Unconscious
うまサク棒は食べてくれないの?
文化祭二日目、吹奏楽部のステージも超満員のまま幕を閉じた。体育館は最後まで拍手と大きな歓声に包まれていた。クラスの縁日の撤収作業は手伝えなかったけど、どうやら俺が提案したスーパーボールすくいは子どもたちに大人気だったらしい。
すっかり日が暮れた帰り道。二日間、ステージと自由時間ではしゃぎ倒して、もうへとへとだ。隣には川瀬。……そして、思い出してしまう。昼間のフランクフルト。あの食べ方。あれって、狙ってたのか?それとも、まさかの無自覚?でも川瀬って、そういう話あんまり慣れてないって言ってたしな。いや、さすがに狙ってるわけないか。
……ちょっと気になる。聞いちゃうか?いや、やめとけ。そんなこと聞いて、また「それ俺に言う必要ある?」みたいなこと言われたらどうするんだ。てか、こんなしょうもないことで嫌な思いさせたくない。
――でも。
「昼さ」
結局、口が勝手に動いた。
「フランクフルト食ったじゃん」
「うん」
「案外美味かったよな、あれ」
「うん。美味しかった」
沈黙。……だめだ。ここでやめとけばいいのに。
「食べる時、俺の方見てたのって……わざと?」
言った瞬間、心臓が跳ねる。あ、やべ。聞いちゃった。川瀬がこっちを見る。
「……なにが?」
「え、いや、その……」
言葉がうまく出てこない。
「なんか、可愛かったっていうか……ちょっとエロかったっていうか……」
「ごめんほんと」
沈黙。川瀬の視線が、じっと俺に向く。
「橋本って、いつもそんなこと考えてるの?」
軽く、軽蔑したみたいな目。
「そ、そんなことないけど……」
「いや、そんなことなくもないか……」
「……ふふ」
川瀬が小さく笑った。
「なにそれ」
「俺は普通に食べてただけだけど?」
そっか。……そうだよな。俺が考えすぎただけだ。恥っず。でも、あんなの――想像するだろ普通。
「橋本って、ほんと変態」
川瀬が笑いながら言う。
「うるせー。男なんてみんなこんなもんだろ」
「さあね」
また小さく笑う。よかった。怒ってるわけでも、嫌な思いをさせたわけでもなさそうだ。少なくとも、見た感じは。
「あ、うまサク棒あるけど食べる?」
「いいから。橋本が食べな」
「ちぇっ、なんだよー」
軽く肩をすくめながら袋を開ける。出会った頃にこんな話をしたら、きっと川瀬は少しだけ怒ったと思う。でも今は、こうして笑いながら普通に話してくれる。……それって。ちょっとくらいは、距離が近づいたって思っていいのかな。
家に帰って、制服を椅子に投げる。文化祭二日間。さすがに疲れた。ベッドに倒れ込んで、スマホを適当にいじる。……静かだ。さっきまで川瀬と一緒に歩いていたからか、急に部屋が広く感じる。
「……」
目を閉じる。
――昼のこと、また思い出してしまった。
「……はぁ」
なんであんな食べ方するんだよ。俺の方見ながら。しかも普通の顔で。絶対わざとじゃない。川瀬がそんなことするわけない。……ないよな?でも。あれは普通に反則だろ。思い出すと、体の奥がじわっと熱くなる。
あの上目遣いで、あの口で、俺のことを――
「……やばい」
枕に顔を押しつける。最近ほんと、こんなのばっかりだ。いや。もしかして川瀬って。自覚ないだけで――
「……いやいや」
さすがにない。あいつ、そういうの慣れてないって言ってたし。
「……」
でも。もし。もしあれ、ちょっとでもわざとだったら。
「……ほんとずるい」
寝返りを打ちながら天井を見る。そんなこと考えてないみたいな顔してるくせに。
帰り道。文化祭二日目も終わって、さすがに疲れた。体育館でのステージ、思った以上に人が入っていた。演奏中は楽しかったけど、終わった瞬間どっと疲れが出る。隣を歩く橋本は、相変わらずよく喋る。さっきから、文化祭のこととか、演奏のこととか、思いついたことを全部口に出してるみたいに話している。……ほんと、よくそんなに話すことあるよな。でも、不思議と嫌じゃない。むしろ、ちょっと心地良い。
「昼さ」
橋本が言う。
「フランクフルト食ったじゃん」
「うん」
「案外美味かったよな、あれ」
「うん。美味しかった」
しばらく沈黙。橋本が、少し言いづらそうな顔をしている。……あ。もしかして、あれのこと?
「食べる時、俺の方見てたのって……わざと?」
やっぱり。思わず、橋本の方を見る。
「……なにが?」
本当は、ちょっとだけ分かってる。たぶん、橋本が言いたいのはあの時のことだ。フランクフルトを食べたとき。橋本の方を見たまま。……別に、深い意味はない。たぶん。ただ、橋本が妙に静かだったから。どんな顔してるのかなって思って、見ただけ。でも、橋本の顔がちょっと変だったのは覚えてる。
だから少しだけ、面白かった。
「え、いや、その……なんか可愛かったっていうか、ちょっとエロかったっていうか……」
橋本が慌てている。
「ごめんほんと」
……ほんと、正直すぎる。
「橋本っていつもそんなこと考えてるの?」
軽く言ってみると、橋本は一瞬固まった。
「そ、そんなことないけど……」
「いや、そんなことなくもないか……」
……ふふ。
思わず笑う。
「なにそれ」
「俺は普通に食べてただけだけど?」
本当に、普通だったと思う。……たぶん。でも、橋本がそんな顔するなら、あの食べ方ってそんなに変だったのかな。
「橋本って、ほんと変態」
そう言うと、橋本がすぐに言い返す。
「うるせー、男なんてみんなこんなもんだろ」
「さあね」
橋本は、まだちょっと落ち着かない顔をしている。……そんなに気にしてたんだ。なんだか、それが少し可笑しくて。少しだけ、可愛いと思った。
「あ、うまサク棒あるけど食べる?」
橋本がリュックから袋を取り出して、こっちに差し出してくる。……またそれ。
「いいから。橋本が食べな」
「ちぇっ、なんだよー」
少し不満そうにしながら袋を開けている。お昼のこと、たぶんまだ引きずってるんだろうな。橋本はわかりやすい。たぶん今も、俺がまた同じことをするんじゃないかって、ちょっと期待してる。……そんな顔してる。でも。絶対やらない。俺が食べたら、また変なこと考えるんだろうな。……懲りないな。でも、そういうところちょっと面白い。橋本がうまサク棒をかじる。サクッという音。横目でちらっと見ると、まだどこか落ち着かない顔をしている。ほんと、わかりやすい。思わず小さく笑ってしまった。
文化祭が終わると、次は中央大会の準備。中央大会とは、同じ学区の高校の吹奏楽部が何校か集まり、一つの曲を合同で演奏するという、なんとも夢みたいな大会だ。ただ、うちの吹奏楽部は人数が多すぎる。全員参加で他校の生徒まで加わると、舞台からはみ出る。そのため、うちの学校からは一年生だけが参加することになった。中央大会。俺はこれを、結構楽しみにしていた。
なぜなら――
中学時代、一番仲が良かった駿ちゃんに久しぶりに会えるから。あ、別に恋愛とかそういうんじゃない。駿ちゃんはトランペットで、クラスも三年間ずっと別だった。それでも、なぜかやけに気が合った。休みの日は決まって二人で遊びに行っていたし、放課後もなんとなく一緒にいることが多かった。……まあ、今もお互い同じ区に住んでるし、会おうと思えば普通に会えるんだけど。でも。違う高校に進んで、また舞台の上で再会するなんて――それだけでちょっとワクワクするに決まってる。
中央大会に向けて、何校か集まって合同練習も行われた。ただ、駿ちゃんの高校は都合が合わなかったのか、その練習には来ていなかった。
だから。本番の日、やっと会える。
そう思うと、なんだか無駄にテンションが上がる。




