Lovely Teddy
いつか、クリスマスイブの夜に。
12月中旬。期末考査の結果が返ってきた。今回も赤点は、なんとかギリギリ回避。とても優秀とは言えない成績だけど、まぁこんなもんだろう。部活終わり、帰りのミーティング。また例の“アレ”が配られる。そう、成績優秀者が上から順に載せられた、顧問・佐々木先生お手製の部活通信だ。ざっと目を通す。
《1年 成績上位者》
1位 ファゴット 羽多野
2位 ホルン 須賀
3位 フルート 藤田
4位 フルート 川瀬
5位 オーボエ 澤口
6位 フルート 畠山
7位 フルート 加藤
8位 フルート 西野
……でた。またフルート(俺以外)が上位を独占している。
「は?フルートえぐくね?」
「前もこうだったよな」
周囲がざわつく。完全にデジャブだ。正直、悔しくはない。強がりとかじゃなくて、むしろ——こいつら自慢の同期だな、って思う。……いや、鼻を高くしてる場合じゃないけど。前回2位だった西野は、最近さらに省エネ気味で、部活の朝練だけでなく、授業にも遅刻ぎみだ。噂によれば、本当に必要なところしか勉強していないらしい。それでも8位。普通にすごい。川瀬は今回も4位。悔しいのか、嬉しいのか。相変わらず表情からは何も読み取れない。でも、やっぱりすごいと思う。
「川瀬、また成績優秀者じゃん。さすがだな」
「……そうかな」
歯切れの悪い返事。
「そうだよ。部活も朝練早く来てるのに、勉強までできてさ。普通にすごいと思う」
そう言いながら顔を覗き込むと、頬に、一本だけ長いまつ毛が落ちているのが見えた。なんとなく手を伸ばす。
「っ……なに」
「まつげ。ほら、とれた」
指先でつまんで見せると、川瀬は一瞬だけ視線を逸らした。
部活を終えて、駅までの道をいつものように二人で歩く。冬の空気は冷たくて、吐く息が白くなる。駅に着くと、すっかりクリスマス仕様になっていた。イルミネーションが、やけに眩しい。
——そういえば。
洸太先輩が言っていた。クリスマスイブの放課後、恋人がいないやつは半強制的に顧問の佐々木先生主催の“ぼっち演奏会”に参加させられるらしい。……そんなの、絶対嫌だ。演奏自体は別にいい。問題は、“ぼっち”の刻印を押されることだ。ちなみに佐々木先生は現在独身。本人曰く、愛犬の「よもぎ」が今の旦那らしい。なんだそれ。まあ、適当に理由つければ回避はできるらしいけど、逆に恋人がいるやつは「早く帰れ!」って追い出されるとか。……いや、理不尽すぎるだろ。とにかく、“ぼっち”にはなりたくない。
——川瀬は、クリスマスイブどうするんだろう。
ふと思って、横を見る。相変わらず、無表情で歩いている。……よし。
「川瀬」
「なに」
「クリスマスイブさ」
少しだけ間を置く。
「夜、飯食べに行かない?」
「……いいよ」
あっさり。よし。ぼっち回避、成功。……いや、違う。嬉しいのは、そこじゃない。クリスマスイブを、川瀬と一緒に過ごせるってこと。それが、なにより嬉しい。
クリスマスイブ当日。部活はいつもより少し早く終わった。音楽室では、すでに佐々木先生が“ぼっち演奏会”のための飾り付けを始めている。…こんなにガチだとは思っていなかった。聞けば、この後先生を含む“ぼっち達”が集まって、クリスマスソングを初見で演奏するらしい。中にはそれを毎年楽しみにしている人もいるとか。でも。俺は違う。
「ぼっちじゃない人はさっさと下校してー!」
よし、帰ろ。俺はぼっちじゃない。川瀬と飯に行く。それだけで、なんかもう、特別な日みたいに思えてくる。
どこで食べるか少し悩んで、結局、蒼天タワーの近くにあるショッピングモールに向かうことにした。街はすっかりクリスマス仕様だった。タワーはイルミネーションで彩られ、外の広場ではクリスマスマーケットが開かれている。
――うわあ。
見渡す限り、カップルだらけ。その中に、制服姿の男子高校生が二人。正直、ちょっとだけ居心地は悪い。でも、それ以上に人が多すぎて、誰もこっちなんて見ていない。
「せっかくだし、クリスマスマーケット見てみねー?」
「……いいけど、ちょっと寒い」
そう言う川瀬の手を、無理やり引く。
「ほら」
カイロが入った俺のコートのポケットに、そのまま突っ込む。
「こうしたらあったかいだろ」
「……うん」
素直な返事。ポケット越しに、指先が少し触れる。……あったか。カイロの熱だけじゃない気がする。歩いていると、ふと目に入った。テディベアの店。店先に、大きなクマのぬいぐるみが並んでいる。その前で、川瀬が立ち止まった。
「……」
何も言わずに、手を伸ばす。大きなテディベアの頭を、そっと撫でる。は??かわいすぎんだろ。意外とこういうの、好きなのか。てか。そこのクマ、俺と代われよ。
「川瀬、ぬいぐるみとかそういうの好きなの?」
「……まぁ」
少しだけ視線を逸らして、
「このくま、かわいい」
いや、お前の方がかわいいだろ。思わず言いかけて、ぐっと飲み込む。
「小さいやつ、買ってやろうか?」
「いらない」
即答。小さく首を振る。だよな。こういうのって、意外と値段もする。でも。絶対好きじゃん。もう一回、テディベアを撫でる手を見て、なんか少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。
グリューワインの甘いアルコールの香りが漂う空間。プレッツェル、フランクフルト、いろんな屋台が並んでいる。
――あ、フランクフルト。
また食べたい。ていうか、食べさせたい。そんなことを考えた瞬間。
「なんだよー、売り切ればっかじゃん」
目当てのものはほとんど残っていなかった。時間が遅すぎたらしい。
「……また俺にフランクフルト食べさせようって考えてたでしょ」
「……は?」
思わず顔を見る。
「そんなの考えてねーよ」
「ほんとわかりやすい」
くすっと笑う。
「全部、顔に書いてある」
……なんでわかるんだよ。照れくさくなって、視線を逸らす。もう一度、川瀬の手を取って。そのままポケットの中に押し込む。今度は、自分の手も一緒に。ほとんど、手を繋いでるみたいな状態。
「……」
何も言わないけど、川瀬は手を引かない。……いいのかよ。カイロの熱と、隣の体温。どっちがあったかいのか、もうわからない。そのまま少し歩いて。ぐう、と腹が鳴った。
「……」
「……今、お腹鳴った?」
「うるせ」
川瀬が少しだけ笑う。結局、マーケットでは何も食べられず、モールの中のフードコートで飯を食うことにした。せっかくならクリスマスマーケットで食べてみたかったけど、まあ、いっか。場所なんてどこでもいい。隣にいるのが川瀬なら。
フードコートでたこ焼きを買った。クリスマスイブにたこ焼きって。俺たちらしいか。腹が減りすぎていた俺は、熱々のたこ焼きをそのまま口に放り込む。
「……っっ?!」
「……あっっつ!!!!!!」
思わず顔をしかめる。
「……ふふ」
川瀬が小さく笑う。
「そんなに急いで食べるから」
隣を見ると、川瀬はたこ焼きを半分に割って、ちゃんと冷ましながら食べていた。かしこいな。
「やっぱクリスマスイブだし、周りカップルだらけだな」
「そうだね」
何気なく言う。
「2人で俺のポッケに手入れて歩いちゃってさ」
少しだけ、ニヤけながら。
「もしかして俺らもカップルに見えてたかな」
「は?」
即答。
「それはないだろ」
……そっか。軽く流される。いつものやり取り。でも、ほんの少しだけ、引っかかる。
「川瀬の和風たこ焼きも美味そ」
「……食べたいの?」
「いや、別にそういうんじゃねーけど」
そう言った瞬間。川瀬が箸でひとつつまんで、こっちに差し出してくる。
「……ほら、あげる」
「え?!」
「いいの?!!!」
思わず前のめりになる。そのまま、あーん、って形で食べさせられる。……うま。普通のたこ焼きのはずなのに、やたら美味く感じる。というか。
――俺ら、距離近すぎんだろ。
周りから見たら、完全にそれっぽいと思う。
「てか、あんなクマのぬいぐるみとか好きなの、意外だな」
「……そう?」
川瀬がポケットから何かを取り出す。見せてきたのは、クマの刺繍が入ったハンカチ。
「……」
ちょっとだけ、得意げな顔。なにそれ、かわいい。
「……お前ほんと、そういうの好きなんだな」
「別に」
でも、隠す気もなさそうで。……ずるい。かわいい。
「とりあえず今日、ぼっちじゃなくてよかったー」
軽く言う。
「……ぼっち演奏会出たくないから俺のこと誘ったの?」
「……いや」
それは違う。一瞬、言葉に詰まる。そうじゃなくて。
「……その」
少しだけ、視線を逸らす。
「普通に今日、川瀬と一緒にいたかっただけ」
「……」
一瞬の沈黙。
「……そっか」
それだけ。でも、その一言がやけに残る。
帰り道。名残惜しいまま、駅に着く。
「じゃあな、また明日!」
「……うん」
それだけ言って別れる。クリスマスイブだもんな。本当は。もうちょっと一緒にいたい、とか思う。でも、明日も朝から部活だし。また明日会えるからいいか。電車に乗って少ししてから。スマホを取り出す。
『今日はありがとう!』
『来年もどっか行こう』
送信。少しして、返信が来る。
『こちらこそありがとう』
それと一緒に。クマのぬいぐるみのスタンプ。しかも、小さいハートがついてるやつ。
「……は?」
思わず声が漏れる。え、なにそれ。そんなスタンプ使うタイプだっけ。さっきのテディベア。クマのハンカチ。……まじで好きなんだな。でも、なんでそれ、俺に送るんだよ。画面を見つめたまま。なんだろう。なんか、変にドキドキする。好きでもないやつにこんなスタンプ送らないよな。




