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Touch me

俺の本気、どうやったら伝わる?

ホールを出て駅へ向かう帰り道。蒼高の部員たちは前の方で固まって歩いている。その少し後ろを、俺と川瀬が歩いていた。……でも。距離が遠い。さっきから、明らかに避けられている。

「……川瀬」

声をかける。

「なに」

返事はする。でも、絶対に目を合わせない。やっぱり怒ってる。なんでだよ。

「さっきさ」

「……」

「俺、なんかした?」

「別に」

即答。でも絶対別にじゃない。

「いや絶対怒ってんじゃん」

「怒ってない」

「じゃあなんで避けんの」

「避けてない」

歩くスピードが少し速くなる。まずい。このままだと、また距離が開く。俺は思わず腕を掴んだ。

「ちょっと待てって」

川瀬が止まる。でも、こっちを見ない。

「……離して」

「やだ」

「……」

「離したらまた逃げるだろ」

川瀬は小さく息を吐く。それでも視線は前のまま。なんなんだよ、ほんと。もうわかんない。

「……ごめん」

先に言葉が出た。川瀬の肩がわずかに動く。

「俺、なんかしたなら普通に謝るから」

「……」

「だからそんな避けんなよ」

声が少し焦る。

「俺のこと、嫌いになった?」

川瀬が少しだけ振り向く。一瞬、目が合う。でもすぐ逸らされた。

「……わかんない」

なんだよ、それ。まだ距離がある。もう我慢できなくて、俺はぐっと腕を引いた。川瀬の体がこっちに寄る。

「……痛いって」

それでも腕は離さない。

「川瀬に触るのと」

少し言葉を探す。

「……さっきの」

「……」

「駿ちゃんに触るの」

「……」

「全然違うから」

川瀬の眉がわずかに動く。俺は続けた。

「駿ちゃんはさ」

「……」

「昔からあんな感じだし。ただのじゃれ合い」

「……」

「でも」

そこで川瀬を見る。今度は逃げない。

「川瀬に触るのは」

少しだけ笑う。

「その……じゃれ合いとかじゃないから」

川瀬の目が一瞬大きくなる。

「……」

「だから」

「……」

「避けられると、寂しい」

数秒の沈黙。川瀬は視線を落とす。それから小さく息を吐いた。さっきまで張り詰めていた空気が、ほんの少し緩む。

「……別に、避けてないし」

ぼそっと言う。

「そんなことも言ってない」

「言ってないけど」

俺は笑う。

「顔がさ」

「……」

「めちゃくちゃ不機嫌だったから」

「……」

川瀬は少しだけ俺の腕を見て。それから、

「……もういいから」

小さい声。

「腕」

あ、まだ掴んでた。

「ごめん」

離そうとする。でもその瞬間。川瀬が、ほんの少しだけ近づいた。肩が触れる距離。

「……」

「……」

さっきまでのピリピリした空気は、もうない。川瀬は前を向いたまま言う。

「……橋本」

「ん?」

「さっきの」

「じゃれ合いとかじゃないって何?」

「……」

少し間。そんなこと聞くなよ。なんとなくわかるだろ。

「……その」

「俺が触りたいっていうか」

「可愛いっていうか」

こういう時に限って、上手く言葉が出てこない。恥ずかしくて、「好き」とは言えない。


「……俺、本気だから」


一瞬の沈黙。それから。

「……そっか」

川瀬の声が、ほんの少しだけ柔らかかった。

さっきまであんなに距離を取ってたのに、もう避けなくなった。今は、肩が触れるくらいの距離で歩いてる。……え。ちょっと待て。もしかして。これ。嫉妬してたってこと?頭の中でさっきの川瀬の顔を思い出す。目を合わせない感じとか。妙に不機嫌だった顔とか。俺が駿ちゃんと話してる時、ずっとスマホ見てたのも。……あれ。全部。もしかして。嫉妬?え、もしそうなら。可愛いんだけど。めちゃくちゃ可愛い。嬉しい。川瀬って嫉妬するんだ。しかも俺に。……やばい。ちょっとニヤけそうになる。でも。同時に思う。そんなことで嫉妬しないでほしい。だって、今の俺にとっては川瀬しか見えてないんだから。駿ちゃんはただの中学時代の友達。でも川瀬は。……なんて言えばいいんだろ。違う。とりあえず全然違う。たぶん。川瀬が思ってるより、ずっと。

「……」

気づいたら。また腕が触れていた。というか。俺が触りにいってる。さっきまで避けられてたのに。今は避けない。……やっぱり。さっきの言葉で安心したのかな。そう思うと。また胸がむずむずする。だったら。もっと触った方がいいのかもしれない。ちゃんと伝わるように。俺の気持ち。……まぁ、そんなこと考えなくても。結局、勝手に体が動くんだけど。



中央大会の帰り道。蒼高の部員たちは前の方で固まって歩いている。その少し後ろを、橋本と並んで歩いていた。……並んで、いるはずだった。気づいたら、少し距離が空いている。別に避けてるつもりはない。……いや。たぶん、避けてる。橋本がさっきから何度かこっちを見ているのはわかっている。でも、目を合わせたくなかった。理由は、わかってる。今日の控え室。

「駿ちゃん!!」

あんな嬉しそうな声、初めて聞いたかもしれない。躊躇なく抱きついて。

「うわ〜駿ちゃんの匂いだ〜懐かし〜」

……匂い。なにそれ、そこまで言う?横で聞いていて、意味がわからなかった。橋本はいつも距離が近い。肩を組んだり、抱きついたり。他のやつに対しても普通にやる。それは知ってる。わかってる。でも。あんなふうに嬉しそうなのは、見たことなかった。

「てか、村上咲月となんで別れちゃったんだよー」

ラブラブだったらしい元カノの話まで出てきて。

「陽翔のことだし、新しい好きなやつ出来た?」

その瞬間。ほんの少しだけ、橋本がこっちを見た。一瞬だけ。すぐ逸らされたけど。……なんで見るんだよ。しかも。駿ちゃんのチューナー。そこに付いていたキノコのマスコット。そういえば聞き覚えがあった。前に橋本が中学のときガチャガチャを回したと言っていた。たぶん、お揃い。……なんだそれ。なんでそんなの持ってるんだよ。そういうの。普通、彼女とやるやつだろ。胸の奥が少しだけ重くなる。意味がわからない。別に。橋本が誰と仲良くしようが関係ない。俺たち付き合ってるわけでもないし。なのに。さっきからずっと、胸の奥がざわざわする。だから。少し距離を取った。顔を見ると、たぶん普通にできない。

「……川瀬」

呼ばれる。

「なに」

返事だけする。でも目は合わせない。そのあと。橋本が焦ってるのが、少しずつわかってきた。

「俺、なんかした?」

……してるよ。でも、そんなこと言えるわけない。

「別に」

「いや絶対怒ってんじゃん」

怒ってない。ただ。……面白くないだけ。腕を掴まれる。

「ちょっと待てって」

近い。心臓が少しうるさい。

「離して」

「やだ」

「離したらまた逃げるだろ」

逃げてる自覚は、ある。でも。それを指摘されると腹が立つ。

「……ごめん」

橋本が言った瞬間。少し驚いた。謝るとは思わなかった。

「俺のこと、嫌いになった?」

……なんでそうなるんだよ。むしろ逆だ。嫌いなら、こんなことでいちいち気にならない。それでも。うまく言葉が出てこない。

「……わかんない」

そう言うしかなかった。そのあと。橋本が言った。

「駿ちゃんはさ。昔からあんな感じ。ただのじゃれ合い」

……知ってる。そんなの。でも、次の言葉。

「川瀬に触るのはじゃれ合いとかじゃないから」

一瞬、呼吸が止まる。橋本は真剣な顔で続ける。

「避けられると、寂しい」

……なんだそれ。ずるい。そんなこと言われたら。さっきまで考えてたこと、全部どうでもよくなる。キノコのマスコットとか。元カノの話とか。全部。小さく息を吐く。張り詰めてたものが、少し抜ける。

「……橋本」

「ん?」

「さっきの」

「じゃれ合いとかじゃないって何?」

聞くつもりはなかった。でも。聞かずにはいられなかった。橋本は困ったみたいに言葉を探して。それから。

「……俺、本気だから」

……。胸の奥が、静かになる。さっきまでのざわざわが嘘みたいに消える。

「……そっか」

そう言ったとき。自分でもわかるくらい、声が柔らかくなっていた。さっきまで距離を取っていたのに。

橋本は、また近づいてくる。腕が触れる。肩も。わざとじゃないふりをしているけど、たぶんわざとだ。……ほんと単純。俺が避けなくなったからって、調子に乗って自分からくっついてくる。わかりやすい。

「……橋本」

小さく名前を呼ぶ。

「ん?」

「近い」

「そう?」

悪びれた様子もない。むしろ、少し嬉しそうだ。……なんなんだこいつ。でも。嫌じゃない。橋本の腕がまた触れる。今度は、ほんの少し長い。……落ち着く。なんでだろう。たぶん、安心してるんだと思う。駿ちゃんと話している橋本を見ていた時。あんなに楽しそうな顔、初めて見た気がして。なんか、知らない橋本を見てるみたいだった。それが、少し嫌だった。……いや。少しじゃない。でも今はこうして隣にいて。またいつもの距離で触れてくる。それだけで。さっきまでの気持ちが、少しずつほどけていく。俺は、こうやって橋本に触られたかったのかもしれない。……たぶん。それだけじゃない。橋本が誰かに触るのは、別に普通のことだ。あいつ、距離近いし。でも、俺には。俺だけには。同じ触り方じゃない方がいい。さっき橋本が言った言葉を思い出す。

『じゃれ合いとかじゃないから』

……ずるい。そんなこと言われたら。

「……」

気づいたら、少しだけ橋本の方に寄っていた。自分でも驚く。橋本はたぶん気づいてない。普通に歩いている。……まぁ、いい。別に、これくらい。ただ一つだけ思う。俺は、橋本に触れられたい。そして、たぶん。俺だけを触れてほしい。


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