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産声

初めて叫べて、嬉しかった。

A編フルート5人で会場外のテラスに集まり、軽食をつまみながら結果発表まで時間を潰す。強がりと不安が入り混じる。笑ってないと落ち着かなくて、至っていつも通りの俺たちの会話。

ついに、結果発表の時間。演奏で使用したホールの客席へ戻り、学校ごとに固まって着席。

「あそこ南海大付属だ」

「あの衣装なにげかっこいいよな」

そんなことを言いながらも、誰も本気では会話していない。舞台上のテーブルにはトロフィーと盾が並べられ、偉そうなおじさんたちが続々と登壇する。空気が一段階静まる。

――いよいよだ。

結果は三種類。銅賞、銀賞、そして金賞。銀賞と金賞は聞き分けが難しいから、金賞は必ず「ゴールド金賞」と発表される。

そして、金賞の中でも都大会に進めるのが「金賞代表」。金賞でも代表に選ばれないと、俗に言う「ダメ金」。言葉の響きはよくないけど現実として存在する。

プログラム順に発表が始まる。壇上では、各校の代表生徒二名が待機。うちの学校は部長と学生指揮者。いつも堂々としている3年の先輩二人が、今日はさすがに硬い表情をしている。

「プログラム1番、――高等学校、銀賞。」

拍手。

「プログラム2番、――学園高等学校、銅賞。」

拍手。

「プログラム3番、――高等学校、ゴー……」

「ぎゃあああああああ!!!!!!」

“ゴ”の時点で大絶叫。あるあるだ。そして、俺たちの一つ前。プログラム9番、夢島高校。毎年金賞代表常連の強豪校。舞台裏で聴いたけど、正直レベルが違った。まぁ、当たり前に金賞だろうな。

「プログラム9番、夢島高等学校、ゴールド、金賞。」

拍手だけが響く。決して叫ばない。余裕だ。強豪校はいちいち騒がない。なんだよ、スカしてんな。……いや、ちょっとだけかっこいい。てか待って。俺ら蒼高って叫ぶ派?もし俺だけ一人で叫んだら恥ずいかも。いや、そもそも金賞取れるよな?心臓がうるさい。考える間もなく結果が出る。

「プログラム10番、蒼波高等学校、」

全員が胸の前で手を組む。息を止める。

「ゴールド……」

「ぎゃあああああああぁぁあ!!!!!!!」

きた。

「金賞!」

うわあああああ!!!!!やった。

やったやったやった。俺ら、金賞だ。そしてちゃんと叫ぶ派だった。なんとなくそんな気はしてた。よかった。俺の中学は弱小、金賞なんて遠い世界だった。それが今、目の前で。三年の先輩たちが金賞を持ち帰れる。その事実だけで胸が熱くなる。周囲では涙を流す先輩もいる。でもフルートパートは意外と静かだ。泣いていない。どこか冷静。……まだ、終わってないからか。

すべての学校の発表が終わる。ここからが本番。金賞代表、つまり都大会出場校の発表。蒼高は金賞は何度か取っている。でも代表は、まだ一度もない。行ってみたい、都大会。

「プログラム9番、夢島……」

「ぎゃあああああああ!!!!!!!」

さっきは静かだったくせに。ここでは叫ぶのかよ。会場が揺れる。やっぱりか。当然だよな。でも。まだだ。

「プログラム14番、――」

そこで終わった。俺たちの番号は、呼ばれなかった。静かに理解する。ああ。だめだったか。都大会の夢は、呆気ないほどあっさり終わった。さっきまでの歓喜が、少しだけしぼむ。でも。金賞は金賞だ。うれしい。誇れる結果だ。


会場を出る。夕方の空気が少し冷たい。吹奏楽部のLINEグループに通知。

《A編成ゴールド金賞でした!》

学校で練習しているB・C編も、きっと今頃知ったはずだ。川瀬はどう思ってるだろう。“お疲れ”って言ってくれるかな。あいつは軽々しく「代表いけたと思ったのに」とか無責任なことは言わない。そんなところも、好きだ。でも今は、その声が聞けない。

金賞、嬉しい。でも代表じゃない、悔しい。この感情なんて言えばいいんだ。もっと練習熱心な同期が俺の代わりにA編にのっていたら......代表になれたりしたのだろうか。なんて、そんなこと今更考えても仕方がない。俺は今の俺のやれるだけのことをやったんだ。都大会は、遠い。胸の奥がじわっと重くなる。三年の先輩たちは、涙を堪えながら笑っている。誇らしい。でも、どこか悔しい。その両方が同時にある。



搬入はひとまず終わった。A編はもうすぐ本番。黒を基調にブルーが差し色の衣装が、向こうで揺れる。

「おーい、川瀬!」

振り返る。

「……橋本」

犬みたいな勢いで駆け寄ってくる。しっぽが見えそうなくらい。衣装姿はまだ少し見慣れない。ぴたりと身体に沿ったジャケットとスラックス。思ったより肩幅があって、一瞬、視線をどこに置けばいいのか分からなくなる。周りに人、いるんだけど。一体何を言い出すのだろうか。

「なぁ、頑張れって言ってよ」

……自分からねだるのか。

「それ、自分から言うか? LINEでも送っただろ」

「直接がいいの!」

目が真っ直ぐすぎる。こういうところ、本当にずるい。

「……わかったよ。頑張れ。応援してる」

大したことは言えない。飾れない。最低限の言葉だけ。なのに、顔が少し熱い。向こうでおかしょー先輩たちが見ている。これ以上はまずい。

「……あ、おかしょー先輩たち呼んでる。行かなくていいの?」

「あっ、やべ」

「ありがとう! 頑張れるわ! 行ってくる!」

単純、というか。素直、というか。俺の一言でそんなに喜ぶのか。走っていく背中を見ながら、少しだけ笑ってしまった。


客席へ移動する。蒼高の前は、夢島高校。強豪。やっぱり上手い。音が揺れない。完成度が高い。この後に演奏するA編のプレッシャーは、相当だろう。

影アナウンスの後、蒼高が入場する。自然と橋本を探してしまう。

――いた。

思ったより、緊張している。顔に出やすいからすぐ分かる。でも。曲が始まった瞬間。蒼高らしい、明るい響き。橋本の表情が変わる。普段おちゃらけて、考えていることがすぐ顔に出るやつなのに。今は、真剣だ。必死で、でもまっすぐ。……少しだけ、かっこいい。そう思った自分に驚く。

演奏が終わる。会場近くの広い公園で待つ。木陰に入ると風が少し涼しい。A編が戻ってくる。

「あ、来た」

「お疲れ様ですー!!金賞は確実っすよ!」

洸太先輩、いつもの調子。“確実”まで言い切る。すごいな。俺には言えない。畠山、西野、藤田も声をかける。

「お疲れ」

「良かったよ」

「かっこよかった」

出遅れた。何か、もっと言いたい。でも。

「……お疲れ様」

それしか出なかった。橋本の顔が、少し明るくなる。でもまだ、どこか緊張している。俺だって緊張している。結果、どうなるだろう。


会場を後にする。俺たちは4日後に本番を控えているから、学校へ戻る。後ろ髪を引かれる。でも今は、自分たちの番。パート練。基礎合奏。合奏で細かいところをさらに詰めていく。さっきまで客席にいたけど、今は奏者側。気持ちを切り替えなきゃ。

結果発表の時間。練習を一度止めて、B・C・D編全員で視聴覚室に集まる。三年の先輩が、スマホを手にして前に立つ。表情を見ると、悪くない気がする。

「A編、ゴールド金賞です!」

空気が一気に明るくなる。金賞。まずは、安堵。よかった。三年の先輩たちが、最後に金賞を取れた。橋本、今笑っているだろう。たぶん叫んでいる。

「金賞代表は、夢島と……蒼高は残念だけど呼ばれなかったみたい。」

金賞。でも代表じゃない。胸が、ほんの少しだけ重くなる。あいつ、きっと今、笑いながら少し悔しいはずだ。次は、俺たちの番だ。結果も大事。でも。俺たちらしい演奏ができればいい。



夏のコンクールが終わると、次に待っているのは

――マーチングコンテスト。

実は梅雨頃から、基礎練は少しずつ始まっていた。独特の歩き方。足の角度。上半身は絶対にブレない。音を出しながら動く。それが、まず無理。高校で初めてマーチングに触れた俺は、早々に悟った。

――あ、これ、俺向いてない。

歩くだけで精一杯。気をつけの姿勢で吹いてもブレるのに、動きながらなんて無理だろ。上半身がぐらぐらして、音も揺れる。

「橋本、ズレてる!」

「歩幅!横の人と合わせて!」

分かってる。分かってるけど出来ない。歩幅まできっちり決まっている。自由に歩かせてくれ。マーチング強豪校出身のかおりんと藤田は、一年なのに先輩たちに混ざって教える側に回っている。正直、すごい。そして正直、少し悔しい。いや、俺は、悔しい以前のレベルだ。あまりに出来なすぎて気を使われているのが分かる。それが一番きつい。

オーディション。結果は不合格。

「あー……はい」

って感じだった。悔しい、というより。当然、というか。1年で何人か落ちたやつはいる。フルートの西野もその一人。でも西野は違う。あいつ、本気出してないだけだろ。やれば出来るタイプだ。俺は本気出しても出来ない。そこが違う。

川瀬と畠山は合格。高校から始めたのに、もう動きも様になっている。なんなんだあいつら。脳の作りが違うのか。いや、単純に努力量か。あの二人練習熱心だもんな。俺は、熱しやすく冷めやすい。マーチングには、熱が入らなかった。それだけだ。……それだけ、なのか。

A編のコンクールが終わり、三年の先輩たちは進路活動へ。A編の二年と一年はマーチングの曲練へ。A編の一年は、ほぼ全員出場。俺だけ、出ない。……あれ?俺、やることなくね?コンクール終わった。マーチング出ない。三年じゃないから引退でもない。

――謎の暇人、爆誕。

いや、基礎練すればいいんだけど。でもさ。なんか。1日ずっと基礎練ひとりぼっちですんのか?恐る恐る、佐々木先生に聞いてみる。

「俺、マーチング出ないんで、この期間って基礎練とかしてればいいですかね……?」

「あー、そっか」

少し考えて。

「C編とB編のコンクール観に行けばいいよ!」

……え?やった。嬉しい。ということで。コンクール会場に連日足を運ぶ“たった一人の怪人”が生まれた。三日間で交通費がえぐい。正直痛い。でも楽しみ。ホールの空気。各校の音。そして。C編の本番、川瀬がどんな顔でステージに立つのか。どんな音を響かせるのか。それを、会場で体感することが出来る。


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