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7/24

Fine

もうこれで、本当に終わり。

夏休み前。7月18日、珍しく部活が休みになるらしい。校舎の設備点検だとか。スマホが震えた。咲月からだ。

『期末終わったでしょ?どっか遊びに行こ』

……お前が思ってるより、俺は暇じゃない。合宿の準備もあるし、コンクールも近いし、正直、気持ちももう——でも。この前は夜飯だけで終わったし、一応、付き合ってやるか。穴埋め的な意味で。そんなふうに思っている時点で、もうだめなんだろうけど。正直に言えば。俺はもう、咲月への気持ちがほとんどない。完全に。惰性で続いているだけ。中学からだから長い、ってだけ。このままはさすがに申し訳ない。……いや、申し訳ないっていうより。自分の中で、もう終わってる。だったら、ちゃんと終わらせなきゃ。

18日に、直接伝えよう。

『7/18部活休みだからその日にしよ』

送信。


放課後、フルートパートの教室へ行くと。やけに騒がしい。

「やば!《スカイライン・フラッシュ》だって!絶対楽しいやつじゃん!!」

「《重力反転ラウンジ》とか、お化け屋敷系もあるらしいっすよ!」

おかしょー先輩と洸太先輩が、スマホを囲んで盛り上がっている。井原先輩も乗っかる。

「えーーー、あたし絶対お化け屋敷入らないから!!」

「え、何の話ですか?」

「18日部活休みになったじゃん。フルートパート全員で《ルミナス・アークお台場》行こうかって!」

——は?

7月18日。俺の中で、さっき“別れる日”に決まった日。

「陽翔ももちろん行くだろ?」

一瞬、言葉が詰まる。

「あ……その日は……彼女と約束してて……」

教室の空気が止まる。

「は?!橋本って彼女いんの?!」

おかしょー先輩が立ち上がる勢い。

「そういうのは早く言えよ!!パート内隠しごとなしだろ!!」

「陽翔、まだ村上咲月と続いてたんだな。中2からだろ?長くね?すご。ラブラブじゃん」

洸太先輩、楽しそうに言うな。

「ま、まあ……そうなんすかね……はは」

乾いた笑いが出る。ラブラブ?もう、とっくに違う。ふと、視線を感じる。川瀬は、会話を横目で見ながら、基礎練を続けている。止めない。振り向かない。何も言わない。その横顔が、やけに静かだ。

「橋本くんは彼女さん優先しなよ!」

井原先輩がにこっと言う。

「またいつか全員で行けばいいし!」

「ほんとすみません……あー俺もルミナス・アーク行きたかったですよー」

半分本音。半分、冗談。

「絶対デートの話聞かせてね!!」

「やめてくださいよ!!」

笑いが起きる。空気は軽い。でも。俺の中だけ、妙に静かだった。デートじゃない。別れ話する日だ。その日が終わったら。俺は、フリーになる。……それで。何が変わるんだろうな。


当日。朝から、フルートパートのLINEが騒がしい。

『お台場の駅着きました!A2出口います!』

『ごめん、10分くらい遅れるわ』

『俺もです、急いで向かいます』

『やばい、駅の人ほぼルミナス・アーク向かってるんだけど。絶対混んでる!!』

楽しそう。文字からでも分かる。わくわくしてるのが。……いいな。川瀬も、行ってるんだよな。あいつ、ちゃんと楽しむのかな。対して俺は。なんでこんなに憂鬱なんだ。別れ話をするだけなのに。いや、「だけ」じゃないか。直接終わらせるって、こんなに緊張するんだな。昨日咲月に送ったLINE。

『明日、いつものとこで待ち合わせでいい?』

それ以降、やりとりはない。結局集合場所も決まっていない。時間が近づいても、返信は来ない。……まさか。ドタキャン?中学の頃にもあった。あり得る。

電話をかける。出ない。少しだけ、胸がざわつく。

具合悪い?事故?

気持ちは冷めてるはずなのにさすがに心配はする。

『どうした、大丈夫?』

『どこ行けばいい?』

…既読。そして。

『ごめん、お腹痛くて今日行けない』

……そっか。じゃあ、しょうがないか。

正直。ほっとしてしまった。今日は、会わなくていいんだ。別れ話、しなくていいんだ。

「陽翔ー?今日出かけるんじゃなかったの?」

母さんの声。

「うん!今から出かけるー!」

自分でも分かるくらい、空元気。家にいても、余計に虚しい。お台場に今から向かっても、もう遅い。とりあえず駅前のハンバーガー屋に入る。ポテトを、一人でもさもさ食べる。

咲月とのLINEは静か。フルートパートのグループは、相変わらず騒がしい。写真が次々上がる。ネオンに照らされた笑顔。暗い室内コースター。……川瀬も、映ってる。大きくは写っていないけど、ちゃんとその場にいる。なんで、俺こんなとこで一人ポテト食ってるんだろう。別れ話は、直接言った方がいい。分かってる。

でも。堪忍袋の緒が切れた。ドタキャンはこれで2度目。体調不良なら、せめて時間前に言えよ。それに。今日、俺はみんなとの予定を蹴ってた。貴重な部活休み。先輩とも、同期とも、もっと仲良くなれたかもしれない。川瀬がはしゃぐ姿、お化けに驚く様子、見られたかもしれないのに。全部、無駄になった。


もういい。終わらせよう。


『別れよう。』

『俺、他に好きな人できたし』

『お前が約束ドタキャンするのも初めてじゃないし』

『今日、部活のメンバーで出かける予定蹴ってたんだよ』

『そんなこと言われても困るよな。ごめん』

『とりあえず、もう別れよう』

『そっちの学校でイケメンと楽しんでくれ』


送信。ブロック。

早すぎるくらいの決断。あんまり綺麗じゃない別れ方だ。でも。これでいい。写真がまた上がる。自然と涙がこぼれる。ポテトが、やけに塩辛い。


翌日。フルートの教室は、昨日の話で持ちきり。

「橋本くーん!!昨日のデートどうだったの?」

井原先輩。

「あー、それが……」

「なんだよ、言えない系?」

西野がニヤニヤする。

「昨日、結局会わなかったんです」

「え、どうしたの?」

隠しても仕方ない。事情を全部話す。ブロックまでしたことは、ちょっと濁したけど。

「そっか……別れちゃったんだ」

「次行こう、次!」

みんなが明るく言ってくれる。気を遣わせてるの、分かる。

「でも俺、最近もう好きじゃなかったんで!

別れてスッキリしました!!」わざとらしいくらい、明るく言う。そのとき。川瀬が、少しだけこちらを見る。ほんの一瞬。何かを確かめるみたいに。

「あと10分で基礎合奏!準備して!」

おかしょー先輩の声。空気が切り替わる。胸のもやつきは、完全じゃないけど、少し軽い。頭部管に口をつける。俺は、もうフリーだ。それがどういう意味を持つのかは、まだ、ちゃんと考えていない。



C編での合奏の休憩中。

“別れてスッキリしました!!”

橋本のあの声が、頭の奥でまだ反響している。そんなに簡単に言えるものなんだろうか。中2から続いてるんだと聞いていた。長い。たぶん、思い出も多い。普通に仲いいって言ってたのに。

本当に、スッキリ?それとも、強がり?

知らない。聞けない。

あれ……A編も休憩中らしい。橋本は一人で廊下の窓際に立っていた。珍しく、騒いでいない。足が、自然と動いた。考える前に。

「……」

隣に立つ。距離は普段より少し近い。肩と肩が、触れそうなくらい。橋本が驚いた顔をする。

「川瀬?」

なんで来たんだろう。理由が見つからない。

「……別に」

口から出たのはそれだけ。沈黙。窓の外は、真夏の光。グラウンドで陸上部が走っている。

「……昨日」

橋本が先に口を開いた。

「楽しかった?」

一瞬、間があく。

「うん」

小さく答える。

「すごい混んでたけど」

「へー」

橋本は笑う。

「お化け屋敷入った?」

「入ってない」

「なんだよ」

そのやりとりが、妙に自然だった。昨日の話なのに。少しだけ、肩が触れた。ほんの一瞬。橋本は避けない。自分も、動かない。なんでだろう。彼女がいなくなった。それだけのはずなのに。橋本は、前より少しだけ自由に見える。軽い。縛られていない感じ。

「……大丈夫?」

気づいたら、言っていた。

「何が?」

「……別に」

また逃げる。橋本は、少しだけ笑って。

「大丈夫だよ」

と言った。その声は、昨日より少しだけ柔らかい。胸の奥が、じわっと温かくなる。これ以上近づいたら、自分の気持ちに気づいてしまいそうで。一歩、離れる。

「あと2分で休憩終わるから」

それだけ言って、先に合奏に戻る。でも。さっきの距離は、なかったことにはならない。自分から、近づいた。理由は、まだ言語化できない。橋本が彼女と別れたから?違う。たぶん、違う。ただ。

あの“スッキリ”の中に、少しだけ空白があった気がして。そこに立ちたくなっただけだ。



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