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魔王城前です。集合してください。既読1

作者: あゆと
掲載日:2026/06/16

【12月6日】


勇者カイル【20:00】

『みんな、聞いてほしい。

 明日だ。

 ついに明日、俺たちは魔王城の門をくぐる。


 長かった。

 王都を出てから三年。

 最初は五人で始まった旅だった。

 金がなくて宿にも泊まれず、ゴブリンに追われて畑へ飛び込み、川を渡れず泣きそうになった夜もあった。

 雪山では本当に死にかけた。


 あの時、ガルドが背負ってくれなかったら俺は今ここにいない。

 古代遺跡で呪いを受けた時は、リリアが三日間寝ずに祈り続けてくれた。

 魔王軍四天王との戦いでは、ノアの魔法がなければ全員死んでいた。


 エリオ。

 お前には迷惑ばかりかけた。

 荷物持ちも、宿探しも、資金管理も、交渉も、地図も、飯の手配も、野営地の確保も、ガルドの靴下捜索も、リリアの迷子回収も、ノアの実験後始末も。

 全部お前に押し付けてきた。


 でも、お前がいてくれたから俺たちはここまで来られた。


 だから明日、必ず勝とう。

 世界のためもある。

 人々のためもある。

 でも俺はまず、みんなと生きて帰りたい。


 集合場所は魔王城正門前。

 集合時刻は午前十時。

 装備確認を済ませ、各自、万全の状態で来てほしい。

 遅刻厳禁。


 明日、世界を救おう。』

【既読 1】


勇者カイル【20:12】

『みんな?』

【既読 1】


勇者カイル【20:31】

『読めてる?』

【既読 1】


勇者カイル【20:58】

『明日決戦だぞ?』

【既読 1】


勇者カイル【21:01】

『魔王城だぞ?』

【既読 1】


勇者カイル【21:02】

『世界だぞ?』

【既読 1】


勇者カイル【個別 21:03】

『増えない』

【既読 1】



 魔王との決戦前夜。

 勇者カイルから俺、エリオに届いた個別連絡は、それだけだった。

 増えない。

 何が増えないのか、見なくても分かる。既読だ。

 俺は机の上の魔導連絡板を見下ろした。勇者の魂、三年分の旅路、仲間への感謝、世界への覚悟。その下に、冷酷な数字が張りついている。


 【既読 1】


 俺だけだった。

 明日は魔王城。人類最後の決戦。その前夜、勇者パーティの最大の敵は未読だった。

 胃が重い。俺はこの重さを知っている。

 宿の予約を誰もしていなかった夜。ガルドが「剣はある」と言って靴を忘れた朝。リリア様が「神のお導きです」と言いながら反対方向へ歩いた昼。ノアさんが道案内の地図を魔法陣の素材にした夕方。

 あの重さだ。

 明日の敵は魔王。今夜の敵は、仲間の生活能力。

 扉が叩かれた。

 どん。

 どん。

 どん。

 返事をする前に三回目が来る。強い。速い。絶望が木製の扉を殴っている。


「エリオ」


 開けると、勇者カイルが立っていた。金髪は乱れ、青い目は濡れている。鎧も剣もない。なのに全身から戦場帰りみたいな疲労が出ていた。

「増えない」

「そうですね」

「決戦前日だぞ?」

「そうですね」

「魔王城だぞ?」

「そうですね」

「世界だぞ?」

「そうですね」

「なんでだよ」

 声が割れた。勇者の声ではない。学園祭の集合写真に自分だけ呼ばれなかった少年の声だった。

 カイルは馬鹿みたいに真っ直ぐだ。明日、死ぬかもしれない。だから今日、仲間へ言葉を残したかった。ありがとう。勝とう。生きて帰ろう。そう言いたかった。

 誰も読んでいない。

 勇者が今、魔王より既読に負けている。

「返信させてきます」

 俺が言うと、カイルの顔に光が戻った。勇者の光だ。いや、保護者を見つけた迷子の光だ。

「頼む」

「まず聖女様から」

「リリアは祈っているはずだ。明日のために心を静めているんだと思う」

 俺は答えなかった。

 勇者には夢を見る権利がある。俺には現場を見る義務がある。



 聖女リリアの部屋は、宿の二階奥にある。

 扉の向こうから聞こえてきたのは、祈りではなかった。

 寝息だった。

 深い。聖なる森の奥にある泉くらい深い。

「リリア様。エリオです」

 返事はない。

「明日、魔王城です」

 返事はない。

「勇者様が泣きそうです」

 返事はない。

「朝食は焼きたての白パンです」

「ん……」

 反応した。

 魔王城では起きない。白パンでは揺れる。

 俺は静かに扉を開けた。聖女リリアは白い寝間着のまま、布団に沈んでいた。枕元の魔導連絡板が青く光っている。

 未読通知。

 世界を救う連絡が、聖女の枕元で孤独死しかけている。

「リリア様。勇者様の投稿を読んでください」

「読んで……います……心で……」

「目でお願いします」

「心の目で……」

「普通の目でお願いします」

 リリア様はようやく片目を開けた。眠そうな指が連絡板をつかむ。画面を見る。数秒止まる。そして、ふわっと微笑んだ。

 嫌な予感がした。


聖女リリア【21:18】

『応援しています✨』

【既読 2】


勇者カイル【21:18】

『リリアも戦う側だぞ』

【既読 2】


勇者カイル【21:18】

『応援席じゃないぞ』

【既読 2】


勇者カイル【21:19】

『現地だぞ』

【既読 2】



 カイルの返信が速い。泣きそうだった男が、そこだけは光の速さで刺した。

「リリア様」

「応援は大事です」

「大事です。ですがリリア様は応援される側です」

「私が……?」

「あなたが」

「現地で……?」

「現地で」

「魔王城に……?」

「魔王城に」

「まあ」

 まあ、ではない。

「返事だけください。明日十時、魔王城正門前に行くと」

「寝言では駄目ですか」

「文字でお願いします」

「厳しい神……」

「エリオです」

 リリア様の指が、眠そうに文字を打った。


聖女リリア【21:22】

『現地で応援します✨』

【既読 2】


勇者カイル【21:22】

『戦ってくれ』

【既読 2】


聖女リリア【21:23】

『戦います✨』

【既読 2】


勇者カイル【21:23】

『ありがとう』

【既読 2】



 よし。

 聖女返信完了。

 リリア様は連絡板を胸に抱えたまま、すとんと布団に戻った。速い。滝のように寝た。

 止めない。目的は起床ではない。返信だ。

 明日の朝、また起こせばいい。



 次は剣士ガルド。

 場所は分かっている。酒場だ。

 扉を開けた瞬間、熱気と麦酒の匂いが顔面を殴ってきた。笑い声。肉の脂。歌。拍手。なぜか胴上げ。

 中央に、剣士ガルドがいた。

「魔王討伐、前祝いだあ!」

「うおおお!」

「勝った!」

「まだ勝ってません」

 俺の声は酒場の熱に飲まれた。

 ガルドは酒樽の上に立っていた。片足で。片方の靴はない。剣はある。靴はない。この男はいつも命より先に靴を置いてくる。

「ガルドさん」

「おお、エリオ! 来たか! 飲め!」

「飲みません。明日決戦です」

「知ってる! だから勝った時の練習をしてる!」

「祝勝会の予行演習ですか」

「本番で失敗したくないからな!」

「戦闘の練習をしてください」

 ガルドは豪快に笑った。息が酒くさい。近い。強い。酒と筋肉と勝利予定の匂いがする。


剣士ガルド【21:46】

『勝った』

【既読 3】


勇者カイル【21:46】

『まだだ』

【既読 3】


剣士ガルド【21:47】

『気持ちでは勝ってる』

【既読 3】


勇者カイル【21:47】

『体で来てくれ』

【既読 3】



 カイルが泣きながら正論を打っている気配がした。

「ガルドさん。集合時刻は?」

「昼!」

「午前十時です」

「昼前!」

「雑に近づけないでください」

「なら十時!」

「場所は?」

「魔王!」

「場所です」

「城!」

「合わせてください」

「魔王城!」

「正門前です」

「細かいな!」

「集合場所なので」

 酒場の客が笑っている。笑い事ではない。人類の命運は今、酔っ払いの単語連想ゲームにかかっている。

「連絡板に打ってください。十時、魔王城正門前」

「任せろ!」

 ガルドは連絡板をつかんだ。指が太い。画面が小さい。嫌な予感がする。


剣士ガルド【21:55】

『住持 まおうじょう しょもんまえ』

【既読 3】


勇者カイル【21:55】

『十時だ』

【既読 3】


剣士ガルド【21:56】

『十時 まおうじょう しょもんまえ』

【既読 3】


勇者カイル【21:56】

『よし』

【既読 3】



 よし。

 剣士返信完了。

 誤字はあった。酔ってもいた。靴も片方なかった。だが、返信はした。

 勝ちだ。

「エリオ! 飲んでいけ!」

「行きません」

「薄情者!」

「明日、魔王城正門前です」

「十時!」

「はい」

「勝った!」

「まだです」

 今夜の任務は返信。剣士の靴は明日の朝でいい。



 最後は魔法使いノア。

 研究室にいる。起きている。ここだけ聞けば、聖女と剣士よりはましに見える。

 見えるだけだ。

 扉の隙間から紫の光が漏れていた。紙のめくれる音。薬瓶の転がる音。小さな爆発音。何かが焦げる匂い。

 明日、決戦である。

「ノアさん。エリオです」

 返事はない。

「ノアさん」

 返事はない。

「明日、魔王城です」

 返事はない。

「研究室が燃えています」

「燃えてない」

 そこは聞こえるのか。

 中は本で埋まっていた。床にも本。机にも本。椅子にも本。窓枠にも本。人間の部屋ではない。知識が繁殖した巣だ。

 中央に、魔法使いノアがいた。銀髪ぼさぼさ。目の下にくま。指先はインクで黒い。耳には魔力遮断耳栓。

 人の話を聞く気がない装備である。

「ノアさん」

「……」

「ノアさん」

「……」

 肩を叩く。反応なし。目の前で手を振る。反応なし。机の上の焼き菓子を一つ取る。

「それは私の」

 聞こえる基準がおかしい。

「勇者様の連絡を読んでください」

「今、集中してる」

「何をしているんですか」

「勇者の文章を圧縮してる」

「本人が泣きます」

「泣いても短い方が届く」

「泣かせないでください」

 ノアは羊皮紙に魔法陣を書き込み、カイルの長文を指でなぞった。文字が淡く光る。収束する。圧縮される。勇者の三年が、すうっと削れていく。

 やめろ。

 それは戦闘で使う技術だ。仲間の情緒に使うな。


魔法使いノア【22:16】

『長いので要約した』

【既読 4】


勇者カイル【22:16】

『読む前に要約するな』

【既読 4】


魔法使いノア【22:17】

『明日十時。魔王城正門前』

【既読 4】


勇者カイル【22:17】

『俺の三年は?』

【既読 4】


魔法使いノア【22:18】

『集合には不要』

【既読 4】


勇者カイル【22:18】

『必要だ』

【既読 4】



 分かりやすい。

 ノアは感情を削る。カイルは感情でできている。相性が最悪だ。

 だが、返信はした。時刻も場所も正確だ。人類は少しだけ前進した。

「ノアさん。明日十時、魔王城正門前。来ますね?」

「行く」

「よし」

「エリオ」

「はい」

「カイルに伝えて」

「何をですか」

「次から要点を先に」

「本人に直接言ってください」

「長くなりそう」

「短く言ってください」

 ノアは少し考えた。


魔法使いノア【22:21】

『要点先』

【既読 4】


勇者カイル【22:21】

『分かった』

【既読 4】


魔法使いノア【22:21】

『あと文章は嫌いではない』

【既読 4】


勇者カイル【22:22】

『ありがとう』

【既読 4】



 勇者が救われた。たぶん少しだけ。

 ノアにしては最大級の褒め言葉だ。ノアは用件を済ませると、もう俺を見ていなかった。また術式へ戻っている。

 いい。

 返信はした。

 魔法使い返信完了。



 部屋に戻った時には、足が重かった。

 魔王軍と戦った後より疲れている気がする。剣は抜いていない。魔法も使っていない。ただ、寝ている聖女に返信させ、酔った剣士に時刻を打たせ、集中しすぎた魔法使いに要点を書かせた。

 世界を救う準備とは何なのか。

 俺は机に座り、魔導連絡板を見た。


聖女リリア【22:32】

『すや……』

【既読 4】


勇者カイル【22:32】

『寝たな』

【既読 4】


剣士ガルド【22:33】

『勝った』

【既読 4】


勇者カイル【22:33】

『まだだ』

【既読 4】


魔法使いノア【22:34】

『明日十時。魔王城正門前。以上』

【既読 4】


勇者カイル【22:34】

『以上にするな』

【既読 4】


勇者カイル【22:35】

『でも全員ありがとう』

【既読 4】



 よし。

 全員、返事をした。全員、明日の集合時刻を認識した。全員、人格に問題はある。だが、返事をした。

 俺は連絡板を伏せ、明日の起床順を頭の中に並べた。

 リリア様は白パンで起こす。ガルドさんは酒場から引きずる。ノアさんは焼き菓子を人質にする。カイル様には、次から集合時刻を一行目に書かせる。

 ようやく眠れる。

 そう思った瞬間、魔導連絡板が光った。


勇者カイル【22:41】

『今日はありがとう。


 リリア。

 寝ていても返事をくれてありがとう。


 ガルド。

 酔っていても返事をくれてありがとう。


 ノア。

 俺の文章を削ったことは一生忘れない。

 でも返事をくれてありがとう。


 エリオ。

 今日一番戦ったのは、お前だった。


 明日、午前十時。

 魔王城正門前。


 五人で行こう。

 五人で帰ろう。


 みんなを信じてる。』

【既読 1】



 また一つに戻った。

 白パンを焼かせる。

 酒場へ迎えに行く。

 研究室を爆破する前に止める。

 勇者の情緒を保護する。

 明日いちばん忙しいのは、たぶん魔王じゃない。


 俺だ。

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