表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

Hymne à l’amour

ほんと、わかりやすい。

秋になると、文化祭の準備が始まる。通称、蒼高祭。各クラスが出店を出したり、部活動がステージで発表をしたり。他校の生徒や中学生、近所の子どもたちも遊びに来るらしく、学校中が一気にお祭りみたいな空気になる。吹奏楽部はこの学校の目玉でもあるから、蒼高祭の二日間、両日ともステージ演奏がある。コンクールやマーチングでは編成が分かれていたから、川瀬と同じステージに立つのは久しぶりだ。中学の頃、蒼高祭の演奏を見てこの学校に憧れたのもあって、個人的にもかなり楽しみにしていた。

そして、クラスの出店。二・三年生は焼きそばやフランクフルト、わたあめなどの屋台ができるらしいが、一年生は食品の提供が禁止されている。となると、自然と出し物は限られてくる。


D組の教室で話し合いが始まった。俺は後ろの席の畠山と小声で話す。

「俺、こういうの全然思いつかないや」

「食べ物ならいくらでも思いつくのにな」

「だよなー」

しばらく悩んで、ふと思いつく。

「あ」

「縁日とかいいんじゃないか?」

「お、いいかも」

畠山が少し目を上げる。

「スーパーボールすくいとか、輪投げとか」

「それ良さそう。橋本さすが」

軽い提案だったけど、クラスで出してみるとあっさり採用された。結果、D組はスーパーボールすくいと輪投げで縁日。ベタ中のベタだけど、予算も限られているらしいし、こんなもんだろう。

吹奏楽部は当日ステージ準備で忙しいから、店番には参加しないことになっている。その代わり、できる範囲で事前準備は手伝う。文化祭の準備って、なんかいい。高校生やってるって感じがする。

そういえば、川瀬たちE組は何やるんだろう。

「E組も縁日らしいよ」

畠山がさらっと言う。

「え?」

まさかの被り。まあ、一学年六クラスあって食品NGなら、そりゃ被るよな。E組は射的とストラックアウトの縁日らしい。これまたベタだけど、ちょっと面白そうだ。


文化祭当日。

吹奏楽部には、二時間ほど自由時間がある。一日目は、畠山とD組の連中に誘われて一緒に回ることになった。焼きそばを食べて、つぶつぶアイスを食べて。校舎の中も外も、人でいっぱいだ。ふとE組の縁日を覗くと、川瀬の姿が見えた。しかも普通にE組の奴らと遊んでいる。自分の店で遊んでんのかよ。近づきながら声をかける。

「射的ってこれ、景品ほんとにもらえんの?」

川瀬がこっちを見る。

「橋本、やってみたら」

よし。ここは腕の見せどころ。射的といっても、ゴム鉄砲みたいなやつだ。的に当たれば駄菓子の詰め合わせがもらえるらしい。

狙いを定めて――

パチンッ。……あれ?的、全然倒れないんだけど。

「なにこれ、むずくね?」

「橋本下手すぎ」

「ほんとに倒れんの?」

周りが笑う。川瀬も、ちょっとだけ笑っている。

「川瀬もやってみろよ」

そう言うと、川瀬が鉄砲を構える。

パチンッ。……パタッ。一発。

「おおーーー!」

周りがどよめく。こういうところ。なんか、ずるいよな。ちょっとかっこいい。川瀬は景品の駄菓子詰め合わせを受け取る。俺はなんとなく言う。

「別に駄菓子ぐらい自分で買えるし、いらねー」

ほんとは、ちょっと欲しかったけど。なんか恥ずかしくて、つい強がってしまう。


そろそろ吹奏楽部は集合の時間だ。俺は部活Tシャツに着替えて準備する。そのとき。

「橋本」

振り向くと、川瀬が立っていた。

「これ、あげる」

さっきの駄菓子の詰め合わせ。

「欲しそうだったから」

……え?なんでバレてるんだ。俺ってそんなに分かりやすい?

「川瀬が取ったんだろ。自分で食えよ」

「……」

川瀬は少し考えてから言う。

「じゃあクラスの友達にあげよっかな」

あーーーー待て待て待て。それは嫌だ。思わず手を伸ばす。

「やだ!」

「嘘だから!」

「ちょうだい」

川瀬が小さく笑う。

「はいはい」

駄菓子の袋を受け取る。なんか悔しいけど。……ちょっと嬉しい。


文化祭一日目のこの日は、吹奏楽部の演奏といっても少し特別なステージだ。顧問の佐々木晴美先生の音大時代の友人たち――ボーカル、ベース、ギターなど、今も現役で音楽活動をしている人たちがバンドを組み、そこに俺たち吹奏楽部が伴奏として加わる。

しかも佐々木先生自身もキーボードで参加する。先生はピアノ専攻だったらしい。このコラボステージ、蒼高祭の名物らしく、毎年かなり盛り上がると聞いていた。正直、俺はクラシックよりバンド音楽とかロックの方が性に合う。だから練習の段階から、このステージはかなり楽しみにしていた。

今回のセットリストの中でも、特に好きな曲がある。

――エディット・ピアフの『愛の讃歌』。

恋人への深い愛を歌ったシャンソンの名曲だ。どんな困難があっても、どんな世界になっても、愛する人のためならすべてを捧げる。そんな、ひたむきで情熱的な愛を歌い上げる曲。それを今回は、バンドアレンジで演奏する。

……なんというか。今の俺には、この曲がものすごく刺さる。男子高校生がこんな曲に共感していいのかは分からない。そもそも、まだ恋人同士でもないのに。でも。この曲の歌詞を聴くたびに思う。

――ああ、これ、今の俺の気持ちだ。

リハーサルの休憩時間、なんとなく川瀬に言ってみる。

「愛の讃歌、めっちゃ良くね? 俺、超好きなんだけど」

川瀬がちらっとこっちを見る。

「そうなの?」

「うん」

少し笑って言う。

「今の俺にぴったりって感じなんだよね」

……最早これ、ほとんど告白みたいなものだ。川瀬だって、さすがに分かっていると思う。でも。

「……ふーん」

それだけ。あっさり流される。いつものことだけど、ちょっとだけ拍子抜けする。


本番。体育館は人でいっぱいだった。バンドの音が鳴り、客席から歓声が上がる。俺たち吹奏楽部は、体育館いっぱいに横一列に広がって演奏する。だから、隣に川瀬はいない。広いステージのどこかにはいるはずだけど、ここからは様子も見えない。それでもいい。俺はただ、目の前の楽譜と、音に集中する。

『愛の讃歌』。メロディが体育館に広がる。恋人への、ひたむきな愛。どんなことがあっても離れないと誓う歌。……きっと川瀬は、俺がこんなこと考えながら吹いてるなんて思ってない。でも、それでいい。想いは、音に込めればいい。いつか。あの夢を正夢にしたい。いや――きっとなる。そんな気がしている。


曲が終わると、体育館が大きな拍手に包まれた。歓声と拍手。先生もバンドメンバーも笑っている。俺たちも笑っている。この瞬間、音楽ってやっぱりすごいなと思う。先生たちとのコラボステージは、超満員のまま大盛況で終わった。めちゃくちゃ気持ちいい。でも。蒼高祭のステージは、まだ終わりじゃない。

本番は、明日もある。明日はいわゆる、みんなが想像する“吹奏楽部らしいステージ”だ。


ていうか、明日こそ。自由時間、川瀬と一緒に回りたい。そう思って、思い切って声をかけてみた。

「明日さ、一緒に自由時間回んね?」

川瀬は一瞬こっちを見る。

「いいよ」

……あっさり承諾。その一言だけで、二日目が急に楽しみになる。


蒼高祭、二日目。吹奏楽部のステージまでの自由時間。約束通り、川瀬と二人で文化祭を回ることになった。歩きながら川瀬が言う。

「またE組で射的する?」

少しだけ意地悪そうな顔。

「もう絶対やんねー」

昨日の惨敗を思い出す。

「……ふふ」

川瀬が小さく笑う。こういう、二人きりのときに見せる笑顔。本当に可愛い。……抱きしめたくなる。でもさすがに、それはやめておく。てか、腹減ったな。屋台を見渡す。

「フランクフルト美味そー。買おうかな」

「買えば」

「え、川瀬は買わねーの?」

「わたあめ」

……いや。可愛いかよ。わたあめも美味しいけどさ、そんなんだけじゃこの後の本番中絶対バテるだろ。結局、それぞれ買って近くのベンチに座る。俺はフランクフルト。あと、どう考えても足りないから焼きそばも買ってきた。川瀬はわたあめ。少しピンクがかったふわふわを、ちぎって食べている。指が少しベタつくのか、ちょっと鬱陶しそうにしている。それすら、なんか可愛い。

「なぁ」


「俺のフランクフルト、食べる?」


「……え、いい」

即答。

「いや、絶対わたあめだけじゃ腹減るって。美味いよ」

フランクフルトを差し出す。

「もしかして、食べかけとか嫌?」

「……別にそういうんじゃないけど」

少し迷ったあと。

「……じゃあ」

川瀬が、俺の持ってるフランクフルトを――

かぷっと咥えた。……まずい。いや、俺はそんなつもりで食べさせたんじゃない。ほんとに。ただ腹減るだろうなって思っただけで。でも。その、……こっち見ながら食べるの、やめろ。視覚的に来るものがある。

「……どう?」

とりあえず平静を装う。

「美味いだろ」

「うん。美味しい」

よく見ると、口元にケチャップとマスタードが少しついている。その瞬間。ほとんど反射で、指が動いた。口元を指で拭って――そのまま舐める。

「……っ?!」

川瀬が目を見開く。

「ちょっ」

あ。やばい。

「ごめん、つい」

慌てて言う。

「嫌だった?」

川瀬は少し黙る。それから視線を逸らして言う。

「……嫌じゃないけど」

……ほんと?今の。傍から見たら、完全にカップルだったんじゃないか。まあ。俺は別に、どう見られてもいいけど。文化祭の喧騒の中。ベンチで並んで座る。なんか、ちょっと甘い空気。ほんの少しだけ、特別な時間。

「焼きそばも食べないの?」

川瀬が言う。

「なんだよ」

笑いながら言う。

「川瀬、腹減ってんじゃん」

「……まあ」

箸で焼きそばを持ち上げる。

「じゃあ、あーんしてあげよっか?」

「自分で食べるから」

即拒否。でも、少しだけ耳が赤い。



蒼高祭、二日目。吹奏楽部のステージまでの自由時間。昨日、橋本に「一緒に回ろう」と言われて、なんとなく頷いた。特に断る理由もなかったし、それに、

――少しだけ、嬉しかったから。

校舎の前を歩きながら話す。

「またE組で射的する?」

昨日のことを思い出して、少し笑ってしまう。

「もう絶対やんねー」

「……ふふ」

こういうときの橋本は、ほんとに分かりやすい。屋台の匂いが漂ってくる。橋本が立ち止まる。

「フランクフルト美味そー。買おうかな」

「買えば」

「え、川瀬は?」

少し考える。本番前にお腹いっぱい食べるのも好きじゃないし。

「わたあめ」

橋本が一瞬黙る。……なんでそんな顔するんだ。別に普通だろ。結局それぞれ買って、近くのベンチに座る。橋本はフランクフルトと、あと焼きそばまで買っていた。食べ過ぎだろ。わたあめをちぎって食べる。美味しいけど、指が少しベタつく。そのとき橋本が言う。

「なぁ」


「俺のフランクフルト、食べる?」


「……え、いい」

反射的に断る。

「絶対わたあめだけじゃ腹減るって」

フランクフルトを目の前に差し出してくる。

「美味いよ」

……。食べかけ。少しだけ迷う。

「もしかして、食べかけとか嫌?」

「……別にそういうんじゃないけど」

ほんとに、そういうわけじゃない。ただ。なんか、少し恥ずかしいだけで。

「……じゃあ」

少しだけ前に身を乗り出して、フランクフルトを咥える。咥えながら見上げると、橋本がこちらをじっと見つめている。……これ、普通に美味しい。

「……どう?」

「美味いだろ」

「うん。美味しい」

そう言った瞬間。橋本の手が動いた。口元に触れる。指で何かを拭って――そのまま、舐めた。

「……っ?!」

思わず声が出そうになる。

「ちょっ」

何してんの。橋本が少し慌てた顔をする。

「ごめん、つい」

「嫌だった?」

……。正直、嫌じゃない。嫌じゃないけど。心臓がうるさい。

「……嫌じゃないけど」

そう言うしかなかった。たぶん今。周りから見たら、変な距離だったと思う。でも橋本は、たぶん何も考えてない。……ほんとに。少しだけ困る。焼きそばの匂いがする。

「焼きそばも食べないの?」

つい聞いてしまう。橋本が笑う。

「なんだよ」

「川瀬腹減ってんじゃん」

……別に。

「じゃあ、あーんしてあげよっか?」

「自分で食べるから」

即答する。でも。さっきのことを思い出してしまって。少しだけ顔が熱い。橋本は気づいてない。……ほんとに。こういうところ。ずるい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ