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再会

なんだよ、あの変なマスコット。

中央大会、本番当日。会場はオペラやバレエでも使われる、日本でも有数の有名なコンサートホールだ。高い天井、豪華なエントランス。足を踏み入れただけで胸が高鳴る。控え室へ向かう通路には、コンクリートむき出しの天井や壁いっぱいにサインが書かれていた。豪快に直接マジックで書かれている。見たことのある名前もちらほら混じっている。こんな場所で演奏できる機会なんて、そうそうない。顧問の佐々木先生も、かなり貴重な経験だと言っていた。

広い控え室に入ると、すでに他校の生徒たちが集まっていてざわざわしている。……あ。あの後ろ姿。すぐに分かった。駿ちゃんだ。トランペットケースとキノコのマスコットがついたチューナーを持って立っている、くせ毛の男子。

――絶対あれだ。

「駿ちゃん!!」

「おーーー!陽翔!!!久しぶりー!!!」

思わず駆け寄って、躊躇なく抱きつく。中学の頃もよくこうしていたからか、妙に体に馴染む。俺より少し背が低い感じも、変わっていない。

「うわ〜、駿ちゃんの匂いだ〜。懐かし〜」

「おいおい」

駿ちゃんが笑う。

「まさかまた一緒に吹けるなんてな〜」

ほんとそれ。中学を卒業したら、もう二度と一緒に演奏することなんてないと思っていた。だから余計に嬉しい。

「駿ちゃんまだそのキノコつけてるんだ」

「そうそう、陽翔は?」

「今はつけてないけど、たぶん家にある!」

隣にいた川瀬を呼ぶ。

「これ、俺がよく話してる駿ちゃん。本物」

「本物ってなんだよ」

駿ちゃんが笑う。川瀬は一瞬だけ目を合わせて、軽く頭を下げた。

「……こんにちは」

……顔がちょっと引きつっている。ほんと人見知りなんだな、こいつ。駿ちゃんは穏やかなタイプで、全然怖くないのに。

「てかさ」

駿ちゃんが急に言う。

「村上咲月となんで別れちゃったんだよー。結婚式呼んでくれるんじゃなかったの?」

あー。今ここでその話振るか。

「まぁ、もう潮時って感じだったしさ」

肩をすくめる。

「向こうの高校の男のこと、イケメンイケメンうるさかったし」

「うーわ、あいつそういうこと言いそう」

駿ちゃんが笑う。

「あんなにラブラブだったのに、なんかもったいないな」

横を見ると、川瀬はスマホを触っている。

「陽翔のことだしさ、」

駿ちゃんがニヤッとする。

「もう新しい好きなやつ出来た?」

うっ。思わず少し動揺する。……横にいるやつが好きだなんて、さすがに言えるわけない。

「い、いや〜」

ごまかすように笑う。

「蒼高って女子少ないしさ。ここだけの話、あんま可愛い子もいないからな〜」

「えー、ほんとかよ」

駿ちゃんがじっと見る。

「ちょっと顔赤い気がするけど」

……鋭い。駿ちゃんは昔からこういうところがやたら鋭い。俺がわかりやすいのもあるけど、たぶん「好きなやつがいる」ことくらいは、もうバレてる。もちろん、さすがにそれが川瀬だとは思っていないだろうけど。そのとき、運営係の学生の声が響いた。

「蒼波高校、移動お願いしまーす」

「あ、やべ」

「またあとでな」

「おう」

駿ちゃんと軽く手を振り合って別れる。楽器を持って川瀬と歩き出すと、横でスマホをしまった川瀬がぽつりと言った。

「……楽しそうだったね」

「いやー懐かしかった」

「中学んとき本当に一番仲良かったんだよ」

「……へー」

そう答えると、川瀬は少しだけ黙った。

音出しを終え、他校の生徒たちと混ざりながらステージへ上がる。


今回演奏するのは交響詩《ローマの松》。

『ローマの噴水』『ローマの祭り』と並ぶ「ローマ三部作」のひとつだ。指揮をするのも、うちの学校の先生ではなく他校の先生。両隣も見知らぬフルートの生徒で、なんだか落ち着かない。難易度の高い曲だけど、大人数で吹けば迫力は間違いない。

演奏が始まる。いつもとは違うサウンド。ソロも他校の先輩が吹く。蒼高にはない音色だ。トランペットが目立つフレーズ。この中に、駿ちゃんの音もあるはずだ。ソロじゃないから特定はできない。それでも、なんとなく耳を澄まして探してしまう。人数が多ければ多いほど、合わせるのは難しい。それぞれの学校の音があるからこそ、寄り添わせるのに集中する。

そして――最後の音が鳴り終わる。客席から大きな拍手が響いた。吹き切った。

控え室へ戻る。いつもみたいに、隣にいる川瀬の肩に腕を回そうとする。

「おつかれ」

「……うん」

軽く避けられた。……え。今の、避けたよな。なんか、怒ってる?まずい。俺、なんかしたっけ。

「陽翔ー!」

後ろから駿ちゃんの声が飛ぶ。

「おう!駿ちゃんおつかれ!」

振り返ると、駿ちゃんが笑って手を振っている。

「また今度遊びに行こうな」

「絶対な」

軽く抱き合う。こうして話してると、中学の頃の感覚にすぐ戻る。懐かしいのに、なんだか落ち着く。ふと川瀬を見る。畠山や藤田と普通に話している。でも。あんまり目を合わせてくれない。……明らかに俺に怒ってる。なんか、むずむずする。ここで俺までよそよそしくなったら、余計に話せなくなる気がする。だから。少し無理やりでも、くっついてみる。腕を組もうとしたり、肩に触れたり。でも。また、避けられる。……寂しい。なんで?辛い。俺、しつこいからついに嫌われた?この前、下ネタ振ったりしたから?でも、あの時そこまで嫌がってる感じじゃなかったし。……心当たりが、ない。



中央大会、本番当日。控え室はすでに他校の生徒でいっぱいだった。知らない制服、知らない楽器ケース、知らない顔。ざわざわしていて、少し落ち着かない。橋本は、周りを見回している。こういう場所でも全然緊張していないみたいだ。そのとき。

「あ」

橋本が急に声を上げた。誰かを見つけたらしい。

「駿ちゃん!!」

突然、大きな声。驚いてそっちを見ると、橋本はもう走り出していた。

「おーーー!陽翔!!!久しぶりー!!!」

二人はそのまま抱き合った。……抱きついた。普通に。躊躇もなく。え……少しだけ驚く。橋本がそんな風に距離が近いのは、いつものことだけど。相手は知らない男だ。でも。あっちも驚く様子もなく、慣れているみたいだった。

「うわ〜駿ちゃんの匂いだ〜懐かし〜」

橋本が笑っている。本当に嬉しそうだ。

「まさかまた一緒に吹けるなんてな〜」

そのまま二人は楽しそうに話し続けている。……なるほど。これが橋本の言っていた、中学の友達。

「駿ちゃんまだそのキノコつけてるんだ」

「そうそう、陽翔は?」

「今はつけてないけど、たぶん家にある!」

……ふーん。一緒に買ったのだろうか。しばらくして、橋本がこちらを振り返る。

「これ、俺がよく話してる駿ちゃん。本物」

偽物なわけないだろう。思わずそう思う。駿ちゃんと呼ばれた男子は、穏やかな顔で笑った。

「こんにちは」

軽く頭を下げる。少しだけ緊張する。橋本はこういうの慣れてるけど、自分はあまり得意じゃない。それに。二人の距離が近い。会話も、空気も。まるでさっきまでずっと一緒にいたみたいに自然だ。

「てかさ」

駿ちゃんが言う。

「村上咲月となんで別れちゃったんだよー」

……あの元カノの話。橋本は少し困ったように笑った。

「まぁ、もう潮時って感じだったし」

そう言って肩をすくめる。横でスマホを取り出す。別に、興味がないわけじゃない。でも。なんとなく会話に入る気にはならなかった。俺が入る必要は、ない。

「陽翔のことだしさ、もう新しい好きなやつ出来た?」

駿ちゃんが笑う。橋本が一瞬止まる。それから。

「い、いや〜」

ごまかすみたいに笑う。

「蒼高女子少ないしさ」

……女子。なるほど。そういう話。視線を少しだけ上げる。橋本はいつも通り、調子よく喋っている。でも。少しだけ顔が赤い。

「ちょっと顔赤い気がするけど」

駿ちゃんが言う。橋本の好きな人って…音出しの時間が近づいて、二人は別れた。フルートケースを持って、橋本と音出し部屋へ向かう。

「いやー懐かしかった」

嬉しそうに言う。

「中学んとき本当に一番仲良かったんだよ」

……一番。そう言われて、少しだけ胸が詰まる。

「……へー」

それだけ返す。橋本は気づいていないみたいだった。でも。さっき、抱きついていたときの距離。あれは。……なんか、ちょっとだけ。気に入らなかった。

演奏が終わり、楽器を片付けて控え室へ戻る。その途中。

「おつかれ」

橋本が声をかけてくる。肩に腕を回そうとする気配を感じて、少し体をずらす。

「……うん」

別に避けたわけじゃない。ただ。なんとなく。……なんとなく、今は触られたくなかった。

「陽翔ー!」

後ろから声がする。振り返ると、さっきの男子。橋本がすぐにそっちへ行く。

「おう!駿ちゃんおつかれ!」

また抱き合っている。さっきと同じ距離。ああいう距離感、普通なのかもしれない。でも。なんか。少しだけ、気になる。

「また今度遊びに行こうな」

「絶対な」

橋本は本当に嬉しそうだ。……初めて見る表情。畠山と藤田が話しかけてくる。普通に会話する。でも。橋本の声が、後ろで聞こえる。うるさい。ふと視線が合いそうになる。なんとなく、目を逸らす。別に怒ってるわけじゃない。ただ。……ちょっとだけ。面白くない。橋本がまた近づいてくる。腕を組もうとしてくる。少し避ける。また来る。また避ける。橋本は少し寂しそうな顔をした。……なんでそんな顔するんだよ。別に嫌いになったわけじゃない。ただ。さっきみたいに、他のやつとあんな距離で話してるの見たあとで、いつもみたいに触られるのは、なんか。……嫌だっただけ。でも。そんな理由、言えるわけない。


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