増やす為にそいつから汚れ仕事を受け持った。ヘンリーから恋人に頼む様な形を取って。詳しい仕事内容は知らない。グレイスも知らない。だがその必要が無くなり、父親は副業が無くなりまた稼ぎが減った上、本来の仕事もクビになったぁ。しかし退職金は山ほど貰っている。口止め料か何かかなぁ?父親はそれで満足をしていたが、そのせいで新しい職に就こうともせず、前以上に飲み歩く様になったぁ。その結果が家庭内暴力。まぁそれは前からあったんだろうが、更に酷くなったんだろうねぇ。そしてグレイスとヘンリーは学費すら出して貰えなくなり、泣く泣く中退。祖母は毎晩嘆き悲しみ、介護と息子の不甲斐無さの疲れと苦しみから、グレイスの母親を絞殺し、自らも自殺。ってぇ~ここまでは分かるよねぇ?」

 オージンが無言で頷くと、ロキもまたニッコリと笑い頷いた。

 「そこでヘンリーの話に変わる。彼の話は、グレイスの恋人の父親が、自分の父親の会社で下働きをしていた。この時点で話が違うのは、もう分かっているからいいよね?」

 「あぁ。」

 「うん。で、彼の話しによれば、不要となったグレイスの恋人の父親をクビにし、再就職が出来ない様、裏で糸を引いていた。アル中だと噂を流し、採用が決まれば雇い先にお金を渡し・・・とかでぇ。その理由が、スキャンダルを恐れてって事だったけどぉ~・・・。まぁ映画の見過ぎだねぇ。ハハハッ。」

 そう言うと、ロキは可笑しそうにケラケラと笑った。

 「それで?続き。」

 オージンが話の続きを促すと、ロキは笑うのを止め、詰らなさそうな顔をする。軽く溜息を吐くと、仕方なさそうに、話の続きをした。

 「君は本当に、面白みが無いねぇ・・。」

 「・・・・・・・。」

 「まっ、いいけど。ヘンリーの話しでは、父親が無理心中をして、家に火を点けたと言っていたが、無理心中を図ったのは祖母だぁ。まぁ、実際に殺したのは嫁だけなんだけどねぇ。ヘンリーの話しと、グレイスの話しで同じ事は、立場が逆になっているとは言え、葬儀代の寄付をした事かなぁ。二人揃って良い喪服を着ていたのが、その証拠だぁ。で、だ!誰が父親を殺し、家に火を点けたかと言うと・・・それはヘンリーだ!」

 嬉しそうに言うロキ。オージンはまた不思議そうに首を傾げると、グレイスの話を思い出し言った。

 「ヘンリー・・・?あぁ・・・確かグレイスは、母親と祖母の葬儀の相談から帰って来たら、家が燃えており、その前に、ヘンリー一人が茫然と立ち竦んでいた・・・と言っていたな。」

 「そう!だからグレイスも、察したんだろうねぇ。ヘンリーが父親を殺し、家に火を点けたってさぁ。グレイスの話では、ヘンリーは父親の暴力が酷くなってから、様子が可笑しかったと言っていたからねぇ。その辺りから、彼は壊れ初めていたんだろうね。で、彼を完全に壊した切掛けとなったのが、母親と祖母の死。父親と家で二人きりの時、何があったのかは知らないけど、家に火を点けた時、彼の思考は止まった。現実逃避とも言うんだろうかねぇ~。」

 ロキの話を聞いていたオージンは、少し考え込むと、ふとした疑問が頭に過った。

 「なぁ・・・。一つ疑問なんだが、二人の着ていた喪服は?なんであんな良い服を着ていたんだ?金は無かったんだろ?」

オージンの疑問に、余りに下らなさを感じたロキは、ガックリと首をうな垂れ、深く溜息を吐く。

 「はぁ~・・・。君ねぇ・・・本当にミーミルの泉の水を飲んだのかい?と言うより、私の話しをちゃんと聞いていたのかい?言っただろう、葬儀代の寄付の話は本当だと。まぁ、それはヘンリーの恋人が父親に頼んでやった事だろうけど・・・家が丸っと燃えてしまったから、葬儀に着て行く喪服もあげたんだろうよぉ。」

 「あぁ・・・成程・・・。」

 納得をするオージンを見て、ロキは更に深い溜息を吐く。半分呆れながらも、どこか可笑しそうに、クククッと笑うと、また話の続きを始めた。

 「まぁ問題はその後だ。その時点では、多分まだヘンリーの記憶は擬装されていなかったと思う。ただの抜け殻だっただけ。確かグレイスは、家族の葬儀にヘンリーの恋人も、その父親も顔を出した、と言っていたよねぇ?グレイスが大人の事情を知ったのは、その時だぁ。」

 「あぁ・・・確か、グレイスが彼の恋人と父親を、殺したのもその時だと言っていたな。」

 「そう!ヘンリーの記憶が擬装されたのもその時。」

 ロキはニヤリと笑うと、悪巧みをした子供の様な顔をした。

 「グレイスは家族をめちゃくちゃにされ、腹が立ったから殺した、と言っていたがぁ~・・・あれは嘘だな。私はその時、あえて何も言わず、信じた振りをしていたけどぉ・・・。それだけの理由で『一族を血祭』なんて大胆な事はしないと思うよう?」

 「だったら本当の理由はなんだ?」

 「グレイスは父親の汚れ仕事を『知らない』と言っていたが、恐らくその時に知ったんだろう。そして誘われた。これは私の憶測なんだがぁ・・・。」

 焦らす様に、言葉を濁して言うロキに、オージンはイラついた様子で軽く舌打ちをすると、目の前にあるテーブルを、人差し指でコンコンッ、と軽く叩いた。

 「分かったよぉ。これはあくまで私の個人的な考えなんだが、資産家って言う奴等は、変わったコレクターや、変態共が多い。それはその辺の奴等も同じな訳だが、その辺の奴等と資産家との違いは、手に入る、入らないだぁ。資産家って位だからねぇ、人脈も金もある。恐らく、ヘンリーの恋人の父親は、その斡旋でもしていたんだろうよぉ。彼の父親は、その商品集めって所かなぁ?グレイスとヘンリーは、二人とも綺麗な顔をしている。その上双子となると、いい商品だったのかなぁ?マニアにはたまらないだろうねぇ。クククッ。」

 ロキは不適な笑い声をあげた。オージンはロキの話に関心をしながら聞き、頷きながら、納得をする様に言う。

 「確かに・・・あの二人は綺麗な金髪をしていた上に、瞳の色も綺麗なブルーだったな。顔立ちも整い、歳も十六・・・か。どちらも身売りには最適だろうな。」

 「観賞用としてもねぇ。」

 薄気味悪い地下室に、薄気味悪い二人。そして薄気味悪い話しの中に、薄気味悪い笑い声が加わる。

 「きっとその話はヘンリーも聞いていたよう。だってほらぁ、記憶の錯乱と言っても、本当に憎しみだけでグレイスを殺そうと思うのなら、全てをグレイスのせいにして話せばいい事だ。恋人を殺された復讐として・・・ねぇ。でも彼は、そうじゃなかった。正当な理由でも作ったかの様な物言いだった。それは彼に後ろめたさがあるからだぁ。全てがグレイスのせいではないって、何処かでちゃあ~んと、分かっているからなんだよ。それでもやっぱりグレイスが許せなかったのかねぇ?」

 「だが目の前で恋人を妹に殺された事は事実・・・。」

 「だから彼は混乱したのさぁ。」

 「そして・・・壊れた・・・か。」

 「まっ、そう言う事かなぁ。恐らくグレイスは、自分と同じ様な子供が他にも居る事を知り、一族・・・と言うより、その商売を潰そうと思ったんだろうねぇ。まぁ、ヘンリーの恋人が、彼の事を本当に愛していたかは、私にも分からないけれど。」

 そう言い終えると、ロキはまた煙草を吸い始め、ゆっくりと煙を吸っては吐いてと、休息をする様にしていた。

 オージンはこれまでの話を頭の中で整理をすると、顎に手を添え、じっと考え詰め、ゆっくりと目を閉じた。

 目を閉じると、頭の中にグレイスとヘンリーの、それまでの姿が走馬灯の様に過ぎる。それを何度も何度も繰り返していると、二人が柩の前に立ち竦み、その目の前に一人の男が、二人に話しかけている姿が頭に浮かんだ。それと同時に目を開けると、独り言の様に言った。

 「そうか・・・。分かったぞ。二人の分岐点だ。」

 オージンの言葉を耳にしたロキは、煙草の火を鏡台に押し付け消すと、ゆっくりと体を起こした。

 「一卵性双生児であった二人が、こうも別々の道を選んだ分岐点。それがあの葬儀の時か。グレイスの失敗は、あの時二人を殺した所から始まり、そして既に終わっていたんだ。ヘンリーはそこで現実を受け入れなかった事で失敗が始まった。そして失敗に終わったのが・・・ここへ来た事・・・か。」

 ブツブツと言うオージンの言葉に、ロキは嬉しそうな顔をして、パチパチと拍手をした。その拍手に気付いたオージンも、微かに嬉しそうな顔をする。

 「正解だ!ちょっとは分かって来たんじゃないのかい?人間の『失敗に始まり、失敗に終わる』部分はさぁ。そして何故、彼等は同じ過ちを何度も繰り返すのか・・・。ここまで分かれば、完璧なんだろうけど・・・流石に私にもそればかりは分からないねぇ~。」

 そう言って、軽く溜息を吐く。

 オージンは肩の力を抜き、息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり、ロキの座る鏡台の側へと歩み寄った。ロキに向かって、ニコリと笑うと、軽く頭を撫で、彼の隣に腰かけた。

 「しかし俺には分からない事が、もう一つある。」

 ロキは不思議そうにオージンの顔を見上げると、軽く首を横に傾げた。

 「どうして既に終わってしまっていたグレイスに、『黄金の林檎』をあげたんだ?せっかく苦労して、イズンからくすねてきた物なんだろ?お前は、終わらすのは好きな癖に、終わってしまった者には、興味が無いんじゃなかったのか?」

 優しげな声で言うオージンに、ロキは照れた様子で、少し頬を赤くすると、ソッポを向いて言った。

 「只の気まぐれだ。それに、不老長寿は存在するが、不老不死なんて物は存在しない。私達神でさえ死は訪れるんだ。『死すべき定め』の人間からすれば、尚更・・・・。グレイスは美しかったからねぇ、その美しさを、老化により摘まれてしまうのが惜しかっただけだぁ。それに壊れてはいなかったし。ヘンリーは終わっている以前に、壊れてしまっていたからなぁ。フンッ、だから私が、終わらせてやっただけさ。」

 照れ臭そうに言うロキの姿を見て、オージンは優しく微笑んだ。そしてまたロキの頭を軽く撫でると、傍らに置いてあった煙草に気付き、箱の中から一本の煙草を取り出すと、それをじっと見つめた。

 「無理して吸う事はないんだよ?」

 横目でそんなオージンの姿を見ていたロキが、そう言うと、オージンは無言で頷き、またじっと一本の煙草を見つめる。

 「なぁ、ロキ。ヘンリーはどうやってこの場所を知ったんだ?」

 見つめる煙草とは何の関係もない質問に、ロキは顔をキョトン、とさせ、首を傾げた。

 「さぁ?グレイスにでも聞いたんだろう?」

 「グレイス?グレイスは確か、この教会の事は、祖母の遺品整理をしている時に、祖母の昔の日記を見つけ、そこに書いてあった・・・と言っていたな?」

 「あぁ・・・。」

 不思議そうな顔をするロキとは裏腹に、オージンは真剣な眼差しで、一本の煙草を見つめて話す。

 「その時ヘンリーは、既に上の空で、グレイスが何を言っても、返事もしなかったと言っていたな?」

 「あぁ、そうだったが・・・それがどうしたぁ?」

 「遺品整理も、葬儀の手配も、全てグレイスが一人でやっていた。グレイスが家に戻った時には、家は既に炎に包まれ、遺品もろ共燃えてしまっている・・・。ヘンリーが何かを手にして立っていたとは、聞いていないし・・・その時彼の心にそんな余裕は無かっただろう。たまたまその日記を目にしていたとしても、抜け殻のヘンリーが覚えているはずが無い・・・。」

 ブツブツと一人、煙草と睨み合いをしながら言い続けるオージンの姿を、ロキは不思議そうに眉間にシワを寄せ、首を傾げ見つめていた。

 すると突然、オージンは手にした煙草を思い切り握り潰し、目を見開いてロキの顔を見た。

 「おいっ!グレイスがここに来たのは、いつだった?」

 急に目を見開き、大きな声で聞いてくるオージンに驚いたロキは、思わず体がビクリと跳ね上がり、慌てながら答える。

 「えぇ?なんだ?いきなり!えっと・・・確か・・・殺して逃げて・・・日記の事を思い出して来たって言っていたからぁ・・・。葬儀の次の日位じゃないのかぁ?喪服のままだったし、グレイスが来た日は、雨が雪に変わり掛けていた時だったから、血も付いて無かったし・・・。」

 驚きながらも答えるロキの言葉を聞いて、オージンは更に目を見開き、ロキの両肩を力強く掴むと、更に大声で聞いてきた。

 「なら、二人を殺してから、ヘンリーには会っていないって事だよな?そうだな?」

 ロキの肩を大きくユサユサと揺らしながら、何度も聞いてくる。

 「ここを出た後も、ヘンリーには会っていないのか?」

 体を大きく揺さぶられながら、ロキもまた大声で答えた。

 「あっ・・・会っていないだろう!殺してからは警察からも逃げていただろうし、ここを出た後も、ヘンリーに会えば警察が待ち構えていると考えるのが普通だから、会いには行けないだろうさあ!」

 ロキの言葉を聞いたオージンは、彼の体を揺らすのをピタリと止め、今度は思い切り両肩をしっかりと握りしめた。そして焦りと不安の混じった表情をし、額に汗を浮かび上がらせながら、問い掛ける。

 「だったら!何故ヘンリーは知っている?この場所も、グレイスが不死になったと言う事も、彼女が一族を皆殺しにしようとしている事も!誰から聞いた?」

 オージンの問い掛けに、ロキもハッと気付き、彼の額にも一筋の汗が流れ落ちた。

 「そうだ・・・あの少年は、何故知っていたんだ?彼がここに来た今日は、グレイスがここを出た2週間後だ。それなのに、彼は『数か月前』と言っていた・・・。それはヘンリーの記憶が錯乱しているから、時間の感覚も錯乱しているだけだと思っていけど・・・。」

 「可笑しいだろ?2週間の間に、グレイスは殺した奴等の家族を、後2人殺している。ヘンリーに構っている暇はなかったはずだ!それなのに、何故あいつは知っている!恋人の母親と、兄も殺された事も!精神が錯乱しているあいつに、そんな情報を手にする事が、まともに出来るか?」

 「あ・・・。」

 ロキの体と言葉が固まると、沈黙が訪れた。

 蝋燭の火が風に揺られ、影が大きく動くと、静止した二人は、ゴクリと生唾を飲み込み、オージンはゆっくりとロキの肩から手を離す。ロキはそっと体を後ろに逸らすと、静かな声で呟いた。

 「バレてる・・。」

 ロキの一言に、オージンは無言で頷いた。

 「ヤバイ・・・バレてるよ!黄金の林檎をくすねた事、ブラギにバレてるよぉ!」

 突然慌て出すロキに対し、オージンは慌てると言うより、怒り始めた。

 「だから言ったんだ!止めておけと!何が下界にしばらく隠れていれば平気だ?しっかりとバレているじゃないか!お前のせいだぞ!」

 怒り出すオージンに、ロキも慌てながら怒り始める。

 「同罪だろう!それに下界に隠れると言ったのは君だろう?大体、元々は旅行に行こうと誘った君が悪いんだあ!」

 「あんな巨人に化かされるお前が悪いんだろ!」

 「君は助けてくれなかったじゃないかぁ。ヘーニルはオドオドしているだけで役に立たなかったし、あの場合君が助けるだろう?普通!」

 「お前が逆上して、棒を振り回すからいけないんだ!たかが肉の為に怒って!」

 「君だってお腹を空かせていただろう?私だけのせいかい!」

 段々と言い争いになりながらも、ロキとオージンは逃げる様に慌ただしく、荷造りをし始めていた。

 「俺にも立場って物があるんだ!いいか、ヘンリーに色々と教えたのは、絶対ブラギだ!何で・・・そんなに時間が掛ったのかは、分からないけれど。」

 そう言いながら、鏡台の引き出しの中から、大きな白い、絹で出来た袋を取り出した。

 「多分それは、ヘーニルがブラギにチクるかどうか、数か月悩んだせいだ。あぁ~もう・・・黙ってろと言ったのに・・・。悩んでミーミルに相談をして、また悩んでいたんだろうねぇ。あの優柔不断君はさぁ。」

 そう言いながら、ロキは鏡台の後ろにある、床に付いた小さな取っ手を引っ張った。取っ手を引っ張ると、直径50㎝程の正方形の扉が開き、扉の向こうには、小さな収納スペースがあった。その中にはギッシリと、真っ赤な林檎が詰め込まれており、ロキとオージンは、急いで袋の中に林檎を詰め込み始める。

 「君さぁ、本当は分かっていたんだろう?あの鷲が巨人の化けている姿だったってさぁ。魔術使えるんだから。」

 林檎を詰め込みながら、ロキはオージンに言う。オージンも又、林檎を袋に詰め込みながら言った。

 「あの鷲が魔法をかけていたから、肉が焼けなかったのは分かっていた。だから教えただろ?それでちゃんと魔法を解く様に、交渉したじゃないか。魔法を解いてくれれば、肉を分けると。それをお前が、食い意地を張って・・・。」

 「だってあいつ、一番美味しい所を持って行ったんだよう?頭に来るじゃないかぁ!だからちょっと・・・仕返しに棒で殴ってやろうかなぁ~って思ったんだよぉ。」

 苦笑いをするロキに、オージンは大きく溜息を吐いた。

 「そのせいで、お前痛い目みたんだろ?」

 「あぁ、痛かったよぉ~。体中に木々がバチバチ当たって、素晴らしい空中散歩だったよ!」

 嫌味ったらしく言い放つと、また一瞬沈黙が訪れる。二人の作業をする手も止まり、睨み合いが続くと、ロキが一言言い放った。

 「君は見ていただけだけどね・・・。」

 また睨み合いの沈黙が続くと、今度は怒鳴り合いが新たに始まる。

 「だからと言って、あんな事を承諾するな!」

 「仕方ないだろう?でなきゃ降ろしてくれないんだから、イズンと林檎を持って来るしかなかったんだよぉ!」

 「そのせいで、ブラギや他の神が激怒したんだぞ!」

 「だがちゃんと私は、イズンも林檎も取り返して来ただろう?そのお陰で、あのムカつく巨人だって始末出来たんだしねぇ。」

 バンバンと床を叩きながら言うロキに、オージンも負けずと、バンバンと床を叩き付け始める。

 「その後、そいつの娘をなだめる為に、どれだけ苦労したと思っているんだ!」

 「それに関しては、私だって協力しただろう?彼女を笑わせたのは私だぁ!」

 「だからと言って、その過程で林檎をこんなにもくすねて来るのは、良くないと思うんだけどね、ロキ。オージンも、ロキに唆されて、左目を取り戻す協力を受ける為に、黙示するのは、最高神として問題があると思うよ。僕は。」

 突然、怒鳴り合いをしていたロキとオージンの声の間に、穏やかでおっとりとした、柔らかい声が聞こえて来た。その声を耳にした二人は、ピタリと言い争うのを止め、バシバシと床を叩く、体の動きも止まり、ゆっくりと声の聞こえる方へと顔を上げる。

 鼓動が一気に高鳴り、恐る恐る声の聞こえた、鏡台の方へと顔を上げてみると、そこには長い金髪の髪をし、ニッコリと優しい笑みを浮かべて覗き込む、若い男の姿があった。男は鏡台の上から、床に座って林檎を袋の中に詰め込んでいる二人を、ニコニコと見つめている。そんな男の姿を見て、ロキとオージンは、目を真丸くさせた。

 「ブラギじゃ・・・ない?」

 ロキが呟くと、続く様にオージンも呟く。

 「ヘ・・・ヘーニル・・・か?」

 二人の呟きを聞くと、男はニッコリと笑い、頷いた。

 「うん。ヘーニルだよ。それにしても、本当に盗んだんだね、ビックリだ。」

 目をパチクリとさせながら、二人の足元に転がる林檎を、ヘーニルは一つ手を伸ばして取ると、それをまた目をパチパチとさせながら眺めた。

 一気に力が抜けたロキとオージンは、手に持つ袋と林檎を床に落とし、ガックシと首をうな垂れた。早く打つ鼓動は、徐々に治まり、二人揃って深く溜息を吐くと、ロキは安心感から、その場にバッタリと寝そべった。

 「なぁ~んだぁ。ブラギじゃなかったのかぁ。ビックリしたなぁ~。」

オージンは、首をうな垂れたまま言う。

 「だからと言って、安心は出来んぞ・・・。バレるのも時間の問題だ。」

 また二人からは、深い溜息が零れる。そんな二人の様子を、首を傾げて見ていたヘーニルは、不思議そうにロキに尋ねた。

 「ねぇ、ロキ。なんでブラギにバレたと思ったの?」

 ヘーニルの質問に、ロキは寝そべったまま、力無く答える。

 「あぁ・・・ヘンリーがここの場所を何故か知っていたりとしたから、ブラギから聞いたと思ったんだよ。だからバレてたのかなぁ~ってぇ。」

 「ヘンリー?」

 ロキの回答に、また首を傾げるヘーニルに対し、今度はオージンが力無く言う。

 「双子の弟だ。今日ここに客として来た、金髪美少年の人間だ。」

 それを聞いたヘーニルは、思い出したかの様に、口を大きく開け、飛びきりの笑顔をして言った。

 「あぁ!あの金髪の、青い瞳をした男の子か!確か双子の妹さんを探していたんだよね?へぇ~・・・ヘンリーって言うんだ。」

 ヘーニルの言葉に、ロキは飛び起き、オージンは、一気に顔を上げ、二人してヘーニルの方を見た。

 「おいっ!お前、何であいつの事知っているんだ?」

 驚いて聞くオージンに、ヘーニルは爽やかな笑顔をして答える。

 「あぁ、ここへ向かう途中、彼がお墓の前で倒れているのを見つけてさ。それで、病院まで連れて行ってあげたんだけど、ずっと魘されていたから心配で・・・しばらくは側に居たんだ。またここへ来る途中・・・って今日なんだけど、彼がここから出て行く姿が見えたからさ。」

 そう言うと、ニッコリと笑った。ロキはじっと、ヘーニルの顔を睨む様に見つめ、少し低い声で聞いた。

 「もしかして、ヘンリーにここの事や、グレイスの事を教えたのは、君かい?」

 ヘーニルは、満遍無い笑みを浮かべ、ニッコリとまた笑うと、嬉しそうに頷いた。

 「うん、僕だよ。彼がね、妹がどうしているか、知りたいって言うから、教えてあげたんだ。そしたらビックリだよね!まさか二人が、人間にあの林檎をあげているんだから!それよりも、本当にどさくさ紛れに林檎を盗んでいる事に、もっとビックリしたよー。アハハハハハッ。」

 嬉しそうに笑い出すヘーニル。

 ロキは一気に立ち上がり、ヘーニルの首へと腕を回すと、彼の首をギュウギュウと絞め付けながら、引きつった笑顔で言った。

 「なぁ~んだぁ!君だったのかぁ!慌てて損したよう。もし君がブラギにチクっていたら、どう殺してやろうか、考えていたんだぁ~。」

 ヘーニルは自分の首を絞める、ロキの腕をパンパンと手で叩きながら、笑いながら言う。

 「アハハッ、ロキ、君が言うと冗談に聞こえないよ。」

 一見じゃれ合う様に見える二人の姿だったが、ロキからは怒りがヒシヒシと伝わって来る。

 オージンは、胸に手を当て、ほっと肩を撫で下ろすと、バッタリとそのまま、仰向けに倒れ込んだ。そんな彼に気付いた二人は、じゃれ合うのを止め、そっとオージンの顔を覗き込む。

 「大丈夫かい?」

 キョトン、とした顔でロキが聞くと、オージンは無言で何度も頷いた。ロキとヘーニルは、お互い顔を見合わせると、また倒れ込むオージンの顔を覗く。

 (心臓が・・・心臓が、目から飛び出るかと思った・・・。)

 心の中でそう思ったオージンは、胸に当てた手を、そっと左目に翳した。

 「しかし、君はなんだってここに来たんだい?ヴァナヘイムルに居るはずだろう?」

 ロキがヘーニルに聞くと、ヘーニルは頭を掻き毟ったり、指をモジモジと絡めさせたりと、恥ずかしそうな素振りをし、中々答えようとはしない。

 何かを言おうとしては、言うのを止まり、溜息を吐いたりと、煮え切らない態度をするヘーニルに、ロキは呆れた様子で、深い溜息を吐いた。

 「はぁ~・・・相変わらず優柔不断で、ハッキリしないねぇ~・・・君は。」

 「アハハ・・・。」

 困った様子で、ポリポリと頭を掻くと、ヘーニルは寝そべるオージンに向かって言った。

 「あのさ・・・オージン・・・。これ聞いても、怒らない?」

 恐る恐る聞いてくるヘーニルに、オージンはチラリと視線だけで一瞬彼を見ると、床に付いた手に力を込め、体を一気に起こした。

 「内容にもよる。が、お前がこの事を黙っていると誓うのなら、怒らない。」

 先程の気の抜けたオージンとは違い、真剣な眼差しでヘーニルを見つめ言うと、ヘーニルは飛び切りの笑顔をした。

 「うん!絶対に誰にも言わないって誓うよ。特にブラギにはね。」

 ヘーニルがハッキリとした声で答えると、ロキとオージンはお互いに顔を見合わせ、頷く。

 「それで?なんで君はここに来たんだい?」

 もう一度ロキが聞くと、ヘーニルは顔を赤くしながら、恥ずかしそうに答えた。

 「追い返されちゃったんだ。えへへ。」

 舌を出しながら、お茶目に言ってみせるヘーニルだったが、その言葉を聞いたロキは、クスクスと笑い出し、オージンの顔は思い切り引き攣った。

 今にもヘーニルに飛び掛かりたい気持ちで一杯だったオージンだったが、先程の自分の言葉を思い出し、必死に怒りを抑える。

 「そうか・・・追い返された・・・か・・・。よし、怒らないと約束したから、怒らない・・・。」

 自分に言い聞かす様に言うと、鏡台の上から顔を出すヘーニルの頭をがっしりと掴み、顔を近づけた。

 「それで?一緒に行ったミーミルはどうした?」

 怒りを抑えながら、静かな声で聞くオージンに、またしてもその怒りを煽る様な答えを、ヘーニルは言ってくる。

 「あぁ、知らない。」

 「知らない・・・だと?」

 オージンの口元が、より一層引き攣る。

 「うん。僕がすぐにミーミルに頼らない様にって、別々にされちゃったから。」

 平然とした顔で言ってくるヘーニルに、オージンはパンチの一発でも、顔に打ち込んでやりたい気持ちであったが、ぐっと堪え、彼の頭から手を離した。

 「そうか・・・分かった・・・。」

 静かにそう言うと、右手の拳をギュッと握り込み、それを脇腹までゆっくりと引くと、スゥーっと息を吸い込んだ。そして息を吐くのと同時に、力一杯その拳を、鏡台に向って一気に突き付ける。

 オージンの混信のパンチを喰らった鏡台は、バキッと言う大きな音を立て、真二つに割れた。

 「わあああああぁぁぁ!」

 「おいっ!」

 鏡台の上に乗っかっていたヘーニルは、叫び声と共に鏡台諸共下へと崩れ落ちてしまう。ロキは慌てて、飛び散る破片から逃げる様に、後ろへと下がった。

 スローモーションの様に、ゆっくりと崩れ落ちる、鏡台とヘーニル。ドンッと言う、ヘーニルが床に落ちる音がすると、オージンはハァハァと息を切らせながら言った。

 「分かった・・・怒らない・・・。」

 目をギラギラとさせながら言うオージンを見て、ヘーニルは手で頭を覆いながら叫んだ。

 「怒っているよ!殴ってはいないけど、怒っているよ!」

 そしてズルズルと体を引きずりながら、ロキの側まで行くと、その後ろに隠れた。

 「おいっ!私の鏡台だぞ!勝手に壊すなよ!」

 ロキがビックリした顔で叫ぶと、オージンはハッと我に帰り、無残にも二つに引き裂かれた鏡台を見て、「すまん・・・。」と一言謝る。

 (鏡台に謝るのか・・・私には謝らないのか?)

 ロキは不満そうな顔をすると、自分の背中隠れるヘーニルの頭を、軽く叩いた。

 「痛っ!」

 ヘーニルが頭を痛そうに撫でていると、そんな彼の姿を見たオージンは、驚いた顔をして言った。

 「おい!お前なんだ?その格好は?」

 オージンの指摘に、ロキもふとヘーニルの方へと目を向けると、突然ケラケラと大声で笑い出した。

 「ハハハハハッ!本当だぁ~!なんで君、サンタの格好なんかしているんだい?」

 鏡台から顔だけを出していたので、今まで全く気が付かなかったが、何故かヘーニルは、サンタクロースの衣装を見に纏っていた。

 ロキは大笑いをしながら、ヘーニルの背中をバシバシと叩く。オージンは呆れた様子で、茫然と座っていた。

 「あぁ、これね。着ていた洋服がボロボロで、ここへ向かう途中に、暖かそうな良い服を見つけたから、着替えたんだ。」

 ニコニコと嬉しそうに説明をするヘーニルに、オージンからは大きな溜息が零れる。

 「君、それがなんの衣装か知ってるのかい?」

 からかう様にロキが言うと、ヘーニルは自信満々に答えた。

 「当然、知っているよ。クリスマスの前の夜に、子供達にプレゼントを配る、サンタクロースが着ている衣装だ。この時期になると大量に出回る。ミーミルから教えて貰った。」

 「サンタクロースは架空の人物って事もかい?」

 「えぇ!そうなの?サンタクロースは居るんじゃないの?来る途中にも、沢山見たよ?」

 驚いた顔をするヘーニルを見て、ロキはまたケラケラと笑った。

 「居る訳ないだろう?ただのお伽話さぁ。君、神の癖に信じていたの?その辺に居るサンタは、皆仕事でその衣装を着ているだけだよう。あーなら君も、その衣装を着ているなら、プレゼントでも配らなきゃねぇ。」

 そう言うと、また可笑しそうにケラケラと笑った。

 「なに言っているんだ、ロキ!信じる心が、大事なんだよ!」

 真剣な顔をして言うヘーニルに、ロキは更に可笑しそうに、お腹を抱えて笑う。オージンはいつの間にか、ヘーニルへの怒りも忘れ、また大きな溜息が漏れた。

 「馬鹿だな・・・。」


 床に散らばった林檎を、ロキとオージン、それにヘーニルも加わり、白い大きな袋の中に、次々と詰め込んでいた。

 林檎は数十個程あり、壊れた鏡台のすぐ横で、三人は会話を交えながら作業をする。

 「それで?お前、この林檎の事は、ヘンリーには言わなかったのか。」

 オージンがヘーニルに問い掛けると、ヘーニルは林檎を掴みながら答えた。

 「うん。妹の方にこの林檎をあげていたとしても、この『黄金の林檎』の存在を、容易く人間に教えては、いけないからね。」

 ヘーニルがそう言うと、今度はロキが茶化す様に言う。

 「へぇ~。君にしては、まともな判断じゃあないかぁ。しかしヘンリーは何故、数週間と数か月を間違えていたんだい?君、彼の記憶でもイジったぁ?」

 クククッと不気味に笑いながら言うと、ヘーニルはニコリと爽やかな笑顔で言った。

 「いや、僕は何もしていないよ。只最低限の妹に関する情報を、教えてあげただけだ。多分それは、彼が数日間眠り続けていたせいだ。」

 ヘーニルがそう言うと、オージンは林檎を拾う手を止め、彼の方を見た。

 「眠り続けて?それは、お前が病院へ運んだ時の話か?」

 ヘーニルも又、林檎を袋に詰める手を止め、オージンの方を見て言う。

 「うん。4日間位、魘されて眠っていたよ。僕は心配だったから、彼が目を覚ますまで側に居たんだ。」

 ロキは作業を続けながら言った。

 「少年が目を覚ました時、様子はどうだったかい?」

 ロキの問い掛けに、ヘーニルは顎に手を添え、少し考え思い出しながら答えた。

 「う~ん・・・そうだな・・・。おかしな事を沢山ブツブツと言っていたよ。何かはよく分からなかったけれど、ずっと『殺さなきゃ』とは言っていたね。」

 「それはグレイスの事だな。目を覚まして、どれ位眠っていたとかは、聞かれなかったのか?」

 ヘーニルはオージンの方をまた向くと、嬉しそうに答える。

 「あっ!それなら聞かれたよ。僕は『4日間位』って言ったんだけど、彼は『4か月か』って言うから・・・聞き間違えたんだと思って、気にしなかったかな。」

 「成程ね、それで数か月・・・か。だがお前は、なんでまた此処の場所を教えたんだ?」

 「彼がしつこつ不死について聞いてくるから、仕方なくだよ。僕が教える訳にもいかないしね。それで、君達がこの隠れ家に行っている事を思い出して、この場所を教えてあげたんだよ。そこに行けば、何でも教えて貰えるよって。」

 「まぁ、確かにお前が教えた所で、どうにもならないし、この場所に今俺達が居る事を知っている神は、お前だけだしな。」

 二人が淡々と会話をする傍らで、黙々と作業をしていたロキは、パンパンッと数回大きく手を叩くと、ムッとした顔で二人に言った。

 「さぁさぁ~。二人共手が止まっているよう?口より先に手を動かす!すぐに持って逃げれる様に、林檎を袋に詰めて置くんだろう?」

 ロキにそう言われると、二人はハッした様子で、いそいそと手を動かし始めた。

 しばらくは黙々と、林檎を袋の中に詰め込んでいた。三人での作業と言う事もあり、あっという間に全ての林檎を、袋の中に移し終え、袋の口を、長い革の紐で、ロキがキツく括り縛り付けると、オージンがその上に、手を翳した。手を翳したまま、オージンが何かをブツブツと唱え、唱え終えると、そっと手を退かし、林檎の入った袋を、また収納スペースの中へと入れる。

 「魔術を掛けたんだね。」

 ヘーニルが嬉しそうに言うと、オージンは無言で頷き、ゆっくりと扉を閉めた。

 「解除をしないまま、無理やり袋を開ければ、中身が消滅してしまう様にした。」

 「まぁ保険みたいな物だねぇ。見付かってしまった時の、証拠隠滅ってヤツだぁ。」

 クククッと嬉しそうにロキが笑うと、ヘーニルもニコニコと、楽しそうな顔をした。

 「なんだか、悪い事をしているみたいだね。」

 ワクワクと胸を弾ませて言うヘーニルに、オージンは首を落としながら言った。

 「しているみたい、じゃなくて、しているんだ。」


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